Bグループの少年 - タテ書き小説ネット

Bグループの少年
櫻井春輝
タテ書き小説ネット Byヒナプロジェクト
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︻小説タイトル︼
Bグループの少年
︻Nコード︼
N5699R
︻作者名︼
櫻井春輝
︻あらすじ︼
クラスや校内で目立つグループをA︵目立つ︶のグループとし
て、目立たないグループはC︵目立たない︶とすれば、その中間の
グループはB︵普通︶となる。そんなカテゴリー分けをした少年は
Aグループの悪友たちにふりまわされた穏やかとは言いにくい中学
校生活と違い、高校生活は穏やかに過ごしたいと考え、高校ではB
︵普通︶グループに入り、その中でも特に目立たないよう存在感を
薄く生活し、平穏な一年を過ごす。この平穏を逃すものかと誓う少
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年だが、ある日、特A︵特に目立つ︶の美少女を助けたことから変
化を始める。少年は地味で平穏な生活を守っていけるのか⋮⋮?
※本編は移転しました。こちらでは、番外編、外伝の掲載のみと
なります。
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番外編①∼神林くんは語る∼
今日、どうやら亮が瓦割りをやるらしい。
先週の金曜日、練習が終わった時に郷田主将が連絡事項として伝
えきた。
なんでも亮が瓦割りをすると鈴木さんから聞いた主将が見学させ
て欲しいと頼むと、ならばとその時にこの道場を使わせてもらいた
いと、そういう話になったらしい。
私情が混じってそう話をつけてしまったことを詫びてきたけど、
それ以上に、武道家として一見の価値はあるだろうから、是非、皆
で見学させてもらおうと主将が話すのを聞いた皆は、特に反対する
ことなく頷いた。
そして、その際、この事は前と同じく部員以外には話さないよう
にと頼まれた。
亮と同じ中学校の俺と千秋は、主将がそう言う理由はわかるけど、
他の部員はそうもいかず首を傾げていた。
何故かと質問する部員に、主将は率直に亮が学校で目立ちたくな
いかららしいと答える。
皆、は? と言いたげに怪訝な顔をしているが、それ以上に答え
た主将の方が訳がわからないと首を捻っていたのが印象的だった。
そうなるのも当たり前だよな、あの藤本さんと付き合ってるんだ
し。
あんな常時、輝かしいオーラを撒き散らしている人と一緒に登下
校して、まったく何言ってるんだろうなって話だ。
けど、その訳わからないっぷりがひどかったせいか、部員達から
3
﹁なんで?﹂といった声は飛ばなかった。主将が答えを知ってなさ
そうなのもその要因だろうな。
そして主将が、構わないだろうかと再び問うと、以前のこともあ
ったせいか、皆反対することなく頷いた。
心のどっかでビビってるせいもあるんだろうな、女子の方は千秋
が上手いことフォローしてるおかげでそうでもないみたいだけど。
そもそも女子連中は亮の悪口言ってなかったしな。
男子の方は亮がもう怒ってないと聞いても、本当にそうなのかと
疑っているやつがチラホラいる。
何度も言ってるんだけどな、亮がそう言ってるなら本当に怒って
ないって。
主将の話が終わって、解散し、着替えてる時にまた聞いてくるや
つがいたので、亮が本当に怒ってないという俺の根拠を︱︱中学の
時の話を少ししてやることにした。
亮は中学校に入学した頃からあのふてぶてしい態度は健在してい
て、よく絡まれていた。
と言っても、本人は絡まれてる自覚は無かったらしい。
その当時から亮と親しかった石黒くんの話によると、どう考えて
も、どうやっても自分に喧嘩で勝てそうに無いやつから喧嘩を売ら
れても、一体何を考えているのかと、とにかく不思議がってたらし
い。
亮の心情はどうあれ、殴り掛かられたら流石にやり返していた。
殆ど反射的な形だったらしいけど無傷で返り討ちにし、呆気なく倒
れる威勢だけよかった生徒。
何をしたかったのかとますます亮は首を捻っていたようだ。
その後も他の生徒に絡まれては返り討ちにし、不意打ちを受けて
も返り討ち。
