推理は希望と共に 冊伸 ︻注意事項︼ このＰＤＦファイルは﹁ハーメルン﹂で掲載中の作品を自動的にＰＤＦ化したもので す。 小説の作者、 ﹁ハーメルン﹂の運営者に無断でＰＤＦファイル及び作品を引用の範囲を 超える形で転載・改変・再配布・販売することを禁じます。 ︻あらすじ︼ 比較的穏やかな地域が コロシアイ学園生活を乗り越えた、苗木たち希望ヶ峰学園の面々。 脱出時に迎えに来た未来機関の助けを、もし借りなかったら ? 存在して、なおかつそこで、推論３人組が探偵事務所を開いたら そんな願望マックスのイフです。 ? 目 次 推理は希望と共に │││││││ 1 推理は希望と共に 都内、郊外。 もうとうに日は昇っているが、並んだ廃ビルが作る影により、路地は薄暗くカビ臭い 空間となっている。 誰もが入るのをためらうようなそんな道の奥に、ぽつんと一つだけ灯る無機質な光が あった。 トレンチコートを着た初老の男が、いかにも不機嫌という様子でその路地へと踏み込 んだ。迷いなく中を進み、灯りの漏れる薄っぺらいアルミのドアを軋ませながら開ける と、慣れた足取りで２階へと向かう。 男の話は説教臭さを増していく。 なんざ、正気の沙汰じゃねえぞ﹂ ﹁ったく、まだ大半の暴徒も野放しなんだぞ こんな人気のないところに事務所構える いコンクリートの壁に、そのかすれた低音はよく響いた。 男は階段を上りながら、いかにも責めるような声をあげる。ろくな内装もされていな ﹁おい、こんな所もう畳めよ。ウチからの誘いはとっくに行ってるだろ﹂ 1 ? ﹁聞いてんの││か ﹁ええ ﹂ ﹂ ﹁⋮⋮なんだお前だけかよ⋮出直すかな﹂ ﹁あ、あは⋮どうもー⋮﹂ ? ﹁そういうことは断言しやがれ、このオトコオンナ﹂ いですけど⋮⋮﹂ ﹁ひどいですよ中島さん⋮ボクにだって推理はできま⋮いやそりゃ霧切さんの方がすご かない小柄で中性的な顔の男、苗木誠だった。 出迎えたのは、男が頼みとしている女所長││では、ない。彼女の補佐という認識し !? カップ片手に戻ってきた苗木は﹁粗茶ですが﹂などと言いながら中島の前にそれを置 を待つ間、中島はガラステーブルの上にバッグから取り出した資料を並べていく。 ヒーを淹れるため食器棚からマグカップを取り出すと、奥へと消えていった。コーヒー 肩 を 落 と す 苗 木 に 舌 打 ち し て 中 島 は ソ フ ァ に ど っ か り と 腰 を 下 ろ す。苗 木 は コ ー だ。 が高いことなど重々承知である。だが、彼の煮え切らない態度があまり好きではないの 無論、中島とて過去のコロシアイ学園生活の様子はテレビで観ていた。苗木の推理力 ﹁⋮⋮あ、あは、は⋮はぁ⋮⋮﹂ 推理は希望と共に 2 いた。とりあえず彼の頭を﹁ふざけんなアホ﹂と小突き、ソファから見て対面の位置に ある所長デスクを眺める。 ああ、彼女は昔からそうですね。机に限らず、ここにある彼女の私物は歯ブラシと ? ﹂ ? ? ? 部屋を見る限り、もしや自分の机や椅子が無いのではないだろうか。不憫なり、元超高 苗木は部屋の隅からパイプ椅子を持ってきて、テーブルの脇に席取りをした。⋮この ﹁ははっ、違いない﹂ て﹂ 以前に、相手は元︻超高校級の探偵︼ですよ ちょっとでも違和感あったら殺されますっ ﹁いや好きな子のリコーダー舐める小学生じゃないんですから⋮元クラスメートである え高校の同期だろ ﹁歯ブラシねぇ⋮おい小僧、若い衝動に負けんなよ ここの所長さん美人だし、確かおめ ろう。⋮⋮歯ブラシか。 しかしなるほど、歯ブラシ。自宅でなくとも、捜査が長引けば事務所に宿泊もするだ まあ、自宅を兼ねているとしたら心配になる殺風景さではあるのだが。 ﹁⋮自宅は兼ねてねえのか、ここ﹂ 手袋の替えぐらいじゃないかと思います﹂ ﹁ん ﹁相変わらず、私物は一切置いてないんだな﹂ 3 校級。 ﹁で、今回はどういった事件なんです 犯罪の取り締まりも担っていた。 ﹂ の卒業生たちにより結成された組織だ。だが、治安の回復も事件の後処理だとして凶悪 中島の所属する未来機関は、 ︽超高校級の絶望︾達に対抗するため、希望ヶ峰学園本科 複雑化する手口と、混迷を極める犯人捜し。 ﹃人類︵中略︶事件﹄以前と以後で、殺人事件の件数と残虐性は桁違いに跳ね上がった。 い。 という形で一応は収束した。だが荒廃した世界と人々の価値観は、そう簡単には戻らな ﹃人類史上最大最悪の絶望的事件﹄は、本家本元の︽超高校級の絶望︾江ノ島盾子の死亡 多少の話しづらさは否めない。 いつも中島と話をするのは霧切だ。苗木単独が相手なのはこれがほぼ初めてなので、 ﹁⋮⋮あー、まあ相手がお前さんでも話さないよりはマシか﹂ ? てください﹂ ﹁そうですね。もちろん、今から聞かせていただく話は所長とも話し合います。安心し せず思うさま発言してくれや﹂ ﹁⋮︽学級裁判︾じゃねえからよ。俺の説得とか納得させられるかとか、変なことは気に 推理は希望と共に 4 ⋮⋮わかった、現場の状況だな。まず、金銭類で盗まれたものは一 ? な。 ん えから教えるぞ。 ? ? 怨恨って考える理由はだな。死亡推定時刻は午後８時頃でな まだまだ人の目もあ まあ待て、何事も順番があるだろ。理由はちゃんと話すって。先に捜査本部の考 金銭類が取られてねえから、怨恨や強姦の線で捜査は進んでるぜ。俺は違うと思うが らん。 るところがあるが、おおかたビニールでも被せてやがったんだろう、まったく足跡が判 切なし。部屋も荒らされてねえ。土足で踏み込んだのか床にはいくつか土が付着して 何から聞きたい 死に方がまたえげつなくてなぁ⋮後で話す。 一人暮らしとか⋮やめときゃよかったのによ。 都内のマンションの一室で、若い女が殺された。あんな可愛い子が、こんなご時勢に 事件があったのは２日前だ。 ◇ ﹁ああ。││で、だ﹂ 5 推理は希望と共に 6 る時間帯だ、何度も訪ねてきている相手の可能性が高いんだよ。その場にいるだけで違 和感のある一見サンは、もっと人の少ない時間を狙うもんだ。 だが⋮運の悪いことに、目撃証言はなかった。 ああ、わかってる。これしか情報がないのに決めつけてやがんだ。無能ここに極まれ り、ってな。⋮⋮オフレコで頼むぞ、マジで。 次にだ。監視カメラを調べたんだが、部屋から出入りした様子がねえんだよ。たぶん 窓を使ったんだろう。これが、俺が知人の犯行ってことを否定する材料でもある。だっ そんなリスク冒すかねえ てよ、知人なら玄関から入れるだろ 監視カメラに映るのと窓からの出入りを目撃され るの、どっちが怪しまれるかっつったらそりゃ窓だよなぁ ? ││それが、わからねえんだよ。 死に方しちゃいけねえ。なんてことしやがるんだ、まったく⋮。ほら、こっちが遺体の 言いたくないんだがよ。正直言えば俺はひき肉としか思えなかったよ。人間があんな 死体が原型をとどめてねえんだ。ズタズタなんてもんじゃない、⋮⋮こういうことは 恐らく、どこかって表現が不満か 間違いなく手口はシリアルキラーのそれだ。死因は⋮恐らく刺殺。体のどこかをな。 さっきチラッと言った死体の状況なんだが、これがちとマズい。普通じゃない。 件ならここに持ち込まねえ。 まあこんな感じで、ここまでなら普通の事件なんだ。⋮ああ、言う通りだ。ただの事 ? ? ? ならここ見てくれ。