このページを印刷する 【第 129 回】 2017 年 2 月 3 日 森信茂樹 [中央大学法科大学院教授 東京財団上席研究員] 安倍政権の放漫財政を正当化する「シムズ論」の胡散臭 さ 1 月 31 日、参議院予算委員会本会議で、平成 28 年度第 3 次補正予算が可決され、1 兆 7000 億円を超える赤 字国債の発行が決まった Photo:首相官邸 HP 皆 がトランプ大 統 領 の一 挙 手 一 動 に気 を奪 われている間 に、わが国 にとって 極 めて重 要 な 2 つの出 来 事 がスルーされてしまった。 一 つは、第 3 次 補 正 予 算 で、1 兆 7000 億 円 を超 える赤 字 国 債 の発 行 が行 われたことである。補 正 による赤 字 国 債 の発 行 は、リーマンショック以 来 であ る。毎 年 当 初 予 算 ではそれなりの財 政 規 律 を維 持 しても、補 正 予 算 という隠 れ蓑 で、わが国 の財 政 が骨 抜 きにされてきたが、今 回 もその道 をたどってい る。 すでに 28 年 度 第 2 次 補 正 予 算 で、前 年 度 に出 た剰 余 金 2500 億 円 を「21 世 紀 型 インフラ整 備 」などの名 目 で使 い果 たしている。「剰 余 金 が出 れば留 保 し、歳 入 不 足 という事 態 が生 じたときに使 う」というメカニズムを入 れなければ、 財 政 は健 全 化 に向 かわない。 もう一 つは、1 月 25 日 に公 表 された、内 閣 府 の「中 長 期 の経 済 財 政 に関 す る試 算 」(以 下 、財 政 収 支 試 算 )で、2020 年 度 のプライマリーバランスの黒 字 化 達 成 に必 要 な財 政 収 支 が、経 済 再 生 ケース(名 目 2%、実 質 3%)を達 成 し たとしても、これまでの▲6.5 兆 円 から、▲8.3 兆 円 へと、1.7 兆 円 も拡 大 したこ とである。 8.3 兆 円 というのは、消 費 税 率 換 算 で 3%超 を意 味 しており、わが国 の財 政 再 建 の先 行 きを見 た場 合 、2020 年 のプライマリーバランスの黒 字 化 という政 府 目 標 がほぼ達 成 されないことを知 らしめたといえよう。 これに対 する総 理 の認 識 は極 めて甘 く、1 月 20 日 の所 信 表 明 では、これま で必 ず言 及 していた、2020 年 プライマリーバランスの黒 字 化 への言 及 を行 って いない。 米国のノーベル賞学者が 提案する怪しげな理論 このようなわが国 財 政 運 営 を取 り巻 く環 境 に、大 きな変 化 が生 じているにも かかわらず、マスコミをはじめ世 の中 の反 応 は低 調 だ。 背 景 には、放 漫 財 政 に対 して警 鐘 を鳴 らす市 場 メカニズムが、日 銀 の大 量 国 債 購 入 により機 能 不 全 に陥 っていることがあげられる。トリクルダウン(富 裕 層 や大 企 業 が富 めば、国 民 全 体 に富 が自 然 にしたたり落 ち、経 済 が成 長 す る)というまやかしではなく、税 や社 会 保 障 による勤 労 インセンティブの供 与 や 所 得 再 分 配 政 策 を通 じての経 済 成 長 が必 要 だ。 ここで取 り上 げるのは、このタイミングで、「財 政 規 律 を意 図 的 に守 らずインフ レを起 こす」という何 とも怪 しげな理 論 (?)が、ノーベル賞 学 者 から提 案 されて いることだ。 それは「シムズ論 」といって、米 国 プリンストン大 学 のクリストファー・シムズ教 授 が提 言 しているもので、「政 府 が財 政 責 任 を放 棄 することによりインフレを起 こす」というものである。 わが国 でシムズ論 が広 まった背 景 には、安 倍 政 権 の補 正 予 算 に見 られるよ うな財 政 追 加 を正 当 化 しようという考 え方 がある。加 えて、自 らの考 え方 が間 違 っていることを認 めた、リフレ派 の代 表 格 である浜 田 宏 内 閣 府 参 与 の発 言 も ある。 浜 田 参 与 は、「私 がかつて『デフレは(通 貨 供 給 量 の少 なさに起 因 する)マネ タリーな現 象 だ』と主 張 していたのは事 実 で、学 者 として以 前 言 っていたことと 考 えが変 わったことは認 めなければならない」(日 本 経 済 新 聞 2016 年 11 月 15 日 付 )と、通 貨 供 給 量 を増 やせばインフレになる、という考 え方 が間 違 いだ ったことを認 め、リフレ派 のはしごを外 した。 