第 5 章 テイラー級数展開

第 5 章 テイラー級数展開
本章においては, 与えられた関数を冪関数を用いて級数展開する
ことを考える. これによって, 関数 f (x) が与えられたとき, ある点 a
における f (x) の値 f (a) と微分係数 f ′ (a), f ′′ (a), · · · , f (n) (a), · · ·
を知ることによって, 点 a の近傍の点 x における関数 f (x) の値をど
こまで知ることができるかという問題について考察する.
5.1 テイラーの定理とマクローリンの定理
本節においては, テイラーの定理とマクローリンの定理について
考察する.
これらの定理は, 関数 f (x) の点 a における値 f (a) と微分係数
′
f (a), f ′′ (a), · · · , f (n−1) (a) を知ることによって, 点 a の近傍の点
x における関数の値 f (x) を近似的に決定する公式を与えるもので
ある.
定理 5.1.1 n ≥ 1 とする. 関数 f (x) は閉区間 [a, b] において
級であって, 開区間 (a, b) において f (n) (x) が存在するならば,
C n−1
f (b) = f (a) + f ′ (a)(b − a) +
+··· +
f ′′ (a)
(b − a)2
2!
f (n−1) (a)
(b − a)n−1 + Rn ,
(n − 1)!
1
f (n) (ξ)
(b − a)n , (a < ξ < b)
n!
となる ξ が (a, b) において少なくとも一つ存在する.
Rn =
定理 5.1.1 の等式は b < a の場合にも成り立つ. したがって, a <
ξ < b あるいは b < ξ < a となる ξ を
ξ = a + θ(b − a), (0 < θ < 1)
と表すと, Rn は
Rn =
f (n) (a + θ(b − a))
(b − a)n , (0 < θ < 1)
n!
と表される. この形の Rn をラグランジュの剰余であるという.
定理 5.1.1 は次の系 5.1.1 あるいは系 5.1.2 の形に表されることが
ある.
系 5.1.1 関数 f (x) は点 a の近傍において定理 5.1.1 と同様の
条件を満たすとする. ある正の数 δ > 0 に対し, |h| < δ であるとす
ると,
f ′′ (a) 2
f (a + h) = f (a) + f ′ (a)h +
h
2!
+··· +
f (n−1) (a) n−1
h
+ Rn ,
(n − 1)!
f (n) (a + θh) n
h , (0 < θ < 1)
n!
となる θ が (0, 1) において少なくとも一つ存在する.
Rn =
系 5.1.2 関数 f (x) は点 a の近傍において定理 5.1.1 と同様の条
件を満たすとする. ある正の数 δ > 0 に対し, x ∈ (a − δ, a + δ) で
あるとすると,
f (x) = f (a) + f ′ (a)(x − a) +
2
f ′′ (a)
(x − a)2
2!
+··· +
f (n−1) (a)
(x − a)n−1 + Rn ,
(n − 1)!
f (n) (a + θ(x − a))
(x − a)n , (0 < θ < 1)
n!
となる θ が (0, 1) において少なくとも一つ存在する.
Rn =
系 5.1.2 において, f (x) の右辺の式を x = a における f (x) のテイ
ラー展開式であるという.
系 5.1.2 によって, 点 a における関数 f (x) の微分係数 f ′ (a), f ′′ (a),
· · · , f n−1 (a) を知ることによって, 点 a の近傍において, 関数 f (x)
の近似多項として, 多項式
f (a) + f ′ (a)(x − a) +
f ′′ (a)
f (n−1) (a)
(x − a)2 + · · · +
(x − a)n−1
2!
(n − 1)!
を選んだとき, その近似の誤差の限界が剰余項 Rn によって与えら
れることがわかる.
特に, a = 0 における f (x) のテイラー展開式
f (x) = f (0) + f ′ (0)x +
f ′′ (0) 2
f (n−1) (0) n−1
x + ··· +
x
+ Rn ,
2!
(n − 1)!
f (n) (θx) n
x , (0 < θ < 1)
n!
を f (x) のマクローリン展開式であるという.
Rn =
例 5.1.1 n ≥ 1 であるとし, f (x) が n 次多項式であるとする.
a ∈ (−∞, ∞) であるとする. このとき, x ∈ (−∞, ∞) に対し, f (x)
のテイラー展開式
f (x) = f (a) + f ′ (a)(x − a) +
+
f (n) (a)
(x − a)n
n!
