4.膜質とデバイス

J. Plasma Fusion Res. Vol.91, No.5 (2015)3
54‐359
小特集
シリコン系太陽電池の高効率化に向けたプラズマ CVD の科学
4.膜質とデバイス
4. Film Propaties and Device Performance
4.
3 結晶シリコン太陽電池におけるパッシベーション技術
4.3 Passivation Technologies for High Efficiency Crystalline Silicon Solar Cells
神 岡 武 文,立 花 福 久,大 下 祥 雄
KAMIOKA Takefumi, TACHIBANA Tomihisa and OHSHITA Yoshio
豊田工業大学大学院工学研究科
(原稿受付:2
0
1
5年1月1
3日)
結晶シリコン太陽電池の高効率化には,パッシベーション膜によるシリコン結晶表面における少数キャリア
再結合の抑制が必要である.とくに2
0%を超える高い変換効率を有する太陽電池の量産に対しては,本パッシ
ベーション技術がより重要となる.現在は,プラズマ CVD 法により堆積させたシリコン窒化膜が拡散系型の太陽
電池,アモルファスシリコンがヘテロ接合型の太陽電池におけるパッシベーション膜として広く使用されてい
る.しかし,それらの膜に対しては,シリコン表面の電気的不活性化に加えて反射防止,電流輸送,太陽電池製
造プロセスとの整合性などの多岐にわたる機能を,低コストで実現することが要求される.パッシベーション膜
に対するこれら多様な要求が,本技術を難しいものにしている.本節では高効率化とパッシベーションとの関係
を述べたのち,パッシベーション技術に関する現状と今後の課題を述べる.
Keywords:
crystalline silicon solar cell, passivation, silicon nitride, amorphous silicon, heterojunction
4.
3.
1 はじめに
的な不活性化が重要である.結晶の表面は少数キャリアが
現在販売されている太陽電池の80%以上が単結晶あるい
効率的に再結合する.光吸収により生成した少数キャリア
は多結晶シリコン基板を用いた結晶シリコン太陽電池であ
が再結合すると,それらは発電に寄与しない.すなわち,
る.生産量の拡大に伴い,近年モジュール価格が急速に低
発電効率が低下する.表面の不活性化に用いられるのが
下している.今後の苛烈なグローバルな競争の中で生き残
パッシベーションと呼ばれる技術である.不活性化の基本
るには,結晶シリコン太陽電池のさらなる低コスト化が必
的な考え方は,結晶表面に存在する未結合手を終端するこ
須な状況にある.一方,発電コストを考えるとき,設置費
とである.例えば,熱酸化により形成したシリコン酸化膜
用や人件費などがとくに日本では割高であり,コスト全体
は,表面に存在するシリコン原子の多くの未結合手を終端
に占めるいわゆる Balance Of System(BOS)の比率が高
するため,良好なパッシベーション効果が得られる.すな
い.そのため,電力料金の観点からは低コスト化に加えて
わち,熱酸化により低い再結合速度が実現される.しか
高効率化が急務な状況にある.高効率化のために必要な幾
し,800℃を超える高いプロセス温度に起因して,シリコン
つかの技術目標に関しては,国際太陽電池技術ロードマッ
結晶中に溶存している酸素が析出し欠陥が形成される
プ(International Technology Roadmap for Photovoltaic;
[3].それら結晶欠陥は光吸収により生成された少数キャ
ITRPV)に詳しく述べられている
[1].結晶シリコン太陽
リアが再結合しやすい準位(再結合中心)を形成しキャリ
電池の変換効率をさらに向上させるには,1)光の吸収量
ア寿命の低下を招く.このため,良好なパッシベーション
を増やす,2)光吸収により生成された少数キャリアの多
効果が得られるにもかかわらず,現在の太陽電池において
くを発電に寄与させる,ことが必要である.前者に関して
は熱酸化膜の利用は限られている.以上のことから,パッ
は,受光面側の電極を排することでより多くの光を吸収す
シベーション膜の形成には低温プロセスが必要とされてい
ることが可能となる.それゆえ,裏面コンタクト型の太陽
る.その意味で,低温成長が可能なプラズマ CVD 法は,熱
電池の開発が進められており,pn 接合を裏面に配置した構
による結晶の劣化を生じさせることなくパッシベーション
造により 25.0% の値を SunPower 社が実現している
[2].