どうやら腕力では敵わないと遅すぎる結論をだした中学生達は、
逆恨みで亮の悪口を流し始めた。
この時でも亮は自分にまつわる噂を気にする様子は無かった。耳
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にしなかっただけなのかと思ったけど、石黒くんがそれとなく話し
ていたらしい。
噂のせいで少し亮と距離を置くやつもいたけど、石黒くんだけは
いつも亮の隣にいた。だから気にしてなかったのもあるんだろうな。
そのせいもあって石黒くんも絡まれたりしたけど、石黒くんは亮
の幼馴染だけに亮の道場に通っている⋮⋮いや、幼い頃から通って
・・
いたから幼馴染なのかな? どっちだったっけな、まあ、いいや。
ともあれ、小さい頃から鍛えている石黒くんは普通に強く、スマ
ートに返り討ちにして、堂々と先生にチクっていた。
でも、絡まれたとは言え石黒くんが喧嘩したというのは事実。先
生から注意されかけたらしいけど、石黒くんは声を荒げることなく、
論破して逆に注意してきた先生に謝らせたというのは、うちの学校
のちょっとした伝説だ。
成績も良く、正に文武両道を体現し、眉目秀麗で優等生な幼馴染
と一緒にいるせいか、亮の噂は次第に沈静化した。
結局、亮は最後まで噂に対してリアクションを取らなかった。
噂の元が誰だったのか聞いても、やっぱり変わらなかった。
そこまで男子部員達に話すと、あからさまにホッとした顔となっ
た。
やっと信じてくれたらしい。
俺が満足していると、ふと誰かが聞いてきた。
﹁じゃあ、何したら怒るんだ?﹂
これに関してはわかってることだけハッキリと伝えた。
﹁亮の前で女子に暴力を振るわないことだな﹂
﹁へえー? んなの、この年でやることないけどな⋮⋮もし振るっ
たら?﹂
﹁蹴られて飛ぶな﹂
﹁へ、へえ⋮⋮﹂
﹁あ、わかってると思うけど、藤本さんを傷つけたりしたら、それ
だけじゃすまないと思うぞ﹂
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﹁⋮⋮だろうな﹂
﹁あと、もう一つ、これだけは絶対にやるなって言うのがある﹂
﹁な、なんだよ、それ﹂
俺は出来うる限り真剣な顔で言った。
﹁亮の持っている食べ物を盗むな、隠すな、だ﹂
﹁? ⋮⋮なんだ、そりゃ?﹂
﹁いや、中学の時にそれをやった馬鹿がいたんだよ。また逆恨みし
てるやつでな、亮が体育の授業受けて外にいる時、教室に忍び込ん
で、本人はちょっとした悪戯のつもりだんだろうな、亮の弁当を隠
したんだよ﹂
﹁ふむ、それで?﹂
﹁うん⋮⋮まあ、これは色々と重なってしまったから余計ひどくな
ったと思うんだよな﹂
﹁ふんふん﹂
﹁亮はその日、朝稽古が遅くなって、碌に朝飯を食えずに学校に来
たんだ﹂
﹁ほうほう﹂
﹁普段なら早弁したんだろうけど、タイミング悪くて出来なかった
らしい﹂
﹁そりゃキツイな﹂
てい
﹁うん、それで昼休み前の授業の体育が終わった後、亮はもう空腹
でヘトヘト、ヨロヨロで飢え死にしそうな体だったらしい、同じク
ラスの連中が言うには﹂
﹁まあ、朝に稽古して昼まで食えなかったら確かにキツいだろうが、
でも大袈裟な﹂
そう言って笑い合う男子達。
﹁まあ、そんな状態で亮は着替えもそこそこに弁当を食べようと鞄
を開けたんだ﹂
﹁そこで弁当が無かった訳だな﹂
﹁うん、机周りも探して見つからず呆然とする亮に、誰かが言った
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んだ﹃もしかして盗まれたのか?﹄って﹂
﹁そしたら?﹂
﹁亮が幽鬼のごとく振り返って、静かに﹃誰が?﹄って聞いたんだ、
それと同時に嫌な予感がしたんだろうな、石黒くんが音を立てず教
室から出てった、いや避難した﹂
﹁⋮⋮ほう﹂
﹁聞かれた男子も同じように嫌な予感したようで、焦りながら﹃さ、
さあ? でも、体育の時間に無くなったんだろ? それなら他のク
ラスのやつじゃないか?﹄って言ったんだ﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁そしたら、亮はフラフラと教室を出て⋮⋮﹂
﹁⋮⋮出て?﹂
