APAST Essay_016A

APAST Essay 016A
2015 年 9 月 16 日
NPO 法人 APAST
筒井哲郎
原発の無理
はじめに
わたしは、 1964年に工学部機械工学科を卒業してから、 2013年6月まで49年間石油プラン
トや化学プラントを設計建設するエンジニアリング業界で働いてきました。 1970年代には組合運
動の一環として、 自分たちが作る化学プラントから公害を出さないようにしようという活動を社内の
仲間と共に行いました。 当時市民運動の対象であった水俣病 ・ イタイイタイ病 ・ 川崎ぜんそく ・
四日市ぜんそくなどを引き起こしてしまう化学プラントを作るのがわれわれの仕事であったからで
す。 同業の会社の労働組合でも同じ運動があって、 交流もしていました。
2011年の 3.11 福島第一原発事故は、 私たちは原発については専門外であったけれども、 世
界規模の惨事でしたから、 強く関心を引き付けられました。 見えてくるのは、 原発のエンジニアリ
ングや建設が専門ではない東電の人たちが悪戦苦闘していることです。 そのこと自体には同情す
るけれども、 顔が見える組織になっておらず、 迷走していることが不可解に思われました。 プラ
ントの運転業務は電力会社の人びとが専門ですが、 壊れたプラントの後始末は設計や建設を専
門とするエンジニアリング会社が担当するのが常識だ、 と思っていたからです。 たとえば、 スリー
マイル島の原発事故の後始末の報告書には、 ベクテルなどのエンジニアリング会社の技術者た
ちが、 それぞれの分野で自分の行った仕事をまとめた報告書が多数公開されています (注1)。
片や、 日本のテレビでは、 経済産業省の西山英彦審議官がいかにも薄っぺらな受け売りの広報
を行っていて、 日本の公共組織は事実を率直に知らせず、 意図してベールで覆うという知的退
廃が如実に支配していました。 しかも、 メルトダウンの事実は5月24日まで70日間隠蔽されてい
ました。
それまでは、 原発のことはわれわれにとって隣の分野であり、 口出しする気持ちも関心もありま
せんでした。 しかし、 未曾有の事故に対する組織体制ができておらず、 成り行き任せに見えて、
これはわれわれも少し勉強しなければと考え、 昔の仲間と勉強会を始めました。 それがプラント
技術者の会です (注2)。 ちょうど管首相がストレステストの実施を決めた直後であったので、 そ
の元になったEUのストレステスト仕様書を翻訳することから着手し、 それをきっかけに、 原子力
資料情報室を中心に、 福島事故以前から原発の問題に取り組んでいた人々の会合に加えてい
ただき、 福島原発サイトの汚染水問題や廃炉工程などから取り組みを始めました。
その後、 2013年初めに原子力市民委員会が発足した時に、 そのメンバーに加えていただき、
2014年6月からは、原子力規制問題を担当する規制部会の部会長を務めています(注 3)。 また、
誘われて NPO APAST の理事を務めています。
本稿では、 原発という発電システムが、 通常の民生用工業プラントと比べて、 人間が取り扱うこ
とのできない、 本質的な危険性を内包したシステムであることを改めて述べてみたいと思います。
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1. 過酷事故対策の無理
原発の過酷事故は、 核燃料がメルトダウンする事故をいいます。 福島原発事故以前は、 可能
性はゼロではないけれどもその発生確率はきわめて低く、 現実には無視して良いものとして扱わ
れていました。 したがって、 プラント内は何ら対策や訓練なされず、 周辺住民に対する避難訓
練も行われませんでした。
しかし、 福島事故を受けて、 2013年7月8日に施行された新規制基準において過酷事故対策
が義務付けられました。 その後、 各原発の再稼働に向けて設置変更許可申請書が提出され、
川内1 ・ 2号機、 高浜3 ・ 4号機、 伊方3号機の設置変更許可申請書が承認されました。 いず
れも 420 ページを超える申請書ですが , そのうちの 2/3 は過酷時対策が述べられています。
