VILLAIN だいふく ︻注意事項︼ このPDFファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にP DF化したものです。 小説の作者、 ﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でPDFファイル及び作 品を引用の範囲を超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁 じます。 ︻あらすじ︼ BLEACHが完結した時に書こうと思った二次創作の供養。 目 次 VILLAIN │││││││││││││││││││││ 1 VILLAIN 森の中を一人の青年が歩いていた。 齢は二十歳に少し及ばないくらいに見える外見で、細身ではあるも のの上背はかなりのものである。黒い髪を短く切り揃え、無造作に掻 き乱したような髪型をしている。身体は煤や砂埃で汚れており、着て いるのは擦り切れそうなほど薄い着物一枚だ。しかしそんなみすぼ らしい見た目からは想像もつかないくらいにぎらついた灰色の眼光 をその双眸から覗かせている。 青年は別に、道に迷ってこの森の中にいるわけではない。しかし自 分のいる場所が一体どこなのかという情報が決定的に欠落している。 この森の名称さえ青年は知らなかった。いや、そもそも││ 彼は、自分の名前以外は何も覚えていなかった。それが唯一、彼の 記憶に刻まれていた情報であった。 青年は自分がどこで生まれどこで育ちどこで暮らしてきたのか│ │つまり己の人生の軌跡を何一つ覚えていない。簡単に言ってしま えば記憶喪失というものである。 記憶喪失といっても一般的な知識を失っているわけではないから、 林檎を差し出されてその名称を問われれば林檎だと答えることは出 来る。けれど、自分が何者か分からないという事実は得体の知れない 恐怖を孕んでいる。 実際、青年はその恐怖に苛まれていた。しかしそれ以上に、自身の ことを知らなくてはならないという気持ちが強かった。だから行く 宛てがなくとも彼はこうして歩いているのであった。 ﹁⋮⋮しかし、ホントに何もねえな﹂ ふと立ち止まった青年がぼやく。 彼の視界に映るのはひたすらに木、木、木。その他にはなにも見え ない。人里が近ければ、あるいは少しでも開けた場所があればいいと 思って歩いていたが、このままでは埒が明かない。 ﹁でかい木でもあればいいけど⋮⋮﹂ 頭一つ抜けて高いところから見渡せば一帯を把握できると思った 1 が、そもそもそんな木が見つからない。木々が鬱蒼と茂っているせい で上のほうを見上げても、精々目の前にある木の高さが分かるくらい だ。僅かに木漏れ日が差し込む程度の隙間からは、空さえまともに見 えはしない。 途方に暮れて、彼は再び歩き始めた。 しばらく歩いていると、肌をぴりぴりと刺すような感覚が彼を襲っ た。この感覚は気のせいではないし、毒虫に刺されたとか急病とかそ ういうわけではない。この感覚を、彼は、今は覚えていないどこかで 何度も体験していたように感じていた。 その原因は、恐らくこの先にある。それを覚ったと同時に、青年は 森の中を走り出した。 この感覚の正体が何なのかは分からない。分からないが知ってい る以上、それを引き起こすモノには彼が何者なのかを示す手がかりが ある筈だと考えたのである。 ・ ・ 青年は疾風の如く、木々の隙間を縫って駆ける。その速度は人間の 出せる速度をゆうに超えている。 走れば走る程にその感覚は増してゆき、何かがその先にいるのだと いう確信を得られた。段々と地鳴りのような音も聞こえてきた。 一分も掛からないうちに、青年は森を抜けた。こうも簡単に抜けら れるのであれば最初から走っておけば良かったと思ったが、後の祭り だ。 