何をどうやったんだかは知らんが、首から上と両手足 写真だ。気分悪くなったら無理すんなよ ⋮平気か ? 子探偵ではないのだ。 初めから人伝ての話だけで結論を出せるとは思っていないけれどね。ボクらは安楽椅 正直、中島さんの話だけでは情報が全く足りていないし、飛躍も多いように思える。 ◆ 浮上しててな。それでここに持ち込んだってわけだ。 こういう遺体の特殊性から、 犯人は希望ヶ峰の卒業生││絶望の残党って可能性が 悪いぜ。 に並べてあってよ。頭には四つ葉のクローバーが刺してあった。⋮意味不明だな、胸糞 首から先だけは無傷なんだよな。で、ひき肉の山の上に無事なパーツがオブジェみてえ ? さん見てきました﹂ ﹁ええ、まあ。未来機関の保護を蹴ってからもうすぐ１年ですから。凄惨な事件は、たく ﹁⋮なんだ。案外、肝据わってんだな﹂ ﹁⋮大体の話は分かりました。最低でも伝言係の役目は果たして見せます﹂ 7 推理は希望と共に 8 並べられた資料には、直視に堪えない遺体の写真もあった。現場検証はしたかった が、もう遺体は片付けられてしまっただろう。きっと未来機関の安置所に運ばれたはず だ。だから、遺体についてはこの写真が現状唯一の手がかりとなる。 中島さんの話でつかんだ手がかりは、 ・︽事件は２日前︾ ・︽美人女性の一人暮らし︾ ・︽金銭類で盗まれたものはなし︾ ・︽床に点々と付いた土︾ ・︽死亡推定時刻は午後８時頃︾ ・︽玄関からの出入りはない︾ ・︽恐らく刺殺︾ ・︽死体は原型をとどめていない︾ ・︽頭と両手足だけは無傷︾ ・︽四つ葉のクローバーが刺してある︾ こんなところだろう。クローバーが妙と言えば妙だが、思わせぶりなだけな気がす る。 ⋮だがやはり、一つ気になるものがある。 ﹂ ﹁中島さん。一つ伺っても ﹁ああ。なんだ ﹂ ﹁なぜ、彼女は一人暮らしだったんですか ? ﹁死体の重さ、計りました ﹂ !! ﹂ ﹂ だったら、今 ? 中島さんは顔つきを険しくして何事か考え込んでいる。ふと顔を上げてボクを見る ねえからな⋮⋮﹂ ﹁もちろんだ。やっちゃいるんだが⋮あいにく、日本じゃプロファイリングは主流じゃ です﹂ の視点だけじゃ限界ですよ。別の視点から⋮犯人の人となりや嗜好から探ってみるん かしたら刺殺ではないのかも。損壊が酷すぎてもう分からないんでしょ ﹁ええ。念のため、その可能性も考えておいた方が良いと思うんです。殺害方法も、もし ﹁││部位の持ち去り 中島さんはしばらくぽかんとこちらを見た後、一気に顔をひきつらせて叫んだ。 ? ﹁おう、なんだ﹂ ﹁⋮⋮⋮ふむ、そうですか。じゃあもう一つだけ﹂ 裕福らしいな﹂ ﹁大学に進学するにあたって、親がマンションを買って住ませたんだそうだ。なかなか ? ? 9 と、 ﹁⋮お前さん、やっぱアイツと相棒組むだけはあるんだな。悪い、侮ってた﹂ と謝罪してきた。 部位の持ち去り⋮﹃蒐集事件﹄。それは霧切さんとボクで、つい先月解決したばかりの 案件だ⋮。 ◆ 苗木と中島で事件について思索を深めるも、やはり現場検証なしには推理すらできな いという結論に至った。なので、中島が未来機関の本部に連絡し、明日から霧切響子と 苗木誠が捜査に加わることを許可された。 あれの犯人は捕まえたじゃねえか。 ﹁しかし、まだ部位を持ち去ったと決まったわけじゃねえ。部位の持ち去りとなると﹃あ の事件﹄と繋がってるってことが見えてくるがよ 他ならぬお前さんらの推理で﹂ ? ﹁⋮マジかい。なら今回の犯人捕まえたとしても⋮⋮﹂ はいるって、ボクは聞いています﹂ ﹁ええ。ただ、霧切さんは犯人が複数いると思ってたみたいなんです。