シリコン系太陽電池の高効率化に向けた プラズマ CVD の科学 Science

J. Plasma Fusion Res. Vol.91, No.5 (2015)3
14‐316
小特集
シリコン系太陽電池の高効率化に向けた
プラズマ CVD の科学
Science and Technology of Plasma-Enhanced Chemical Vapor
Deposition for High-Efficiency Silicon Solar Cells
1.はじめに
1. Introduction
布村正太
NUNOMURA Shota
国立研究開発法人 産業技術総合研究所 太陽光発電研究センター
(原稿受付:2
0
1
5年1月9日)
太陽光発電は,近年の環境・エネルギー問題に対する社
イントであり,とりわけ a-Si:H とのヘテロ接合を用いるヘ
会的関心の高まりから,その導入が急速に進んでいる.今
テロ接合型太陽電池[2,
3]や薄型ウェハーを用いる太陽電
や世界の年間導入量は約 39 GW,累積で約 177 GW に達し
池では,後者のパッシベーションがより重要になる[4,
5].
[1],ピークエネルギー換算で原子力発電所約180基分に相
これは,ウェハーの品質がよい場合,発電効率と深い関係
当する発電設備を備える.これまでに導入された太陽電池
のある少数キャリアのライフタイムがバルクより表面の再
の約9割はシリコン系太陽電池であり,資源量や安全・安
結合によって制限されるようになるからである.
心に利用できる点を踏まえると,今後もこのタイプの太陽
薄膜型の太陽電池では,a-Si:H 活性層の光劣化の抑止と
電池が普及されていくと予想される.その一方で,CIGS
光閉じ込めの強化が喫緊の課題である.通常,a-Si:H 太陽
や CdTe 等の化合物系太陽電池が製品化されると共に,最
電池は,光照射に伴い発電効率が約10‐20%低下するが,こ
近では,ペロブスカイト等の新しい材料を使う太陽電池の
れは a-Si:H のネットワーク構造において,一部の弱い結合
基礎研究が活発な状況にある.
が切断され,ダングリングボンド(不対電子)が形成され
シリコン系太陽電池は,結晶シリコン太陽電池(結晶型)
るためである.これまでに,より強固なネットワーク構造
と薄膜シリコン太陽電池(薄膜型)に大別される.図1に
の形成をめざして,膜成長に用いるプラズマ化学気相堆積
それぞれの構造を示す.前者は,シリコンウェハー(単結
法(プラズマ CVD 法)に様々な工夫がなされ,現在では光
晶もしくは多結晶)を用いる太陽電池で,発電効率に優れ
劣化を半分程度にまで軽減できるようになっている[6,
7].
(約 20−25.6%),大規模発電用途に好まれる.後者は,水
一方,光閉じ込めに関しては,各種テクスチャー基板(凹
素化アモルファスシリコン(a-Si:H)や微結晶シリコ ン
凸を有する基板)の開発が進み,太陽電池においてその有
(!c-Si:H)といった薄膜材料から成る太陽電池で,発電効
用性が検証されている.
率の面で劣るが(1
0−13%程度),安価なガラス基板や軽
さて,このようなシリコン系太陽電池の研究開発におい
量・フレキシブルなフィルム上に電池を作製できる特徴を
て,プラズマ技術は極めて重要な役割を担う.上述の薄膜
もつ.そのため,大規模発電用途に加え,時計や計算機等
型の活性層(a-Si:H,a-SiGe:H や !c-Si:H)やバッフ ァー層
の民生用途に広く利用されると共に,最近では建材一体型
(a-SiO:H, a-SiC:H)
[8],結 晶 型 の パ ッ シ ベ ー シ ョ ン 膜
としての利用が期待されている.
(a-Si:H 等)や反射防止膜(a-SiN:H,a-SiO:H 等)の作製には,
これらの太陽電池において,研究開発の主軸は言わずと
プラズマ CVD 法が広く採用されており,これら薄膜の光
知れた発電効率の向上である.結晶型の太陽電池では,
学・電気特性や界面の特性が太陽電池の発電効率を大きく
ウェハー品質とウェハー表面のパッシベーションがそのポ
左右することが知られている.そのため,プラズマ CVD
National Institute of Advanced Industrial Science and Technology (AIST), Tsukuba, IBARAKI 305-8568, Japan
author’s e-mail: [email protected]
314
!2015 The Japan Society of Plasma
Science and Nuclear Fusion Research
Special Topic Article
1. Introduction
S. Nunomura
を理解・制御し,所望の薄膜と界面を得ることが必要であ
く,気相中のシラン分子等と重合反応を起こしポリシラン
る.
分 子(SinH2 n+2)や ラ ジ カ ル(SinHm)を 生 成 す る(二 次 反
応).重合反応が更に進行すると,クラスターやナノ粒子
プラズマ CVD 法では,原料ガスをプラズマで分解し,そ
の際に生じる様々な活性種(ラジカル)を用いて,基板上
が形成される.これらシリコン原子を有するラジカルは,
に薄膜を成長させる.したがって,活性種は薄膜成長にお
成膜前駆体と呼ばれ,成長表面に到達すると,表面での拡
いて最も重要な粒子種であり,その気相反応や表面反応が
散を経た後,ダングリングボンドを有するシリコンと結合
膜成長のメカニズム,更には,成長後の薄膜の光学・電気
し成長表面の一部となる(表面反応).成長表面には,シー
特性や界面の特性にも影響を及ぼす.ここでは,研究が最
スを介して正イオン(SinH+m, H3+等)が入射しており,その
も進んでいるモノシランおよび水素分子を原料とする a-Si:H
エネルギーが大きい場合,表面近傍のネットワーク構造を
の成長について,そのメカニズムを説明する(図2)
[9].
一部切断し欠陥を生成する.一方,気相から供給される水
原料のモノシラン(SiH4)および水素分子(H2)は,電子衝
素原子は,表面のダングリングボンド(db)を終端すると共
突解離によって分解され,モノシランラジカル(SiHm)や水
に,場合によっては,表面の水素やシリコンと反応し水素
素原子(H)
等の活性種が最初に形成される(一次反応).こ
分子やシラン分子を形成し脱離する.後者の場合,表面に
れらの活性種は,ダングリングボンドを有し反応性が高
はダングリングボンドが新たに形成される.また,水素原
図1
図2
結晶シリコン太陽電池(左側)と薄膜シリコン太陽電池(右側)の構造.代表例を示す.
プラズマ CVD の素過程.シランおよび水素分子を原料とする a-Si:H 膜の成長を想定.
315
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.91, No.5 May 2015
子は成長表面のみならず膜中にも拡散し,弱い結合を切断
マ CVD に焦点を絞るが,プラズマ CVD 全般にかかわる解
する等のプロセスを経てネットワーク構造の緩和を促すと
説については,本誌第7
6巻第8号を参照されたい.また,
考えられている(構造緩和).
太陽電池の研究開発の進展や他のプラズマ技術(例えば,
上述の成長メカニズムにおいて,一連の素過程は,原料
スパッタによる電極形成,エッチングによる表面テクス
ガスの種類やその混合比,放電形態,成長表面の結合状態
チャーの形成)についは,本誌第85巻第8号および12号に
や成長温度等のプロセス条件に非常に敏感で,所望の特性
詳しく記載されており,そちらを参照されたい.
を有する薄膜の形成と界面の制御は容易ではない.しかし
ながら,長年に亘る研究により,これら素過程に関する理
参考文献
解が深まると共に,近年のプラズマ源の深化やプロセス制
[1]IEA-PVPS Task 1-A Snapshot of Global PV Markets 2014,
http://www.ieapvp.org/
[2]K. Masuko et al., IEEE photovoltaic specialists conference 2014.
[3]中村淳一 他:次世代高効率単結晶シリコン太陽電池セ
ルの開発,シャープ技報 107, 8 (2014).
[4]T. Tachibana et al., WCPEC-6, Po.7.58 (2014).
[5]K. Mishina et al., Proc. 28th European Photovoltaic Solar
Energy Conference and Exhibition, 2044 (2013).
[6]白谷正治,古閑一憲:プラズマ・核融合学会誌 86, 33
(2010).
[7]T. Matsui et al.,Prog. Photovolt: Res. Appl. 21, 1363 (2013).
[8]Y. Sobajima et al., Can. J. Phys. 92, 582 (2014).
[9]A. Matsuda et al., Solar Energy Mater. Solar Cells 7, 3
(2003).
[1
0]S. Takashima et al., Appl. Phys. Lett. 75, 3929 (1999).
[1
1]M. Shinohara et al., Phys. Rev. B 65, 075319 (2002).
[1
2]M. Shinohara et al., IEEE Trans. Plasma Sci. 41, 1878
(2013).
[1
3]H. Shirai et al., Jpn. J. Appl Phys. 33, 5590 (1994).
御の高度化に伴いシリコン系薄膜の高品質化が進展しつつ
ある.
本小特集では,以上のような背景を踏まえ,シリコン系
薄膜の形成に用いるプラズマ CVD の素過程を概観すると
ともに,太陽電池の発電効率の向上に向けたプラズマCVD
技術の役割を,第一線でご活躍中の先生方に解説していた
だく.第2章では,気相反応に注目し,ラジカルおよび水
素原 子 の 生 成 と 計 測
[10],更 に は 重 合 化に 伴 う ク ラ ス
ター・ナノ粒子の形成について解説する.第3章では,表
面反応を取り上げ,プラズマ照射時のシリコン表面の結合
状態の変化について解説するとともに
[11,
12],成長薄膜
の光学的特性や成長のメカニズムについて解説する[13].
第4章では,プラズマ CVD 法にて形成されたシリコン系
薄膜の実デバイスへの適用例を紹介し,発電効率の更なる
向上に向けたプラズマ CVD の役割について解説する.最
後に,本小特集をまとめ,今後の展開について記述する.
なお,本小特集では,シリコン系太陽電池用途のプラズ
316
J. Plasma Fusion Res. Vol.91, No.5 (2015)3
17‐322
小特集
シリコン系太陽電池の高効率化に向けたプラズマ CVD の科学
2.気相の物理・化学
2. Elementary Processes in Gas Phase
2.
1 シリコン薄膜形成プロセスにおけるプラズマ中の水素原子の計測とその挙動
2.1Measurement of Atomic Hydrogens and their Behaviors
in Silicon Thin Film Plasma Processes for Solar Cells
勝1),阿 部 祐 介2),竹 田 圭 吾1),石 川 健 治1),近 藤 博 基1),関 根
堀
1)
2)
1)
誠1),韓
1)
銓 建3)
1)
HORI Masaru , ABE Yusuke , TAKEDA Keigo , ISHIKAWA Kenji , KONDO Hiroki ,
SEKINE Makoto1)and HAN G. Jeon3)
1)
名古屋大学,2)独立行政法人科学技術振興機構,3)成均館大学(韓国)
(原稿受付:2
0
1
5年2月2
8日)
プラズマプロセスによるシリコン薄膜太陽電池の工業化がなされて以来,約3
5年が経つ.多くの研究者
が,シリコン薄膜太陽電池を構成するアモルファスシリコン薄膜や微結晶シリコン薄膜を形成するために,プラ
ズマ中の活性種の反応機構の構築に取り組んできた.しかしながら,シランと水素ガスを混合したプラズマによ
る薄膜形成に極めて重要な役割を演じている水素原子の絶対密度やその表面損失確率に関する情報はほとんど明
らかにされていない.本節では,プラズマを用いたシリコン薄膜形成プロセスにおいて,真空紫外吸収分光法を
用いて,水素原子の密度とその挙動を定量的に明らかにした.これらの情報の集積は,試行錯誤的なプラズマプ
ロセスの開発から科学を基軸としたプロセス
(プロセス科学)
へのパラダイムシフトをもたらすことが期待される.
Keywords:
plasma, process, radical, hydrogen, atom, !c-Si, silicon, film, spectroscopy, VUV, amorphous
2.
1.
1 はじめに
さらに,その頃,プラズマ CVD において,大量の水素ガ
プラズマプロセスは,大規模集積回路(ULSIs)や薄膜
ス希釈によって,低温で微結晶シリコン(!c-Si)の形成が
太陽電池などの製造プロセスにおいて,機能性薄膜を室温
可能であることが見いだされた[4,
5].これによって,プラ
近傍の低温で形成する技術として発展し,今日では,モノ
ズマ中の水素原子の挙動に注目が集まるとともに,これら
づくりを支える基幹科学技術として進化し続けている.こ
の薄膜成長機構に関するモデル作りがなされ,太陽電池用
のようなプラズマによる薄膜形成のブレークスルーとし
薄膜シリコンデバイス製造の高度化へと発展している.
て,Chittik らが,1969年にグロー放電で原料ガスのシラン
その後,シリコン薄膜は,太陽電池のみならず,液晶
を分解して水素化アモルファスシリコンができることを示
ディスプレイにおける薄膜トランジスタ(Thin Film Tran-
したことが挙げられる
[1].すなわち,プラズマ CVD 法
sistor : TFT)に応用され,電子デバイスの新たなブレーク
(Chemical Vapor Deposition:気相化学堆積法)によって,
スルーをもたらしている.最近,軽量かつ折り曲げ可能な
非平衡材料薄膜を合成できることが明らかになった.1975
フレキシブルエレクトロニクスに期待が寄せられており,
年には,Spear らが,グロー放電によって成膜した非晶質
下地のポリマーシートを劣化させずに,機能性薄膜を形成
シリコン薄膜(アモルファスシリコン薄膜)で価電子制御
する技術として,プラズマプロセスに高い注目が集められ
に成功し,アモルファスシリコン薄膜が半導体デバイスに
ている.特に,シランガス(SiH4)と水素ガス(H2)の混
適用できることを発見した
[2].この重要な発見のポイン
合ガスを用いたプラズマプロセスでは,ポリマーシート上
トは,プラズマ中で生成した水素原子(H)がアモルファス
に高い結晶化率の微結晶シリコン薄膜形成が低温で可能に
薄膜中の未結合手を終端して,欠陥密度を低減するという
なっている.その要因の一つに水素原子が大きな役割を演
スキームにあり,プラズマによる薄膜形成と水素原子との
じていることが明らかになり,最近では折り曲げ可能な次
相互作用に関する論争の口火が切られた.1980年には,桑
世代の半導体デバイスを製造できる技術として期待されて
野らによってアモルファスシリコン薄膜の太陽電池の工業
いる.
プラズマプロセスは,メーター級の大面積に亘って,均
化が始まっている[3].
Nagoya University, Nagoya, AICHI 464-8603, Japan
corresponding author’s e-mail: [email protected]
317
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Science and Nuclear Fusion Research
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.91, No.5 May 2015
2.
1.
2 高周波(VHF)励起平行平板型 SiH4/H2 プラ
ズマ中の水素原子計測とその挙動
一にシリコン薄膜を形成することが可能であり,製造コス
ト面においても有利な技術である.しかしながら,これま
でのプラズマプロセスでは,装置に依存した外部パラメー
図1に VHF 帯
(60 MHz)
で励起した平行平板型のプラズ
タ(原料ガス流量,高周波電力,基板温度など)を変化さ
マ CVD 装置と真空紫外レーザー吸収分光法
(Vacuum Ul-
せ堆積速度や結晶性等の薄膜特性を評価しながら,所望の
traviolet Laser Absorption Spectroscopy : VUVLAS)を用い
プロセス条件を探索するといった試行錯誤的手法により,
た水素原子計測装置の概略を示す[12].シランガス(SiH4)
プロセスの開発が行われてきた.このような装置パラメー
を多量の水素ガス
(H2)で希釈し,混合ガス比(SiH4/H2:
タに強く依存したプロセス開発では,装置の特性(装置サ
7∼15 sccm/470 sccm)
,圧力 1200 Pa(約 9 Torr),パワー
イズ,プラズマ励起方法等)が異なれば,最適なプロセス
200∼800 W とした.上部電極と下部電極の間隔は 10 mm,
条件を与える装置パラメータは異なるため,個々の装置ご
基板温度は 523 K 一定に保った.水晶板を下部電極に設置
とに新たな最適条件の探索を試行錯誤的に行わなくてはな
して,微結晶シリコン薄膜の形成を行い,その膜特性を評
らなかった.厳密に言えば,同一の装置でも,装置間の微
価した.
妙な機差によって,プロセスの最適条件は異なり,製造装
VUVLAS では,水素原子の吸収波長(121.6 nm)である
置の開発においては,膨大なコストと長期の時間を要する
ライマン !線あたりのレーザー光を発生させるために,2
ことが大きな問題としてクローズアップしている.
台の色素レーザーとクリプトンのガスセルを用いた二光子
共鳴四光波混合法を用いた.
さらに,高品質の薄膜太陽電池の形成を再現性よく実現
することが量産技術に求められるが,装置パラメータに基
図2にレーザー吸収分光法で得らえたスペクトルの概略
づく従来の加工プロセスは,容器等の温度や堆積物等の微
図を示す.レーザー光の波長を走査することによって,水
妙な変動要因に対して極めて脆弱であり,量産化に不可欠
素原子に起因するシャープな吸収スペクトルと他の分子な
なプロセスの再現性確保を長期にわたって実現することが
どに起因するブロードなスペクトル(背景吸収)が観測さ
困難になっている.すなわち,装置パラメータから脱却し,
れる.これらのスペクトルから背景吸収分を差し引くこと
科学に立脚した粒子に帰属したパラメータを軸とした実用
によって,得られた水素原子の絶対密度やスペクトルの線
的なプラズマナノ科学の創成と科学に基づいたパラダイム
幅より並進温度を求めた.本方法の詳細は,参考文献[11]
を参照されたい.
(試行錯誤的手法から科学に基づいた開発手法への質的変
吸収分光は,プラズマ装置の容器壁の両側に空間を設け
換)の創出による新しいナノ製造の技術革新が今こそ必要
て,セルや分光器に MgF2 板からなる窓を設置して,水素
になっている[6].
特に,太陽電池の開発では,その基板がメーター級の大
ガスを流した.さらに,プラズマ容器内にセラミックパイ
きさであるため,試行錯誤的な手法による製造は,その限
プを導入して,小さなスリットを開けた板を装着すること
界を迎えており,プラズマ科学に基づいたプロセス設計を
確立し,高品質なアモルファスシリコン並び微結晶シリコ
ンの形成が実現できる限界やそのために必要なブレークス
ルーを明確にして,シリコン薄膜の低温形成をガイドする
ための原理(プロセス科学)を構築することが必要になっ
ていると筆者らは考えている.
そのためには,プラズマ中の活性種,特にラジカルを計
測し[7],その気相および表面反応過程を理解し,薄膜形成
のためのモデリングを構築することが必要である.これま
で,多くの研究者がこれらの手法の確立に取組むことで,
水素希釈シラン混合ガス(SiH4/H2)プラズマ中の粒子の挙
動が明らかになってきている.しかしながら,多様なプラ
ズマプロセスで重要な役割を演じている水素原子
(H)
の密
図1
VHF(60 MHz)励起平行平板型プラズマ CVD 装置と真空紫
外レーザー吸収分光装置の概略[1
2]
.
図2
真空紫外レーザー吸収分光装置で得られたスペクトルの
例.
度やその表面反応についての定量的なデータについては,
ほんの僅かしか報告例がなかった[8‐11].
筆者らは,太陽電池用薄膜シリコン堆積プロセスにおい
て,SiH4/H2 プラズマ中の水素原子密度を真空紫外吸収分
光法によって計測し,その表面付着係数を明らかにした結
果,高品質のシリコン薄膜を形成する上で極めて重要なプ
ロセス指標に関する知見が得られた.本節では,これらの
結果について紹介する.
318
Special Topic Article
2.1Measurement of Atomic Hydrogens and their Behaviors in Silicon Thin Film Plasma Processes for Solar Cells
M. Hori et al.
2.
1.
3 水素原子の表面損失確率の計測
で,窓 へ の シ リ コ ン 薄 膜 の 堆 積 を 防 い だ.吸 収 長 は
100 mm に調整した.吸収された光は,真空紫外分光器で
水素原子の薄膜堆積への寄与を評価するためには,水素
計測した.電子密度は,35 GHz のマイクロ波干渉計で計測
原子の表面損失確率(表面付着係数)に関する情報が必要
した.図3に VHF パワーに対する電子密度の変化を示す
である.そこで,図5に示すような装置を構築して,表面
[13].電 子 密 度 は,4.7×1010 cm−3∼1.3×1011 cm−3 で あ
損失確率を評価した[14].反応容器内に内部型アンテナを
り,パワーの増加とともに線形的に増加した.水素原子密
設置し,高周波 13.56 MHz を印加することによって,誘導
度もパワーの増加とともに,4.8∼8.2×1012 cm−3 と線形的
結合型のプラズマを生成させた.アンテナからの金属の汚
に増加し,電子密度の増加と相関がみられた.
染を防ぐために,アンテナにはアルミナをコーティングし
次に,計測した水素原子の密度と水素原子の並進温度の
た.10 Hz(25 ms オン,75 ms オフ)のパルスでパワー
SiH4 流量 依 存 性 を図4に 示 す
[12].パ ワ ー 400 W では,
350 W を印加することによってプラズマを生成した.
SiH4 流量に対してほぼ一定値(5.5×1012 cm−3)を示した.
圧力は,40 Pa,SiH4/H2は 100 sccm 一定とし,SiH4 流量
その時の並進温度は 770 K で,密度と同様に SiH4 流量依存
を 1∼3 sccm で変化させた.マイクロホローカソード大気
性は見 ら れ な か った.こ れ ま で,こ の よう な 高 い 圧 力
圧水素プラズマによるインコヒーレント型光源を用いた真
(1200 Pa)下での水素の絶対密度の挙動については報告例
空紫外吸収分光法で水素原子密度を計測した.光源には,
がなかったが,VUVLAS によって水素原子の絶対密度と
121.6 nm のライマン !のスペクトルを用いた.同光源のス
その並進温度がはじめて明らかになった.
ペクトル形状は,真空紫外レーザー吸収分光法によって評
SiH4 からは,電子衝突によって SiH3 ラジカル等のシリコ
価した.これより,吸収分光に必要な光源の形状を特定す
ン系のラジカルとともに,水素原子が生成される.しかし,
ることで,水素原子の絶対密度を求めることができた.さ
−12
水素原子とSiH4 との反応の速度定数(!
:2×10
3
−1
らに,窒素ガスを導入して,窒素原子による波長 120.0 nm
cm ・s )
が比較的大きいために,一般には SiH4 の流量と共に生成し
光を用いた吸収分光により,背景吸収の影響を調べた.背
た水素原子が SiH4 と反応消滅し,水素原子密度は SiH4 流量
景吸収は,主として SiH4 分子や高次シランラジカルに起因
の増加とともに減少する.本条件では,電子密度が高いた
しており,水素原子の吸収と重なるために,水素原子密度
めに,SiH4 の枯渇化が進み,水素原子の反応する SiH4 の密
を求めるためには,これらの影響を考慮することが必要で
度が低くなっていることが考えられる.
ある.表面損失確率は,壁の温度に強く依存するため,容
器壁の温度は 310 K に保った.
本条件において,全体の吸収率は9%∼55.5% まで変化
し,その時の背景吸収は 0%∼25.4% であった.圧力 40 Pa
に お い て,水 素 ガ ス プ ラ ズ マ 中 の 水 素 原 子 密 度 は
4×1012 cm−3 であり,SiH4 を導入して,その流量を増加す
るとともに減少した.
図6にプラズマをオフした後の水素原子密度の減衰の様
子とその SiH4 流量依存性を示す
[14].基板温度は室温で
ある.水素原子の減衰曲線は,全て一次指数関数で表され,
気相中での再結合反応の影響は非常に少ないことがわかっ
た.これらの曲線から,水素原子の拡散定数と表面損失確
図3
電子密度の VHF パワー依存性[1
3]
.
図5
図4
水素原子とその並進温度の SiH4 流量依存性[1
2]
.
319
内部アンテナ型誘導結合プラズマ装置の上部と側部の概略
図[1
4]
.
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.91, No.5 May 2015
表面損失確率は,表面温度に強く依存するため,水素ラ
ジカル密度の壁温度依存性を調べ,その結果を図9に示し
た[14].SiH4 流量は 1 sccm で微結晶シリコンが形成され
る条件下である.水素原子密度は,壁温度の上昇共にほぼ
線形的に減少し,壁の温度が 473 K 以上では,検出感度以
下まで減少した.また,壁温度 473 K では,吸収分光の感
度以下になるため,減衰特性を計測することはできなかっ
た.
これらの結果から,気相反応に関する反応を総合的に解
析し,473 K で水素ラジカルの付着係数は,1であると結
論づけた.すなわち,この結果は,微結晶シリコンが形成
される条件下で基板温度を少なくても 473 K 以上にした場
合,全ての水素ラジカルが基板上で消失することを意味し
図6
プラズマオフ後の水素原子密度の減衰曲線のSiH4 流量依存
性.基板温度は,室温である[1
4]
.
ており,今後のシリコン薄膜形成のモデル化やシミュレー
率を Chantry の式より求めた[15].水素ガスプラズマ中
2.
1.
4 微結晶シリコン薄膜形成における薄膜前
駆体と水素原子の影響
ションに大きなインパクトを与えると考えられる.
の拡散係数は,3.1×105 cm2・Pa・s−1 で,Chapman-Enskog
の理論式から求めた水素原子の拡散係数とほぼ一致した.
第2章で計測された水素ラジカル密度と並進温度より,
次に,減衰曲線から得られた減衰時間から表面損失確率
VHF 励起平行平板型プラズマ CVD 装置において,基板に
を求めた結果を図7に示す[14].SiH4 流量とともに,表面
入射する水素ラジカルのフラックスを下記の式によって求
損失確率は 0.01 から 0.32 まで増加することが判明した.
