現代数学への流れ

現代数学への流れ
浪川 幸彦
December 1, 2006
3 数の体系
ここでは皆さんがよく知っている(と思っている)
「数」について,
(前章の初等関数に倣っ
て)その(存在と)基本的な性質を確認しておこう。
同時に公理主義的方法で「厳密に」数の体系を作り出していく手順を概説する。そこで留
意されるのは次の事柄である:
• 概念を数学的に正確な言葉で定義すること,特に本質的性質を公理系として列挙する
こと • その体系が(既知体系に基づいて)存在することを示すこと(存在,無矛盾性)
• その体系がただ一通りに定まること(一意性)
• 公理系の中にあげられた諸性質に無駄がないこと(独立性)
ここでは講義の性格上第1点に的を絞って解説する。最後の点は次回の非ユークリッド幾何
学のところで再び取り上げる。
ところでこのような「数」の理解に数学が到達したのは,ほんの1世紀前,20世紀初頭
のことであった。3千年近い数学の歴史から見れば,これはとても新しい出来事と言ってい
いだろう。
またこのような数の体系を一般に抽象化したものを「代数系」という。以下の説明,特に
自然数から有理数までのそれは代数系の考え方の説明にもなっている。
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3.1 数とは何か?
実は「数」とは何かについて,統一的な定義があるわけではない。皆さんは今まで「数」
として次のようなものを学んで知っている:
数の種類
自然数
整数
有理数
実数
複素数
英語名
記号 自由にできる演算
natural number
N 加法,乗法
integer
Z 加法,減法,乗法
rational number
Q 加法,減法,乗法,除法
real number
R 加法,減法,乗法,除法
complex number C 加法,減法,乗法,除法
これらに共通する「数」の性質として「演算」ができる,ということがある。種類として
は本質的に二つで 加法と乗法である。減法は加法の逆演算,除法は乗法の逆演算で,これら
を併せて四則演算と呼ぶ。これらの演算に共通する性質は次の通りである:
1. 加法に関して
(a) 可換法則 a + b = b + a;
(b) 結合法則 (a + b) + c = a + (b + c);
2. 乗法に関して
(a) 可換法則 ab = ba;
(b) 結合法則 (ab)c = a(bc);
(c) 分配法則 a(b + c) = ab + ac, (a + b)c = ac + bc;
次にこれらの数同士の関係を見ると,次の事実が分かる;
・数の範囲がだんだん広がっている;
・有理数までは,その拡大によって可能な演算の種類が増えている。これらは異なる代数系
として捉えられる;
・その後 有理数 → 実数 → 複素数 という拡張では,演算と異なる性質の変化があ
る。
・実数までは「順序」があるが,複素数ではない。しかし二つの数の「近さ」の概念はすべ
ての数である。これから個々の数について,順にそれらを構成しながら,その特徴を見てい
くことにしよう。
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3.2 自然数
3.2.1 自然数の定義
ものを「数える」というのは,言葉と並ぶ人間の最も基本的な知的操作であり,自然数の
概念はこれと結びついている。厳密に言えば,基数(ものの個数)と順序数(順番)の二種
類の概念がある。ここで示すのは後者による定義である。
数学的に自然数を初めて厳密に定義したのは G. Peano(1891) である。
Definition 3.2.1 (Peano の公理系). 次の公理系をみたす集合 N を自然数(の集合)という。N
の要素を自然数という:
1)∃1 ∈ N;
2)∃f : N → N : x → x (x を x の後者または次の数という)
;
3)x ∈ N ならば,x = 1;
4)x = y (x, y ∈ N) ならば,x = y;
5)
[数学的帰納法の公理]集合 M において2条件 ‘1 ∈ M , ‘x ∈ M ならば x ∈ M がみた
されるならば,N ⊂ M.
