3.表面反応と膜成長 - プラズマ・核融合学会

J. Plasma Fusion Res. Vol.91, No.5 (2015)3
36‐342
小特集
シリコン系太陽電池の高効率化に向けたプラズマ CVD の科学
3.表面反応と膜成長
3. Surface Reaction and Film Growth
3.
2 シリコンプラズマ CVD の成長表面反応における水素の役割
3.2 Role of Hydrogen in the Growth of Si Thin Film for Solar Cells
白井
肇
SHIRAI Hajime
埼玉大学理工学研究科
(原稿受付:2
0
1
5年1月1
8日)
プラズマ CVD による水素化アモルファス Si,微結晶 Si(a-Si:H,'c-Si:H)成膜過程における基板の選択,SiH4
ガス吸着,成膜条件および成長表面の水素プラズマ照射に対する化学反応性に着目し,赤外分光エリプソメト
リー(赤外 SE)により考察した結果を概説する.特に成長初期および界面形成過程における水素原子の反応性に
ついて概説する.また成長初期からの結晶化促進を目的にカソード電極加熱による SiH4 ガス加熱が結晶化に及ぼ
す効果をプラズマ,膜構造および薄膜トランジスター(TFT)特性から評価した結果を紹介する.
Keywords:
amorphous silicon, microcrystalline silicon, H atoms, IR ellipsometry, surface reaction, PECVD
3.
2.
1 はじめに
の制御技術は物性基礎からデバイス応用に至る広い分野で
盛んとなった.中でも成膜初期過程,界面形成反応の理解
水素化アモルファスシリコン(a-Si:H)の pn 制御が報告
されて以来,a-Si:H,微結晶シリコン Si('c-Si:H)は,これ
と制御は,薄膜 Si 系太陽電池,TFT 性能に直結するため,
まで薄膜太陽電池,薄膜トランジスター(TFT)の基盤材
プラズマ気相・表面反応の診断技術とともに産官学で精力
料として注目されてきた.現在ではこれらの薄膜 Si 系デバ
的に研究が進められてきた.この章では,赤外分光エリプ
イス 性 能 は,ア モ ル フ ァ ス 酸 化 物 InGaZnO(IGZO)系
ソメトリー(赤外 SE)について紹介した後,SiH4 ガス吸着
TFT や塗布系有機・高分子薄膜系薄膜太陽電池,TFT 性
反応,SiH4 系 RF プラズマによる a-Si:H,'c-Si:H 成膜初期
能のポテンシャルの閾値として位置づけられ,溶液プロセ
過程の成長表面反応,水素プラズマとの Si 表面との反応に
スや軽量フレキシブル等それぞれの部材・プロセスの特徴
ついて赤外 SE で評価した結果を紹介する.後半では,成長
を活かしつつ,薄膜 Si デバイス性能を超える物性探索,分
初期からの結晶化促進のための SiH4 ガス加熱の効用につ
子設計に波及している.また最近では有機・無機ハイブ
いて紹介する.
リッドペロブスカイト薄膜太陽電池にも関心が集まってい
3.
2.
2 赤外分光エリプソメトリー(赤外 SE)
る.一方 a-Si:H の薄膜太陽電池基盤材料としての最大の課
一般にエリプソメトリー角 $
%!
#%は,複素反射係数比
題は光安定性であり3
0年来克服すべき課題として位置付け
られ,材料,プロセス,デバイス構造の多方面からの克服
$
((#$
("
))を通じて,次式で定義される.
が検討されてきた.最近では光劣化の主な原因が膜中高次
(#*
$
'%"##
シランによるクラスターを起源とするマイクロボイドであ
(1)
ることが明らかになりつつあり,薄膜太陽電池の光安定性
表面ラフネスのない理想的なバルクからの反射の場合に
も克服されようとしている.プラズマ CVD による Si 薄膜
は,膜の誘電関数 &
%と複素反射係数比 (の間には,プロー
成長では,反応性ガス SiH4 の分解により1次,2次反応で
ブ光の入射角 $!を用いて次式で記述される.
生成された中性ラジカル,イオン,高次シランなどの前駆
"!(
&
&
&
'$!#
""*
$
'#$!!
