1/3 Asia Trends マクロ経済分析レポート 中国発ディスインフレは収束するのか ~表面的な懸念後退の背後でリスクがくすぶる展開は不変~ 発表日:2016年10月14日(金) 第一生命経済研究所 経済調査部 担当 主席エコノミスト 西濵 徹(03-5221-4522) (要旨) 中国の過剰生産が叫ばれて久しいなか、先月開催されたG20では認識の共有が図られるとともに、中国 が対応を前進させる姿勢をみせた。この動きは9月の生産者物価が4年半ぶりにプラスに転じたことに反 映された可能性がある一方、足下の物価上昇は資源高に関連する部門に留まる。中国国内では過剰生産が 本格的に解消されるか不透明なところも多いなか、足下における資源高の持続性には疑問が残る。その意 味では、中国発でのディスインフレ懸念が後退したと判断するには時期尚早と言うことが出来よう。 9月のインフレ率は前年比+1.9%に加速したが、これは生鮮品を中心とする食料インフレの影響が大き い。コアインフレ率は依然政府の目標を大幅に下回るなか、サービス物価の行方も不透明である。また、 川上の生産者段階では消費財の物価が上昇しにくい展開が続いており、インフレ率は低水準に留まる可能 性が高い。当局は不動産バブルを警戒して規制強化に動いていることも物価を下押しする可能性がある。 表面上足下ではディスインフレ懸念が後退したようにみえるものの、構造的な問題を抱える状況は変わら ない。今月末には政治的な重大イベントが控えるなか、政府はブレーキとアクセルを両踏みする舵取りを 続けるとみられるが、こうした時こそ課題克服に向けた取り組みを前進させることが求められよう。 足下の世界経済を巡っては、中国における過剰生産設備を背景とする過剰生産による価格引き下げ圧力が世界 的なディスインフレを招くとの警戒感が叫ばれて久しいなか、先月初めに中国杭州で開催されたG20では過 剰生産の解消に向けた「国際フォーラム」の設置が合意されるなど、課題解決に向けた機運が高まりつつある。 こうしたなか、中国の生産者物価は過去4年半近くに亘ってマイナスでの推移が続いており、中国発の物価低 迷が世界的なディスインフレの「元凶」とされてきたものの、9月の生産者物価は前年同月比+0.1%と 55 ヶ 月ぶりにプラスに転じるなど、徐々にその影響が薄れつつある様子がうかがえる。前月比も+0.5%と3ヶ月 連続で上昇している上、前月(同+0.2%)から上昇ペースも加速するなど川上において物価上昇圧力が高ま りつつある。この背景には、今夏以降政府主導により 図 1 原油及び石炭相場の推移 過剰生産が特に顕著である鉄鋼及び石炭分野を中心に 生産能力の削減を加速化させる姿勢を強めた結果、国 内における石炭生産に下押し圧力が掛かっていること が挙げられる。他方、同国内では依然として1次エネ ルギーの太宗を石炭が担っており、発電用などを中心 に石炭需要は旺盛ななかで豪州などからの輸入が拡大 する動きがみられ、その結果として石炭のスポット価 格が急上昇する事態を招いている。さらに、OPEC (出所)Thomson Reuters より第一生命経済研究所作成 (石油輸出国機構)による減産合意への期待から夏場以降の原油相場が底入れの動きを強めていることも、エ ネルギー関連を中心とする物価上昇圧力に繋がっている可能性も考えられる。足下における生産者物価の上昇 が「鉱業関連」や「原材料」に集中しており、その分野も「石炭鉱業」と「石油・天然ガス」、「非鉄金属」 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2/3 関連が中心であることを勘案すれば、こうした動きを反映したものと捉えられる。なお、このところの石炭価 格の上昇を受けて当局は「最近の石炭価格高は維持不可能」との考えを示しているほか、先月以降は冬場の需 要期を目指して国内における石炭の増産を指示するなど「場当たり」的な対応をみせており、先行きについて はこの動きを反映する形で石炭価格に調整圧力が掛かる可能性はある。また、足下で持ち直しの動きが続いて いる原油相場についても、OPEC諸国による減産合意の行方は依然不透明であることに加え、米国における シェールオイルの動きも相場を左右することを勘案すれば一本調子で上昇基調を強めるとは見込みにくい。な お、直近9月の貿易統計では鉄鋼製品やアルミニウムなど、世界的なディスインフレを招く一因となってきた 財の輸出量は頭打ちする動きがみられ、政府による「ゾンビ企業」の淘汰をはじめとする生産能力の削減の動 きを反映している可能性はある。ただし、鉄鋼石や原油などの輸入量は依然として堅調な推移をみせており、 先行きの鉄鋼製品や石油製品などの生産に調整圧力が掛かるかは不透明である(詳細は 13 日付レポート「中 国、景況感の改善と一致しない貿易統計」をご参照ください)。その背景には、国有企業を中心とする大企業 が減産に取り組んだ場合においても、その動きによって市況が改善すれば中小・零細企業を中心に生産を再開 させる動きが広がり、結果的に中国全体としての生産量が大きく変わりにくいという事情も影響している。