小生はサン・サルビアの兎・クリントンで

サン・サルビアの兎
クリントン日月抄
(第14話)
小生はサン・サルビアの兎・クリントンである。
前回に続き、竹中施設長の経管栄養体験騒動を報告つかまつる。
「のど元過ぎれば熱さ忘れる。」と言うが、この経管栄養のビニール管はそうはいかぬ。
どこまでものど元に留まっている。引っこ抜けば開放されるが、そうすると次の食事の際、
また同じ苦行が待っている。ちり紙で涙を拭きながら「どうだ。」と言わんばかりに、施設長は鼻か
らビニール管をぶら下げている。苦行を達成し再びストイックな世界に飛翔してしまったようだ。これ
じゃ最初の白昼夢より始末が悪い。
楠田看護師は実験成果を職員に示そうと、ビニール管に注射器を繋ぎ胃の内容物を吸い
出そうとしている。吸い込まれるように注射器に注目する職員達。
「施設長。胃の中が空っぽですよ。普通は朝食べたものが出てくるんですけど。」と楠田看護師はい
ぶかる。肩すかしを喰ったような職員達。
「こんこともあろうかと朝食は抜いた。それより施設長が体験したのだから職員も体験してもろう。
」
と、とんでもないことを言い出す。計画的なあくどい不意打ちである。
今度は職員が忌まわしい白昼夢に引き込つこまれることになった。表情をこわばらせ後ずさる職員達。
救いを求め介護職員の視線は小野和歌子介護係長に集まるが、
「すでに病気治療で経験済み。
」と取り合
わない。ついでみんなの視線は小柴ひろみ介護主任に移る。
「施設長。こういうのは男性の相談員が適任と思います。」と小柴介護主任はまばたきもせず鍋島相
談員を推薦する。女子職員全員の視線が、賛成の銃弾を込めた数十門の銃口と化して鍋島相談員に集ま
る。多勢に無勢、絶体絶命、重包囲の中で鍋島相談員の抵抗もむなしい。
「やっぱりな。嫌な予感したんだよな。いっつもこうなんだから。」と鍋島相談員は然と孤高の運命
を甘受することとなった。新たな生けを前にニンマリする楠田看護師。
さて二度目の儀式は一度目より盛大であった。一旦覚悟は
したものの身体が拒否するのか、ビニール管は鼻を通過し喉
に達したところで毒蛇のごとくとぐろを巻き、鍋島相談員を
絶えさせる。顔面紅潮、絶息摩擦をきたし鍋島相談員は「フ
ゲッ、フゲッ。」と断末魔の降参サインを送る。それを受けて
看護師がしずしずと管を引き抜いた
「どうしたんでしょう。失敗のようです。」とう。看護師は
簡潔に状況を説明する。実験終了に安堵してうなずく薄情な
女子介護職員一同。これまた望外な展開に喜々とする施設長。
小生が思うに、このようなことで重度要介護者の気持ちが
理解できるものか疑問である。ただ、団結させる女子職員の
標的となるは極めて危険と知られるものである。