図8に,SiH4 流量を変化させたときのラマン分光で評価
した 膜 構 造 の 変 化 を 示 す
[14].SiH4 流 量 の 増 加 と と も
に,微結晶シリコン膜の結晶化率は,減少し,SiH4 流量が
3 sccm ではアモルファス構造であった.この結果は,水素
原子と薄膜堆積の前駆体の比が結晶化率を決定する重要な
要因であることを示唆している.膜構造がアモルファス構
造になるほど水素原子の表面損失確率が大きくなる理由に
ついては,表面反応過程を観測しない限り推測の域を出な
いが,薄膜堆積の前駆体である SiH3 と水素原子との表面反
応(SiH3 による表面からの水素結合の引き抜きによる未結
合手の生成とその未結合手への水素原子による化学終端反
応)が微結晶化した表面に存在する Si-Si 結合への水素原子
の挿入反応より起こりやすいことに起因するものと考えて
いる.
図7
図8
表面損失確率の SiH4 流量依存性.基板温度は,室温である
[1
4]
.
SiH4 流量を変化させたときに堆積した薄膜のラマン分光特
性[1
4]
.
図9
320
水素原子密度の壁温度依存性[1
4]
.
Special Topic Article
2.1Measurement of Atomic Hydrogens and their Behaviors in Silicon Thin Film Plasma Processes for Solar Cells
M. Hori et al.
めた.
"
!$
#
#$ " !$$ !
"
! $#$
ここで,$$,!$ および #$ は,各々水素原子の密度,並進
温度と質量(#"1.66×10−27 kg),"はボルツマン定数で
ある.また,基板温度 473 K で微結晶シリコン薄膜が形成
される条件下での水素原子の表面損失確率は1であるの
で,表面に入射し,反応に実効的に寄与する水素原子のフ
ラックスとして,5.7×1017 cm−2s−1 が得られた.
次に,圧力 1200 Pa で SiH4 の流量を 7∼9 sccm まで変化
させて得られた薄膜の堆積速度から,薄膜堆積に寄与した
前駆体のフラックスを求めた.
図1
0 フラックス比(#H/#p)に対する結晶化率("c)
,結晶面方位
(2
2
0)
に 対 す る(1
1
1)
方 向 の X 線 回 析 強 度 比(I
(2
2
0)
/
(1
1
1)
)
,未結合手密度(Nd)
の依存性[1
1]
.
図10に,水素原子のフラックス
(#$)と薄膜堆積前駆体
(#&)との実効的なフラックス比
(#$!
#&)を基にして,薄膜
の物性を整理した[12].それぞれ,結晶化率("%),結晶面
方位(220)に対する(111)方向の比(I
(220)/(111)),未結
合手密度(Nd)は,ラマン分光法,X 線回折,電子スピン共
鳴法を用いて調べた.これにより,微結晶シリコン薄膜の
特性をプラズマの内部パラメータ(#$/#&)で表すことが
できることがわかる.この指標は,プラズマ中の多様な情
報が含まれたマクロ的なパラメータを表しているが,水素
原子と堆積速度を計測し,この指標をもとにして,活性種
を制御することで,所望の薄膜特性が得られることを示し
た意義は大きい.これまでの報告から,デバイス特性の優
れた薄膜の特性が得られる条件は,結晶化率が 0.5∼0.6 近
辺で,アモルファス構造から微結晶シリコン構造に変化す
る領域であることが報告されている[16].また,他の研究
者らにより,#$!
[17],100
[18]でデバイスに資す
#&比が40
る薄膜特性が得られることが報告されている.
図1
1 フラックス比(#H/#p)に対する結晶化率("c),結晶面方
位(2
2
0)
に 対 す る(1
1
1)
方 向 の X 線 回 析 強 度 比(I
(2
2
0)
/
(1
1
1)
)の変化の様子を示したモデル.
筆者らは,水素原子密度を直接計測することで,#$!
#&
比が65∼70のときに,高品質の微結晶シリコン薄膜を形成
2.
1.
5 まとめ
できる要因が存在ことを明らかにした.この領域での反応
モデルの概略図を図11に示す.#$!
#&が65よりも小さいと
プラズマプロセスでは,多様な外部パラメータによって
きは,水素原子が少ないため,薄膜はアモルファス構造と
プラズマ特性が変化するため,生成した活性種は,気相中
なる.水素原子が多くなるにつれて,水素原子同士の再結
での多様な反応過程を経て,基板表面に入射する.最終的
合による局部加熱効果やアモルファス層の選択エッチング
には,基板に入射した活性種の種類,密度およびそのエネ
などが生じるため,微結晶化が生じる.この際の結晶方位
ルギーによって誘起された基板上での様々な表界面反応に
はランダムである.#$!
#&が70よりも大きくなると,微結
よってその出力が決定される.このような多様性と複雑性
晶の粒径が大きくなるとともに,結晶方位〈110〉は,〈111〉
の「マルチファンクション」を有するプラズマプロセスに
に比べて水素原子によってエッチングされやすいために,
おいて,所望の薄膜を合成するためには,薄膜成長モデル
〈111〉方向の結晶が選択的に成長すると推測している.
に基づいて,活性種の生成とその反応の制御を行うことが
微結晶シリコンの構造が #$!
#&によって大きく変化する
必要である.
にも関わらず,未結合手の密度が変化しないことは非常に
本論文では,シリコン薄膜プロセスを例に挙げて,量産
興味深い.最近,筆者らが開発したインコヒーレント光源
で使われている微結晶シリコン薄膜の形成条件下におい
を用いた原子密度計測装置によって,様々な SiH4 ガスプラ
て,これまで,その挙動が定量的に明らかになっていな
ズマ中の原子の挙動が明らかになりつつある
[19,
20].今
かった水素原子に注目し,高品質の微結晶シリコンを形成
後,このようなプロセスを表す指標に対する科学的な裏付
するための指標として,水素と堆積する薄膜前駆体とのフ
けを加えながら,計測データをさらに集積していくこと
ラックス比を明らかにした.この指標がもつ科学的な意味
で,プラズマプロセス科学の構築が進展していくことを期
を解明するためには,薄膜前駆体の種類,その密度の情報
待している.
や表面反応の観測による薄膜成長のモデル化などさらなる
解析が必要である.このようなアプローチを継続しなが
321
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.91, No.5 May 2015
S83 (2006).
[8]P. Kae-Nune et al., Surf. Sci. 360, L495 (1996).
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[1
2]Y. Abe et al., Appl. Phys. Lett. 101, 172109 (2012).
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3]Y. Abe et al., J. Appl. Phys. 113, 033304 (2013).
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[2
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ら,一歩一歩プラズマ材料プロセスにおけるプロセスサイ
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322
J. Plasma Fusion Res. Vol.91, No.5 (2015)3
23‐328
小特集
シリコン系太陽電池の高効率化に向けたプラズマ CVD の科学
2.気相の物理・化学
2. Elementary Processes in Gas Phase
2.
2 反応性プラズマにおけるシリコンクラスター・ナノ粒子形成
2.2 Formation of Silicon Clusters and Nanoparticles in Reactive Plasmas
古 閑 一 憲,白 谷 正 治
KOGA Kazunori and SHIRATANI Masaharu
九州大学大学院システム情報科学研究院
(原稿受付:2
0
1
5年2月1
2日)
薄膜堆積で用いられている反応性プラズマで発生するナノ粒子は薄膜に取り込まれることで膜質の劣化を
招くためプロセスプラズマの科学における重要な研究対象である.特に水素化アモルファスシリコン太陽電池に
おける光劣化現象では,シランプラズマ中で発生したサイズが 10 nm 程度以下のアモルファス構造のナノ粒子
(クラスター)の堆積膜への混入が原因の1つとして考えられている.本節では,反応性プラズマ中のナノ粒子に
ついて核発生からサイズが 10 nm 程度までの初期成長期の成長機構について概要を説明した後,シランプラズマ
で発生したナノ粒子の堆積膜への輸送,混入と膜質への影響に関する研究結果を紹介する.
Keywords:
plasma CVD, reactive plasma, nanoparticle, cluster, nucleation, coagulation, higher order silane molecule, radical
2.
2.
1 はじめに
薄膜シリコン太陽電池製作などで重要な役割を果たして
いるシランプラズマでは,材料ガスと電子との衝突解離で
発生した化学的活性種を起源としてナノ粒子が発生・成長
する.膜堆積中のナノ粒子混入は膜質劣化の原因となるた
め,ナノ粒子の発生機構や振舞い解明がナノ粒子抑制や除
去のために重要な研究テーマとなっている[1‐8].
筆者らは,反応性プラズマ中のナノ粒子計測法を開発す
るとともに,得られた知見を基に核発生とそれに続く成長
に関する一貫したモデルを構築することに成功している
[9].ナノ粒子成長モデルの概要を説明するため,反応性プ
ラズマにおける典型的なナノ粒子のサイズ・密度の時間変
化を図1に示す.ナノ粒子は,
(1)気相中の SiH2 等の高い反応性を有する化学活性種
(ラジカル)を出発点として,ラジカルの重合による
図1
高次シラン分子の発生から核形成を経て 10 nm 程度
ナノ粒子のサイズ・密度の時間推移の典型例.
のサイズに至るまでの初期成長期
(2)10 nm 程度から 100 nm に至る急速成長期
主要なナノ粒子の成長機構は,ラジカルがナノ粒子表面
(3)急速成長期に続く成長飽和期
に堆積する化学気相堆積(CVD)成長と,ナノ粒子同士が
の3つの過程を経て成長する.定常状態では,SiHx ラジカ
衝突する凝集成長の2つが挙げられる.それぞれの成長機
ル,サイズが 0.5 nm 程度以下の高次シラン分子,サイズが
構では,ナノ粒子とプラズマ(電子,イオン,ラジカル)と
10 nm程度以下のナノ粒子,10 nm以上のナノ粒子(ここで
の相互作用が重要な役割を果たす.初期成長期について
は便宜上微粒子と定義する)の4つのサイズグループが気
は,成長に複雑な化学反応が関与し,しかも精度の高い測
相中で共存する.
定法が確立されていないこともあって不明な点が多く残さ
Kyushu University, FUKUOKA 819-0395, Japan
corresponding author’s e-mail: [email protected]
323
!2015 The Japan Society of Plasma
Science and Nuclear Fusion Research
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.91, No.5 May 2015
れている.急速成長期では,正負に帯電した微粒子のクー
ロン引力に基づく凝集成長が主要な成長機構である.一
方,成長飽和期の微粒子は電子付着によりほとんど全ての
微粒子が負に帯電しているため,クーロン反発力により凝
集が抑制されて CVD 成長が主要な成長機構となる.
本節では,はじめに核発生過程を概説し,近年筆者等の
研究で明らかになった,核発生後のナノ粒子の3つの成長
モードについて概要を説明する.また,シランプラズマ中
でのナノ粒子の発生と堆積膜への輸送,混入とその膜質へ
の影響について概説する.
2.
2.
2 核発生
シランプラズマでは,高速電子によるシラン分子の衝突
解離(いわゆる1次反応)により,SiHx ラジカルが発生す
る[10].生成したラジカルの内,反応性が低い SiH3 は,プ
ラズマ中での寿命が長いため基板表面に到達することがで
き薄膜堆積に寄与すると考えられている.これに対して,
反応性が高い SiH2 等は,気相中での寿命が短く,これらの
ラジカルと SiH4 分子との重合反応(いわゆる2次反応)を
出発点として高次シラン分子が発生する.
高次シラン分子の発生では,ガス滞在時間と核発生時間
が重要である.ガス流速が速く,ガス滞在時間が核発生時
間よりも充分短い条件においては,中性ラジカルはプラズ
マ中で核発生に充分な時間滞在することができない.その
ため,プラズマ中に捕捉された負帯電分子 SiH−
x を出発点
図2
とした重合反応により高次シランが発生する
[8].しかし
ながら,薄膜シリコン太陽電池を作製するための典型的な
放電開始後(a)
3 ms,(b)
10 ms,(c)
100 ms におけるナノ
粒子のサイズ分布[1
3]
.放電開始後 10 ms,シリコン原子
数4個程度においてサイズ分布にボトルネックが現れて,
核発生が起きていることがわかる.
放電条件では,ガス流速は比較的遅く,ガス滞在時間は核
発生時間よりも長い場合が多い.このような場合,下記の
高次シラン分子からナノ粒子への核発生には,高次シラ
ような SiH2 による挿入反応により高次シランが発生する
ンへの電子付着が重要な役割を果たしている.J. Perrin ら
と考えられている[11,
12].
による実効的な電子付着断面積の計算結果から[14]
,シリ
コン原子数が4個程度から,電子付着断面積が急激に増加
SiH4+e− → SiH2+2H+e−
して,電子付着することが可能であることがわかってい
SiH2+SiH4+M → Si2H6+M
る.負イオン化した高次シランはプラズマ中に形成された
SiH2+Si2H6+M → Si3H8+M
空間ポテンシャルに捕捉されて,プラズマ中の滞在時間が
…
長くなることで核発生する.この核発生期におけるサイズ
これら挿入反応は,3体反応であることが知られており,
分布の振る舞いについては,布村らによる気相構成分子の
SiH2 と SiH4 の反応で発生した余剰エネルギーが第3体 M
質量分析結果からも同様の結果が確認されている[1
5].
以上をまとめると,核発生期における高次シラン分子は
(多くは SiH4 分子)との衝突により緩和して高次シラン分
SiH2 等の短寿命ラジカルとSiH4 分子の3体反応により発生
子が安定的に気相中に存在する.
上述した重合反応による高次シラン分子成長では,分子
する.高次シラン分子と SiH2 ラジカルとの連続した重合反
中のシリコン原子の数が多くなると共に分子密度が単調に
応により1分子中のシリコン原子数が増加し,シリコン原
減少するはずである.しかし,反応性プラズマでは,シリ
子4個程度の高次シラン分子が負帯電することにより核発
コン原子の数が4つ程度まで高次シランが成長すると核発
生する.つまり核発生には4回程度の連続した重合反応が
生が起きる.筆者等は,ナノ粒子への電子付着と拡散損失
必要であり,定常状態では SiH2 ラジカル密度は電子密度に
を利用した計測法を開発し,初期成長期におけるナノ粒子
比例していることから,核発生レートは電子密度の約4乗
のサイズ分布を推定した[13].結果を図2に示す.放電開
に比例すると考えられる.
始後 3 msでは,1分子あたりのシリコン原子数の増加と共
に,密度が単調減少して高次シラン分子のみが気相中に存
2.
2.
3 ナノ粒子成長における3つの成長モード
在する.しかし放電開始後 10 ms では,シリコン原子数4
2.
2.
3.
1 凝集成長
図3に初期成長期におけるナノ粒子のサイズ・密度と体
個程度においてサイズ分布にボトルネックが現れて核発生
積分率の時間推移を示す[13].核発生後ナノ粒子のサイズ
し,その後ナノ粒子が単分散のまま成長する.
324
Special Topic Article
2.2 Formation of Silicon Clusters and Nanoparticles in Reactive Plasmas
図4
K. Koga and M. Shiratani
ナノ粒子凝集に関する領域図.図中の三角形,四角形,丸
はそれぞれ,凝集領域,非凝集領域,これらの間の遷移領
域を示す.また図中の実線と破線はナノ粒子同士の付着確
率 "s を 1.0,0.2 とした時の凝集・非凝集を分ける閾値の理
論曲線を示す.
れた条件を示す.図中の理論曲線は凝集と比凝集の境界に
位置し,実験結果とよく一致している.つまり,凝集成長
ではナノ粒子とイオンの密度比とナノ粒子サイズが重要な
図3
ナノ粒子のサイズ・密度の時間推移の典型例.実線が高次
シラン分子,破線がナノ粒子を示す.
パラメータである.
上の議論から単純に考えると,ナノ粒子密度が多くなる
とともにナノ粒子同士の平均自由時間が短くなり,ナノ粒
は単調増加し,密度は単調減少する.サイズと密度から計
子の成長レートが高くなると考えられる.しかし,CVD
算した単位体積あたりにナノ粒子が占める体積(体積分
成長が支配的な状況では,逆にナノ粒子密度の増加ととも
率)は単調に増加する.体積分率の増加は初期成長期の主
に成長レートが減少する成長モードが存在することが最近
なナノ粒子成長機構が SiH2 等の堆積による CVD 成長であ
の研究により明らかになった.
ることを示すものの,密度の減少は凝集も同時に起きてい
2.
2.
3.
2 CVD 成長における2つの成長モード
ることを示す.この2つの成長機構の内,まずは凝集成長
CVD成長では,ナノ粒子表面へのラジカル堆積によりナ
が起きる条件について議論したい.ちなみにこの場合の凝
ノ粒子が成長するため,ナノ粒子とラジカルの相互作用が
集とは,第1節で説明した急速成長期におけるクーロン力
重要な役割を果たす.ここでは,ナノ粒子とラジカルの相
を介した正負帯電ナノ粒子の衝突による凝集とは異なり,
互作用を明らかにするため,ナノ粒子成長に対する振幅変
中性ナノ粒子の熱運動中の衝突による凝集を指す.凝集条
調放電によるラジカル密度摂動の影響を調べた研究結果に
件の詳細な議論は,論文[16]や本誌解説記事[17]を参照し
ついて説明する[19].
ていただくとして,ここでは概要を説明する.
実験では,容量結合型放電プラズマ装置を用いた
[19].
凝集成長では,ナノ粒子とプラズマ中の電子・正イオン
放電電極に振幅変調した高周波電圧を印加してプラズマを
との相互作用によるナノ粒子の帯電状態の変化が重要であ
生成した.プラズマ中で発生したナノ粒子のサイズ・密度
る.電子付着断面積の計算結果より,シリコン原子4個以
上の粒子で電子付着が生じやすいことからナノ粒子も負帯
は,筆者らが開発したレーザー散乱法を用いて計測された
[20].
電することが予想される.しかし,その帯電量は電子1個
放電開始後8秒の放電領域中央付近のナノ粒子サイズ・
程度であり,正イオンや電子との衝突により,帯電状態は
密度の振幅変調度(AM Level)依存性を図5に示す.振幅
中性近傍で揺らぐことが数値計算で明らかになっている
変調度の増加と共に,サイズは減少,密度は増加している.
[5,
6,
9,
18].ナノ粒子が負帯電して2つのナノ粒子にクー
密度の増加とサイズの減少つまり成長率の低下は,核発生
ロン反発力が作用する場合,凝集は抑制されるため,微粒
が重要な役割を果たす.核発生の節で説明したように,ナ
子の負帯電維持時間が微粒子同士の平均自由時間より長い
ノ粒子は連続したラジカルの重合反応と電子付着により核
ときに実効的にナノ粒子同士にクーロン反発力が作用して
発生する.定常状態においてラジカル密度は電子密度に比
凝集が抑制される.凝集条件について,ナノ粒子サイズ
例するので,核発生レートは電子密度のべき乗に比例す
"!をパラメータとして
!"とナノ粒子とイオンの密度比 ""!
る.振幅変調した場合,振幅変調しない場合よりも電子密
条件を調べた結果を図4に示す.図中の白抜きの三角は凝
度が高い時間帯が存在し,この時間帯に核発生レートが顕
集が起きた実験条件を示し,白抜きの四角は凝集が抑制さ
著に高くなるため,平均すると振幅変調なしの場合に比べ
325
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.91, No.5 May 2015
ノ粒子密度がプラズマ密度よりも十分小さい領域では,ナ
ノ粒子のサイズ成長率はナノ粒子密度に依存しない independent mode となる.その後,ナノ粒子密度の増加ととも
にサイズ成長率が減少する negative feedback mode に移
る.図中の白丸で示されている実験結果は,装置サイズに
近い #) "0.1 m のときの理論曲線によく一致している.こ
の結果を図4のナノ粒子サイズとナノ粒子とイオンの密度
比のグラフに追加したものを図7(a)に示す.この結果は,
ナノ粒子サイズ,ナノ粒子とイオン密度比の2つのパラ
メータを用いることでナノ粒子の初期成長期における3つ
の 成 長 モ ー ド(positive feedback(凝 集 成 長)
,negative
図5
feedback,independent)の発生条件を表すことができる
ナノ粒子のサイズ・密度の振幅変調度依存性.
ことを示している.図7(b)にそれぞれの成長モードの概
要を表した図を示すので理解の一助としていただきたい.
て核生成レートが高くなり,ナノ粒子密度が増加する.す
るとナノ粒子1つに流入するラジカルフラックスが減少し
て成長率が減少すると考えられる.
凝集成長であれば,密度の増加と共にナノ粒子の成長
レートは高くなり,サイズは大きくなるはずであるが,こ
の結果は反対の振る舞いをしている.プローブ計測結果よ
りプラズマ密度は 109 cm−3 台であり,凝集成長条件から考
えて,この実験における主要な成長機構は CVD 成長であ
る.CVD 成長の場合,ナノ粒子サイズ成長率はラジカル密
度に比例する.一般的にラジカル密度 %(が従うレート方程
式は,生成項と壁への損失項で表されるが,ナノ粒子とラ
ジカルの相互作用が無視できない場合,ナノ粒子への損失
項がレート方程式に加えられる.この場合のナノ粒子のサ
イズ成長率は,以下のような式で与えられる.
&$'
"!%("
&&
!
$
"
"!
%
!! $'"%'##)#"
%
ここで!は比例定数,"はラジカルの拡散係数,#)は装置
の特性長を示す.図6に,!!
" で規格化したナノ粒子成
%
長率のナノ粒子密度依存性を示す.この時,$'"10 nm と
し,装置の特性長 #) はパラメータとした.理論曲線は,明
らかに2つの成長モードが存在することを示している.ナ
図6
装置の特性長 Lw をパラメータとした,ナノ粒子成長率のナ
ノ粒子密度依存性.
図7 (a)
3つのナノ粒子成長モードの領域図と(b)
3つの成長
モードの概要図.
326
Special Topic Article
2.2 Formation of Silicon Clusters and Nanoparticles in Reactive Plasmas
K. Koga and M. Shiratani
2.
2.
4 シランプラズマプロセスにおける堆積膜
へのクラスター取り込み
レーザー散乱法で得たクラスターからのレーザー散乱光強
ここまで反応性プラズマにおけるナノ粒子の核発生から
光散乱光強度はともに放電電極近傍のプラズマシース領域
度の空間分布を示す
[2
3].SiH*発光強度とレーザー散乱
初期成長期までの成長機構について説明した.反応性プラ
にピークをもつ.この結果は,SiHx ラジカル生成レートが
ズマの重要な応用の一つとしてシランプラズマを用いた水
最も高い放電電極近傍のプラズマシース領域でクラスター
素化アモルファスシリコン(a-Si:H)薄膜の堆積が挙げら
量が高いことを示す.放電電極近傍で生成したラジカルや
れる.シランプラズマ中で発生したナノ粒子は膜質劣化の
高次シランラジカル,また中性クラスターはプラズマポテ
原因の一つと考えられており,ナノ粒子生成領域から堆積
ンシャルによる捕捉を受けず拡散により接地電極に置かれ
膜への輸送,膜への混入は重要な研究テーマである.ここ
た基板に輸送され堆積する.これらの生成,輸送,堆積過
ではシランプラズマ中でのナノ粒子の生成から膜への輸
程をまとめたものを図9に示す
[24].SiH3 は主な製膜寄
送,混入,そしてナノ粒子混入による膜質への影響につい
与種として考えられており,高次シラン分子がラジカル化
て説明する.
したもの又はクラスターは膜への付着率はほぼ100%であ
198
0年に発見されて以来未解決の問題に a-Si:H 薄膜の光
ることまた水素結合を多く含むことから,これらの膜への
劣化がある[21].これは,光照射により a-Si:H 薄膜中に欠
混入が光劣化の原因と考えられている.我々は,シランプ
陥が生成するため,a-Si:H 薄膜を用いた太陽電池の発電効
ラズマ中で発生したクラスターの水素含有量をフーリエ変
率が低下するという問題である.光劣化は,a-Si:H 膜中の
換赤外分光法で計測し,Si-H2 結合に関わる水素含有量
Si 原子に水素原子が2つ結合した Si-H2 結合に起因すると
CSiH2が,デバイス条件を満たす a-Si:H 薄膜中でも 1 at.%程
考えられており[22],膜中 Si-H2 結合抑制に向けた研究が
度であるのに対して,クラスターは 9 at.%と多量に Si-H2
行われている.
結合を含むことから[24],クラスターの膜への混入が光劣
シランプラズマを用いた薄膜堆積では,SiH4 ガス分子の
化の主な原因であると考えた.
電子衝突解離で生成した SiHx ラジカル,高次 シ ラ ン分
高次シランラジカルとクラスターという2つの候補の
子,そしてサイズが 10 nm 程度以下のアモルファスシリコ
内,どれが膜中 Si-H2 結合生成の原因であるかについて検
ンナノ粒子(クラスター)が存在する.図8にプラズマの
討した結果を図10に示す.まず,膜中 Si-H2 結合生成に対す
*
発光分光法で得た SiH (波長 414 nm)からの発光強度と,
る高次シラン分子の寄与を明らかにするため,四重極質量
分析器を用いた残留ガス分析から推定した高次シランラジ
カルの製膜への寄与と CSiH2の相関を調べた.高次シランラ
ジカルの製膜への寄与を考える場合,高次シランラジカル
と SiH3 ラジカルの密度比
[SimHn]/[SiH3]を得る必要があ
る.定常状態において,高次シラン分子とシラン分子の密
度比
[SimH2m+2]/[SiH4]は,[SimHn]/[SiH3]と比例関係に
あるので,[SimH2m+2]/[SiH4]を高次シランラジカルの製
膜への寄与として考えることができる.高次シランラジカ
ルの内 Si2Hx と Si3Hx の寄与について調べた結果を図10
(a)
に示す.Si2Hx と Si3Hx の製膜への寄与は,CSiH2が2桁変化
しても数倍程度の増加にとどまり,Si2Hx と Si3Hx の膜混入
による膜中 Si-H2 結合への寄与は小さいと考えられる.次
に,膜中 Si-H2 結合生成に対するクラスターの寄与を明ら
図8
SiH*(波長 414 nm)からの発光強度(上図)とナノ粒子か
らのレーザー散乱光強度(下図)の空間分布.横軸の GND
と RF はそれぞれ接地電極と放電電極に位置を示す.ラジカ
ル生成レートが高い,放電電極側のプラズマシース領域で
ナノ粒子の生成が起きていることを示す.