膜を堆積することができる利点を有している.加えて,ヘ
後者に関しては,結晶の高品質化と並んで結晶表面の電気
テロ接合に使用されるアモルファスシリコンの成膜にもプ
Toyota Technological Institute, Nagoya, AICHI 468-8511, Japan
corresponding author’s e-mail: [email protected]
354
!2015 The Japan Society of Plasma
Science and Nuclear Fusion Research
Special Topic Article
4.3 Passivation Technologies for High Efficiency Crystalline Silicon Solar Cells
T. Kamioka
ングされた p 型シリコン結晶の表面にリンを拡散し,ダイ
ラズマ CVD 技術は必須である.
オード構造を形成する.受光面側のシリコン結晶上にパッ
4.
3.
2 結晶シリコン太陽電池におけるパッシ
ベーション技術
シベーション膜としてシリコン窒化膜をプラズマ CVD 法
により堆積させる.その後,スクリーン印刷技術により受
結晶シリコンを用いた太陽電池は広い面積を有する +)
光面側には銀配線を,裏面にはアルミ電極を形成する(本
ダイオードである.その等価回路を図1に示す.光吸収に
小特集「1.はじめに」の図1参照).もう一つは,アモル
より発生した電流 !
$ を外部に取り出すことにより電池と
ファスシリコンと結晶シリコンとのヘテロ接合を利用した
して働く.太陽電池における電流や電圧は式(1)ならびに
太陽電池である(図2b).結晶シリコン表面に高抵抗のア
(2)で記述される.
モルファスシリコンと不純物をドーピングしたアモルファ
スシリコンを,プラズマ CVD 法を用いて堆積し太陽電池
%
!#!
&-+!( "#,"!"$
!"#
$!!
&
$
を作製する.ヘテロ接合により拡散系と比較して高い電圧
が得られ,結果として高い変換効率が実現される.アモル
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ファスシリコンは接合のみではなく,パッシベーション膜
としての機能も果たしている.以下に,拡散系結晶シリコ
ン太陽電池に広く用いられているシリコン窒化膜と,ヘテ
(2)
ロ系結晶シリコン太陽電池におけるアモルファスシリコン
ここで,&はボルツマン定数,(は素電荷量,$は絶対温
膜に関し,パッシベーション技術の現状と課題を述べる.
度,!は発電時の電流,%は電圧,%*%は開放電圧である.ま
た,式中の #,は結晶の抵抗などに起因する直列抵抗,#,'
4.
3.
3 シリコン窒化膜
は接合特性などに起因する並列抵抗である.指数関数で表
拡散系の太陽電池においては,pn 接合形成したのち受光
されるダイオード特性式において,&
$にかかる係数の1
面側にシリコン窒化膜を堆積させる.これにより,結晶シ
あるいは2などの数字は n 値と呼ばれる.この等価回路で
リコン表面の電気的活性度が低下しパッシベーション膜と
は,n=1の場合を発生再結合電流が電圧‐電流特性を決め
して機能する.その後,シリコン窒化膜上に銀ペーストを
ている機構,2の場合を拡散電流がそれを決めている機構
スクリーン印刷法によりに配線パターン状に印刷する.続
として,異なる2つの過程を考慮している.それぞれのダ
いて,850℃程度の熱処理を行うことにより,配線を形成す
イオードにおける !
!"および !
!#は逆飽和 電 流 と 呼ばれ
る.シリコン窒化膜に要求される仕様は,上記太陽電池製
る.この値は拡散長 "の低下,すなわち少数キャリアの再
造プロセスに大きく影響される.以下では,本膜の堆積方
結合量の増加にともない大きくなる.逆飽和電流値の増加
法と特徴に加え,拡散系太陽電池パッシベーション膜の今
は,電流値ならびに電圧値の低下を招く.高い直列抵抗は
発電時の電圧の低下を招く.低い並列抵抗は接合や結晶端
後に関して議論する.