核燃料のメルトダウンというのは、 原子炉圧力容器内の水が何らかの理由で失われて、 冷却不
能に陥った場合に、 制御棒を差し込んで核分裂反応を止めても、 核燃料の崩壊が継続して、
崩壊熱が出続け、 そのために核燃料自身が溶融してしまうという現象です。 メルトダウンから派生
する格納容器の破損、 放射性物質の放出を止めるためには、 冷却水喪失事故が発生して崩壊
熱発生と同時に、 運転員たちが大車輪で働いて、 格納容器破損の手前で必ず冷却に成功しな
ければなりません。 これはきわめて過酷な超人的働きを要しますが、 これを必ず完遂するという
シナリオを設置変更許可申請書に書いて約束しているのです。 そこでは、 強い放射線を浴びな
がら、 がれきを片づけたり、 消防車を運転したり、 電源車を移動したり接続したり、 という業務を
約束しています。 果たしてこのようなことが現実的に可能でしょうか。 福島事故の場合は、 吉田
所長は免震重要棟から一歩も出ることができず、 水素爆発を起こした3つの建物を自分の目では
見ておらずに、 部下を見に行かせてその報告を聞いて事実の理解に努めています。 3月14日
夜には2号機の冷却が不能に陥り、 翌15日朝には現場にいた720人中650人が福島第二原発
へ避難し、その後落ち着いたから戻れと指示した後、同日中に戻った人は112人 (約2割) でした。
憲法および労働基準法に規定する労働者の基本的人権からいって、 危険な労働現場からは退
避する権利があるし、 だれもその権利を無視して危険労働を命令する権利はありません。
この状況を一般産業設備の非常事態と対比するために、 私が専門としてきた石油プラントの火
災の場合の消火活動について述べます。
3月11日の東日本大震災の夜、 テレビで大きく放送されたのは、 赤々と燃えるコスモ石油千葉
製油所の球形タンク群でした。 同製油所の球形タンクは、 不幸にも水張り試験をしていて、 設
計条件以上の荷重がタンクの支柱にかかっているところを大地震に遭遇して支柱が折れ、 LPG
配管を折損して火災が発生し、 それが17基の球形タンクの火災に発展して10日間燃え続けた後
に自然鎮火しました (図1)。
製油所は燃料を扱うプラントですから、 いったん火が広がると人力では消火がほぼ不可能です。
また、 気化した燃料に着火した瞬間には爆発が起こるので、 近寄ることはきわめて危険です。 し
たがって、 製油所で火災が発生した場合には初期消火に失敗したら、 遠回しに延焼防止の警
戒をするだけで、 後は燃え尽きるのを待ちます。
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図1. コスモ石油千葉製油所 球形タンク群の火災状況 (写真は朝日新聞から引用)
原発の過酷事故の場合も、 福島の原発では、 実際的に人力で有効な対策を行うことができな
かったし、 仮にその時の訓練不足を補ったとしても、 高い放射線の中で働くというのはチェルノブ
イリにおけるリクビダートル同様に死を覚悟した軍事行動以外の何ものでもありません (注4)。
民生用の電力を作るために、 このように労働者を犠牲にする発電システムを使用しなければなら
ない理由は、 どこにもありません。
2. テロ対策の無理
アメリカでは、 2001年9月11日の同時多発テロ以来、 「テロ対策」 が厳格になり、 原発にお
いても、 いわば軍事基地並の警備が行われるようになりました。 つまり、 殺人のライセンスを持っ
た警備員がフェンス沿いに一定間隔で立ち、 フェンスの外に向かって銃を構えて警備していると
いうことです (注5)。 日本では、 2014年8月に原子力規制委員会が、 故意による航空機落下
とテロ攻撃に関する審査ガイドを規定し、 各電力会社の設置許可申請書に触れてありますが、 と
ても実効性があるとは考えられません。 その対策というのは、 人の出入りの管理を厳重にして、
怪しい人の出入りを防ぐという趣旨の、 ハードウエアを充実させるというものです。 しかし、 発電
所の中にテロ対策の警備員を配置するといった組織的な対策をしていません。 しかもアメリカでは
その実力をテストする模擬襲撃部隊を NRC の中に設けて、 ときどき襲撃して訓練するといった実
