光で細胞の付着領域を制御できる細胞培養容器を開発

光で細胞の付着領域を制御できる細胞培養容器を開発
光で細胞接着性を制御できるガラスボトムディッシュの開発
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神奈川大光機能性材料研究所・2 神奈川大理・3 物材機構 MANA・4 ニイガタ
○伊藤倫子 1・山本翔太 2・中西淳 3・山本浩司 4・山口和夫 1,2
[2PA04]
(Tel: 0463-59-4111)
神奈川大学理学部光機能性材料研究所の研究員の伊藤倫子博士、大学院生の山本翔太、山口和
夫教授、国立研究開発法人物質・材料研究機構の MANA 独立研究者の中西淳博士、ニイガタ株式
会社京都営業所の山本浩司所長らの研究グループは、光応答性表面修飾剤を用いて光で基板表面
の細胞付着性を制御できる細胞培養容器を開発した。蛍光顕微鏡下で自由自在な細胞パターンを
容易に自作することができるので、バイオ関連分野における研究ツールとして期待される。
光
フォトマスク
PEG
露光領域
遮光領域
細胞付着
細胞非付着
細胞
光分解性基
シリル基
基板
光による細胞付着性制御の概念図
無機材料表面の機能化を目的として光に応答する表面修飾剤を創出しており、その一つとして
表面に固定化するための加水分解性シリル基とアミンに反応する活性エステルを光で切断可能な
光分解性 2-ニトロベンジル基で連結した光応答性シランカップリング剤の合成に成功している。
シランカップリング剤はガラスやシリコンなどの無機材料表面に化学結合して密に配向した膜を
形成する修飾剤である。また、光は局所的な制御に適している。
光応答性シランカップリング剤
CH3O
(CH3O)3Si
(CH2)3
O
CH3
CH
NO2
加水分解性
シリル基
ガラスやシリコン
など基板表面と結合
O
O
O
O N
O
光分解性基
反応性基
(2-ニトロベンジル基) (活性エステル)
光に応答して
切断
アミノ化合物
と結合
このシランカップリング剤で基板を修飾し、活性エステル部位に末端アミノ化ポリエチレング
リコール(PEG)を反応させると、細胞が付着できない表面となる。一方、光を照射すると光分
解性基で PEG が脱離し、細胞が付着できる表面に変換できる。また、所望する図形を描画したフ
ォトマスクを介して光照射領域を制限すれば、遮光部分は残存する PEG により細胞の付着が阻害
され、露光部分のみに細胞が付着した任意の細胞パターンを得ることが可能となる。
今回はこの細胞培養基板の実用化に向けて、修飾したカバーガラスを備えた細胞培養容器を開
発した。具体的には、細胞培養容器として一般に使われているポリスチレンシャーレの底に穴を
開け、修飾したカバーガラスをはめ込み、粘着シールで貼付したガラスボトムディッシュを作製
した。実際にこの容器を用いて、フォトマスクを介して光照射した後に細胞を培養し、フォトマ
スクに対応したストライプ状の細胞パターンの形成を観察している。しかもそのパターンは少な
くとも一週間、長期維持した(写真左)。
従来の細胞シート工学のような温度応答では全面の性質を変換することとなり、また従来のフ
ォトリソグラフィでは特殊な光源や真空下であらかじめパターニングしなければならず、あるい
は市販の細胞パターン培養基板では前もって設定したパターンしか使用できず、いずれもパター
ンの自由度は低い。しかし本技術では、従来とは異なる長波長(365 nm)の近紫外光に応答する
ので汎用の蛍光顕微鏡に常設されている水銀ランプを光源として利用することができ、細胞培養
中に細胞の付着領域を拡張・新設できる大きな特徴をもつ。従って、パターニングした細胞の近
傍を光照射すれば細胞の移動と増殖を促すことができる(写真右)。また、細胞の付着領域のサイ
ズを制御すれば集団から単独まで様々な形態で細胞を配列することができ、露光領域を追加すれ
ば同基板上に異種の細胞を同居させることも実現できる。
露光領域
拡張
200 µm
細胞培養容器と細胞パターン
細胞の移動と増殖の光制御
近年、一細胞レベルの精密な細胞パターニング技術が必要とされている。細胞を単独で培養す
る場合と同種あるいは異種同士で相互作用させながら培養する場合とでは、細胞の性質や機能が
異なることが知られている。例えば、胚発生過程や免疫反応、がん細胞における増殖能や浸潤性、
膵島β細胞におけるインシュリンの分泌能など、細胞同士の相互作用が重要な役割を担っている。
本技術は、生体内の擬似的な模倣や細胞同士の相互作用の解明に有用となる。また、医薬品開発
のスクリーニングや再生医療のための基盤技術への応用など多様な用途への活用が期待される。
製品化を検討しているこの細胞培養容器をサンプルとして提供することが可能である。我々が
開発した光応答性細胞培養容器が普及し、様々な研究に貢献することを期待している。
<適用分野>
再生医療、組織工学、細胞生物学、細胞治療、医薬品開発、ライフサイエンス、
バイオメディカル、バイオセンサー、バイオチップ、バイオアッセイ、スクリーニング、メカノ
バイオロジー、細胞培養、光パターニング