英国とドイツの食品価格表示に見る、 軽減税率導入で起きかねない混乱

このページを印刷する
【第 109 回】 2016 年 2 月 25 日 森信茂樹 [中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員]
英国とドイツの食品価格表示に見る、
軽減税率導入で起きかねない混乱
英国とドイツの例を見ながら、実際に日本で軽減税率
が導入された場合、食品価格表示においてどんな混乱が生じ得るのかを考察してみよう
税 制 改 正 法 案 が国 会 に提 出 され、消 費 税 軽 減 税 率 問 題 が議 論 の俎 上 に上
っている。
格 差 ・貧 困 ・少 子 化 問 題 に悩 むわが国 において、1 兆 円 もの社 会 保 障 財 源
を失 う軽 減 税 率 の導 入 がいかに「経 済 愚 策 」であるか、その点 を議 論 すべきな
のだが、政 治 家 のスキャンダルの追 及 などに貴 重 な時 間 をとられて、議 論 は必
ずしも十 分 ではない。
民 主 党 も対 案 を出 すようだが、1 兆 円 あれば低 所 得 者 対 策 として、若 年 層 ・
ワーキングプアを支 援 できるような政 策 が十 分 可 能 である。具 体 的 には、給 付
付 き税 額 控 除 の一 種 で、低 所 得 の勤 労 者 に減 税 と給 付 を組 み合 わせて支 給
する制 度 で、多 くの先 進 国 が導 入 し効 果 を上 げている勤 労 税 額 控 除 などを提
言 して、議 論 すべきではないか。
わが国 に決 定 的 に欠 けている政 策 は、最 低 賃 金 でフルタイムで働 いても、
200 万 円 程 度 の収 入 しか稼 げない若 者 やシングルマザーへの支 援 である。な
ぜかわが国 では、ここに焦 点 を当 てた議 論 が行 われていない。しかし大 部 分 の
先 進 諸 国 はここに焦 点 を当 てた勤 労 税 額 控 除 なる政 策 ツールを持 っている。
アベノミクスの行 き詰 まりが明 らかになりつつある今 日 こそ、所 得 再 分 配 、若
年 勤 労 者 支 援 の政 策 を打 ち出 すべきだ。
さて、多 くの論 点 がある軽 減 税 率 だが、「外 食 を除 く食 品 」が軽 減 税 率 の対
象 となった点 を取 り上 げてみたい。
正 確 に定 義 すると、飲 食 設 備 のある場 所 で顧 客 に飲 食 サービスを行 う場
合 、「持 ち帰 りのための容 器 に入 れ、または包 装 を施 して行 う飲 食 料 品 の譲
渡 」に当 たれば「食 品 」になる。そこで、コンビニにイートイン・コーナーのある場
合 でも、持 ち帰 りのための容 器 に入 れられて販 売 される場 合 は、通 常 の「食
品 」の提 供 (軽 減 税 率 )に当 たり、トレイに載 せられて座 席 まで運 ばれる、返 却
の必 要 がある食 器 に盛 られた食 品 は「外 食 」(標 準 税 率 )に当 たることになる。
現 実 に「混 乱 覚 悟 」となるのは、ファストフード店 などにおける、テイクアウトと
イートインの区 別 であろう。この問 題 については、連 載 第 71 回 において、英
国 、ドイツ、フランスの 3 ヵ国 の消 費 税 軽 減 税 率 の執 行 状 況 を取 り上 げたとこ
ろである。
英国とドイツの区分け事例に見る
テイクアウトとイートインの煩わしさ
【画像 1】
【画像 2】
英 国 では、その区 別 を店 が顧 客 に聞 いて判 断 していたのだが、購 入 時 には
テイクアウトといってその場 で食 べる「不 正 」が多 く発 生 したので、提 供 される際
の食 品 の「温 度 」によって、常 温 より暖 かい「ホットフード」はテイクアウトしても
標 準 税 率 とされた。
たとえば、【画 像 1】の英 国 スターバックスの価 格 は 2 つの表 示 がなされてい
る。上 段 が、イートインの場 合 の値 段 (標 準 税 率 )、下 段 がテイクアウトの場 合
の値 段 (ゼロ税 率 )である。これが基 本 である。
しかし【画 像 2】では、イートインとテイクアウトとが同 じ値 段 になっている。これ
は、価 格 表 示 の下 に「ENJOY HOT」という表 示 があり、この食 品 は「温 めて食
