赤外分光法とラマン分光法 - J

(3)
Vol. 49, No.4 (1993)
P-121
「高 分 子 の キ ャ ラ ク タ リゼ ー シ ョ ン」 特 集
赤外 分光 法 とラマ ン分光 法
石
示 す。顕 微 鏡 観察 下 で,ARTプ
1.序
赤外 分光 法(FT-IR)は,繊
田
英
之
リズ ム を異 物 に圧 着 し
て 測定 した もので あ る。異 物 と して ポ りア ミ ド系 化合 物
維 や フ ィル ムな どの 高分
が 確認 され た。
子材料 の不 可欠 な評 価手 法 と して広 範 な分 野で 用 い られ
顕 微 ラマ ン法 の最近 の 進歩 と して,空 間分 解能 を更 に
てい る。ラ マ ン分光 法 は,赤 外 分光 法 に比 べ る と普及 度
高め た コ ンフ ォー カル方 式の 顕微 ラマ ン法が あ げ られ る。
はかな り低 いが,他 の 分析 手法 にはみ られ ないユ ニ ー ク
顕微 鏡 の結 像位 置 に ピンボ ー ル(数 百pm,)を
な特 徴が あ るため,高 分子 材料 につ いて もその長 所 を積
励起 用 の レーザ ー の集光 点周 辺 か らの ラマ ン散 乱光 を効
極 的に利 用 した評価 が お こな われ て い る。
率 的 に除去 し,空 間分 解能 を大 幅 に高 め る方法 で あ る。
ここでは,こ の分野 に お ける最 近 の技術 的な進 歩 や応
図3に,エ
設 置 し,
ポ キ シ樹 脂 に包埋 した ポ リエチ レ ン繊維 の測
用展開 の中 か ら,高 分子 材料 の評 価 に実 用 上有 用 と思 わ
れ る最 近の研 究 につ い て紹介 す る。
2.顕
微FT-IR・
顕 微FT-IR・
ラ マ ン分 光 法 の 最 近 の 進 歩
ラマ ン法 は,微 小 部(物)の
化学構造
・組 成・配 向等 の情 報 が得 られ るユニ ー クな マ イ クロア
ナ リシスの手 法 と して重 要 な位 置 を 占め て きて い る1)。
高分子材料 につ いて は,材 料 中の微 小 異物 や 欠陥 の分 析
のみ ならず,微 小 領域 の結 晶 化度 や配 向状 態 な どの解 析
図1マ
がで きる点 が大 きな特 徴 で あ り,繊 維 や フ ィル ム な どの
イ ク ロATR,RAS用
の対 物鏡
微細構造 の評 価 に重要 な役割 を果 た して い る。
顕微FT-IRに
つ い て は,従 来,FT-IRの
付属装置的
な存 在で あ ったが,最 近,低 価 格の 専用 装 置が 各社 か ら
市販 され,独 立 した微小 部 の分 析装 置 と した用 い られ る
ようにな って きた。高 分 子組 成 物(樹 脂・ フ ィル ム等)
の 二次元 的 な分布 状 態 の解 析 に は,X-Yス
テ ー ジ を用
いた官能 基 のマ ッピ ング法 が 有効 で あ る2)。最 近,図1
に示す よ うな赤外顕 微 鏡用 の特 殊 な対 物鏡 が 開発 され,
表 面微 小部 のATR(内
部 反射)や 高 感 度 反射 スペ ク ト
ルの測定 が容 易 にで きるよ うに な った。図2に
は,液 晶
デ ィスプ レーの表 示異 常 の原 因 とな るポ リイ ミド系液 晶
配向膜 上 表面 の微 小 異物 の マ イ ク ロATRス
ペ ク トル を
図2液
晶 配向 膜表 面微 小 異物 の μ一ATRス ペ ク トル
Infrared and Raman Spectroscopics
筆者紹介 HIDEYUKI ISHIDA
Toray Research Center. Inc.
