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其の六『中井さん、桐生取締役と闘うの巻』
1、何処かのバー
秋山「うぅ~……」くすんくすん
中井「俺、子供の頃から映画が好きだったんだ」
谷村「へぇー」
中井「映画の影響で大食いしたり、酒を呑んだり、煙草を吸いまくったりして大変な目に
遭ったよ」
谷村「どうやら君は一度、影響を受けたら、とことんハマってしまうタイプみたいだね。
趣味が偏ってる癖に」
中井「うるさい」
谷村「でも、映画が好きってのはわかるなー」
中井「ゲーム業界には映画ファンが多いからな」
谷村「特におれらみたいな三十代以上にファンが多いね」
中井「俺達の世代には、まだゲームが身近になかったからな」
谷村「おれたちが昔好きだった映画は古いけど、何時かゲームでオマージュしたいね」
中井「ああ……だけどそう言う思いは時に邪魔になるがな」
谷村「そうだねー……場合によってはオマージュじゃなく、単なるパクリだったり、二番
煎じに成り果てたりするからね」
中井「それに人によっては古い映画のオマージュは興味の無い懐メロを押し付けられてる
ような気分になるだろうからな」
谷村「でも、おれたちが見てきたものの良さを今の若い人達にも理解して欲しいな」
中井「そうだな。何時か俺達が映画の影響で馬鹿なことやって、ギラギラしていた時代を
舞台にした全く新しいゲームを作りたいな」
谷村「おれたちがギラギラしていた頃って言うと、一九八〇年代位になるかな?」
中井「丁度、バブルだった頃だな。日本中が狂喜乱舞していた時代だ」
谷村「君の『歓楽街が舞台で、極道が主人公のゲーム』で、何時かその時代を舞台にした
ら?
過去編とかで」
中井「はは。それはいいな」
谷村「でしょ?
きっと最高の物ができると思う」
中井「出来たら――その時代を舞台にしたゲームを作って『これこそが俺の最高傑作だ』
『一作目を超える出来だ』って言いたいな」
谷村「ま、それが何年後かはわからないけどね」
中井「そうだな……下手したら十年後になるかもしれないな」
谷村「その頃までに君の『歓楽街が舞台で、極道が主人公のゲーム』は続いているもんか
ねぇ~」
秋山「うぅ~……!」くすんくすん
中井「おい、何か呻いてるぞ」
谷村「放っておきなって。あいつ酒癖悪いから。構って欲しいんだよ」
秋山「ぜっがぐ、がんばって書いだのに~……」くすんくすん
中井「泣くな、秋山。また次、頑張ればいいだろ」
谷村「そうそう。三度目の正直って言葉があるじゃない」
秋山「でも……でも……あぞごまで言うこと無いじゃないでずがぁ~……」くすんくすん
中井「桐生取締役に言われたことがそこまで堪えてるのか?」
谷村「ま、でも……確かにあれは酷かったね。幾ら何でも言い過ぎだ」
2、数時間前の社内会議
桐生「何このプロット。アホくさ!」
秋山「え?」
中井「何処が……問題なんですか?」
桐生「何処がって……もう全部が問題。大問題!
めてない?
ありえない。ねぇ……物語書くこと舐
ねぇ?」
冴島「これは確かに酷い。目も当てられない……」
真島「それに何やこのキャラ!
腹刺されとんのに、トラックに乗って、ソープランドに
突っ込むなんてありえへんやろ!
このシーン完全に舐めてるやろ!!」
桐生「昔、冒頭で主人公の父親が殺されて、主人公が翌日から葬式もせずに父親の敵を討
つってゲームがあったけど、それと同じ位これは酷い」
冴島「確かそのゲームって主人公が死んだら葬式エンドでしたのにね」
真島「そもそも人間っちゅうのはなぁ……腹刺されたり、百人の人間にボコられたり、目
ん玉抉られたり、虎や熊殺すような奴に殴られたり、ゾンビに噛まれたり、新聞に
訃報が流れたりしたら、普通死ぬもんなんや。こんなもんにリアリティなんてある
かいな!」
桐生「特に何?
