アベノミクスと参議院選挙

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【第 118 回】 2016 年 7 月 4 日 森信茂樹 [中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員]
日本が分断国家になる前に、
アベノミクスの失敗を参院選で検証せよ
貧困と格差に揺れる欧米社会
アベノミクスにも見える不安
英国の国民投票ではEU離脱という結果が出た。この
対立構造の背景には、貧困と格差がある。日本でも、所得分布、資産分布の両面で中間層が二分化する、欧米
同様の状況が始まっている
英 国 の国 民 投 票 ではEU離 脱 という結 果 が出 た。この驚 きの結 果 の背 景 に
は、通 常 の人 々が豊 かになったという実 感 を持 てないという現 実 と、一 部 のエ
リート層 への反 発 があるという。まさに、貧 困 と格 差 の 2 つである。
一 方 わが国 では、7 月 10 日 の投 票 に向 けて参 議 院 選 挙 が始 まっているが、
盛 り上 がりに欠 けている。テレビ討 論 などを見 ても、議 論 は揚 げ足 取 りに終 始
し、具 体 的 な政 策 の中 身 の議 論 に入 っていかない。その理 由 は、最 大 野 党 の
民 進 党 に具 体 的 な政 策 がなく、自 民 党 との対 立 軸 がつくれない点 にある。
「調 子 が悪 いので、病 院 で診 察 を受 け、処 方 箋 に基 づいて薬 を 3 年 以 上 飲 み
続 けたがほとんど効 果 がない。効 果 がないどころか、他 の場 所 も痛 み始 めた」
我 々がこんなケースに遭 遇 すると、「処 方 箋 が間 違 っていたので、他 の医 者
に診 てもらって新 たな治 療 法 や薬 を処 方 してもらおう」と考 えるのが常 識 だ。
長 く続 いたデフレ脱 却 への処 方 箋 は、「異 次 元 の金 融 緩 和 」と「補 正 予 算 等
の財 政 追 加 政 策 」(と経 済 成 長 戦 略 )であったが、それから 3 年 経 っても一 向
に効 果 は上 がらない。
これは、「リフレ政 策 という処 方 箋 が間 違 っている」と考 えることが常 識 だ。
現 に、日 銀 のマイナス金 利 政 策 は、円 レートや株 式 市 場 に何 ら効 果 がないば
かりか、一 般 国 民 の不 安 を煽 り、消 費 マインドを冷 却 化 させている。1700 兆 円
のわが国 金 融 資 産 の行 き場 を失 わせ、経 済 はますます縮 こまってしまった。
このように、わが国 の経 済 政 策 (処 方 箋 )には過 ちがあるわけで、今 回 の選 挙
は、それに代 わる具 体 的 な処 方 箋 を議 論 する絶 好 のチャンスである。とりわ
け、前 回 の衆 議 院 選 と異 なり、現 在 国 民 の半 数 は、アベノミクスへの不 信 感 を
抱 いているのだから。
具 体 的 にはどういうことか。
まずは、「リフレ政 策 」が間 違 った処 方 箋 であることをわかりやすく論 理 的 に
説 明 する。その上 で、グランドビジョンに基 づく新 たな処 方 箋 を打 ち出 す。それ
は、「金 融 緩 和 ・財 政 追 加 によるデフレ脱 却 」ではなく、「所 得 の再 分 配 の強 化
を通 じた構 造 改 革 ・経 済 活 性 化 」だ。
冒 頭 で述 べたように、先 進 世 界 の経 済 社 会 は、グローバル経 済 のもとで、格
差 貧 困 問 題 に直 面 している。それに移 民 問 題 が加 わり、英 国 のEU離 脱 やトラ
ンプ現 象 など想 定 外 の新 たな局 面 に突 入 している。
わが国 もその流 れと無 縁 ではない。アベノミクスのもとで起 きているわが国 の
所 得 ・資 産 格 差 の現 状 を見 ると、一 橋 大 学 の小 塩 教 授 が作 成 した次 の 2 つ
の図 のとおりで、所 得 分 布 、資 産 分 布 の両 面 で中 間 層 が二 分 化 する、欧 米 同
様 の状 況 が始 まっている。深 刻 な社 会 分 裂 に至 る前 に、早 く手 を打 つべきだ。
◆図 表 1:所 得 分 布 の変 化
(出所)総務省統計局「家計調査(2014 年)」より小塩教授作成
◆図 表 2:資 産 分 布 の変 化
拡大画像表示
(出所)総務省統計局「家計調査(2014 年)」より小塩教授作成 拡大画像表示
日 経 新 聞 の世 論 調 査 では、国 民 の最 大 関 心 事 は社 会 保 障 だが、18、19 歳
の若 者 の最 大 関 心 事 は税 制 改 革 となっている(6 月 24 日 付 日 経 朝 刊 )。
金融・財政政策ではなく
社会保障の充実こそが必要
筆 者 が考 える具 体 的 な税 ・社 会 保 障 政 策 の概 要 を述 べれば以 下 のとおり
だ。
・所 得 再 分 配 機 能 を強 化 するために、所 得 税 の控 除 を、所 得 控 除 から税 額 控
除 に変 える。
・さらに税 負 担 の少 ない低 所 得 者 層 (ワーキングプア層 )については、働 きに応
じて、社 会 保 険 料 負 担 の軽 減 を図 る。これにより 130 万 円 の壁 はなくなる。
・この財 源 は、富 裕 高 齢 者 の負 担 増 、具 体 的 には金 融 所 得 の税 率 の引 き上
げと、年 金 税 制 の強 化 (公 的 年 金 等 控 除 の縮 減 )で賄 う。
・消 費 税 は10%に引 き上 げる。その使 途 を、社 会 保 障 だけでなく教 育 費 にも拡
大 し、給 付 型 奨 学 金 を創 設 する。
・年 金 の支 給 開 始 年 齢 の引 き下 げ、富 裕 高 齢 者 の社 会 保 険 料 負 担 軽 減 の廃
止 など、シルバー民 主 主 義 を大 胆 に見 直 し、子 ども・子 育 ての財 源 とする。
政 府 ・日 銀 が考 えているマイナス金 利 の拡 大 や大 型 経 済 対 策 (ばらまき公 共
事 業 や各 種 商 店 街 の給 付 金 )ではなく、社 会 保 障 の充 実 こそが、安 心 して消
費 できる社 会 を構 築 するという意 味 で最 大 の経 済 対 策 だ、という理 念 を持 っ
て、高 所 得 (あるいは富 裕 )高 齢 者 の負 担 増 と都 市 部 子 育 て勤 労 世 帯 の支 援
強 化 をパッケージで示 すことが必 要 ではないか。
消 費 増 税 先 延 ばしを先 導 し、無 責 任 なバラマキ社 会 保 障 を公 約 に掲 げた民
進 党 の前 途 は暗 い。
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