このページを印刷する 【第 112 回】 2016 年 4 月 14 日 森信茂樹 [中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員] パナマ文書は日本居住者に どれほどのインパクトを与えるか 世界に波紋を広げる「パナマ文書」 日本人と日本企業へのインパクトは? 世界中に波紋を広げているパナマ文書だが、日本居 住者へのインパクトはいかほどだろうか パナマ文 書 が世 界 中 に波 紋 を広 げている。各 国 政 府 も解 明 に乗 り出 し、今 後 わが国 でも、個 人 や法 人 の名 前 が明 るみに出 てくることが予 想 される。その 場 合 、何 が問 題 となるのだろうか、何 を問 題 とすべきだろうか、考 えてみた。 パナマのモサック・フォンセカは、個 人 や法 人 がタックスヘイブン(正 確 にはオ フショア金 融 センター)で会 社 を立 ち上 げ、資 金 を運 用 する手 伝 いを業 とする 法 律 事 務 所 である。そこから、2.6 テラバイトとも言 われる大 量 の内 部 文 書 が 流 出 し、それが国 際 調 査 報 道 ジャーナリスト連 盟 (ICIJ)の手 にわたって、世 界 各 国 のマスコミが連 携 して内 容 を解 明 している。 一 挙 に膨 大 なデータが流 出 したのは IT 時 代 ならではの事 件 であり、政 治 学 者 のイアン・ブレマー氏 は、これこそ IT 時 代 の「forced transparency」だとコメ ントしている。流 出 した情 報 の中 身 は、1970 年 代 から 2015 年 までの 40 年 間 に作 成 された顧 客 情 報 に関 する機 密 文 書 で、この中 にはタックスヘイブンに設 立 された会 社 の財 務 情 報 や銀 行 口 座 情 報 が含 まれているという。企 業 の設 立 先 は英 領 バージン諸 島 、バハマ、パナマなどで、口 座 開 設 などに関 与 した銀 行 は、クレディスイス、UBS、HSBC とお馴 染 みの顔 ぶれだ。 ここまでなら「いつもの話 」で終 わるのだが、今 回 全 く異 なるインパクトを与 え たのは、文 書 の中 に大 統 領 (プーチン)、首 相 (キャメロン)、国 家 主 席 (習 近 平 )などの政 治 家 をはじめ、スポーツ選 手 、芸 能 人 といった世 界 的 に有 名 な 人 々の情 報 が出 てくることだ。その政 治 的 インパクトは計 り知 れないものがあ る。すでにアイスランドのグンロイグソン首 相 が辞 任 、キャメロン首 相 も追 及 さ れ、新 興 国 の首 脳 にも波 及 している。14 日 からの G20 財 務 相 会 議 で急 遽 議 論 されることとなった。 そもそもタックスヘイブンに集 まる金 の出 どころは、麻 薬 ・賄 賂 ・脱 税 の 3 つ、 集 まる動 機 もマネーロンダリング、脱 税 、租 税 回 避 、資 金 の秘 匿 などと言 われ ている。ただし、タックスヘイブンでは一 般 に会 社 設 立 が容 易 でコストが安 いこ となどから、日 本 を含 む多 くの多 国 籍 企 業 や金 融 機 関 、ファンドなどが合 法 的 に会 社 を設 立 し、投 資 や運 用 を行 っている。これは経 済 活 動 の一 環 と言 え、 「パナマ文 書 に含 まれていたから問 題 」という図 式 にはならないだろう。 租税回避問題への対応強化で 透明性が高まるタックスヘイブン タックスヘイブンに対 して OECD と加 盟 国 は、長 年 かけて透 明 性 を高 める努 力 を重 ねてきた。背 景 には、コントロールの効 かない大 量 の投 機 マネーがタッ クスヘイブン経 由 で流 れたことが 2008 年 のリーマンショックの原 因 の 1 つだっ たという反 省 がある。 また、12 年 に起 きたスターバックスの租 税 回 避 問 題 をきっかけに、キャメロン 首 相 のイニシアティブによって G20 での OECD・BEPS(Base Erosion and Profit Shifting)プロジェクトが始 まり、昨 年 報 告 書 が公 表 され、各 国 ともその 対 応 を行 っているところである(連 載 第 108 回 参 照 )。 この間 、08 年 にはリヒテンシュタイン LGT 銀 行 の顧 客 リストの漏 洩 事 件 があ り、ドイツ当 局 が購 入 したリストにドイツポスト総 裁 の名 前 があったことが判 明 、 総 裁 は辞 任 した。わが国 でも帝 京 大 学 の理 事 長 (当 時 )による相 続 税 の脱 税 などが摘 発 された。