何なの?
え?
この台詞?
主人公の『運が悪かったんだよ、お前等
は』――って」
秋山「そ、その台詞はこのゲームを象徴する台詞の一つで……」
桐生「いやいやいやいや、極道がこんな台詞言わないでしょ」
冴島「あと、最後、運命連呼し過ぎ」
桐生「これじゃ極道じゃなくポエマーだろ」
真島「大体何やこのけったいなキャラの台詞……ワシを見習って、ちゃんとした関西弁喋
らんかい!」
桐生「君ね。Ⅴシネマとか観たことある?」
秋山「は、はい……何度も見ました」
桐生「じゃあ考えて。ねえ。Ⅴシネマって言ったら寺島進、哀川翔、竹内力、小沢仁志、
中野英雄だろ?」
秋山「え、えぇ……」
桐生「そんなⅤシネマの大御所達がこんな台詞言うと思うか?
いよな?
ねぇ?」
秋山「で、でも……」
桐生「言うと思ってたら、お前、脚本家失格」
冴島「今直ぐ筆折れ」
真島「もうこんな中学生が書いたような脚本見せんなや!」
秋山「ひ、酷い……」
桐生「いや、お前が書いたプロットの方が酷ぇよ」
言わないよね?
言わな
冴島「バーカ!」
真島「アホンダラ!」
谷村「しかし、貴方達の言うⅤシネマとは正直、今や古いものだ」
中井「Ⅴシネマは一時は熱狂を呼んだことは確かで、その点はリスペクトしなければなら
ないとは思います。でも、当時の面白さをそっくりそのままゲーム内の台詞やスト
ーリーに反映しても、今の時代に合わないと思います」
谷村「我々は時代錯誤な色物ではなく、ゲームという新しいメディアで、新しい極道を、
新しいⅤシネマを作りたいのです」
中井「それに俺は秋山のプロットを句読点の一つ一つまでチェックしましたが、俺はうち
の脚本家が考えた台詞も、展開も全て良いと思ってます」
谷村「確かにチーム内からも『ゲームの会話はこうじゃない』『極道はこんなこと言わな
い』という意見も出ましたが、我々は秋山流で行くことに決めました」
中井「嫌われるかもしませんが、気に入ってくれた人には納得してくれる言葉を目指した
いです」
谷村「我々は秋山に全幅の信頼を寄せているのです」
中井「我々もより良い物を作るためにはきちんと議論したいですし、批評批判も幾らでも
受け入れます」
谷村「しかし……我々の大切な仲間を馬鹿にしないで頂けますか?」
秋山「中井さん……谷村さん……!」
桐生「でも、Ⅴシネマの極道達はこんな台詞言わないぞ!」
冴島「そうだそうだ!」
桐生「なぁ~にが豪華俳優を呼び込みたいだ!」
冴島「こんなシナリオのゲームに寺島進が出るか?
れるか?
小沢仁志は?
中野英雄は?
哀川翔が出るか?
竹内力が出てく
例えお前等のゲームが十年続いたって出
演拒否するだーろさ!」
真島「ぶっ殺したるわあ!!」
3、回想終わり
秋山「くっそぉ~……あの老害め。中井さん。将来取締役になって下さいよ。取締役にな
ってSAGEを変えて下さいよ」
中井「何、馬鹿なこと言ってるんだ。俺に取締役の器なんてあるわけないだろ」
谷村「そうそう。中井君が取締役なんかになったら、一年もしない会社が潰れる」
中井「いや、流石にそれは無いだろ」
谷村「いやいやいや、中井君が取締役になったら、SAGEは滅茶苦茶になるって。アー
ケードの企画なんて、ポンポン採用しそう。子供向けの企画なんて歯牙にも掛けな
いんじゃない?」
中井「いーや!
