法学部 140 回講演会 2016 年 10 月 21 日 法や裁判に見る前近代中国の家族関係の諸相――清代を中心に―― 法学部教授 鈴木秀光 人は親から生まれるが、その親にも当然親が存在する。そして時が来れば自らにも子が生まれて 親となることがあり、そしてその子もいずれは親となる機会が訪れることがある――。このような 形で先祖から子孫へと連綿とつながる流れにおいて、いわばその一部分を切り取ったものを「家族」 と考えることは、洋の東西を通じて大きく異ならないと思われる。しかし、その家族の内部におい て構成員がどのような関係を構築したかについては、地域や時代によって大きな違いが存在するで あろう。この講演では、そうした家族関係のあり方の一例として、前近代中国、特に日本で言えば 江戸時代の頃に相当する清という王朝(1616~1912 年)の時代における家族関係について、当時の 法や裁判を通じてその一端を紹介することとしたい。 講演においても簡単に紹介するが、当時、民事に関する成文法典は存在せず、成文法典して存在 した『大清律例』は現在で言えば刑法典にあたるものである。そのため本講演では、基本的にはこ の『大清律例』に含まれる家族が関係する刑罰の規定やそれに依拠する裁判などを通じて当時の家 族関係の一面を紹介することとするが、それ以外にも必要に応じて民事的な慣習などにも触れるこ ととする。 本講演で具体的に対象とするのは、 「(親に対する)子」と「(夫に対する)妻」である。子にせよ 妻にせよ、家族を考えるにあたっては不可欠の要素と思われるが、当時の中国において親に対して の子はどのような立場であったのか、夫に対しての妻はどのような立場であったのかを、関連する 条文の規定や裁判の事例を通じて紹介することとする。
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