次世代の自己免疫疾患診療に 向けて

次世代の自己免疫疾患診療に
向けて
山 本 一 彦
はじめに
自己免疫疾患は、自己の抗原に対する免疫応
答が惹起され、その結果として臓器障害が引き
起こされる病態と考えられている。傷害される
臓器により、臓器特異的自己免疫疾患と全身性
自己免疫疾患に大別されるが、それぞれの病因
と病態には不明な点が多く、いくつかのメカニ
ズムが推定されている。
例えば、関節リウマチ︵ rheumatoid arthritis
RA︶については、遺伝要因と環境要因が複雑
に関係し合い惹起される自己免疫応答により慢
性炎症性病態が複数の関節に生じ、進行性の破
壊性関節炎に至る病態と考えられている。RA
の環境要因としては、特に喫煙や歯周病が注目
されている。これらの関係を繋げる仮説として、
環境要因が慢性炎症を誘導し、 これにより
の蛋白のシトルリン化が引き起こされ、 シト
誘導された蛋白のシトルリン化酵素により特定
2)
ルリン化された自己抗原に対する免疫応答が遺
3)
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1)
伝的要因の多い個体に誘導され、 それが慢性
の関節炎に至る、という考え方が提唱されてい
る。
すなわち、この仮説に従えば、自己免疫疾患
の発症には、いくつかのステップがあり、それ
れている。このようなことから病態形成に関し
て、R A発症前に免疫異常を示す﹁ 前関節炎
相﹂
、病態が関節に移行する﹁移行相﹂
、関節炎
が慢性化する﹁関節炎相﹂のステップで病態が
形成されるという仮説が提唱されている︵図︶
。
ぞれに、重要な要因が関与していることが分か RAの遺伝要因の最大のものはHLA DR
遺伝子である。HLA DR分子は、T細胞に
抗原提示をする機能があり、感受性の遺伝子は
る。そうであるならば、それぞれの患者、また
は未発症の個人に、現在以上のステップに進ま
抗原ペプチドと結合する超可変領域に相当する
shared
ない方策をすることで、より効果的に安全に自
るのではないだろうか。
アミノ酸の第 ∼ 残基が共通の配列︵
−
己免疫疾患のコントロールができると期待でき
−
epitopeSE︶をコードすることが判明してい
る。一方、HLA DRのSEとRAの病態形
70
成に関して、環境因子である喫煙との相互作用
が報告されている。喫煙がRAの発症リスクを
RAに見られる自己抗体の代表的なものの一
上げることに関してはいくつかの報告があるが、
つが、抗シトルリン化ペプチド抗体︵
anti-citrul特にSEを持つ個人でリスクが上昇する。さら
RAの病態形成への仮説
74
−
2)
異常はRAの発症前より起こっていると考えら
発症前から認められる例が多いことから、免疫
linated peptide antibodiesACPA、実際の測
定は抗CCP抗体︶である。ACPAはRAの
浄液では蛋白のシトルリン化酵素であるペプチ
著である。実際に、健康喫煙者の気管支肺胞洗
にSEと喫煙の関係はACPA陽性の患者で顕
3)
4
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1)
4)
抗シトルリン化ペプチド抗体陽性関節リウマチの発症に関する仮説
๓㛵⠇⅖┦
⛣⾜┦
PADI4
㛵⠇⅖┦
(文献 1 より改変)
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ジルアルギニンデイミナーゼ︵ peptidylarginine 容が破綻し、ACPAが誘導されてくると考え
られている。
deiminasesPAD︶の発現とシトルリン化蛋
それではこのようなACPA陽性のRA未発
白の増加が見られることから、喫煙が蛋白のシ
症の人に、どのようしてRAが発症するのであ
蛋白は立体構造が変化することから、異なった
るという仮説を提唱した。シトルリン化された
蛋白ができ、これにより免疫学的寛容が破綻す