3
f ′′ (a)
(x − a)2 + · · ·
2!
が成り立つ.
例 5.1.2(指数関数) x ∈ (−∞, ∞) に対し, ex のマクローリン
展開式
x2
xn−1
ex = 1 + x +
+ ··· +
+ Rn
2!
(n − 1)!
が成り立つ. ここで, Rn は
Rn =
eθx n
x
n!
と表される. ただし, n ≥ 1, 0 < θ < 1 とする.
例 5.1.3(三角関数) sin x と cos x のマクローリン展開式 (1),
(2) が成り立つ. ただし, n ≥ 1, 0 < θ < 1 とする.
(1) x ∈ (−∞, ∞) に対し, 次の等式
cos x = 1 −
x2n−2
x2 x4
+
− · · · + (−1)n−1
+R
2!
4!
(2n − 2)!
が成り立つ. ここで, R は
R = R2n−1 = (−1)n
R = R2n = (−1)n
sin θx 2n−1
x
,
(2n − 1)!
cos θx 2n
x
(2n)!
と表される.
(2) x ∈ (−∞, ∞) に対し, 次の等式
sin x = x −
x2n−1
x3 x5
+
− · · · + (−1)n−1
+R
3!
5!
(2n − 1)!
が成り立つ. ここで, R は
R = R2n = (−1)n
4
sin θx 2n
x ,
(2n)!
R = R2n+1 = (−1)n
cos θx 2n+1
x
(2n + 1)!
と表される.
例 5.1.4(ニュートンの二項展開) α は実数であるとする. x ∈
(−1, ∞) に対し, (1 + x)α のマクローリン展開式
( )
( )
(
)
α
α 2
α
α
(1 + x) = 1 +
x+
x + ··· + +
xn−1 + Rn
1
2
n−1
が成り立つ. ここで, Rn は
( )
α
Rn =
(1 + θx)α−n xn
n
と表される. ただし, n ≥ 1, 0 < θ < 1 とし, ニュートンの二項係数
は, 関係式
( )
α
α(α − 1)(α − 2) · · · (α − k + 1)
=
, (k ≥ 1),
k
k!
( )
α
=1
0
によって定義する.
例 5.1.5(対数関数) x ∈ (−1, ∞) に対し, log(1 + x) のマク
ローリン展開式
log(1 + x) = x −
x2 x3
xn−1
+
− · · · + (−1)n−2
+ Rn
2
3
(n − 1)
が成り立つ. ここで, Rn は
Rn =
(−1)n−1 n
x
n(1 + θx)n
5
と表される. ただし, n ≥ 1, 0 < θ < 1 とする.
テイラーの定理の応用として自然対数の底 e が無理数であること
を証明し, 関数 f (x) の近似式としてテイラー展開式を用いたときの
誤差評価を与える. さらに, これを用いて初等関数の値の近似値を
求める例を示す.
例 5.1.6 自然対数の底 e は無理数である.
証明 背理法によって証明する. いま, e が有理数であると仮定
m
と表す. ここで, m, n は正の自然数である. この分母
して, e =
n
の n に対応する ex のマクローリン展開式において, x = 1 とおけば,
等式
1
1
1
+ Rn+1
e = 1 + + + ··· +
1! 2!
n!
が成り立つ. ここで, 剰余項 Rn+1 は不等式
Rn+1 =
eθ
3
<
, (0 < θ < 1)
(n + 1)!
(n + 1)!
を満たす. このとき, 背理法の仮定によって n!e は正の自然数であ
る. したがって
eθ
n!Rn+1 =
>0
n+1
は正の自然数でなければならない. したがって, 不等式
1≤
eθ
3
<
n+1
n+1
が成り立つ. ゆえに,
n+1<3
が成り立つから, 0 < n < 2 でなければならない. ゆえに, n = 1 を
得る. したがって, 背理法の仮定によって, e は正の自然数でなけれ
6
ばならない. しかし, e の定義より 2 < e < 3 であるから, これは不
合理である. ゆえに, e は無理数であることが証明された. //
次に, 関数の値の近似値の誤差評価に関する次の定理を得る.