﹁﹃誰がやりやがったー!?﹄って叫んで猛然と走り出したんだ、
今まで碌に力出ないように見えたのに﹂
﹁まあ⋮⋮そりゃ怒るよな﹂
﹁うん、実際、亮があそこまで感情剥き出しにして怒ったの見たの
はあれが初めてだった﹂
﹁⋮⋮んで、その後、どうなったんだ?﹂
﹁その後は⋮⋮﹂
そこまで言って、俺は気づいた。
やばい、話し過ぎた。
目が泳ぐのを自覚しながら、俺は咳払いした。
﹁え、えっとだな⋮⋮詳細は省かせてもらう﹂
﹁なんだよ、それ!﹂
﹁とにかくだ! 俺の口からは詳細は話せない!﹂
﹁お前、ふざけんなよ! そこまで話しといて!﹂
﹁あーちょっと待てよ! その後、亮が何をしたか詳細は省くけど、
それからどうなったかだけは話す﹂
﹁ちっ⋮⋮何だよ﹂
渋々な様子の皆に、俺は口を開く。
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﹁そうだな、えっと⋮⋮この時に亮がしたことによってだな、うち
の学校ではこんな言葉が生まれたんだ﹂
﹁何だよ?﹂
・
俺は静かに頷いて言った。
﹁﹃地震、雷、火事、亮、おやじ﹄って言葉が﹂
﹁⋮⋮はあ?﹂
いまいち、伝わらなかったらしい。
これは本来なら地震、雷、火事、おやじと、怖いものをその順に
並べたものだ。
その中にうちの中学校は、亮を挟んだ。
﹁亮は学校から、あ、生徒会からか、災害に指定されたんだよ﹂
﹁さ、災害って、おい⋮⋮﹂
俺の言ったことが伝わってきたのか、引きつったように笑う男子
達。
﹁この言葉って、危ない、怖い順に並べたものってのは知ってるよ
な?﹂
﹁あ、ああ⋮⋮﹂
﹁この言葉が学校で流れ始めた時、﹃いや、おやじより火事の前に
入れるべきじゃないか﹄って、ひどく議論された﹂
・・
﹁か、火事より危ないって、おい⋮⋮﹂
﹁うん⋮⋮まあ、この事件があったおかげで、次の年の入学式なん
だけど、秘密裏に新入生に伝えられたことがあるんだよ﹂
﹁な、何だ?﹂
聞きたいような聞きたくないような、そんな顔で冷や汗を流す連
中に俺は言った。
﹁桜木亮の食べ物を決して盗まない、隠さない、だ﹂
あんぐりと口を開ける皆に、俺は続けて話す。
﹁とにかくな、亮の前で女の子傷つけたり、食べ物とったりしなけ
れば、本当にそれ以外で怒ったとこは見たことないぞ、俺は﹂
﹁お、おう⋮⋮﹂
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﹁それにあいつが怒ってないって言ったら、本当に怒ってないんだ
って、何度も言うけど﹂
﹁お、おう⋮⋮﹂
﹁だから安心しろって﹂
俺が自信を持って伝えると皆押し黙った、かと思えば一斉に叫ん
だ。
﹁いや、出来ねえよ!?﹂
⋮⋮だよな、やっぱり話し過ぎたか。
それから数日、余計なことさえしなければ危険の無いやつだと俺
は何度も言って、部員達を宥めるハメになった。
⋮⋮いや、自業自得だけど。
けど、本当に亮はさっき言ったようなこと以外で怒ることは滅多
にない。誰かに絡まれても面倒くさそうにあしらうだけだった。
中学校の時でも、親しくなったやつは亮が喧嘩が強いと知っても、
ビビることなく接していたし。
後は俺が稽古をつけてもらっている内に千秋も含めて仲良くなっ
ていった話なんかを、千秋と一緒に話すと、部員達はようやく安心
したような顔になった。
すると、亮につけてもらった稽古の内容なんかを聞かれたので、
それも話してやることに。主将の食いつきっぷりがひどかった。
それにしても亮に稽古をつけてもらった時のことを思い返すと、
本当に石黒くんには感謝しきれない。無駄に土下座と涙を重ねると
ころだった⋮⋮。
まさかうちの焼肉の食べ放題で一発オッケーになるなんて思わな
かったよ。
あ、思い出しただけで、また泣きそうになる。
﹁んで、どんな稽古つけてもらったんだよ、お前? ⋮⋮あれ、お
前もしかして泣いてねえか?﹂
﹁え、いやいや、ゴミが入っただけだって﹂
﹁? そうか、で? 桜木にどんな稽古つけてもらったんだよ?﹂
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﹁ああ、そんなに複雑なものじゃないよ、ひたすら地稽古したのと
