軽減税率・益税・インボイス

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【第 108 回】 2016 年 2 月 12 日 森信茂樹 [中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員]
ヤフーとIBMの訴訟を教訓に
租税回避行為とどう戦うべきか?
ヤフーとIBMが投げかけた
租税回避行為の大きな波紋
ヤフーとIBMの「租税回避行為」訴訟の行方を通じ
て、国際標準から大きく遅れた日本の租税回避議論を検証する
子 会 社 の損 失 を組 織 再 編 することによって自 社 に取 り込 んだり、グループ会
社 間 の自 社 株 買 いを活 用 して生 じた譲 渡 損 失 を自 社 の利 益 と相 殺 することに
より税 負 担 の軽 減 を図 る取 引 が、国 税 当 局 と企 業 との間 で裁 判 になってい
る。
前 者 は、巨 額 の欠 損 金 を抱 えていたソフトバンクの子 会 社 を合 併 して自 社 の
利 益 と相 殺 したヤフー事 件 である。一 方 後 者 は、日 本 IBMの親 会 社 (日 本 法
人 、中 間 会 社 )が、米 国 IBMから資 金 提 供 を受 け、米 国 IBMの持 つ日 本 IBM
株 を購 入 し、それを子 会 社 の日 本 IBMが買 い取 るという取 引 である。いずれも
2014 年 に最 も注 目 された税 務 訴 訟 のケースだ。
日 本 IBMは、この自 社 株 買 いに伴 い、みなし配 当 とほぼ同 額 の譲 渡 損 失 が
生 じることとなる。みなし配 当 の方 は非 課 税 で譲 渡 損 失 の方 は利 益 と相 殺 で
きるので、結 果 として 5 年 間 で 4000 億 円 を超 える所 得 の税 負 担 を軽 減 するこ
とができたという。
どちらも、「損 失 」を利 用 することにより、自 らの税 負 担 を軽 減 するという取 引
で、脱 税 でもなく節 税 でもない、いわゆる「租 税 回 避 (行 為 )」と認 識 されてい
る。
このような行 為 に対 して国 税 当 局 は、法 人 税 法 に規 定 されている同 族 会 社
の行 為 計 算 の否 認 規 定 (法 人 税 法 132 条 )と、組 織 再 編 にかかる行 為 計 算
の否 認 規 定 を適 用 して、どちらの行 為 も否 認 をしたが、納 税 者 側 は納 得 せず
裁 判 になった。
結 果 、ヤフー事 件 の方 は、1 審 (東 京 地 裁 )も 2 審 (東 京 高 裁 )も国 税 当 局 が
勝 訴 、IBM事 件 の方 は、納 税 者 勝 訴 となった。ヤフー事 件 は東 京 地 裁 平 成
26 年 3 月 18 日 判 決 、東 京 高 裁 平 成 26 年 11 月 5 日 判 決 、IBM 事 件 は東
京 地 裁 平 成 26 年 5 月 9 日 判 決 、東 京 高 裁 平 成 27 年 3 月 25 日 判 決 であ
る。
事 実 関 係 が異 なるから単 純 な比 較 はできないが、2 つの事 件 を判 断 する法
律 の規 定 ・要 件 は、どちらも「(当 該 行 為 ・計 算 が)法 人 税 の負 担 を不 当 に減
少 させる結 果 となると認 められる」かどうかという、同 じ文 言 である。
これをそれぞれの事 件 に適 用 するにあたって、ヤフー事 件 では、「(1)取 引 が
経 済 的 取 引 として不 合 理 ・不 自 然 である場 合 、(2)当 該 効 果 を容 認 すること
が、組 織 再 編 成 税 制 の趣 旨 ・目 的 又 は当 該 個 別 規 定 の趣 旨 ・目 的 に反 する
ことが明 らかである場 合 」の 2 つが判 断 の基 準 として判 示 された。
一 方 IBM事 件 では、「当 該 行 為 又 は計 算 が純 粋 経 済 人 の行 為 として不 合
理 、不 自 然 なものと認 められるか否 か」という上 記 (1)だけが判 断 基 準 とされ
た。
つまり、法 律 上 の文 言 が同 じにもかかわらず、異 なった解 釈 がなされている
わけだ。このような事 態 が、わが国 企 業 の経 済 取 引 の不 確 実 性 を高 め、大 き
な税 務 リスクを生 じさせている。
国際基準からかけ離れた議論
税務リスクにどう対処すべきか
これに対 処 するには、わが国 の租 税 回 避 に対 する議 論 を深 め、立 法 的 解 決
を図 ること、つまり法 律 の規 定 を明 確 化 することである。そもそもわが国 の租 税
回 避 の議 論 は、国 際 標 準 から大 きく遅 れたものになっている。