べる」ということなので、テイクアウトだろうがイートインだろうが、標 準 税 率
(20%)がかかる、つまり「ホットフード」であるということを意 味 する。注 文 すると
レンジで温 めてくれる。
【画像 3】
煩 わしいので、多 くのファストフード店 では、わかりやすくするために【画 像 3】
の「ホットキャビネット」を設 置 しており、この中 で販 売 されるものは「ホットフー
ド」で全 て標 準 税 率 となっている。キャビネット内 のスープや保 温 してある食 べ
物 (Hot Wrap)の値 段 表 示 は 1 つである。
【画 像 4】は、コンビニのバナナの価 格 表 示 である。イートインが 60P、テイクア
ウトは 50P、ちょうど消 費 税 率 20%分 だけ価 格 が異 なる。わが国 でもこのよう
なことになるのだろう。
【画像 4】
【画像 5】
一 方 ドイツでは、店 が顧 客 に聞 いて「外 食 (標 準 税 率 )かどうか」を判 断 する
方 法 をとっている。そこで、【画 像 5】のように、イートインとテイクアウトの 2 つ
の値 段 が書 いてある。標 準 税 率 は 19%、軽 減 税 率 は 7%である。もっともこの
店 では、店 内 で食 べる場 合 は標 準 税 率 だが、店 頭 に並 べた椅 子 で食 べる場
合 は、テイクアウトと同 じ軽 減 税 率 で販 売 していた。
お客が申し出れば会計し直し
日本は「ドイツ方式」になる?
さて、わが国 ではどうなるのだろうか。財 務 大 臣 の国 会 答 弁 から判 断 すると、
「商 品 が提 供 される時 点 での顧 客 の意 思 に従 って判 断 する」ということのような
ので、ドイツ方 式 である。国 会 では、「店 内 で食 べるつもりで購 入 し、その後 持
ち帰 ることにした場 合 の税 率 はどうなるか」というようなことが議 論 されている。
ちなみにこの場 合 は、「客 が申 し出 れば、会 計 をし直 すことが認 められる」とい
う答 弁 であった(2016 年 2 月 20 日 『朝 日 新 聞 朝 刊 』記 事 )。
しかし店 側 としては、このような煩 わしさは避 けたいところだ。テイクアウトと言
って安 く購 入 したお客 が、店 内 で食 べるといった場 面 は、容 易 に想 像 できる。
お店 側 にそれを排 除 する権 限 はない。
そこで、ドイツ・マクドナルドでは、興 味 深 い価 格 表 示 を異 なっている。【画 像
6】は、ドイツ・マクドナルドでハンバーガーを買 った際 のレシートだが、テイクア
ウトとイートインの場 合 、適 用 税 率 は異 なる(19%と 7%)にもかかわらず、同 じ
価 格 で販 売 されているのである。お客 が「テイクアウトと言 って購 入 し、その場
で食 べる」という行 動 を防 ぐためである。税 当 局 とのトラブルを避 けたいという
店 側 の配 慮 もある。
【画像 6】店で食べると
19%の標準税率が(左)。テイクアウトすると 7%の軽減税率。しかしハンバーガーの値段は一緒(右)
店 は、税 務 申 告 の際 には、イートインとテイクアウトのお客 の数 ・販 売 個 数 に
応 じて、割 り戻 して消 費 税 額 を計 算 し、納 税 するのである。したがって、お客 か
ら、テイクアウトかイートインかを尋 ね、正 確 に把 握 ・記 録 しておく必 要 がある。
この方 法 は優 れているようだが、問 題 もある。それは、軽 減 税 率 が適 用 され
るテイクアウトの販 売 個 数 を実 際 より多 く申 告 すれば納 税 額 が少 なくて済 むの
で、店 側 にそのようなインセンティブが働 くことである。
そこで、ドイツの税 務 当 局 の役 割 は、その店 の申 告 するイートインとテイクア
ウトの割 合 が本 当 かどうかをチェックすることだという。「同 じもので適 用 税 率 が
異 なるのに同 じ価 格 」ということは、モノやサービスの価 格 とはなにか、という根
本 的 な問 題 に発 展 する。この点 については改 めて述 べてみたい。
わが国 でも軽 減 税 率 の議 論 が始 まったが、このような欧 州 諸 国 での現 状 を
参 考 にする必 要 がある。
(筆 者 注 /画 像 はすべて筆 者 の個 人 撮 影 なので、無 断 転 載 を禁 じる)