法学部 140 回講演会 2016 年 5 月 31 日 孝――中国社会の基層を考える 前川 亨(法学部) 今回の発表内容をここに書くと、俗にいう「ネタバレ」になってしまうので、 ここでは、そのいわば前段として、なぜこのような内容をお話するかを中心に記 しておきます。 1972 年の日中国交正常化以来、今日、日中関係が最悪の状態にあると言われ ていることはご存じでしょう。その責任が主としてどちらにあるかを穿鑿する 積りはありません。もちろん、両者の対立が武力衝突に発展するような事態は、 相互の理性的な判断で回避しなくてはなりません。そのことを前提とした上で のことですが、私は日本と中国との間に対立や反撥の関係があるのは、むしろ当 然のことだと、敢えて言いたいと思います。問題は、そのような相違を認めつつ、 いかに共存を図っていくかということにあります。 日本と中国とは歴史的に長い期間に及ぶ相互関係があります。文化的資源に ついていうと、近代以前には日本側の圧倒的な輸入超過でした。その最も顕著な 例が漢字でしょう。漢字を使わずに、或いは漢語の語彙を使わずに、文章が書け るかどうか、試してみて下さい。如何に漢字という「外国」の文字が、そして漢 語という「外国語」の語彙が、日本語に深く浸透しているかが分かる筈です。高 校の「国語」の授業の中に「漢文」があるのも、考えてみれば不思議な現象です。 「漢文(訓読)」とは、音声を経由することなしに、漢語の文を日本語の文に変 換する巧妙な方法なのです。 この特殊に緊密な関係が日本文化を豊かなものにしてきたことは否定できま せんが、同時に、そのことによって中国を自らと異質な他者として認識すること が出来にくくなったことも確かです。相互に努力することなしに分かり合える ことなどあり得ません。お互いの違いを認識することこそ、本当の相互理解への 第一歩です。 この講義では「孝」の倫理を取り上げて、中国の「孝」が日本とどこまで共通 し、どれほど違うかを考えてみましょう。
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