海外に目を向ける日本株式会社

海外に目を向ける日本株式会社
日本の一部企業は海外投資を通じた成長力の強化をめざし、
海外企業の買収に積極的に乗り出しています。そうした行動
を促している要因と、海外に進出する日本企業の財務部門が
直面する課題を探ります。
安倍晋三首相の経済政策が目指してきたのは、法人税率の引き下げと国内労働
政策の刷新によって世間一般に広まった景気の停滞感を払拭し、国内市場の回
復と事業環境の改善を図ることでした。ところがトムソン・ロイターのデータ
によると、日本企業はますます海外に目を向けるようになってきています。
2014 年には日本企業による海外投資総額が 560 億ドルに達しました。対照的に、
昨年度の国内の合併・買収(M&A)取引の総額は 360 億ドルと、16 年ぶりの低水
準に落ち込みました。
海外投資の活況は 2015 年も続く見通しで、年初来の投資額はすでに 270 億ドルに達しています。主な成立案件としては、日本郵便による
オーストラリアの貨物輸送・物流サービス企業トール・ホールディングスの買収(51 億ドル)、キヤノンによるスウェーデンのネット
ワーク監視ソリューション提供会社アクシスの買収(28 億ドル)などがあります。
成長を求めて
日本企業がこうした行動に出る要因は、主に日本の人口動態の変化にあります。先進国の多くは高齢化問題をかかえていますが、日本は
人口の 25% 超が 65 歳を超えているだけに、とりわけ痛切な問題です。日本の人口は 2014 年も前年を下回り、3 年連続の減少となりまし
た。出生率が低いということは、成長の原動力となる新しい世代が生まれていないことを意味します。こうした事態が国内の企業に影響
を与えることは言うまでもありません。労働人口が減少し、製品を投入すべき市場が縮小していることから、事態に根本的な変化がない
限り成長面の課題に直面するのは時間の問題です。
日本企業はこれまで、売上の拡大よりコストの削減を通じて人口動態の変化に対応し、収益を維持してきました。ところがこの方法はも
はや持続不可能になりつつあり、長期的な成長を求めるなら事業を北米、ヨーロッパ・中東・アフリカ、アジアをはじめとする海外に拡
大するしかないと考える企業がいまや多数を占めています。日本企業は例外なくこうした窮地に陥り始めており、問題は特定業界だけの
ものではありません。しかしもちろん、最大の危機に瀕しているのは消費者に製品を販売している企業(例えば食料や飲料を扱う企業)
で、海外に目を向けやすいのもそうした企業でしょう。飲料大手サントリーが 2015 年 5 月に米国企業ビームを買収したことを見ただけで、
それは明白です。
M&A 取引額の拡大を引き起こした最大の要因は、日銀の積極的な金融緩和政策によって日本円が下落したことでした。日本円はこの 1 年
間に対ドルで 14%下落しています。そのため日本企業による海外企業の買収費用はさらに膨らみ、平均支払額は世界的水準の 2 倍に達し
ています。アナリストは例外なく、短期的には日本円がさらに下落すると予測しています。
さらに、株主が日本人取締役に手元資金を使うように圧力をかけていることも拡大の一因です。昨年の手元資金額は過去最高の 1 兆
9,600 億ドルに達しています。手元資金がこれほどの額に達していること、日本の銀行が低金利を提示して信用度の高い企業に融資を申
し出ていることを考えあわせると、日本企業に M&A 用の資金の持ち合わせがあることは確かです。それでは、財務担当者が今後の M&A 取
引に備えて知っておくべきこととはどんなことでしょうか。
運用状況の可視化を実現
日本企業の財務担当者の多くにとって、海外における M&A 活動は初めての経験です。したがって、企業が新事業を買収する際に起こりが
ちな問題がいくつかあります。「企業の財務担当者の多くが最初に直面するのが、M&A 後に財務関連業務をどう統合すればよいかという
問題です」。クラウドを利用した財務ソリューション提供企業 Reval の日本代表を務める長崎一男氏はこう述べています。
買収した事業を会社の財務体制に速やかに統合すること、しかも技術的な観点からそうすることが、重要な最初の一歩です。ところが
日本企業ではこれまで、費用をどう抑えるかということが業務のサポート体制をどうするかということより優先されてきました。日本
企業の多くが財務管理に社内開発のシステムや表計算ソフトを使用してきたということを考えると、それがよくわかります。「新たに