あと一つ﹂
﹁ほう、桜木とひたすら地稽古か、羨ましいな﹂
﹁⋮⋮いや、主将ぐらいやれたら楽しいかもですけど、当時の俺か
らしたら地獄でしたよ﹂
主将、顔近いです。
﹁そういや、その時のお前って、補欠だったんだよな。で、あと一
つって?﹂
﹁ああ、抜き胴を練習しまくったな﹂
﹁抜き胴⋮⋮? それって、お前の得意技じゃねえか﹂
﹁うん、当時、練習しまくったからね⋮⋮いい手本があったし﹂
﹁いい手本⋮⋮? 何を手本に⋮⋮って、桜木か!﹂
﹁そう、亮がやるのを見せてもらいながら練習したんだ﹂
亮の動きって、羽が動いているみたいに軽くて、それでいて素早
いんだよな。
何回か見せてもらった時は、その度に見惚れてしまって、亮に注
意されたりした。
そんな亮の抜き胴をイメージして練習してると、自然と必要な体
の力の抜き具合、入れ具合がわかってきて、早く動けるようになっ
て嬉しくなって夢中に練習したんだよな。
思い返していると、誰かが突然叫んだ。
﹁ああ! そうだ、桜木が主将に放った抜き胴、何か見た覚えがあ
ったと思ったら、お前のに似てるのか!﹂
﹁ああ⋮⋮そういや、確かに俺も既視感あったの思い出したわ﹂
﹁⋮⋮そうなのか?﹂
その亮の抜き胴を食らって外から見ていない主将だけが首を傾げ
る中、俺は苦笑しながら首を横に振る。
﹁いや、違うぞ。亮が俺のに似てるんじゃない、俺が亮のに似てる
んだよ﹂
皆が感心した風に頷いている。
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﹁⋮⋮でも、何で抜き胴なんだ?﹂
﹁んー、当時の俺って、まあ、補欠なだけに自信とか無かった訳な
んだけど、その辺のことを亮に話したら、何か一つ、これだけは絶
対誰にも負け無いっていう、自信を持てるひと振りをもてって言わ
れてさ﹂
﹁ははあ、なるほどな⋮⋮いや、でも、だから何でそこで抜き胴が
選択されたんだ?﹂
﹁いや、俺も練習始めてから亮に聞いてみたんだけど、なんとなく、
って言われてさ﹂
結局教えてくれなかったんだよな、答えてる時の亮、なんか目泳
がせてたから何かしら理由はあったんだろうけど、未だにわからな
い。
当時の疑問に思いを馳せていると、どこからかぶはっと吹き出す
音が聞こえた。
﹁おい、どうしたんだよ、成瀬﹂
どうやら吹き出したのは千秋みたいだ。
﹁あっはっはっは!!﹂
何が面白いのか目尻に涙をためながら腹を抱えて千秋が爆笑して
いる。
﹁なんだよ、千秋⋮⋮って、お前、何か知ってるのか!?﹂
このタイミングで千秋が笑う当たり、きっとそうだ。
﹁あっはっはっは! く、苦しい⋮⋮! っはっはっは!﹂
﹁ちょっ、千秋、何か知ってるなら教えてくれよ! ずっと気にな
ってたんだよ!﹂
﹁ちょ、ちょっと待ってよ⋮⋮あっはっはっは!﹂
暫く俺達は千秋の発作の如き笑いが治まるのを待った。
﹁はーはー、あー、面白い﹂
目を拭い、息を整える千秋。
﹁なあ、千秋、亮から聞いたんだろ? 教えてくれよ、亮が俺に抜
き胴の練習させた理由﹂
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﹁えー? 言っていいのかな、これ? ふふっ﹂
﹁いいってもう、結構経ってるんだし!﹂
俺が急かすと、千秋は﹁まあ、いいかー﹂と笑って話し出した。
﹁あたしもさ、将志がずっと抜き胴練習してる姿見た時、亮に聞い
てみたんだよね、なんで抜き胴にしたのって﹂
﹁ああ﹂
﹁そしたら亮さ⋮⋮﹂
千秋はイッシッシと口に手を当て、笑いながら言う。
﹁﹃ああ、あいつと稽古始める前の日にロードショーでルパン四世
やっててな、その中で六衛門がシャキーンって、胴切るシーンを思
い出してな⋮⋮それでいいかって思って﹄って⋮⋮で、その後に﹃
それに抜き胴って、見かけ格好良くね?﹄だもん⋮⋮あーもう無理
!﹂
口にしたせいか、またも発作に襲われて爆笑する千秋。
﹁な、な⋮⋮﹂
ひ、人が真剣に頼んだ稽古の内容をそんな適当に決めたなんて⋮
⋮! あ、ちょっと待てよ。
﹁じゃ、じゃあ、亮も一緒に抜き胴練習してくれてたのって⋮⋮﹂
俺も一緒に練習するから、手本にしろよと並んで素振りしてくれ
たあの姿は⋮⋮!