数学としてはこのような公理系をみたす集合が存在して(同型を除いて)一意的であるこ
とを示さねばならないが,その議論はここではしない。
またここでは自然数を 1 から始めているが,0 から始める流儀もある。
以下の議論で決定的役割を果たすのは5)である。これが自然数の性質の本質中の本質で
あると言ってよい。それは無限を有限の議論に変換してしまう「魔法の呪文」なのである。
Proposition 3.2.2 (数学的帰納法). 自然数 n をパラメータとする性質 P (n) に対し,
i) P (1) は正しい;
ii) 任意の自然数 k に対して P (k) ⇒ P (k )
が証明できれば,すべての自然数 n に対して P (n) は正しい。
3.2.2 加法と乗法
Theorem 3.2.3 (数学的帰納法による加法の定義). 自然数 a を与えたとき,
i) ϕ(1) = a ;
ii) ϕ(x ) = ϕ(x)
で定義される写像 ϕ : N → N が一意的に存在する。ϕ(b) = a + b と書き,加法という。値
a + b を a と b の和という。
加法に関して可換法則,結合法則が成り立つ。
Line of Proof. この証明はかなり大変である。それは証明が難しいのではなく,むしろ当たり
前すぎて,何を仮定してよいか,細心の注意を払わないと間違ってしまうからである。
筋道としては
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・存在するならば一意的であることを b についての帰納法で示す;
・存在することを a についての帰納法で示す;
・結合法則を c についての帰納法で示す;
・可換法則はまず ‘a + 1 = 1 + a’ を a についての帰納法で示す;
・次に可換法則を一般の場合に b についての帰納法で示す;
という仕組みになる。数学的帰納法が理論構成に本質的な役割を果たしていることが分かる。
一例として一番簡単な結合法則の証明を掲げておこう:
A) (a + b) + 1 = (a + b) = a + b = a + (b + 1)
ゆえに c = 1 に対して結合法則が成り立つ;
B) (a + b) + c = a + (b + c) が成り立っているとする。このとき
(a + b) + c
= ((a + b) + c) = (a + (b + c))
= a + (b + c) = a + (b + c )
よって c に対しても結合法則が成り立つ。数学的帰納法の原理からすべての c に対して結合
法則が成り立つ。
Remark. よく ‘1 + 1 = 2’ が「数学的真理」の例としてあげられるが,2 = 1 は ‘2’ の定義で
あり,それによれば ‘1 + 1 = 2’ は加法の定義に他ならない。
Theorem 3.2.4 (数学的帰納法による乗法の定義). 自然数 a を与えたとき,
i) ϕ(1) = a;
ii) ϕ(x ) = ϕ(x) + a
で定義される写像 ϕ : N → N が一意的に存在する。ϕ(b) = ab と書き,乗法という。値 ab を
a と b の積という。
乗法に関して可換法則,結合法則,分配法則が成り立つ。
Line of Proof. 加法の場合とほぼ同じように証明する。法則については
右分配法則 ⇒ 可換法則 ⇒ 左分配法則 ⇒ 結合法則
の順で示せばよい。
Exercise 1. 乗法の結合法則を加法の場合に倣って証明せよ。
Remark. 小学校で習った積 ab の定義は「a を b 回足すこと」であった。これは結果として正
しいが,実はまだ「b 回足す」という概念が定義されていないので,ここで使うことができ
ない。これは次に述べる順序の概念が定義されて初めて意味を持つ。
3.2.3 順序
Definition 3.2.5. 自然数 a, b に対して,a = b + k となる自然数 k が存在するとき,a は b よ
り大きい,b は a より小さいといい,a > b, b < a と書く。
a > b または a = b のとき a ≥ b と,a < b または a = b のとき a ≤ b と書く。
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Theorem 3.2.6. a) 自然数 a, b に対して,a > b, a = b, a < b のうち,一つ,しかもただ一つ
だけが成り立つ。
b) a > b, b > c ならば a > c である。
Corollary 3.2.7 (簡約法則). a) a + c = b + c ならば a = b である;
b) ac = bc ならば a = b である
Corollary 3.2.8. a) a ≥ b ⇔ a + c ≥ b + c ;
b) a ≥ b ⇔ ac ≥ bc
