第5課 人形

5
第
課
人
形
一、筆者の紹介
小林 秀雄(こばやし ひでお)
1902年生まれ。東京大学仏文科卒。
評論家。『改造』の懸賞論文に「様々なる
意匠」が当選し、評論家として出発。『文学界』同人とし
て現代の知識人の問題を広く追及する姿勢にかわり、
近代批評の名に値する文芸批評を確立した。古典論・
美術論と鋭い筆をふるっている。
著書に『私小説論』『無常といふ事』『近代絵画』『本居
宣長』などがある。
二、表現と文型
1.遅遅として
事柄がなかなか思う通りに行かない様子を表す。
否定形と一緒に使うことが多い。
 工事の完成期限は迫っているのに、作業は遅遅
として進まない。
 渋滞がひどくて車は遅遅として進まず、いらいら
させられた。
 早く書き上げてしまおうと思ったが、来客が相次ぎ、
筆は遅遅として進まなかった。
2.~にちがいない
話してが強い確信をもって判断する時に用いる表
現。思い込みの場合もある。
 あんな高級な車に乗っているのだから、村田さんは
金持ちに違いない。
 学生の憂鬱な表情からすると、試験問題は難しかっ
たに違いない。
 彼女は規則を守らないような人ではない。きっと知ら
なかったに違いない。
 A:この足跡は?
B:あの男のものだと思う。犯人はあいつに違いない
3.~ては
動詞に付いて、動作や現象が繰り返し起こることを
表す。
 生活が豊かでないので、母はお金の計算をしては
ため息をついている。
 彼女は誰かを待っているのだろう。1ページ読んで
は顔を上げて窓の外を見ている。
 1行書いては考え込んでいるので、なかなか書き終
わらない。
 子供は2.3歩歩いては立ち止まって、母親の来るの
を待っている。
4.~のかわりに
A.名詞に付いて、代理の物や人の意味を表す。
 彼はノートの代わりに、広告の裏に書いて日本語を
勉強した。
 私の代わりに中山さんに会議に出てもらいます。
B.活用語に付いて、そういう行動をとらないで別の行
動をとったり、そういう価値と反対の価値がある意
味を表す。
 メールだと見ないおそれがあるので、代わりに電話
で報告します。
 この町は静かで落ち着いている代わりに交通の便
がやや悪い。
5.~ねばならない
「なければならない」の文語的な言い方。「ね」は助
動詞「ぬ」の仮定系。
 世界平和を実現するために努力せねばならない。
 全員が一致協力して問題解決に当たらねばならな
い。
 子供の命を救うために、今日中に手術をせねばな
らない。
「~ねばならぬ」はもっと文語的な言い方である。
 暴力には市民が力を合わせて立ち向かわねばなら
ぬ。
 地球の未来のために自然破壊は防がねばならぬ。
6.それほど~か
予想以上の感嘆の気持ちを表すのに用いる。
 それほど歌手になりたいのですか。だったら、あきら
めずにやりなさい。
 それほどいっしょになりたいと言うのですか。それな
ら、2人の結婚に賛成しましょう。
 それほど北海道へ行きたいのか。それでは夏休み
は一緒に行こう。
 それほどその小説は面白くないのか。それでは僕は
読まないよ。
三、言葉の理解
リーディング1
1.~げ
形容动词、形容词去い+げ、动词连用形+げ
<意味>:表示某种神情、样子、感觉等。也有「自信あ
りげ」(看上去信心十足)、「自信なげ」(看上去没有
自信)等比较惯用的说法。
合格発表を見に行く彼の顔は不安げだった。/
他去看放榜时,显得神色不安。
地震のニュースを聞いて、心配げな顔をしている。
/听着地震的消息,脸上露出担心的样子。
不満ありげに、黙って座っている。/满脸不满的神
色,默默的坐着。
2.四人がけ/四人座
3.格好(かっこう):
【名】(1)样子,外形,形状。姿态,姿势。
船の格好をした灰皿/船形的烟灰碟。
(2)装束,打扮。(身なり。)
こんな格好で失礼いたします/穿这身打扮见
您,真是失礼得很。
【形動】合适。(ちょうどよいさま。手頃。)
格好な値段/适合的价格。
【接尾】大约;差不多。
四十格好の男の人がたずねてきた/有一个四
十岁上下的男人来访。
4.腰を下ろす。/坐下。
5.でも:
举例。〔例を示すような気持ちで。〕
お茶でも飲もうか。/喝点茶吧?
先生にでも相談してみたらどうでしょうか。/或
者同老师商量一下怎样?