少しの先に、何か巨大なモノの姿があるのが分かった。それを視界 に映すと同時、青年の全身を撫で回すように怖気が駆け巡った。それ は、今まで感じていた感覚とはまた別の、目の前のソレに対する恐怖 に由来するものであった。 ソレは巨大な化物の姿をしていた。 全身が白い鎧のようなもので覆われており、異常に発達した両腕を 地 面 に つ け る か た ち で 四 足 歩 行 を と っ て い る。そ の 姿 勢 の ま ま で あっても、単純な高さで青年の五倍近くあった。そして、最も異様な のが顔の部分である。巨大な両腕の付け根は最早肩がどこにあるか さえ分からない有様で、ちょうどその真ん中の部分に取ってつけたよ 2 うな小さい顔があり、その顔には白い骸骨のような仮面がつけられて いた。 化 物 は そ の 重 い 図 体 を 揺 ら し な が ら 青 年 の 方 に 走 っ て き て い る。 しかしそれは青年を目掛けて走っているのではなかった。 化物の正面を、黒い装束を着て腰に刀を差した少女が、ちょうど猫 に追われるネズミのように走ってきていたのである。あの化物はど うやらこの少女を追っているらしかった。 ﹂ 青年が少女に気付くと同時、少女も青年の存在に気付いたらしい。 ﹁え、うそ、何でこんなところに人が 少女は驚嘆の声を上げる。どうやら青年のいた森は人が寄りつか ないようなところらしい。確かにあんな化物が湧くのであれば人も 近付かないだろうと、青年は頭の中で勝手に納得した。 納得しているうちに少女が青年のところに辿り着き、立ち止まるこ となく青年の手を引いて森の中へ駆け込んだ。青年は突然のことに 抗議の声を上げる。 ﹁おい、ちょっと││﹂ 君はあれに殺されたいの ﹂ !? 方なく少女に従うことにして横に並んで走った。 背後で木々を薙ぎ倒す音が聞こえる。あの化物が障害物を無視し て森に入ってきているのだろう。あの図体ならばこんな森は背の高 い草むらみたいなものだが、逆に言えばこの草むらの中では青年たち は虫のようなものだ。見つけるのにも一苦労だろう。 青年は今すぐにでも立ち止まってあの化物のところへ戻りたい気 分だった。 恐怖を感じたのは最初の一瞬だけで、今はもうその感情はない。そ れよりも、最初に青年を襲ったあの肌を刺すような感覚の原因があの 化物にあるかどうかを確かめたかった。しかし、この少女といる間は 3 !? しかし、少女はそんな青年を睨みつけて黙らせた。 ﹁なに ﹂ ! 少女が半ば強引に話を切り上げて走る速度を上げたので、青年は仕 ﹁だったら走る ﹁別にそういうワケじゃないけど﹂ !? そういうわけにもいけないし、多分手も離してくれないことだろう。 しばらく走っていると、二人がゆうに入れるサイズの洞が根元にあ いている太い木を見つけたので、青年と少女は二人でその洞に身を隠 した。 ﹁もう大分離れた筈だから、しばらくここで隠れてよ﹂ そう言って、少女は膝を抱えて地面に座り込んだ。青年もそれに 倣って地面に胡坐をかいて座る。青年の身体からも確かにざわつく 感覚がずいぶん引いていた。 青年は一呼吸して調子を整えると、共に走ってきた黒装束の少女を 見つめた。 少女は青年と同じく黒い髪をしていた。解けば肩ほどまではある だろうその髪を後ろでひとつ括りにしていて、背丈は青年よりも一回 りほど小さいが齢は同じくらいのように窺える。走ったせいで息が 乱れているのか、控え目な膨らみの胸を僅かに上下させている。 この森に居たってことは西流魂街の人だと思う うやらこの世界ではその名詞は決定的に欠けていてはいけない知識 らしい。しかし青年の知識の中にそういう単語が存在していないと いうことは、少なくとも自分からは縁遠い言葉であったということだ ろう。 4 彼女の愛くるしさを感じさせる黒い瞳が青年に向けられた。 ﹁君はどこの住人 けど⋮⋮﹂ た。 ﹁ニシルコンガイ 尸魂界にいるのに !? 我に返ったようで驚愕の視線を青年に向けた。 ﹁流魂街を知らないってこと ﹁いや、そのソウルソサエティってのも知らねえ﹂ !? 青年のさも当然と言わんばかりの口調に、少女は頭を押さえた。ど ﹁嘘でしょ⋮⋮﹂ ﹂ 青年の返答を聞いた少女が口をぽかんとあけて固まったが、すぐに ﹁え﹂ なんだよそれ﹂ 少女の口から意味不明な名詞が飛び出してきて、青年は首を傾げ ? ? 少女ははぁ、とひとつため息をついて青年に向かい直った。 ﹁正 規 の ル ー ト を 辿 っ て き た 魂 魄 が こ ん な こ と に な る わ け な い か ら ﹂ ⋮⋮君がイレギュラーな存在だっていうことは分かった。でもじゃ あ、君は一体何者なの る。 ﹁覚えてない ﹁ああ﹂ ﹂ ? きか﹂ ﹁ほんと ﹂ ? なんていう││いや、こういう時は一応私から名乗るべ ﹁いや、それは覚えてる﹂ ﹁じゃあ、自分の名前も覚えてない 青年は頷く。少女はもう一度浅いため息をついた。 どこから来たとか、そういうのも ややあって、青年はそう答えた。それに対して少女が眉をひそめ ﹁⋮⋮覚えてないんだよ﹂ ﹁答えてくれないと、私も手荒な手段をとらざるを得なくなる﹂ 差した剣に右手を添えながら口を開いた。 二人の間に流れる。青年が答える素振りを見せないので、少女が腰に 少女のその質問に、青年は固く口を閉ざした。少しばかりの沈黙が ? した。 しづきましろ ﹁私は護廷十三隊十三番隊所属││って言っても分かんないか。名前 は紫月茉白。好きに呼んでくれていいよ﹂ ﹁⋮⋮ああ、よろしく、茉白﹂ 聞いたこともない単語が茉白の口からまたしても飛び出してきて 青年は僅かに戸惑ったが、すぐに思い直して頭を下げる。隊と言うか ﹂ らには、何かしらの団体に所属しているということだろう。 ﹁それで、君の名前は 青年の言葉を途中で遮ったのは、木が根元から引き抜かれる音だっ ﹁俺は││﹂ しかし、かといって名乗ることに躊躇いはない。 尋ねられたそれは、青年にとって唯一の自分に関する情報だった。 ? 5 ? そう言って、少女は背筋を伸ばして前のめりになっていた姿勢を正 !? た。 ﹁なに ﹂ なにが起きたか分からずに、茉白が叫ぶ。薄暗かった洞の中に外か らの明かりがどんどん差し込んでくる。 青年は、薄れていた筈の肌を刺すような感覚が戻っていることに気 ﹂ 付いた。そして、茉白も同様にこの場で起きていることを理解したら ﹂ ! しい。 ﹁さっきの虚││霊圧感知をすり抜けて⋮⋮ 行くよ ﹁おい、ホロウってなん﹂ ﹁説明は後で ﹁いや、ちょっと﹂ ! ﹁は ﹂ ﹁嫌だ﹂ 何してるの けないんだから逃げるよ ﹁││っ を入れてそれに抵抗した。 ﹂ あんな巨 大 虚、私たちで相手に出来るわ ヒュージ・ホロウ ているからそのまま引っ張っていかれそうになったが、ぐっと腕に力 茉白は化け物の方を一瞥もせずに走り始める。青年は腕を掴まれ 映った。 で、自分よりも背の高い木を軽々と持ち上げているのが青年の目に でいた木が根っこごと引っこ抜かれた。さっきの化け物が右腕一本 茉白が青年の腕を掴んで洞から転がり出る。その直後、今まで潜ん ! ! ! ! 化け物││巨大虚の方に視線をやった。 何言ってるの ﹂ ﹁よく分かんねえけど、逃げたら駄目だ﹂ ﹁逃げたら駄目 !! 茉白は我慢ならないといった風に頬を引きつらせた。巨大虚が右 だったらここで逃げるわけにはいかねえだろ﹂ ﹁も し か し た ら、あ い つ が 俺 の こ と を 知 る 手 掛 か り か も し れ な い。 なかった。 青年の発言に茉白が異を唱える。だがそれでも、青年は微動だにし !? 6 !? 