Exercise 2. これらの系 (corollary) を証明せよ。
Proposition 3.2.9. 1 は最小の自然数である。
Theorem 3.2.10. 任意の空でない N の部分集合 A には最小の数が存在する。
Idea of Proof. M = {b ∈ N; すべての a ∈ A に対し b ≤ a} とする。上から 1 ∈ M. またすべ
ての自然数が M に属することはない。なぜなら N は空でないので,ある a ∈ A であるが,
そうであれば a + 1 ∈
/ M. したがって b ∈ M で,b + 1 ∈
/ M となるものがある。b が求める
最小数である。
Theorem 3.2.11 (割り算の原理). 任意の a, b ∈ N に対し b = aq + r, 0 ≤ r < a をみたす
q, r ∈ N が一意的に存在する。
Definition 3.2.12. 自然数 n に対し,[1, n] = {a ∈ N; 1 ≤ a ≤ n} とする。[1, n] と同じ濃度を
持つ(一対一対応がつく)集合を個数 n の有限集合とよぶ。
Remark. これで初めて個数としての自然数が定義されたことになる。
3.3 整数
3.3.1 整数の定義
Definition 3.3.1. 次の性質をみたす集合 Z を整数環とよび,その要素を 整数という:
1) Z ⊂ N;
2) Z には加法および乗法が定義され,それらに関し結合法則,可換法則,分配法則が成り
立つ;
3) Z の加法はさらに群になっている。すなわち任意の整数 a, b に対して a + c = b となる整
数 c が存在する;
4) N の加法および乗法は Z のそれらと一致する;
5) Z の真部分集合で上記の性質 1) − 4) をみたすものは存在しない。
Remark. 集合 R が上記の性質 2) − 4) をみたすとき,これを環という。
Corollary 3.3.2. 1) Z には,任意の a ∈ Z に対し a + 0 = 0 + a = a をみたす零元 0 が存在
して一意的である;
2) 任意の a ∈ Z に対し a + (−a) = (−a) + a = 0 をみたす反元 −a が存在して一意的である;
3) 整数 a, b に対して a + c = b となる整数 c は c = b + (−a) と表せる。これを b − a と書く
Exercise 3. 1) 任意の a ∈ Z に対し −(−a) = a であることを示せ;
2) 任意の a, b ∈ Z に対し (−a)(−b) = ab であることを示せ(a0 = 0 は使っていい)
Theorem 3.3.3. Z は存在して一意的である
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3.3.2 整数の基本性質
Theorem 3.3.4. 1) 任意の整数 a ∈ Z に対し,
a ∈ N,
a = 0,
−a ∈ N
のうち一つ,しかもただ一つが成り立つ。 N に属する整数を正数,−a ∈ N である整数を負
数とよぶ。2) a, b ∈ Z がいずれも正であるとき,a + b, ab も正である
Remark. このような性質をみたす環を順序環という。その理由は以下の定理が成り立つから
である。
Proposition 3.3.5. 1) Z は単位元(a1 = 1a = a)を持ち,それは自然数 1 である;
2) a, b ∈ Z が条件 ab = 0 をみたせば,a = 0 または b = 0 である
Theorem 3.3.6. 1) a, b ∈ Z に対し,a − b ∈ N のとき,a は b より大きい,b は a より小さい
といい,a > b, b < a と書けば,これは N での順序の拡張となっており,これにより Z は全
順序集合となる;
2) a, b ∈ Z が条件 ab = 0 をみたせば,a = 0 または b = 0 である
Corollary 3.3.7. a) a ≥ b ⇔ a + c ≥ b + c ;
b) c > 0 ならば、 a ≥ b ⇔ ac ≥ bc c) c < 0 ならば、 a ≥ b ⇔ ac ≤ bc
3.4 有理数
3.4.1 有理数の定義
Definition 3.4.1. 次の性質をみたす集合 Q を有理数体とよび,その要素を 有理数という:
1) Q ⊂ Z;
2) Q には加法および乗法が定義され,それらに関し結合法則,可換法則,分配法則が成り
立つ;
3) 任意の有理数 a, b ∈ Q に対して a + c = b となる有理数 c が存在する;
4) 任意の有理数 a = 0, b ∈ Q に対して ac = b となる有理数 c が存在する;
5) Z の加法および乗法は Q のそれらと一致する;
6) Q の真部分集合で上記の性質 1) − 5) をみたすものは存在しない。