定理 5.1.2 関数 f (x) は区間 I において n 回微分可能であると
する. さらに, 正の定数 M が存在して, 不等式
|f (n) (x)| ≤ M, (x ∈ I)
が満たされているとする. a, a + h ∈ I であるとき, 点 a + h におけ
る関数の値 f (a + h) の近似値として,
f (a) + f ′ (a)h +
f ′′ (a) 2
f (n−1) (a) n−1
h + ··· +
h
2!
(n − 1)!
をとるならば, その誤差 Rn の限界は
M |h|n
n!
に等しい. すなわち, 誤差評価式
|Rn | ≤
M |h|n
n!
が成り立つ.
証明 系 5.1.1 より明らかである. //
最後に, 関数 sin θ の近似値の計算例を示す.
例 5.1.7 sin 31◦ の近似値を少数以下第 3 位まで求めよ.
解 テイラー展開式を用いて, 等式
sin 31◦ = sin(30◦ + 1◦ ) = sin(
7
π
π
+
)
6 180
π
π
π
+
cos
6 180
6
√
1
π
3
= +
= 0.5151 · · ·
2 180 2
を得る. 誤差の限界は,
≑ sin
|R2 | ≤
1(
π 2
)
180 < 0.00015 · · ·
2!
によって与えられる. したがって,
sin 31◦ = 0.5151 · · · ± 0.00015 · · · = 0.515 · · ·
が成り立つ. ゆえに, 求める近似値は
sin 31◦ ≑ 0.515
によって与えられる. //
5.2 テイラー級数展開とマクローリン級数展開
本節においては, テイラー級数展開とマクローリン級数展開に
ついて考察する. これによって, ある点 a の近傍において, 与えら
れた関数 f (x) が, 点 a における関数の値 f (a) と各階の微分係数
f (n) (a), (n ≥ 1) の値を知ることによって完全に決定できることが
証明される.
定理 5.2.1 a ∈ (−∞, ∞) であるとし, r > 0 であるとする. 関
数 f (x) は開区間 I = (a − r, a + r) において C ∞ 級であるとする.
n = 0, 1, 2, · · · に対し,
Rn (x) =
f (n) (a + θn (x − a))
(x − a)n , (0 < θn < 1)
n!
8
と定義するとき, 開空間 I において, 条件
Rn (x) → 0, (n → ∞)
が成り立つならば, 関数 f (x) は開区間 I において
f (x) = f (a) +
f ′ (a)
f ′′ (a)
(x − a) +
(x − a)2
1!
2!
f (n) (a)
(x − a)n + · · ·
n!
のように x − a の整級数に展開される.
+··· +
定理 5.2.1 の整級数を開区間 I = (a − r, a + r) におけるテイラー
級数であるという.
また, 関数 f (x) を a の近傍においてテイラー級数に展開すること
を, f (x) のテイラー級数展開であるという. f (x) のテイラー級数展
開を, 略式にテイラー展開ということがある.
特に, 定理 5.2.1 において点 a = 0 の場合に, 次の定理が成り立つ.
定理 5.2.2 r > 0 であるとする. 関数 f (x) は開区間 I = (−r, r)
において C ∞ 級関数であるとする. n = 0, 1, 2, · · · に対し,
Rn (x) =
f (n) (θn x) n
x , (0 < θn < 1)
n!
と定義するとき, 開区間 I において, 条件
Rn (x) → 0, (n → ∞)
が成り立つならば, 関数 f (x) は開区間 I において
f (x) = f (0) +
f ′ (0)
f ′′ (0) 2
f (n) (0) n
x+
x + ··· +
x + ···
1!
2!
n!
のように整級数に展開される.
9
定理 5.2.2 の整級数を開区間 I = (−r, r) におけるマクローリン
級数であるという.
また, 関数 f (x) を a = 0 の近傍においてマクローリン級数に展開
することを f (x) のマクローリン級数展開であるという. f (x) のマ
クローリン級数展開を, 略式にマクローリン展開ということがある.
次に, 初等関数のマクローリン級数展開を考える.
例 5.2.1(指数関数) ex のマクローリン級数展開
ex = 1 +
x
x2
xn
+
+ ··· +
+ · · · , (−∞ < x < ∞)
1!
2!
n!
が成り立つ.
例 5.2.2(三角関数) sin x と cos x のマクローリン級数展開
cos x = 1 −
x2 x4
x2n
+
− · · · + (−1)n
+ ··· ,
2!
4!
