超高齢社会の本質 超高齢社会の本質

インタビュー
超高齢社会の本質
65歳以上の高齢者は2012年に3,000万人を突破し、2013年には3,186万人、総人口に占め
る割合は25.0%となりました。総人口が減少する一方で高齢者の急増により高齢化率は上昇を続け
ると予想されており、とりわけ1947∼49年生まれのいわゆる「団塊の世代」が2015年には65歳
以上に、2025年には75歳以上になることから、「2025年問題」として注目されています。かつて
秋山 弘子 先生
東京大学高齢社会総合研究機構
特任教授
どの国も経験したことのない超高齢社会を迎えるにあたり、高齢
者ケアを取り巻く制度や環境、そして人生観や価値観もまた大き
な変化を経験すると予想されます。来る超高齢社会の実像や、医
療、介護、生活を支える社会インフラの整備、人生90年時代に求
められる生と死に対する意識の在り方等について、秋山弘子先生
にお伺いしました。
5人に1人が75歳以上の後期高齢者に
〜自立した高齢者が都市部で急増〜
―― 社会の高齢化をめぐり
「2025年問題」
が注目されて
いますが、2025年以降、どのような問題が懸念されている
のでしょうか。
現在、日本では4人に1人が65歳以上の高齢者で、総
人口の25.0%を占めています。その割合は今後ますます
高まると予想されており、日本は超高齢社会のフロントラ
ンナーとして世界から注目されています。今後は特にアジア
討した東京都老人総合研究所
(現 東京都健康長寿医療
で急速に高齢化が進むと予想されています。例えば、日本
センター研究所)の調査では、1992年と2002年で比較す
に10年遅れて高齢化を経験すると予想されている中国も
ると男女とも11歳若返っていることが示されています。65
膨大な人口を抱えています。これらの国から、日本は高
歳以上の人生で要介護期間は比較的一部で、自立期間
齢化にどのように対処するかと注視されているのです。
が長い、つまり自立した高齢者が増えるというのがこれか
日本人の平均寿命は男性80.2歳、女性86.6歳と、世界
らの超高齢社会の特徴です。
でも最長寿の国です。トップランナーとしての日本が直面
長年、高齢者問題は農村部の問題といわれてきました
しているのは、人生第四期、すなわち75歳以上の後期高
が、これから高齢者が増えるのは都市部です。高度成長
齢者人口が急増するという問題です。2035年には総人口
時代に地方から都市に若い世代が流入しましたが、その
の3分の1が65歳以上の高齢 者になると予想されていま
団塊の世代が都市で高齢化を迎えることになるのです。
す。さらに団塊の世代が高齢化して、75歳以上の高齢者
財務省のデータによると、支える人と支えられる人の比
は2005年からの20年間で1,000万人以上増えて、全人口
率は、1965年には65歳以上 1人に対して20~64歳は9.1
の5人に1人、20%を占めると予想されています。
人と
「胴上げ型」でしたが、2012年には2.4人で1人を支え
この後期高齢者の問題をどう解決するかが今後の大き
る「騎馬戦型」に、2050年には1.2人で1人を支える
「肩車
な課題なのですが、特徴的なのは、急増するのは要介
型」になると予想されています。こうした将来を見据えて、
護者や認知症患者ではなく、元気な高齢者という点です。
高齢者が長く働ける環境作り、女性が働きやすい環境整
実際に、身体機能に関して通常歩行速度の変化を検
備、子育て支援の充実等、支え手を増やす施策が必要
6 Vol.10 No.3
査までが完了しています。そのなか
A
男性
自立 3
で自立度の変化パターンを日常生
10.9%
手段的日常生活
2
動作に援助が必要
基本的&手段的日常生活
1
動作に援助が必要
死亡 0
B
70.1%
19.0%
1
活動作
(IADL)
で検討したところ、
男性の2 割は70代になる前に急速