﹁六衛門の動きを追求してたんじゃないの? ⋮⋮あっはっはっは
!﹂
あんぐりと口を開く俺に、皆が気の毒そうな視線を向けてくる。
﹁ははっ⋮⋮あーでも、将志、亮が一緒に抜き胴練習してた理由は
遊び半分かもしれないけど、実際にやってる時は真剣だったからね、
怒っちゃダメだよ﹂
﹁そ、そうは言ってもな⋮⋮﹂
確かに並んで一緒に練習している時の亮は、時間を無駄にしたく
ないと言わんばかり、真剣な顔でやってた。
それに、そんな亮を手本にして練習して、自信を持てて格段に強
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くなれたのも確か。
文句を言うのは筋違い⋮⋮なんだろうな。
﹁はあ⋮⋮﹂
肩を落とす俺に、皆から慰めの言葉が飛んでくる。
﹁そ、そう気を落とすなよ、将志﹂
﹁そうそう、実際、お前の抜き胴ってすごいじゃないか﹂
﹁うむ。確かにな。流れるような動きで、素早く隙がない﹂
﹁俺なんて、お前の抜き胴、手本にしてやってるんだぜ⋮⋮?﹂
﹁そ、そっか、ありがとう⋮⋮﹂
引きつった笑顔で俺が礼を告げると、焦ったように質問が飛んで
きた。
﹁そ、そうだ、地稽古はどんなだったんだよ?﹂
﹁うん? ああ⋮⋮あれが一番実感しにくかったよ、俺の攻撃は掠
りもしないし、亮には容赦なく滅多打ちにされるし⋮⋮﹂
一時間はノンストップでやらされて、後半は足がガクガク震えな
がらだったな。
﹁へ、へえ⋮⋮﹂
﹁十手の内、一手だけでも捌くか避けるかしてみせろって言われて
さ⋮⋮﹂
﹁ま、まあ、桜木だったら仕方なくね?﹂
﹁だ、だよな?﹂
﹁しかも二刀流でもなくさ⋮⋮やっぱ主将はすごいですよね⋮⋮﹂
﹁むう⋮⋮しかし、それはお前が中学の頃の話だろう?﹂
﹁ええ、まあ⋮⋮でも、その時は亮も︵・︶中学生なんですよね⋮
⋮﹂
﹁む、むう⋮⋮﹂
かける言葉がみつからない様子の主将に、俺は苦笑した。
﹁いや、いいんですよ。途中から五手に一手は何とか防げるように
なりましたし、実際、自分でも呆れるほど強くなれたんですよね﹂
﹁ほう⋮⋮﹂
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亮と練習してる時は亮が強すぎて自分の成長が自覚出来なかった、
けど︱︱
﹁大会前に部員総当たりの試合やったんですよ。その時です、強く
なれたと実感出来たのは⋮⋮だって、亮の動きに比べたら、部のレ
ギュラーの動きがスローモーションに見えましたからね。隙が良く
見えるようになって、鍛えた抜き胴が本当アッサリと決まるように
なって、そしてレギュラーになれて、自信もついたんですよね﹂
あの時は、こっそり誰かにドーピングでも施されたんじゃないか
と思ったほどだ。
﹁へー、確かに桜木の動きって、速いってもんじゃなかったよな⋮
⋮﹂
﹁人間技じゃねえよな、あれ﹂
﹁たまに瞬間移動してるように見えたぜ、俺は﹂
﹁俺も﹂
﹁そんな桜木に稽古つけてもらったら、確かに強くなれそうだよな
⋮⋮﹂
﹁なあ⋮⋮﹂
﹁うむ﹂
ソワソワし始めた部員達の中で、最近レベルアップを実感した主
将が強く頷いている。
﹁あれぐらい強くなりてえなあ⋮⋮﹂
誰かがそう呟くと、あちこちで同意するように頷いている姿が見
える。
そうだよな、男なら誰だってあの姿に憧れるよな。
それから部の中で今まで以上に気合入れて練習に取り組む姿が増
えてきた。
⋮⋮俺も負けてられないな。
◇◆◇◆◇◆◇
14
亮が道場にやって来た。
後ろには藤本さん、山岡さん、と小路だっけな? 三人いる。
主将の案内を受けて隅の方で亮達が座る。
主将が若干落ち込んで見える。きっと亮に稽古頼んで断られたん
だろうな。
女子主将の古橋さんが亮達の応対しているのを横目に練習してい
ると、鈴木さんがやって来た。
瓦を運ぶ人員が必要だそうで、鈴木さん派の連中が嬉々として着
いていった。
少ししてまた誰かやって来た。