俺が取締役となったならば、クリエイターとしての判断を下して、それ
が経営者としての判断でもあると置き換えられる上司になる」
谷村「そんな理想の上司になるのは中井君には無理だって、無理無理。他の会社をSAG
Eに吸収しても安易な、リスキーなコラボして、共倒れにしそう」
中井「何だと!?」
谷村「何さ、やる気?」
中井「じゃあ、見てろ。俺は『歓楽街が舞台で、極道が主人公のゲーム』の企画を通す。
絶対通す。十年後にはシリーズ累計売上が五百万越えを目指す。そして、俺ぁ、S
AGEの取締役になる」
秋山「そーだ!
中井「ああ!
そーだ!
やってやれ、中井さん!」
やってやるさ!!」
秋山「ついでに十年後にはSAGEの社名も変更しましょうよ!」
中井「……え?」
谷村「何でSAGEの社名を変える必要があるのさ」
秋山「だって、SAGEの由来ってサービスゲームスの略称でしょ?」
谷村「まぁ、昔はうちの会社はサービスゲームスって言ったらしいね」
秋山「サービスゲームスの略称なら、普通SAGEでしょ?
ローマ字ですか?
ぎますよ。ぼく、入社して四年目で初めて知りましたよ」
中井(……こいつ本当に酒癖悪いな)ヒソヒソ
谷村(最近梅酒が飲めるようになったばかりなんだ。許してやって)ヒソヒソ
秋山「SAGEのバーカ!
ついでに桐生取締役のバーカ!」
ダサ過
桐生「誰が馬鹿だって?」
秋山「え?」
桐生「よう」
谷村「き――」
中井「桐生取締役!」
桐生「ちょっと、飲みに飲みに来たら何とまぁ――」
冴島「ニヤニヤ」
真島「ニヤニヤ」
秋山「あ、あ、あ、あ――」
桐生「さて……確かこう言う時は、こう言うんだったよな?
運が悪かったんだよ、お前
等は」
4、ゲームクエイターは皆、体育会系
秋山「ぐはっ!」
谷村「秋山ッ!」
桐生「ふぅ~……サービスゲームスだったのをSAGEに変えたのは俺だよ」
秋山「う、う、う、う――」
桐生「何せ――サービスゲームスってダサかったからな、バーカ」
秋山「う、う、う、う――谷村さんにしか殴られたことが無いのに」
谷村「あんた……自分が何をしたのかわかってるのか!?」
桐生「お?
お?
部下に暴力を振るうことの何が悪いの?
先に上司の悪口を言ってた
のはそっちだよね?」
谷村「それはそうだが……いくら何でもやり過ぎだ!」
桐生「でもね、お前等言ったよね?
『暴力を美化するために、主人公をヤクザにしたい
んじゃない。 暴力はいけないことだが、暴力でないと伝わらないこともある』―
―って。俺は暴力じゃないと伝わらないと思ったから、秋山クンをボコボコにした
んだよ」
谷村「あんたの暴力と、おれたちが目指してる暴力は違う……」
桐生「何が違うの?
ねぇ?
本当に何が違うの?
結局暴力はイケナイコトでしょ?
どんな理由はあれ、暴力はウンコでしょ?
お前等はそんなウンコなゲームを作ろ
うとしているんだよ」
谷村「それは……!」
桐生「だから、俺はお前等にそのことを教えてやるためにウンコをしてやったんだよ。取
締役であるこの俺が態々ウンコをしてやったんだよ。ウンコクリエイターなお前等
がとんだ糞ゲーを作ろうとしているから、俺はウンコで止めてやったんだよ。これ
はもう感謝して欲しいぐらいだよ」
冴島「キャハハハハハハハ」
真島「イヒヒヒヒヒヒヒヒ」
谷村「こんなことして……あんたらただで済むと思ってんのか!?」
桐生「ん?
ん?
ん?
それって警察に通報するってことか?
