りん しょく か み はるのたかもと いち め 40 ぬし よ はら もみ しとみ さぶらひ さね かくて、市女の思ふほどに、「高き人につきたれど、わが売り商ふものをこそ、わが身よりはじめて食ひ着れ。 5わが とて、申したまふになむ」といふ。業にやあらざりけむ、御病怠りぬ。 ごふ ことを聞きたまひて、ものも覚えたまはず。市女、「いと人聞きかなし。このあこ、おのれと腹立ちて、制したまふこと てなむ参りつる、と b申さむ』といひつれば、粟、米を包みてなむくれたる」といふ。弱き御心地に、 4胸つぶらはしき そかに市女取りて参る。おとど、子、市女の腹に、五つばかりにてあり。母を怨じて、おとどに申す。「『ここの橘を取り えん 「ここのにはあらで、橘一つ食はむ」とのたまふ。五月中の十日ごろの橘、これはなべてなし。この殿の御園にあり。み み その つに木一樹なり、生ひ出でて多くの実なるべし。今は食はじ」とのたまふ。いささかなるものまうぼらで、日ごろ経ぬ。 ひと き かくて、臥したまへるほどに、まうぼるもの、日に 橘 一つ、湯水まうぼらず、 「 3いたづらに多くの橘食ひつ。核一 たちばな し。修法せむに五石いるべし。壇塗るに土いるべし。土三寸のところより、多くのもの出で来」とて、せさせたまはず。 ふ。 「あたらものを。 2わがために塵ばかりのわざすな。祓へすとも、打撒に米いるべし。籾にて種なさば、多くなるべ うちまき にて果たさず、その罪に、恐ろしき病つきて、ほとほとしくいますがり。市女、祭り祓へせさせむとするときに aのたま してほとほとしかりけるに、親、大きなる願どもを立てたりけり。なくなりにけるときにいひ置きけれど、かかる財の王 じ。清らする人こそ、朝廷の御ために妨げをいたし、人のために苦しみをいたせ」などのたまふほどに、小さくして、病 おほやけ ことか見ゆる。そのものを貯へて、市し商はばこそかしこからめ。われ、かかる住まひすれども、民のために苦しみあら たくは 将ぬしの、大きなるところによき屋を造り建てて、天の下の好きものどもを集めて、ものをのみ尽くすは、何の清らなる らせたまへ。財には主避くとなむ申すなる。天の下、そしり申すことはべるなり」と申す。「 1あぢきなきこと。この大 たから 畑作られ、御前近き対にて、かくせしめられたること、あるまじきことなり。この御蔵一つを開きて、清らなる殿かい造 殿の人、上下、鋤、鍬を取りて畑をつくる。おとどみづからつくらぬばかりなり。かかるを、ある人、「御蔀のもとまで 住みたまふところは、七条の大路のほどに二町のところ、四面に蔵建て並べたり。殿の方は、蔀のもとまで畑つくれり。 ふたまち 吝嗇 家である三 春 高基という大臣は、身分の低い市女(市でものを商う女)を妻として、人々があきれるほど質 素な生活を送っていた。これを読んで、後の問いに答えよ。( 点) 三 ほどにあたらむ男をこそせめ」と思ひて、逃げ隠れぬ。 6市女のありて、知らせでとかくせしに馴らひて、 侍 の人々、 34 1 5 10 15 20 見 本 本科 / 直前演習期 / Z Study 添削問題編 / 添削問題 九大コース 国語 ZLPMA1-Z1A7-01 ZLPMA1-Z1A7-02 げ す ときどきもの申しければ、おとど、「朝廷に仕うまつればこそ、人のなきも苦しけれ。畑をつくりて、一人二人の下衆を やま がつ 使ひてあらむ」とて、位を返したてまつりたまひ、例なきことのたまふ。「つきなき身にて、高き位もちゐるべからず。 ( 『宇津保物語』による) 山賤らを従へて、田、畑をつくらむ。この位を返したてまつりて、人国一つを賜はらむ」と申す。「さもいはれたり」と て、大臣の位をとどめられて、美濃国を c賜ひつ。 まさより (注 ) ○財には主避く……財物を置くために持ち主の居場所が犠牲になることを述べたことわざ。 ○この大将ぬし……時の実力者、左大将源正頼。 ○いひ置きけれど……願果たしの御礼をするように遺言したけれど。 ○もの申し……物を催促する。 ○人国……京以外の国。 問1 傍線部a 「のたまふ」、b「申さむ」、c 「賜ひつ」の動作主を、問題文中から抜き出せ。 問2 傍線部1「あぢきなきこと」はどういうことを言っているのか、何についてこのように言っているのかも含めて、 説明せよ。 問3 傍線部2・3を解釈せよ。 問4 傍線部4「胸つぶらはしきこと」とあるが、「おとど」がそのように感じたのはなぜか、具体的に説明せよ。 問5 傍線部5「わがほどにあたらむ男をこそせめ」を、わかりやすく解釈せよ。 問6 傍線部6「市女のありて、知らせでとかくせし」とあるが、「市女」は誰に何をしていたというのか、説明せよ。 第2回 35
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