その一 方 で、「今 後 は減 税 も含 めた財 政 の拡 大 が必 要 だ。」と、シムズ論 を 引 き合 いに出 しつつ発 言 し、折 あらば 3 度 目 の消 費 税 増 税 先 送 りを画 策 する 安 倍 政 権 にとっては極 めて都 合 の良 い考 え方 、となっている。 シムズ論 は、頭 の固 い筆 者 には、何 度 読 んでも理 解 不 能 の考 え方 だが、1 月 29 日 付 の日 経 新 聞 から抜 粋 すると、以 下 のとおりである。 (http://www.nikkei.com/article/DGXKZO12211400X20C17A1TZA000/ ) まずは、河 浪 武 史 ・日 経 新 聞 記 者 のシムズ論 の解 説 から。 〈シムズ氏 の主 張 は「物 価 水 準 の財 政 理 論 (FTPL=Fiscal Theory of the Price Level)」に基 づく。例 えば政 府 の借 金 が 100 兆 円 あるとする。ただ、残 念 ながら将 来 は 50 兆 円 分 の返 済 原 資 しか得 られそうにない。政 府 は個 人 や 企 業 と異 なり借 金 を踏 み倒 すことはできない。 どうするか。通 常 であれば増 税 で借 金 を返 そうとするだろう。しかし、FTPLで は増 税 ではなく、インフレで借 金 を返 そうと考 える。50 兆 円 の返 済 原 資 をイン フレによって名 目 100 兆 円 に膨 らませることができれば、増 税 しなくても借 金 は 帳 消 しにできる。〉 〈このメカニズムを応 用 すれば『政 府 は増 税 しません。インフレで借 金 を返 済 し ます」と公 約 すればいい。個 人 や企 業 はその場 で『将 来 は物 価 が上 昇 する』と 考 え、実 際 には財 政 が野 放 図 に悪 化 する前 に人 々のインフレ予 測 が上 向 く― ―。これがFTPLの考 え方 だ。〉 以 上 が、河 浪 記 者 の解 説 である。 財政規律が失われれば 国債暴落につながるのは明白 これを前 提 にしてのシムズ教 授 の発 言 は、以 下 のとおりである。 「政 府 のトップが『インフレを起 こす準 備 ができている。それを債 務 返 済 に使 う』 と言 えば、人 々の予 想 を十 分 に変 えることができる」 「インフレを起 こしてそれで政 府 債 務 の一 部 を返 済 すると宣 言 すれば、価 値 が 損 なわれる国 債 の魅 力 は弱 まり、民 間 投 資 への資 金 の流 れをつくることがで きる」 「この政 策 は、財 政 赤 字 で生 み出 された政 府 債 務 のすべてをインフレで解 消 す るわけではない。一 部 をインフレで賄 うだけで、物 価 上 昇 率 が 2%に達 すれ ば、段 階 的 に連 続 的 に消 費 税 を引 き上 げていくことが合 理 的 だと思 う」 以 上 がシムズ論 と呼 ばれるものの中 身 だ。「コントロールされた無 責 任 」と呼 ぶ学 者 もいるが、筆 者 には、言 葉 の遊 びとしか思 えない。 政 府 が財 政 の規 律 を放 棄 することで将 来 の物 価 上 昇 (インフレ)を実 現 し、そ れによって政 府 債 務 が「維 持 可 能 になる」という内 容 だが、維 持 可 能 とはどの レベルなのか、具 体 的 な中 身 は一 切 触 れられていない。 そもそも日 本 の財 政 当 局 が、財 政 規 律 を放 棄 し規 律 が失 われれば、果 てし ないインフレ、国 債 暴 落 につながることは目 に見 えている。国 債 の暴 落 は、たち まちの金 融 機 関 を破 綻 に追 い込 み、国 民 のアセットも大 きく毀 損 される。そこで の責 任 は、シムズ氏 にあるのではなく、日 本 国 家 にある。 頭 の中 で経 済 学 者 が考 えたことを「実 験 する」というなら、なぜ自 国 で行 わな いのだろうか。 シムズ教 授 自 身 、「需 要 追 加 策 としての減 税 や公 共 投 資 の拡 大 とは全 く異 なるもの」といっているが、安 倍 政 権 内 では、これにあやかって消 費 増 税 のさら なる先 送 り、公 共 投 資 の拡 大 が見 え隠 れする。何 とも胡 散 臭 い話 ではないか。 DIAMOND,Inc. All Rights Reserved.
© Copyright 2024 ExpyDoc