(1)プラズマ CVD
面においてリーク電流が大きいことを意味し,それらも電
シリコン窒化膜形成に用いられるプラズマ CVD 装置の
圧の低下を招く.一方,発電時における太陽電池の電流の
流れはダイオードの順方向とは逆である.それゆえ,発電
時に流れる順方向電流成分は損失となる.すなわち,高い
変換効率を得るには,低い #,と高い #,',ならびに多くの
光電流 !
!を実現することが必要で
$ と小さい逆飽和電流 !
ある. !
!は表面における少数キャリアの再結合速度(Surface Recombination Velocity ; SRV)が大きい場合にも増加
する.低い表面再結合速度を実現するために,パッシベー
ション技術が用いられている.
以下で考慮する結晶シリコン太陽電池の基本的な構造は
2種 類 あ る.1つ は 拡 散 系 と 呼 ば れ る 構 造 で あ る
(図2a).本太陽電池においては,一般にボロンがドーピ
図1
太陽電池の等価回路.
図2
355
拡散接合系とヘテロ接合系の太陽電池構造とバンド図.
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.91, No.5 May 2015
一例を述べる
[4].並行平板プラズマが広く用いられてお
においては,パッシベーション効果と低反射率の兼ね合い
り,基板はアノード電極側に設置する.減圧された成長室
から 2.1 程度の屈折率の膜が用いられている.一方,屈折率
に原料ガスを供給し,加熱した基板上に成膜する.プラズ
の異なる膜は電極形成プロセスに影響を与える.屈折率は
マ周波数として,100 kHz−13.56 MHz が広く用いられて
膜の密度にも比例する.結晶シリコン太陽電池に使用され
いる[5].原料ガスには,シリコン原料として SiH4,窒素
ているシリコン窒化膜は,LSI などで使用される Si3N4 膜と
原料として N2,または NH3 が用いられる.本学が有するプ
その特性が大きく異なり化学的に不安定である.この理由
ラズマ CVD 装置において は,SiH4 流 量:40 sccm,NH3
の一つが,膜密度が低いことである.このとき,膜中のシ
流 量:120 sccm,成 膜 圧 力:67 Pa,成 膜 レ ー ト
リコン比率は低い.
17 nm/min,設計膜厚 80 nm の条件で成膜を行っている.
シリコン比率は電極形成プロセスに影響を与える.拡散
シリコン窒化膜の成膜条件と膜の諸特性は密に関係して
系の結晶シリコン太陽電池においては,シリコン窒化膜の
い る.堆 積 し た シ リ コ ン 窒 化 膜 中 に は 多 く の 水 素
表面にスクリーン印刷により銀ペーストを配線パターンに
21
3
(10 atoms/cm 程度)が含まれている[6].後述するよう
印刷する.シリコン窒化膜は絶縁体であるため,このまま
に,本膜中の水素がパッシベーション効果に大きな役割を
では配線金属とシリコンとの導通は得られない.その
果たす.また,図3に示すように成膜時にシリコン窒化膜
後,850℃程度の温度で焼成することで銀配線を形成する.
中のシリコン比率を下げる(SiH4 流量を下げる,もしくは
銀ペースト中にはガラスフリットが含まれている.このガ
NH3 流 量 を 上 げる)と,膜 密 度 お よ び 屈 折 率 が 低 下 す
ラスフリットは熱処理時に溶け,シリコン窒化膜をエッチ
る.反対に膜中のシリコン比率を上げる(SiH4 流量を上げ
ングする.その結果,銀ペーストを印刷した部分のみ自己
る,もしくは NH3 流量を下げる)と,膜密度および屈折率
形成的にコンタクトが形成される(図4).このとき,シリ
は上昇する[6,
7].
コン比率が低い場合,銀ペーストが抜け易い.ただし,シ
(2)シリコン窒化膜の特徴
リコン窒化膜の突き抜けが容易に生じると,銀が接合部分
プラズマ CVD 法により堆積されたシリコン窒化膜には,
にまで到達する.シリコン中や接合部分に拡散した銀は少
反射防止とパッシベーションの2つの異なる効果が期待さ
数キャリアの再結合や接合リークの原因となり,変換効率
れる.反射防止膜として重要なパラメータの1つが屈折率
を低下させる.一方,シリコン比率が高い場合,銀ペース
である.反射防止効果により,入射された太陽光を太陽電
トが抜け難くなり,良好なコンタクトが得られない.その
池内に効率よく取り込むことで電流密度の向上を図ってい
結果,変換効率が低下する.実際の太陽電池作製において
る.屈折率は SiH4 と NH3 の流量比を変化させることで,約
は,上記のような異なる要求に対する最適条件で作製して
1.9 から 3.0 まで制御される
[8].光利用率の観点からは,
おり,最良の条件ではない.
