2015 年 8 月 1 日 NPO 法人 APAST 筒井哲郎 スターリン科学に基づく

APAST Essay 014A
2015 年 8 月 1 日
NPO 法人 APAST
筒井哲郎
スターリン科学に基づく原子力規制
はじめに
九州電力は川内原発1号機を8月10日に再稼働の予定をしており、 引き続き同2号機、 さらに
関西電力高浜3 ・ 4号機、 四国電力伊方3号機の設置変更許可申請書が承認されて再稼働手
続きが進められている。 しかし、 その審査の基準が理屈に合わない単純な間違いに立っている。
そのことは長年市民たちによって指摘されているが、 原子力規制委員会および原子力規制庁は
単純な間違いも修正しないで押し通している。 このことは、 福島第一原発事故以降新規制基準
制定で意図した規制の正当性を足元から掘り崩すものである。 その内容を例示して、 現在の規
制があたかも旧ソ連のスターリン体制下で称揚された科学のように、いったん権力に認められたら、
間違いが明白になっても修正しないという、 権力依拠のドグマに堕していることをご紹介する。
1. 原子炉圧力容器の脆化予測式
去る7月30日、 原子力資料情報室と国会原発ゼロの会が主催する 「老朽化原発の審査を問う
『原子炉構造材の監視試験方法』 と寿命延長の問題点」 という会合が衆議院第 1 議員会館で行
われた。 この会の前半は現在の規制審査に使われている寿命予測式が数学 ・ 物理学の常識か
ら見て間違っていることを専門家が説明し、 後半は国会議員が規制庁の専門家にその当否を問
いただす、 というプログラムであった。
川内原発1号機は、 来る8月10日に再稼働しようとしているが、 運転開始後30年以内に行わな
ければならない照射脆化の審査がまだ終了していない (去る2014年7月に運転開始後30年を
経過した)。 その審査のための補正申請書はこの7月に提出されたばかりである。
この高経年化審査というのは、 原子炉圧力容器が長年中性子照射を受けて脆化温度がどこま
で上昇しているかを調べるものである。 というのは、 脆化温度は新品の時は0℃前後であるが、
長年中性子照射を受けているとじょじょに上昇し、 それが 100℃に近くなると、ECCS(緊急炉心
冷却装置) が働き、 脆性破壊を起こす恐れがあるからである。 それで、 30年で一度、 さらに4
0年経過後に60年まで運転延長の計画がある場合にはその時点で炉内に設置した試験片を取り
出して、 今後10年もしくは20年後の脆化を予測することが審査対象になっている訳である。
現在、 原子力規制委員会 ・ 規制庁が使用している脆化予測式は、 日本電気協会原子力規格
委員会が作った JEAC4201-2007 「原子炉構造材の監視試験方法」 という規格であるが、 その
中に記載されている溶質原子クラスター Csc を計算する式が単純な間違いを犯している。 つまり、
足し算をする二つの項のディメンションが1乗と 2 乗になっているのである。 すなわち、 長さ 10c
mと面積 20cm2 を足し合わせるようなおかしな式になっているのである。
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これは単純ミスであるので、 小岩昌宏さん (京都大学名誉教授) と井野博満さん (東京大学
名誉教授) が3年前から、 その執筆者や原子力学会などにたびたび指摘して来られたが、 ずっ
と受け流されるだけで改善されなかった (注1)。 この日の会合でも、 規制庁専門家は言を左右
にして、 この規格を修正する意思がないことを表明していた。
2. 水蒸気爆発
水蒸気爆発は金属工場などで床に水たまりがあるときに溶けた金属が水たまりに落ちると大爆発
が起きて周辺のものを吹き飛ばし、 しばしば怪我人が発生するので、 現場で経験的に恐れられ
てきた。 またその現象は、 御嶽山で一抱えもあるような岩が天空に吹きあげられて登山客の頭上
に落下し、 60人以上の犠牲者を出した現象から、 その脅威が十分理解できる。
このたび、 川内原発 ・ 高浜原発 ・ 伊方原発の PWR 型原発の設置変更許可申請書の中に、 重
大事故のひとつとして、 全電源喪失 + 冷却材喪失 (ECCS 失敗) の場合に、 炉心燃料がメルト
スルーすることを予想して、 格納容器下部に応急的に水張りをして落下する溶融燃料を冷却する
とし、 かくして格納容器破壊を防止することができる、 というシナリオを描き、 それを規制委員会
が合格と認めた。 けれどもわれわれは、 溶融した金属燃料が水たまりの中に落下すれば、 水蒸
