原子炉物理学特論(課題3) 上方散乱のある無限均質媒質における中性子

原子炉物理学特論 (課題3)
上方散乱のある無限均質媒質における中性子の増倍
千葉豪
これまでは、中性子は原子核との散乱反応によって必ずエネルギーを失うものとして考え
てきたが、実際には原子(核)が熱振動していることから、反応を起こす中性子のエネル
ギーが低い場合には、散乱により中性子のエネルギーが増加する場合がある。このような散
乱を「上方散乱 up scattering」と呼び、軽水炉などの熱中性子炉では極めて重要な中性子原子核反応と言える。今回は、上方散乱のある無限均質媒質における中性子の減速、増倍を
考えよう。
さて、体系が臨界でない場合でも成り立つように中性子無限増倍率 k∞ を導入した中性子
バランスの式は以下のように書ける。
Σa,g φg +
G
X
g 0 =1
Σs,g→g0 φg =
G
X
g 0 =1
ここで、除去断面積を Σr,g = Σa,g +
Σs,g0 →g φg0 +
X
G
χg X
νΣf,g0 φg0 ,
k∞ g0 =1
(g = 1, ..., G)
(1)
Σs,g→g0 と定義し、散乱源を下方散乱と上方散乱と
g 0 6=g
に分けて記述すると、式 (1) は次のように書き直せる。
g−1
X
G
X
G
χg X
Σs,g0 →g φg0 +
Σs,g0 →g φg0 +
Σr,g φg =
νΣf,g0 φg0 ,
k∞ g0 =1
g 0 =1
g 0 =g+1
(g = 1, ..., G)
(2)
この式において、右辺第一項が下方散乱源であり、第二項が上方散乱源に対応する。
上方散乱がある場合には、これまでのように高いエネルギー群から中性子束を計算してい
くだけでは解が求まらない。上方散乱が無い場合には、散乱源においては高いエネルギー群
からの寄与のみを考えればよいため、高いエネルギー群から計算することで、各エネルギー
群の中性子束を計算するときには散乱源が既知となっていた。一方、上方散乱がある場合に
は、あるエネルギー群の中性子束を計算する際に、さらに低いエネルギー群の中性子束の値
が散乱源の計算において必要となる。従って、中性子の減速計算を繰り返し行うことで、解
を求める必要がある。
数値計算のプログラムは具体的には以下のようになるであろう。
1. Σa 、νΣf 、χ、Σr といった断面積データや中性子束 φ については一次元の配列を、散
乱元と散乱先の群の情報が必要となる Σs については二次元の配列を、それぞれ用意
する。
1
2. 全核分裂中性子数 S =
X
νΣf,g φg および中性子無限増倍率 k∞ の初期値として適当な
g
値を仮定する(例えばいずれも 1.0)。また、各エネルギー群の中性子束の初期値とし
て適当な値を仮定する(例えば 0.0)。
3. g 群の中性子束の計算を行う。核分裂源は χg と全核分裂中性子数、k∞ から計算し、g
群に入ってくる上方散乱源、下方散乱源は、その時点での最新の中性子束の値を用い
て計算する。
4. 上記ステップ3を全てのエネルギー群について繰り返す。
5. 全てのエネルギー群で計算が終了したら、計算した中性子束 φg から次の世代の全核
X
分裂中性子数 S 0 =
νΣf,g φg を計算する。
g
0 は
6. S/k∞ 個の中性子が一世代後に S 0 となったことから、無限中性子増倍率の推定値 k∞
0
S 0 /(S/k∞ ) = (S 0 /S)k∞ と与えられる。次の世代の核分裂中性子源の計算では S 0 /k∞
0 が成り立つので、χ に乗ずるべき定数は反復
を用いることになるが、S/k∞ = S 0 /k∞
g
を通じて同一となる。
7. k∞ の値がある程度の収束を見た時点で計算を終了する。
以下、いくつかポイントを示す。
• 今回の例では、各エネルギー群の中性子束を計算するタイミングに他の群からの散乱
源を計算するようにしている。前回と同様に、各エネルギー群の中性子束を計算した
直後に他の群への散乱源を計算させる方法も勿論可能であるが、ちょっとだけ複雑に
なる。なお、この場合は、散乱源配列は上方散乱と下方散乱とに分ける必要がないこ
とを付記しておく。
• 反復の回数は手動で設定し、計算結果を見ながら回数を増やしていけばよいだろう。
なお、反復時の k∞ の変動量がある条件を満たした場合に反復を終了させる、という
方式を採用するとスマートである1 。
問題1:UO2 燃料を用いた軽水炉の燃料組成について、エネルギー群数を 107 とした
ときの定数を外部ファイル「xs uo2」に与えた。このファイルには、エネルギー群の境
界エネルギー(データ数はエネルギー群数に 1 を加えたものとなる)、吸収断面積、核