少なくとも３人 推理は希望と共に 10 ﹁はい。まだ続くかもしれません﹂ あの事件の犯人は、完全に倒錯者だった。持ち帰った人体の一部分を使って日用品を 作り、それを身に纏うことで快楽を得ていたのだ。 例を挙げるならば、女性の腹の部分の皮のみを集めて丁寧になめし、つぎはぎして作 られたハンドバッグなどである。変身願望も見られ、一部移植すらしていた。 そして霧切は、複数犯の可能性を指摘した際﹁全員が同じ理由で動いているだろう﹂と ﹂ 断言した。つまり、破綻者による猟奇殺人は、その実強盗殺人だったのである。 ﹁⋮今回も何かを蒐集しているんでしょうか ﹁ああ。んー、苗木よ。所長さんの手帳とかに、あの事件のこと書いてねえのか ﹂ ﹁⋮そうか。ま、明日また続きだな。なんか役立ちそうな資料とかまだ探してみっから ぐらいしか無いと思うんです﹂ て残すのも探偵図書館任せですしね。さっきも言った通り、ここにあるのは替えの手袋 ﹁手帳は必ず持ち歩くんですよ、彼女。中身も見せてくれませんし、事件をファイルとし ? 計画されているんだと思います﹂ ﹁⋮⋮⋮⋮ただ、返り血も物凄いはずですから、痕跡が見つからないとすれば相当綿密に 件との関わりを疑われないようにしたかったんだろう﹂ ﹁さあな。まあ、ズタズタにした理由はわかった。部位の持ち去りを隠すことで、あの事 ? 11 よ。そっちも準備頼むわ﹂ り立つとしよう。これを気取られぬために遺体をズタズタにしたならば、顔と手足も同 これを踏まえた上で、仮に﹃部位の持ち去り＝過去の事件との繋がり﹄という式が成 足が無事なら頭と手が、それぞれ持ち去られていた。 手が無事なら頭と足が、 頭が無事なら手足が、 ない。 逆を言えば、蒐集事件の被害者１４人の中で、これらの部位全てが無事だった者はい この無事な部位の違いが、霧切に複数犯の可能性を疑わせたのだ。その数、３名。 │。 頭、あるいは手、あるいは足。いずれかのパーツにだけは、全く手を付けていない│ 通点を見つけていた。 これは未来機関には伝えていないことだが、苗木と霧切は蒐集事件の犯行に、ある共 ⋮そう。矛盾しているのだ。 今の話し合いで、苗木が黙っていたことがある。 中島は背を向けたまま手をヒラヒラと振ると、階下へと消えていった。 ﹁はい。じゃあ、明日からよろしくお願いします﹂ 推理は希望と共に 12 様の理由で消えていなければならないのである。 その決まりに気付かれているかどうかは、犯人たちにとって問題ではない。過去の犯 行に自分たちで決めたルールを持ち込んでいたのだから、別件扱いにしたいならまずそ れを撤回するはずなのだ。 しかも、この二つの証拠隠滅はかかる手間が段違いだ。４０キロ以上もの肉をミンチ にするのは、人力では道具を使っても相当な時間がかかったろう。写真の飛び散った血 の量を見る限り、この場で遺体を刻んだのだと思われる。 つまり。 ひき肉にしたのは、繋がりの否定などではなく││。 ││││││││ ディスプレイには、こんな文字が躍っていた。 ﹁⋮霧切さん⋮⋮﹂ してその中で、明確に顔と名前がわかっているであろう相手は││。 犯人側から見て、彼らのルールに気づいた可能性があるのは未来機関とボクらだ。そ あ路地なので、コンクリートの壁しか見えないのだが。 苗木は見ていたノートパソコンのディスプレイから目を離し、窓の外を眺めた。⋮ま ﹁⋮宣戦布告、かな﹂ 13 推理は希望と共に 14 クローバー 花言葉：復讐 ││││││││
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