No.2016-011 2016年6月13日 http://www.jri.co.jp インバウンド需要の変調 ~ 旅行収支黒字の拡大に向け、一段の環境整備が不可欠 ~ (1)アベノミクス始動以降、国際収支統計における旅行収支は改善が持続。2014年10~12月期には季節調 整値ベースで赤字が解消し、2016年1~3月期は+4,089億円と、黒字幅は過去最大にまで拡大(図表 1)。既往円安や、海外情勢の不安定化、可処分所得の伸び悩み、消費者マインドの低迷長期化、な どを受けて国内家計の海外での直接購入(支払)の低迷が続く一方、中国・アジア新興国での所得増 加、ビザ支給要件緩和や訪日プロモーションなどの政策支援、LCC(格安航空会社)の就航増、な どによるインバウンド需要(受取)の増加が背景。 (2)もっとも、堅調に推移してきたインバウンド需要には足許で変調の兆しも。景気ウォッチャー調査に おけるコメントをみると、インバウンド需要は、総じてみれば引き続き景気の下支えとして作用して いるものの、年初以降の円高などもあり、一部で変調や、先行き懸念を指摘する声も(図表2)。 (3)実際、訪日外客数は、増加基調が持続しているものの、伸びが鈍化しているほか、1人1回当たりの 旅行消費額も減少に転じており、訪日外国人旅行消費額は昨年後半以降、増勢が鈍化(図表3)。そ こで、1人当たりの旅行消費額が大きく、かつ、客数が大幅に増加し、これまでインバウンド需要全 体をけん引してきた中国からの訪日客の旅行消費額の動向について、以下で詳しく検討。 (図表2)インバウンドの変調・懸念コメント (2016年2~4月) (図表1)旅行収支(季調値) (千億円) 6 (千億円) 10 受取 支払 収支(右目盛) 9 8 7 2月 4 2 6 0 5 4 ▲2 3 2 ▲4 1 0 2007 08 09 10 11 12 13 14 (資料)財務省「国際収支統計」 (注)受取、支払の季調値は日本総研作成。 15 ▲6 16 (年/期) 3月 (図表3)訪日外国人旅行消費額(前年比)と 実質実効為替レート (%) (%) 120 ▲24 100 ▲20 80 ▲16 60 ▲12 40 ▲8 20 ▲4 0 0 その他旅行者数要因 その他1人当たり消費額要因 中国人旅行者数要因 円高 中国人1人当たり消費額要因 旅行消費額 実質実効為替レート(前年比、右目盛) ▲20 ▲40 ▲60 ▲80 2011/2 4月 12 13 14 15 (資料)観光庁「訪日外国人消費動向調査」、日本銀行 インバウンド需要は相変わらず増加しているが、10月ご ろか ら 伸び が鈍化しており、店舗全体の売上をカバーするには 力不足となっている。(南関東、百貨店) インバウンドについては、春節期間中は前年の20%増で推移 しているが、平常日の買物が減少し、単価も ダウンしてい るなど、購買行動に変化が出てきている。(近畿、百貨店) 爆買い消費の恩恵により、来客数や買上点数は増えたが、 そろそろ終息に向かっ ている感がある。(近畿、家電量販 店) 中国の春節の影響も前年ほどはなく、爆買いも 一服感があ る。(九州、ショッピングセンター) インバウンド客は買回り品に関しては、以前よりも かなり 慎重になっており、購入が少なくなっている感がある。(沖 縄、一般小売店) このところ外国人観光客が急に減少している。(北海道、観 光型ホテル) インバウンド売上も、従来は好調であった高級時計や宝飾品 の動きに、以前ほど の勢いがなくなっ てきている。(近畿、 百貨店) 訪日観光客の数は相変わらず好調だが、消費単価が想像 よりも 伸び ていない。(九州、都市型ホテル) ア ジ ア から の団体旅行が低調に推移している。(北海道、 観光型ホテル) 海外からのインバウンド客は地元の航空路線の減便の影 響も ありやや減少。(北陸、テーマパーク) インバウンド需要については、熊本地震以降、ツア ー の キ ャ ンセルが出ているとのことで、震災以降の免税売上が 前年比で半分程度に落ち込んでいる。(九州、百貨店) (資料)内閣府「景気ウォッチャー調査」 (注)「景気判断理由(現状)」の、インバウンド需要の変調、懸念 に関するコメントを抜粋。 4 8 12 16 16 (年/期) 【ご照会先】調査部 研究員 菊地秀朗(03-6833-6228、[email protected]) 1 (4)訪日中国人の旅行消費単価を来訪回数別にみると、1回目が総じて横ばいで推移する一方、アベノミ クス始動後の円安下で、リピーターの消費額が大きく増加(図表4)。