"$
""#
##)
%#&
""(
体が基板上に付着し,水素離脱等の表面反応によりシリコ
ンネットワーク形成反応が進行する
[1,
2].水素の化学活
(2)
特に赤外領域では,(は光学密度 ! を用いて以下で表さ
性を利用してアモルファスから微結晶,多結晶,更にはエ
ピタキシャル成長まで制御が可能であることから,それら
れる.
Graduate School of Science and Engineering, Saitama University, SAITAMA 338-8570, Japan
author’s e-mail: [email protected]
336
!2015 The Japan Society of Plasma
Science and Nuclear Fusion Research
Special Topic Article
3.2 Role of Hydrogen in the Growth of Si Thin Film for Solar Cells
H. Shirai
+
"$,
#!#'(3)
/*! "$,
/*&
1
'
.&'
/*&
1
'
.&'
!,
"'
&
+
ここで +は基板またはプロセス前の光学状態を表し,+は
プロセス後の光学状態を表す.特に薄膜近似(入射光の波
長 (%膜厚 %))が成り立つ場合には," は次式の関係式で
記述される.
'
*
"$'
*1
$
'
.$!0
+
.$!
#
'
(&
'
'
.#$!'
'
&
0!"
0!1
図1
赤 外 SE の 構 成(P:Polarizer, M: Modulator, A: Analyzer,
MCT: HgCdTe, InSb 赤外検出器)
.
(4)
'
%)!"! ""&
0!'
0'
'
)
更に上式の前半の項は測定の対象とする赤外領域でほぼ一
定であることから
"$
!!%)&
'
0!'
)'
(
(5)
で表される.ここで '
0は基板の誘電関数を表す.測定した
,%
&,#は,&("$,
/*&
1
'
.&"
1
'
.&'
-"$#!#の関係に
より光学密度の実数部(&(")および虚数部(%
-")に変
換される.変換された &(",%
-" は次式に示す古典的な
ローレンツ関数でフィッティングにより解析を行った.一
般に角周波数 ,の振動子の誘電関数 '&
,'への寄与は次式
のローレンツ関数で与えられる.
'&
,'
$
*#&#
$
#
(&
,!
%,'
!,#"'
(6)
ここで !は定数,%)は膜厚,'
)は膜の複素誘電率および
#は振動子の密度を示す.即ち上式は&("の最大値から局
所化学結合状態に関する知見を与え,%
-"の形状はその分
散を表す.尚測定は所定の膜厚堆積後一端プラズマを中断
し,測定を行っている.特に SiH4 プラズマ CVD による製
膜では,SiHn()$1, 2, 3)結合領域(1900−2200 cm−1)に
図2 (a)
Cr コート基板上の SiH4 ガス吸着の SiHn 領域の Re D ス
ペクトル,(b)
Cr 基板の(&, #)
スペクトル(700 mTorr)
.
着目して検討した.赤外 SE では,通常のフーリエ変換赤外
分光(FTIR)のようにSi基板の使用に限定されないため各
種基板での計測が可能となる.赤外 SE については例えば
コート基板上での配向性が大きく変化した要因については
文献[3]を参照されたい.現在赤外 SE は,FT光源との併用
不明な部分もあるが,Cr表面上のSiH4 分子の吸着サイトに
で実時間での計測が可能となっているが,本研究では図1
おいて SiH4 分子の立体障害に起因した再配列の結果と考
に示す高輝度キセノンアーク白色光源を利用して,所定の
えられる.
膜厚製膜後一旦プラズマを中断して測定を行っている.
3.
2.
4 SiH4/H2 プ ラ ズ マ CVD に よ る a-Si:H,
)c-Si:H 薄膜形成初期過とその制御
3.
2.