じゃあ、やれよ。やっ
てみろよ。ついでにマスコミにも垂れ込みしてみろよ。そしたら、お前等の企画は
もう一生、通ることは無いけどな」
谷村「何ッ!?」
桐生「だってただでさえゲームの暴力性が取沙汰されてる昨今だ。ゲーム会社の取締役が
暴力沙汰を起こしたなんてことを世間が知ったら、盛り上がるだろうなぁ~」
冴島「それこそ『歓楽街が舞台で、極道が主人公のゲーム』の企画が通らない位にな」
真島「例え通ったとしても、世間はきっとこう思うやろなぁ~。『SAGEが自虐ネタを
出してきよった』ってな~。イヒヒヒヒヒヒ」
中井「確かにあんたらが秋山を殴ったことを警察に通報すれば、俺等の企画はもう通らな
いだろうし、通ったところでもう色眼鏡でしか見られず、正当な評価はされないだ
ろうな」
谷村「中井君……だからって、ここで黙って引っ込むっていうのか!?」
秋山「谷村さん、ぼくのことは別にいいんです!」
谷村「よくないって!
お前を殴ってもいい上司はな……おれだけなんだ!!」
秋山「谷村さん……」
中井「そうだ。谷村の言う通りだ。だから――俺等があんたらをぶん殴っても、別に問題
は無いよな?」
桐生「なに?」
冴島「言ってる意味がよくわからんが?」
中井「言葉通りの意味だ。あんたらは秋山を殴った。でも、俺等は警察に駆け込むことも
できない。だが、あんたらだって本当は警察沙汰にはしたくないはずだ。だからこ
こで俺等が殴り合っても、それは酒に酔ったおっさん同士のただの喧嘩にしかなら
ない。そうだよな?」
秋山「な、中井さん……何を言って――」
谷村「フッ、そういうことか。そうじゃなくっちゃね、中井君。久し振りに本気の喧嘩が
楽しめそうだ」
中井「俺は暴力は嫌いだが、どうやらあんたには暴力じゃないと、伝わらないようだ」
桐生「ふん。ガキどもが、調子に乗りやがって……だが、いいだろ。教えてやるぜ。格の
違いって奴をな」
冴島「俺等がどうやって出世して来たのか、教えてやる」
真島「イヒヒヒ……手加減はいらんで」
中井「ああ……来い。論より拳。殴り合いの精神だ」
5、SAGE取締役桐生和真
秋山(谷村さんは冴島さんと、真島さんの二人を同時に相手取り、圧倒した。谷村さんは
とても強かった。当然だ。ゲームクリエイターなのだから)
秋山(そして、桐生取締役と相対する中井さんの戦いは独創的だった。中井さんの拳はリ
アリティだった。中井さんの足技には創意工夫が為されていた。中井さんの強さは
クリエイティブだった。中井さんの強さはゲームクリエイターだった)
秋山(でも、桐生取締役も中井さんと同じ位強かった)
秋山(どうしてだ?
どうして、あんな創作性の欠片も無い、ぼくたちの企画をぼろ糞に
けなすような人が、中井さんと互角に戦うことができるんだ?)
秋山(結局、勝ったのは中井さんだったけど、中井さんはもうボロボロだった。辛勝だっ
た。中井さんが桐生取締役に負けていてもおかしくは無かった)
桐生「がはっ!」
中井「はぁはぁ……」
桐生「な、中井ィ……!」
中井「桐生……さん、どうしてだ……どうして、あんたはまだこんなにも強いのに、何で
新しい物を作ろうとしなくなったんだ?
一体何時から、売れ筋の作品をなぞって
マスばかりを取ろうとするようになったんだ!」
桐生「くっ……」
中井「かつてのあんたはこんなんじゃ無かった。あんたは俺が憧れる本物のゲームクリエ
イターだったじゃないか!」
桐生「てめぇみてぇなガキんちょに何がわかる!?」
中井「!?」
桐生「確かに俺だって……俺だってなぁ……昔はお前等みたいに新しい物を作ろうとした
よ。そして作った。そしてそのゲームはこれまでのゲームの常識を変えた。数々の
栄誉ある賞ももらった。ギネスブックにだって乗った。各界の著名人達からも高く
評価された」
中井「だったら……!」
桐生「だが、そのゲームは売れなかった!