図9
327
シランプラズマにおける製膜過程の概要図.
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.91, No.5 May 2015
びアモルファスシリコン薄膜堆積におけるクラスターの膜
への輸送,混入について近年筆者らが得た結果を交えて概
要を説明した.反応性プラズマにおけるナノ粒子成長で
は,プラズマ中の電子・イオン・ラジカルとの相互作用が
ナノ粒子成長を支配しているところが他のナノ粒子プロセ
スとは根本的に違うところである.最近では,ナノ粒子と
ラジカルの非線形カップリングを利用して,サイズ揺らぎ
の抑制を実現している[28].またごく最近では反応性プラ
ズマ中のラジカルの非線形カップリングよるナノ粒子成長
を,非平衡極限プラズマにおける階層構造形成と結びつけ
て検討する動きも現れ,これらの知見に基づく新しいナノ
テクノロジーの創出が期待される.
参考文献
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8]M. Shiratani et al., Jpn. J. Appl. Phys. 53, 010201 (2014).
図1
0 膜中 Si-H2 結合に関わる水素含有量 CSiH2 に対する(a)
高次
シランラジカルと(b)
クラスターの膜混入の寄与.
かにするため,レーザー散乱法による気相中ナノ粒子量と
下流領域で捕集したナノ粒子量から推定した膜中クラス
ター体積分率 Vf と CSiH2の相関を調べた.結果を図10
(b)に
示す.データにばらつきはあるものの,CSiH2の増加ととも
に Vf は線形に増加する傾向を示す.2.
2.
2で説明したよう
に,ナノ粒子は Si 原子が4つ重合した分子から核形成する
ため,核形成後のナノ粒子の混入が膜中 Si-H2 結合生成の
主要因であると考えられる.
これらの知見を基に,我々はクラスター混入を抑制した
a-Si:H薄膜を作製し,高い光安定性を示すa-Si:Hの作製に成
功している
[25].従来型の容量結合型プラズマ CVD 法な
どの多量のクラスター混入するプロセスでは,ナノ粒子混
入が Si-H2 結合生成の主なプロセスと考えることができる.
しかしながら,膜堆積中の表面では Si-H2 結合が多いこと
が指摘されており[26,
27],光劣化の解決のためには,クラ
スター混入を完全に抑制した上で,より精密なプラズマに
よる膜堆積プロセスを実現する必要がある.
2.
2.
5 おわりに
核発生から初期成長期におけるナノ粒子の成長機構およ
328
J. Plasma Fusion Res. Vol.91, No.5 (2015)3
29‐335
小特集
シリコン系太陽電池の高効率化に向けたプラズマ CVD の科学
3.表面反応と膜成長
3. Surface Reaction and Film Growth
3.
1 シリコン表面の Si-H の結合の赤外分光解析
3.1 Infrared Spectroscopic Study on Si-H Bonding Configuration
on Silicon Surface.
篠 原 正 典1),木 村 康 男2),庭 野 道 夫3),松 田 良 信1),藤 山
1)
2)
寛1)
3)
SHINOHARA Masanori , KIMURA Yasuo , NIWANO Michio ,
MATSUDA Yoshinobu1)and FUJIYAMA Hiroshi1)
1)
長崎大学,2)東京工科大学,3)東北大学
(原稿受付:2
0
1
5年1月9日)
多重内部反射赤外吸収分光法(MIR-IRAS)を用いてシリコン表面の化学結合状態の変化を「その場」計測す
ることにより,シラン(SiH4)やジシラン(Si2H6)分子のシリコン表面への吸着状態,および水素プラズマ曝露
によるシリコン表面状態の変化について調べた. SiH4,Si2H6 分子は室温で Si
(100)
(2×1)表面に分子中の原子
間の結合を解離させながら吸着するが,その際の吸着構造をシリコン−水素(Si-H)結合の伸縮振動の解析から
原子レベルで決定できることを示した.また,シリコン結晶表面を水素プラズマに曝露した場合には,結晶中に
水素が入り込み原子空孔が形成された後に結晶のアモルファス化が生じることがSi-H伸縮振動領域の解析から考
えられた.MIR-IRAS を用いた Si-H の振動解析は,膜中および表面の水素の吸着状態の詳細を明らかにでき,表
面反応を解析できる有望な方法であるといえる.
Keywords:
hydrogen, silane, adsorption, plasma,silicon, amorphousization, FT-IR
3.
1.
1 はじめに
Si-H 結合ばかりではなく膜中の未結合手の存在も,アモ
アモルファスシリコンの成膜は,アモルファスシリコン
ルファスシリコンだけでなく微結晶シリコンの成長におい
太陽電池の性能に影響を与える根幹の技術である.本小特
ても重要である
[2].シリコンの原子空孔の近傍に水素が
集第1章記載の通り,これまでも精力的に研究がなされて
あれば,その原子空孔と水素との相互作用による振動が
きた.プラズマ化学気相堆積(PECVD: Plasma Enhanced
Si-H の伸縮振動と同程度の波数領域に存在するため,Si-H
Chemical Vapor Deposition)法により成膜される場合,原
振動の検出と同様の方法で検出が可能である.水素を伴う
料分子であるシラン(SiH4)がプラズマ中・膜表面でどの
シリコン結晶中の欠陥については,古くから非常に活発に
ように変化して膜となるのかを知ることが膜堆積の制御に
研究がなされ,振動モードの解析によりその状態を明らか
重要である.SiH4 分子中のシリコン−水素(Si-H)の結合
にされてきた
[2‐4].プラズマ中の水素ラジカルやイオン
状態の変化は,プラズマ中および膜表面での Si-H 結合の切
は反応性やエネルギーが高いため,シリコン表面に衝突す
断,膜表面への吸着,吸着後の膜化に至るすべての過程を
ると表面の原子配列が崩れてしまう
[5].その表面では,
反映している.そのため,SiH4 分子を用いた成膜過程にお
水素が近傍に存在する原子空孔が生成されると予想され
いて,Si-H 結合の状態の変化はその成膜過程を知る上で大
る.プラズマ中での膜表面の状態を知る上でも原子空孔の
3
きな手掛かりとなる.そもそも,シリコン原子はsp の結合
近傍の水素の状態を知ることは重要である.
様式で結合しやすいため,Si-H 結合の状態の変化を調べれ
シリコンは,太陽電池 材 料 ば か り で な く,集 積 回 路
ば,分子が吸着し膜化する成長様式を調べることができ
(LSI),薄膜トランジスタ(TFT)などの電子材料として
る.これまでプラズマ中や膜表面での Si-H 結合の状態の変
も用いられている.シリコンは主に sp3 の様式で結合する
化をもとにしてアモルファスシリコンの成膜モデルが構築
ため半導体の性質を得やすい,シリコン表面の酸化物が良
されてきた.そのモデルは現在も世界的にも広く受け入れ
質な絶縁膜となる,LSI 作製に必要な安定した表面を作製
られている[1,
2].
できやすいなど,様々な理由があげられる.発光素子,高
Nagasaki University, Nagasaki, NAGASAKI 852-8521, Japan.
corresponding author’s e-mail: [email protected]
329
!2015 The Japan Society of Plasma
Science and Nuclear Fusion Research
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.91, No.5 May 2015
速デバイス,高温デバイス等の特殊用途を除けば,今後と
try)とは,赤外光をプリズム内部に入射し,プリズムの表
もシリコンは電子デバイスの基盤となる材料であり続け
と裏の両面間で多重反射させた赤外吸収分光方法である.
る.基板へのシリコンエピタキシャル成長やシリコンカー
反射回数の増大により,水素・水素化物を高感度化に検出
バイド(SiC)
などの化合物の膜成長にも,化学気相 堆 積
できる[7,
10].一般的には ATR(Attenuated Total Reflec-
(CVD)法が用いられることが多い.この方法では,原料と
tion)と呼ばれる配置であるが,赤外光がプリズム中を多
,ジ シ ラ ン
(Si2H6)や ジ ク ロ ロ シ ラ ン
し て シ ラ ン(SiH4)
重反射していることを強調するため本項ではこの用語を用
(SiH2Cl2)などの水素化シリコン分子を用い,加熱された基
いる.プリズムは赤外線を透過する半導体材料が用いら
板上で分子を分解し膜を得るものである.この方法でシリ
れ,シリコンの他 に,ゲ ル マ ニ ウ ム(Ge)
や硫化セレン
コン結晶を成長させた場合,表面水素の被覆率が結晶成長
(ZnSe)などのプリズムが市販されている.Si のプリズム
を律速することが知られている[6].それゆえ,この場合も
を用いた場合,Si 自体の格子振動のため 1200 cm−1 以下の
原料分子がどのように解離し,基板や膜に吸着するのか,
低波数側の振動はノイズに埋もれ計測できない.一方,プ
すなわち水素の吸着状態を理解すれば,CVD法における原
リズム自体がシリコンであるためシリコン結晶表面の反応
子レベルでの成長の制御に重要な知見を得ることができ
を詳細に調べることができる.さらに,安価にプリズムが
る.このように,膜中および膜表面の水素の吸着状態を知
作製できるためプリズムを再利用することなく交換できる
ることは,あらゆるシリコン系材料の成長の解明,成長の
などの利点もある.
図1に,MIR-IRAS を用いた超高真空中での反応解析の
制御のために重要である.
水素や水素化物が吸着したシリコン表面を調べる際に,
実験装置を紹介する
[11‐13].真空チャンバーの外におか
シリコン表面を空気に曝してしまうと表面には酸化が生じ
れた赤外干渉計より出力された赤外光は,フッ化カルシウ
状態がかわる可能性がある.そのため,吸着した状態を
ム(CaF2)の窓を通してステンレス製の真空チャンバー内
「その場」で計測しなければならない.ただし,水素の吸着
に固定されたプリズムの端面に入射される.赤外光はプリ
状態の検出は難しく,検出ができる方法は限られている.
ズム内で多重反射しながら進みもう一方の端面から出力さ
その中で有力な方法は赤外分光法である
[7].この方法を
れ,CaF2 の窓を通して赤外検出器に集光される.なお,
用いれば,特にシリコン表面上の水素の吸着状態を,スペ
図1に示す真空チャンバーにはプリズムを通電加熱する機
クトルに現れるSi-H領域の伸縮振動数の違いから詳細に解
構および真空ポンプが備えられている.
析できる.モノハイドライド(SiH)
,ダイハイドラ イ ド
3.
1.
3 シラン
(SiH4),ジ シ ラ ン
(Si2H6)
分子の
Si
(100)
(2x1)表面への吸着状態の赤外分
光解析
(SiH2),トリハイドライド
(SiH3)の順で高波数側に振動
ピークが存在する.また,Si-H 結合を構成するシリコン原
子が電気陰性度の異なる原子に結合している場合,Si-H
結合の振動数は変化することが知られている.その特徴は
本実験では,Si
(100)シリコンウエハーから作製したプ
ルコフスキーの関係式
[8]としてまとめられ,バックボン
リズムを酸などの溶液で洗浄した後,超高真空チャンバー
ドの異種原子についても推定できる[9].さらに,赤外分光
に導入した.真空チャンバー内の真空度を 2×10−8 Pa 程度
法は真空度やガス種に関係なく測定でき,プラズマ中でも
にした後,Si プリズムを1200K 程度に通電加熱して清浄化
測定が可能である.これまでも赤外分光法を用いたその場
し,Si
(100)
(2×1)表面を作製した.Si
(100)表面を高温に
計測はアモルファスシリコン膜の成膜にも適用され,シラ
加熱し清浄化すると,最表面のシリコン原子は互いに近づ
ン系 PECVD の反応解析にも貢献してきた
[1,
2].
きダイマー(dimer:2量体)を作ることが知られている.
本項では,赤外分光計測を高感度化した多重内部反射赤
図2で示すように,Si
(100)
(2×1)表面では,このダイマー
外分光法(MIR-IRAS)によるその場計測の方法を紹介し
は規則正しく列をなし(ダイマー列とよばれる),周期構
た上で,Si-H の伸縮振動の解析によるプロセス診断の研究
造を形成する.このダイマー列は冷却した後も原子の吸着
例 を 紹 介 し た い.ま ず,シ ラ ン
(SiH4)分 子 や ジ シ ラ ン
などの反応が起こらない限り安定であり,超高真空状態で
(Si2H6)分子の Si
(100)
(2×1)表面への吸着について,検出
されたピークの波数の違いから吸着構造が原子レベルで決
定できることを示す.次に,水素プラズマが曝露されたシ
リコン結晶表面の振動数解析を行った結果を示す.水素プ
ラズマの曝露により水素化アモルファスシリコンの SiH2
が生成される前に,結晶中に入り込んだ水素によると考え
られる振動ピーク,シリコンの原子空孔と水素の相互作用
によると考えられる振動ピークが検出され,結晶のアモル
ファス化の過程が推測できることを述べる.
3.
1.
2 多重内部反射赤外吸収分光法(MIR-IRAS)
多重内部反射赤外吸収分光法(MIR-IRAS: Infrared ab-
図1
sorption spectroscopy in multiple internal reflection geome330
真空チャンバーに組み込んだ MIR-IRAS 光学系の概念図.
Special Topic Article
3.1 Infrared Spectroscopic Study on Si-H Bonding Configuration on Silicon Surface.
M. Shinohara et al.
数法を用いたクラスター計算により求めた.クラスター
は,図4に示すように,13個のシリコン原子で2つのダイ
マーを構成し,クラスター形成のために結合が切断された
シリコン原子のダングリングは水素で終端したものであ
る.図2で示した構造をこのクラスター上に作り計算を
行った.図2の A で示した SiH3 については 2123,2134,
2135 cm−1 付 近 に 振 動 ピ ー ク を も つ こ と よ り,図3の
2123 cm−1 付近のピークは説明できる.ま た,図2の C
で示した構造が 2122,2150 cm−1 に振動ピークをもつこと
より,2150 cm−1 のピークに関しても説明できる.図2の
B に関しての計算で得られた振動数と振動子強度を図3の
中に棒グラフで示した.2090∼2120 cm−1 のピークに関し
ては,この構造でほぼ説明ができることがわかる.
SiH3 の 存 在 は,SiH4 分 子 が Si
(100)
(2×1)表 面 で
SiH4→‐H+-SiH3 で示されるように解離して吸着する反応
図2
Si
(1
0
0(
)2×1)
表面のダイマー 構 造,お よ び SiH4,Si2H6
分子の吸着で形成された吸着構造.A:1つのダイマー上
で H と SiH3 で吸着した構造,B:ダイマー列間に SH2 が吸
着した構造,C:1つのダイマー上に SiH2 が吸着した構造,
D:1つのダイマー上に2つの SiH3 が吸着した構造,E:
ダイマー列間に SH2-SiH2 が吸着した構造,F:ダイマーの
両端のシリコン原子が水素で終端された構造.
(DOD: Doubly Occupied Dimer と呼ばれる)
は冷却後もこの構造が維持される.基板温度を室温程度に
戻した後,この表面に SiH4 あるいは Si2H6 分子を曝露した.
分子が吸着した表面の赤外スペクトルを取得し,分子を吸
着させる前の清浄表面の赤外スペクトルとの比較から赤外
吸収スペクトルを算出した.
図3に SiH4 分子を 20 L(ラングミュアー)曝露した際の
図3
SiH4 分子を20 L曝露したシリコン表面の赤外吸収スペクト
ル,棒グラフは Gaussian 98 を用いて図2の B で示した構
造による振動モードの振動数と振動子強度を計算した結果
を示している.それぞれの棒グラフは,それぞれの振動
モードの振動数の計算値に位置し,振動子強度の計算値を
高さとしている.
図4
Si-H の振動解析に用いた,2つのダイマーを含んだクラス
ター構造.
赤外吸収スペクトルを示す.1 L とは 1×10−6 Torr で1秒
間,分子を曝露した量に相当する.図中には,太い線と細
い線のスペクトルが記されているが,それぞれ,p 偏光,s
偏光のスペクトルを示している.入射光の電場ベクトルの
振幅方向が入射面に対して平行な直線偏光と垂直な直線偏
光を,それぞれ,p 偏光,s 偏光という[14].測定を行うプ
リズム表面に対しては s 偏光は表面の垂直成分ではなく平
行成分のみを計測することになる.SiH2 の場合では Si-H
結合の伸縮振動のうち2つのSi-Hの振動のタイミングが逆
になり基板に対して平行な動きをもつ非対称振動を検出で
き,振動モードの特定に役立つ.ここで示したスペクトル
では 2030 から 2180 cm−1 にかけて数本のピークがみられ
る.SiH4 分子が分子中の Si-Si や Si-H 結合を切断してシリコ
ン表面のダングリングボンドに吸着し,SiH,SiH2,SiH3
が形成されたと予想される.
ここで,吸着状態を詳細に調べるため,化学計算ソフト
Gaussian 98
[15]を使って解析を行った.予想される吸着構
造の振動モードの振動数と振動子強度について,密度汎関
331
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.91, No.5 May 2015
が起こることを示していると考えられる.すなわち,
(DB)
‐Si-Si‐
(DB)
+SiH4(molecule)
→H -Si-Si- SiH3 (adsorption) (1)
と表される.ここで,左辺の(DB)
‐Si-Si‐
(DB)
とは両端に
ダングリングボンド(
(DB)
と記す)をもった表面のシリ
コンのダイマーを示している.右辺の H -Si-Si- SiH3 はダイ
マーの両端に H と SiH3 が吸着した構造を示している.さら
に,SiH3 は近傍に DB があれば吸着後すぐに SiH2 へと吸着
構造を変化すると考えられる.それゆえ,
(DB)
‐Si-Si‐
(DB)
+ H -Si-Si- SiH3
→ H -Si-Si
H -Si-Si
SiH2(adsorptin)
(2)
と表される反応が起こると考えられる.右辺は,図2の B
で示すように,ダイマー間に吸着した SiH2 とそれぞれのダ
イマーのもう一方の DB は水素で終端された構造を示して
いる.この構造は,ピーク強度も大きく表れることより起
図5
Si2H6 分子を 20 L 曝露したシリコン表面の赤外吸収スペク
トル,棒グラフは Gaussian 98 を用いて図2の E で示した
構造による振動モードの振動数と振動子強度を計算した結
果を示している.それぞれの棒グラフは,それぞれの振動
モードの振動数の計算値に位置し,振動子強度の計算値を
高さとしている.
こりやすい構造であると予想される.SiH3 の近傍にダング
リングボンドがなければ SiH2 への分解が抑制されるた
め,SiH3 も計測されたと考えられる.実際,0.1 L と曝露量
が 少 な い と き に は,図2の B し か 計 測 さ れ て い な い
[11].構造の安定性についてはさらなる理論的なアプロー
一方,2080∼2120 cm−1 の領域で図3と図5のスペクト
チが必要であり,今後検討したい.
−1
以下の低波数の領域に,構造が明らかにでき
ルには違いがみられる.特に,この領域にかけてピークの
ていないピークが存在する.これは,分子が解離吸着した
間隔が異なるため,図2の B の構造ではこの領域のピーク
近傍に新たな分子が吸着するなどにより複雑な吸着構造が
説明できないと考えられる.そこで,ダイマー列間の2つ
存在することを示唆している.原子が連続して吸着する中
のダイマー間に分子中の Si-Si 結合を切断せずに吸着した
で,3.
1.
4節で紹介する結晶中の水素のような構造を形成
構造(図2のE)について計算し,その結果を図5に棒グラ
している可能性もあるが,詳細については今後検討してい
フで示した.この構造により 2110 や 2123 cm−1 のピークに
きたい.
ついて説明できる.計算で得られた SiH の振動数はスペク
2080 cm
トルで得られたピークよりも高波数側に位置している.
次に,Si2H6 分子の Si
(100)
(2×1)表面への吸着について
紹 介 す る.Si2H6 分 子 は シ リ ル 基(SiH3)が 結 合 し た
図2の F で示した Si ダイマーの両端の DB が水素で終端さ
H3Si-SiH3 という構造をしている.結晶成長においては,分
れた DOD(Doubly Occupied Dimer)は 2090∼2100 cm−1
子中の Si-Si が結合が切断して2個の SiH3 基として表面に
の領域に2つの振動ピークをもち,そのうち s 偏光で計測
吸着するため,SiH4 分子に比べ成長速度が速いといわれて
される非対称振動が 2090 cm−1 に振動ピークをもつ.この
きた[6,
16].しかし,詳細な吸着構造はわかっていなかっ
DOD 成分の重ね合わせにより,スペクトル中の SiH は計算
た.そこで,Si2H6 分子をSi
(100)
(2×1)表面に吸着させ,そ
値よりも低波数側に現れたと考えられる.Si2H6 分子が吸
の水素の吸着状態を調べた[12,
13].
着する際に,解離した水素により DOD が多数形成された
図5に Si2H6 分子が吸着した表面の赤外吸収スペクトル
と予想される.ここで述べた E の構造の形成は下記のよう
を示す.スペクトルには,2080 から 2160 cm−1 にかけて数
な反応が起こっていると考えられる.
本のピークが見られる.これまでの報告例のように Si2H6
(DB)
‐Si-Si‐
(DB)+(DB)
‐Si-Si‐
(DB)+Si2H6(mole-
分子の吸着が分子中の Si-Si 結合を切断しシリル(SiH3)基
cule)
として吸着すれば[6,
16],SiH4 分子の場合と同様に,図2
→ H -Si-Si
の B の SiH2 へと分解が進むはずであり,図3と同様のスペ
H -Si-Si
ク ト ル が 得 ら れ る は ず で あ る.図5で 現 れ た 2120∼
SiH2‐SiH2(adsorptin)
(3)
2150 cm−1 付近のピークについては,図3で示した SiH4
ここでは SiH4 の場合とは異なり,2つのダイマーに Si2H6
分子の吸着と同様に SiH3 と1つのダイマー上に吸着した
分子が当初から2つのダイマーを使った吸着反応を記し
SiH2(図2の C)で説明できる.SiH3 については,Si2H6
た.
分子中の Si-Si を切断してダイマーの両端に SiH3 が吸着し
(DB)
‐Si-Si‐
(DB)
+Si2H6(molecule)
た図2の D の構造として計算した.その結果,図2の D
→ H -Si-Si- Si2H5(adsorption)
の構造の振動数は図2の A の振動数とほぼ同じであった.
332
(4)
Special Topic Article
3.1 Infrared Spectroscopic Study on Si-H Bonding Configuration on Silicon Surface.
M. Shinohara et al.
で示されるように,Si2H6→‐H+-Si2H5 という解離が生じて
モルファス層中のシリコン原子が2つの水素原子と結合し
吸着が起こった後に,(3)で示す反応が起こっている可能
た SiH2 が形成される.この SiH2 は 2095 cm−1 付近にピーク
性もある.この点についても,理論的検討を行っていきた
をもつ.すなわち,Si
(110)面ではシリコン表面上の水素と
い.
バルク中の水素が分離し計測できると考えられる.
これまで Si2H6 分子は分子中の Si-Si 結合を切断して吸着
基板温度を室温付近にし,−50 V から−200 V の基板バ
すると考えられていたが,分子中の Si-Si 結合を切断しない
イアスを印加してプラズマ中のイオンを引き込み,Si
(110)
で吸着するモードがあることを示した.さらに,本節で示
面との反応を用いて調べた.ここでは基板に−200 V を印
した結果では,1個のダイマー上に吸着した SiH2(図2の
加し,S
(110)面に水素プラズマを曝露した結果について紹
C)は A や D で示された SiH3 よりも高波数側に振動ピーク
介する.
をもった.もっとも,多くの場合2個のダイマー間に吸着
図7に,得られた赤外吸収スペクトルを示す.図中の数
した SiH2(図2の B)や SH2-SiH2(図2の E)などのよう
字は,曝露時間を分の単位で示している.6
0分後には,
に,SiH3 よりも低波数側に振動ピークをもつ.このことは,
2100 cm−1 に位置するピークが大きく表れる.このピーク
2,
3)や SiH 結合
振動数解析に際しては SiHX の種類(!!1,
はアモルファス層中の SiH2 によると考えられる.結晶の Si
を構成するシリコン原子に結合している異原子の種類のほ
が水素プラズマの照射によりアモルファス化されたことを
かに,同じ種類の化学種においても吸着構造の考察も重要
示している.水素プラズマの曝露によりアモルファス層が
であることも示唆している.
表面からバルク側に向けて形成されていくと考えると,曝
露時間が短い場合にも 2100 cm−1 が存在し,曝露時間の増
3.
1.
4 水素プラズマ照射によるシリコン表面の
水素の吸着状態の赤外分光解析
大とともにピーク強度が増大すると考えられる.
曝 露 時 間 が 短 い5分 の ス ペ ク ト ル に は,ピ ー ク は
2100 cm−1 ではなく 2060 cm−1 付近に現れる.このことは,
プラズマ CVD 法における水素は,膜中の水素の引き抜
きや水素化により膜堆積に重要な役割を果たす
[1,
2].さ
らに,表面の原子配列を乱すことも知られている[5].水素
がどのように入り込み,表面の原子配列がかわるのかなど
詳細はわかっていない.プラズマ CVD やエッチングで用
いられる低いエネルギー領域での水素の反応解析の研究例
は少ない.一方で,MeV レベルの高エネルギーのプロトン
をシリコン結晶に入射すると,表面および近傍にシリコン
の原子空孔を形成し,表面から数層下の領域にプレート
レット欠陥と呼ばれる水素だまりなどを形成することが知
られ,その反応過程についても研究が進んでいる[1
7].そ
図6
MIR-IRAS を用いたプラズマ中の表面反応解析装置.
こで,本研究では Si の原子配列が,低エネルギーのプラズ
マ中の水素ラジカル・イオンによってどのように水素が入
り込んでいくのかについて調べた.表面とバルクの状態の
違いがわかりやすいように,Si
(110)面を用い,水素プラズ
マの照射による水素化による表面の変化の過程を MIRIRAS で計測した
[18]
.