Remark. 上記の性質 2) − 5) をみたす集合 F を体とよぶ。実数全体,複素数全体もまた体で
ある。自然数から始まった整数環,有理数体へという代数系としての拡張はここでひとまず
完成する。
Corollary 3.4.2. 1) 1 は Q でも単位元である(a1 = 1a = a)
;
−1
−1
2) 任意の a = 0 ∈ Q に対し aa = a a = 1 をみたす逆元 a−1 が存在して一意的である;
b
3) 有理数 a = 0, b に対して ac = b となる有理数 c は c = ba−1 と表せる。これを とも書く
a
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Exercise 4. 任意の a = 0 ∈ Q に対し (a−1 )−1 = a であることを示せ
Proposition 3.4.3. 1) b = 0, d = 0 ならば,
ときに限る;
a c
2) 任意の , ∈ Q に対し
b d
a c
3) 任意の , ∈ Q に対し
b d
a
b
a
b
c
b
= となるのは ad = bc のとき,しかもその
a
d
c
ad + bc
+ =
;
d
bd
c
ac
· =
d
bd
Theorem 3.4.4. Q は存在して一意的である
3.4.2 有理数の基本性質
p
Theorem 3.4.5. 任意の有理数 a ∈ Q は a = , p ∈ Z, q ∈ N と書ける。
q
r
p
Theorem 3.4.6. 1) a = , b = ∈ Q, p, r ∈ Z, q, s ∈ N に対し,ps − qr ∈ N のとき,a は b
q
s
より大きい,b は a より小さいといい,a > b, b < a と書く。これは Z での順序の拡張となっ
ており,これにより Q は全順序集合となる(すなわち任意の有理数 a ∈ Q に対し,
a > 0,
a = 0,
a<0
のうち一つ,しかもただ一つが成り立つ)
;
2) a, b ∈ Z がいずれも正であるとき,a + b, ab も正である
Remark. このような順序を持つ体のことを順序体とよぶ。
Corollary 3.4.7. a) a ≥ b ⇔ a + c ≥ b + c ;
b) c > 0 ならば、 a ≥ b ⇔ ac ≥ bc;
c) c < 0 ならば、 a ≥ b ⇔ ac ≤ bc
Proposition 3.4.8. 異なる二つの有理数 a, b に対し,その間にある有理数 c ; a < c < b が必ず
存在する
Remark. これに対し,整数環では a と a + 1 の間に整数は存在しない。つまり整数は 離散的
であるが,有理数はそうでない。
Exercise 5. これを証明せよ。
p
r
Hint. a = , b = , p, r ∈ Z, q, s ∈ N と表せば
q
s
p
p+r
r
<
<
q
q+s
s
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前回のレポートについて
最初の問題は次のようでした。
1. 2003 年の東京大学の入試問題に「円周率が 3.05 より大きいことを証明せよ」という問
題が出た。
(a) これに対し,
「円周率は 3.14 だから」という解答がかなりあったときく。これは証
明として正しいか? 理由を付して答えよ。
(b) 「これが 3 より大きいことを証明せよ」であったらどう答えるか?
(c) 東大の問題自体に皆さんはどう答えるか?(時間が足りなければ,方針だけでも)
(a) [解答例]正しくない。π = 3.14 というのは知っている知識であって,学校数学の中で
証明されたものではない。[またこれも近似値であって,正確には π > 3.14 を用いないと所
与の命題は導けない。]
[講評]半分以上の方が,これに近い言い方をしていました。しかし何人か「必要十分でな
い」など理解できない理由を挙げていました。
一人「そのように習い,その人にとっては事実だから正しい」という解答がありましたが,
これは「証明」とは与えられた命題の正しさを,証明を読む人に納得してもらうコミュニケー
ションであるという事実を無視しています。ただこの指摘はこの問題が持つある種の「曖昧
さ」を突いていることも確かです。つまり「何を前提にしてよいか?」が完全に明らかとは
言えません。以下に述べるように,この問題の解き方によっては,
「2点を結ぶ最短距離は線
分で実現される」という命題を用いることになりますが,これを用いていいかどうか自明で
はありません。
(b)[解答例]単位円に内接する正6角形を作れば,明らかにその周の長さは 6 である。隣
り合う頂点を結ぶ辺の長さは対応する弧長より短いので,円周の長さが 2π であることから,
π > 3.
