推理は希望と共に ID:95018

推理は希望と共に
冊伸
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︻あらすじ︼
比較
コロシアイ学園生活を乗り越えた、苗木たち希望ヶ峰学園の面々。
脱出時に迎えに来た未来機関の助けを、もし借りなかったら
?
的穏やかな地域が存在して、なおかつそこで、推論3人組が探偵事務
所を開いたら
そんな願望マックスのイフです。
?
目 次 推理は希望と共に ││││││││││││││││││││
1
推理は希望と共に
都内、郊外。
もうとうに日は昇っているが、並んだ廃ビルが作る影により、路地
は薄暗くカビ臭い空間となっている。
誰もが入るのをためらうようなそんな道の奥に、ぽつんと一つだけ
灯る無機質な光があった。
トレンチコートを着た初老の男が、いかにも不機嫌という様子でそ
の路地へと踏み込んだ。迷いなく中を進み、灯りの漏れる薄っぺらい
アルミのドアを軋ませながら開けると、慣れた足取りで2階へと向か
う。
﹁おい、こんな所もう畳めよ。ウチからの誘いはとっくに行ってるだ
ろ﹂
男は階段を上りながら、いかにも責めるような声をあげる。ろくな
﹂
こんな人気のないとこ
補佐という認識しかない小柄で中性的な顔の男、苗木誠だった。
﹁ひどいですよ中島さん⋮ボクにだって推理はできま⋮いやそりゃ霧
切さんの方がすごいですけど⋮⋮﹂
﹁そういうことは断言しやがれ、このオトコオンナ﹂
﹁⋮⋮あ、あは、は⋮はぁ⋮⋮﹂
無論、中島とて過去のコロシアイ学園生活の様子はテレビで観てい
た。苗木の推理力が高いことなど重々承知である。だが、彼の煮え切
1
内装もされていないコンクリートの壁に、そのかすれた低音はよく響
いた。
﹁ったく、まだ大半の暴徒も野放しなんだぞ
?
ろに事務所構えるなんざ、正気の沙汰じゃねえぞ﹂
﹂
男の話は説教臭さを増していく。
﹁聞いてんの││か
﹁ええ
﹁⋮⋮なんだお前だけかよ⋮出直すかな﹂
﹁あ、あは⋮どうもー⋮﹂
?
出迎えたのは、男が頼みとしている女所長││では、ない。彼女の
!?
らない態度があまり好きではないのだ。
肩を落とす苗木に舌打ちして中島はソファにどっかりと腰を下ろ
す。苗木はコーヒーを淹れるため食器棚からマグカップを取り出す
と、奥へと消えていった。コーヒーを待つ間、中島はガラステーブル
の上にバッグから取り出した資料を並べていく。
カップ片手に戻ってきた苗木は﹁粗茶ですが﹂などと言いながら中
島の前にそれを置いた。とりあえず彼の頭を﹁ふざけんなアホ﹂と小
突き、ソファから見て対面の位置にある所長デスクを眺める。
ああ、彼女は昔からそうですね。机に限らず、ここにある彼女の
﹁相変わらず、私物は一切置いてないんだな﹂
﹁ん
私物は歯ブラシと手袋の替えぐらいじゃないかと思います﹂
﹁⋮自宅は兼ねてねえのか、ここ﹂
まあ、自宅を兼ねているとしたら心配になる殺風景さではあるのだ
が。
ここの所長さん
しかしなるほど、歯ブラシ。自宅でなくとも、捜査が長引けば事務
所に宿泊もするだろう。⋮⋮歯ブラシか。
﹂
﹁歯ブラシねぇ⋮おい小僧、若い衝動に負けんなよ
美人だし、確かおめえ高校の同期だろ
?
ちょっ
?