3 SiH4 ガスの基板への吸着反応
図2(a)は $0$180℃ で異なる圧力下での SiH4 ガスの Cr
図3は,純 SiH470 mTorr,$0$180℃の条件での a-Si:H
コートガラス基板吸着時の SiHn 結合領域における &("
成長初期の SiHn 結合領域の &("スペクトルの時間変化を
および%
- " ス ペ ク ト ル を 示 す.350 mTorr ま で は
示 す.成 長 初 期 の 5∼80 s ま で は 1950−1980,2080,
1950,2080,2150 cm−1 にブロードバンドが観測されたが,
2150 cm−1 の成長表面の SiH2,SiH3 に起因する吸収が支配
−1
700 mTorr では 2030,2080,2150 cm
に急峻なバンド幅
的 で 時 間 と と も に そ れ ら の 強 度 は 増 大 す る が,300 s
の狭い吸収が観測された.図2(b)は,700 mTorr での SiH4
(∼24 nm)では 1950 cm−1 のSiH吸収強度が支配的となり,
ガス吸着前および吸着時の Cr 基板の &
&!
#'スペクトルを
更なる厚膜では 1980∼2000 cm−1 に徐々にシフトした.こ
示す.紫外・可視領域では SiH4 ガス照射で光学的変化が見
の SiH2,SiH3 吸収強度の変化については,島状成長からバ
られないことから SiH4 と基板との化学反応については無
ルクへの移行過程に相当する.成膜初期の SiH2 結合状態の
視できることがわかる.700 mTorr 付近で SiH4 分子の Cr
変化については成長表面が SiH2 で終端され,その後バルク
337
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.91, No.5 May 2015
ガラス基板上の a-Si:H 成長初期の SiHn 振動領域(1900−
2200 cm−1)の Re D スペクトル.
!c-Si:H 成長初期の SiHn 振動領域(1900−2200 cm−1)の
Re D ス ペ ク ト ル,(b)
SiHn 領 域 の 異 な る3波 数 の Im D
値の成膜時間に対する変化[6]
.
SiH 伸縮振動の吸収が支配的となることが報告されている
に水素の蓄積に伴う歪んだ高次 SiHn 構造の形成が明らか
図4
図3
[4,
5].
にされ,a-Si:H 系薄膜太陽電池,結晶 Si/a-Si:H 接合 HIT
図4(a)はガラス上の!c-Si:H製膜におけるSiHn 結合領域
太陽電池の高品質化において克服すべき課題となっている
の #$! ス ペ ク ト ル 変 化 を 示 す.ま た 図4(b)は !c-Si:H
[8].!c-Si:H 成長初期の#$!スペクトルはa-Si:Hに比較し
製膜における SiHn 結合のピーク位置における 1950,2080
て複雑な挙動を示し 1940,2000,2080,2150 cm−1 領域に
の"
% ! 値の製膜時間に対する変化を示
SiHn に起因する吸収が観測された.2150 cm−1 付近の吸収
す.一方数分子層レベルでの厚さ分解能を有する "
%! 値
は成膜時間に対してほぼ一定であるが,1950−2100 cm−1
は成膜初期∼100 s間,ほぼ一定でその後時間とともに連続
付近の吸収は製膜時間とともに増大した.
−1
および 2150 cm
的に減少した[6].この成長初期の SiHn 微細構造について
3.
2.
5 a-Si:H,!c-Si:H と水素原子の反応
は,SE と FTIR-Attenuated Total Reflection(ATR)の実
時間その場診断と薄い結晶Si基板上での基板の反りによる
水 素 原 子 の 成 長 表 面 に お け る 化 学 反 応 性 は a-Si:H,
付近の吸収の起源を詳細に
!c-Si:H の膜質だけでなく界面物性を決定する重要な因子
考察し,核形成過程における SiH2d(d:ダングリングボン
であり,特に成長表面における水素の挙動については,こ
ド)を含有する祖な SiHn 微細構造に起因した吸収で,その
れ ま で 様 々 な 角 度 か ら 検 討 が な さ れ て き た.図5は,
吸収強度は,それまでの内部応力に比例することが実験的
a-Si:H お よ び !c-Si:H 膜 に 水 素 100 sccm,270 mTorr,
−1
膜の応力計測から∼1980 cm
−1
"&:180℃,RF 電力 1 W および 2 W の条件で水素プラズマ
の吸収は SiHn 前駆体の基板との結合形成に伴う応力に起
照射した際の SiHn 結合領域の "
% !値の水素プラズマ照射
に示された[7].赤外 SE で観 測 さ れ た 1930−1950 cm
時間変化を示す[6].ここで #!!は反応容器に水素ガスを
因していることが予想される.