図6で示した実験装置は,図1で紹介した実験装置に,
高周波プラズマ源と,基板加熱・負バイアスを基板に供給
ができる基板ホルダーが取り付られたものである.高周波
プ ラ ズ マ は ガ ラ ス 管 に 巻 き つ け た コ イ ル に RF 電 力
(13.56 MHz)を供給して生成できる.基板に与える負バイ
アスは 800 kHz の高周波電力により基板ホルダーに与える
ことにより形成している.
本実験では,1 sccm の水素分子をガラス管の上流より供
給し,6.7 Pa の圧力に設定した後,30 W の RF 電力を供給
して水素プラズマを生成した.プリズムは Si
(110)面ウエ
ハから作製した.Si
(110)表面の構造を保ったまま表面の
原子がフッ酸処理などで水素化された場合,この表面に特
徴的な‐Si-Si‐のジグザグ構造が水素終端され SiH が形成さ
図7
る.このとき 2070,2089 cm−1 に強度の大きいピークが計
測される.一方,シリコン結晶を低温で水素プラズマに曝
露してシリコン結晶がアモルファス化された場合には,ア
333
室温の基板温度で−200 V の基板バイアスを印加して,水素
プラズマに6
0分間で曝露した Si
(1
1
0)
面の赤外吸収スペク
トルの変化.曝露時間 0.5 分のスペクトルは強度を5倍し
た.
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.91, No.5 May 2015
アモルファス層に特徴的な SiH2 は,曝露初期には形成され
ず,曝露量が増大し後に形成されることを示している.ア
モルファス層中のシリコン原子が1つの水素と結合した
SiH は 2000 cm−1 にピークをもつことから,この SiH が形
成されたのではない.もっとも,低温では SiH2 の方が安定
であり,室温近くの基板温度では SiH よりも SiH2 が優先的
に形成されるはずである.ここで,結晶表面の原子配列に
水 素 が 吸 着 し た 場 合 に は,先 に 述 べ た と お り,2070,
2089 cm−1 にピークが現れるはずで,この可能性も排除で
きる.
曝露時間が 0.5 分のスペクトルでは,2100 から 1900 cm−1
にかけてピークがみられる.これらのピークは,MeV レベ
ルの高エネルギーのプロトンを照射したシリコン結晶の赤
図8
外吸収スペクトルにも存在する[17].本実験でのプロトン
のエネルギーは数百 eV までであり,その報告例とはエネ
ルギー領域は異なる.しかし,シリコン結晶中の Si-Si の結
合エネルギーは数 eV 程度であるため,水素の浸入する領
域は浅いものの水素が結晶中に侵入し,MeVエネルギーの
場合と同様の水素の吸着状態を取りえると考えられる.そ
シリコン結晶中の水素の配置のモデル図.Si の格子位置
(正四面体構造の位置)に配置された Si 原子に対して水素
の 位 置 を 示 し て い る.(a)
IH2:Si-Si 原 子 結 合 間 に 水 素
(H2)
が存在するもの,(b)
H*2:結晶中のSi-Siの原子間に1
つの水素が入り,近傍の Si 原子に対して対極の空間にもう
1つの水素が入ったもの,(c)
VH:原子空孔(V)
の近傍に
1個 の 水 素 が 存 在 す る も の,(d)
V2H:2個 の 原 子 空 孔
(V)
の近傍に1個の水素が存在するもの[4,
1
9]
.
こで,実験で得られた 1980,2050 cm−1 のピークはそれぞ
−1
れ IH2,H*
のピークはそれぞ
2 によるもの,2030,2066 cm
ン,微結晶シリコンの薄膜成膜においても重要であるとの
た,H*
2 は
報告例も増えてきた[2,
21].ラジカル・分子の吸着,それ
1830 cm−1 にもピークをもつとされているが,この位置に
に続く水素の引き抜き・水素の脱離を通して膜が堆積され
もピークは確認できる[3,
4,
19].ここで,IH2 はシリコン結
ていく過程で,原子空孔が生じることも十分考えられる.
晶中の Si-Si の原子間に入り込んだ水素分子を示してい
また,プラズマ中の水素が膜を拡散し膜の構造・化学結合
る.H*
2 とは,結晶中の
状態をかえることも起こりえる
[1,
2].結晶中の原子空孔
れ VH,V2,3H に よ る も の と 考 え ら れ る.ま
Si-Si の原子間に1つの水素が入り,
近傍のシリコン原子に対して対極の空間にもう1つの水素
ならば透過電子顕微鏡や X 線回折等で計測できる可能性も
が入ったというものである
[20].また,VH,V2,3H の V
あるが,アモルファス膜の原子空孔を検出することは難し
は結晶中のシリコンの原子空孔を示しており,1つの原子
い.しかし,原子空孔の近傍に水素があれば,V2,3H や VH
空孔付近に1つの水素がある場合を VH,2あるいは3個
などの赤外活性の成分が赤外分光により検出できる可能性
の原子空孔がある領域の近傍に1つの水素がある場合を
がある.これらは今後,アモルファスシリコン膜の解析に
V2,3H と示している.それぞれの概略は図8に示した.
も重要な要素となると考えられる.
ここでみられる曝露量によるピーク位置の変遷は,曝露
3.
1.
5 まとめ
量により形成される成分がかわってくることを示してい
る.低曝露時には,水素プラズマ中の水素イオンがまず結
本節では,赤外吸収分光,とくに多重内部反射赤外吸収
晶中の Si-Si の原子間などに侵入し IH2,H*
2 が形成される.
分光法(MIR-IRAS)を用いて,シリコン表面への Si2H6
曝露量が増大すると,原子空孔が形成され,VH,V2,3H
や SiH4 分子の吸着,シリコン表面への水素プラズマ曝露を
が形成される.曝露量がさらに増大し曝露時間が60分と
例にとり,Si-H の振動数の違いから反応過程を解析できる
なった場合では,これらの成分よりも,アモルファス層中
ことを示した.赤外吸収分光は,水素が関与する反応を詳
の SiH2 が支配的となる.すなわち,本結果は,次のことを
細に解析できる有力な方法であることを紹介した.
示していると考えられる.水素プラズマ曝露によりシリコ
謝
ン結晶中へ水素が入り込む.その水素の量が増大すると原
子空孔が形成される.さらにその入り込んだ水素量が増大
辞
本研究の一部は,文部科学省・日本学術振興会
科学研
すると原子空孔の密度も増大し,その結果,結晶構造が緩
究費補助金(No. 2
2110511,No. 2
4110716,No. 2
4
340144,
和してアモルファス化が生じるということである.
No.2
5104720)の援助のもとに進められた.ここに感謝い
水素浸入の状態(IH,H*
2 など)や水素を伴う原子空孔
たします.
(VH や V2,3H など),およびアモルファス層の水素の含有
量など定量的な評価ができれば確固な反応モデルを確立で
参考文献
きると考えられる.今後,それらの定量的評価とこの反応
[1]G. Ganguly and A. Matsuda, Phys. Rev. B 47, 3661 (1993).
[2]H. Fujiwara et al., Sur. Sci. 49, 333 (2002).
[3]J.I. Pankove and N.M. Johnson (ed.), Hydrogen in Semiconductors (Academic Press, Inc., San Diego, 1991).
モデルを裏付ける理論的検討を行っていきたい.
シリコンの原子空孔については,結晶のアモルファス化
の過程だけではなく,SiH4 分子によるアモルファスシリコ
334
Special Topic Article
3.1 Infrared Spectroscopic Study on Si-H Bonding Configuration on Silicon Surface.
[4]S.J. Pearton et al., Hydrogen in Crystalline Semiconductors
(Springer-Verlag, Ner York, 1991).
[5]J.S. Montgomery et al., Appl. Phys. Lett. 67, 2194 (1995).
[6]S.M. Gates, Surf. Sci. 197, 307 (1988).
[7]Y.J. Chabal, Surf. Sci. Rep. 8, 211 (1988).
[8]G. Lucovsky, Solid State Commun. 29, 571 (1979).
[9]M. Shinohara et al., Appl. Suf. Sci. 175-176, 591 (2001).
[1
0]篠原正典,藤山 寛:プラズマ・核融合学会誌 83, 935
(2007).
[1
1]M. Shinohara et al., Phys. Rev. B 65, 075319 (2002).
[1
2]M. Shinohara et al., Thin Solid Films 369, 16 (2000).
M. Shinohara et al.
[1
3]M. Shinohara et al., Sur. Sci. 502-503, 96 (2002).
[1
4]田中誠之,寺前紀夫:赤外分光法(共立出版,1
9
9
3)
.
[1
5]M.J. Frisch et al., Gaussian 98, Revision A7 (Gaussian, Inc.,
Pittsburgh, PA, 1998).
[1
6]Y. Suda et al., J. Vac. Sci. Technol. A 8, 61 (1990).
[1
7]Y.J. Chabal et al., Physica B, 273-274, 152 (1999).
[1
8]M. Shinohara et al., IEEE trans. Plasma Sci. 41, 1878 (2013).
[1
9]P. Deak et al., Phys. B Condensed Matter. 170, 253 (1991).
[2
0]J.D. Holbech et al., Phys. Rev. Lett. 71, 875 (1993).
[2
1]J. Geissbühler et al., Appl. Phy. Lett. 102, 231604 (2013).
335
J. Plasma Fusion Res. Vol.91, No.5 (2015)3
36‐342
小特集
シリコン系太陽電池の高効率化に向けたプラズマ CVD の科学
3.表面反応と膜成長
3. Surface Reaction and Film Growth
3.
2 シリコンプラズマ CVD の成長表面反応における水素の役割
3.2 Role of Hydrogen in the Growth of Si Thin Film for Solar Cells
白井
肇
SHIRAI Hajime
埼玉大学理工学研究科
(原稿受付:2
0
1
5年1月1
8日)
プラズマ CVD による水素化アモルファス Si,微結晶 Si(a-Si:H,'c-Si:H)成膜過程における基板の選択,SiH4
ガス吸着,成膜条件および成長表面の水素プラズマ照射に対する化学反応性に着目し,赤外分光エリプソメト
リー(赤外 SE)により考察した結果を概説する.特に成長初期および界面形成過程における水素原子の反応性に
ついて概説する.また成長初期からの結晶化促進を目的にカソード電極加熱による SiH4 ガス加熱が結晶化に及ぼ
す効果をプラズマ,膜構造および薄膜トランジスター(TFT)特性から評価した結果を紹介する.
Keywords:
amorphous silicon, microcrystalline silicon, H atoms, IR ellipsometry, surface reaction, PECVD
3.
2.
1 はじめに
の制御技術は物性基礎からデバイス応用に至る広い分野で
盛んとなった.中でも成膜初期過程,界面形成反応の理解
水素化アモルファスシリコン(a-Si:H)の pn 制御が報告
されて以来,a-Si:H,微結晶シリコン Si('c-Si:H)は,これ
と制御は,薄膜 Si 系太陽電池,TFT 性能に直結するため,
まで薄膜太陽電池,薄膜トランジスター(TFT)の基盤材
プラズマ気相・表面反応の診断技術とともに産官学で精力
料として注目されてきた.現在ではこれらの薄膜 Si 系デバ
的に研究が進められてきた.この章では,赤外分光エリプ
イス 性 能 は,ア モ ル フ ァ ス 酸 化 物 InGaZnO(IGZO)系
ソメトリー(赤外 SE)について紹介した後,SiH4 ガス吸着
TFT や塗布系有機・高分子薄膜系薄膜太陽電池,TFT 性
反応,SiH4 系 RF プラズマによる a-Si:H,'c-Si:H 成膜初期
能のポテンシャルの閾値として位置づけられ,溶液プロセ
過程の成長表面反応,水素プラズマとの Si 表面との反応に
スや軽量フレキシブル等それぞれの部材・プロセスの特徴
ついて赤外 SE で評価した結果を紹介する.後半では,成長
を活かしつつ,薄膜 Si デバイス性能を超える物性探索,分
初期からの結晶化促進のための SiH4 ガス加熱の効用につ
子設計に波及している.また最近では有機・無機ハイブ
いて紹介する.
リッドペロブスカイト薄膜太陽電池にも関心が集まってい
3.
2.
2 赤外分光エリプソメトリー(赤外 SE)
る.一方 a-Si:H の薄膜太陽電池基盤材料としての最大の課
一般にエリプソメトリー角 $
%!
#%は,複素反射係数比
題は光安定性であり3
0年来克服すべき課題として位置付け
られ,材料,プロセス,デバイス構造の多方面からの克服
$
((#$
("
))を通じて,次式で定義される.
が検討されてきた.最近では光劣化の主な原因が膜中高次
(#*
$
'%"##
シランによるクラスターを起源とするマイクロボイドであ
(1)
ることが明らかになりつつあり,薄膜太陽電池の光安定性
表面ラフネスのない理想的なバルクからの反射の場合に
も克服されようとしている.プラズマ CVD による Si 薄膜
は,膜の誘電関数 &
%と複素反射係数比 (の間には,プロー
成長では,反応性ガス SiH4 の分解により1次,2次反応で
ブ光の入射角 $!を用いて次式で記述される.
生成された中性ラジカル,イオン,高次シランなどの前駆
"!(
&
&
&
'$!#
""*
$
'#$!!
"$
""#
##)
%#&
""(
体が基板上に付着し,水素離脱等の表面反応によりシリコ
ンネットワーク形成反応が進行する
[1,
2].水素の化学活
(2)
特に赤外領域では,(は光学密度 ! を用いて以下で表さ
性を利用してアモルファスから微結晶,多結晶,更にはエ
ピタキシャル成長まで制御が可能であることから,それら
れる.
Graduate School of Science and Engineering, Saitama University, SAITAMA 338-8570, Japan
author’s e-mail: [email protected]
336
!2015 The Japan Society of Plasma
Science and Nuclear Fusion Research
Special Topic Article
3.2 Role of Hydrogen in the Growth of Si Thin Film for Solar Cells
H. Shirai
+
"$,
#!#'(3)
/*! "$,
/*&
1
'
.&'
/*&
1
'
.&'
!,
"'
&
+
ここで +は基板またはプロセス前の光学状態を表し,+は
プロセス後の光学状態を表す.特に薄膜近似(入射光の波
長 (%膜厚 %))が成り立つ場合には," は次式の関係式で
記述される.
'
*
"$'
*1
$
'
.$!0
+
.$!
#
'
(&
'
'
.#$!'
'
&
0!"
0!1
図1
赤 外 SE の 構 成(P:Polarizer, M: Modulator, A: Analyzer,
MCT: HgCdTe, InSb 赤外検出器)
.
(4)
'
%)!"! ""&
0!'
0'
'
)
更に上式の前半の項は測定の対象とする赤外領域でほぼ一
定であることから
"$
!!%)&
'
0!'
)'
(
(5)
で表される.ここで '
0は基板の誘電関数を表す.測定した
,%
&,#は,&("$,
/*&
1
'
.&"
1
'
.&'
-"$#!#の関係に
より光学密度の実数部(&(")および虚数部(%
-")に変
換される.変換された &(",%
-" は次式に示す古典的な
ローレンツ関数でフィッティングにより解析を行った.一
般に角周波数 ,の振動子の誘電関数 '&
,'への寄与は次式
のローレンツ関数で与えられる.
'&
,'
$
*#&#
$
#
(&
,!
%,'
!,#"'
(6)
ここで !は定数,%)は膜厚,'
)は膜の複素誘電率および
#は振動子の密度を示す.即ち上式は&("の最大値から局
所化学結合状態に関する知見を与え,%
-"の形状はその分
散を表す.尚測定は所定の膜厚堆積後一端プラズマを中断
し,測定を行っている.特に SiH4 プラズマ CVD による製
膜では,SiHn()$1, 2, 3)結合領域(1900−2200 cm−1)に
図2 (a)
Cr コート基板上の SiH4 ガス吸着の SiHn 領域の Re D ス
ペクトル,(b)
Cr 基板の(&, #)
スペクトル(700 mTorr)
.
着目して検討した.赤外 SE では,通常のフーリエ変換赤外
分光(FTIR)のようにSi基板の使用に限定されないため各
種基板での計測が可能となる.赤外 SE については例えば
コート基板上での配向性が大きく変化した要因については
文献[3]を参照されたい.現在赤外 SE は,FT光源との併用
不明な部分もあるが,Cr表面上のSiH4 分子の吸着サイトに
で実時間での計測が可能となっているが,本研究では図1
おいて SiH4 分子の立体障害に起因した再配列の結果と考
に示す高輝度キセノンアーク白色光源を利用して,所定の
えられる.
膜厚製膜後一旦プラズマを中断して測定を行っている.
3.
2.
4 SiH4/H2 プ ラ ズ マ CVD に よ る a-Si:H,
)c-Si:H 薄膜形成初期過とその制御
3.
2.
3 SiH4 ガスの基板への吸着反応
図2(a)は $0$180℃ で異なる圧力下での SiH4 ガスの Cr
図3は,純 SiH470 mTorr,$0$180℃の条件での a-Si:H
コートガラス基板吸着時の SiHn 結合領域における &("
成長初期の SiHn 結合領域の &("スペクトルの時間変化を
および%
- " ス ペ ク ト ル を 示 す.350 mTorr ま で は
示 す.成 長 初 期 の 5∼80 s ま で は 1950−1980,2080,
1950,2080,2150 cm−1 にブロードバンドが観測されたが,
2150 cm−1 の成長表面の SiH2,SiH3 に起因する吸収が支配
−1
700 mTorr では 2030,2080,2150 cm
に急峻なバンド幅
的 で 時 間 と と も に そ れ ら の 強 度 は 増 大 す る が,300 s
の狭い吸収が観測された.図2(b)は,700 mTorr での SiH4
(∼24 nm)では 1950 cm−1 のSiH吸収強度が支配的となり,
ガス吸着前および吸着時の Cr 基板の &
&!
#'スペクトルを
更なる厚膜では 1980∼2000 cm−1 に徐々にシフトした.こ
示す.紫外・可視領域では SiH4 ガス照射で光学的変化が見
の SiH2,SiH3 吸収強度の変化については,島状成長からバ
られないことから SiH4 と基板との化学反応については無
ルクへの移行過程に相当する.成膜初期の SiH2 結合状態の
視できることがわかる.700 mTorr 付近で SiH4 分子の Cr
変化については成長表面が SiH2 で終端され,その後バルク
337
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.91, No.5 May 2015
ガラス基板上の a-Si:H 成長初期の SiHn 振動領域(1900−
2200 cm−1)の Re D スペクトル.
!c-Si:H 成長初期の SiHn 振動領域(1900−2200 cm−1)の
Re D ス ペ ク ト ル,(b)
SiHn 領 域 の 異 な る3波 数 の Im D
値の成膜時間に対する変化[6]
.
SiH 伸縮振動の吸収が支配的となることが報告されている
に水素の蓄積に伴う歪んだ高次 SiHn 構造の形成が明らか
図4
図3
[4,
5].
にされ,a-Si:H 系薄膜太陽電池,結晶 Si/a-Si:H 接合 HIT
図4(a)はガラス上の!c-Si:H製膜におけるSiHn 結合領域
太陽電池の高品質化において克服すべき課題となっている
の #$! ス ペ ク ト ル 変 化 を 示 す.ま た 図4(b)は !c-Si:H
[8].!c-Si:H 成長初期の#$!スペクトルはa-Si:Hに比較し
製膜における SiHn 結合のピーク位置における 1950,2080
て複雑な挙動を示し 1940,2000,2080,2150 cm−1 領域に
の"
% ! 値の製膜時間に対する変化を示
SiHn に起因する吸収が観測された.2150 cm−1 付近の吸収
す.一方数分子層レベルでの厚さ分解能を有する "
%! 値
は成膜時間に対してほぼ一定であるが,1950−2100 cm−1
は成膜初期∼100 s間,ほぼ一定でその後時間とともに連続
付近の吸収は製膜時間とともに増大した.
−1
および 2150 cm
的に減少した[6].この成長初期の SiHn 微細構造について
3.
2.
5 a-Si:H,!c-Si:H と水素原子の反応
は,SE と FTIR-Attenuated Total Reflection(ATR)の実
時間その場診断と薄い結晶Si基板上での基板の反りによる
水 素 原 子 の 成 長 表 面 に お け る 化 学 反 応 性 は a-Si:H,
付近の吸収の起源を詳細に
!c-Si:H の膜質だけでなく界面物性を決定する重要な因子
考察し,核形成過程における SiH2d(d:ダングリングボン
であり,特に成長表面における水素の挙動については,こ
ド)を含有する祖な SiHn 微細構造に起因した吸収で,その
れ ま で 様 々 な 角 度 か ら 検 討 が な さ れ て き た.図5は,
吸収強度は,それまでの内部応力に比例することが実験的
a-Si:H お よ び !c-Si:H 膜 に 水 素 100 sccm,270 mTorr,
−1
膜の応力計測から∼1980 cm
−1
"&:180℃,RF 電力 1 W および 2 W の条件で水素プラズマ
の吸収は SiHn 前駆体の基板との結合形成に伴う応力に起
照射した際の SiHn 結合領域の "
% !値の水素プラズマ照射
に示された[7].赤外 SE で観 測 さ れ た 1930−1950 cm
時間変化を示す[6].ここで #!!は反応容器に水素ガスを
因していることが予想される.
一方 SiH2Cl2,SiCl4 等のハロゲン系原料からの !c-Si:H:Cl
供給した定常状態を表す.水素ガス供給前後でIm D 値は1
製膜ではこのような成長初期での基板結晶Siへの反りによ
‐2分子層厚に相当する 0.3−0.4°上昇する.この結果は,水
る応力は観測されなかった.また容易に基板からの剥離が
素ガス供給により数分子層厚くなり,プラズマ生成後はそ
観測されたことから,基板との密着性,即ち前駆体の基板
の増加分の膜厚をエッチングする時間に相当する.即ち赤
への付着力の相違に起因していると考えられる.さらに
外 SE 測定は分子層レベルの分解能を有していることがわ
SE および FTIR-ATR の実時間計測より,成長初期の界面
かる.その後 RF 電力:1 W および 2 W,270 mTorr で水素
338
Special Topic Article
3.2 Role of Hydrogen in the Growth of Si Thin Film for Solar Cells
H. Shirai
プラズマを着火した後,水素供給前の光学状態に戻るのに
図6は,50 nm の a-Si:H 堆積後水素プラズマ1
0分照射し
a-Si:H で∼40 s,"c-Si:H で 60−80 s を要し,その後は単調
た際の SiHn 振動領域の "$! スペクトルを 1980 cm−1 の
に減少した.以上の結果は,水素の供給により成長表面が
SiHn 伸 縮 振 動 の 吸 収 強 度 で 規 格 化 し て 示 す.2090,
水素分子層で被覆(吸着)され,プラズマ照射初期ではそ
2150 cm−1 の高次 SiHn の強度は低減した.以上の結果は水
れらの分子層を除去し,水素供給前の光学状態に戻るため
素プラズマ照射により成長表面の高次 SiHn 結合が優先的
に∼40 s 要し,その後表面近傍の Si-H 結合の生成と Si-Si
にエッチングされることを示唆する.またその後600sでの
結合切断を繰り返しながら Si-Si ネットワーク化が進行す
水素プラズマ照射では,水素は膜表面近傍に蓄積し,!
!
!"
るこ と を 示 唆 す る.ま た エ ッ チ ン グ 速 度 は,"c-Si:H で
の最大値は高エネルギー側へシフトし,その大きさは減少
a-Si:H に比較して遅いことがわかる.
した.即ち水素原子は製膜時の Si-Si バックボンドの切断に
伴うSi-Hコンプレックスの生成に伴うSiネットワークに歪
を与えていることでその後の構造化が決定されることが予
想される.
3.
2.
6 "c-Si:H 成長初期の核形成
図7はガラスおよび Cr コート基板上での "c-Si:H 堆積初
期のXRD回折パターンおよびAFM観察とその解析から決
定した自乗平均粗さ
(RMS)および平均面粗さ
("#)の製膜
時間変化を示す.Cr コート基板上では,結晶化に起因する
XRD 回折ピークはガラス上に比較して薄い膜厚から出現
し,結晶化が比較的早い段階から進行する.特に Cr 基板上
での RMS および "#値は成長初期で増大し,その後一旦減
少した後再び堆積時間とともに増大する傾向を示した
[9].この成長初期の表面ラフネスの挙動については,そ
の後実時間 SE 計測から a-Si:H 核形成過程および合体とそ
の後の構造緩和過程に起因することが明らかにされた
図5
a-Si:H
(上)
,"c-Si:H
(下)
の SiHn 結合領域の Im D 値の水素
プラズマ照射時間に対する変化[6]
.
図6
10 nm 厚の a-Si:H の水素プラズマ6
0
0秒照射前後の SiHn
結合領域の Re D スペクトル:実線:照射前,点線:照射後
(1980 cm−1 の SiH 強度で規格化)
[6]
.
図7 (a)
ガラスおよび Cr コート基板上の "c-Si:H 成長初期の
XRD 回折パターン,(b)
自乗平均粗さ(RMS)
,平均面粗
さ(Ra)値の膜厚依存[1
2]
.
339
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.91, No.5 May 2015
[10].即ち同一水素希釈条件では,ガラスや熱酸化 SiO2
ダイオードの反射率の測定から決定し,カソード電極温
上の "c-Si:H 成長ではインキュベーション層が厚く,成長
度:!%!550℃,!&!180℃ の条件では,基板表面のモニ
初期の結晶化率が下地基板の選択およびその凹凸形状に依
ター温度(180℃)に比較して約 200℃(表面温度:380℃)
存する.また SiH4 系に比較して SiH2Cl2,SiF4 系では結晶化
であった.即ち SiH4 ガス加熱により基板表面温度は上昇し
条件のウインドウが広く,成長初期から結晶化が促進する
た.そこで基板最表面温度が同じ !&!380℃ でガス加熱法
ことが報告された.しかしその後 SiH4/H2 系でも水素希釈
および基板温度の制御のみの条件で成膜を行い,膜構造を
率の制御で成長初期から結晶化が促進することが報告され
比較検討した.同一膜厚の試料に対してラマンスペクトル
ている.成長初期の核形成については,これまで水素希釈
から結晶 Si 相に起因する 520 cm−1 の寄与は,!&の制御の
率変化,数 nm 厚の Si:H 層の堆積と水素プラズマ照射を交
みで作製した "c-Si:H 膜に比較して大きいことから SiH4
互に繰り返す Layer-by-layer(LbL)法
[11],SiH4 ガス加
ガス加熱は結晶化率の増大に寄与することがわかった
熱[12],SiH2Cl2 等 ハ ロ ゲ ン 系 原 料 か ら の 製 膜
[13],
(図8).また SE による誘電関数 "
!