(2n)!
(−∞ < x < ∞),
sin x = x −
x3
3!
+
x5
x2n+1
− · · · + (−1)n
+ ··· ,
5!
(2n + 1)!
(−∞ < x < ∞)
が成り立つ.
例 5.2.3(ニュートンの二項展開) α を任意の実数であるとする
とき, |x| < 1 において, (1 + x)α のマクローリン級数展開
( )
( )
( )
α
α 2
α n
α
(1 + x) = 1 +
x+
x + ··· +
x + ···
1
2
n
が成り立つ. ここで, ニュートンの二項係数を
( )
α
α(α − 1) · · · (α − n + 1)
, (n ≥ 1),
=
n!
n
10
( )
α
=1
0
とおく.
例 5.2.4(対数関数) log(1 + x) のマクローリン級数展開
log(1 + x) = x −
x2 x3
xn
+
− · · · + (−1)n−1
+ ··· ,
2
3
n
(−1 < x ≤ 1)
が成り立つ.
例 5.2.5(逆三角関数) tan−1 x のマクローリン級数展開
tan−1 x = x −
x3 x5
x2n+1
+
− · · · + (−1)n
+ ··· ,
3
5
2n + 1
(|x| ≤ 1)
が成り立つ.
5.3 解析接続 (実領域)
本節においては, 実領域における解析接続の問題を考える.
定理 5.3.1 整級数
f (x) =
∞
∑
an xn , (−∞ < x < ∞)
n=0
の収束半径 r は関係式
√
1
= lim n |an |
r n→∞
11
1
を満たす r によって与えられる. ただし, r = ∞ のときは = 0 で
r
1
あるとし, r = 0 のときは = ∞ であるとする.
r
定理 5.3.1 の整級数の収束半径が r, (0 < r < ∞) であるとき,
|x| < r においてこの整級数は絶対収束し, |x| > r においてこの整
級数は発散する. r = 0 のときは x = 0 においてのみ収束し, r = ∞
のときはすべての x において絶対収束する.
C ∞ 級関数 f (x) が R の開集合 Ω において実解析的であるとは,
Ω の任意の点 x の近傍においてテイラー展開可能であることと定義
する. 解析接続の問題においては次の定理が基本的に重要である.
定理 5.3.2(整級数の一意性) 二つの整級数
∞
∑
an x n と
n=0
∞
∑
bn xn
n=0
が 0 を含むある開区間 I において一致すれば,
an = bn , (n = 0, 1, 2, · · · )
が成り立つ. したがって, 二つの整級数は一致する.
R の開集合 Ω において実解析的な関数全体のつくるベクトル空
間を A(Ω) と表す.
定理 5.3.3 Ω1 , Ω2 は R の二つの開集合であるとするとき,
f (x) ∈ A(Ω1 ) と g(x) ∈ A(Ω2 ) が関係式
f (x) = g(x), (x ∈ Ω1 ∩ Ω2 )
を満たすならば, ある関数
F (x) ∈ A(Ω1 ∪ Ω2 )
が存在して,
{
F (x) =
f (x), x ∈ Ω1 ,
g(x), x ∈ Ω2
12
が成り立つ.
一般に R の開集合 Ω1 と Ω2 が Ω1 ⊂ Ω2 を満たしているとする.
このとき, F (x) ∈ A(Ω2 ) が f (x) ∈ A(Ω1 ) の解析接続であるという
ことは, 条件
F (x) = f (x), (x ∈ Ω1 )
が成り立つことであると定義する.
定理 5.3.2 によって, R の開集合 Ω1 と Ω2 が条件 Ω1 ⊂ Ω2 を満た
しているとき, f (x) ∈ A(Ω1 ) の Ω2 へ解析接続 F (x) ∈ A(Ω2 ) が存
在すれば, 一意に定まることがわかる.
5.4 解析接続 (複素領域)
複素変数 z の指数関数 ez と三角関数 cos z と sin z を定義し, 指数
関数と三角関数の関係を導く. 特に, オイラーの公式を導く. それ
を用いて三角関数の加法定理などの様々な公式を導く.
実変数 x の指数関数 ex のマクローリン級数展開
ex =
∞
∑
xn
n=0
n!
=1+
x
x2
+
+ · · · , (−∞ < x < ∞)
1!
2!
