一人一人が生き生きと運動に親しむ学校体育を目指して ~ 運動に親しみをもたせる体育活動の工夫 ~ 鹿児島市立福平小学校 1 はじめに 学習指導要領の体育科の改訂の方向性として, 「生涯にわたって健康を保持増進し,豊かなスポーツラ イフを実現すること」, 「心とからだをより一体としてとらえ,健全な成長を促すこと」が重視されている。 運動する子とそうでない子の二極化が進んでいること,子どもの体力低下が現れてきていること,生涯に わたって運動に親しむ資質や能力が不十分になってきていることなどがその背景として挙げられる。 本校の児童もその傾向が顕著に現れており,「体力運動能力調査」では全国平均のみならず,県や市の 平均をも下回る結果がここ数年続いてきた。さらに「運動する時間や量の減少により,けがを未然に防ぐ 能力が育っていないのではないか」, 「基本的な生活習慣に乱れがあるのではないか」, 「外遊び不足によっ て,コミュニケーション能力が十分に育っていないのではないか」などといった課題が職員からも挙げら れるようになった。 このような状況を打開するためには,子どもたち自身が運動に対する関心・意欲を高め,運動欲求を満 たすとともに,ここで得た満足感や充実感をもとに,他の教科や活動にも積極的に取り組んでいくことが できるような環境を構築することが必要であると考えた。 2 研究主題設定の理由 子どもたちが運動の特性にふれることのできる学習活動を展開したり,自らの体力向上に取り組めるよ うな自主的活動を推進したりすることができれば,子どもたちは運動に対して主体的に取り組み,他の教 科や活動にも積極的に取り組んでいくことができると考えた。つまり,「運動に親しむ子ども」を育てる ことが生涯スポーツや健康の保持増進に必要な態度や体力を含めた能力を高めることにつながるという ことである。 今回の学習指導要領において,体つくり運動を全学年で実施することとなった。この運動領域のねらい は,「さまざまな運動(遊び)を経験させることで,体を動かす楽しさや心地よさを味わわせる」,「子ど もたち自身が運動の必要性を感じとり,体の基本的な動きを身に付けたり体力を高めたりする」ことにあ る。 この体つくり運動の運動内容や指導過程を検討・作成し,さらに主体的に運動できるような環境づく りや手立てを工夫すれば,運動に親しむことのできる子どもを育てられ,体力の向上につなげること ができるのではないだろうかと考えた。 3 研究の仮説 (仮説1) 運動に対する子どもたちの意欲を高め,生き生きと活動できるような体つくり運動の運動内容や 指導過程を工夫すれば,運動に親しむ子どもを育てられるのではないだろうか。 (仮説2) 子どもたちが主体的に運動できるような環境づくりや手立てを工夫すれば,運動に親しむことの できる子どもを育てられ,体力の向上につなげることができるのではないだろうか。 -1- 4 研究の内容 上記の仮説を実証するために,以下のように内容を整理し研究実践を行うことにした。 ・ 授業で取り扱う「多様な動きをつくる運動(遊び) ・体力を高める運動」の,内容選択及び期待さ れる体力の分類化 ・ 体つくり運動の運動内容及び指導過程の工夫 ・ 体つくり運動の動きと他の運動領域の動きとの関連の分析 ・ 研究授業による検証及び課題の把握 ・ 子どもたちが主体的に運動できるような環境づくりや手立ての工夫 5 研究の実際 (1) 仮説1について ア 多様な動きをつくる運動及び体力を高める運動の運動内容と期待で 授業で取り扱う「多様な動きをつくる運動 きる体力の分類表 ( 4 (遊び)・体力を高める運動」の,内容選択及 (体のバランスをとる運動) び期待される体力の分類化 運動名 年) 運動内容 体つくり運動の授業において, 「多様な動き 期待できる体 力 をつくる運動(遊び)・体力を高める運動」を みんなでバラン 腕をしっかりと組み,全員の呼吸を合わせて立ち上 調整力(平衡 具体的にどのように展開していくのか,各学 ス立ち がる。 性),筋力 年の運動内容を「小学生の体育」(鹿児島県 立ち上がりじゃ マットの上で2人が正座の状態で向かい合い,腕を 調整力(平衡 保健体育研究会 編)から選択し,その運動 んけん 思い切り振った勢いで立ってじゃんけんをする。 性),筋力 構造を分析した。さらにその運動を行うこと ボー ル はさ み リ 2人背中合わせでボールをはさみ,移動しながらリ 調整力(平衡 で期待される体力を分類した。 レー レーする。 性),筋力 作成に当たっては,「子どもたちが体の基本 的な動きをバランスよく身に付けることがで きるようにすること」及び「運動内容を系統 (体を移動する運動) 運動名 運動内容 的に配置すること」を重視した。 