売れなかったんだ……」
中井「……」
桐生「そのゲームを作るために莫大な宣伝費と、製作費を注ぎ込んだ。俺のゲームはその
金を回収することができなかった。それでSAGEは大きく傾いた。俺は多くの社
員達に迷惑を掛けてしまった」
谷村「Sの惨劇か……」
桐生「ゲームは売れなきゃ意味が無い。黒字にならなきゃ売れなかったことと同じだ。つ
まり、ゲームを作るためにどんなに努力をしても、それは無駄だったってことだ。
俺は所詮――意味の無いことをした『無冠の帝王』だったってことだ」
中井「桐生……さん」
桐生「だがSAGEは俺を見捨てなかった。しかも俺を取締役にまでしてくれた。SAG
Eに大赤字を生んだ俺を出世させてくれたんだ。『本当に面白いゲームを作ったか
ら』――ってな」
谷村「だから……あんたはおれらの企画をあんなに跳ね除けたのか」
桐生「そうだ。SAGEは良い会社だ。だから、俺はもう二度とSAGEが傾かないよう
にしようと思ったんだ。俺はSAGEを守っていこうと決意したんだ」
冴島「中井……お前は今のSAGEには魅力が無いと思ってるな」
中井「それは……」
冴島「ふん。言わなくてもわかる。確かに今のSAGEには魅力が無い。でもな。魅力が
無いのにも、魅力が無いだけの理由があるんだよ。売れ筋の作品をなぞってマスを
取ってばかりで一体、何が悪い?
それで喜んでくれるユーザーだっているし、会
社だって、当面は安泰なんだ」
桐生「少なくとも、昔の俺のように『新しいこと』に挑戦して、会社に大損失を掛けるな
んてことはない……」
冴島「お前等がやろうとしているのはな……俺と桐生さんがこれまで支えてきたSEGA
の均衡を揺るがすってことなんだ?
お前はそれだけの覚悟があって『歓楽街が舞
台で、極道が主人公のゲーム』の企画を出したのか?」
中井「……」
桐生「それにな、中井。お前が思ってる以上にユーザーってのは馬鹿だ。いや、人間って
のはゲームをしている間は本来馬鹿にならなきゃならないんだ。ゲームなんてもん
は所詮娯楽だからな」
冴島「だが、時にクリエイターの伝えたいことが間違って伝わることもあるんだ」
桐生「お前のゲームをやって極道に憧れる奴が出てくるかもしれない。暴力を振るうこと
が良いことだと思う奴も出てくるかもしれない。自分の肉体にゲームの中のキャラ
クターの刺青を彫る奴だって出てくるかもしれない」
冴島「お前がやろうとしている『歓楽街が舞台で、極道が主人公のゲーム』には、会社と
しても、ユーザーとしても、それだけの危険性があるんだ」
桐生「それでも、お前は『歓楽街が舞台で、極道が主人公のゲーム』を作りたいっていう
のか!?」
中井「それでも……それでも、俺は……」
桐生「……」
中井「……『歓楽街が舞台で、極道な主人公のゲーム』を作りたいです」
中井「確かに……俺のゲームには貴方達が言うだけの危険性があるのかもしれません。会
社に大損失を掛けてしまうかもしれません。ユーザーに悪影響を与えてしまうかも
しれません」
冴島「……」
中井「だからこそ俺は発売前からゲームのプロモーションに力を注ぎます。ゲームの体験
版を作る労力だって、厭いません。それに俺の作りたいゲームが、暴力を美化して
いるわけではないとユーザーに誤解されないよう俺は多くの言葉を使いましょう。
例え説教臭いと言われようとも……」
桐生「そうか……」ヨロヨロ
桐生「じゃあ、売れねぇゲーム作ったら許さねぇからな……」
中井「はい……」
桐生「……つまんねぇゲーム作ったら許さねぇからな」
6、真島の兄さん
真島「なぁ――」
中井「え?」
谷村「真島……さん?」
真島「桐生チャンと、冴島の兄弟はなぁ――ホンマはお前等の企画が最初からオモロイっ
て思ってたんや」
中井「それは、本当なんですか?」
真島「ああ。せやけど、あの二人はこれまでSAGEの経営者として、面白くても、売れ
ないゲームをゴマンと見てきたんや。この業界っちゅうのは不思議なもんでな~、
ホンマに面白んなかったら、ばったりと売れへんくせに、面白くても売れへんこと
があるんや」
谷村「何をもって仕事とするか、明確にするのが難しい世界ですからね……」
真島「ま、要は面白くて売れるゲームを作ってくれっちゅう~、簡単な話や。え~、ゲー
ム作ってくれや」
中井「真島の……兄さん……」
真島「あ、そうや、確かお前は……秋山言うたな?」
秋山「は、はい……」
真島「あン時はお前を虐めるのが楽しくて、ボロ糞言ったけどな――お前が考えたあの隻
眼のキャラ、ごっつ、オモろかったで!」
秋山「ほ、本当ですか!?」
真島「おう!