﹂
江ノ島盾子の死亡という形で一応は収束した。だが荒廃した世界と
﹃人類史上最大最悪の絶望的事件﹄は、本家本元の︽超高校級の絶望︾
ほぼ初めてなので、多少の話しづらさは否めない。
いつも中島と話をするのは霧切だ。苗木単独が相手なのはこれが
﹁⋮⋮あー、まあ相手がお前さんでも話さないよりはマシか﹂
﹁で、今回はどういった事件なんです
はないだろうか。不憫なり、元超高校級。
りをした。⋮この部屋を見る限り、もしや自分の机や椅子が無いので
苗木は部屋の隅からパイプ椅子を持ってきて、テーブルの脇に席取
﹁ははっ、違いない﹂
とでも違和感あったら殺されますって﹂
ラスメートである以前に、相手は元︻超高校級の探偵︼ですよ
﹁いや好きな子のリコーダー舐める小学生じゃないんですから⋮元ク
?
?
2
?
人々の価値観は、そう簡単には戻らない。
﹃人類︵中略︶事件﹄以前と以後で、殺人事件の件数と残虐性は桁違い
に跳ね上がった。
複雑化する手口と、混迷を極める犯人捜し。
中島の所属する未来機関は、
︽超高校級の絶望︾達に対抗するため、
希望ヶ峰学園本科の卒業生たちにより結成された組織だ。だが、治安
の回復も事件の後処理だとして凶悪犯罪の取り締まりも担っていた。
﹁⋮︽学級裁判︾じゃねえからよ。俺の説得とか納得させられるかと
か、変なことは気にせず思うさま発言してくれや﹂
﹁そうですね。もちろん、今から聞かせていただく話は所長とも話し
合います。安心してください﹂
﹁ああ。││で、だ﹂
◇
高いんだよ。その場にいるだけで違和感のある一見サンは、もっと人
の少ない時間を狙うもんだ。
3
事件があったのは2日前だ。
都内のマンションの一室で、若い女が殺された。あんな可愛い子
が、こんなご時勢に一人暮らしとか⋮やめときゃよかったのによ。
⋮⋮わかった、現場の状況だな。まず、金銭類で
死に方がまたえげつなくてなぁ⋮後で話す。
何から聞きたい
ま
まあ待て、何事も順番があるだろ。理由はちゃんと話すって。
怨恨って考える理由はだな。死亡推定時刻は午後8時頃でな
先に捜査本部の考えから教えるぞ。
ん
俺は違うと思うがな。
金銭類が取られてねえから、怨恨や強姦の線で捜査は進んでるぜ。
ニールでも被せてやがったんだろう、まったく足跡が判らん。
だのか床にはいくつか土が付着してるところがあるが、おおかたビ
盗まれたものは一切なし。部屋も荒らされてねえ。土足で踏み込ん
?
だまだ人の目もある時間帯だ、何度も訪ねてきている相手の可能性が
?
?
だが⋮運の悪いことに、目撃証言はなかった。
ああ、わかってる。これしか情報がないのに決めつけてやがんだ。
無能ここに極まれり、ってな。⋮⋮オフレコで頼むぞ、マジで。
次にだ。監視カメラを調べたんだが、部屋から出入りした様子がね
えんだよ。たぶん窓を使ったんだろう。これが、俺が知人の犯行って
そんなリスク冒すかね
監視カメラに映るのと窓からの出入りを目撃されるの、どっちが
ことを否定する材料でもある。だってよ、知人なら玄関から入れるだ
ろ
怪しまれるかっつったらそりゃ窓だよなぁ
え
まあこんな感じで、ここまでなら普通の事件なんだ。⋮ああ、言う
通りだ。ただの事件ならここに持ち込まねえ。
さっきチラッと言った死体の状況なんだが、これがちとマズい。普
通じゃない。
││それが、わ
間違いなく手口はシリアルキラーのそれだ。死因は⋮恐らく刺殺。
体のどこかをな。恐らく、どこかって表現が不満か
からねえんだよ。
てことしやがるんだ、まったく⋮。ほら、こっちが遺体の写真だ。気
としか思えなかったよ。人間があんな死に方しちゃいけねえ。なん
⋮⋮こういうことは言いたくないんだがよ。正直言えば俺はひき肉
死 体 が 原 型 を と ど め て ね え ん だ。ズ タ ズ タ な ん て も ん じ ゃ な い、
?