屈折率が低い方が損失は小さい.その理由は,膜中での光
シリコン窒化膜のパッシベーション効果は表面再結合速
吸収が小さく,反射率も抑えられるためである.それに対
度で評価される.その値を決定する要因はシリコン窒化膜
し,パッシベーション効果の観点からは,屈折率が高い方
界面における界面準位密度 !"#,および,窒化膜中の固定電
が表面再結合速度は抑制される[8].この理由として,膜中
荷 密 度 "!で あ る[9].詳 細 は 拡 張 Schokley-Read-Hall
の水素や界面でのシリコン結合の増加が界面準位密度を低
下させるためと考えられている.このように,それぞれの
効果に対する最適解が相反する.現在のシリコン太陽電池
図3
図4 (a)
拡散系結晶シリコン太陽電池の受光面側電極形成例,
および(b)
電極部断面図.
原料流量比とシリコン窒化膜の屈折率との関係.
356
Special Topic Article
4.3 Passivation Technologies for High Efficiency Crystalline Silicon Solar Cells
T. Kamioka
(SRH)再結合モデル
[9]により議論される.!"$が増加する
子層成長法(Atomic Layer Deposition;ALD 法),スパッタ
ことは界面での少数キャリア再結合が増加することを意味
リング法,CVD 法などが用いられている
[15,
17].ALD
する.一方,"!はシリコン窒化膜中に含まれる固定電荷量
法は良質な膜が得られるが堆積速度が遅いことが問題であ
を意味する.シリコン窒化膜は正の固定電荷をもつため,
り,バッチ式で行うなどの装置改良が進められている.
p型基板上に形成された#!層中の少数キャリアである正孔
AlOx 膜はシリコン窒化膜と同様,成膜後に熱処理すること
をクーロン反発により界面に近付けない効果を有する.そ
でパッシベーション特性が向上する.負の "!の値は約
の結果,界面での再結合が抑制され表面再結合速度が低下
1012 cm−2 であり,10 cm/sec 以下の低い表面再結合速度が
する.
得られている[16,
18].しかし,AlOx 膜は現状の電極形成
膜堆積後においては,シリコン窒化膜とシリコンとの界
時の焼成工程における熱処理耐性がない,あるいは,AlOx
面における !"$が高い.それゆえ,そこでの再結合速度は大
膜に対する良好な電極ペーストがないなど,現在の量産プ
きく,良好なパッシベーション効果は得られない.実際の
ロセスとの整合性が悪いことが課題である.AlOx 膜だけで
デバイス作製においては,配線焼成時の熱処理によりパッ
は反射防止膜の効果を得られないことから,シリコン窒化
シベーション効果が得られる[10].シリコン窒化膜中に含
膜と AlOx 膜の積層構造が検討されている.すなわち,AlOx
まれる多量の水素が熱処理により拡散し,シリコン基板表
膜で界面パッシベーション効果を,シリコン窒化膜により
面および基板中の結晶欠陥,未結合手を終端する
[11].多
反射防止膜の効果をそれぞれ得ている.
結晶シリコン基板の場合には,多数存在する結晶粒界の一
4.
3.