力 ジグザグコー ン イ 期待できる体 等間隔に置かれたコーンをジグザグに走りながらリ 調整力(敏捷 体つくり運動の基本的な指導過程 (ア) 「つかむ・見通す」 単元全体の学習の流れを子どもたち自身にも理解させ,これから学習することの見通しをもたせることが必 要であると考えた。 (イ) 「ためす」 学習指導要領に示された体つくり運動の目標の中の「基本的な動きができる」とは,「(その単元お よ びその時間において)技能を習得させる」ということではなく,「将来的に身に付ける(できる)」ようにするもの であるととらえた。そのため,体つくり運動の一単元の学習では,さまざまな運動(遊び)を目標に沿って正し く行い,自分に合った動きになるように試行錯誤したり自分なりに動きを工夫したりする活動が大切であると 考え,「ためす」とした。 (ウ) 「生かす」 この段階では,周囲に自分の動きを教えたり友だちの動きのよさを認めたりして,活動に対する満足感・充 実感を味わわせるとともに,経験した動きを日常生活に生かしていけるようにすることが大切であると考え, 「生かす」とした。 ウ 体つくり運動の動きと他の運動領域の動きとの関連の分析 体つくり運動の「多様な動きをつくる運動(遊び)」のねらいは,「基本的な動きを総合的に身に付ける」ことに -2- ある。「総合的に」なので,限定的にとらえることは避ける 多様な動きをつくる運動及び体力を高める運動の運動内容と べきであるが,○○の運動がマット運動の△△の動きにつ 期待できる体力分類表 ながるということが整理できていれば,体つくり運動の動き (体のバランスをとる運動) を主運動につながる補助運動としても生かすことができる 運動名 ( 4 年) 運動内容 はずであると考えた。 期待でき つながる運動 る体力 名 そこで「多様な動きをつくる運動及び体力を高める運 動の運動内容と期待できる体力の分類表」に新たに「つ ながる運動名と動き」の項目を追加した。多様な動きをつ と動き みんなでバ 腕をしっかりと組み,全員の呼 調整力(平 ランス立ち 吸を合わせて立ち上がる。 衡性),筋 跳び箱運動の くる運動(遊び)で経験する動きの構造及びそれに伴って 使う体の部位等を分析することで,体つくり運動を「主運 動につなげるための感覚づくり」としても生かすことが期 待できると考えた。 踏み切り 力 立ち上がり マットの上で2人が正座の状態 調整力(平 じゃんけん で向かい合い,腕を思い切り振 衡性),筋 マット運動の開 った勢いで立ってじゃんけんを 力 脚技 する。 エ 研究授業の実施 体つくり運動の指導内容や指導過程を作成・検討するための研究授業を計5回実施した。その後授業 研究を行い,今後の研究の課題を話し合った。 <第4学年 多様な動きをつくる運動> (ア) 授業の視点 ・ 「体つくり運動」導入の目的 ・「体つくり運動」の基本的な指導過程 (イ) 授業の様子 -3- (ウ) 授業研究で出された意見 ・ 子どもたちが生き生きと活動していた。 ・ 体つくり運動での指導すべき内容がある程度見えてきたように思う。 (エ) 今後の課題 ・ 体育科の年間指導計画における各運動領域の時数を,本校の実態(体力・運動能力調査の結果 等)に応じて編成し直すべきである。 <第5学年 体力を高める運動~動きを持続する能力を高める運動~> (ア) 授業の視点 ・ 「体つくり運動」の指導過程の検証 ・ 指導過程の各段階での具体的な指導法 (イ) 授業の様子 (ウ) 授業研究で出された意見 ・ 指導過程の言葉が分かりづらい。再考すべき。 ・ 子どもたちの中には,まだ余裕を持って走っている子もいた。運動負荷も考えると,コース選 択をさらに考えさせる必要があるように感じた。 (エ) 今後の課題 ・ 基本的な指導過程を,学習指導要領の目標と内容,本校の児童の実態とを照らし合わせ,再 考すべきである。 ・ 学習指導要領では,体つくり運動の領域に「無理のない速さでのかけ足を○~○分程度続け ること」と示されている。持久走に競技性を求めるのか,走る楽しさを味わわせるのか,今後 も研究を深め,共通理解を図っていく必要がある。 <第1学年 多様な動きをつくる運動遊び> (ア) 授業の視点 ・ 「体つくり運動」の指導過程の検証 ・ 「体つくり運動」の評価のあり方 -4- (イ) 授業の様子 (ウ) 授業研究で出された意見 ・ 「つかむ・見通す」 ・ 「ためす」・ 「生かす」の指導過程が分かりやすかった。 ・ 場の設定に工夫の余地(安全面,活動しやすい場等)があるように思った。 ・ それぞれの運動遊びのねらいを,子どもたちにもっと理解させるべきではないだろうか。 (エ) 今後の課題 ・ 評価規準の観点を「関心・意欲・態度」・ 「思考・判断」 ・「行い方」と設定した。 「行い方」に ついては, 「それぞれの運動(遊び)の意図する動きを正しく行うことができる」との考えから 設定したが,今後「技能」との絡みと合わせ検討していく必要がある。 ・ 1単位時間に一人一人の子どもについてすべての観点を評価するのは教師の負担が大きい。