医療事故調査特別委員会報告書の概要 ※ 本書は,医療事故調査特別委員会が取りまとめた『医療事故調査特別委員会報告書』を,新潟市 民病院が「概要」としてまとめたものです。 ■臨床経過 患者は 70 歳代の男性。A 病院で経皮内視鏡的胃瘻造設(PEG)が困難と判断され,新潟市民病 院に外科的胃瘻造設が依頼された。胃瘻交換用カテーテル(ゼロフラット)を使用して,Stamm 法と呼ばれる垂直胃瘻造設術が施行され,術後 5 日目 A 病院に転院した。 胃瘻造設 9 日後,呼吸状態と全身状態の悪化が認められ,CT により穿孔性腹膜炎と診断され た。胃瘻部を確認すると胃瘻カテーテルが抜けており,バルーンがしぼんでいた。 敗血症性ショックの診断で新潟市民病院に救急搬送されたものの,極めて重篤なショック状態 で手術は困難と判断され,同日午後死亡された。 新潟市民病院での胃瘻造設術の検証の過程で,胃瘻カテーテル固定のためのバルーンに本来滅 菌蒸留水を入れるべきところ,空気を入れたことが判明し,カテーテルが逸脱したことに関与し たと判断された。また,本事例では胃壁と壁側腹膜との縫合固定が行われていなかったため,胃 瘻カテーテルの逸脱により腹腔内に胃内容物が漏れて重篤な腹膜炎を発症したと判断された。 ■医療過誤の発生要因 1 外科的胃瘻造設術の手術手技 Stamm 法では胃壁と壁側腹膜の縫合固定が基本とされているが,当院ではゼロフラットを使 用した場合,バルーンで胃壁と壁側腹膜が固定されるため縫合固定は不要と判断し省略する事 例が過去にもあった。これまで,カテーテル逸脱による腹膜炎の発症事例がなかったことから, その危険性は認識されなかった。 2 医療専門職としての責務とチーム医療 本事例では術者,助手,複数の看護師がかかわり,かつ複数のスタッフがバルーンには滅菌 蒸留水を入れるべきことを知っていながら,バルーンに空気を入れてしまうという過誤を防止 することができなかった。また,空気を入れたバルーンが短時間で縮小し,カテーテル逸脱に つながるとの認識もなかった。 チーム医療に不可欠な専門職としての責任感と知識の不足,互いに連携・補完するためのコ ミュニケーションの不足があったと考えられる。 3 病院間の連携,情報提供 本事例では胃瘻造設を行った当院から転院先の A 病院への情報提供は,消化器外科医からの 診療情報提供書と看護要約の記載で行われた。胃瘻造設に関する情報は,看護要約の『胃瘻: ゼロフラット 3cm 固定,カフ 10ml 注入』の記載のみであり,術式の説明や PEG 時とは異なる 胃瘻カテーテルの管理上の注意などは特段なされていない。 ■再発防止策と改善策の提案 1 外科的基本手技の点検と標準化 外科手術において,術後検討会は開催されていなかった。本事例を契機に,消化器外科全医 1 師が参加する術後検討会を開催し,施行した手術について臓器別チームの枠を超えて評価・点 検を行っている。安全な外科基本手技といった共通項目に関しては,全医師が共通の認識を持 ち,確認を行う。 2 当院における胃瘻造設の術式 患者の病態や目的により,Witzel 法または Stamm 法を選択し,胃内に留置するカテーテル と胃壁を縫合固定する。 使用するカテーテルの種類に関わらず,必ず,胃壁と壁側腹膜との間を数針縫合固定し,体 外でもカテーテルと皮膚を縫合固定する。 3 手術室業務の見直し (1) 教育体制の見直し 手術室に配置された看護師は「手術室教育計画」に沿って指導される。今後は介助経験の ない術式の場合には,経験者からの事前指導を確実に行う。 (2) 胃瘻造設手術器械セット,ピッキングリスト,手術介助手順の作成 本例を経験したことを踏まえ,できるだけ細かい術式別の器械セット,ピッキングリスト, 手術介助手順を作成する。 (3) 手術看護記録記載の取り決め 手術室看護業務基準−47 記録の取り決め中「術中特記事項」−ライン情報− に,胃瘻カテーテルに関する項目を入れ,記載事項を標準化する。 4 医療安全管理対策委員会の取り組み WHO「手術安全チェックリスト」に基づいて,皮膚切開前に看護師,麻酔科医,外科医で, 患者の確認,手術法・患者に特有な問題・器材問題などについてブリーフィングを行う。また, 手術室退室前に,術式名,器具・ガーゼ・針のカウント完了,対処すべき器材問題,患者の回 復と管理についてのデブリーフィングを行う。 5 チーム医療におけるコミュニケ―ション能力の向上 チームワークを高めて医療の質と安全性の向上をはかるための研修会を組織的・計画的に継 続し,実践力をつけるためのトレーニングを行う。 6 病院間の連携と情報提供の改善 外科的胃瘻造設後間もない患者のカテーテル管理は,転院先の施設にとって経験が乏しく, PEG 造設時とは別のカテーテル管理が必要である。胃瘻作成施設から転院先に対して,胃瘻造 設術式に即した取扱い上の注意,カテーテル交換の時期と方法などについて詳細な説明や情報 提供を行う。 7 医療材料,医療機器の添付文書を確認するためのシステムの工夫 現在医療材料の多くは,物流管理業者により各部署に適数配置され,包装単位で添付されて いる添付文書を現場で確認することが困難な状況になっている。当院採用の医療材料の添付文 書を現場で必要時に電子カルテで参照できるシステムの構築を行う。 2
© Copyright 2025 ExpyDoc