に健康を損ねて亡くなるか重度の
介助が必要となり、7割は70代の
半ばまで一人暮らしができるほど
63∼65 66∼68 69∼71 72∼74 75∼77 78∼80 81∼83 84∼86 87∼89(歳)
7 89
年齢
女性
自立 3
元気だったのが、その辺りから少
しずつ自立度を失っていくことがわ
かりました。80 ~ 90代でも元気に
自立生活を送れるのは1割強のみ
87.9%
手段的日常生活
2
動作に援助が必要
です(図 A)
。
一方、女性では1割強が70代前
12.1%
基本的&手段的日常生活
1
動作に援助が必要
死亡 0
活動作
(ADL)
および手段的日常生
に亡くなるか重度の介護を要する
状態となり、約9 割は70代の初め
63∼65 66∼68 69∼71 72∼74 75∼77 78∼80 81∼83 84∼86 87∼89(歳)
年齢
全国高齢者20年の追跡調査。
n=5,715
:80代後半まで自立を維持する群
:70代後半から緩やかに自立度が低下する群
:比較的若い段階で自立機能を喪失する群
図 加齢に伴う自立度の変化パターン
提供/秋山弘子先生
ごろから男性よりも緩やかに自立
度を失っていきます(図 B)
。
男女合わせると、約8割が70代
半ばごろから徐々に衰えはじめ、
何らかの 介 助が 必 要となります
が、その一方で、大多数は多少
の助けがあれば日常生活を送るこ
とされています。
とができる実態も明らかとなりました。この8 割の人たち
現在、65歳以上高齢者の15%が認知症と推計されてお
が、多少の疾病や障害があっても安心して快適に暮らせ
り、今後は認知症患者数のさらなる増加が予想されてい
る生活環境を整える必要があります。
ます。認知症は加齢とともに発生率が高まるので、後期高
齢者の増加に伴い認知症は大きな問題となるでしょう。ま
た、半数が独居で、老々世帯も増えると予想されています。
健康寿命を延ばし、絆を育む
サービス付きの地域社会を創生
一方、人付き合いが希薄になっているというデータがあ
―― 疾病や障害を抱えながらも安心して暮らせる生活環
ります。家族以外の友人、近所の人、親戚との対面接触
境を整えるために、具体的にはどのような対策が求めら
の1カ月の平均回数を1987年と1999年で比較すると、女
れるのでしょうか。
性では増えていますが、男性は減っています。2013年に
大きく分けて、①自立期間
(健康寿命)
の延長、② 住み
も同様の調査を行ったところ、現在、解析中ではありま
慣れた地域で日常生活の継続を支える生活環境の整備、
すが、 男性はさらに減っていると予想されます。このよう
③人のつながりづくり、の3 つの課題があります(表)
。
に、人の絆が希薄化しており、孤独死予備群が大勢いる
ことが推測されます。
われわれは、1987年から加齢に伴う高齢者の生活の
変化を検討した全国規模の追跡調査を行っています。全
表 2025年に向けて求められる具体的対策のポイント
①自立期間(健康寿命)の延長
国の住民基本台帳から60歳以上の住民約6,000人を無
②住み慣れた地域で日常生活の継続を支える生活環
境の整備
作為抽出し、
3年ごとに訪問面接調査を行うという調査で、
③人のつながりづくり
1987年に1次調査を実施し、現在までに2012年の8次調
提供/秋山弘子先生
2015 年 冬号
7
インタビュー
超高齢社会の本質
にとって家の維持管理はストレスになります。子どもが独
立したら小さなユニットに移り、一人暮らしが不安になった
らサ高住に移り、介護が必要になったら介護施設やグ
75歳を境に急激に自立度が下がるというデータを図で
ループホームに移るというように、ライフステージや健康状
お示ししましたが、この自立度が下がる時期を5年先延ば
態等に応じて同じコミュニティ内で住み替えていく、循環
しにして80歳まで元気に過ごせるようになれば本人も幸