一方 SiH2Cl2,SiCl4 等のハロゲン系原料からの !c-Si:H:Cl
供給した定常状態を表す.水素ガス供給前後でIm D 値は1
製膜ではこのような成長初期での基板結晶Siへの反りによ
‐2分子層厚に相当する 0.3−0.4°上昇する.この結果は,水
る応力は観測されなかった.また容易に基板からの剥離が
素ガス供給により数分子層厚くなり,プラズマ生成後はそ
観測されたことから,基板との密着性,即ち前駆体の基板
の増加分の膜厚をエッチングする時間に相当する.即ち赤
への付着力の相違に起因していると考えられる.さらに
外 SE 測定は分子層レベルの分解能を有していることがわ
SE および FTIR-ATR の実時間計測より,成長初期の界面
かる.その後 RF 電力:1 W および 2 W,270 mTorr で水素
338
Special Topic Article
3.2 Role of Hydrogen in the Growth of Si Thin Film for Solar Cells
H. Shirai
プラズマを着火した後,水素供給前の光学状態に戻るのに
図6は,50 nm の a-Si:H 堆積後水素プラズマ1
0分照射し
a-Si:H で∼40 s,"c-Si:H で 60−80 s を要し,その後は単調
た際の SiHn 振動領域の "$! スペクトルを 1980 cm−1 の
に減少した.以上の結果は,水素の供給により成長表面が
SiHn 伸 縮 振 動 の 吸 収 強 度 で 規 格 化 し て 示 す.2090,
水素分子層で被覆(吸着)され,プラズマ照射初期ではそ
2150 cm−1 の高次 SiHn の強度は低減した.以上の結果は水
れらの分子層を除去し,水素供給前の光学状態に戻るため
素プラズマ照射により成長表面の高次 SiHn 結合が優先的
に∼40 s 要し,その後表面近傍の Si-H 結合の生成と Si-Si
にエッチングされることを示唆する.またその後600sでの
結合切断を繰り返しながら Si-Si ネットワーク化が進行す
水素プラズマ照射では,水素は膜表面近傍に蓄積し,!
!
!"
るこ と を 示 唆 す る.ま た エ ッ チ ン グ 速 度 は,"c-Si:H で
の最大値は高エネルギー側へシフトし,その大きさは減少
a-Si:H に比較して遅いことがわかる.
した.即ち水素原子は製膜時の Si-Si バックボンドの切断に
伴うSi-Hコンプレックスの生成に伴うSiネットワークに歪
を与えていることでその後の構造化が決定されることが予
想される.
3.
2.
6 "c-Si:H 成長初期の核形成
図7はガラスおよび Cr コート基板上での "c-Si:H 堆積初
期のXRD回折パターンおよびAFM観察とその解析から決
定した自乗平均粗さ
(RMS)および平均面粗さ
("#)の製膜
時間変化を示す.Cr コート基板上では,結晶化に起因する
XRD 回折ピークはガラス上に比較して薄い膜厚から出現
し,結晶化が比較的早い段階から進行する.特に Cr 基板上
での RMS および "#値は成長初期で増大し,その後一旦減
少した後再び堆積時間とともに増大する傾向を示した
[9].この成長初期の表面ラフネスの挙動については,そ
の後実時間 SE 計測から a-Si:H 核形成過程および合体とそ
の後の構造緩和過程に起因することが明らかにされた
図5
a-Si:H
(上)
,"c-Si:H
(下)
の SiHn 結合領域の Im D 値の水素
プラズマ照射時間に対する変化[6]
.
図6
10 nm 厚の a-Si:H の水素プラズマ6
0
0秒照射前後の SiHn
結合領域の Re D スペクトル:実線:照射前,点線:照射後
(1980 cm−1 の SiH 強度で規格化)
[6]
.
図7 (a)
ガラスおよび Cr コート基板上の "c-Si:H 成長初期の
XRD 回折パターン,(b)
自乗平均粗さ(RMS)
,平均面粗
さ(Ra)値の膜厚依存[1
2]
.