㈱東 レ リサ ーチ セ ン ター
構 造 化学 研 究部
部 長,工
学博 士
筆 者 は 分 光 学 的 手 法 を用 い た 材 料 評 価 を 専 問 と さ れ て お ら れ,著
タ ー,共
著)"Practical
趣 味 は 水 泳,テ
本 稿 で は,実
Fourier
Trans form
Infrared
Spectroscopy"
書 に「 ラ マ ン分 光 法」(学
(Academic
Press,共
著)等
ニ スな ど
用 的 な 観 点 か ら 最 近 の ト ピ ッ ク を 選 択 し,研
究 例 を レ ビ ュ ー し て い た だ い た。
会 出 版 セ ン
が あ る。
P-122
SEN-I
GAKKAISHI
(繊 維 と工業)(4)
図4ポ
図3コ
リイ ミ ドの 硬化 反 応機 構
ン フ ォー カ ル 顕 微 ラマ ン 法 に よ る 空 間 分 解 能 の
向 上。ポ
リ エ チ レ ン繊 維(φ
シ 樹 脂(100μm厚
定 例 を 示 す3)。ピ
み)に
篇20μm)を
エポキ
包 埋 した 試 料 を用 い た。
ン ホ ー ル の 導 入 に よ り空 間 分 解 能 が 著
し く 向 上 して い る 様 子 が が わ か る。こ
の 手 法 は,高
分子
材 料 の よ う な 透 明 な 材 料 に 対 し て 特 に 有 用 で あ る。
3.熱
走 査FT-IRに
熱 走 査FT-IR法
は,昇
よ る硬 化 反応 の 解 析
温・ 降 温 過 程 に お け る 赤 外 ス
ペ ク トル 変 化 を リ ア ル タ イ ム で 測 定 し,化
学反 応 や コ ン
フ ォ メ ー シ ョ ン 変 化 等 を 解 折 す る 方 法 で あ る。従
DSC(示
差 走 査 熱 量 計)な
来の
ど の 熱 分 析 か ら 一 歩 踏 込 ん で,
硬 化 反 応 や 結 晶 化 過 程 に お け る 分子レ ベ ル で の 変 化 を 追
跡 す る こ とが 可 能 に な る。こ
こ で は,液
晶 配向 膜 な どに
図5
熱 走査(昇 温)に よ るIRス ペ ク トルの変 化
用 い られ る ポ リ イ ミ ドの 熱 硬 化 反 応 の 測 定 例 を 紹 介 す る
9)
。図4に
示 す よ う に,PMDA(pyromellitic
dianhydride)とODA(oxydianiline)か
ら な る 系 で,ポ
リ ア ミ ッ ク 酸 の 閉 環 反 応 を 追 跡 し た。昇
minで,1℃(積
た。図5に
算16回)毎
にIRス
温 速 度5℃/
ペ ク トル を 測 定 し
ス ペ ク トル の 一一部 を 示 す。昇
温 に よ り,ポ
ア ミ ッ ク 酸 の ア ミ ド基 に よ る 吸 収 帯 が 減 少 し,薪
リ
た に生
成 す る イ ミ ド環 に よ る 吸 収 帯 が 出 現 す る 様 子 が よ く わ か
る。各
た。イ
吸 収 帯 の 相 対 吸 収 強 度 の 温 度 変 化 を 図6に
ミ ド化 は100℃
終 了 して い る。こ
付 近 か ら始 ま り,250℃
の よ う な測 定 か ら,イ
ま とめ
前後でほぼ
ミ ド化 率 の膜 厚
や 昇 温 速 度 依 存 性 な ど が 正 確 に 解 析 で き る。又,反
応の
中 間 過 程 で 酸 無水 物 に よ る と 考 え ら れ る 弱 い 吸 収 帯
(1850cm一')が
検 出 さ れ,最
終 段 階 で は 消 滅 して い る
図6熱
走 査(昇 温)に よるポリ イ ミ ド吸 収 帯 の強 度変
化
(5)
Vol. 49, No. 4 (1993)
図7
P -123
ナ フ トキ ノ ンジア ジ ド系 感光 材 の光 反応 機構
全反射 ラマ ン測定装量の光学 系