ならここ見てくれ。何をどうやったんだかは知らんが、
分悪くなったら無理すんなよ
⋮平気か
?
◆
だ。
残党って可能性が浮上しててな。それでここに持ち込んだってわけ
こういう遺体の特殊性から、 犯人は希望ヶ峰の卒業生││絶望の
葉のクローバーが刺してあった。⋮意味不明だな、胸糞悪いぜ。
上に無事なパーツがオブジェみてえに並べてあってよ。頭には四つ
首から上と両手足首から先だけは無傷なんだよな。で、ひき肉の山の
?
4
?
?
?
正直、中島さんの話だけでは情報が全く足りていないし、飛躍も多
いように思える。初めから人伝ての話だけで結論を出せるとは思っ
ていないけれどね。ボクらは安楽椅子探偵ではないのだ。
﹁⋮大体の話は分かりました。最低でも伝言係の役目は果たして見せ
ます﹂
﹁⋮なんだ。案外、肝据わってんだな﹂
﹁ええ、まあ。未来機関の保護を蹴ってからもうすぐ1年ですから。
凄惨な事件は、たくさん見てきました﹂
並べられた資料には、直視に堪えない遺体の写真もあった。現場検
証はしたかったが、もう遺体は片付けられてしまっただろう。きっと
未来機関の安置所に運ばれたはずだ。だから、遺体についてはこの写
真が現状唯一の手がかりとなる。
中島さんの話でつかんだ手がかりは、
・︽事件は2日前︾
そうだ。なかなか裕福らしいな﹂
5
・︽美人女性の一人暮らし︾
・︽金銭類で盗まれたものはなし︾
・︽床に点々と付いた土︾
・︽死亡推定時刻は午後8時頃︾
・︽玄関からの出入りはない︾
・︽恐らく刺殺︾
・︽死体は原型をとどめていない︾
・︽頭と両手足だけは無傷︾
・︽四つ葉のクローバーが刺してある︾
こんなところだろう。クローバーが妙と言えば妙だが、思わせぶり
なだけな気がする。
﹂
﹂
⋮だがやはり、一つ気になるものがある。
﹂
﹁中島さん。一つ伺っても
﹁ああ。なんだ
﹁なぜ、彼女は一人暮らしだったんですか
?
﹁大学に進学するにあたって、親がマンションを買って住ませたんだ
?
?
﹂
﹁⋮⋮⋮ふむ、そうですか。じゃあもう一つだけ﹂
﹁おう、なんだ﹂
﹁死体の重さ、計りました
せて叫んだ。
だったら、今の視点だけじゃ限界ですよ。別の
あれの犯人は捕まえたじゃねえか。他ならぬお前さんらの推理で﹂
ち去りとなると﹃あの事件﹄と繋がってるってことが見えてくるがよ
﹁しかし、まだ部位を持ち去ったと決まったわけじゃねえ。部位の持
された。
本部に連絡し、明日から霧切響子と苗木誠が捜査に加わることを許可
は推理すらできないという結論に至った。なので、中島が未来機関の
苗木と中島で事件について思索を深めるも、やはり現場検証なしに
◆
解決したばかりの案件だ⋮。
部位の持ち去り⋮﹃蒐集事件﹄。それは霧切さんとボクで、つい先月
と謝罪してきた。
てた﹂
﹁⋮お前さん、やっぱアイツと相棒組むだけはあるんだな。悪い、侮っ
上げてボクを見ると、
中島さんは顔つきを険しくして何事か考え込んでいる。ふと顔を
リングは主流じゃねえからな⋮⋮﹂
﹁もちろんだ。やっちゃいるんだが⋮あいにく、日本じゃプロファイ
視点から⋮犯人の人となりや嗜好から探ってみるんです﹂
分からないんでしょ
殺害方法も、もしかしたら刺殺ではないのかも。損壊が酷すぎてもう
﹁ええ。念のため、その可能性も考えておいた方が良いと思うんです。
﹁││部位の持ち去り
﹂
中島さんはしばらくぽかんとこちらを見た後、一気に顔をひきつら
?
少なくとも3人はいるって、ボクは聞いています﹂
6
!!