339
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.91, No.5 May 2015
[10].即ち同一水素希釈条件では,ガラスや熱酸化 SiO2
ダイオードの反射率の測定から決定し,カソード電極温
上の "c-Si:H 成長ではインキュベーション層が厚く,成長
度:!%!550℃,!&!180℃ の条件では,基板表面のモニ
初期の結晶化率が下地基板の選択およびその凹凸形状に依
ター温度(180℃)に比較して約 200℃(表面温度:380℃)
存する.また SiH4 系に比較して SiH2Cl2,SiF4 系では結晶化
であった.即ち SiH4 ガス加熱により基板表面温度は上昇し
条件のウインドウが広く,成長初期から結晶化が促進する
た.そこで基板最表面温度が同じ !&!380℃ でガス加熱法
ことが報告された.しかしその後 SiH4/H2 系でも水素希釈
および基板温度の制御のみの条件で成膜を行い,膜構造を
率の制御で成長初期から結晶化が促進することが報告され
比較検討した.同一膜厚の試料に対してラマンスペクトル
ている.成長初期の核形成については,これまで水素希釈
から結晶 Si 相に起因する 520 cm−1 の寄与は,!&の制御の
率変化,数 nm 厚の Si:H 層の堆積と水素プラズマ照射を交
みで作製した "c-Si:H 膜に比較して大きいことから SiH4
互に繰り返す Layer-by-layer(LbL)法
[11],SiH4 ガス加
ガス加熱は結晶化率の増大に寄与することがわかった
熱[12],SiH2Cl2 等 ハ ロ ゲ ン 系 原 料 か ら の 製 膜
[13],
(図8).また SE による誘電関数 "
!
"#スペクトル計測と有
SiH4/F2 系反応性 CVD
[14]による製膜等多くの取り組みが
効媒質近似による解析から c-Si 相の体積分率,表面ラフネ
なされた.筆者らは,2つの方法により遷移層なしで成長
ス層の膜厚は,SiH4 ガス加熱の導入により表面ラフネスを
初期の結晶化率の改善を検討した.第1の方法では,熱酸
増大させることなく,結晶化率の増大に寄与することがわ
化 SiO2 上の表面処理を Ar または H2 プラズマ処理,希弗酸
かった.以上の結果は,SiH4 ガス加熱によるプラズマ気相
処理,layer-by-layer(LbL)法により,SiO2 上の表面ラフ
および成長最表面反応への2つの効果が存在することを示
ネスを利用して成長初期の結晶化率向上を検討した.数
唆する.
nm 厚の極薄 Si 膜の堆積と水素プラズマ照射を交互に繰り
そのためどちらの効果がより支配的であるか調べる目的
返す LbL 法では,極薄 Si 層の一層あたりの製膜時間(膜
で,同じ最表面温度3
80℃の条件でカソード加熱および基
0サイク
厚):'
!,水素プラズマ照射時間:'
"を変数として1
板温度のみの制御下で膜作成を行い,比較検討した.こう
ル堆積した Si:H 膜上に連続成膜で 120 nm 厚の "c-Si:H を堆
した結晶化率の相違の要因には,SiH4 ガス加熱によるカ
積し,結晶化率に及ぼす効果を調べた.その結果結晶化率
ソード電極近傍での SiH4 熱分解による実効的な水素希釈
はLbL製膜時に決定された表面形態に強く依存することが
率の増大または堆積前駆体の拡散能の促進が考えられる.
わかった.
しかし !%の上昇に伴い,成長速度も増大することから,こ
この CVD 条件における LbL 法を利用した結晶化は低温
の考え方は否定される.更に SE 解析から表面ラフネス層
結晶化機構を明らかにする上で多くの関心が寄せられた.
の寄与は薄く且つ結晶化分率が大きいことがわかった.表
これまでエッチングモデル[15],Growth Zone 領域での
面ラフネスの大きさは,薄膜作成時の堆積前駆体の表面拡
3次元ネットワーク化(化学アニーリング)
[16]やカソー
散能の指標となることから膜成長表面では,表面ラフネス
ド電極からの化学輸送による成長モデルが提案された.