効性のある組織上の備えをしていますが、 日本では何も行われていません。
テロ対策という言葉で、 私がもっとも身近に連想するのは、 2013年1月のアルジェリアで日揮
の建設現場を襲った武力攻撃事件です。 相手は戦争のつもりでゲリラ攻撃を仕掛けてくるわけだ
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し、 こちらが備えを固くすればそれを凌駕する装備と作戦で襲ってきます。 つまり、 予め防備計
画を文書上で審査することが不可能な、 相対的な性格を持っています。 方法にしろ、 防護レベ
ルにしろ、 これだけであれば十分だという基準はないし、 必ず勝つ戦闘というものはありません。
また、 仮に武装警備組織の配置を有効に行ったとして、 襲撃者を制圧すればそれでよいというも
のではありません。 原発を安全に冷温停止までコントロールすることが必要です。 傍らで銃撃が
行われている脇で、 冷静に停止操作を行う運転員の姿などありえません。 蜘蛛の子を散らすよう
に逃げるのが自然です。
福島事故によって、 原発がそれ自体として原爆相当の危険物を内包している脆弱なシステムで
あり、 破壊的意図を持った集団にとってはもっとも有効な攻撃対象であることが周知となりました。
かつ、 その攻撃方法も多様に考えられます。 シミュレーション小説として、 若杉洌 『原発ホワイト
アウト』、 東野圭吾 『天空の蜂』 などのベストセラーもあります。
いずれにせよ、 民生用の連続運転施設を頑強に作り、 厳重に防護するなどということは経済面
からしても非現実的です。
3. 防災避難計画の無理
まず、 福島原発事故以前には原発立地要件として、 原子力委員会が1964年に決定し、 198
9年に一部改訂した 「立地審査指針」 が定められており、 これが設置 (変更) 許可審査の最上
位に位置する審査指針でした。 過酷事故があっても地元住民の最大被ばく量はこれ以下にする
ことという規定を、 各個人と集団総量について規定しています。 それはいわば、 原発立地につ
いての社会契約として適用されてきました。 しかし、 個人被ばく線量 250mSv の規定に対して、
福島事故の実績は 1190mSv であり、 過酷事故時にこの規定が守れないことが明白になりました。
原子力規制委員会がとった措置は、 この 「立地指針」 を棚上げして、 設置許可申請書の審査
に不適用とすることでした。 未だに正式に廃止するという明言もせず、 うやむやにしています。
次に、 防災避難計画については、 原子力規制員会は所掌外とし、 その計画策定を地元自
治体に押し付けています。 過酷事故時に地元住民を守るという主旨からすれば、 当然原発の安
全審査と一体の判断対象として扱う必要があります。 アメリカでは NRC が、 防災避難計画の合
理性を審査対象としていて、 有効な避難が見込めないニューヨーク市に近いショーラム原発を、
建設後一度も運転しないまま廃炉にしてしまいました。
防災避難計画の有効性について考えると、 原発の運転制御室で過酷事故発生を判断した後、
そこから原発の免震重要棟内で設置された現地対策本部の判断がなされ、 電力会社本店の判
断がなされ、 原子力規制員会や経産省、 内閣府などの行政機関が決定して、 県庁や地元自治
体に連絡をするという手順が尽くされるまでに、 福島事故の際は5時間がかかりまました。 しかも、
情報が自治体の役所にファックスで送られたといっても、 行政当局のコントロール機能が失われた
状態で、 実際には住民に情報が行き渡りませんでした (注6)。 メルトダウンして格納容器破損が
起こるか、 またはベントによって格納容器減圧操作を行うのは、 メルトダウンから2時間程度経過
後です。 したがって、 地元住民は、 最初の高濃度被ばくを受けた後に避難を開始するという順
序になります (注7)。
本来、 メルトダウンが発生した時点で、 SPEEDI で放射性物質による汚染の予想を地元住民に
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通知する予定であったはずですが、 それが福島事故の際に機能しなかったというわけで、 その