[講評]大変よくできていました。解答例はそこで多かったものですが,厳密に言うと問題
がないわけでもないことは (a) の講評で述べたとおりです。正 12 角形の面積を使えばこれが
6 になることから,厳密な証明になります((c) 参照)。
π
(c)[略解]単位円に内接する正 2n 角形の面積を計算すると 2n sin となる(この証明省略)。
n
√
√
π
2
π
1
n = 8 とすると,cos( ) =
2 − 2. よって正 16 角形の面
であることから,sin( ) =
4
2
8
2
√
√
積は 8 2 − 2. であるから,正 16 角形が円に含まれていることにより,2π ≥ 8 2 − 2.
√
したがって 8 2 − 2 > 2 × 3.05 = 6.1 を示せばよい。(左辺は正であることに注意して)
√
この両辺を自乗した 64(2 − 2) > 6.12 = 37.21 を示せばよい。移項するとこの不等式は
√
64 × 2 − 37.21 = 90.79 > 64 2 と同値である。ふたたび両辺を自乗すれば 8242.8241 > 8192
でこの不等式は成り立つ。
[講評]これは突っ込まれることのない解答ですが,解に到達した多くの方は
・正多角形の周の長さを使う;
・平方根のところで近似値を使う;
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・n = 12 を使う
などの点でこの解答と違いがありました。n = 12 を使うことは本質的に同じで問題がありま
せん。またお気付きの方もあったかと思いますが,正 2n 角形の面積は正 n 角形の周の長さ
と同じになります。したがって (a) の講評で述べた問題を別にすれば,正 8 角形の周の長さ
を使って解答を書くこともできます。しかし平方根のところで近似値を使うのは,実は (a)
√
で犯した過ちを繰り返している可能性があって,問題です。例えば 2 1.414 などとやっ
たら (a) での解答と同じことになります。
これで n をどんどん大きくしていって近似値を求めるのが,円周率の一つの計算方法でし
た。その方法を用いて円周率の級数展開も求まるのですが,その式を日本の和算家は独立に,
しかもおそらく西洋より早く得ています。
質問・意見に対するお答え
●1m,1g,1秒 の定義は何ですか?
答:様々の(物理)量には「単位」があり,その基準量との「比」によって,量は「数」に
なります。
お尋ねの量はこの由来が比較的よく分かっているものです。
・1mは地球の赤道から北極までの子午線の長さを1万 km として定めたものです。ただし
現在は光の速さをもとに決めています。
・1gは1立方 cm の水の重さです。厳密には最大密度を取る 4◦ C の。ただし現在は「キロ
グラム原器」を元にしていますが,問題があるようです。
・1秒は1日の長さ(地球の自転の長さ)を 24 時間としたものですが,これも現在は原子
時計を使って決めています。
詳しくはウェブページなら Wikipedia「物理単位」,文献なら「理科年表」をご覧になると
よいでしょう。
1m,1gは近代になって定めた単位なので,
「学問的」にできています。これに対し日
本の伝統的な尺貫法や英米でのヤードポンド法などは日常生活と結びついた単位の決め方に
なっています。
●円を1周して 360◦ としたのは,この数がたくさんの約数を持っていて便利だからという
話を聞いたことがありますが。
答:それはおそらく結果としてそうだったというだけで,理由ではないでしょう。これはみ
んなで相談して決めたとか,学者が考えて決めたとかいうものではないので,身近で単純な
理由からそうなったと考える方が妥当だと思います。もちろん本当のところは分かりません
が。
しかし 360 = 12 × 30 の因数分解は大切です(理由はお解りですね)。古代バビロニアで
「1 時間= 60 分」「1 分= 60 秒」という 60 進法が採用されたのは 12, 30 の最小公倍数が 60
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ということと関係するかも知れません。
● y = ax のグラフの a による変化を見ると,a = 1 を中心に対称的なので,実数の集合
A = {a ∈ R; 0 < a < 1} と B = {a ∈ R; 1 < a < ∞} とは同じ濃度のはずなのに,後者の範
囲が広いので,前者の方が濃度が濃いように思います。どこがおかしいのでしょうか?
