APAST Essay_017A

APAST Essay 017A
2015 年 9 月 17 日
NPO 法人 APAST
筒井哲郎
市場の選択
まえがき
原発のエンジニアリング会社が経済的に苦境に陥っています。 われわれは原発が本質的に 「犠
牲のシステム」 であるから廃止すべきである、という倫理的理由で脱原発の活動を行ってきました。
アメリカではスリーマイル島原発事故以来、 原発の新設は1基もありません。 ヨーロッパではチェ
ルノブイリ原発事故以来低調になり、 福島原発事故以来、 ドイツが原発廃止の政策を選択し、
イタリアは改めて国民投票で脱原発の意思を確認しました。
そういう明白な倫理的理由をからではないけれども、 漠然とした、 しかし広がりの大きい 「世論」
は、 3.11 福島原発事故以来、 原発を忌避し、 新しい原発の建設を不可能にしています。 その
ことは原発建設を生業 (なりわい) とする原発エンジニアリング会社を経済的不況に追い込み、
これらの企業は、 市場の論理によって淘汰される日が近づいています。 その模様を現時点で確
認しておきたいと思います。
1. 東芝の苦境
東芝が粉飾決算を繰り返したために、 市場から懲罰を受けています。 原因は2006年に、 当
時のアメリカの W. ブッシュ政権が唱え、 日本の経産省が唱和した 「原発ルネッサンス」 政策に
社運をかけて、 PWR 型原発の供給者である Westinghouse(WH) を買収したのですが、 それが裏
目に出たことです。 買収金額は 6,600 億円でしたが、 WH の企業価値は業界の相場では約
2,000 億円、 その他はのれん代だといわれています (注1)。 その時の皮算用では、 2015年度
までに、 輸出を含めて39基の原発を受注して、 世界最大の原発エンジニアリング会社に躍り出
ようという計画でした。 しかし、 3.11 福島原発事故以来、 国内はもとより、 海外への輸出も滞っ
ています。
2. 三菱重工と日立と AREVA
三菱重工は、 アメリカの南カリフォルニア ・ エジソン社から、 サンオノフレ原発に納入した蒸気
発生器が設計ミスであったという理由で、 同発電所閉鎖の責任も含めて、 9,300 億円の損害賠
償を求められています (注2)。
日立製作所は、 リトアニアのビザギナス原発を2012年6月に受注しましたが、 同年10月14日
の国民投票で反対が 62%という結果で、 再協議ということになっています (注3)。
フランスの AREVA は、 経営危機に陥り、 今年6月にフランス電力公社 (EDF) に救済合併し
てもらうことに決まりました (注4)。 同社の赤字は4年連続で、 2014年度決算の赤字は約 6,700
億円。 フィンランドなどで受注した新型炉 EPR の建設工事はトラブル続きで完成が10年近く遅れ、
引当金の計上で損失が膨らんでいます。
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日本およびフランスは、 再生可能エネルギーの普及を自ら閉ざして、 世界の潮流に立ち遅れ
た結果に陥っています。 両国とも行政官僚の意思決定が強く反映し、 それだけ原子力ムラに偏っ
た政策に固執してきたといえるでしょう。
3. 政策の失敗例
官僚であれ誰であれ、 人間の想像力には限界があります。 良かれと思って推進した政策が、
それが実現した数年後には時代遅れになったという例はたくさんあります。 以下にいくつかの例を
述べます。
1) 1970年に牛込柳町で有機鉛中毒が問題になったとき、 ガソリン業界はもとより、 トヨタもホン
ダも自動車業界はこぞって、 「有機鉛を入れなければ自動車エンジンのバルブの潤滑機能が失
われるので、 自動車は作れない」 とキャンペーンを張りしました。
その直後に、 マスキー法やニクソンの無鉛化政策が発表されると、 とたんにかれらは 「無鉛ガ
ソリンでもエンジンは問題ない」 と言い出しました。
2) わたしの家は石川県の河北潟に沿った農村で稲作農家をやっていました。 戦後農業構造改