システム利用を廃止してしまいました。 そして、 測定車を走らせて汚染量を実測して、 それによっ
て避難指示を出すのだと言います。 つまり予報ではなくて汚染被害が出てから通知するというの
です。 これはあまりに無策と言わねばなりません。
避難ルートの道路状況はさらに非現実的です。 深刻な渋滞が予想され、 自家用車で逃げる場
合、 原発にもっとも近い人々が30km圏内を脱することができるのは24時間を超えてからと予測さ
れています (原発に近い地域の人びとから段階的に避難してもらう、 という計画は絵に描いた餅
です) (注8)。 さらに、 要介護施設などに入所している人々には、 未だ確たる計画が立ってい
ません。 福島原発事故の際、 多くの避難弱者が避難途中で死亡したことは記憶に新しい事実で
す。 その問題は未だに解決されていません。
4. 原子力規制業務の現実
以上見て来たように、 原発というシステムが、 市民社会と共存して健全な発電システムとして社
会に実装されるにはあまりに無理があります。 したがって、 原子力規制委員会が行っている現行
の原子力規制業務は、 本質的に中途半端なものにならざるをえません。
新規制基準に基づいて、 さまざまな項目について既設の原発の適合性審査を行い、 合格した
ものから再稼働を許可するという手続きが進行しています。 その審査書の内容を見ると、 課題と
しては確かに克服困難な過酷事故やテロ対策などに対する対処計画を記述しています。 しかし、
いずれのシナリオもすべて首尾よく成功するという結論になっています。 その実施計画はいずれ
も超人でなければ実現不可能な英雄的行為に満ちています。 つまり、 「空想的過酷事故対策シ
ナリオ」 や 「未完の防災避難計画」 を前提としています。
ここに、 現在の原子力規制という仕事の性格が如実に現れています。 上に見て来たように、 原
発の過酷事故を防ぎ、 完全な防災避難を行うことはできません。 一方、 原子力規制委員会の使
命は一定の対策レベルで妥協して、 既設原発の再稼働を認めることです。 そのためには、 世論
の顔色を見ながら妥協点を探りつつ合格承認を出すことが仕事になっています。
したがって、 市民としては、 原発を再稼働させることが市民の基本的人権を脅かす行為であるこ
とを認識して、 原発廃止政策を目指す必要があります。
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注 1.JAERI-M 93-111 「TMI-2 の事故調査 ・ 復旧に関する成果と教訓」
http://jolissrch-inter.tokai-sc.jaea.go.jp/pdfdata/JAERI-M-93-111.pdf
注 2. プラント技術所の会のホームページ
http://plantengineer.web.fc2.com/
注 3. 原子力市民委員会のホームページ
http://www.ccnejapan.com/?page_id=75
注 4. リクビダートルの死亡者は、 公式発表で約 50 人とされています。 しかし、 ロシア保健省の
発表によると、 6万6千人の中で、 約3万人が急性放射性障害に苦しみぬいた揚句、 1万8
千人が死亡、1万2千人が自殺し、残りの多くが晩発型ガン、白血病で死亡したとのことです。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1484190694
注 5. 筒井哲郎 「死を内包する技術体系―原子力技術と軍事的論理の一側面」 『世界』 2013年7月号
佐藤暁 「核テロの脅威について考える」 『科学』 2013年5月号
注 6. 末田一秀 「原子力防災見直しの課題」 原子力資料情報室公開研究会資料、p.13
http://www.cnic.jp/files/20130202_CNIC_81study.pdf
注 7. Study2007 『見捨てられた初期被曝』 岩波科学ライブラリー、 2015年
注 8. 上岡直見 『原発避難計画の検証』 合同出版、 2014年
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