分裂生成断面積 νΣf,g 、核分裂スペクトル、散乱断面積行列a が与えられている。この
媒質が無限に存在する系について、中性子無限増倍率 k∞ と中性子束 φg を求めよ。な
お、中性子束については、横軸をエネルギー、縦軸を中性子束として図示すること(横
軸については log とし、縦軸については linear と log の2種類を作成すること)。
Σ1→1 、Σ1→2 、· · ·、Σ1→107 、Σ2→1 、· · ·、Σ107→106 、Σ107→107 の順で、計 107×107 個のデータが与
えられている。
a
1 (n)
k∞
(n+1)
k∞ の推定値とした場合、|k∞
−5
(n)
(n)
− k∞ |/k∞
< のような条件を導入する。
を n 回目の反復計算後の
ここで、収束判定条件 であるが、例えば 10 のオーダーの精度で数値解を求めたい場合には、一桁少ない
10−6 程度に設定するのが一般的な方法である。
2
問題2:無限中性子増倍率 k∞ は、中性子の核分裂による全生成量 P =
収量 L =
X
X
νΣf,g φg 、吸
g
Σa,g φg を用いて k∞ = P/L とも定義できる。問題1で得た中性子束を用
g
いて、この定義式で k∞ を求め、問題1の結果と比較せよ(なお、(n,2n) 反応があるた
め、厳密には一致しないa )。
a
散乱により中性子が2つ発生する反応が (n,2n) 反応である。例えば、g 群から g 0 群への (n,2n) 反応断面
積が Σn2n,g→g0 と書けるとしよう。この場合、g 群の中性子の消滅という観点からは、Σn2n,g→g0 φg なる項
を g 群のバランス式の左辺に導入すればよいが、g 0 群の中性子の生成という観点からは、2Σn2n,g→g0 φg0 φg
なる項を g 0 群のバランス式の右辺に導入する必要がある。従って、式 (1) の枠組みでは「真面目に」取り
扱うことはできていないのである。
式 (2) は行列を用いて記述すると以下のように書ける。
1
Fφ
k∞
Aφ =
(3)
この両辺に全ての要素が 1.0 であるベクトル ω T を左から作用させ式を変形すると、以下の
式を得ることができる。なお、肩添字 T は転置を意味する。
k∞ =
P
wT F φ
=
T
w Aφ
L
(4)
一方、反復計算の手続きは以下のように書ける。
Aφ(n+1) =
1
(n)
k∞
(n+1)
(n + 1) 回目の反復における k∞ の推定値 k∞
(n+1)
k∞
=
F φ(n)
(5)
は
wT F φ(n+1)
wT F φ(n+1)
=
(n)
wT Aφ(n+1)
wT (1/k∞ )F φ(n)
(6)
と書けることから、今回挙げた2つの k∞ の推定法が等価であることが分かるであろう。
問題3:問題1について、上方散乱断面積を全てゼロとして計算を行い、k∞ と φg を求
めよ。また、上方散乱を考慮した問題1の結果との差異の理由について、説明を試みよ。
参考問題:ウランとプルトニウムの混合酸化物燃料のデータを外部ファイル「xs mox」
に与えた。この燃料組成について、k∞ と φg を求めよ。また、UO2 燃料について計算
した問題1の結果と比較すると、中性子束のエネルギースペクトル φg に差異が見られ
る。この差異の原因について、吸収断面積の差異に基づいて説明を試みよ。また、中性
子無限増倍率 k∞ の UO2 燃料と MOX 燃料の大小の理由についても、吸収断面積、生
成断面積、中性子束エネルギースペクトルの差異から説明を試みよ。
以下は、問題を解く上での補足である。
3
• g 群の中性子束 φg は φg =
Z
E2
φ(E)dE と定義され、エネルギー積分量である。従っ
E1
て、プロット時にはヒストグラム状で示すべきである。この際、例えば横軸をエネル
ギーとしてプロットする場合は、エネルギー群のエネルギー幅 (E2 − E1 ) で割った
値をプロットすべきである(単位エネルギーあたり、とする)。一方、横軸をエネル
ギーの対数としてプロットする場合は、エネルギー群のエネルギー対数に対する幅
log(E2 ) − log(E1 ) = log(E2 /E1 ) で割った値をプロットすべきである。
• Python で log 関数を用いる際は、math 関数をインポートする必要がある。
• 1次元で数値が並んだ外部ファイルが用意されている。これを Excel 等でインポート
するのがきつい、という人は、別途連絡をすること(Excel 向けのデータ提供も可能)。
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