"#スペクトル計測と有
SiH4/F2 系反応性 CVD
[14]による製膜等多くの取り組みが
効媒質近似による解析から c-Si 相の体積分率,表面ラフネ
なされた.筆者らは,2つの方法により遷移層なしで成長
ス層の膜厚は,SiH4 ガス加熱の導入により表面ラフネスを
初期の結晶化率の改善を検討した.第1の方法では,熱酸
増大させることなく,結晶化率の増大に寄与することがわ
化 SiO2 上の表面処理を Ar または H2 プラズマ処理,希弗酸
かった.以上の結果は,SiH4 ガス加熱によるプラズマ気相
処理,layer-by-layer(LbL)法により,SiO2 上の表面ラフ
および成長最表面反応への2つの効果が存在することを示
ネスを利用して成長初期の結晶化率向上を検討した.数
唆する.
nm 厚の極薄 Si 膜の堆積と水素プラズマ照射を交互に繰り
そのためどちらの効果がより支配的であるか調べる目的
返す LbL 法では,極薄 Si 層の一層あたりの製膜時間(膜
で,同じ最表面温度3
80℃の条件でカソード加熱および基
0サイク
厚):'
!,水素プラズマ照射時間:'
"を変数として1
板温度のみの制御下で膜作成を行い,比較検討した.こう
ル堆積した Si:H 膜上に連続成膜で 120 nm 厚の "c-Si:H を堆
した結晶化率の相違の要因には,SiH4 ガス加熱によるカ
積し,結晶化率に及ぼす効果を調べた.その結果結晶化率
ソード電極近傍での SiH4 熱分解による実効的な水素希釈
はLbL製膜時に決定された表面形態に強く依存することが
率の増大または堆積前駆体の拡散能の促進が考えられる.
わかった.
しかし !%の上昇に伴い,成長速度も増大することから,こ
この CVD 条件における LbL 法を利用した結晶化は低温
の考え方は否定される.更に SE 解析から表面ラフネス層
結晶化機構を明らかにする上で多くの関心が寄せられた.
の寄与は薄く且つ結晶化分率が大きいことがわかった.表
これまでエッチングモデル[15],Growth Zone 領域での
面ラフネスの大きさは,薄膜作成時の堆積前駆体の表面拡
3次元ネットワーク化(化学アニーリング)
[16]やカソー
散能の指標となることから膜成長表面では,表面ラフネス
ド電極からの化学輸送による成長モデルが提案された.
を増大させることなく,結晶化粒径の拡大にも貢献してい
a-Si:H 堆積条件と,'
",基板温度の選択で膜中水素濃度の増
ることを示唆する.SiH4 ガス加熱の希釈水素の影響につい
大または水素濃度の減少に伴う結晶化が促進する2領域が
て重水素 D2 による成膜から検討した.
図9は SiH4/D2 系から !%!550℃,!&!180℃ で製膜した
存在し,特に200℃前後の基板温度では,結晶化はそれまで
の下地の結晶化率と表面ラフネスの大きさに関連し,堆積
"c-Si:H 膜の FTIR スペクトルを !%!#$の結果と比較して
初期から結晶化は促進する.即ち結晶化率が基板前処理プ
示す.図は 2000 cm−1 の SiH 伸縮振動モードに規格化して
ロセスで異なる.その後デバイスの高性能化,特に TFT
示している.1450 cm−1 の SiDx の伸縮振動モードに起因す
の高移動度化への期待からレーザー結晶化による低温多結
る吸収は,!%!#$の膜の吸収に比較して増大し,且つ
晶 Si が注目され,プラズマ CVD による結晶化 Si 膜の形成
でも核生成密度の低減と粒成長による結晶粒の大粒形化に
関心が寄せられた.SiH4 系でも水素希釈率の制御によりイ
ンキュベーション層なしに基板直上から結晶層の形成が可
能であることが報告されたが,成長初期からの結晶粒の大
粒形化については尚技術的には課題を残している.また松
田らによる詳細な検討から LbL 法による結晶化の促進に
は,平行平板型 RF プラズマ CVD に関する限り,水素プラ
ズマ照射時にカソード電極からの Si 系クラスター(微粒
子)の化学輸送が結晶化に関与していることが示された.
第2の方法では,"c-Si:H 膜堆積時における前駆体の気
相・表面上での化学活性,拡散能の促進を目的にカソード
電極加熱による SiH4 ガス加熱を検討した.実験は電極面
積:3インチ,電極間隔 3 cm の 平 行 平 板 型 の プ ラズマ
図8
CVD装置を使って,SiH4 はカソード電極のマルチ微細孔か
ら放出した.一方アノード側の基板表面温度は,レーザー
340
Ts = 180 ℃で Tc を変化させて作製した "c-Si:H 膜のラマン
スペクトル.
Special Topic Article
3.2 Role of Hydrogen in the Growth of Si Thin Film for Solar Cells
H. Shirai
1600−1800 cm−1 付近の高次 SiHD,SiD 等による吸収は顕
移動度の増大,閾値電圧 $(&の低減および ON/OFF 比の向
著に低減した.即ち SiH4 ガス加熱は,前駆体と気相・表面
上等性能向上に寄与する.また "c-Si:H/熱酸化 SiO2 界面物
反応を通じて D2 との置換反応の促進に寄与する.さらに
性への効用を調べる目的でゲートバイアスストレス時間変
SiH4 ガス加熱はプラズマ中の電子温度 に も 影 響 を与え
化に対する $(&シフトを調査した.測定は,一定時間 $%
る.具体的には発光分光法(OES)による発光強度比 Si*
印加によりチャネルを形成後$%-"
'
$特性を2 sで測定するこ
(!(&!10.53 eV)/SiH(!(&!10.33 eV)は,##の上昇とと
とで界面のキャリア輸送特性の安定性に及ぼす効果を検討
もに減少する傾向を示したことから SiH4 ガス加熱はプラ
した.##!!"ではゲートバイアスストレス時間に対して
ズマ中の電子温度の低減に寄与する.以上 SiH4 ガス加熱
$(&は 正 バ イ ア ス 方 向 へ の シ フ ト が 観 測 さ れ る が,
は,成長表面の堆積前駆体の拡散能の促進だけでなく電子
##!550℃ ではこのようなシフトは観測されなかった.以
上より SiH4 ガス加熱は Vth の安定性向上に寄与することが
温度の低減にも寄与していることが示唆される.
図10は SiH4 ガス加熱有無で 150 nm 厚の熱酸化 SiO2 コー
わかった(図11).この要因には,SiH3 前駆体の拡散能の増
ト n+-c-Si 上に作製したボトムゲート "c-Si:H TFT の出力特
大による表面終端の向上,高次 SiHn コンプレックスの低減
性,伝達特性およびゲート電圧 $%‐電流 "
'
$特性のゲートバ
と界面荷電欠陥の抑制効果が挙げられる.
イアスストレスに対する変化を示す.SiH4 ガス加熱はTFT
3.
2.
7 高次シランの抑制と微細構造,光劣化への
影響
これまでプラズマ CVD に技術による Si:H 薄膜形成にお
ける理解とプロセスに関する多くの提案がなされてき
た.3電極方式(トライオード)による中性ラジカル SiH3
主体の a-Si:H 膜の製膜[1
7],SiH4 ガス滞在時間を大幅に短
縮した #'!400℃の高温高速製膜法により 10 nm/s の高速
堆積で且つ欠陥密度の大幅な低減が報告された[18],また
プラズマの高周波数化,特にハニカム構造カソード電極に
よるプラズマの高密度・低電子温度化による高速成膜と低
欠陥密度の両立が報告された[19].更にはホローカソード
方式とガス流の制御によるプラズマ CVD 法により,気相
図9
異なる Tc 条件で作成した SiH4/D2 系 "c-Si:H:D 膜の FTIR
スペクトル[1
2]
.
中の高次シランの膜中への混入を抑制することで光劣化率
の少ない a-Si:H 膜の作製に成功した[2
0].現在では高光安
定 a-Si:H 薄膜太陽電池性能でそれらの効用が実証されつつ
図1
0 SiH4 ガス加熱有無で作製した "c-Si:H TFT の出力特性およ
び伝達特性[1
2]
.
図1
1 SiH4 ガス加熱有無で作製した TFT のゲートバイアスストレ
ス時間に対する Vg-Isd 特性の比較[1
2]
.
341
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.91, No.5 May 2015
謝
ある[21].
辞
本稿をまとめるにあたり,九州大学大学院システム情報
3.
2.
8 まとめ
科学研究院白谷正治先生,古閑一憲先生には当該分野の最
赤外SEを中心にa-Si:H,!c-Si:H成膜初期過程の水素の役
近の動向について貴重なご意見をいただいた.ここに感謝
割について概説した.
1)SiH4 ガス吸着では 1940,2080,2150 cm
申し上げます.
−1
のブロード
な SiHn に起因する吸収が観測され,a-Si:H,!c-Si:H
参考文献
成長初期の SiHn 結合状態は,このSiH4 ガス吸着状態に
[1]布村正太:本プラズマ・核融合学会誌 本小特集 1.
は
じめに(図2)
,(2014).
[2]A. Matsuda, J. Non-Cryst. Solids 338-340, 1, (2004).
[3]A. Röseler, Infrared Spectroscopic Ellipsometry (Akademie
-Verlag Berlin, 1988).
[4]Y. Toyoshima et al., Appl. Phys. Lett. 57, 1028 (1993).
[5]N. Blayo and B. Drevillon, Appl. Phys. Lett. 59, 950 (1991).
[6]H. Shirai et al., Jpn. J. Appl Phys. 33, 5590 (1994).
[7]H. Fujiwara et al., Surf. Sci. 497, 333 (2002).
[8]H. Fujiwara and M. Kondo, J. Appl. Phys. 101, 054516
(2007).
[9]H. Shirai and T. Arai, J. Non-Cryst. Solids 198-200, 931
(1996).
[1
0]R.W. Collins et al., "Optical Characterization of Real Surface
And Films" Academic Press Vol. 19, Part II 49 (1994).
[1
1]T. Asano Appl. Phys. Lett. 56, 533 (1990).
[1
2]T. Arai and H. Shirai, J. Appl. Phys. 80, 4976 (1996).
[1
3]H. Shirai et al., J. Appl. Phys. 101, 033531 (2007).
[1
4]J.W. Lee et al., J. Non-Cryst. Solids 338-340, 173 (2004).
[1
5]C.C. Tsai et al., Solids 114, 151 (1999).
[1
6]K. Nakamura et al., Jpn. J. Appl. Phys. 34, 442 (1995).
[1
7]M. Kondo et al., J. Non-Cryst. Solids 266-269, 84 (2000).
[1
8]G. Ganguly and A. Matsuda, Phys. Rev. B47, 3361 (1993).
[1
9]C. Niikura and A. Matsuda, Phys. Status Solidi A 207, 521
(2010).
[2
0]白谷正治,古閑一憲:プラズマ・核融合学会誌 86, 33
(2010).
[2
1]T. Matsui et al., Prog. Photovolt: Res. Appl. 21, 1363 (2013).
より支配される.
2)ガラス,Cr コート基板上で !c-Si:H の成長初期過程に
おいて結晶化率と表面ラフネスに相関性が認められ
た.
3)a-Si:H,!c-Si:H 表面の水素プラズマ照射初期段階にお
いて水素の吸着状態を剥離し,その後 Si-Si のバックボ
ンドの切断を通じて,歪んだ Si ネットワーク構造を構
築する.
4)Cr コート基板上ではガラス基板に比較して結晶化が
早期に進行する.
5)SiH4 ガス加熱はプラズマの電子温度の低減や前駆体拡
散能の促進効果が主体である.
6)SiH4 ガス加熱は成長初期の結晶化率は向上する.
7)TFT 性能において SiH4 ガス加熱は性能の向上だけで
なくゲートバイアスストレスに対する閾値電圧のシフ
トの安定性向上に寄与する.
3.
2.
9 残された課題
SiH4 のプラズマ CVD による高光安定 a-Si:H 製膜技術は,
これまで約30年近く検討され,今ようやく光劣化の主たる
原因とその抑制策が具体化され,光安定性に優れた a-Si:H
薄膜の作製と薄膜太陽電池の実現に近づきつつある.残さ
れた課題としては p/i 界面形成初期の高次 SiH クラスター
生成の抑制,p 層の膜質向上あるいは新奇 p 層の開発,更に
は a-Si:H 合金系薄膜(a-SiGe:H,a-SiC:H,a-SiO:H)の高光
安定化が挙げられる.
342
J. Plasma Fusion Res. Vol.91, No.5 (2015)3
43‐347
小特集
シリコン系太陽電池の高効率化に向けたプラズマ CVD の科学
4.膜質とデバイス
4. Film Properties and Device Performance
4.
1 トライオード型プラズマ CVD 法を用いた
高効率アモルファスシリコン太陽電池の開発
4.1 High-Efficiency Amorphous Silicon Solar Cells Prepared
by Triode-Type Plasma-Enhanced Chemical Vapor Deposition
松井卓矢
MATSUI Takuya
産業技術総合研究所 太陽光発電研究センター
(原稿受付:2
0
1
5年2月2日)
トライオード型プラズマ CVD(三極放電)法で製膜した水素化アモルファスシリコン(a-Si:H)は従来のも
のに比べて光劣化が小さく,近年,この手法を用いて作製した単接合 p-i-n 型 a-Si:H 太陽電池で世界最高の安定化
効率 10.2% を達成した.本節ではトライオード型プラズマ CVD のプロセスと,得られる a-Si:H の膜質やデバイス
特性,光劣化特性について解説する.また,a-Si:H 光吸収層以外の高効率化技術について紹介し,最後に今後の課
題を述べる.
Keywords:
PECVD, triode, amorphous silicon, solar cell, light-induced degradation
4.
1.
1 はじめに
で a-Si:H の製膜に寄与する主な前駆体ラジカルは電気的に
薄膜シリコンは省資源で大規模生産が可能な太陽電池材
中性な SiH3 と考えられている[5,
6].一方,SiH3 以外のラ
料であり,これまでにアモルファスシリコン(a-Si:H)と微
ジカル(Si,SiH,SiH2)は,寿命が短いため気相中の密度
結晶シリコン(!c-Si:H)を組み合わせた二接合(タンデム
が低く膜成長への寄与は少ないが,膜質には影響を与え
型)太陽電池が実用化されている.このタイプの太陽電池
る.たとえば,SiH2 ラジカルは SiH4 分子との2次反応を起
では,初期値で14‐15%
[1,
2]の変換効率が報告されている
こしやすい性質をもち,反応の繰り返しで質量の大きい高
が,Staebler-Wronski 効果[3]として知られる a-Si:H の光劣
次シランラジカル(SinHm)が発生する.これらの反応性の
化のために光照射後の安定化効率は約12%にとどまる[4].
高いラジカルが膜に取り込まれるとナノメートルサイズの
そのため,薄膜シリコン太陽電池では a-Si:H の光劣化を低
ボイドを含む疎なネットワークとなり Si-H2 結合濃度(あ
減・抑止することが長年の課題となり,これまでに光劣化
るいはボイド表面に密集する Si-Hn 結合)が増加する[7].
の小さい a-Si:H の製膜手法についていくつかの報告がなさ
また,このような構造を示す a-Si:H は光劣化が大きいこと
れている.しかし,太陽電池デバイスで高効率と低光劣化
が知られている
[7,
8].最近の電子常磁性共鳴による実験
を同時に実現する技術は開発されていない.
によると,ボイド内表面において発生する光誘起欠陥(ダ
a-Si:H の製膜に最も広く用いられている手法はプラズマ
ングリングボンド)が a-Si:H の光劣化に寄与していること
援用化学気相 堆 積 法(Plasma-Enhanced Chemical Vapor
が示唆されている[9].したがって,ボイド(Si-H2 結合密
Deposition,プラズマ CVD)である.これは,モノシラン
度)の少ない緻密な a-Si:H を形成することが光劣化を抑制
(SiH4)ガスを高周波放電により分解し,ガラス基板などに
する一つの指針となる.
a-Si:H を製膜する方法である.プラズマ CVD にはプラズマ
筆者らのグループでは,光劣化を誘発する高次シランラ
の生成法によって多様なプロセスがあるが,平行平板電極
ジカルの寄与を低減する手法としてトライオード型プラズ
を用いた容量結合型プラズマ CVD が大面積薄膜シリコン
マ CVD(三極放電)法を提案している.本節では,トライ
太陽電池の製膜に適用されている.プラズマ中で SiH4 は電
オード型プラズマCVDを用いて光吸収層を製膜したa-Si:H
子との衝突により Si や SiHn(n=1,2,3)などの活性種(ラ
太陽電池の特徴とその高効率化技術について解説する.
ジカル),H 原子,それらのイオンに分解されるが,この中
National Institute of Advanced Industrial Science and Technology, Tsukuba, IBARAKI 305-8568, Japan
author’s e-mail: [email protected]
343
!2015 The Japan Society of Plasma
Science and Nuclear Fusion Research
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.91, No.5 May 2015
4.
1.
2 トライオード型プラズマ CVD を用いた太
陽電池の作製
の式から求められ,$は各結合モードにおける比例定数,
(5.0×1022 cm−3),!は光吸収係数,
" は a-Si:H の原子密度
#は波数である.ここで,$"9.0×1019 と 2.2×1020 cm−3
図1に実験で使用したトライオード型プラズマ CVD 装
Si-H
(#∼2000 cm−1)と Si-H(#
∼2100 cm−1)
2
置の概略図と実際の放電の様子を示す
[10‐12].この装置
をそれぞれ
は,一般的な薄膜シリコンの製膜方法である平行平板電極
結合密度の定量に用いた[13].ダイオード型およびトライ
を用いたダイオード型プラズマ CVD 法とは異なり,2枚
オード型プラズマ CVD で製膜した a-Si:H の Si-H 結合密度
の平行平板電極(アノードおよびカソード)の間に第3の
はどちらも約 10 at.%とほぼ同程度であるが,Si-H2 結合密
電極として金属メッシュを挿入した構造をもつ.メッシュ
度はそれぞれ 2.1 と 0.7 at.%と差がみられる
[14].トライ
電極に負のバイアス電圧(−25 V)を印加することでプラ
オード型プラズマ CVD で得られる低い Si-H2 結合密度は,
ズマをカソード電極とメッシュ電極の間に閉じ込めること
a-Si:H の膜構造が緻密であることを示唆し,実際,膜中の
ができる.このプラズマのリモート化により a-Si:H の製膜
ボイド密度が低いことが陽電子消滅スペクトル測定により
−2
速度(∼10
観測されている[15].
nm/s)は一般的なダイオード法の製膜速度
(∼10−1 nm/s)に比べて低くなる問題が生じるが,膜質の
図3に本研究で作製したスーパーストレート型 a-Si:H
低下を招く高次シランラジカルが基板に到達する割合を低
太陽電池の構造を示す.基板には旭硝子社製ガラス基板を
減することができる.
用い,ガラスの片側には透明電極(TCO)としてテクス
図2は ダ イ オ ー ド 型 お よ び ト ラ イ オ ー ド 型 プ ラ ズマ
チ ャ を 付 与 し た SnO2 層 が コ ー テ ィ ン グ さ れ て い る
CVDで製膜したa-Si:Hの赤外吸収スペクトルで,Si-Hn 結合
(Asahi-VU)
.次 に,TCO/Si 界 面 の 反 射 防 止 層 と し て
の伸縮振動モードが現れる波数領域について示している.
TiO2/ZnO 層のコーティングを行い(後述),その上に,プ
膜中の水素濃度は
ラズマ CVD を用いて p,i,n 型シリコン層を順番に製膜する.
#$
$ !#
!# " #!
%#!"!!at.%
"
"
#
光吸収層である i 層はダイオード型およびトライオード型
(1)
プラズマ CVD を用いて製膜した.また,ドープ層は一般的
な ダ イ オ ー ド 型 プ ラ ズ マ CVD で 製 膜 し,p 層 は
"c-Si:H:B/a-SiC:H:B/a-Si:H の3層 構 造,n 層 は "c-Si:H:P
の1層構造とした.その後,ZnO/Ag/ZnO(1.04 cm2)の裏
面電極をスパッター法により形成する(最裏面の ZnO 層は
Ag の変質を防ぐ保護層として用いており,太陽電池デバ
イスとしては機能していないため,図には示されていな
い).最後に160℃,2時間のアニーリングを行い,デバイ
スが完成する.
太陽電池の電流電圧測定はソーラーシミュレーターを用
いて基準太陽光スペクトルの光照射下(air mass1.5,照射
強度:100 mW/cm2,セル温度:%$&''"25℃)で行った.短
絡電流密度( #
(
$)の過大評価を避けるため,光照射面にデ
バイス面積よりわずかに小さい開口面積(1.00 cm2)をも
図1 (a)
トライオード型プラズマ CVD の概念図と(b)
放電の写
真[1
2]
.
つマスクをつけて評価した.太陽電池の光劣化試験は,加
速劣化条件(300 mW/cm2,60℃,6 h,端子開放)と標準
的な劣化条件(100 mW/cm2,50℃,1000 h,端子開放)の下
で行った[14].後者の条件で光劣化試験を行ったいくつか
図2
ダイオード型およびトライオード型プラズマCVDで製膜し
た a-Si:H の Si-Hn 伸縮振動赤外吸収スペクトル.破線は
Si-H(∼2000 cm−1)お よ び Si-H2(∼2100 cm−1)結 合
ピークのフィッティング結果を示す[1
4]
.
図3
344
本研究で作製した a-Si:H 太陽電池の基本構造.
Special Topic Article
4.1 High-Efficiency Amorphous Silicon Solar Cells Prepared by Triode-TypePlasma-Enhanced Chemical Vapor Deposition
T. Matsui
のサンプルについては,産業技術総合研究所・太陽光発電
[12].どちらの太陽電池も,初期状態においては,i 層の膜
工学研究センター・評価標準チームの高精度評価技術によ
厚の増加とともに !
#
!が増加し変換効率も増加する.しか
り特性を評価した.
し光劣化後においては,ダイオード型プラズマ CVD を用
図4は,光劣化試験の間に測定した太陽電池特性の推移
いた場合,膜厚増加とともにFFが大きく低下するため,光
をプロットしたもので,光吸収層をトライオード型プラズ
劣化の影響は膜厚が厚くなるにしたがって顕著になる.そ
−2
nm/s)と一般的なダイオー
の結果,光劣化後の変換効率は膜厚 200 nm 付近で最大と
ド型プラズマ CVD(製膜速度:2.3×10−1 nm/s)で作製し
なり,それより厚くすると劣化後の変換効率はむしろ低下
たものを比較している[16].光劣化開始前の初期特性は相
している.一方,トライオード型プラズマ CVD を用いて作
違ないものの,長時間の光照射により劣化の度合いが異な
製した太陽電池では,FF の膜厚依存性が小さいため,変換
ることがわかる.ダイオード型プラズマ CVD で作製した
効率は i 層膜厚が 200−400 nm の範囲でほぼ一定の値を示
太陽電池は2割近く変換効率が低下しているのに対して,
す.このように,より厚い膜厚で高い安定化効率が得られ
トライオード型プラズマ CVD で作製した太陽電池の光劣
る点は,後述のタンデム型太陽電池の高効率化に重要であ
化は1割程度にとどまる.トライオード型プラズマ CVD
る[19].
マ CVD(製膜速度:3.4×10
で作製した太陽電池は,光劣化による曲線因子(Fill Fac-
4.
1.
3 高効率化技術
tor,FF)の低下が小さいことが特徴である.
図5は,Fourier Transform Photocurrent Spectroscopy
これまで,a-Si:H 太陽電池の作製には市販の Asahi-VU
(FTPS)
[17,
18]を用いて評価したこれらの太陽電池のサ
ブバンドギャップ領域の量子効率スペクトルで,光劣化前
後の結果を示している[16].図からわかるように,光劣化
後において,トライオード型プラズマ CVD で作製した太
陽電池は 1.5 eV 以下のエネルギー領域で低い吸収を示して
おり,劣化後の太陽電池の特性と整合している.つまり,
光劣化はバンドギャップ内に発生する光誘起欠陥により支
配されていることがわかる.興味深いことに,初期のサブ
バンドギャップ吸収は,トライオード型よりもむしろダイ
オード型プラズマ CVD で作製したものが小さい値を示し
ており,これは欠陥密度が一定の値以下になると太陽電池
特性に影響を及ぼさないことを示唆している.なお,ダイ
オード型プラズマ CVD で作製した太陽電池が低い初期欠
陥を示す理由は,より多くの水素を含有していることに起
因していると考えられる.つまり,膜中の水素は初期の欠
陥を低減する効果がある反面,光誘起欠陥を発生しやすく
する作用があるといえる.
図6は 太 陽 電 池 特 性 の 光 吸 収 層 膜 厚 依 存 性
("
"!100−390 nm)を示したもので,ダイオード型とトラ
イオード型プラズマ CVD で作製したものを比較している
図4
ダイオード型およびトライオード型プラズマCVDで光吸収
層(i 層)250 nm を製膜した a-Si:H p-i-n 型太陽電池の光照
射安定性(光劣化条件:100 mW/cm2,50℃,1000 h,端子
開 放)
[1
6]
.(a)
短 絡 電 流 密 度 Jsc,(b)
開 放 電 圧 Voc,
(c)
曲線因子 FF,(d)
変換効率 Effi..