6.そこへ:
接前面的话,表示时间,相当于汉语的“这时”。
電車をおりたら雨が降っていた。そこへちょうどタ
クシーが来たので、ぬれなかった。
7.身に付く/
(知识,习惯,技术等)成为自己的东西。
早寝早起きが身に付く。/学会早睡早起
リーディング2
1.寄越す(よこす)/寄来;送来;派来。
故郷からよこした贈り物。/从家乡寄来的礼物。
手紙を寄越す。/寄信来。
2.和む(なごむ)/
(表情等)稳静,温柔,平静下来,温和起来;(气候等)
温和,缓和。
思わず表情が和む。/不由地表情温和起来。
心が和む。/心情平静下来。
3.零れる(こぼれる)
(1)洒,洒落。 水がこぼれた。/水洒了。
(2)溢出,流出。
涙が零れる。/流泪。
4.聳え立つ(そびえたつ)/耸立,峙立。
5.及びも付かない/【惯用语】
比不上,达不到,望尘莫及。
6.目頭が熱くなる/感动得要流泪。
7.呟く(つぶやく):嘟哝,嘟囔,发牢骚
8.こみあげる:【自下一】 往上冲,往上涌.
涙がこみ上げてくる/眼泪汪汪;不禁要流出泪来.
9.声をたてる/【惯用语】出声。
10.凍りつく(こおりつく):(1)结冰,冻住
窓が凍り付いてあかない。/窗户被冻住了,打不
开。
四、練習問題の解答
リーディング1
1.リーディング1の文章を読んで、次の質問に答えよ。
(1)「私は、彼女が、私の心持まで見てしまったとさえ
思った」とあるが、この時の「私の心持ち」を説明せよ。
不幸な老婦人への思いやりから、彼女の異様な挙
動を理解しようとする気持ち。
(2)「これまでになる」とはどういうことか、説明せよ。
正気のまま、人前で異様な行動をする(人形に食
事をさせる)ようになったこと。
3.「和やかに」とあるが、そういう表現が適切である理
由を述べよ。
同席の誰もが暖かい思いやりで、夫人とともに奇妙
な会食に参加していたから。
4.「もし、だれかが、人形について余計な発言でもした
ら、どうなったであろうか」とあるが、どうなったかを
記せ。
これまでの和やかな雰囲気は、妙にしらけて冷たい
ものになったであろう。
(5)本文を通じて筆者は何を述べたかったのか、15字
以内でまとめよ。
他人の悲しみを思いやる人間性。
2.リーディング1の要約文を120字以内でまとめよ。
食堂車で大きな人形に食事を与える異様な婦人と
乗り合わせた。婦人は戦死した息子の代わりに人
形を連れて歩いているのだろうか。その人の夫も他
の客も、皆この婦人の深い悲しみを察して、余計な
ことは何も言わずにただ温かいいまなざしを注いで
守っておいた。
3.下の枠内から最も適当な言葉を選んで、( )に書
き入れよ。
(1)やっぱり (2)あえて (3)なお
(4)余計に
(5)単なる (6)よほど
4.次の文の__のことばと同じ意味の使われ方をし
ているものはどれか、a~dの中から一つずつ選べ。
(1)a (2) c
(3) c
(4) b
リーディング2
1.空欄の(A)・(B)を補うのに最も適切なことばを次
の中から選べ。
(A) a
(B) b
2 .下線部①の「手紙の言葉」に相当する部分の初め
と終わりの5文字を書け。
初め=今度のお前
終わり=きたのだよ
3.下線部②の「だが、笑っているうち、私の笑いは、
私の頬に淋しく凍りついてしまった」とは、どのよう
な意味か。次の中から最も適切なものを選べ。
d
4.リーディング2の表現の特色について、最も適切な
ものを次の中から選べ。
a
5.リーディング2の要約文を100字以内でまとめよ。
死んだ母の手紙は忘れられない。それは、富士
見軒という下宿の名から、富士が見えるものと誤解
したものだが、同時に、息子の下宿が立派な建物と
想像しているのだと気づいたからだった。
リーディング3
1.筆者は「対象にひきずりまわされることが大切であ
る」という表現によって何を言おうとしているのか、
説明せよ。
芸術を鑑賞するとき、他人の見た感想を自分がそ
のまま受け入れるのではなく、自分で直接味わうこ
とが大切である。
2.「沈黙は肯定」というのは、どのような状態を指して
いるのか、その意味を説明せよ。
鑑賞者が、深い感動を受けて言葉に表現できず、
心の底でうなずいて価値を認めること。
3.筆者はなぜ「沈黙の肯定が一番深い」と言っている
のか、その意味を説明せよ。
感動があまりにも大きいと、かえって批評すべき言
葉を失うから。
4.筆者が言っている「こうした意味での批評家」とは、
どのような批評家を指しているのか、説明せよ。
人々の沈黙の底にある言葉にならない感動を代弁
する批評家。
5、リーディング3の要約文を100字以内でまとめよ。
芸術を鑑賞するにはある程度の説明を受けること
は必要だが、直接作品にふれ、深い感動を得ること
が大切だ。しかし、その感動は言葉では容易に表
現できないもので、それを代弁するのが真の批評
家である。
今週の一句:
焼け野の雉夜の鶴/
巣のある野を焼かれると雉子(きじ)は身の
危険を忘れて子を救い,寒い夜,巣ごもる鶴
は自分の翼で子をおおう。子を思う親の情が
非常に深いたとえ。