あの三人は以前、亮に絡んだけど、何故か意気投合して仲良くな
ったって一時、噂になった人達だな。まあ、どう考えても亮がシメ
たんだろう。それで事を大袈裟にしないため、亮に脅されて亮と仲
の良い振りしている、と。
うちの中学出身なら、考えるまでもなく、その結論にたどり着く
はずだ。
亮が藤本さんと山岡さんに何か頼んだのか、二人が出て行くと、
亮が三人に向かって声を上げた。
﹁お前らーこっち来い!﹂
うん、やっぱり、力関係がハッキリわかるな。
上級生三人が怯えてるように見える。何やらかしたんだろう⋮⋮
ああ、藤本さんにちょっかいかけようとしたのか。だから主将が険
しい顔してたんだな。そして亮の逆鱗に触れたと⋮⋮そのベクトル
に怒った亮は見たことないな⋮⋮いや、絶対見たくないな⋮⋮さぞ
恐ろしかっただろう、ご愁傷さまです。
俺と千秋以外の部員達は唖然とその光景を見てる。
噂の実態が実際はどうなのか理解したやつもいるみたいだな、ど
こか納得した風に頷いている。
呼ばれた三人はそそくさと亮の前まで来ると、お手本のように綺
麗な正座をした。
15
主将がその姿を見て、感心しているほどだ。きっと亮に調教され
たんだろう。あいつ、家の道場じゃ跡取りで実力も伴った師範代だ
し、あれでいて稽古には自分自身へも含めて厳しいしな。何回か見
たことあるけど、ひどかった。俺への稽古は相当手加減してくれて
それはともかくとして
たんだなって、後になってわかった。
閑話休題、この頃になると、亮のいる一角から部員達は目を逸ら
し始めた。
うん、見てはいけないものを見てる気分になってしまうよな。
だって正座しているのは三年生で、それを向けられているのは二
年生だしな。
てか、亮のやつ、ここでは自重するのやめるつもりだな⋮⋮ここ
だけでなく、目立ちたくないなんてもう諦めたらいいのに。
入学前に同じ中学出身の連中との、亮が目立ってしまうのはいつ
かという予想が大きく外れて長く続いたのは本当に意外だった。お
かげで長くとも一ヶ月で化けの皮が剥がれると賭けた俺は、千円外
してしまった。三ヶ月はもつと賭けた千秋の一人勝ちだった⋮⋮そ
れでも外してるけど、一番長く予想したのが千秋だったための一人
勝ちだ。一週間が一番多かったか、三日に賭けてるやつもいたな。
千秋の三ヶ月なんて賭けを始めた当時は﹁ないわー﹂って笑われて
たぐらいだしな。
横目で見てみると、亮と三人は何か話してるようだけど、練習し
ているこちらにはサッパリ聞こえない。
気にしても仕方ない、体を動かすことに集中する。
そうしている内に鈴木さん達が帰ってきて、瓦をセットし始めた。
終わると、手伝った男子は練習に戻り、鈴木さんはゆっくりと亮
のいる一角へと向かい、三人の先輩の後ろに立つと、堂々と立ち聞
きをし始めた。流石だな。
それから間もなくして話は終わったようで、三人は緊張から解き
放たれたように足を崩した。
亮と鈴木さんと小路の三人が雑談している。
16
これを見ていて、最近よく聞くことを思い出した。
なんでも鈴木さん派の人が増えてきたとか。藤本さんが亮と付き
合ったから藤本さん派から流れてきたんだろうということだけど、
それだけじゃない。鈴木さんが可愛くなったとよく聞く。
鈴木さんは話しかけたら普通に対応してくれるけど、ちょっと近
寄りがたい雰囲気がある。
あの美人具合だから仕方なしかもだけど、それが最近はそうでも
ないように見えるとか。
亮と話していることが多く、その時に見せる笑顔が堪らないと、
熱く噂されている。同時に亮への怨嗟が増えたようだけど。
少しして藤本さん、山岡さんが帰ってきた。それぞれ手に缶ジュ
ースを抱えている。
亮と、三年の三人に配っている。
三年の人たちがものすごく恐縮していて、藤本さんが戸惑ってい
た。
それから亮は古橋さんが出した茶菓子を全部平らげると、腰を上
げ、瓦の前に向かった。
てか、瓦の高さ凄いな。何十枚あるんだろ、え、三十枚が二列?