いつか、あのキャラ主人公にしてや!」
秋山「い、いや……それはちょっと……危険度が高くて……」
真島「何や、それ……。ま、ええわ。今直ぐとは言わんけど、六年後でも、十年後でもえ
えから、あのキャラ主人公にしてや。それやったらどや?」
秋山「まぁ、それぐらい時間が経てば何とか……」
真島「おーし、それじゃあ、六年後か、十年後、あの隻眼のキャラ主人公にしたってや。
これは誓いっちゅう奴やで?
破ったらアイスピックでぶち殺すで」
秋山「は、はい……」
真島「ま、それまでに失敗もあるやろうけど、あの隻眼のキャラが主人公になるまでは、
例え何があってもワシらはお前等を見捨てたりはせんで。なんせ、お前等が失敗し
たぐらいで、SAGEは潰れるほどにヤワな会社やないわ」
真島「SAGEも、SAGEの社員も、あの隻眼のキャラと同じ位に不死身やで」
7、Project-J 始動
谷村「中井君。『歓楽街が舞台で、極道が主人公のゲーム』の企画が通ったよ」
中井「そうか……」
尾田「やりましたね!
中井さん!!」
中井「そうだな、やったな」
斎藤「これで本格的に制作に取り掛かれますね、中井さん!」
中井「ああ、これも皆のお蔭だ」
谷村「だけど、おれたちの本当の勝負はこれから――でしょ、中井君?」
中井「そう……だな。これからが俺達の本当の戦いが始まるんだ」
上水「俺も頑張りますよ」
中井「おう、期待しているぞ」
中井(桐生さんと冴島さんは、俺達が作ろうとしているゲームは『危険だ』と言った。確
かにこの苦しい不況の時代に、十数億円を要するビックタイトルをスタートさせよ
うというのだ。会社の存亡にも関わりかねない。大きな挑戦だ)
中井(それに社員ひとりひとり、それぞれに家庭がある。それぞれに大切なものがある。
俺が背負ったものは大きい)
中井(しかし……それでも俺はユーザーに『新しい物を』『面白い物を』提供し、そして
一人でも多くの人々に伝えたいことがあるのだ)
中井(世の中は……理不尽だ。些細なことで歯車が大きく狂って、あとで取り返しの付か
なくなることだってある)
中井(しかし、それも自分が生きてきた証なのだ。だからこそ、そんな辛い宿命を受け止
め、それでも逃げないで立ち向かわなければならないのだ。暴力の果てにも誇りは
あるのだ)
中井(生きることは逃げないこと――俺はそのことを『歓楽街が舞台で、極道が主人公の
ゲーム』で、一人でも多くの人間に伝えたいのだ)
秋山「ようやくですね、中井さん!」
中井「あぁ、ようやくだな」
中井「さぁ……反社会的なことをしよう」