もっとも、円高が進行した 2016年は、高所得層と思われる4回目以上の訪日客の消費額は高水準を維持しているものの、2~3 回目のリピーターの消費額は、円高による購買力の低下などを受け、大きく減少。また、来訪回数別 のシェアをみると、消費単価が底堅く推移する4回目以上の訪日客のシェアが低下しており、全体の 旅行消費額の伸びの鈍化に作用(図表5)。 (5)費目別にみると、カメラ・時計や電気製品などの高額品への支出金額、購入率は足許で減少している 一方、比較的安価な化粧品・医薬品・トイレタリーが、2014年10月の免税制度拡大で免税対象となっ たこともあり、購入金額、購入率が上昇(図表6)。また、モノからコトへの消費行動の変化の兆し もみられ、ゴルフ場・テーマパークなどサービス消費が増加傾向。円高の進行や中国人消費者のマイ ンド悪化、中国当局が国外での消費に対し規制を強める姿勢を明確化していることなどを背景に、い わゆる「爆買い」と称される、家電製品、高級品の大量購入は一巡しつつある一方、消耗品や、対個 人向けサービスへの支出は堅調持続。ちなみに、訪日外国人の購入頻度が高いインバウンド関連品目 では輸出が増加しており※、帰国後に商品のリピーターとなって、母国での購入が増加している模様。 今後は、こうした消費行動の変化を踏まえたインバウンド需要の取り込みが一段と重要に。 ※2016年5月23日発行、日本総研リサーチ・アイNo.2016-007「貿易収支は当面、均衡~小幅黒字で推移」(図表8)参照。 (7)加えて、当面、円高地合い、中国経済の減速などの経済環境が続くとみられるなか、インバウンド需 要の増勢維持には中国以外の地域からの訪日需要喚起も重要。そのために、一段の環境整備が不可欠。 たとえば、客室稼働率が歴史的高水準にあるなか、宿泊料の高騰が持続しており、宿泊施設の拡充や 民泊の活性化が不可欠の状況(図表7)。 (図表4)訪日中国人の1人1回あたり旅行消費単価 (円/元) (1~3月期) (円) 400,000 (%) 20 100 19 350,000 元高・円安 300,000 90 18 80 17 70 16 250,000 60 15 200,000 100,000 2012 13 14 15 16 (資料)観光庁「訪日外国人消費動向調査」、Thomson Reuters (注)人民元レートは1~3月期平均。 30 12 20 11 8.9 15.5 23.1 8.3 10.9 20.6 7.3 13.8 16.7 7.3 4回目~ 19.5 18.1 3回目 2回目 20.1 1回目 53.9 50.4 58.3 56.6 36.7 10 10 0 2012 13 14 15 (資料)観光庁「訪日外国人消費動向調査」 (年) (図表6)訪日中国人の費目別購入金額・購入率 (1~3月期) 32.3 40 13 1回目 2回目 3回目 4回目~ 人民元レート(右目盛) 21.8 50 14 150,000 (図表5)訪日中国人の来訪回数 (1~3月期) 16 (年) (図表7)客室稼働率とCPI宿泊料(季調値) (2010年=100) カメラ・ビデオカメラ・時計 112 客室稼働率 電気製品 化粧品・医薬品・トイレタリー 62 CPI宿泊料(右目盛) 110 医薬品・健康グッズ・トイレタリー ゴルフ場・テーマパーク(右目盛) 60 108 (%) (%) (千円) (千円) 58 <購入金額> <購入率> 100 10 120 18 106 16 56 100 8 104 14 80 54 80 12 102 60 6 10 52 60 8 40 100 4 50 40 6 98 4 20 2 48 20 2 96 46 0 0 0 0 2012 13 14 15 16 94 44 2012 13 14 15 16 (年) (資料)観光庁「訪日外国人消費動向調査」 2009 10 11 12 13 14 15 16 (年/月) (資料)観光庁「宿泊旅行統計」、総務省「消費者物価指数」 (注)2014年から「化粧品・医薬品・トイレタリー」は分類変更により、 (注)季節調整値は日本総研作成。 「化粧品・香水」と「医薬品・健康グッズ・トイレタリー」に分割。 (%) 64 【ご照会先】調査部 研究員 菊地秀朗(03-6833-6228、[email protected]) 2
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