いくらなんでも多すぎるだろ、亮なら割るんだろうけど。
主将が皆に呼びかけて練習を中断する。
瓦から距離を置いて、盛り上がってきた部員の皆と正面に並ぶ。
どこか不機嫌な様子の亮が瓦の前に立つと、徐に藤本さんを手招
きして、耳打ちし、イチャイチャし始めた。藤本さんの顔が赤く、
笑顔がすごい。思わず見惚れそうになる。
いや、何やってんだあの二人。
男子からヤジが飛ぶ。鈴木さんが突っ込むと亮は表情を改めて瓦
の前で構えた。
周りから固唾を呑む音が聞こえる。
ふと亮がどこかにを目を向けた。なんだろうと同じ方向に視線を
やったが何もない。
17
改めて亮を見ると、何やら一歩後ろに下がって瓦をマジマジと見
ている。何やってんだ、あいつ。
鈴木さんが俺も含めて皆が思ったことを不審に問う。
亮は瓦が割れてないか確認してたとか、次いで鈴木さんに皆の前
で割れてないか確認しろと言ってきた。
瓦を運んだ連中が割れてないけどなと首を傾げている。
前に立った鈴木さんは、亮に言われて瓦へ向けてちょこんと手刀
を落とした。
その瞬間のことだ。
瓦が一気に全部割れた。
皆、唖然としている。俺も同様だけど、一番驚いたのは鈴木さん
だろう。すげえビクってしてたもんな。
亮のやつ何か細工しやがったな⋮⋮あの鈴木さんに対してなんと
いうことを。
その瞬間の写真を藤本さんが撮ったようで、我に返り顔を真っ赤
にした鈴木さんが藤本さんから携帯を奪おうとする。二人の美少女
が亮を中心にグルグルとまわり始めた。
いや、すごい光景だな。亮が居心地悪そうにしているが、役得な
ポジションだろう。
亮が鈴木さんを宥め始めた。後ろ姿でもわかるほど怒っている鈴
木さんに追及されて、亮がとうとう謝った。
その後、鈴木さんが亮の胸倉を掴み、足払いをかけた。
あ、倒れる、と思ったら亮がくるんと回って足で着地しやがった。
相変わらず身軽なやつだ。皆驚いている。技を仕掛けた側の鈴木
さんなんかものすごく呆れている。
鈴木さんは亮の文句を軽く聞き流すと、帰りに亮に奢らせる約束
をして、それで亮がハメたことはチャラになったようだ。
藤本さんにも追及して、何か約束をしたようだ。藤本さんがしょ
んぼりしている。何をするのだろうか、すごく、気になります。
それから鈴木さんが先ほどの瓦について亮に問いただす。亮の話
18
によると、何か勁の技で瓦に割れる寸前までダメージを与えたとか。
なんだそりゃ。相変わらず非常識なことをサラッと言うやつだな。
てか、いつやったんだ?
改めて亮が瓦の前で構える。
掌を置こうとしたけど、何かに気付いたようになってやめる。
それから少し悩んだ様子を見せた。
うん、そりゃそうだよな。亮の腰の高さまであるし、普通にやっ
たら手が下まで届かないだろ。
そんな今更なことに今気付いたんだろう。いや、遅いって。
それでも亮なら割るんだろうと見ていると、亮が中腰になって、
手刀を瓦の上に置いた。
そして軽く息を吸う。と、亮は手を振り上げずに、そのまま手刀
を落とし、ガガガガガッと破砕音を鳴らしながら瓦を割ってしまっ
た。
︱︱なんだそれは。
割るだろうとは思っていたが、そんなやり方で割るなんて⋮⋮俺
もそうだが、皆驚き過ぎて声が出ない。
そしたら亮が﹁あ﹂と声を漏らした。
気付けば、亮の手の下に瓦が一枚残っている。
亮は気まずそうにチラッとこちらを見た。
いや、そんな顔しなくても、十分に凄すぎるから。
そして亮は何気なく、残った一枚の瓦を割った。
手の動きがまるで見えず、どうやって割ったのかわからないが、
多分、手刀だろうな。
そうして顔を上げた亮は、制服にかかった瓦の破片を払うと立ち
上がった。
そこで山岡さんがハッとなり、その小さな手で大きな拍手を鳴ら
し始めた。
皆も我に返り、ぎこちなく拍手をしだした。