345
図5
FTPS により測定した a-Si:H 太陽電池(i 層膜厚:250 nm)
のサブバンドギャップ領域における量子効率.破線:初
期,実線:光劣化後(光劣化条件:100 mW/cm2,50℃,
1000 h,端子開放)
[1
6]
.
図6
ダイオード型(三角)およびトライオード型(丸)プラズマ
CVD で光吸収層を製膜した a-Si:H 太陽電池の I-V 特性の i
層膜厚依存性(初期:open,光劣化後:closed,光劣化条
件:300 mW/cm2,60℃,6 h,端子開放)
[1
2]
.
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.91, No.5 May 2015
基板を使用してきたが,さらなる高効率化を検討するため
に,より高い光閉じ込め効果が期待できる高ヘイズ SnO2
コート基板(旭硝子社製)を使用した.この基板は AsahiVU に比べて大きいテクスチャ構造をもつために,分光ヘ
イズ率(散乱光/全光線透過光×100
(%))は全波長領域
において高い値を示す[16].その結果,太陽電池の量子効
率 ス ペ ク ト ル は 長 波 長 領 域 に お い て 改 善 し, !
$
!は 約
0.3 mA/cm2 増加する.なお,この時,開放電圧("#!)と FF
は殆ど変化しないため,!
$
!の増加が変換効率の改善に寄与
する.また,SnO2 とシリコンの界面で生じる反射ロスを低
減するために,TiO(35
nm)
/ZnO
(10 nm)
を界面に挿入し
2
図7
た[20].TiO2 は屈折率中間層として機能し,ZnO は薄膜
シリコン製膜時に発生する原子状水素による TiO2 の還元
を防止する層として機能する.この反射防止層により,波
トライオード型プラズマ CVD で光吸収層(膜厚:190−
230 nm)を製膜した a-Si:H 太陽電池の光照射安定性(光劣
化条件:100 mW/cm2,50℃,1000 h,端子開放)
[1
6,
2
2]
.
長 400−700 nm の範囲で量子効率は約3%増加し !
$
!は約
機能をもつモスアイフィルムを貼りつけた試料において,
0.6 mA/cm2 改善できる
[12].さらにガラス表面に反射防
10.22% の安定化効率を得ている
[22].この効率は,これ
止処理を施すと量子効率のピークは92%程度に達する.な
2
までに Benagli らが報告した 10.09%( !
$
!!17.28 mA/cm ,
お,外部量子効率が1
00%に達しない理由は,透明電極や
"#!!0.876 V,FF=0.665)の安定化効率[23]をわずかに超
ドープ層での吸収によるもので,特にテクスチャを付与し
える値である.これらの太陽電池の特性を比較すると,安
た透明電極内部の光閉じ込め効果による光学ロスが大きい
定化効率はほぼ同等であるが,その他のパラメータには違
と考えられている.
いが見受けられる.まず,今回得られた太陽電池の !
$
!は比
較的低く,これは,光閉じ込め構造と光吸収層のバンド
a-Si:H 太陽電池の光劣化は i 層の膜質だけではなく,それ
以外の層にも依存する.たとえば a-Si1‐xCx:Hp 層に関して
ギャップの違いに起因しているものと推察される.一方,
は,寄生吸収ロスのみならず太陽電池の光劣化にも影響を
劣化後の FF は本研究で得られた太陽電池が高い値を示し
与えるため,この層をできるだけ薄くする設計が必要であ
ている.前述のように,FF は光劣化の度合いをよく反映す
る[19].また,p-i 界面には,a-Si1-xCx:H や a-SiOx:H などの
ることから,トライオード型プラズマ CVD で製膜した光
高バンドギャップのバッファ層を挿入することにより "#!
吸収層はより優れた光安定性を有していることが確認でき
を増加させる技術が知られているが,そのような混晶材料
る.また,トライオード型プラズマ CVD で得られる a-Si:H
からなるバッファ層はかえって光劣化を増大させるため注
を a-Si:H/!c-Si:H タンデム型太陽電池のトップセルに適用
意が必要である.本研究では,一般的に用いられている
した結果,これまでに安定化効率 12.7% を達成している
a-Si1-xCx:H ではなく,高水素希釈条件で得られるワイド
[19,
21].この値は最近 Boccard らが報告した12.6%の記録
ギャップ a-Si:H をバッファ層として用いた.このバッファ
[24]を凌ぐ値で,本手法の優位性が多接合太陽電池におい
層は初期の "#!を増加させる作用があるとともに,光安定
ても示されている.
性にも優れている[19].
図7は最適化した a-Si:H 太陽電池の光劣化特性を示して
4.
1.
4 まとめと課題
いる.i 層 は ト ラ イ オ ー ド 型 プ ラ ズ マ CVD に よ り 製 膜
トライオード型プラズマ CVD 法を用いて光吸収層を製
し,膜厚が #
∼190−230 nm の範囲 の も の を 示 し ている
"
膜した a-Si:H 太陽電池は,光誘起欠陥の生成が少ないこと
[16,
21].初期特性には,i 層の膜厚の違いに起因してある
に起因して光照射後に優れた発電特性を示す.その結果,
程度のばらつきが見られるが,数百時間の光照射により特
これまでの報告の中で最も高い安定化効率を単接合並びに
性は殆ど収束・安定化している.1000時間の光照射後に太
タンデム構造のデバイスで実証し,a-Si:H の高光安定化と
陽電池の高精度評価を行った結果,10.11%の安定化効率を
高効率化に向けた材料・デバイス設計の指針を示すことが
確認した(表1).また,最近では,ガラス表面に反射防止
できた.しかし,トライオード型プラズマ CVD 法は製膜速
表1
トライオード型プラズマ CVD で a-S:H 光吸収層を製膜した太陽電池の初期および安定化後の光照射電流電圧特性.in-house 測定と
AIST 高精度評価の結果を示す.なお,光劣化は 100 mW/cm2,50℃,1000 h,端子開放の条件下で行った.
ID
膜厚
(nm)
反射防止
T130401-1-3
230
多層膜
T131016-2-3
220
モスアイ
状態
評価
初期
安定化
安定化
初期
安定化
安定化
in-house
in-house
AIST
in-house
in-house
AIST
2)
(mA/cm
!
$
!
16.55
16.12
16.05
16.83
16.38
16.36
346
Voc
(V)
0.901
0.896
0.906
0.890
0.892
0.896
FF
0.757
0.694
0.695
0.753
0.693
0.698
Eff.
(%)
11.28
10.02
10.11
11.27
10.13
10.22
面積
(cm2)
1.0
1.0
0.999
1.0
1.0
1.001
Special Topic Article
4.1 High-Efficiency Amorphous Silicon Solar Cells Prepared by Triode-TypePlasma-Enhanced Chemical Vapor Deposition
[2]M. Boccard et al., Nano Lett. 12, 1334 (2012).
[3]D.L. Staebler and C.R. Wronski, Appl. Phys. Lett. 31, 292
(1977).
[4]For a review, see e.g., A. Shah et al., Sol. Energy Mater.
Sol. Cells 119, 311 (2013).
[5]J.P.M. Schmitt, J. Non-Cryst. Solids 59-60, 649 (1983).
[6]N. Itabashi et al., Jpn. J. Appl. Phys. 29, L505 (1990).
[7]E. Bhattacharya and A.H. Mahan, Appl. Phys. Lett. 52,
1587 (1988).
[8]T. Nishimoto et al., J. Non-Cryst. Solids 299-302, 1116
(2002).
[9]M. Fehr et al., Phys. Rev. Lett. 112, 066403 (2014).
[1
0]A. Matsuda et al., J. Non-Cryst. Solids 59-60, 687 (1983).
[1
1]S. Shimizu et al., J. Appl. Phys. 97, 033522 (2005).
[1
2]T. Matsui and M. Kondo, Sol. Energy Mater. Sol. Cells 119,
156 (2013).
[1
3]A. A. Langford et al., Phys. Rev. B 45, (1992) 13367.
[1
4]T. Matsui et al., Prog. Photovolt: Res. Appl. 21, 1363 (2013).
[1
5]J. Melskens et al., IEEE J. Photovolt. 4, 1331 (2014).
[1
6]T. Matsui et al., Mater. Res. Soc. Symp. Proc. 1666, a01
(2014).
[1
7]M. Vane!ek and A. Poruba, Appl. Phys. Lett. 80, 719 (2002).
[1
8]J. Holovskú et al., J. Non-Cryst. Solids 354, 2167 (2008).
[1
9]T. Matsui et al., submitted to Jpn. J. Appl. Phys.
[2
0]T. Fujibayashi et al., Appl. Phys. Lett. 88, 183508 (2006).
[2
1]T. Matsui et al., Proc. 28th European Photovoltaic Solar
Energy Conference and Exhibition, 2013, p. 2213.
[2
2]T. Matsui et al., Appl. Phys. Lett. 106, 053901 (2015).
[2
3]S. Benagli et al., Proc. 24th European Photovoltaic Solar
Energy Conf. and Exhibition, Hamburg, Germany, 21-25
September 2009, pp. 21-26.
[2
4]M. Boccard et al., IEEE J. Photovolt. 4, 1368 (2014).
度が低いことが課題であり,a-Si:H 太陽電池の光劣化が製
膜速度にどの程度依存しているかについてはっきりと解明
していない.まだ技術的な課題が残っているが,トライ
オード型プラズマ CVD 法で高速製膜化を図り,一般的な
製膜速度領域(>10−1nm/s)においてダイオード法で得ら
れるものと比較検証していく必要がある.一方,これまで
の実験で,メッシュ電極の工夫等により極限的に製膜速度
を低くした条件下(<10−3 nm/s)で作製した a-Si:H 太陽電
池においても一定の光劣化が残存することが観測されてい
る[21].光劣化のさらなる抑制には,これまでにない新し
いプロセス・デバイス開発が必要とされている.
謝
T. Matsui
辞
本節で紹介した研究は,Adrien Bidiville 氏,齋均氏,鯉
田崇 氏,近 藤 道 雄 氏(産 総 研)
,前 島 圭 剛 氏,吉 田功氏
(PVTEC)
,斉藤公彦氏(PVTEC,現福島大)
,末崎恭氏
(カネカ),松本光弘氏(パナソニック)の協力を得て行っ
た.また,試料作製・評価で協力いただいた宮城雄一氏,
佐藤芳樹氏,村田景悟氏,保月奈々氏(PVTEC),高精度
評価を行っていただいた菱川善博氏,佐々木あゆ美氏,志
村陽哉氏(産総研)に感謝する.本研究は,独立行政法人
新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)から委託
された事業(太陽光発電システム次世代高性能技術の開
発,薄膜シリコン太陽電池研究開発コンソーシアム)のも
とで実施したもので,関係各位に感謝する.
参考文献
[1]K. Yamamoto et al., Sol. Energy 77, 939 (2004).
347
J. Plasma Fusion Res. Vol.91, No.5 (2015)3
48‐353
小特集
シリコン系太陽電池の高効率化に向けたプラズマ CVD の科学
4.膜質とデバイス
4. Film Properties and Device Performance
4.
2 アモルファスシリコン系ワイドギャップ材料の高品質化
4.2 Process Control for Obtaining High Quality Amorphous Silicon-Based
Wide-Gap Materials
傍島
靖,松 田 彰 久,岡 本 博 明
SOBAJIMA Yasushi, MATSUDA Akihisa and OKAMOTO Hiroaki
大阪大学大学院基礎工学研究科
(原稿受付:2
0
1
5年1月1
3日)
ワイドギャップ材料であるアモルファスシリコン炭素合金薄膜(a-SiC:H)やアモルファスシリコン酸素合金
薄膜(a-SiO:H)の高品質化(低欠陥密度化)は,薄膜シリコン系太陽電池の発電特性向上のための最重要課題の
ひとつである.モノシランガス(SiH4)と炭酸ガス
(CO2)やメタンガス
(CH4)の混合ガスプラズマを用いた化学堆
積法(プラズマ CVD 法)により作製されるこれらの材料の成長過程について,プロセス診断の結果からプラズマ
気相や膜成長表面における反応プロセスの微視的理解を深めることができた.その理解に基づき,低欠陥密度化
のための指導原理を導出,プロセス制御を行った結果,欠陥密度 1015 cm−3 を示す高品質膜の成長を可能とした.
Keywords:
Plasma enhanced chemical vapor deposition, amorphous silicon, wide gap material, amorphous silicon oxygen,
amorphous silicon carbide
4.
2.
1 はじめに
することができる材料である.即ちワイドギャップ材料は
薄膜シリコン系材料を用いた太陽電池作製はこれまで数
必要とされる光学ギャップを制御することができるため,
多くの研究報告例が存在するが,モノシランガス(SiH4)
膜の低欠陥密度化,いわゆる高品質化を実現することで p
を用いたプラズマ CVD 法による製膜法が広く採用されて
層,p/i 界面バッファ層さらにはタンデム太陽電池トップ
いる[1].薄膜シリコン系材料は,現在の太陽電池産業の主
セルの光活性層などとしての応用が期待される.
流である単結晶シリコンや多結晶シリコン材料と比較し
一方,これまで主たる光電変換層である a-Si:H や微結晶
て,大面積化が容易,原料使用量の削減等の低コスト化が
シリコン(!c-Si:H)薄膜の成長過程については,プラズマ
優位性として挙げられるが,現状では発電効率が劣ってお
気相診断等のプロセス診断法の活用により,プロセスの微
り,発電特性向上に向けた研究が望まれている.発電特性
視的理解が進んできている.すなわち,プラズマ中で SiH4
向上の手段として,光閉じ込め技術の活用や新しいデバイ
から電子励起分解過程で生成されるシリルラジカル
ス構造の提案などがされているが,太陽電池要素材料の高
(SiH3)が製膜前駆体であり,膜成長表面に到達した SiH3
品質化が根本的には必要である.
が表面水素引き抜き反応(膜成長サイト形成)に次ぐ表面
薄膜シリコン太陽電池は透明電極材料や p,i,
n 型半導体
拡散を介した Si-Si 結合形成により膜堆積を担い,その膜成
等の薄膜材料を積層し形成されている.これら半導体材料
長表面反応過程やサブサーフェイスにおける水素脱離反応
として,水素化アモルファスシリコン(a-Si:H)薄膜に加
を通して,膜構造(膜物性)の決定が行われるとされてい
え,水素化アモルファスシリコン炭素合金(a-SiC:H)薄膜
る[6,
7].これらプロセスの微視的理解に基づいて,a-Si:H
や水素化アモルファスシリコン酸素合金(a-SiO:H)薄膜等
や !c-Si:H の高品質化技術の開発が行われてきた.
のワイドギャップ材料やアモルファスシリコンゲルマニウ
しかしながら,ワイドギャップ材料やナローギャップ材
ム合金(a-SiGe:H)薄膜等のナローギャップ材料の使用が
料等の材料については,膜成長過程の微視的理解が a-Si:H
報告されてきた[2‐5].
膜成長過程のようには進んでおらず,高品質化技術の開発
も遅れている.
アモルファス材料は膜の組成比により物性を連続的に制
プラズマ気相を用いた薄膜の高品質化には,プラズマ気
御することが可能であるため,光学ギャップも自在に選択
Graduate School of Engineering, Osaka University, Toyonaka, OSAKA 561-8531, Japan
corresponding author’s e-mail: [email protected]
348
!2015 The Japan Society of Plasma
Science and Nuclear Fusion Research
Special Topic Article
4.2 Process Control for Obtaining High Quality Amorphous Silicon-Based Wide-Gap Materials
Y. Sobajima et al.
相診断・膜成長表面反応診断を通じて,プロセスの微視的
理解を深め,その理解に基づいた新しいプロセス制御法を
開発していく方法がどのような薄膜の物性制御にも効果的
である.本節では 代 表 的 な ワ イ ド ギ ャ ッ プ 材 料 である
a-SiC:H や a-SiO:H の高品質化に対する取り組みを通し,研
究概念としての「プロセス診断によるプロセス制御」の有
用性を示すことにする.特に,製膜支配種の付着係数の測
定や,作製された膜が示す構造物性の特異性を診断(考古
学的診断)することにより,膜成長表面での反応プロセス
予測や,特異な製膜種の寄与予測を通してのプロセスの理
解を行うことも重要なプロセス診断であることを読み取っ
ていただければ幸いである.
4.
2.
2 a-SiO:H の成長過程の理解と高品質化
ここでは,SiH4/CO2 混合ガスプラズマからの a-SiO:H
図1
膜成長過程の理解と高品質膜成長の指導指針の構築につい
SiH4/CO2 混合プラズマにおける SiH*および O*
2 発光種強
度の投入電力依存性.
て述べる.製膜は平行平板容量結合型 PECVD 法(励起電
源周波数:13.56 MHz)を用いた
[2,
3].
の熱速度,$
$&
# は SiH4 分子のプラズマ空間内滞在時間であ
4.
2.
2.
1 SiH4/CO2 プラズマ中の気相反応過程
る.
"
まず,a-SiO:H の薄膜成長における製膜前駆体について
上式より"
$&
#"が飽和傾向を示すのは原料ガスであるSiH4
の検討である.プラズマ気相診断法としては発光分光分析
の枯渇によるものであると考えられる.また,SiH4 の枯渇
の要因としては電子密度の増加による消費速度の増加が考
(OES: Optical Emission Spectroscopy)
[8]を用いた.
まず,O 源として用いる純 CO2 プラズマ中での電子励起
えられるが,図1に示される通り純 SiH4 プラズマ中では
分解反応を考える.最も低いエネルギーでの電子励起分解
SiH*の発光強度は電子密度に対して一乗の比例関係を示
は(1)
式で表されるような反応を考えるのが自然である.
しており,SiH4/CO2 混合プラズマでもSiH4 ガス供給流量は
CO2+e→CO+O
同じであるため,電子密度による SiH4 の枯渇は考えにく
(1)
O*
2(337.0
い.CO2 混合による,CO2 から生じる O と SiH4 との二次反
nm)発光強度の投入電力
応により OH と SiH3 が生じる反応により SiH4 が消費された
(プラズマ中の電子密度に対応)依存性を見ると,純 CO2
と考えるのが妥当であろう.(2)式はこの反応を考慮する
プラズマ中では O*
発光強度は電子密度に対し
2(337.0 nm)
と,O の密度[O]
と,SiH4 と O の反応速度定数 '! を用い,
さらに,OES を用いた
て一乗で変化しており,O*
2 は
CO2 への一電子励起分解過
(3)式にて表される.
程で生成されている.当然,より低いエネルギーで分解生
"
$&
#"$
成される非発光種(CO,O)も一電子励起分解過程で生成
#"#
!%$&#
#%!#!"
!
$
$&
%!!
!%
$&
# !'
"
(3)
"
すると考えてよいであろう.
一方,純 SiH4 プラズマの分解反応では,SiH3 が主たる製
二次反応について実験結果を基にした反応速度のシミュ
膜前駆体であることが知られている[9].純 SiH4 プラズマ
レーションを行ったところ,反応速度定数 '!は非常に大き
(SiH4:CO2=9:0)中では,図1のように,SiH*(414.2 nm)
いことが予測された.すなわち,プラズマ気相中で生成さ
発光強度は電子密度に対して一乗で変化しているため,
れた O はほとんど OH 生成反応で消費されてしまう.また,
SiH*(414.2 nm)発光種は一電子励起分解過程により生成
X 線光電子分光(XPS)により作製された a-SiO:H 膜中の
されており,当然 SiH3 も一電子励起分解過程により生成し
C 含有量を測定すると,C は極微量しか存在しないことか
ていることが示唆される.
ら,CO は膜成長の主たる製膜前駆体ではないと考えられ
る.以上より,SiH4,CO2 を用いたa-SiO:Hの製膜において,
次に a-SiO:H の製膜に用いる SiH4/CO2 混合プラズマにつ
いてみてみると,図1のように,混合プラズマ中での SiH*
ここで用いた実際の製膜条件下に於いては,主たる製膜前
駆体は SiH3 および OH であろうと推論された.
発光強度は電子密度に対して飽和傾向を示している.
さて,プラズマ気相中における SiH*の発光強度と SiH4
4.
2.
2.
2 表面反応過程診断
SiH4/CO2 混合プラズマ中で生成されたSiH3 やOHはプラ
密度[SiH4]との関係は純 SiH4 プラズマ中では,
!%$&#
"
$&
#"&
%
$#"#
$&
#"$#"#
#%!#!"
!
$
%!!
$&
#
"
ズマ気相から膜成長表面に拡散過程で到達し,表面反応を
起こす.製膜前駆体は膜成長表面において,反射,吸着,表
(2)
"
面結合引抜き,表面拡散,結合形成などの反応を起こす.
となる.ここで,[SiH4]は SiH4 密度,#"は発光種の生成に
製膜前駆体である SiH3 や OH の表面反応を考えるための
寄与する電子密度,FRSiH4 は SiH4 ガス流量,#%!は SiH4
診断法として,反応種の付着係数測定がある.a-SiO:H にお
分解に寄与する電子密度,#! は衝突解離断面積,"
%は電子
ける SiH3 と OH の付着係数 &SiH3 と &OH は以下の式で算出
349
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.91, No.5 May 2015
ると,CO2 ガスの添加により SiH4 は枯渇しており,その場
した.
$%(#
"
"&!#'%(
"!!
%(
#"$
#
%
"*!#'!
$$# ""!
$#$
#
%
合,SiH3 と同様に SiH4 からプラズマ中で生成される短寿命
反応種(SiH や Si)の SiH4 との消滅反応速度が大幅に低下
(4)
し,製膜に寄与するようになることを考えなければならな
い.
(5)
4.
2.
2.
3 a-SiO:H 製膜プロセス制御による低欠陥密度膜
実現
ここで,"&は a-SiO:H 原子密度,#'%(は Si の製膜速度,
#'$ は O の製膜速度,[SiH3]S は表面 SiH3 密度,A,B は気
a-SiO:H の物性評価には光学ギャップ測定,暗(#')・光
相中の製膜前駆体密度をフラックス密度へと変換する係数
電気伝導度(!#),AM1.5,100 mW/cm2 照射下)測定,お
である.これらの各定数は実際作製した a-SiO:H における
よび膜中欠陥密度測定を用いた.ここで膜中欠陥密度は電
膜組成比,光学屈折率,製膜速度から算出し,SiH3 並びに
子スピン共鳴(ESR)を用い
[8],ESR の測定限界以下の
O 密度の決定には実験結果に基づいた気相反応シミュレー
場合には,一定光電流法(CPM)
から得られるサ ブ 光 学
ションを用いた.CO2 ガス流量比(CO2/(CO2+SiH4))に
対するSiH3 およびOの規格化付着係数を図2(a)
,(b)に示
ギャップ領域での光吸収係数スペクトルから算出した
[11].
す.図より,CO2 ガス流量比の増加に伴い,SiH3 の付着係
図3に示したように,CO2 ガス流量比の増加に伴い,膜
数は著しく増加し,OH は大幅な変化は示さない.付着係
内の O 組成比が増加し,光学ギャップは単調に増加す
数は膜成長表面での欠陥(ダングリングボンド:未結合
る.しかし,この光学ギャップに相反して電気的特性は著
手)の定常状態表面密度に大きく影響される.従来の研究
しく低下している.また電気的特性の著しい低下は,膜中
から膜成長表面を拡散する SiH3 は,定常状態表面欠陥密度
欠陥密度の増加とよく一致しているため,電気的特性の向
が増加することで付着係数が増加することが知られている
上の鍵は膜中欠陥密度の低減にある.
[10].一方,OH はほぼ一定値を示しているため,膜成長
PECVD 法に限らず,薄膜成長においては,膜中欠陥密
表面での拡散は生じていないと考えられる.定常状態表面
度など,全ての膜物性は膜成長時のサブサーフェイスを含
欠陥密度の増加原因としては,OH による表面水素引き抜
めた定常状態膜成長表面物性によって決定される.
き反応も考えられるが(OH は膜成長表面拡散を起こすと
2.
2節で示したとおり,a-SiO:H における膜成長機構は
いう実験結果も最近得られているが)
,図1の結果を考え
a-Si:H の場合
[10]に OH による影響を加えたものと考えら
れる.膜成長表面欠陥生成反応は,
(1)
膜成長表面に飛来
した SiH3 による,膜成長表面を被覆している結合水素の引
き抜き[10,
12],(2)SiH や Si などの短寿命反応種(Short
Lifetime Species; SLS)による膜成長表面の Si-H結合間に対
する挿入反応[12],(3)OH による H 引き抜き反応,によっ
て生じる.一方,未結合手欠陥消滅(欠陥終端)反応は表
図2
CO2 ガス流量比(CO2(CO
/
)に対する(a)
SiH3 およ
2+SiH4)
び(b)
OH の膜成長表面規格化付着係数.
図3
350
a-SiO:H 膜の光学ギャップと電気的特性(#d,!#p)
の関係.
Special Topic Article
4.2 Process Control for Obtaining High Quality Amorphous Silicon-Based Wide-Gap Materials
Y. Sobajima et al.
面を拡散している SiH(OH)
によるラジカルーラジカル反
3
応[12]によって起こると考えられている.尚,薄膜シリコ
ン系材料の膜成長表面における欠陥生成・消滅反応におい
て,原子状水素は直接影響しない.以上より膜成長表面に
おける欠陥生成の速度方程式は,
&"%
"#$
%'
#!%
%'
#(%
#!""#$
%"!'
%
&#
$#%
%'
#!%
"!$"#$
%!!%"%$
%(6)
と表すことができる.ここでは,簡略化のため,表面拡散
OH による欠陥消滅の項は省いている.
(6)式において,
第一項は SiH3 による結合水素の引き抜き,第二項は SLS
による Si-H 結合への挿入反応,第三項は OH による結合水
素引き抜き,第四項は表面拡散 SiH3 による欠陥終端反応速
度をそれぞれ表す.また,Cx( x:A,i,O,S)は各反応の
反応速度定数,[SiH3]S,[SiHx]S,[OH]
S,は膜成長表面
における SiH3,SLS,OH の密度,"# は膜表面の結合水素
密度,"%は膜成長表面における未結合手欠陥密度であ
る.定常状態においては(6)式=0であるから,"%は
"%#
!" !'$
!$
%'
#(%
$#%
%
%
"
" $
!% !%$
%'
#!%
%'
#!%
% !%$
%
図4
(7)
で表される.a-SiO:H 膜中欠陥密度の低減は NS の低減であ
高品質化膜成長指針に基づき作製されたa-SiO:Hにおける,
光学ギャップと膜中欠陥密度との相関(総ガス流量増加,
投入電力密度減少,膜成長表面増加による変化)
.