図10全反射 ラマ ン測定 装 置 の光学 系
直 後か ら約3秒 までのIRス ペ ク トル変化 の 一例 を示 す。
図8光
照射 に よるIRス ペ ク トル の変 化(ジ ア ゾ基 の
ジア ゾ基 の 吸収 が減 少 し,中 問体 と して予 想 され る ケテ
ン基 に よる吸収 帯 が 出現 す るよ うす が,明 瞭 に把握 され
領域)
る。図9に
は,光 照 射 開始 か ら30秒 間の ジア ゾ基,ケ テ
ン基及 び カ ルボ ン酸の吸 収 帯 の生威・ 消滅 の 挙動 を示 し
た。ケ テ ンが最 終 的 には水 と反応 してカ ル ボ ン酸 が生 成
し,図7に
示 した ような光 反硲 機構 が 実験 的 に確認 され
る。従 来 の方 法で は追 跡 出来 なか った中 間体 の挙動 を も
考 慮 した速 度論 的 な解析 が 可 能で あ る。又,ス
ペ ク トル
の詳細 な解析 か ら感光 材成 分 とマ トリ ック ス樹 脂(フ ェ
ノ ール樹脂)と の 反応 につ い ての情 報 も得 る ことがで き
る。今 後 の応 用展 開 が期 待 され る。
5.全
反 射 ラマ ン分 光 法 に よ る高 分 子 材 料 の
表面 解 析
図9光
照 射 に よる各吸 収 帯の 生成・ 消 滅 の時 間変 化
全 反 射 ラマ ン法 は,FT-IRを
析 手 法 で あ るATR法
用 い た代 表 的 な表 面 分
と原理 的 に は 同様 な方 法 で あ る
ことが 見 出 され た。反 応機 構 や 膜の 表面特 性 を考察 す る
が,励
上で重 要 な知見 で ある。本 手 法 は,結 晶性 ポ リマ ーの結
depth)が 小 さい ため(1000一 一200011),よ り最表 面 の 情
晶化 や融解 挙動 の解 析 に も有用 で あ る。
報 が得 られ,ト ライボ ロ ジー的 な特 性 や接 着性 な どに関
4.高
速 ス キ ャ ンFT-9Rに
よ る 光化 学 反 応 の 追 跡
最近,従 来 の干渉計 のス キ ャ ン速 度 に比べ て約6倍 程
度 速い 高 速 ス キ ャ ン方 式 のFT-IRが
実 用化 し,光 化 学
反応 な どの よ うな迅 速 反応 の解 析へ の応用 が注 目 され て
いる。こ こで は,筆 者 らが 最近 行 ったナ フ トキ ノ ンジ ア
ジ ド系感 光性樹 脂(図7参
照)の 測定 例 を紹 介す る5)。
変調 周 波数125kHaで ス キ ャ ンす れ ば,ス ペ ク トル分
解 能4㎝−1で80msec/spectrumの
時 間分 解 能 が 得 られ る
(30秒間に375個 の スペ ク トル取 得)。図8に
光照 射 開始
起 用 の レ ー ザ ー 光 の 侵 入 深 さ(penetration
連 した フ ィルムの表 面解 析 な どに 有効 な手 法 であ る。
図10に,筆 者 らが開 発 した全 反 財 ラマ ン測 定装 置 の光
学系 を示 す6)。入 射 角が 精 度 よ くコ ン トロー ルで きるた
め,臨 界角 か ら試料 の 屈折 率 も正 確 に決定 で きる。図11
に プ ラ ズ マ 処 理 し た ポ リエ チ レ ンテ レ フ タ レ ー
ト
〈PET)フ ィル ム の全反 射 ラマ ンスペ ク トル を示 す。処
理 フ ィルム にお いて は,ラ マ ンバ ンド の強 度が 減少 し,
カ ルボ ニ ル 基 の 伸 縮振 動 に よる ラ マ ンバ ン ド(1725cm
−1
)の 半 価 幅が 狭 くな る。プ ラズ マ処 理 に よ り最表 面 の
非 晶部 が 選択 的 に除去 され たた め,表 面 の 結晶 性 が みか
P-124
SEN-I
GAKKAISHI
(繊維と工業)(6)
図12エ
ポ キ シ系LSI封 止 材 のFTラ