煙の刺激による慢性炎症から肺でシトルリン化
ら
示唆されている。スウェーデンの Klareskog
は、喫煙者でSEを有する個人は、慢性的な喫
誘導されたPAD酵素が関節滑膜内の蛋白をシ
れる。これらは通常一過性であるが、この際に
例えば外傷やウイルス感染などでも引き起こさ
ことが重要なポイントになる。関節内の炎症は、
クロファージなどで、PAD酵素が誘導される
ると関節内の炎症の場に動員された好中球やマ
トルリン化に重要な役割を果たしていることが
抗原性を獲得する。さらにSE陽性のHLA
トルリン化すると考えられる。
ろうか。これに関しては、炎症が引き起こされ
DR分子は、シトルリン化された抗原ペプチド
との結合性が増加するという実験結果がある。
ACPAが陽性の個体で、このACPAが交
叉反応により関節内のシトルリン化された蛋白
喫煙と同様に、歯周病菌の主要な起因菌である
と反応した場合、免疫複合体の形成、マクロフ
ァージ上での 受容体を介した免疫複合体の結
り、慢性の歯周病により口腔内で細菌の蛋白や
の慢性化などのメカニズムにより、慢性関節炎
合と活性化、炎症性サイトカインの産生、炎症
は細菌のなかで唯一シ
Porphyromonas gingivalis
トルリン化酵素PADを持つことが知られてお
ヒトの蛋白がシトルリン化されることが指摘さ
が引き起こされる可能性がある。そして、関節
Fc
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−
4)
れている。このような慢性炎症から自己免疫寛
5)
に細胞外に放出され、コラーゲン、フィブリン
内で炎症が持続することで、PAD酵素が次々
た特異的な治療戦略が望まれている。
破壊してしまう。したがってより選択的な、ま
などの滑膜内の蛋白がシトルリン化され、それ
前述の多段階の進展が現実に起こっているの
であれば、まず、喫煙なり歯周病の生体負荷を
しい自己抗原が免疫の標的となり、新たな病態
壊が進む過程で、シトルリン化とは関係ない新
関与をすることが示唆されている。また関節破
胞分化を促進することで、骨破壊にも直接的な
PAは破骨細胞の前駆細胞に直接結合し破骨細
症が増悪していくことがあり得る。さらにAC
リン化蛋白とACPAの相互作用でますます炎
象にならないウイルス感染などによる関節炎に
策が必要かもしれない。通常は強力な治療の対
は、一過性の関節炎をできうる限り抑制する方
ていないがACPAを持っている個人に対して
発症予防の手段になる。一方で、RAは発症し
シトルリン化酵素PADの抑制や阻害も有力な
が重要となる。また、炎症によって惹起される
可能な限り軽減し慢性炎症を惹起させない方策
が免疫系にとっての新たな標的となり、シトル
形成へのステップとなることもあり得るであろ
対しても、抗炎症薬で可及的に炎症を頓挫させ
はこの段階でも大いに効果が期待される。
ることも一つの方向性であろう。PADの阻害
う。
どのように多段階の進展を阻止するか
トロールするかに向けた治療と考えてよい。強
を行う、または関節という場、すなわち局所に
抗原特異性を検出しこの抗原特異的な免疫抑制
現在の抗リウマチ薬、特に生物学的製剤は、
すでに慢性の多関節炎が起こっている状態、
関節内で炎症が永続化された状態をいかにコン
すなわちRAの発症後は、可能な限り進行中の
力であるが、時として健常な免疫システムをも
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特異的な免疫抑制などの手段を考慮しながら、
骨、軟骨破壊をできうる限り最小に抑制する手
段が重要であろう。このような次世代の自己免
疫疾患診療の可能性を議論し検証しながら、少
しでも実現させるべく研究を推進する必要があ
るのではないだろうか。
︵東京大学医学部
アレルギー・リウマチ内科
教授︶
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