型の住まいの在り方を考える時期に来ていると思うので
せですし、支える側に回ることもできるので介護費用の
す。在宅医療では住宅問題は重要です。住まいに医療や
抑制にもつながり、社会にとっても有益です。
介護を届けるのが在宅医療です。これからは、住まいを
いわゆる
「ピンピンコロリ」で最期を迎えられる人は少な
住み替えても同じ八百屋やスーパーで買い物ができ、同じ
く、現実的には、弱っても安心して快適に暮らせる環境
医師に診てもらえるような、同一地域内での循環型の住
をいかに整備するかが重要になります。
まいが求められるようになると考えています。
それと同時に、希薄化する人のつながりを再構築する
ために、人の絆をつくって維持していく仕組みを社会のな
かに埋め込んでいく工夫が必要になるでしょう。
専門職の人材育成と同時に
地域に介護力を付ける
われわれ高齢社会総合研究機構は、全国2カ所で長
―― ケア従事者の深刻な人手不足が指摘されています
寿社会のまちづくり研究を行っています。その一つ、都市
が、どのようにお考えでしょうか。
部のモデルとして、千葉県柏市および都市再生機構
(UR)
これからニーズが高くなるのは明らかなのに、訪問看
と連携してまちづくりの社会実験を行っています。人口40
護師も訪問看護ステーションも不足しています。外国から
万人の柏市は、8割以上が東京に通勤している典型的な
看護師や介護士を受け入れることも一つの解決策です
ベッドタウンです。全面建て替えが予定されていた5,000
が、最終的な解決にはなりません。イギリスではチェコの
戸の柏市豊四季台地域のUR団地が研究フィールドなの
看護師がケアにあたり、チェコの首都のプラハに行ったら
ですが、この団地の高齢化率は41%と日本がこれから迎
ブルガリアの看護師がケアをしていました。 そのブルガリ
える超高齢社会を先取りしています。そこで、5階建ての
アでも高齢化が進んでいます。 つまり、地球全体で高齢
棟を10 ~14階に建て替え、空き地になった場所には在宅
化が進んでいる状態ですから、外国から人材をかき集め
ケア拠点等、長寿社会に対応した様々な
ても最終的解決策にはならないので
サービス拠点をつくり、2014年5月1日に開
す。人材不足解消のためには、違う
所しました。
方向を模索する必要があるでしょう。
そのうちの一つのサービス付き高齢 者
柏市の社会実 験で取り入れたい
向け住宅
(サ高住)では、上階に入居者が
と思っているのは、地域に介護力を
暮らし、下階に主治医診療所や在宅療養
付けることです。60 ~65歳のすべて
支 援診療所、24時間対応の訪問看護ス
の方が介護に関する基本的な講習
テーションと訪問介護ステーション、薬局、
を受け、前期高齢 者は全員介護に
居宅介護、小規模多機能、地域包括支
関する基礎知識と技術を身に付ける
援センター等が入居しており、上階の居住
ことで、元気な地域住民が要支援
者だけではなく、地域周辺の住民にもサー
者にある程度のサービスを提供でき
ビスを提供しています。サービス付きの住
る地域づくりができないものかと考
宅ではなく、サービス付きの地域社会、コミュニティにす
えています。このように、介護の人材不足をまかなうには、
るという概念を具体的な形にしたモデルです。
専門の介護士を増やすだけではなく、地域住民に介護力
在宅医療を進めていくには、住宅をバリアフリーにする
を付けることが重要だと考えています。そして、それは災
だけではなく、循環型の住宅政策が必要だと思っていま
害対応にもなり得ると考えています。
す。持ち家政策は人生60年時代には合っていたのかもし
訪問看護に関しては、専門職の人材養成に力を入れる
れません。しかし、人生90年時代になると、後期高齢者
べきです。訪問看護は総合的に判断して行動しなければ
8 Vol.10 No.3
ならず、高度教育が必要です。在宅療養を支えるのは訪
うと思われますか。また、日本は2025年問題に対応で