4 アモルファスシリコン膜
部を水素が終端し基板のライフタイムを向上させる.本学
のプラズマ CVD 装置を用いて堆積したシリコン窒化膜の
ヘテロ接合系太陽電池においては,n 型シリコン単結晶
熱処理前後の表面再結合速度を比較すると,熱処理を加え
の表面に水素を数 10 at%程度含む高抵抗の水素化アモル
ていない条件での値に対し,熱処理を加えた後の値は半分
ファスシリコ ン(a-Si:H)膜を 5−10 nm 程 度 堆 積 さ せ,
以下となる.シリコン窒化膜中の "!,!"$の量は電気容量と
パッシベーション効果を得ている.その上に不純物を含む
電圧の関係(C-V 測定)から求められる.得られた C-V
a-Si:H 膜を堆積して太陽電池構造としている.本構造を用
曲線と理想的な C-V 曲線との差から,Terman 法などを用
い た 太 陽 電 池 の 代 表 例 が Heterojunction with Intrinsic
い て そ れ ら の 値 を 算 出 す る[12].現 状 で は,"!が
Thin layer(HIT)太陽電池
[19,
20]であり,高い開放電圧
∼1012 cm−2,!"$が∼1012 eV−1 cm−2 程度の値である.この
を有する太陽電池が実現されている.最近では,受光面側
時の表面再結合速度としては,10 cm/sec 程度の値が得ら
の配線を排して裏面にすべての接合および電極を形成させ
れている.
たヘテロバックコンタクト型の太陽電池の研究開発
今後の高効率化を考えるとき,プラズマ CVD による基
[21,
22]が進められている.先に挙げた高い開放電圧の長
板表面へのプラズマダメージが問題の一つとして挙げられ
所に加え,高い短絡電流密度が得られ,研究開発レベルで
る[5].成膜工程で導入された結晶欠陥は基板表面から数
は非集光で2
5%超の世界最高効率が達成されている[21].
nm−50 nm の深さに分布しており,キャリア再結合中心と
以下では,ヘテロ接合系太陽電池において重要な役割を果
して働く[13].太陽電池表面にはテクスチャ構造と呼ばれ
たすアモルファスシリコン膜に関して,成膜方法,膜の特
るピラミッド状の構造が形成されており,その凸部ならび
に凹部に結晶欠陥が集中する.この結晶欠陥層のキャリア
徴,および,太陽電池動作における役割に関して述べる.
(1)プラズマ CVD
再結合特性の評価や,結晶欠陥の導入抑制のために低ダ
a-Si:H膜の堆積には13.56 MHz(Radio Frequency; RF)の
メージの CVD 装置の開発が進められている.
高 周 波 プ ラ ズ マ CVD 法
[4,
23,
24]が 広 く 用 い ら れ て い
一方で,現在主に使用されている p 型シリコン基板にお
る.RF プラズマ CVD 法では,原料である SiH4 を主成分と
いては光劣化が存在する[14].これは,不純物としてドー
する原料ガスをH2 で希釈させて分解し,結晶シリコン表面
ピングしたボロンとシリコン中の酸素との複合欠陥が,光
上 に a-Si:H 膜 を 堆 積 さ せ る
[25].太 陽 電 池 構 造 と し て
照射により活性化し再結合中心として働く現象である.加
は,はじめに高抵抗層(i 型 a-Si:H 層;i 層)を堆積する.次
えて,ボロンは金属不純物である鉄とも効率的な再結合中
に,SiH4 にドーパントを含む B2H6,あるいは PH3 を混合す
心となる複合欠陥を形成する.それゆえ,それらの問題の
ることで,p あるいは n 型 a-Si:H を堆積させる
[26,
27].た
ない n 型シリコン基板を今後の拡散系の高効率太陽電池用
だし,a-Si:H に対するドーピング効率は1
0%以下と低い.
基板として使用することが検討されている.しかし,n 型
ドーピング量の増加にともない欠陥濃度は増加する[28].