09 年 にはスイスの UBS 銀 行 、クレディスイス銀 行 などが脱 税 幇 助 で米 国 当 局 に多 額 の罰 金 を支 払 った。 このような努 力 の結 果 、多 くのタックスヘイブンは先 進 諸 国 と情 報 交 換 協 定 を結 び、銀 行 機 密 も解 除 させられ、17 年 からは OECD 諸 国 やタックスヘイブン からの自 動 的 情 報 交 換 も始 まる。わが国 は 18 年 から参 加 するが、そうなれば 日 本 居 住 者 で海 外 に口 座 を持 つ者 は、マイナンバーの告 知 が義 務 付 けられ、 その口 座 情 報 は日 本 の国 税 当 局 に自 動 的 に送 付 される。この措 置 が持 つ意 味 合 いは大 きい。 今 や、タックスヘイブンと呼 ばれることは彼 らにとっても汚 名 であり、それを返 上 しようと透 明 性 を高 め、情 報 交 換 に応 じてきたのである。 わが国の租税条約ネットワーク 拡大画像表示 では、今 後 日 本 人 (日 本 居 住 者 )や日 本 企 業 の情 報 がパナマ文 書 の中 から 見 つかった場 合 には、どうなるのだろうか。 まず、手 続 き的 な面 が問 われることになる。個 人 については、1998 年 に国 外 送 金 等 調 書 が導 入 され、金 融 機 関 などを通 じて 100 万 円 を超 える国 外 送 金 を 行 ったり、国 外 からの送 金 などを受 領 したりする際 には、金 融 機 関 を通 じて住 所 ・氏 名 などを記 載 した調 書 を税 務 署 に提 出 する義 務 を負 う。 また、14 年 からは国 外 財 産 調 書 が導 入 され、5000 万 円 を超 える国 外 財 産 を保 有 する居 住 者 は、その保 有 する財 産 の中 身 を記 載 して税 務 署 に提 出 する 義 務 を負 う。故 意 の不 提 出 や虚 偽 記 載 には、1 年 以 下 の懲 役 刑 が科 せられ る。ただし、国 外 財 産 調 書 の提 出 枚 数 は 13 年 分 5639 枚 、14 年 分 8184 枚 と 低 調 で、未 提 出 が相 当 数 いると言 われている。未 提 出 の者 は、ドキドキしてい るかもしれない。今 後 、この分 野 での税 務 調 査 は厳 しくなるであろう。 さらに 16 年 からは財 産 債 務 調 書 が導 入 され、その年 の所 得 金 額 が 2000 万 円 を超 え、かつ財 産 の価 額 が時 価 で 3 億 円 以 上 の場 合 には、その内 容 を記 載 して税 務 署 に提 出 する必 要 がある。国 内 口 座 に外 国 の債 券 などを保 有 して いる場 合 には国 外 財 産 調 書 に記 載 する必 要 はないが、財 産 債 務 調 書 には記 載 する必 要 がある。ただしこれには、国 外 財 産 調 書 のように不 提 出 による懲 役 刑 はない。 まずは、このような制 度 に沿 った届 け出 がなされているかどうかが、問 われる ことになる。 脱税を牽制する包囲網は 日本でも確実に縮まりつつある 次 に、中 身 が問 われる。 わが国 は全 世 界 課 税 方 式 といって、日 本 居 住 者 が全 世 界 で得 た所 得 に対 し て課 税 (二 重 課 税 の調 整 はある)する制 度 を採 用 しており、日 本 居 住 者 がタッ クスヘイブンを含 めた海 外 で所 得 を得 れば、日 本 の税 務 当 局 への申 告 義 務 が 生 じる。これが適 正 に行 われてきたかどうかが問 われる。 また、わが国 にはタックスヘイブン対 策 税 制 が導 入 されているので、個 人 がタ ックスヘイブンにつくった会 社 に所 得 を貯 めていれば、合 算 して申 告 する義 務 を負 っており、これも問 われることになる。 このように、ここ数 年 でわが国 の法 定 調 書 制 度 は急 速 に整 備 されてきてお り、広 範 囲 に網 がかぶせられているとも言 えよう。 パナマ文 書 から情 報 が出 てきた日 本 人 (正 確 には日 本 居 住 者 )は、これらの 義 務 がきちんと果 たされているかが税 務 当 局 によって厳 しくチェックされ、必 要 に応 じて税 務 調 査 の対 象 とされるだろう。 脱 税 に関 する国 際 的 ・国 内 的 包 囲 網 は、確 実 に縮 まってきていると言 えよ う。納 税 道 義 の観 点 からも、厳 正 で徹 底 的 な解 明 が望 まれる。
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