買収した事業体を既存の業務支援ソリューションに組み込むことは困難で費用のかかる作業です。きわめて長い時間がかかることがよ
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くあり、財務部門はキャッシュフローをはじめとする重要分野の把握・統制能力を取り戻すまで危機にさらされることになります」と
Reval のアジア太平洋地域マネージング・ディレクターを務めるトニー・シングルトン氏は述べています。ただし、「クラウド(および
クラウド基盤の財務テクノロジー)の導入によってこの問題に対処し、より合理的な方法で統合を進めることができるようになってき
ています。企業は新たに買収した事業体をタイミングよく既存事業に統合することができるので、一般に認識されている M&A のリスク
が軽減されます。」
事業を海外に移行する前に財務部門が会社の資金の状態を完全に把握しておくことは、日本企業の多くにとってとりわけ困難です。多く
の場合、資金状態の把握が分散処理的な観点に立った考え方で行われてきたからです。つまり、数千とまではいかなくても数百におよぶ
銀行口座を管理する必要があるということです。「海外に進出することによって事業の分散化がさらに進むため、銀行口座すべての状態
を把握することの重要性がさらに高まります」とシングルトン氏は述べています。
「国内市場ではこうした分散的な手法でも対処できましたが、複数の通貨を複数の国、複数の銀行で運用するようになると、企業にはた
くさんの課題が突きつけられることになります。例えば為替相場の変動、滞留資金の存在、財務制限条項の管理といった問題がそれに相
当します。企業はまず資金の可視性を高め、この問題に対処していかなければなりません。」合併後の可視性を実現するために、多くの
企業が SWIFT をはじめとする銀行に依存しない形態のソリューションの利用を検討しています。そのためには、全社的な資金ポジション
を 1 日中、それが無理でも少なくとも終業時間には把握できるようにしておく必要があります。
こうした情報が利用できると、効率的な運転資金管理体制を構築することができます。これも企業の海外進出が進むにつれてますます重
要性を増している分野の一つです。「日本企業は国内の銀行から好条件を提示され、たいていの場合、資金を迅速かつ割安に借り入れる
ことができます。そのため、これまでは流動性の不足を心配する必要がありませんでした。」と長崎氏は述べています。ところが、新た
に進出した海外市場では資金調達がそれほど容易に、かつ割安な条件で行えないこともあります。「豊富な手元資金をもつ企業は、企業
間貸付、多国間決済、現金集中決済といった先進的な流動性管理ソリューションを利用して、余剰資金を有効活用し、あるいは銀行を利
用せずに資金調達を行ってコストを削減しようと考えるようになってきています。」
シングルトン氏によれば、これは一元的な社内銀行モデルを構築するための最初の一歩です。日本企業の多くはそれを実現しやすい状態
にあります。「社内銀行モデルの構築は様々なやり方で進めることができます。今後はこうしたソリューションを採用する日本企業が増
えてくることでしょう。」
専門能力の強化にむけて
日本企業の財務体制は、自らを体系的な方向に向かって進化させ、海外進出を契機とする財務モデルの進化を取り込むことによって、世
界トップクラスの財務体制と肩を並べようとしています。換言すると、日本企業には海外進出をきっかけに世界の銀行やテクノロジー企
業との協力体制をつくることで、世界的な大企業を基準にして自社業務を改善するチャンスがあるのです。同様に、世界の他地域の企業
も日本企業のベストプラクティスに学ぶことができます。
日本企業はこれまで、言語という壁があり、市場に島国的な特性があったために、財務面で世界と少し隔絶されていた感があります。
したがって、海外進出の増加は財務という専門分野にとって好ましい展開だと考えるのが妥当ではないでしょうか。
記事原文掲載元: treasurytoday.com/2015/03/corporate-japan-heads-overseas-ttti
当記事は Treasury Today 発行の原文を Reval が許可を得て翻訳したものです – www.treasurytoday.com
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