基板に対しては,シリコン窒化膜はパッシベーション膜と
これが,パッシベーション層として i 層を用いる理由であ
しては不適切である.それはシリコン窒化膜が正の固定電
る[29].プラズマ CVD 装置の構成は,他参考文献に詳し
荷をもつためである.正の固定電荷は n 型基板における拡
い[4,
23,
24].なお,最近では Cat-CVD 法(触媒化学気相
散層である p+層中の少数キャリアである電子を表面に引
成長法,あるいは,ホットワイヤ法)で堆積させる方法も
き寄せるため,そこでの再結合速度を増加させる.それゆ
あり,極めて小さな表面再結合速度(SRV=1.6 cm/s)が実
え,n 型基板を用いた太陽電池の高効率化のために,負の
現[30]されている.プラズマ周波数,プラズマ出力,原料
固定電荷を有する AlOx 膜をパッシベーション膜として使
ガス流量比,基板温度などの成膜条件により,膜成長速度
用する検討が進められている
[15,
16].AlOx 膜の堆積は原
や膜質が大きく変化する.プラズマ出力を上げ,原料ガス
357
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.91, No.5 May 2015
供給量を増やせば,原料ガスの分解が促進され成膜速度は
が,この大きなバンドオフセットであると考えられている
向上する.しかし,速い成膜速度では膜のパッシベーショ
[35,
36].このバンドオフセットに由来する抵抗成分は,ヘ
ン性は低下する.高プラズマ出力では開放電圧が低下する
テロ接合系セルに特有なものである.本影響に関しては,
[31].基板結晶へのプラズマダメージや,a-Si:H 膜中の欠
裏面コンタクト型ヘテロ接合セルに対するシミュレーショ
陥濃度増加がその原因である.一方,成膜時の基板温度を
ンによる検討が行われている[37].図5は,我々のグルー
上げると,結晶欠陥量は低下するが a-Si:H 膜の結晶化の問
プによるシミュレーション結果であり,曲線因子に対する
題が生じる.そのため,通常の成膜温度は2
00℃以下であ
バンドオフセットの影響を示したものである.バンドオフ
る.
セットの増加に伴い曲線因子が低下する.その1つの理由
として,大きなバンドオフセット状況下では,結晶/アモ
a-Si:H 膜の構造においては,短距離秩序のみが存在し,
多くのシリコン原子が水素で終端されている.膜には伝導
ルファス界面近傍のキャリア密度が増加するが,それらが
帯下端や価電子帯上端から延長される準位(Urbach Tails)
バンドオフセットに起因するエネルギー障壁を乗り越える
と,禁制帯中央近傍に存在する未結合手に由来した禁制帯
(熱放出過程)ことが困難になることが挙げられる.
中準位の2つが存在する[24].パッシベーション効果に大
i 層の厚さは太陽電池特性の開放電圧にも大きな影響を
きく影響を与えているのは,結晶/アモルファス界面に存
与える[24,
34].i 層の厚さの増加に伴い開放電圧は増加す
在する欠陥を多く含む遷移層である[32,
33].
る.しかし,これまで報告されてきた理論的な検討[38]に
おいてはこの実験事実は説明できていない.そこで,我々
(2)堆積した膜の特徴
プラズマ CVD 法により堆積させた高抵抗の i 層は,高い
は,界面における量子効果を考慮したモデルを提案し,本
パッシベーション効果を有している.結晶/アモルファス
界面の欠陥準位密度 !!"は 1×1011 cm−2 eV−1 程度であり
現象を説明することを試みている[39].結晶/アモルファ
[33],3 cm/s 以下の低い表面再結合速度が実現されてい
42].その領域では,キャリアの閉じ込めによる量子効果が
る[32].この低い値により 720 mV 以上の高い開放電圧と
生じており,キャリア分布が古典モデルから予想されるも
高い変換効率が期待される[24].研究開発レベルでは,先
のとは異なるはずである.量子モデルを考慮した開放電
述の HIT 太陽電池において 24.7%
[20],裏面コンタクトヘ
圧,および変換効率の裏面側 i 層厚さ依存性に関するシ
テロ型のセルにおいて 25.6%[21]の変換効率が実現されて
ミュレーション結果を図6に示す.比較のため,量子効果
いる.これらの結果は,現在の技術レベルでも25%程度の
なし(古典モデル)の結果も併せて載せた.量子効果を考
高い変換効率を実現するのに十分なパッシベーション効果
慮したモデルでは,i 層厚さの増加に伴い開放電圧が大き
が得られていることを示すものである.
く増加する.しかし,古典モデルでは,i 層厚さ依存性はほ
ス界面の結晶シリコン側には反転層が形成されている[40‐
しかし,結晶シリコンヘテロ系太陽電池において i 層に
とんどない.この結果は,i 層厚さの太陽電池特性における
求められる役割はパッシベーション効果のみではない.そ
役割を議論する上で,界面近傍の領域における量子効果の
の1つとして低い光吸収が挙げられる.a-Si:H の禁制帯幅
影響も考慮することの重要性を示唆している.ただし,量
は水素含有量が多いほど広くなる[25].光吸収損失の観点
子効果の影響に対しては,膜中の欠陥を介したトンネリン
からは,より広い禁制帯幅とより薄い膜厚が要求される.