革で一戸当たりの田地の面積を増やさなければ農業の近代化 (機械化) はできないという見通し
で、河北潟の水面の 2/3 を埋め立てる干拓事業を行って稲作用の田圃の面積を増やしました (先
行例は秋田県大潟村)。 その干拓事業に参加した農家は何千万円かの借金を背負いました。 そ
して、 干拓事業が完了したちょうどその時にコメ余りで 「減反政策」 が開始され、 その結果、 で
き上がった陸地面積のかなりの部分を金沢競馬場に転用しました。
3) 同様のことは、 諫早湾の干拓と水門事業に見てとれます。 開門請求佐賀訴訟では2010年
に福岡高裁で開門が命じられ、 長崎訴訟では15年9月に福岡高裁が開門を認めないという決定
を下しました。 農林水産行政の中で相反する訴訟が行われ、 相反する司法判断が出されるとい
うのは、 決定的な失敗と言わねばなりません。
4) 八ツ場ダムをはじめとする各地のダム計画も、 予測需要水量が計画時よりはるかに少なくなっ
ています (注6)。
4. 市場に任せる
もっと大規模なことをいえば、戦前、朝鮮半島、台湾、旧満州を植民地として 「日本の生命線だ」
と言って侵略した裏付けには、 当時の日本の産米の生産量は6千万石で、 人口増加の趨勢が8
千万人になる見込みだから、 農地を増やして食糧増産が必要だ、 という主張がありました。 それ
が、 本心であったのか、 軍事ムラの口実だったのかははっきりしませんが、 それで近隣諸国を
痛めつける破滅的な大戦争に突入していったのでした。 上に述べた戦後の大潟村、 河北潟、
諫早湾の農地造成もそういう一連の危機意識の延長線上にありました。 しかし、 戦後の化学工業
の発達による技術革新 (肥料と農薬) が反当たり収穫高を格段に高めてコメ余りにしました。
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福島事故以後、 「原発を動かさなければ停電になる」 というキャンペーンがずいぶんなされ、 3
月は電力需要ピーク時でもないのに「計画停電」という脅迫まがいのことが行われました。 その後、
最近まで2年間原発ゼロで過ごしても、 さして困難が起こらないことが実証されました。 かえって、
再生エネルギーの接続拒否をして、 原発利権を守ろうとしていることが露呈しました。
人間が頭で意図することは、 実現したころには用済みだということが多々あります。 市場の選択
に任せる場合には、 試行錯誤しながら不要なものは淘汰されていくのですが、 政策意図をもって
大規模に実現したものは、 利権集団が付随していて簡単に方向転換できなくなります。 原子力
ムラがまさしくそうです。
しかし、 幸いに世界市場が今原子力ムラを淘汰しようとしています。
ヨーロッパの電力市場では各家庭の電力購入契約をインターネット上で1時間単位に選択できる
システムになっています。 日本もそういう公平なシステムを作って市場に任せることをやれば、 さ
まざまな利権団体による不合理な無駄を省くことができるはずです。
注 1. 「不正の動機は何か、 6600 億円買収の誤算」 『日経ビジネス』 2015年8月31日号
注 2. 「三菱重工に 9300 億円請求へ」 『日本経済新聞』 2015年7月29日
注 3. 「リトアニア 『原発反対』」 『日本経済新聞』 2012年10月15日夕刊
「日立、 原発輸出に光差す」 『日本経済新聞』 2014年8月3日
注 4. 「仏原発大手が経営危機」 『朝日新聞』 2015年6月5日
注 5. 「諫早湾開門認めず」 『朝日新聞』、 「諫早開門二審も認めず」 『日本経済新聞』 2015年9月8日
注 6. 「八ツ場ダムサイト見学」 『筒井新聞』 第220号、 2009年10月
https://sites.google.com/site/tsutsuishinbun/2009/220/yamba-dam-site-kengaku
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