る.4.
2.
1で示したとおり,SiH4/CO2 混合プラズマでは
また CH4 ガス流量比(CH4/(SiH4+CH4))に対する製膜
SiH4 の枯渇が生じやすい.SiH4 は SiH3 等の原料であると同
前駆体 SiH3 と CH3 との規格化表面付着係数を図5に示す.
時に SLS の消滅に寄与する.したがって SiH4 の枯渇状態
SiH3 の付着係数は CH4 ガス流比の増加と共に増加し,CH3
は,膜成長に対する SLS の寄与が大きくなる.また SLS
は CH4 ガス流量比の減少,即ち SiH4 ガス流量比の増加に伴
による挿入反応は反応速度定数が非常に大きく,SiH3 に比
い付着係数は著しく増加する.SiH3 の付着係数の変化
べ桁違いに少ない生成量であっても,膜成長表面欠陥生成
は,CH4 ガス流量比の増加に伴う膜成長表面欠陥の増加で
の大きな要因となりうる[10].よって欠陥密度膜実現に向
説明される.一方,CH3 に関しては SiH3 と全く逆の傾向を
け,ここでは SLS の製膜への寄与の低減の製膜指針を示
示しており,CH3 はシリコンサイトに優先的に付着する性
す.(7)式から総ガス流量の増加や投入電力の減少による
質をもつとすれば説明がつく.なお,CH3 はその立体構造
SiH4 枯渇状態の抑制や,製膜基板温度上昇による SiH3 の膜
の違いから SiH3 のように膜成長表面を拡散しないことが
成長表面拡散の促進などが挙げられる.図4に実際に高品
推測される SiH4/CH4 混合プラズマにおける SiH*および
質化製膜指針に基づいた製膜を行った際の光学ギャップに
CH*(430 nm)発光強度の電子密度に対 す る 挙 動 を 図6
対する欠陥密度変化を示す.図より,先の製膜指針通りガ
(a)および(b)にそれぞれ示す.SiH4/CH4:5/5 組成におい
ス流量の増加(2.5∼9 sccm),投入電力の減少(5∼2 W),
て,SiH*発 光 強 度 は SiH4 分 圧 を 想 定 し た 発 光 強 度 値
製膜基板温度の上昇(120∼200℃)まで変化させることで
(図6a 破線)とよい一致を示すのに対し,CH*発光強度は
a-SiO:H の膜中欠陥密度の低減がなされていることがわか
CH4 分圧を想定した発光強度値(図6b)を大幅に下回り,
り,製膜温度2
00℃,投入電力1W,製膜圧力 0.06 Torr,
原料である CH4 の枯渇の可能性が示されている.この結果
SiH4 および CO2 ガス流量を6,および 9 sccmの条件で製膜
は,CH*発光種の親分子である CH4 が SiH4 から生成する化
し た a-Si:H と 比 較 し て も 遜 色 な く,ワ イ ド ギ ャ ッ プ
学種(SLS)と反応を起こして枯渇傾向を示すものとして解
(1.95 eV)か つ,こ れ ま で 報 告 例 の な い 低 欠 陥 密 度
釈される.a-SiC:H の場合には,こうして生成された二量体
15
3
(2.3×10 cm )を示す a-SiO:H の製膜が実現された.
(H2SiCH3,HSiCH3)化学種の膜成長への寄与が問題とな
りそうなことが作製された膜物性の評価から予測された.
4.
2.
3 a-SiC:H の成長過程の理解と高品質化
ここでの膜物性評価には,前述の ESR や CPM による欠陥
次に a-SiO:H 同様ワイドギャップ材料として知られる
密度測定,電気伝導度測定に加え,赤外吸収分光法による
a-SiC:H の製膜プロセスについて検討する.a-SiC:H の製膜
膜中結合様式の測定を行った.CH4/(SiH4+CH4)
混合比を
では炭素源として CH4 を用いるのが一般的である[13].
増加して製膜された膜中に於いて欠陥密度の大幅な増加が
まず CH4 から生成される製膜前駆体は,最も低エネルギー
観測される一方,赤外吸収による Si-CH3 結合の存在も大き
な電子励起分解反応生成物であり,長反応寿命である CH3
くなることがわかった.これは,先に述べた二量体の膜成
であると考えられる.
長への寄与が膜物性決定に大きく関与していることを示唆
351
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.91, No.5 May 2015
している.もちろん,二次反応を考慮した SiH4/CH4 混合プ
CH4/(SiH4+CH4)の増加とともに増加することを確認して
ラズマでの定常状態プラズマ中での化学種密度計算から
いる.ここで,H2SiCH3 は膜成長表面での結合水素引き抜
も,二 量 体 化 学 種(H2SiCH3,HSiCH3)の 密 度 が
き反応による未結合手欠陥生成に寄与し,HSiCH3 は膜成
長表面の Si-H 結合に挿入反応を起こし,膜中に多く存在す
る Si-CH3 特異構造を生成するものと考えた.
以上より,a-SiC:H における高品質化製膜実現には二量
(SiH,Si)
の膜成長表面
体(H2SiCH3)生成反応の抑制と SLS
への寄与率の低下が必要になってくる.具体的には,SLS
と CH4 の衝突による二量体の生成を抑制させ,同時に SLS
の消滅を図ることが重要となるわけである.SLS を CH4
と反応させずに SiH4 とだけ反応させることは実際には不
可能であり,SLS の消滅には水素分子を活用する方法を考
えた.水素希釈法である.この方法によれば,SLS の CH4
との衝突頻度も大幅に減少させることができる,と同時
に,SLS の水素分子による消滅反応が期待できるためであ
る.
水素希釈法により作製された a-SiC:H 膜の膜中欠陥密度
を水素希釈率に対してプロットした図を図7に示す.CH4
混合比(SiH4:CH4)によらず水素希釈率の増加に伴い膜中
欠陥密度は著しく低下し,膜中欠陥密度 4×1015 cm−3 とい
図5
CH4 ガス流量比(CH4(CH
/
(a)
SiH3 およ
4+SiH4))に対する
び(b)
CH3 の膜成長表面規格化付着係数)
.
う a-Si:H 膜並みの超高品質 a-SiC:H 膜の成長を実現した.
こうして高品質化が可能となると,それぞれの膜のバン
ドギャップ内の状態密度の測定も可能となってくる.図8
に高品質 a-SiC:H および a-SiO:H 膜の光吸収係数スペクトル
を a-Si:H 膜と比較して示す.図中における膜厚は 0.5 μm
程度であり,吸収係数スペクトルは試料形状に起因する光
干渉も含んでいる.すると,a-SiO:H 膜においては,光学吸
収係数の傾き(バンド裾状態密度)が大きいことが明らか
になった.このことは,これらワイドギャップ材料を太陽
図6
純 SiH4,純 CH4 および SiH4/CH4 混合プラズマにおける
SiH*(a)
および CH*(b)
発光強度の投入電力(電子密度)
依存性.
図7
352
水素希釈法で作製された a-SiC:H 膜中の欠陥密度の水素希
釈率依存性.
Special Topic Article
4.2 Process Control for Obtaining High Quality Amorphous Silicon-Based Wide-Gap Materials
Y. Sobajima et al.
4.
2.
4 おわりに
「プロセス診断によるプロセス制御」なる研究アプロー
チを,アモルファスシリコン系ワイドギャップ材料の高品
質化に対して適用した.a-SiO:H では SiH4 枯渇状態の抑制
や表面拡散 SiH3 の促進を狙い「高温表面温度・低電力印加
法」を,a-SiC:H では二量子体と短寿命反応種の膜成長表面
到達の抑止を目的とした「水素希釈法」を提案し,いずれ
の材料においても欠陥密度 1015 cm−3 台というこれまで報
告例のない高品質化膜の成長を可能とした.
これらのワイドギャップ材料のプロセス制御に向けたプ
ロセスの微視的理解に際し,プラズマ気相のその場観察診
断法である OES の活用に加えて,作製された膜の構造・物
性評価を詳細に行うことによるプロセス診断法である「考
古学的プロセス診断」の有用性を示した.
参考文献
図8
[1]J.I. Pankove ed.: Semiconductors and Semimetals, Vol. 21
"Hydrogenated Amorphous Silicon" Part A (1984).
[2]S. Fujikake, et al., Proc. Mater. Res. Soc. Symp. 258, 875
(1992).
[3]S. Fujikake, et al., Opt. Dev. Tech. 9, 379 (1994).
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[5]A. Matsuda, et al., Appl. Phys. Lett. 47, 1061 (1985).
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[9]A. Matsuda and K. Tanaka, Thin Solid Films 12, 171 (1982).
[1
0]Y. Sobajima, et al., Proc. Mater. Res. Soc. Symp. 1321, 375
(2011).
[1
1]M. Vanecek,
!
! et al., J. Appl Phys. 78, 6203 (1995).
[1
2]A. Matsuda, J. Vac. Sci. Tech. A, 16, 365 (1998).
[1
3]Y. Tawada et al., Sol. Energy Mat. 6, 299 (1982).
高品質 a-SiO:H と a-SiC:H における光吸収係数スペクトル.
電池の構成層に用いた場合に太陽電池特性の変化を予想す
ることができるようになったことを示している.つまり
a-SiC:H のバンド裾構造は a-Si:H に近く,ワイドギャップ材
料の膜中欠陥密度は a-Si:H と同程度の欠陥密度が実現でき
るのである.材料の詳細な物性評価においても,十分な欠
陥密度の低減が必要であることを示すデータでもある.
353
J. Plasma Fusion Res. Vol.91, No.5 (2015)3
54‐359
小特集
シリコン系太陽電池の高効率化に向けたプラズマ CVD の科学
4.膜質とデバイス
4. Film Propaties and Device Performance
4.
3 結晶シリコン太陽電池におけるパッシベーション技術
4.3 Passivation Technologies for High Efficiency Crystalline Silicon Solar Cells
神 岡 武 文,立 花 福 久,大 下 祥 雄
KAMIOKA Takefumi, TACHIBANA Tomihisa and OHSHITA Yoshio
豊田工業大学大学院工学研究科
(原稿受付:2
0
1
5年1月1
3日)
結晶シリコン太陽電池の高効率化には,パッシベーション膜によるシリコン結晶表面における少数キャリア
再結合の抑制が必要である.とくに2
0%を超える高い変換効率を有する太陽電池の量産に対しては,本パッシ
ベーション技術がより重要となる.現在は,プラズマ CVD 法により堆積させたシリコン窒化膜が拡散系型の太陽
電池,アモルファスシリコンがヘテロ接合型の太陽電池におけるパッシベーション膜として広く使用されてい
る.しかし,それらの膜に対しては,シリコン表面の電気的不活性化に加えて反射防止,電流輸送,太陽電池製
造プロセスとの整合性などの多岐にわたる機能を,低コストで実現することが要求される.パッシベーション膜
に対するこれら多様な要求が,本技術を難しいものにしている.本節では高効率化とパッシベーションとの関係
を述べたのち,パッシベーション技術に関する現状と今後の課題を述べる.
Keywords:
crystalline silicon solar cell, passivation, silicon nitride, amorphous silicon, heterojunction
4.
3.
1 はじめに
的な不活性化が重要である.結晶の表面は少数キャリアが
現在販売されている太陽電池の80%以上が単結晶あるい
効率的に再結合する.光吸収により生成した少数キャリア
は多結晶シリコン基板を用いた結晶シリコン太陽電池であ
が再結合すると,それらは発電に寄与しない.すなわち,
る.生産量の拡大に伴い,近年モジュール価格が急速に低
発電効率が低下する.表面の不活性化に用いられるのが
下している.今後の苛烈なグローバルな競争の中で生き残
パッシベーションと呼ばれる技術である.不活性化の基本
るには,結晶シリコン太陽電池のさらなる低コスト化が必
的な考え方は,結晶表面に存在する未結合手を終端するこ
須な状況にある.一方,発電コストを考えるとき,設置費
とである.例えば,熱酸化により形成したシリコン酸化膜
用や人件費などがとくに日本では割高であり,コスト全体
は,表面に存在するシリコン原子の多くの未結合手を終端
に占めるいわゆる Balance Of System(BOS)の比率が高
するため,良好なパッシベーション効果が得られる.すな
い.そのため,電力料金の観点からは低コスト化に加えて
わち,熱酸化により低い再結合速度が実現される.しか
高効率化が急務な状況にある.高効率化のために必要な幾
し,800℃を超える高いプロセス温度に起因して,シリコン
つかの技術目標に関しては,国際太陽電池技術ロードマッ
結晶中に溶存している酸素が析出し欠陥が形成される
プ(International Technology Roadmap for Photovoltaic;
[3].それら結晶欠陥は光吸収により生成された少数キャ
ITRPV)に詳しく述べられている
[1].結晶シリコン太陽
リアが再結合しやすい準位(再結合中心)を形成しキャリ
電池の変換効率をさらに向上させるには,1)光の吸収量
ア寿命の低下を招く.このため,良好なパッシベーション
を増やす,2)光吸収により生成された少数キャリアの多
効果が得られるにもかかわらず,現在の太陽電池において
くを発電に寄与させる,ことが必要である.前者に関して
は熱酸化膜の利用は限られている.以上のことから,パッ
は,受光面側の電極を排することでより多くの光を吸収す
シベーション膜の形成には低温プロセスが必要とされてい
ることが可能となる.それゆえ,裏面コンタクト型の太陽
る.その意味で,低温成長が可能なプラズマ CVD 法は,熱
電池の開発が進められており,pn 接合を裏面に配置した構
による結晶の劣化を生じさせることなくパッシベーション
造により 25.0% の値を SunPower 社が実現している
[2].
膜を堆積することができる利点を有している.加えて,ヘ
後者に関しては,結晶の高品質化と並んで結晶表面の電気
テロ接合に使用されるアモルファスシリコンの成膜にもプ
Toyota Technological Institute, Nagoya, AICHI 468-8511, Japan
corresponding author’s e-mail: [email protected]
354
!2015 The Japan Society of Plasma
Science and Nuclear Fusion Research
Special Topic Article
4.3 Passivation Technologies for High Efficiency Crystalline Silicon Solar Cells
T. Kamioka
ングされた p 型シリコン結晶の表面にリンを拡散し,ダイ
ラズマ CVD 技術は必須である.
オード構造を形成する.受光面側のシリコン結晶上にパッ
4.
3.
2 結晶シリコン太陽電池におけるパッシ
ベーション技術
シベーション膜としてシリコン窒化膜をプラズマ CVD 法
により堆積させる.その後,スクリーン印刷技術により受
結晶シリコンを用いた太陽電池は広い面積を有する +)
光面側には銀配線を,裏面にはアルミ電極を形成する(本
ダイオードである.その等価回路を図1に示す.光吸収に
小特集「1.はじめに」の図1参照).もう一つは,アモル
より発生した電流 !
$ を外部に取り出すことにより電池と
ファスシリコンと結晶シリコンとのヘテロ接合を利用した
して働く.太陽電池における電流や電圧は式(1)ならびに
太陽電池である(図2b).結晶シリコン表面に高抵抗のア
(2)で記述される.
モルファスシリコンと不純物をドーピングしたアモルファ
スシリコンを,プラズマ CVD 法を用いて堆積し太陽電池
%
!#!
&-+!( "#,"!"$
!"#
$!!
&
$
を作製する.ヘテロ接合により拡散系と比較して高い電圧
が得られ,結果として高い変換効率が実現される.アモル
%"#,!
%
&-+!( "#,"!"$!
!!
(1)
!##
&
$
#,'
#
!
$
%*%# '&
(
)! $"
!
(
!
ファスシリコンは接合のみではなく,パッシベーション膜
としての機能も果たしている.以下に,拡散系結晶シリコ
ン太陽電池に広く用いられているシリコン窒化膜と,ヘテ
(2)
ロ系結晶シリコン太陽電池におけるアモルファスシリコン
ここで,&はボルツマン定数,(は素電荷量,$は絶対温
膜に関し,パッシベーション技術の現状と課題を述べる.
度,!は発電時の電流,%は電圧,%*%は開放電圧である.ま
た,式中の #,は結晶の抵抗などに起因する直列抵抗,#,'
4.
3.
3 シリコン窒化膜
は接合特性などに起因する並列抵抗である.指数関数で表
拡散系の太陽電池においては,pn 接合形成したのち受光
されるダイオード特性式において,&
$にかかる係数の1
面側にシリコン窒化膜を堆積させる.これにより,結晶シ
あるいは2などの数字は n 値と呼ばれる.この等価回路で
リコン表面の電気的活性度が低下しパッシベーション膜と
は,n=1の場合を発生再結合電流が電圧‐電流特性を決め
して機能する.その後,シリコン窒化膜上に銀ペーストを
ている機構,2の場合を拡散電流がそれを決めている機構
スクリーン印刷法によりに配線パターン状に印刷する.続
として,異なる2つの過程を考慮している.それぞれのダ
いて,850℃程度の熱処理を行うことにより,配線を形成す
イオードにおける !
!"および !
!#は逆飽和 電 流 と 呼ばれ
る.シリコン窒化膜に要求される仕様は,上記太陽電池製
る.この値は拡散長 "の低下,すなわち少数キャリアの再
造プロセスに大きく影響される.以下では,本膜の堆積方
結合量の増加にともない大きくなる.逆飽和電流値の増加
法と特徴に加え,拡散系太陽電池パッシベーション膜の今
は,電流値ならびに電圧値の低下を招く.高い直列抵抗は
発電時の電圧の低下を招く.低い並列抵抗は接合や結晶端
後に関して議論する.
(1)プラズマ CVD
面においてリーク電流が大きいことを意味し,それらも電
シリコン窒化膜形成に用いられるプラズマ CVD 装置の
圧の低下を招く.一方,発電時における太陽電池の電流の
流れはダイオードの順方向とは逆である.それゆえ,発電
時に流れる順方向電流成分は損失となる.すなわち,高い
変換効率を得るには,低い #,と高い #,',ならびに多くの
光電流 !
!を実現することが必要で
$ と小さい逆飽和電流 !
ある. !
!は表面における少数キャリアの再結合速度(Surface Recombination Velocity ; SRV)が大きい場合にも増加
する.低い表面再結合速度を実現するために,パッシベー
ション技術が用いられている.
以下で考慮する結晶シリコン太陽電池の基本的な構造は
2種 類 あ る.1つ は 拡 散 系 と 呼 ば れ る 構 造 で あ る
(図2a).本太陽電池においては,一般にボロンがドーピ
図1
太陽電池の等価回路.
図2
355
拡散接合系とヘテロ接合系の太陽電池構造とバンド図.
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.91, No.5 May 2015
一例を述べる
[4].並行平板プラズマが広く用いられてお
においては,パッシベーション効果と低反射率の兼ね合い
り,基板はアノード電極側に設置する.減圧された成長室
から 2.1 程度の屈折率の膜が用いられている.一方,屈折率
に原料ガスを供給し,加熱した基板上に成膜する.プラズ
の異なる膜は電極形成プロセスに影響を与える.屈折率は
マ周波数として,100 kHz−13.56 MHz が広く用いられて
膜の密度にも比例する.結晶シリコン太陽電池に使用され
いる[5].原料ガスには,シリコン原料として SiH4,窒素
ているシリコン窒化膜は,LSI などで使用される Si3N4 膜と
原料として N2,または NH3 が用いられる.本学が有するプ
その特性が大きく異なり化学的に不安定である.この理由
ラズマ CVD 装置において は,SiH4 流 量:40 sccm,NH3
の一つが,膜密度が低いことである.このとき,膜中のシ
流 量:120 sccm,成 膜 圧 力:67 Pa,成 膜 レ ー ト
リコン比率は低い.
17 nm/min,設計膜厚 80 nm の条件で成膜を行っている.
シリコン比率は電極形成プロセスに影響を与える.拡散
シリコン窒化膜の成膜条件と膜の諸特性は密に関係して
系の結晶シリコン太陽電池においては,シリコン窒化膜の
い る.堆 積 し た シ リ コ ン 窒 化 膜 中 に は 多 く の 水 素
表面にスクリーン印刷により銀ペーストを配線パターンに
21
3
(10 atoms/cm 程度)が含まれている[6].後述するよう
印刷する.シリコン窒化膜は絶縁体であるため,このまま
に,本膜中の水素がパッシベーション効果に大きな役割を
では配線金属とシリコンとの導通は得られない.その
果たす.また,図3に示すように成膜時にシリコン窒化膜
後,850℃程度の温度で焼成することで銀配線を形成する.
中のシリコン比率を下げる(SiH4 流量を下げる,もしくは
銀ペースト中にはガラスフリットが含まれている.このガ
NH3 流 量 を 上 げる)と,膜 密 度 お よ び 屈 折 率 が 低 下 す
ラスフリットは熱処理時に溶け,シリコン窒化膜をエッチ
る.反対に膜中のシリコン比率を上げる(SiH4 流量を上げ
ングする.その結果,銀ペーストを印刷した部分のみ自己
る,もしくは NH3 流量を下げる)と,膜密度および屈折率
形成的にコンタクトが形成される(図4).このとき,シリ
は上昇する[6,
7].
コン比率が低い場合,銀ペーストが抜け易い.ただし,シ
(2)シリコン窒化膜の特徴
リコン窒化膜の突き抜けが容易に生じると,銀が接合部分
プラズマ CVD 法により堆積されたシリコン窒化膜には,
にまで到達する.シリコン中や接合部分に拡散した銀は少
反射防止とパッシベーションの2つの異なる効果が期待さ
数キャリアの再結合や接合リークの原因となり,変換効率
れる.反射防止膜として重要なパラメータの1つが屈折率
を低下させる.一方,シリコン比率が高い場合,銀ペース
である.反射防止効果により,入射された太陽光を太陽電
トが抜け難くなり,良好なコンタクトが得られない.その
池内に効率よく取り込むことで電流密度の向上を図ってい
結果,変換効率が低下する.実際の太陽電池作製において
る.屈折率は SiH4 と NH3 の流量比を変化させることで,約
は,上記のような異なる要求に対する最適条件で作製して
1.9 から 3.0 まで制御される
[8].光利用率の観点からは,
おり,最良の条件ではない.
屈折率が低い方が損失は小さい.その理由は,膜中での光
シリコン窒化膜のパッシベーション効果は表面再結合速
吸収が小さく,反射率も抑えられるためである.それに対
度で評価される.その値を決定する要因はシリコン窒化膜
し,パッシベーション効果の観点からは,屈折率が高い方
界面における界面準位密度 !"#,および,窒化膜中の固定電
が表面再結合速度は抑制される[8].この理由として,膜中
荷 密 度 "!で あ る[9].詳 細 は 拡 張 Schokley-Read-Hall
の水素や界面でのシリコン結合の増加が界面準位密度を低
下させるためと考えられている.このように,それぞれの
効果に対する最適解が相反する.現在のシリコン太陽電池
図3
図4 (a)
拡散系結晶シリコン太陽電池の受光面側電極形成例,
および(b)
電極部断面図.
原料流量比とシリコン窒化膜の屈折率との関係.
356
Special Topic Article
4.3 Passivation Technologies for High Efficiency Crystalline Silicon Solar Cells
T. Kamioka
(SRH)再結合モデル
[9]により議論される.!"$が増加する
子層成長法(Atomic Layer Deposition;ALD 法),スパッタ
ことは界面での少数キャリア再結合が増加することを意味
リング法,CVD 法などが用いられている
[15,
17].ALD
する.一方,"!はシリコン窒化膜中に含まれる固定電荷量
法は良質な膜が得られるが堆積速度が遅いことが問題であ
を意味する.シリコン窒化膜は正の固定電荷をもつため,
り,バッチ式で行うなどの装置改良が進められている.
p型基板上に形成された#!層中の少数キャリアである正孔
AlOx 膜はシリコン窒化膜と同様,成膜後に熱処理すること
をクーロン反発により界面に近付けない効果を有する.そ
でパッシベーション特性が向上する.負の "!の値は約
の結果,界面での再結合が抑制され表面再結合速度が低下
1012 cm−2 であり,10 cm/sec 以下の低い表面再結合速度が
する.
得られている[16,
18].しかし,AlOx 膜は現状の電極形成
膜堆積後においては,シリコン窒化膜とシリコンとの界
時の焼成工程における熱処理耐性がない,あるいは,AlOx
面における !"$が高い.それゆえ,そこでの再結合速度は大
膜に対する良好な電極ペーストがないなど,現在の量産プ
きく,良好なパッシベーション効果は得られない.実際の
ロセスとの整合性が悪いことが課題である.AlOx 膜だけで
デバイス作製においては,配線焼成時の熱処理によりパッ
は反射防止膜の効果を得られないことから,シリコン窒化
シベーション効果が得られる[10].シリコン窒化膜中に含
膜と AlOx 膜の積層構造が検討されている.すなわち,AlOx
まれる多量の水素が熱処理により拡散し,シリコン基板表
膜で界面パッシベーション効果を,シリコン窒化膜により
面および基板中の結晶欠陥,未結合手を終端する
[11].多
反射防止膜の効果をそれぞれ得ている.
結晶シリコン基板の場合には,多数存在する結晶粒界の一
4.
3.