において, 第三辺の整級数の収束半径 r は ∞ に等しい.
z ∈ C のとき, 複素変数 z の指数関数 ez を等式
z
e =
∞
∑
zn
n=0
n!
=1+
z
z2
+
+ · · · , (z ∈ C)
1!
2!
の第二辺あるいは第三辺の整級数の和であるとして定義する. この
整級数は任意の z ∈ C において絶対収束する.
13
実変数の整級数の場合と同様に複素変数の整級数の収束半径 r を
定義できる. このとき, 指数関数 ez を定義する整級数の収束半径 r
は ∞ に等しい. したがって, 指数関数 ez は C において解析関数あ
るいは正則関数であるという.
整級数の項別微分の公式を用いて, 微分法の公式
(ez )′ = ez , (z ∈ C)
が導かれる.
複素変数 z の指数関数 ez を R に制限したとき, 等式
ez |R = ex , (−∞ < x < ∞)
が成り立つ. このとき, 複素変数の指数関数 ez は実変数 x の指数関
数 ex の複素平面 C への解析接続であるという.
ここで, 複素変数の指数関数に対して, 指数関数の加法定理が成
り立つことを示す. すなわち, 次の定理が成り立つ.
定理 5.4.1(加法定理) z1 , z2 ∈ C に対し, 等式
ez1 +z = ez1 ez2
が成り立つ.
証明 指数関数の整級数展開を用いて, 等式
z1 z2
e e
∞
∞
∞
∑
∑
zm ∑ zn
zm zn
=
=
m!
n!
m! n!
m=0
n=0
m, n=0
が導かれる. いま, m + n = p とおいて, 級数を書き換えて
z1 z2
e e
p ( )
∞
∞
∑
1 ∑ p p−n n ∑ (z1 + z2 )p
=
= ez1 +z2
z1 z2 =
p!
p!
n
p=0
n=0
p=0
14
が導かれる. これらの整級数はすべて絶対収束しているから上のよ
うな計算は正しい. ゆえに, 加法定理が証明される. //
定理 5.4.1 の加法定理はまた指数法則ということもある.
実変数 x, (−∞ < x < ∞) の三角関数 cos x と sin x のマクローリ
ン級数展開
cos x = 1 −
x2 x4
x2n
+
+ · · · + (−1)n
+ ··· ,
2!
4!
(2n)!
sin x = x −
x2n+1
x3 x5
+
− · · · + (−1)n
+ ···
3!
5!
(2n + 1)!
において, 右辺の整級数の収束半径 r は ∞ に等しい.
z ∈ C のとき, 複素変数 z の三角関数 cos z と sin z を等式
cos z = 1 −
z2 z4
z 2n
+
− · · · + (−1)n
+ ··· ,
2!
4!
(2n)!
sin z = z −
z3 z5
z 2n+1
+
− · · · + (−1)n
+ ···
3!
5!
(2n + 1)!
の右辺の整級数の和であるとして定義する. これらの整級数は任意
の z ∈ C において絶対収束する. このとき, 三角関数 cos z と sin z
を定義する整級数の収束半径 r は ∞ に等しい. したがって, 三角関
数 cos z と sin z は C において解析関数あるいは正則関数である.
cos z は余弦関数であるといい, sin z は正弦関数であるという.
整級数の項別微分の公式を用いて, 微分法の公式
(cos z)′ = − sin z, (sin z)′ = cos z, (z ∈ C)
が導かれる.
さらに, z ∈ C に対し,
tan z =
sin z
1
1
sin z
, cot z =
, sec z =
, cosec z =
cos z
cos z
cos z
sin z
15
と定義する. このとき, 六つの関数 cos z, sin z, tan z, cot z, sec z,
cosec z を複素変数 z の三角関数であるという.
複素変数 z の三角関数 cos z と sin z を R に制限したとき, 等式
cos z|R = cos x, sin z|R = sin x, (−∞ < x < ∞)
が成り立つ. したがって, 複素変数の三角関数 cos z と sin z はそれ
ぞれ実変数 x の三角関数 cos x と sin x の複素平面 C への解析接続
である.
定義により, 等式
cos(−z) = cos z, sin(−z) = − sin z, (z ∈ C)
が成り立つ.
特に, z ∈ C に対し, 等式
iz z 2 iz 3
−
−
+ ···
1!
2!
3!