を増大させることなく,結晶化粒径の拡大にも貢献してい
a-Si:H 堆積条件と,'
",基板温度の選択で膜中水素濃度の増
ることを示唆する.SiH4 ガス加熱の希釈水素の影響につい
大または水素濃度の減少に伴う結晶化が促進する2領域が
て重水素 D2 による成膜から検討した.
図9は SiH4/D2 系から !%!550℃,!&!180℃ で製膜した
存在し,特に200℃前後の基板温度では,結晶化はそれまで
の下地の結晶化率と表面ラフネスの大きさに関連し,堆積
"c-Si:H 膜の FTIR スペクトルを !%!#$の結果と比較して
初期から結晶化は促進する.即ち結晶化率が基板前処理プ
示す.図は 2000 cm−1 の SiH 伸縮振動モードに規格化して
ロセスで異なる.その後デバイスの高性能化,特に TFT
示している.1450 cm−1 の SiDx の伸縮振動モードに起因す
の高移動度化への期待からレーザー結晶化による低温多結
る吸収は,!%!#$の膜の吸収に比較して増大し,且つ
晶 Si が注目され,プラズマ CVD による結晶化 Si 膜の形成
でも核生成密度の低減と粒成長による結晶粒の大粒形化に
関心が寄せられた.SiH4 系でも水素希釈率の制御によりイ
ンキュベーション層なしに基板直上から結晶層の形成が可
能であることが報告されたが,成長初期からの結晶粒の大
粒形化については尚技術的には課題を残している.また松
田らによる詳細な検討から LbL 法による結晶化の促進に
は,平行平板型 RF プラズマ CVD に関する限り,水素プラ
ズマ照射時にカソード電極からの Si 系クラスター(微粒
子)の化学輸送が結晶化に関与していることが示された.
第2の方法では,"c-Si:H 膜堆積時における前駆体の気
相・表面上での化学活性,拡散能の促進を目的にカソード
電極加熱による SiH4 ガス加熱を検討した.実験は電極面
積:3インチ,電極間隔 3 cm の 平 行 平 板 型 の プ ラズマ
図8
CVD装置を使って,SiH4 はカソード電極のマルチ微細孔か
ら放出した.一方アノード側の基板表面温度は,レーザー
340
Ts = 180 ℃で Tc を変化させて作製した "c-Si:H 膜のラマン
スペクトル.
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3.2 Role of Hydrogen in the Growth of Si Thin Film for Solar Cells
H. Shirai
1600−1800 cm−1 付近の高次 SiHD,SiD 等による吸収は顕
移動度の増大,閾値電圧 $(&の低減および ON/OFF 比の向
著に低減した.即ち SiH4 ガス加熱は,前駆体と気相・表面
上等性能向上に寄与する.また "c-Si:H/熱酸化 SiO2 界面物
反応を通じて D2 との置換反応の促進に寄与する.さらに
性への効用を調べる目的でゲートバイアスストレス時間変
SiH4 ガス加熱はプラズマ中の電子温度 に も 影 響 を与え
化に対する $(&シフトを調査した.測定は,一定時間 $%
る.具体的には発光分光法(OES)による発光強度比 Si*
印加によりチャネルを形成後$%-"
'
$特性を2 sで測定するこ
(!(&!10.53 eV)/SiH(!(&!10.33 eV)は,##の上昇とと
とで界面のキャリア輸送特性の安定性に及ぼす効果を検討
もに減少する傾向を示したことから SiH4 ガス加熱はプラ
した.##!!"ではゲートバイアスストレス時間に対して
ズマ中の電子温度の低減に寄与する.以上 SiH4 ガス加熱
$(&は 正 バ イ ア ス 方 向 へ の シ フ ト が 観 測 さ れ る が,
は,成長表面の堆積前駆体の拡散能の促進だけでなく電子
##!550℃ ではこのようなシフトは観測されなかった.以
上より SiH4 ガス加熱は Vth の安定性向上に寄与することが
温度の低減にも寄与していることが示唆される.