必死の形相で騒ぎ立てる茉白だったが、青年は表情ひとつ変えずに !? 手に持っている根元から引き抜かれた木を振り上げる。あれをこの ﹂ まま振り下ろすつもりらしいが、あの膂力だと一撃喰らえばひとたま 下がってて りもないだろう。 ﹁あーもう ﹂ ! から捨てていた。 ﹂ 避はまず不可能な途轍もない速度。だから彼女は、避けることを最初 虚が再び右腕を振り上げ、そして振り下ろす。茉白の機動力では回 ないが││恐怖を振り払い、腰に差した刀を抜いて構えた。 呆然とする茉白は、しかしすぐに頭を振って││気休め程度でしか ﹁嘘⋮⋮完全詠唱の赤火砲で傷一つつかないなんて⋮⋮﹂ て、茉白が驚嘆の声をあげる。 煙が晴れる。その右腕には、全く傷がついていなかった。それを見 た。 たった箇所に仮面の顔を向けたが、すぐに青年たちの方に視線を戻し た。もうもうと煙があがって、虚の右腕が見えなくなる。虚は炎の当 し、その手に持っていた木を原型の残らない程に打ち砕いてしまっ 放たれた火球は猛烈な速度で振り下ろされる巨大虚の右腕に直撃 ﹁破道の三十一、﹃赤火砲﹄ しゃっかほう 虚が右腕を振り下ろしたその瞬間、茉白は右手の炎を解き放った。 に、真っ赤に燃え盛る炎が生成されている。 目を見開いた。茉白の詠唱に応じて、彼女の突き出した右の手のひら 肌がぴりぴりと震えるような感覚を感じながら、青年はその光景に 争乱。海隔て逆巻き南へと歩を進めよ ﹁君臨者よ。血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ。焦熱と の右手は虚の持つ木に向けられている。 茉白は青年を連れて逃げることを諦め、青年の前に飛び出した。そ ! !! ﹂ その手に持った日本刀でその一撃を受け止めるべく構える││が、 無駄だった。 ﹂ ﹁きゃああああっ ﹁││ぐゥッ !! 爆発にも近い轟音を上げて地面に叩きつけられた虚の右腕に対し ! 7 ! て、茉白の防御は全く意味をなさずその風圧だけで彼女と青年は数 メートルの距離を弾き飛ばされる。どうにか受け身を取った二人で あったが、茉白の力ではあの巨大虚に全く及ばないことが完全に証明 されてしまった形だ。彼女の持っていた刀は弾かれて、青年の足元に 突き刺さっていた。 君じゃ殺されちゃう ﹂ ここまで追い込まれれば逃げるのが最善なのだが、それでも青年は 駄目 立ち上がって化け物を睨みつけた。 ﹁││ ! 青年の放つ余りの迫力に気圧された茉白が、小さく呟いた。 ﹁なんて霊圧⋮⋮﹂ 握り締められていた。 の手が恐怖で震えているからではない。彼の手はむしろぐっと強く 右手に握られた茉白の刀がかたかたと震える。それは決して、青年 青年は覚えた。 全身に力が漲ってくる。頭の中が黒く染まってゆくような錯覚を 青年は戦場を求めて、この化け物の前に立っていたのだった。 つまり、戦いへの欲求。 らこそ感じていたものだった。 物に由来するものではなく、この状況を身体のどこかで望んでいたか ずっと青年の肌を撫で回していた感覚。それは目の前にいる化け ││これだ。知りたかったのはこの感覚だ。 身の神経が外気に晒されたように研ぎ澄まされた感覚に陥る。 の柄をその手に掴むと得体の知れない力が身体に満ち満ちてゆき、全 刀を扱った記憶など青年の中にはない。だというのに、こうしてこ 青年は足元に刺さっている茉白の刀を抜く。 ﹁何を││﹂ げろよ﹂ ﹁俺の我儘だから気にすんな。茉白、俺が死んだら屍なんて放って逃 制止する。しかし青年がそれによって止まることはない。 その様子を見て青年が何をしようとしているのか理解した茉白が ! 臨戦態勢に入った青年が無意識のうちに放っている霊圧が刃を震 8 ! わせていたのだ。漏れ出るだけでそこまでの現象を起こせる霊圧を 持つ者など、茉白の知っているうちでは護廷十三隊の隊長格くらいの ものである。