)
( z
)
(
z3 z5
z2 z4
+
− · · · +i
−
+
− ···
= 1−
2!
4!
1!
3!
5!
が成り立つ. ゆえに, cos z と sin z の定義式を用いて, 指数関数と三
角関数の関係を与える公式
eiz = 1 +
eiz = cos z + i sin z, (z ∈ C)
が導かれる.
したがって, 公式
e−iz = cos z − i sin z, (z ∈ C)
が導かれる. ゆえに, 関係式
cos z =
eiz + e−iz
eiz − e−iz
, sin z =
, (z ∈ C)
2
2i
16
が従う. この関係式を用いて, 等式
cos2 z + sin2 z = 1, (z ∈ C)
が導かれる.
特に, 実変数 θ, (−∞ < θ < ∞) に対し, 公式
eiθ = cos θ + i sin θ
が成り立つ. これをオイラーの公式という.
|z| = r, arg z = θ とおくと, 極形式は
z = reiθ
と表される.
オイラーの公式を用いて, z = x + iy に対し, 公式
ex+iy = ex eiy = ex (cos y + i sin y), (−∞ < x, y < ∞)
が成り立つ. このとき, ex > 0 であるから, 等式
|ez | = ex , arg ez ≡ y, (mod 2π)
が成り立つ.
ここで, 公式
cos2 θ + sin2 θ = 1
が成り立つから,
ez ̸= 0
であることがわかる.
このとき, 次の定理が成り立つ.
定理 5.4.2 複素変数 z の指数関数 ez は周期関数であって, 周期
は 2nπi, (n = 0, ; ±1, ±2 · · · ) である.
17
証明 n が整数であるならば, 2nπi が周期であることがわかる.
なぜならば,
e2nπi = cos(2nπ) + i sin(2nπ) = 1, (n = 0, ±1, ±2 · · · )
が成り立つから, 等式
ez+2nπi = ez e2nπi = ez
が成り立つ.
逆に, ω を ez の周期であるとすれば,
ez+ω = ez
が成り立つ.
いま, ω = 2nπi であることを示す.
|ez | > 0 より, ez ̸= 0 であるから, 等式
eω = 1
が従う. ω = x + iy とおくと, 等式
eω = ex (cos y + i sin y) = 1
が成り立つ. ex > 0 であるから, |eω | = ex を得る. ゆえに,
ex = 1
が成り立つ. したがって, x = 0 となる. ゆえに,
cos y + i sin y = 1
が成り立つ. すなわち, n を任意の整数として, y = 2nπ となる. し
たがって, ω = 2nπi となる. ゆえに, ez の周期は 2πi の整数倍のみ
である. //
18
定理 5.4.2 より, ez の基本周期が 2πi であることがわかる.
オイラーの公式において, 変数 θ を −θ に変えると, 等式
e−iθ = cos θ − i sin θ, (−∞ < θ < ∞)
が得られる. したがって, 等式
cos θ =
eiθ + e−iθ
eiθ − e−iθ
, sin θ =
, (−∞ < θ < ∞)
2
2i
が成り立つことがわかる.
三角関数 cos z, sin z と指数関数 ez の関係式を用いて, 複素変数
z に対しても cos z と sin z の加法定理とそれから派生する無数の恒
等式が成り立つことがわかる.
定理 5.4.3 z1 , z2 ∈ C に対し, 次の加法定理 (1), (2) が成り
立つ:
(1) cos(z1 + z2 ) = cos z1 cos z2 − sin z1 sin z2 .
(2) sin(z1 + z2 ) = sin z1 cos z2 + cos z1 sin z2 .
証明 次のように計算することによって加法定理
cos(z1 + z2 ) =
ei(z1 +z2 ) + e−i(z1 +z2 )
eiz1 eiz2 + e−iz1 e−iz2
=
2
2
(eiz1 + e−iz1 )(eiz2 + e−iz2 ) (eiz1 − e−iz1 )(eiz2 − e−iz2 )
+
4
4
= cos z1 cos z2 − sin z1 sin z2
=
が成り立つことがわかる. 同様に, 加法定理
sin(z1 + z2 ) =
ei(z1 +z2 ) − e−i(z1 +z2 )
eiz1 eiz2 − e−iz1 e−iz2
=
2i
2i
19
(eiz1 − e−iz1 )(eiz2 + e−iz2 ) (eiz1 + e−iz1 )(eiz2 − e−iz2 )
+
4i
4i
= sin z1 cos z2 + cos z1 sin z2
=
が成り立つことがわかる. //
特に, z1 , z2 を実変数 z1 = x, z2 = y に制限するとき, 定理 5.4.3
は実変数の三角関数 cos x と sin y の加法定理を与える.