気爆発が発生して格納容器が一気に破壊される恐れがあるという主張をしている (注2)。
原子力規制委員会の主張は、 実験室内の実験では、 「水蒸気爆発の可能性が少なく、 発生
確率は10の-7乗以下だ」 というものであるが、 実験規模と実機とでは溶融金属量が 100 ~
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1000 倍も違い、 スケールが大きくなるほど確率が上がって行くことと、 水と溶融金属の接触の際
に発生する不規則な混合現象が、 実験室では得られないトリガーとなり得るので、 実験室での発
生確率を実機に外挿することは危険側の想定である。 ヨーロッパの最近の原発設計モデルでは、
水蒸気爆発対策としてコア ・ キャッチャーというドライな冷却槽を設けるように設計を改めている。
3. 地震動と津波の予測
福島事故の原因は、 地震動の予測も津波の予測も400年前からの既往最大を基準として1000
年前の既往最大を基準から排除したことにある。
鹿児島地裁が川内原発仮差し止め訴訟却下を決定した理由書に、 400年前からの既往最大を
基準とした 「安全目標」 を規制基準とする手法を肯定し、 「科学者たちがそう言っているのだから
それで良いではないか、 また新しい災害が起こったらその時に基準を上げればよい」 という成り
行き任せの判断をして現行の規制基準を肯定している。 これは規制思想として完全に間違ってい
る。 科学者たちは既往最大をデータで示すことを業務としているが、 将来10万年の間に発生す
る最大地震動や最高津波を予想するすべを持っていない。
4. 放射線による健康被害
福島県民の健康被害を調査している環境省の専門家会議は 「中間とりまとめ」 でつぎのように
記載している (注3)。
専門家会議は 「国際機関の評価と同様、 今般の原発事故による放射線被ばく線量に鑑みて、
福島県及び福島近隣県においてがんの罹患率に統計的有意差をもって変化が検出できる可能性
は低いと考える。 また、 放射線被ばくにより遺伝的影響の増加は識別されるとは予想されないと
判断する。 さらに、今般の事故による住民の被ばく線量に鑑みると、不妊、胎児への影響のほか、
心血管疾患、 白内障を含む確定的影響 (組織反応) が今後増加することも予想されない。 こう
した評価は、 WHO 報告書や UNSCEAR2013 年報告書での評価と同様である」 とされています。
この記述が、 いかに当事者意識が欠如しているか、 一読しただけで空しい気分になる。
5. まとめ
原子力規制は、 原発という科学技術を基礎とした理論をもとに社会に実装された設備の安全を
目指して行われている業務である。 それを遂行している実施主体が、 スターリン体制下の科学と
同じく、 権力がそう決めたからこれが科学的に正しい、 というドグマに基づいて、 間違いがその
まま通用してしまったり、 現行の知見をさらに追及して深めることが妨げられたりしている。
このような業界で働く人は自分の仕事に魅力を感じられないだろう。 世間にはもっと自由で公正
な競争原理で運用されている職業分野がたくさんある。 人材面でも、 職業上の張り合いという面
でも、 そして東芝をはじめとする原発エンジニアリング業界の破綻においても、 このような業界は
遠からず、 産業界から敗退していくに違いない。
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注1. 「原子炉圧力容器の脆化予測式は破綻している」 『科学』 2012年10月号、p.1150
「続 原子炉圧力容器の脆化予測式は破綻している」 『科学』 2014年2月号、p.152
文中の図は、 小岩 「問われる原子力規制員会の姿勢」 2015年7月30日、 衆議院第1議
員会館における説明会のPPTから引用。
注2. 高島武雄 ・ 後藤政志 「原子炉格納容器内の水蒸気爆発の危険性」 『科学』 2015年9月号
注3 . 環境省 「東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民健康管理のあり方に関する専門家会
議 中間とりまとめ」 2014年12月、p.22
http://www.env.go.jp/chemi/rhm/conf/torimatome1412/attach/mat01.pdf
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