答:数学用語としての「濃度」と物理・科学用語としての「濃度」を混同しています。
数学用語として「(二つの集合の)濃度が等しい」とは,二つの集合の要素(元)の間
に一対一の対応が与えられる場合を言います。上の例で言えばお書きになっているように
A ↔ B : a → 1/a がその対応を与えます。
これに対して物理量としての「濃度」は異なる物質が一緒になっている場合の特定の物質
の割合を言います。したがって今の場合この意味での「濃度」は意味がありません。たまたま
日本語が同じだったので勘違いされたのでしょう。数学用語の「濃度」は英語では “cardinal”,
物理量の「濃度」は “thickness ” と言います。
○○さんのイメージはむしろ「密度」(“density”)でしょうか。つまり単位量あたりの濃
度ということです。でもこれも A と B で同じです。確かに私たちの直感に反しますが,そ
れは無限の世界では,有限の世界の直感が成立しないからだ,としか言えません。自然数と
有理数とが同じ濃度だというのも同じ理由でなかなか納得しにくいのではないでしょうか?
ちなみに比較するとき,数学の濃度は「大きい」,物理量の濃度は「濃い」,密度は「高
い」と言います。言葉は難しいですね。
y = ax のグラフが a と 1/a とで左右対称になっていることを,○○さんが見出されたの
は素晴らしい発見です。加法の世界で正負が対称になっているように,乗法の世界では逆数
を取ることが基本的な対称性に当たります。
0
= 0 ですか?
0
答:これは数学としては FAQ に属する質問で,答は「定義できません」です。
「不定である」
∞
とも言います。
も同様です。
∞
a
理由は分数の定義から分かります。つまり = x であるとは,x が bx = a を充たすこと
b
です。ここで a = b = 0 とすれば, 0x = 0 ですから,これはどんな x に対しても成立する
0
ことになります。したがって は一意的に決まりません。
0
f (x)
ただしこれは f (x) → 0 (x → 0), g(x) → 0 (x → 0) のときに, lim
がどうなるか?と
x→0 g(x)
いう問題とは全く別です。
●
●指数関数や対数関数の性質として「狭義」単調増加と限定する理由は何ですか?
答:この理由ははっきりしていて,後で逆関数を取るからです(指数関数の逆関数として対
数関数を定義,あるいはその逆)。逆関数が存在するためには,違う数 x1 = x2 に対し値が同
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じ(f (x1 ) = f (x2 ))になってはいけません。狭義単調増加(x1 < x2 ⇒ f (x1 ) < f (x2 ))は
それを保証してくれます。定数関数 f (x) = a も単調増加関数ですが,逆関数はありません。
●円周率 π の正確な値はどう計算するのですか?
答:円周率についてはその計算方法を含めいくつもよい本が出ていますから,ご覧下さい。
ここでは二つだけ挙げておきましょう:
• 金田康正「πのはなし」東京図書(コンピュータでの計算の世界チャンピオン自身に
よる解説)
• 小林昭七「円の数学」裳華房(いろいろ数学的に関係のある深い話題が取り上げられ
ています)
無限級数で円周率を表す最も簡単なものは次のグレゴリーの公式です:
π
1 1 1
= 1− + − +···
4
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証明は arctan x のテイラー展開から得られます。しかしこの級数は収束が遅く,具体的値の
計算には使い物になりません。もっとよい方法については,文献をご覧下さい。
●円周率 π が「超越数」であるとききました。証明が知りたいのですが。
答:
「超越数」とは,どんな整数係数の代数方程式の解としても書けない数のことです。ち
なみに「無理数」とはどんな整数係数の一次方程式の解 ax = b としても書けない数のこと
です。
円周率 π や自然対数の底 e はいずれも超越数です。そのことは19世紀後半に証明されま
した。証明はかなり難しく,実は私もまだちゃんと読んだことがありません。上記の小林昭
七氏の本には後のより初等的な証明が載っています。
e が無理数であることは,e のテイラー展開を使うと比較的簡単に証明できます。挑戦し
てみて下さい。
●微分や積分は最初何のために生み出され,何に使われたのですか?