年 間指導計画の中で, 「この過程でこの観点を評価する」ことがわかるようにしていく。 <第3学年 多様な動きをつくる運動> (ア) 授業の視点 ・ 「体つくり運動」の動きと他の運動領域の動きとの関連 ・ 「体つくり運動」の評価のあり方 (イ) 授業の様子 -5- (ウ) 授業研究で出された意見 ・ 子どもたちが満足感・達成感を十分に味わっていた。 ・ 「ためす」段階でさまざまな工夫した動きを行っていてよかった。 ・ ステーションを増やすといろいろな動きを体験させられるが,教師の目が届かない可能性もあり,安全 面から考えると難しい。 (エ) 今後の課題 ・ これまでの研究で構築・共通理解された体つくり運動の指導過程及び指導内容を共通実践していくこ とが必要である。 <第6学年 バスケットボール> (ア) 授業の視点 ・ 主運動につなげる準備・補助運動としての体つくり運動」のあり方 ・ 体つくり運動の動きと他の運動領域の動きとの関連 (イ) 授業の様子 (ウ) 授業研究で出された意見 ・ 補助運動での動きが主運動に生かされているのが見ていて分かった。 ・ 補助運動に重点を置き過ぎると,主運動の内容が軽くなる恐れもある。バランスを考えるのが必要で はないか。 (エ) 今後の課題 ・ 「体力を高める運動」を補助運動としてとらえるのは再考すべきである。「主運動に熱中させながら体 力を高めていく」指導過程を作成する必要がある。 (2) 仮説2について 子どもたちが主体的に運動する態度を育て,それが体力向上へつながっていくように,本校の一 校一運動である「縄跳び運動」を推進するとともに,「福平タイム」(金曜日8:20~8:35) の時間において「昔遊び」を行うこととした。 -6- ア なわとび運動について 低・中・高学年用の縄跳びカードを作成・配布した。子どもの発達段階を考慮して種目や回数を 決め,回数をクリアできれば担任がスタンプを押して級が上がるようにした。二重跳び練習用のジ ャンピングボードを作成するなど,運動に対しての意欲が持続するように環境整備も行った。 イ 昔遊びについて 朝の「福平タイム」に活動する。低学年 (1・2年)中学年(3・4学年)高学年 (5・6年)に分け,月に1回ずつ行う計画 を立てた。遊びの方法を示したカードを教室 に設置し,事前に説明や紹介をするようにし た。遊びを紹介し経験させることで,昼休み や地域などで日常的に子どもたちが運動遊び に取り組めるようにすることをめざした。 ウ 運動会における長縄種目の設定について 一校一運動の推進をさらに図るために,運動会の新種目として,クラスごとに長縄(8の字)競 技を行うこととした。運動会に向けて朝の時間や休み時間を利用し,教児一体となって練習に取り 組む様子が見られるようになった。 (練習風景) 6 (運動会当日) 研究の成果と課題 (1) 成果 ・ 休み時間に校庭に出て運動や遊びに取り組む子どもたちが増えた。 ・ 「つかむ・見通す」 ・ 「ためす」 ・ 「生かす」という,本校独自の体つくり運動の基本的な指導過程が できた。 ・ 研究授業を通して,全職員が「体つくり運動」単元の指導過程及び指導計画,運動内容等について 理解を深め,授業実践に生かすことができた。 ・ 体つくり運動の内容の系統を明確にできた。 ・ 一校一運動の「なわとび運動」や「昔遊び」の企画・実施によって,子どもたちが運動に親しむこ とのできる環境をつくることができた。 (2) 課題 ・ 体つくり運動以外の各運動種目の評価規準を「どの過程でどの観点を」の視点で作成し,指導と評 価の一体化を図っていく必要がある。 ・ これまでの取組によって高まってきた運動に対する子どもたちの関心・意欲を,いかに持続・向上 させていくか工夫していく必要がある。 ・ 体育科における言語活動の充実をどのように図っていくか研究を深める必要がある。 ・ 体力運動能力調査で得られた児童一人一人のデータから個人カルテを作成し,子どもたちが自己の 能力・課題を把握し,体育科の学習や日常的な運動の実践に生かせるようにしていくことも今後行っ -7- ていく必要がある。 7 おわりに 研究実践を始めてから,校庭から子どもたちの元気な声が響くようになってきた。 当初体つくり運動の授業づくりに戸惑いを覚えていた教師も,「指導過程や運動内容のイメージが湧いた」と, 生き生きと運動に取り組む子どもたちの姿に目を細める。 県教育庁保健体育課が本年度推奨した「チャレンジかごしま」の「長縄エイトマン(長縄8の字跳び)のランキン グでも,トップ10に入るクラスが4組出るなど,全校で一つの目標に向かって取り組む雰囲気をつくり上げること ができた。 「運動に親しむ」子ども本来の姿を今後も大切にしていきたい。 -8-
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