つまり、今目の前で虚と対峙している青年の霊圧は隊長 格にも並ぶ程に強大だということ。それが彼女には信じられなかっ た。今までその身体のどこに、そのような禍々しい霊圧を封じ込めて いたのか。 虚が仮面の奥の瞳で青年を見据え、右腕を振り下ろす。青年はそれ に合わせて、右手に握った刀を打ちつけるように振るった。 ただそれだけ。茉白と同じ刀を振るったにも関わらず、青年の一閃 ﹄ は虚の右腕を縦に真っ二つに裂いた。 ﹃グガァァァァァァッ 化け物が裂けた右腕を左手で押さえて言語とは程遠い声を上げる。 裂傷は肩近くまで伸びており、辛うじて繋がっている程度であった。 茉白は最早、言葉を発せずにいた。ただ呆然とその光景を見つめて いるだけ。自分が手も足も出なかった虚を目の前のこの青年はいと も簡単に追い詰めている。死神でもない者がこのようなことを為せ るなどにわかには信じ難かった。 青年は刀を両手で持って、剣道でいうところの中段に構える。決し て様になった構えではない。しかし直前に片手で振るった一撃が何 を引き起こしたか、茉白はその目で見ている。 虚は右腕を斬られたことに動揺してか、可聴域を超えた叫びを上げ ながら左腕を振るう。だが、それよりも僅かに早く青年は刀を振り上 げている。茉白の目に映った彼の横顔は、さっきまで話していたのと ﹂ 同一人物とは思えない程に醜く嗤っていた。 ﹁オォォォォォ││ 圧のほぼ全てが注ぎ込まれており、それが茉白に、巨大な刃があるよ うに錯覚させていた。それを虚は防ぐことが出来ない。左腕は切り 落とされた。そして虚の身体は、仮面は、青年の一撃によって真っ二 つに斬り裂かれ、その巨体は左右に倒れ込んだ。 茉白は絶句していた。目の前で起きた出来事を脳がうまく処理し 9 !! ただ全力で振り下ろされる斬魄刀。しかしその斬撃には青年の霊 !! ていない。 青年の手によって真っ二つになった虚の身体は霊子へと変化し、虚 空に霧散していく。青年はその様子を少しの間眺めていたが、やがて 振り向いて茉白の方へと歩き始めた。その表情は元通りになってい て、虚と対峙した時に見せたようなおぞましいものでは断じてない。 ﹁あ⋮⋮えっと⋮⋮﹂ 自分の目の前で立ち止まった青年に対して掛ける言葉が咄嗟に見 つからず、茉白は狼狽を洩らした。だが、青年はそれを意に介すこと なく、斬魄刀の刀身を持って茉白の方に柄を差し出した。 ﹁刀、ありがとな﹂ ﹁あ、うん﹂ 茉白は立ち上がり斬魄刀を受け取ると、すぐさま鞘に仕舞った。そ して再び青年の顔を見る。 ﹁まだ名前教えてなかったよな﹂ 10 ﹁あ、ほんとだ﹂ そう言われて、茉白は青年の名前を聞いていなかったことを思い出 した。ちょうど名乗る直前にあの巨大虚が襲ってきて聞きそびれた のだった。 ﹁俺の名前は││﹂ それは青年にとって、唯一自分に関わる記憶。 くろは 青年が一呼吸おいた後に、ゆっくりと口を開く。 ﹂ ﹁││黒芭⋮⋮だ⋮⋮﹂ ﹁えっ、ちょ 隊長格に匹敵するような霊圧を一気に放出しておいて全く消耗が それも当然といえば当然かもしれない。 ﹁気絶してる⋮⋮﹂ 芭の身体はとても重く感じられた。 が、どうにかうまくその身体を受け止める。全身の力が抜けていて黒 一回り以上も違う体格の相手が倒れ込んできて慌てる茉白だった 方に倒れ込んだ。 名前を名乗った直後、青年││黒芭の身体がぐらりと揺れて茉白の !? ない筈がない。特に、黒芭にとってあれ程までの霊圧を発揮するの は、彼の身体に途轍もない負担を掛けていたのだろう。 茉白は黒芭の身体を抱きとめたまま考える。 彼をどうするべきか。 答えは一つしかなかった。 11
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