2012 年 の英 国 スターバックスの租 税 回 避 をきっかけとして、G8 や G20 レベ
ルでアマゾンやグーグルなどの国 際 的 租 税 回 避 が問 題 となり、OECD 租 税 委
員 会 で BEPS(Base Erosion and Profit Shifting)の議 論 が行 われてきた(連
載 第 78 回 、第 79 回 参 照 )。2015 年 9 月 に最 終 報 告 書 が公 表 され、今 後 わ
が国 を含 む参 加 国 は、これに沿 って国 内 対 応 を進 めていくことになる。
BEPS は、「グローバル企 業 が国 際 的 な税 制 の隙 間 や抜 け穴 を利 用 した節
税 対 策 により税 負 担 を軽 減 している問 題 が顕 在 化 」したことを直 接 のきっかけ
として、これを防 止 することが目 標 とされている。その上 で「企 業 が調 達 ・生 産 ・
販 売 ・管 理 等 の拠 点 をグローバルに展 開 し、グループ間 取 引 を通 じた租 税 回
避 のリスクが高 まる中 、経 済 活 動 の実 態 に即 した課 税 を重 視 するルールを策
定 すること」の必 要 性 を訴 えている。
具 体 的 な租 税 回 避 への対 応 としては、「経 済 活 動 の実 態 に即 した税 負 担 を
考 える」ということで、法 形 式 より法 の趣 旨 ・目 的 をメルクマールとした実 質 主
義 を重 視 した議 論 が行 われ、最 終 報 告 書 はそれに沿 った記 述 となっている。
一 方 わが国 の学 会 では、そもそも租 税 回 避 の定 義 すら学 者 間 で合 意 のない
状 況 であり、さらには、他 の先 進 諸 国 が導 入 している租 税 回 避 への一 般 的 な
否 認 規 定 も存 在 しない。これでは BEPS の国 際 的 租 税 回 避 への対 応 はできな
い上 に、経 済 取 引 の不 安 定 性 も高 まっている。
この背 景 には、わが国 企 業 は、租 税 を人 為 的 に回 避 するということをこれま
で積 極 的 に考 えてこなかったということ、加 えて税 制 当 局 に、あえて火 中 の栗
を拾 うような議 論 を避 けたいという思 惑 があったことがあると思 われる。しかし、
わが国 企 業 の株 主 の国 際 化 や国 際 競 争 の激 化 によって、このような状 況 は大
きく変 わりつつある。
前 述 の IBM 事 件 では、同 様 の取 引 を行 えば税 負 担 が軽 減 されることは多 く
の企 業 が認 識 していたが、「合 法 か違 法 か、グレーの取 引 は行 わない」という
日 本 企 業 の文 化 の中 であえて行 ったのが、外 資 系 の日 本 IBMであるとも言 え
る。
また米 国 アマゾンは、日 本 人 相 手 にネット通 信 販 売 を大 規 模 に展 開 しなが
ら、わが国 に課 税 のとっかかり(恒 久 的 施 設 、PE)を持 たないとの理 由 で、法
人 税 負 担 を免 れている。これは同 じような業 態 の日 本 企 業 からすれば、競 争
条 件 が平 等 ではないということになる。
つまり現 状 を放 置 すると、税 負 担 の公 平 性 や予 見 可 能 性 ・法 的 安 定 性 が低
下 する問 題 を生 じさせ、経 済 活 動 を委 縮 させると共 に、企 業 の競 争 条 件 の不
公 平 や税 収 確 保 の問 題 などを引 き起 こすのである。これに対 応 するには、立
法 的 解 決 が必 要 で、BEPS の議 論 や戦 術 の判 例 はそのチャンスと言 うべきだ
ろう。
「包括的な網」ではない
判断基準を明確にすべき
筆 者 の意 見 は、広 がりつつある租 税 回 避 に対 して、「包 括 的 な網 をかける」と
いう話 ではない。白 と黒 との判 別 基 準 を法 律 で明 確 にして、経 済 取 引 の予 見
可 能 性 や法 的 安 定 性 を高 める仕 組 みをつくるということである。
その際 大 いに参 考 になるのは、2013 年 に導 入 した英 国 の方 式 である。租 税
回 避 (avoidance)のうち、濫 用 (abuse)的 な取 引 のみを対 象 にして、網 羅 的 ・包
括 的 でない例 示 を示 し、合 理 性 のある取 引 の明 確 なガイダンスをつくり、それ
をアドバイザリーパネルで判 断 するというものである。
民 間 人 からなる「アドバイザリーパネル」の設 置 は、今 日 の複 雑 な経 済 取 引
を濫 用 的 なものかどうか判 断 できるのは民 間 人 、という発 想 からのものであ
る。英 国 では強 い政 治 のリーダーシップのもとで、租 税 回 避 への対 応 が行 われ
ている。わが国 も見 習 うべきだろう。