問看護師であり、医師にとっても頼りになる存在になるこ
きるのでしょうか。
とが求められています。
日本は、良いモデルができれば、それを全国に広げて
――女性の社会進出が政策的に推進されていますが、
いくことを得意とする国だと思っています。柏市のプロジェ
家族介護の担い手不足も懸念されています。どうしたら
クトが成功すれば、この1カ所のモデルを手本として全国
女 性 の 介 護 力に 頼らず に、
各地に広げていくことは可能だと
これらの問題を解決できると
考えています。
お考えでしょうか。
地方や限界集落等では、イン
今後は独居高齢者世帯や
フラをどこまで維持できるかが課
老老世帯が圧倒的に多くなり
題となります。先祖代々のお墓や
ますので、それらの世帯を支
田畑等があると、人口が減ったか
えるシステムをつくっていかな
らといって簡単には引っ越せない
ければなりません。家族介護
でしょう。しかし、インフラの整
力が低下しており、奥さんや
備や人材不足等の課題を考える
娘・嫁による介護を前提としな
と、将来的には社会インフラを集
いシステムをつくっていく必要
約したコンパクトシティにならざる
があります。高度な専門職は
を得ないと思っています。そうす
別途必要ですが、専門職がす
ると、最後は各 個人の選択の問
べてを担うのは無理がありま
題です。他の地域に移るか、先
す。家族の代わりに地域に介
祖代々の土地に残るならサービス
護力を付けていく、子育ても
はあきらめるか、のどちらかでは
介護も地域で、みんなで支え
ないでしょうか。選択の結果、一
合う方法に切り替えていくことが現実的だと思います。
地域の力を高める政策と
死を日常的に語り合える文化の育成を
人で亡くなることになったとしても、それはそれで尊重す
べきです。孤独死とくくる必要はありませんし、孤独死も
悪くありません。亡くなるときに常に医師や看護師がいる
ということも不可能です。また、最期の瞬間に医療職や
―― 超高齢社会は、多死社会ともいわれています。こ
介護職の人たちに側にいてほしいと本人が望むかといっ
の多死社会に突入するにあたり、どのような備えが必要
たら、必ずしもそうではありません。どのように最期を迎
だとお考えですか。
えたいか、日頃からみんなで話し合える文化をつくってい
社会的なインフラの見直しというマクロな課題に加え
くことが大切だと思います。
て、個人の人生設計というミクロな課題も超高齢社会の
―― 最後に、在宅ケアの第一線で活動している読者に
課題です。これまでは、子どもたちが自分の最期を決め
メッセージをお願いします。
てくれることは幸せなことだと考える高齢者が少なくあり
高齢期でも安心して暮らせる社会を支えることができ
ませんでした。しかし、医療が高度に発達し、人生90年
るのは、在宅ケア従事者です。これからのシステム作り
時代を迎えた現代では、QOLのためにも最期までどう生
において試行錯誤はあると思いますが、高齢者が総人口
きたいかという本人の意思を明確にしておく必要がありま
の3 分の1を占める時代はすぐにやって来ます。ですから、
す。在宅医療では大きな問題となることから、本人の意
急いで社会システムを整備する必要があります。日本に続
思について日常的に話をしておくことが大切です。自分の
いて高齢化が問題となるアジア各国は、先に超高齢社会
人生を最期までどう生きるか、自分の生き方について主
の問題に取り組まなければならない日本の動きに注目して
体的に考え、若いときから家族と話し合って計画しておく
いますし、日本と同じような仕組みを取り入れていくと思
文化をつくり上げていく必要があると思っています。
われるので、責任も重大です。皆さんの活躍を期待して
―― 2025年まであと10年ですが、システム作りは間に合
います。
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