4 アモルファスシリコン膜
部を水素が終端し基板のライフタイムを向上させる.本学
のプラズマ CVD 装置を用いて堆積したシリコン窒化膜の
ヘテロ接合系太陽電池においては,n 型シリコン単結晶
熱処理前後の表面再結合速度を比較すると,熱処理を加え
の表面に水素を数 10 at%程度含む高抵抗の水素化アモル
ていない条件での値に対し,熱処理を加えた後の値は半分
ファスシリコ ン(a-Si:H)膜を 5−10 nm 程 度 堆 積 さ せ,
以下となる.シリコン窒化膜中の "!,!"$の量は電気容量と
パッシベーション効果を得ている.その上に不純物を含む
電圧の関係(C-V 測定)から求められる.得られた C-V
a-Si:H 膜を堆積して太陽電池構造としている.本構造を用
曲線と理想的な C-V 曲線との差から,Terman 法などを用
い た 太 陽 電 池 の 代 表 例 が Heterojunction with Intrinsic
い て そ れ ら の 値 を 算 出 す る[12].現 状 で は,"!が
Thin layer(HIT)太陽電池
[19,
20]であり,高い開放電圧
∼1012 cm−2,!"$が∼1012 eV−1 cm−2 程度の値である.この
を有する太陽電池が実現されている.最近では,受光面側
時の表面再結合速度としては,10 cm/sec 程度の値が得ら
の配線を排して裏面にすべての接合および電極を形成させ
れている.
たヘテロバックコンタクト型の太陽電池の研究開発
今後の高効率化を考えるとき,プラズマ CVD による基
[21,
22]が進められている.先に挙げた高い開放電圧の長
板表面へのプラズマダメージが問題の一つとして挙げられ
所に加え,高い短絡電流密度が得られ,研究開発レベルで
る[5].成膜工程で導入された結晶欠陥は基板表面から数
は非集光で2
5%超の世界最高効率が達成されている[21].
nm−50 nm の深さに分布しており,キャリア再結合中心と
以下では,ヘテロ接合系太陽電池において重要な役割を果
して働く[13].太陽電池表面にはテクスチャ構造と呼ばれ
たすアモルファスシリコン膜に関して,成膜方法,膜の特
るピラミッド状の構造が形成されており,その凸部ならび
に凹部に結晶欠陥が集中する.この結晶欠陥層のキャリア
徴,および,太陽電池動作における役割に関して述べる.
(1)プラズマ CVD
再結合特性の評価や,結晶欠陥の導入抑制のために低ダ
a-Si:H膜の堆積には13.56 MHz(Radio Frequency; RF)の
メージの CVD 装置の開発が進められている.
高 周 波 プ ラ ズ マ CVD 法
[4,
23,
24]が 広 く 用 い ら れ て い
一方で,現在主に使用されている p 型シリコン基板にお
る.RF プラズマ CVD 法では,原料である SiH4 を主成分と
いては光劣化が存在する[14].これは,不純物としてドー
する原料ガスをH2 で希釈させて分解し,結晶シリコン表面
ピングしたボロンとシリコン中の酸素との複合欠陥が,光
上 に a-Si:H 膜 を 堆 積 さ せ る
[25].太 陽 電 池 構 造 と し て
照射により活性化し再結合中心として働く現象である.加
は,はじめに高抵抗層(i 型 a-Si:H 層;i 層)を堆積する.次
えて,ボロンは金属不純物である鉄とも効率的な再結合中
に,SiH4 にドーパントを含む B2H6,あるいは PH3 を混合す
心となる複合欠陥を形成する.それゆえ,それらの問題の
ることで,p あるいは n 型 a-Si:H を堆積させる
[26,
27].た
ない n 型シリコン基板を今後の拡散系の高効率太陽電池用
だし,a-Si:H に対するドーピング効率は1
0%以下と低い.
基板として使用することが検討されている.しかし,n 型
ドーピング量の増加にともない欠陥濃度は増加する[28].
基板に対しては,シリコン窒化膜はパッシベーション膜と
これが,パッシベーション層として i 層を用いる理由であ
しては不適切である.それはシリコン窒化膜が正の固定電
る[29].プラズマ CVD 装置の構成は,他参考文献に詳し
荷をもつためである.正の固定電荷は n 型基板における拡
い[4,
23,
24].なお,最近では Cat-CVD 法(触媒化学気相
散層である p+層中の少数キャリアである電子を表面に引
成長法,あるいは,ホットワイヤ法)で堆積させる方法も
き寄せるため,そこでの再結合速度を増加させる.それゆ
あり,極めて小さな表面再結合速度(SRV=1.6 cm/s)が実
え,n 型基板を用いた太陽電池の高効率化のために,負の
現[30]されている.プラズマ周波数,プラズマ出力,原料
固定電荷を有する AlOx 膜をパッシベーション膜として使
ガス流量比,基板温度などの成膜条件により,膜成長速度
用する検討が進められている
[15,
16].AlOx 膜の堆積は原
や膜質が大きく変化する.プラズマ出力を上げ,原料ガス
357
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.91, No.5 May 2015
供給量を増やせば,原料ガスの分解が促進され成膜速度は
が,この大きなバンドオフセットであると考えられている
向上する.しかし,速い成膜速度では膜のパッシベーショ
[35,
36].このバンドオフセットに由来する抵抗成分は,ヘ
ン性は低下する.高プラズマ出力では開放電圧が低下する
テロ接合系セルに特有なものである.本影響に関しては,
[31].基板結晶へのプラズマダメージや,a-Si:H 膜中の欠
裏面コンタクト型ヘテロ接合セルに対するシミュレーショ
陥濃度増加がその原因である.一方,成膜時の基板温度を
ンによる検討が行われている[37].図5は,我々のグルー
上げると,結晶欠陥量は低下するが a-Si:H 膜の結晶化の問
プによるシミュレーション結果であり,曲線因子に対する
題が生じる.そのため,通常の成膜温度は2
00℃以下であ
バンドオフセットの影響を示したものである.バンドオフ
る.
セットの増加に伴い曲線因子が低下する.その1つの理由
として,大きなバンドオフセット状況下では,結晶/アモ
a-Si:H 膜の構造においては,短距離秩序のみが存在し,
多くのシリコン原子が水素で終端されている.膜には伝導
ルファス界面近傍のキャリア密度が増加するが,それらが
帯下端や価電子帯上端から延長される準位(Urbach Tails)
バンドオフセットに起因するエネルギー障壁を乗り越える
と,禁制帯中央近傍に存在する未結合手に由来した禁制帯
(熱放出過程)ことが困難になることが挙げられる.
中準位の2つが存在する[24].パッシベーション効果に大
i 層の厚さは太陽電池特性の開放電圧にも大きな影響を
きく影響を与えているのは,結晶/アモルファス界面に存
与える[24,
34].i 層の厚さの増加に伴い開放電圧は増加す
在する欠陥を多く含む遷移層である[32,
33].
る.しかし,これまで報告されてきた理論的な検討[38]に
おいてはこの実験事実は説明できていない.そこで,我々
(2)堆積した膜の特徴
プラズマ CVD 法により堆積させた高抵抗の i 層は,高い
は,界面における量子効果を考慮したモデルを提案し,本
パッシベーション効果を有している.結晶/アモルファス
界面の欠陥準位密度 !!"は 1×1011 cm−2 eV−1 程度であり
現象を説明することを試みている[39].結晶/アモルファ
[33],3 cm/s 以下の低い表面再結合速度が実現されてい
42].その領域では,キャリアの閉じ込めによる量子効果が
る[32].この低い値により 720 mV 以上の高い開放電圧と
生じており,キャリア分布が古典モデルから予想されるも
高い変換効率が期待される[24].研究開発レベルでは,先
のとは異なるはずである.量子モデルを考慮した開放電
述の HIT 太陽電池において 24.7%
[20],裏面コンタクトヘ
圧,および変換効率の裏面側 i 層厚さ依存性に関するシ
テロ型のセルにおいて 25.6%[21]の変換効率が実現されて
ミュレーション結果を図6に示す.比較のため,量子効果
いる.これらの結果は,現在の技術レベルでも25%程度の
なし(古典モデル)の結果も併せて載せた.量子効果を考
高い変換効率を実現するのに十分なパッシベーション効果
慮したモデルでは,i 層厚さの増加に伴い開放電圧が大き
が得られていることを示すものである.
く増加する.しかし,古典モデルでは,i 層厚さ依存性はほ
ス界面の結晶シリコン側には反転層が形成されている[40‐
しかし,結晶シリコンヘテロ系太陽電池において i 層に
とんどない.この結果は,i 層厚さの太陽電池特性における
求められる役割はパッシベーション効果のみではない.そ
役割を議論する上で,界面近傍の領域における量子効果の
の1つとして低い光吸収が挙げられる.a-Si:H の禁制帯幅
影響も考慮することの重要性を示唆している.ただし,量
は水素含有量が多いほど広くなる[25].光吸収損失の観点
子効果の影響に対しては,膜中の欠陥を介したトンネリン
からは,より広い禁制帯幅とより薄い膜厚が要求される.
しかし,現在のヘテロ系結晶シリコン太陽電池に使用され
ているアモルファス膜の禁制帯幅は 1.6−1.8 eV 程度であ
る.それゆえ,本禁制帯幅では a-Si:H 層中の光吸収による
電流の低下を無視できない.光吸収量が多いにも関わら
ず,広い禁制帯幅の膜が使用されない理由は,本光吸収の
問題よりも輸送特性に起因する曲線因子の低下の影響が大
きいためである.本構造の太陽電池においては,光吸収に
より生成されたキャリアは a-Si:H 層を流れて外部に取り出
される.この時,厚い高抵抗の i 層はキャリア輸送を阻害す
る.このことから,本セル構造においては,パッシベー
ション品質と良好なキャリア輸送を両立する最適な膜厚が
存在する.その値 は 4−7 nm で あ る と 報 告 さ れ て い る
[24,
34].
キャリア輸送特性を阻害するもう1つの要因が,結晶/
アモルファス界面に存在するバンドの不連続(バンドオフ
セット)である.伝導帯側では約 0.15 eV 程度,価電子帯側
ではそれより少し大きく 0.4 eV 程度のバンドオフセットが
図5
生じている[24].このバンドオフセットは抵抗成分の原因
となり,曲線因子を大きく低下させる.光照射下の電流‐電
圧曲線において,いわゆる「S 字」特性が現れる理由の1つ
358
曲線因子の価電子帯バンドオフセット(!Ev)
依存性:裏面
コンタクト型ヘテロ接合シリコン結晶セルのシミュレー
ションによる解析結果.エミッタ被覆率(Wp/Wn)
をパラ
メータ.ギャップ幅は 50 μm.
Special Topic Article
図6
4.3 Passivation Technologies for High Efficiency Crystalline Silicon Solar Cells
T. Kamioka
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開放電圧および変換効率の i 層厚さ依存性:裏面コンタク
ト型ヘテロ接合シリコン結晶セルのシミュレーションによ
り解析.
グや再結合プロセスなども関連していると考えられる.今
後,デバイス物理のより詳細な検討が引き続き必要であ
る.
(3)今後のアモルファスシリコン系材料
光吸収係数が大きいなどの a-Si:H 膜の問題を回避するた
め,炭化物系(a-SiC:H)
,および,酸化物系(a-SiO:H)の
アモルファス Si 材料の研究も進んでいる.これらは a-Si:H
より大きなバンドギャップを有しており電流損失が少な
い.a-SiC:H 膜は熱安定性に優れており,成膜後の高温プロ
セスに対する耐性が強い[43].また,a-SiO:H 膜は,a-Si:H
成膜で問題となる結晶化を防ぐことができる[44].ともに
a-Si:H と同等のパッシベーション品質が実証されており
[45,
46],将来有望な材料である.
4.
3.
5 結言
今後の結晶シリコン太陽電池の高効率化には,パッシ
ベーションのさらなる高品質化が重要である.プラズマ
CVDの観点からは,プラズマのダメージの低減が挙げられ
る.現在のシリコン窒化膜堆積において,水素原子が原因
と考えられる結晶欠陥が表面近傍に存在する.拡散層の抵
抗の低減などが今後進むと,本ダメージの問題が顕在化す
る可能性がある.アモルファスシリコンにおいては,i 層お
よびドーピング層の低欠陥化が必要である.一方,本文中
でも議論したように,パッシベーション膜のみを考えて
も,パッシベーション以外に多くの機能が要求される.こ
のことは,今後太陽電池をさらに高効率化するには,結晶,
プラズマ,太陽電池の異なる分野の技術者研究者の協働が
重要であることを意味する.
参考文献
[1]http://www.itrpv.net/
359
J. Plasma Fusion Res. Vol.91, No.5 (2015)3
60‐361
小特集
シリコン系太陽電池の高効率化に向けたプラズマ CVD の科学
5.おわりに
5. Summary
布村正太
NUNOMURA Shota
国立研究開発法人 産業技術総合研究所 太陽光発電研究センター
(原稿受付:2
0
1
5年3月2日)
本小特集では,シリコン系薄膜の成長に用いるプラズマ
ボンド,点欠陥や転移,格子歪等)を形成し,その結果,
化学気相堆積法(プラズマ CVD 法)の素過程を解説し,結
キャリア寿命の低下,すなわち,発電効率の低下を招くこ
晶シリコン
(c-Si)
並びに薄膜シリコン太陽電池の高効率化
とが危惧される.実際,水素原子の過度の照射は,本小特
に向けたプラズマ CVD 技術の役割について紹介した.
集3.
1章に記載の通り,c-Si 表面をアモルファス化し多くの
プラズマ CVD 法は,これら太陽電池 の 活 性 層,バッ
欠陥を生むことが示されている.また,半導体業界では,
ファー層,パッシベーション層や反射防止膜の形成に広く
ゲートエッチング工程における高エネルギーイオンや UV
用いられている.その理由は,
フォトンの照射が,c-Si 基板の表面近傍に欠陥を形成する
① 高品質なアモルファス並びに微結晶材料を低温で各
として認識されている.そのため,プラズマ CVD 法を用い
種基板に成長できる(本小特集3.
2章).
るヘテロ界面の形成過程において,これら粒子種に起因す
② 薄膜の組成制御が容易で,多様な光学的・電気的特
る欠陥発生のメカニズムを明らかにし,欠陥の発生を抑止
性を得ることができる(本小特集4.
2章).
する,もしくは,発生した欠陥を可能な限り修復するプロ
③ アモルファス材との良質なヘテロ界面が形成できる.
セスの開発が必要である.
④ 大面積プロセスに適応できる.
薄膜シリコン太陽電池では,本小特集4.
1章に記載の通
等の優れた特徴を有するためである.特に,①∼③の特徴
り,a-Si:H 活性層の光劣化の抑止が課題である.光劣化を
は,プラズマの非平衡性(電子温度が原料ガスや基板の温
引き起こす要因として,膜中 SiH2結合が密接に関与するこ
度に比して極めて高いこと)に由来しており,他のプロセ
とは認識されているものの,その SiH2結合の形成の起源に
ス技術では得難いプラズマを用いる強みである.
ついては,未だ十分に理解されていない.これまでに,高
次シランラジカル
(SinHm)やクラスター・ナノ粒子の寄与
しかしながら,プラズマ CVD 法を用いる太陽電池用途
の薄膜形成において,太陽電池の更なる高効率化を見据え
が指摘されているが(本小特集2.
2章参照),その他の要因
ると,いくつかの取り組むべき課題が残されていることに
(例えば,SiH2等の短寿命ラジカルの膜表面への挿入反応
の効果,p 層並びに p/i 界面近傍の SiH2結合の寄与)も含め
も気づく.ここでは,その例として,
① ヘテロ界面の高品質化
て,光劣化に関わる全ての要因を洗い出し,総合的かつ系
② 水素化アモルファスシリコン(a-Si:H)
の光劣化抑止
統的に調べる必要がある.また,アモルファス材としての
③ アモルファス材の裾準位(価電子帯および伝導帯か
構造安定性を,非平衡状態の物理化学や熱力学等の知見に
基づき,理論的に再検討する必要もある.
ら禁制帯内部に広がる準位,Urbach Tails とも呼ばれ
る)の制御
光劣化の抑止に関するプロセス技術の開発では,トライ
について紹介し,本小特集のまとめとしたい.
オード放電(本小特集4.
1章)やクラスターフィルター(本
ヘテロ接合型結晶シリコン太陽電池では,本小特集4.
3
誌第86巻第1号)を用いることで,従来に比して光劣化を
章に記載の通り,a-Si:H/c-Si の界面の特性(特に,界面準位
半分程度に低減する結果が得られている.しかしながら,
と固定電荷)が太陽電池特性を決める極めて重要なファク
これらの手法では,成膜レートが低い課題を抱えており,
ターである.通常,プラズマ CVD を用いて a-Si:H を c-Si
今後は,高い成膜レートで光安定な膜を形成するプロセス
基板上に成長させる際,成膜前駆体のシリコンを含むラジ
技術の開発に取り組む必要もある.
最後に,アモルファス材の特有の裾準位の制御に関する
カルに加え,イオン,紫外線(UV フォトン),水素原子
(H)やクラスター・ナノ粒子等も c-Si 基板上に到達する.
必要性を述べたい.ヘテロ接合型結晶シリコン太陽電池で
そのため,これらエネルギーの高い粒子や反応性の高い粒
は,a-Si:H パッシベーション膜の裾準位はキャリア輸送を
子が,a-Si:H/c-Si 界面並びに c-Si 内部に欠陥(ダングリング
担う重要な役割を有すると位置づけられている(本小特集
National Institute of Advanced Industrial Science and Technology (AIST), Tsukuba, IBARAKI 305-8568, Japan
author’s e-mail: [email protected]
360
!2015 The Japan Society of Plasma
Science and Nuclear Fusion Research
Special Topic Article
5. Summary
S. Nunomura
4.
3章に記載).その一方で,薄膜太陽電池の a-Si:H 活性層
イス特性の最適化が先行している状況である.成長温度,
では,裾準位はキャリアのトラップサイトとして働き,開
H 原子供給量(本小特集2.
1章に記載)やイオン衝撃等がア
放電圧や曲線因子の低下を招く要因として知られている.
モルファス材の構造変化(結合長や結合角の分布)に及ぼ
そのため,デバイス内の各層の目的に応じて裾準位を制御
す影響を明らかにし,より高度なプラズマプロセス技術を
することが必要である.一般に,パッシベーション膜の
用いて裾準位を制御する必要があると感じる.
キャリア輸送用途には,裾準位の状態密度を比較的高くす
本小特集をまとめるにあたり,著者の先生方,内田儀一
る傾向にあり,活性層用途では限りなく低く抑えることが
郎様(編集委員),北澤様(学会事務局)に多くのご尽力を
肝要である.これまでに,裾準位を積極的に制御する試み
いただきました.この場をかりてお礼申し上げます.
はあまりなされておらず,適切なプロセス条件下でのデバ
!!
ぬの
むら しょう
小特集執筆者紹介
た
""
いし
布 村 正 太
産業技術総合研究所 主任研究員.1
9
9
9年 名
古屋大学大学院工学研究科博士課程修了.工
学博士.アイオワ大学,マックスプランク研究
所,九州大学にてポスドク研究員を経た後,
2
0
0
5年 産業技術総合研究所に入所し現在に至る.2
0
1
3年 ミ
シガン大学客員研究員.専門はプラズマ CVD とシリコン太陽
電池.
まさる
堀
勝
べ
ゆう
すけ
けい
ひろ
せき
ね
き
まこと
関 根
名古屋大学大学院工学研究科博士課程修了,
東京工業大学大学院理工学研究科 NEDO 研究
員,科学技術振興機構 革新的エネルギー研究
開発拠点形成事業研究員.主な研究分野はシ
リコン薄膜を用いた太陽電池.現在はアモルファスシリコン
と単結晶シリコンを組み合わせたヘテロ接合型太陽電池の高
効率化に取り組んでいる.最近の趣味はゴルフ,スノーボード
などのアウトドアスポーツ.
だ
どう
1
9
7
1年 生 ま れ.名 古 屋 大 学 大 学 院 工 学 研 究
科,富士通研究所を経て,名古屋大学工学研究
科附属プラズマナノ工学研究センター・准教
授.半導体デバイス材料・プロセスの研究を
経て,現在はプラズマを基軸としたナノプロセス・ナノ材料
合成について,主に in-situ 観察手法などを駆使した研究に取
り組んでいます.更に,それらを次世代太陽電池,高効率・高
耐久性燃料電池,バイオセンサーなど多様なデバイスに応用
することをめざしています.
阿 部 祐 介
たけ
じ
近 藤 博 基
名古屋大学未来社会創造機構・教授,プラズ
マ医療科学国際イノベーションセンター長.
主な専門分野は,プラズマナノ科学とその応
用.多様なプラズマ分野を全て統一的に体系
化することを目指しています.最近は,プラズマの生命科学へ
の展開に興味を持っています.健康維持のため睡眠確保に努
めています.庭に咲く4
0本のバラが何よりの癒しとなってい
ます.
あ
けん
名古屋大学プラズマ医療国際イノベーション
センター特任教授.プラズマエッチングで加
工最中の表面を実時間その場解析し,プラズ
マ−表面相互作用を研究してきました.最近
では,プラズマが生体に与える酸化ストレスなどプラズマ−
生体反応機構についての研究に取り組んでいます.
こん
ほり
かわ
石 川 健 治
誠
名古屋大学大学院工学研究科附属プラズマナ
ノ工学研究センター特任教授.株式会社東芝
研究開発センター,同セミコンダクター社を
経て,2
0
0
6年より現職.主な研究分野はエッチ
ングや CVD などのプラズマプロセスの計測,制御と装置技術
です.特に表面反応素過程に興味があります.
ご
Han
Geon
韓
銓 建
Jeon
Professor, School of Advanced Materials Science and Engineering, Sungkyunkwan University, South Korea. Director, Excellency Center
for Advanced Plasma Surface Technology
(CAPST). Director, NU-SKKU Joint Institute for Plasma-Nano.
Research interests include the design and synthesis of nextgeneration multifunctional film materials, development of advanced plasma surface and film processes for the plasma, biomedical, and engineering applications in the industry, development of novel plasma sources, basic studies on plasma discharges and development of plasma diagnostics especially for
plasma processing. His hobbies include long walks on the beach,
listening music, playing golf, etc.
竹 田 圭 吾
1
9
7
9年5月生まれ.名古屋大学大学院工学研
究科助教.2
0
0
7年名古屋大学大学院工学研究
科博士課程を修了後,同大学の研究員を経て
現職.主な研究分野は反応性プラズマ内の活
性種計測とその気相・表面反応機構の解明.現在はこれまで
の微細加工・薄膜堆積用低圧プラズマの研究に加え,医療・
バイオ応用に向けた大気圧プラズマの分析も行っている.趣
味は車と魚釣り.
361
Journal of Plasma and Fusion Research Vol.91, No.5 May 2015
こ
が
かず
のり
そば
古 閑 一 憲
九州大学大学院システム情報科学研究院・准
教授.主な研究分野は,ナノ粒子・薄膜を中心
としたプラズマ応用.最近は,スペクトル解析
を勉強して反応性プラズマの解析に応用した
いと考えていますが,勉強不足にてまだまだ,その本質にたど
り着くのは先だなと感じています.
しの
はら
まさ
かみ
たけ
ふみ
豊田工業大学 PD 研究員.
2
0
0
9年早稲田大学理
工学術院,工学博士.同大学理工学術院客員研
究助手,ナノ理工学研究機構次席研究員を経
て,2
0
1
3年より現職.低エネルギーイオンによ
る半導体表面改質のその場観察や,極微トランジスタのキャ
リア輸送シミュレーションなど,ナノスケールの事象の解明
に関する研究を経て,現在,主にヘテロ接合系の結晶シリコン
太陽電池の研究開発に従事.囲碁とピアノが趣味.
肇
たち
たく
ばな
とみ
ひさ
立 花 福 久
埼玉大学理工学研究科・教授.プラズマ CVD
法によるシリコン薄膜に関する研究に従事.
分光エリプソメトリーによる成長表面の水素
に関する研究,高密度マイクロ波プラズマ源
の開発等に取り組んだ.現在はシリコン・有機接合太陽電
池,ペロブスカイト薄膜太陽電池に関する研究に取り組んで
いる.趣味は食べ歩き.
い
おか
神 岡 武 文
はじめ
白 井
まつ
靖
のり
長崎大学大学院工学研究科助教.2
0
0
1年東北
大学大学院工学研究科電子工学専攻博士課程
修了.研究分野はプラズマ―表面相互作用の
解明;低真空∼大気圧・液中のプラズ マ と,
シリコン,アモルファス炭素膜,有機分子や生体分子など様々
な物質表面の反応・相互作用をその場計測により調べてい
る.プラズマによる物質表面の化学状態の変化の解明から,物
質に効率に作用するプラズマ生成をねらっている.
い
やすし
1
9
7
7年岐阜県生まれ.岐阜大学大学院工学研
究科環境エネルギーシステム専攻博士課程修
了,現在大阪大学大学院基礎工学研究科シス
テム創成専攻助教.現在の研究分野は薄膜シ
リコン系太陽電池の高効率化とプラズマ制御による膜高品質
製膜技術の開発.最近の趣味は,カメラを片手に各地でのあて
のない散歩.
篠 原 正 典
しら
じま
傍 島
産業技術総合研究 所,福 島 再 生 可 能 エ ネ ル
ギー研究所,研究員.明治大学大学院,工学博
士.日本学術振興会特別研究員,豊田工業大学
PD 研究員を経て,2
0
1
5年より現職.主な研究
分野は結晶シリコン太陽電池の作製工程中に導入される結晶
欠陥の評価,および抑制技術の開発.日々勉強中の身です.
や
おお
松 井 卓 矢
した
よし
お
大 下 祥 雄
産業技術総合研究所 太陽光発電研究センター
主任研究員.2
0
0
2年大阪大学大学院基礎工学
研究科博士後期課程修了.博士(工学).現在,
より高効率で低コストな太陽電池を作る技術
や,次世代の太陽電池材料を開発する研究を行っています.
豊田工業大学教授.GaN の結晶成長に関する
研究により名古屋大学博士前期課程を修了.
その後,日本電気基礎研究所での LSI 関連の材
料・プロセス技術の研究開発を経て,2
0
0
0年
より現職.現在は,結晶シリコンや化合物半導体を用いた太陽
電池に関する研究に従事.趣味は旅行ですが,最近は忙しくて
なかなか出かけられない状況です.
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