答:この答も歴史的にはっきりしています。数学理論としての微分積分は物体の運動を調べ
るため,つまり力学の研究に用いるため,Newton, Leibniz らを中心として生み出されまし
た。17世紀のことです。道のりの微分が速度であり,速度の微分が加速度で,Newton 力学
の基本法則は微分の概念を用いて述べられます。また Newton の万有引力の法則から,Kepler
の法則が証明されるわけですが,それは微分積分学理論の枠組みなしには不可能です。
●演習問題の解答を下さい
答:皆さんが解答可能と思われるものについては書いていません。また第4回のものは本質
的に第2回レポートの課題だったので,答はお配りしていません。第2回レポートの講評と
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ともに,概要を示す予定です。
ただ通常の講義でも演習問題の解答を,特に詳細な解答を求める声が強いのですが,私は
その要求にあまり応えたくありません。解き方はあくまで自分で(友達と一緒でもいい)考
えて,またそれが(解き方を含めて)正しいかどうかの判断までできるようになってほしい
からです。もし解き方が分からない,あるいは正しいかどうか自信がない,というときには
遠慮なく私に質問して下さい。ただしその時は,自分はどこまで考えて,どこが分からない,
あるいは正しいかどうか自信がないのかをはっきりさせて下さい。それを突き詰めると多く
の場合は自分で答が分かるか,あるいは質問に対する私の答がすぐに納得できるでしょう。
●講義がよく分かりません
答:講義では時間が十分に取れないので,私の説明はかなり不十分です。(しかもそれが全
部きちんと皆さんに届いているかどうかも分かりません。板書が読みにくいのは私の責任で
す。ゴメンナサイ。)したがって講義中に「なるほど」と感じたりすることはあっても,隅々
まで理解できることは不可能だと思います。理解するためには,是非復習をして下さい。最
低限講義と同じ時間だけ復習の時間を取らなければ完全な理解は難しいでしょう。もしそこ
で考えてどうしても分からないところがあったら,質問して下さい。
理解するための一番よい方法をお教えしましょう。それは,私の配付プリント,講義のと
きに取ったノートをもとに,自分自身の完全な(証明を含む)ノートを作ることです。今回
のレポート問題は,特定の課題についてこれを作るようにという趣旨です。
第2回レポート(再記)
●課題:次のうち一つ以上を選んで下さい:
x
dt
1.対数関数を積分 log x =
で定義し,その逆関数として指数関数を定義することで,
t
1
対数関数・指数関数の基本性質を示せ;
x
dt
√
2.逆三角関数を積分 Arcsinx =
で定義して,その逆関数として三角関数を定
1 − t2
0
義し,基本性質を示せ。
3.双曲線関数 sinh(x), cosh(x) の基本性質を述べ,それをここで述べた三角関数と同様の
やり方で定義し,基本性質を示せ。
●仕様:A4 横書き,
(ワープロ印刷)10∼12 ポイント,30∼40 行,5 ページ程度(表紙を含
む),
(手書き)7∼15 ページ(表紙を含む)
[ワープロ印刷を推奨する]
;表紙を必ず付け,題
名,学生番号,氏名を明記する。
#レポートを5枚も書けるか自信がない,との意見がありました。しかし表紙があるので実
質4枚,
「程度」があるので最低ページ数は3枚です。この課題に対し,きちんとした証明を
含む解答を書いたら,3枚では足りないと思います。
裏技として,数式を独立した行にするとスペースをかなり稼げますよ。
IM06w-7
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●提出期限:12月22日(金)授業時間修了時
●提出方法:1)メールによる送付(推奨)
:添付ファイルとして。ファイルは pdf ファイル
とする。このときメールの subject とファイル名は「学生番号」とするとともに,メール本文
の中に氏名を記す。名無しのメールは受け付けない。メールによる提出で受け取った場合に
は必ず受領の返事を出すので,もし送付後3日以上経っても受領通知が来ない場合には問い
合わせて下さい。
2)共通教育事務室廊下に設置するレポート提出箱に投函
3)講義時に提出
連絡先等
• 研究室:理1号館 506 号室
• オフィスアワー:木曜日 11:30∼12:30(それ以外の場合は事前にアポを)
• E-mail : [email protected]
• Tel.: (052-789-) 4746
• Website : http://www.math.nagoya-u.ac.jp/˜namikawa/