すなわち, 次の系が成り立つ.
系 5.4.1 −∞ < x, y < ∞ に対し, 次の加法定理 (1), (2) が成
り立つ:
(1) cos(x + y) = cos x cos y − sin x sin y.
(2) sin(x + y) = sin x cos y + cos x sin y.
次に, 双曲線関数と指数関数の関係について考察する.
z ∈ C に対し, 複素変数 z の関数 cosh z と sinh z を, 等式
cosh z = 1 +
z2 z4
z 2n
+
+ ··· +
+ ··· ,
2!
4!
(2n)!
sinh z = z +
z3 z5
z 2n+1
+
+ ··· +
+ ···
3!
5!
(2n + 1)!
の右辺の整級数の和であると定義する. これらの整級数の収束半径
r は ∞ であるから, 任意の z ∈ C において絶対収束する.
cosh z は双曲線余弦であるといい, sinh z は双曲線正弦であると
いう. このとき, 定義によって, 関係式
cosh z =
ez + e−z
ez − e−z
, sinh z =
, (z ∈ C)
2
2
が成り立つ.
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ez と e−z は C 全体において正則であるから, cosh z と sinh z も C
全体において正則であって, 微分法の公式
(cosh z)′ = sinh z, (sinh z)′ = cosh z, (z ∈ C)
が成り立つ.
実変数の場合と同様に, z ∈ C に対し,
tanh z =
sinh z
cosh z
, coth z =
,
cosh z
sinh z
1
1
, cosech z =
cosh z
sinh z
であると定義する. このとき, cosh z, sinh z, tanh z, coth z, sech z,
cosech z の六つの関数を双曲線関数であるという.
複素変数の関数 cosh z と sinh z を R に制限することによって, そ
れぞれ実変数 x の双曲線関数 cosh x と sinh x が得られる. すなわ
ち, 関係式
sech z =
cosh z|R = cosh x, sinh z|R = sinh x, (−∞ < x < ∞)
が成り立つ. したがって, 複素変数 z の双曲線関数 cosh z と sinh z
はそれぞれ実変数 x の双曲線関数 cosh x と sinh x の C 上への解析
接続である.
定義により, 等式
cosh (−z) = cosh z, sinh (−z) = −sinh z, (z ∈ C)
が成り立つ.
定義によって, 公式
cosh2 z − sinh2 z = 1, (z ∈ C)
が成り立つ. また, 公式
ez = cosh z + sinh z, e−z = cosh z − sinh z, (z ∈ C)
21
が成り立つ.
指数関数 ez の基本周期が 2πi であることから, cosh z と sinh z は
周期関数であって, 周期 2nπi, (n = 0, ±1, ±2, · · · ) であり, 基本周
期 2πi をもつことがわかる.
さらに, cosh z と sinh z の定義より, 次の加法定理が導かれる.
定理 5.4.4(加法定理) z1 , z2 ∈ C に対し, 次の加法定理 (1),
(2) が成り立つ:
(1) cosh (z1 + z2 ) = cosh z1 cosh z2 + sinh z1 sinh z2 .
(2) sinh (z1 + z2 ) = sinh z1 cosh z2 + cosh z1 sinh z2 .
特に, z1 と z2 を実変数 z1 = x, z2 = y に制限するとき, 定理 5.4.4
は実変数の双曲線関数 cosh x と sinh x の加法定理が成り立つ. すな
わち, 次の系が成り立つ.
系 5.4.2 −∞ < x, y < ∞ であるとすると, 次の二つの加法定
理 (1), (2) が成り立つ:
(1) cosh (x + y) = cosh x cosh y + sinh x sinh y.
(2) sinh (x + y) = sinh x cosh y + cosh x sinh y.
次に, 三角関数と双曲線関数の関係を示す.
双曲線関数は純虚変数の三角関数を用いて表すことができ, 次の
関係式が成り立つ:
cosh x = cos (ix), sinh x = −i sin (ix), (−∞ < x < ∞).
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