マ ンスペ ク トル
(分散散 法 との 比較 〉
図
11プ
ラ ズ マ 処 理PETフ
イルム 表面 の 全 反射 ラ マ ン
引 出せ る 可能 性 もあ る。FTラ
マ ン法 の薪 しい応 用分野
と して期 待 される8)。
ス ペ ク トル
7.お
わりに
け上 高 くな った もの と考 え られ る。 又,ラ マ ン強 度 の減
少 は,フ ィルム表 面 が粗 くな り,プ リズム との密 着 性 が
6.FTラ
本 稿 で は,赤 外・ラ マ ン分 光法 を用 いた 高分子 材料評
にお ける最 近 の技 術 動向 につ いて,四 つ のテ ーマに絞
低 下 した ため と推 察 され る7)。
り簡 単 に レヴューし た。紙 面 の 関係 で割 愛 した が,最 近,
マ ン分 光 法
間分解 赤外 分 光法 や 二次 元赤 外 分 光法 が実 用化 の段階
前 に実 絹 的 な研 究 が 始
に入 って きた。な かで も,二 次 元 赤外 分 光法 は,高 分子
まった新 しい分 光法 で あ り,高 分子 材料 に有用 な 評価 手
料 の高 次構 造,微 細構 造,分 散 状態 等 の新 しい評価手
法 と して期 待 され てい る。FTラ
と して今後 の応 用 展 開が期 待 され る手 法 であ る9)。
FTラ マ ン分 光 法 は,2-3年
マ ン分光 法 は,従 来 の
分散 型 スキ ャン方式 の ラマ ン法 に 比較 して 次 の よ うな特
文
徴 を有 して い る:
田 英 之,繊
献
a)ケ イ光 の除 去(大 幅 な減少)。
1)石
b)波 数精 度 と確度 が高 い。
2) M. A. Harthcock and S. C. Atkin, Appl. Spectrosc.,42,
449 (1988).
C)操 作 性 が 良い(測 定が 容易)。
3) R. Tabadsblat, R. J. Meier and B. J. Kip, Appl. Spec
a)豊 富 なデ ー タ処理 機 能が 使 え る。
e)高 分 解能 測定 が容 易 で あ る。
trosc., 46, 60 (1992).
4)阪
f)光 フ ァイバ ーが有 効 に使 え る。
井 麻 里,正
高 分子 材 料 の多 くは着色 してい る もの が多 く,強 い ケ
5)正
い。FTラ
6)前川
のYAGレ
ーザ ー を用い る ため
,ケ イ光 の問 題 が大 幅 に解 消 され る。
図12に一 例 と して,エ ポ キ シ系LSI封 止 材 のFTラ
スペ ク トル を分散 法 と比較 して 示す。FTラ
マン
マ ン法 で は
じめ て ラマ ンスペ ク トルの 灘定 が可 能 に な った例 で あ る。
FTラ マ ン法で は波数 精 度 が 高い ため,ラ マ ンバ ン ドの
ピー ク シ フ トか ら,封 止 材 の内 部応 力 の直 接 的 な情報 が
田 訓 弘,石
田 英 之,8本
桐
田 英 之,来
分 析化 学会 第
38年 会(1989).
イ光の た め ラマ ンスペ クト ルの測 定 がで きない場 合 が多
マ ン法 で は励 起 光 源 と してNIR域
維 学 会 誌,44,211(1988),
田 訓 弘,片
め ぐみ,吉川
水 良 祐,分
7)石田
元,石
正 信,片
析 化 学,40,
英 之,日
T203
発表 デ ー タ
桐元,石田
英 之,清
(1991)
本 接 着 学 会 誌,27,,80(1991)
8) H.Ishida, 5th International Symposium on Polymer
Analysis and Characterization, Inuyama (1992).
9) I. Noda, Appl. Spectrosc.,44, 550 (1990).
(平成5年1A30B受
理)