こ うしたことから、足下において進む中国におけるディスインフレ懸念の後退は一時的なものに留まる可能性も 残っていることには注意が必要と言えよう。 一方、川下の物価に当たる消費者物価は9月は前年同月比+1.9%と前月(同+1.3%)から加速しており、前 月比も+0.7%と3ヶ月連続で上昇している上、前月(同+0.1%)からそのペースも加速するなど物価上昇圧 力が高まりつつある様子がうかがえる。ただし、足下における物価上昇をけん引しているのは「食料品(前月 比+1.7%)」であり、うち「野菜(同+10.7%)」や 図 2 インフレ率の推移 「卵(同+5.9%)」、「果物(同+5.2%)」など生鮮 品を中心に上昇する動きがみられるなど、天候不順など による影響が物価を大きく左右していると判断出来る。 他方、食料品のうち注目度が高い「豚肉(前月比▲ 0.1%)」を中心とする肉類などは比較的落ち着いた推 移が続いており、「環境保護」を目的とする規制強化の 影響で肉類の供給が滞ることが懸念された状況は一服し つつあると見込まれる。また、このところの原油相場の (出所)CEIC, 国家統計局より第一生命経済研究所作成 上昇などを反映する形で「車両用燃料(前月比+2.8%)」が上昇するなどエネルギー価格に上昇圧力が掛か る動きもみられるなど、生活必需品を中心に物価上昇圧力が高まっている。他方、食料品とエネルギーを除い たコアインフレ率は9月に前年同月比+1.7%と前月(同+1.6%)から伸びが加速しており、前月比も+ 0.4%と前月(同+0.1%)から上昇ペースが加速する動きはみられるものの、依然として当局が定めるインフ レ目標(3%)を大きく下回る推移が続いている。なお、コアインフレ率の上昇圧力が高まった背景には、同 国では9月に入学シーズンを迎えるために「教育サービス(前月比+2.1%)」が上昇したことが大きく影響 しており、その他の消費財やサービス物価については依然として落ち着いた推移が続いている。このところの エネルギー価格の上昇は輸送コストを通じて先行きにおける消費財物価の上昇圧力に繋がる可能性はあるが、 足下における個人消費を中心とする内需は底堅さを維持しつつも以前のような力強さを欠くなか、インフレ率 の急進を招くほどには至らないと見込まれる。さらに、足下では上述したように川上における生産者物価に上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 3/3 昇圧力が掛かる動きがみられるものの、こうした動きは鉱業部門や原材料関連に留まっており、加工組立を経 た消費財関連の物価は必ずしも上昇していない。加工食品をはじめ、衣類や日用品、耐久消費財など幅広く消 費財物価は落ち着いた推移をみせており、結果的に川下に当たる消費者段階における物価上昇圧力が高まりに くい状況が続くと予想される。特に、耐久消費財については補助金政策などの影響で自動車販売が大きく押し 上げられる動きがみられるものの、足下で活発化する動きがみられる不動産投資の多くは「投機目的」が占め ているとされ、必ずしも家具や家財などの需要に繋がっていないとの指摘も多い。こうした事情も耐久消費財 における物価下落が続く一因になっているとすれば、足下では大都市部のみならず地方においても不動産投資 に対する規制強化の動きが広がりをみせるなど、不動産投資の下押しが警戒されるなかでは耐久財を中心とす る物価を一段と下押しするリスクも残る。 このような事情を勘案すれば、足下のインフレ指標においては表面上ディスインフレ圧力が後退していると評 価することが出来る一方、中国経済が抱える課題の根深さを示唆する内容も多いことには注意が必要である。 折しも今月 24 日から共産党中央委員会第6回全体会議(六中全会)の開催が予定されており、今回は党内人 事に注目が集まるとともに、主要議題として党内における綱紀粛正などが討議される見通しであり、ここ数年 に亘って権力の集中を進めてきた習政権の今後の行方に注目が集まっている。年明け以降、習氏を中心に構造 改革のさらなる前進を求める声が強まる一方、構造改革の前進に伴う景気減速が国民生活に悪影響を与える懸 念もあるなか、政府はブレーキとアクセルの両方を巧みに踏み続けるバランス重視の姿勢をみせる一方、ここ にきて不動産バブルの再燃といった新たな課題も噴出している。中国経済の行方は足下で勢いの乏しい展開が 続く世界経済の動向を大きく左右しかねないだけに、適時適切なタイミングで課題克服に向けた対応に取り組 むとともに、政策の予見性を高めるなどの課題にも対処することが求められる。 以 上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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