?
﹁ええ。ただ、霧切さんは犯人が複数いると思ってたみたいなんです。
?
﹁⋮マジかい。なら今回の犯人捕まえたとしても⋮⋮﹂
﹁はい。まだ続くかもしれません﹂
あの事件の犯人は、完全に倒錯者だった。持ち帰った人体の一部分
を使って日用品を作り、それを身に纏うことで快楽を得ていたのだ。
例を挙げるならば、女性の腹の部分の皮のみを集めて丁寧になめ
し、つぎはぎして作られたハンドバッグなどである。変身願望も見ら
れ、一部移植すらしていた。
そして霧切は、複数犯の可能性を指摘した際﹁全員が同じ理由で動
﹂
いているだろう﹂と断言した。つまり、破綻者による猟奇殺人は、そ
の実強盗殺人だったのである。
﹁⋮今回も何かを蒐集しているんでしょうか
﹁さあな。まあ、ズタズタにした理由はわかった。部位の持ち去りを
隠すことで、あの事件との関わりを疑われないようにしたかったんだ
ろう﹂
﹁⋮⋮⋮⋮ただ、返り血も物凄いはずですから、痕跡が見つからないと
すれば相当綿密に計画されているんだと思います﹂
﹂
﹁ああ。んー、苗木よ。所長さんの手帳とかに、あの事件のこと書いて
ねえのか
件 を フ ァ イ ル と し て 残 す の も 探 偵 図 書 館 任 せ で す し ね。さ っ き も
言った通り、ここにあるのは替えの手袋ぐらいしか無いと思うんで
す﹂
﹁⋮そうか。ま、明日また続きだな。なんか役立ちそうな資料とかま
だ探してみっからよ。そっちも準備頼むわ﹂
﹁はい。じゃあ、明日からよろしくお願いします﹂
中島は背を向けたまま手をヒラヒラと振ると、階下へと消えていっ
た。
今の話し合いで、苗木が黙っていたことがある。
⋮そう。矛盾しているのだ。
これは未来機関には伝えていないことだが、苗木と霧切は蒐集事件
の犯行に、ある共通点を見つけていた。
7
?
﹁手帳は必ず持ち歩くんですよ、彼女。中身も見せてくれませんし、事
?
頭、あるいは手、あるいは足。いずれかのパーツにだけは、全く手
を付けていない││。
この無事な部位の違いが、霧切に複数犯の可能性を疑わせたのだ。
その数、3名。
逆を言えば、蒐集事件の被害者14人の中で、これらの部位全てが
無事だった者はいない。
頭が無事なら手足が、
手が無事なら頭と足が、
足が無事なら頭と手が、それぞれ持ち去られていた。
これを踏まえた上で、仮に﹃部位の持ち去り=過去の事件との繋が
り﹄という式が成り立つとしよう。これを気取られぬために遺体をズ
タズタにしたならば、顔と手足も同様の理由で消えていなければなら
ないのである。
その決まりに気付かれているかどうかは、犯人たちにとって問題で
はない。過去の犯行に自分たちで決めたルールを持ち込んでいたの
だから、別件扱いにしたいならまずそれを撤回するはずなのだ。
しかも、この二つの証拠隠滅はかかる手間が段違いだ。40キロ以
上もの肉をミンチにするのは、人力では道具を使っても相当な時間が
かかったろう。写真の飛び散った血の量を見る限り、この場で遺体を
刻んだのだと思われる。
つまり。
ひき肉にしたのは、繋がりの否定などではなく││。
﹁⋮宣戦布告、かな﹂
苗木は見ていたノートパソコンのディスプレイから目を離し、窓の
外を眺めた。⋮まあ路地なので、コンクリートの壁しか見えないのだ
が。
犯人側から見て、彼らのルールに気づいた可能性があるのは未来機
関とボクらだ。そしてその中で、明確に顔と名前がわかっているであ
ろう相手は││。
﹁⋮霧切さん⋮⋮﹂
ディスプレイには、こんな文字が躍っていた。
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││││││││
クローバー
花言葉:復讐
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