しかし,現在のヘテロ系結晶シリコン太陽電池に使用され
ているアモルファス膜の禁制帯幅は 1.6−1.8 eV 程度であ
る.それゆえ,本禁制帯幅では a-Si:H 層中の光吸収による
電流の低下を無視できない.光吸収量が多いにも関わら
ず,広い禁制帯幅の膜が使用されない理由は,本光吸収の
問題よりも輸送特性に起因する曲線因子の低下の影響が大
きいためである.本構造の太陽電池においては,光吸収に
より生成されたキャリアは a-Si:H 層を流れて外部に取り出
される.この時,厚い高抵抗の i 層はキャリア輸送を阻害す
る.このことから,本セル構造においては,パッシベー
ション品質と良好なキャリア輸送を両立する最適な膜厚が
存在する.その値 は 4−7 nm で あ る と 報 告 さ れ て い る
[24,
34].
キャリア輸送特性を阻害するもう1つの要因が,結晶/
アモルファス界面に存在するバンドの不連続(バンドオフ
セット)である.伝導帯側では約 0.15 eV 程度,価電子帯側
ではそれより少し大きく 0.4 eV 程度のバンドオフセットが
図5
生じている[24].このバンドオフセットは抵抗成分の原因
となり,曲線因子を大きく低下させる.光照射下の電流‐電
圧曲線において,いわゆる「S 字」特性が現れる理由の1つ
358
曲線因子の価電子帯バンドオフセット(!Ev)
依存性:裏面
コンタクト型ヘテロ接合シリコン結晶セルのシミュレー
ションによる解析結果.エミッタ被覆率(Wp/Wn)
をパラ
メータ.ギャップ幅は 50 μm.
Special Topic Article
図6
4.3 Passivation Technologies for High Efficiency Crystalline Silicon Solar Cells
T. Kamioka
[2]www.sunpowercorp.com
[3]阿部孝夫:シリコン 結晶成長とウェーハ加工(培風
館,1
9
9
4)
.
[4]表面技術協会編:ドライプロセスによる表面処理・薄
膜形成の基礎(コロナ社,2
0
1
3)
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開放電圧および変換効率の i 層厚さ依存性:裏面コンタク
ト型ヘテロ接合シリコン結晶セルのシミュレーションによ
り解析.
グや再結合プロセスなども関連していると考えられる.今
後,デバイス物理のより詳細な検討が引き続き必要であ
る.
(3)今後のアモルファスシリコン系材料
光吸収係数が大きいなどの a-Si:H 膜の問題を回避するた
め,炭化物系(a-SiC:H)
,および,酸化物系(a-SiO:H)の
アモルファス Si 材料の研究も進んでいる.これらは a-Si:H
より大きなバンドギャップを有しており電流損失が少な
い.a-SiC:H 膜は熱安定性に優れており,成膜後の高温プロ
セスに対する耐性が強い[43].また,a-SiO:H 膜は,a-Si:H
成膜で問題となる結晶化を防ぐことができる[44].ともに
a-Si:H と同等のパッシベーション品質が実証されており
[45,
46],将来有望な材料である.
4.
3.
5 結言
今後の結晶シリコン太陽電池の高効率化には,パッシ
ベーションのさらなる高品質化が重要である.プラズマ
CVDの観点からは,プラズマのダメージの低減が挙げられ
る.現在のシリコン窒化膜堆積において,水素原子が原因
と考えられる結晶欠陥が表面近傍に存在する.拡散層の抵
抗の低減などが今後進むと,本ダメージの問題が顕在化す
る可能性がある.アモルファスシリコンにおいては,i 層お
よびドーピング層の低欠陥化が必要である.一方,本文中
でも議論したように,パッシベーション膜のみを考えて
も,パッシベーション以外に多くの機能が要求される.こ
のことは,今後太陽電池をさらに高効率化するには,結晶,
プラズマ,太陽電池の異なる分野の技術者研究者の協働が
重要であることを意味する.
参考文献
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359