図10は SiH4 ガス加熱有無で 150 nm 厚の熱酸化 SiO2 コー
わかった(図11).この要因には,SiH3 前駆体の拡散能の増
ト n+-c-Si 上に作製したボトムゲート "c-Si:H TFT の出力特
大による表面終端の向上,高次 SiHn コンプレックスの低減
性,伝達特性およびゲート電圧 $%‐電流 "
'
$特性のゲートバ
と界面荷電欠陥の抑制効果が挙げられる.
イアスストレスに対する変化を示す.SiH4 ガス加熱はTFT
3.
2.
7 高次シランの抑制と微細構造,光劣化への
影響
これまでプラズマ CVD に技術による Si:H 薄膜形成にお
ける理解とプロセスに関する多くの提案がなされてき
た.3電極方式(トライオード)による中性ラジカル SiH3
主体の a-Si:H 膜の製膜[1
7],SiH4 ガス滞在時間を大幅に短
縮した #'!400℃の高温高速製膜法により 10 nm/s の高速
堆積で且つ欠陥密度の大幅な低減が報告された[18],また
プラズマの高周波数化,特にハニカム構造カソード電極に
よるプラズマの高密度・低電子温度化による高速成膜と低
欠陥密度の両立が報告された[19].更にはホローカソード
方式とガス流の制御によるプラズマ CVD 法により,気相
図9
異なる Tc 条件で作成した SiH4/D2 系 "c-Si:H:D 膜の FTIR
スペクトル[1
2]
.
中の高次シランの膜中への混入を抑制することで光劣化率
の少ない a-Si:H 膜の作製に成功した[2
0].現在では高光安
定 a-Si:H 薄膜太陽電池性能でそれらの効用が実証されつつ
図1
0 SiH4 ガス加熱有無で作製した "c-Si:H TFT の出力特性およ
び伝達特性[1
2]
.
図1
1 SiH4 ガス加熱有無で作製した TFT のゲートバイアスストレ
ス時間に対する Vg-Isd 特性の比較[1
2]
.
341
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.91, No.5 May 2015
謝
ある[21].
辞
本稿をまとめるにあたり,九州大学大学院システム情報
3.
2.
8 まとめ
科学研究院白谷正治先生,古閑一憲先生には当該分野の最
赤外SEを中心にa-Si:H,!c-Si:H成膜初期過程の水素の役
近の動向について貴重なご意見をいただいた.ここに感謝
割について概説した.
1)SiH4 ガス吸着では 1940,2080,2150 cm
申し上げます.
−1
のブロード
な SiHn に起因する吸収が観測され,a-Si:H,!c-Si:H
参考文献
成長初期の SiHn 結合状態は,このSiH4 ガス吸着状態に
[1]布村正太:本プラズマ・核融合学会誌 本小特集 1.
は
じめに(図2)
,(2014).
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[2
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より支配される.
2)ガラス,Cr コート基板上で !c-Si:H の成長初期過程に
おいて結晶化率と表面ラフネスに相関性が認められ
た.
3)a-Si:H,!c-Si:H 表面の水素プラズマ照射初期段階にお
いて水素の吸着状態を剥離し,その後 Si-Si のバックボ
ンドの切断を通じて,歪んだ Si ネットワーク構造を構
築する.
4)Cr コート基板上ではガラス基板に比較して結晶化が
早期に進行する.
5)SiH4 ガス加熱はプラズマの電子温度の低減や前駆体拡
散能の促進効果が主体である.
6)SiH4 ガス加熱は成長初期の結晶化率は向上する.
7)TFT 性能において SiH4 ガス加熱は性能の向上だけで
なくゲートバイアスストレスに対する閾値電圧のシフ
トの安定性向上に寄与する.
3.
2.
9 残された課題
SiH4 のプラズマ CVD による高光安定 a-Si:H 製膜技術は,
これまで約30年近く検討され,今ようやく光劣化の主たる
原因とその抑制策が具体化され,光安定性に優れた a-Si:H
薄膜の作製と薄膜太陽電池の実現に近づきつつある.残さ
れた課題としては p/i 界面形成初期の高次 SiH クラスター
生成の抑制,p 層の膜質向上あるいは新奇 p 層の開発,更に
は a-Si:H 合金系薄膜(a-SiGe:H,a-SiC:H,a-SiO:H)の高光
安定化が挙げられる.
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