皆、すげえすげえと言っている。てか、すげえしか言ってないな。
19
いや、わかるけど。
そんな中、鈴木さんが難しい顔で亮の元へ足を進め、今しがた瓦
を割った亮の手を掴みあげた。
どうやら、亮の手首を心配したらしい。
ああ、そうだよな。普通、あんな形で割ったりしたら手首の方が
先にいかれるもんな。うん、普通はな。
亮は普通なんて言葉とは縁遠いやつだから、もちろん大丈夫だろ
う。無理があるとしても、そんな無理をこんな場ではしないやつだ。
そしたら大丈夫だと安心させるためか、言葉の綾で亮が腕立て伏
・・・
せをして見せることになり、亮は片手を地面につけて、軽やかに片
腕で逆立ちをし、そのまま逆立ち片腕立てをし始めた。
呆然とそれを見る鈴木さんと藤本さん。
部員の皆もだ。本職は体操選手なんじゃねえのと囁いている。
そこから何故か、亮が宇宙人だという結論に達していた。うん、
無理がないな。
一応腕立ての分類に入る腕立てを五十回終えた亮は、体を曲げて
両足を地につけた。
碌に息を乱していない、これも相変わらずだな。
俺に稽古つけてくれてた時なんか、俺より動いてた癖に碌に息乱
してなかったからな。
そうして、部員の皆を散々驚かせた亮は、藤本さん達と瓦を片付
けると、主将や男子部員からもやっぱり稽古をつけてくれという言
葉を聞こえない振りして帰っていった。
⋮⋮今度、俺も頼んでみるか。
20
番外編②∼西田は見た∼︵前書き︶
チェック甘く、誤字多いかと思います。
また、時間作って見直しておきますので、勘弁くださいませ
西田とは!?
⋮⋮八木の友人の一人です
21
番外編②∼西田は見た∼
﹁姐さんの言った通り、藤本恵梨花、来そうだぜ﹂
食堂で俺︱︱西田竜次と黒川洋介が並んで座った向かいの席で、
親友の八木が開口一番に言った。
﹁マジで?﹂
俺が聞き返すと、八木がニヤリとする。
﹁ああ﹂
﹁流石に来ないと思ってたのにな⋮⋮すげえな、姐さん﹂
洋介の言うことは最もだ、何せ夜の泉座なんて普通の女子高生に
はハードルが高過ぎるからだ。
姐さんはもちろん例外だ、あの人は度胸といい、色々とすげえ。
﹁まったくな、更に驚くことに本当に姐さんが推測してた通りに話
が進んでよ﹂
﹁おおー﹂
﹁ゴールドクラッシャーのことについて聞いてきたことや、どこに
行ったら会えるかとか、あとストプラのチケット見せた時の反応も
そうだし、桜木連れてくればって言った時の反応もな﹂
﹁はー、本当にすげえな姐さんは⋮⋮﹂
﹁ああ﹂
相槌を打った八木だが、急に何か納得いかないように眉を寄せた。
﹁どうした?﹂
﹁ああ、なんかな⋮⋮桜木連れて来たらって言った時のあの女の反
応がどうもな⋮⋮﹂
﹁なんだよ﹂
22
﹁いや、なんかやたらと元気になりやがってよ。何も心配は無くな
ったみたいによ﹂
﹁ふうん? 桜木に言われてたんじゃねえの? 泉座には行くなと
か、だから一緒になら問題ないとか安心したんじゃねえの?﹂
洋介が珍しくまともな意見を言うと、八木はどこか引っかかりが
ある様子ながらも同意を示すように頷いた。
﹁そうだな﹂
一体、何が気になってんだろうな?
しかし、これで思惑通り行けば八木と桜木のタイマンか⋮⋮って
言っても、碌な勝負にならなさそうだけどな。八木は空手かじって
て泉座でもけっこう喧嘩の数こなして、ハッキリ言ってかなり強い。
真壁さん達をあしらった疑惑のある桜木だけど、それを聞いてもと
ても強いようには見えん。
それにしても真壁さん達に関しては、弱味でも握ってんじゃねえ
のかってのが俺の出した結論だ。
けど、八木は桜木のやつが真壁さん達の内の一人はタイマンで倒
したんじゃないかと考えてる。それからなんらかの手段で三人が刃
向かわないようにしたとか。
俺達の中で桜木と話したのは八木だけだから、無理に反論する気
はない。俺は桜木には特に興味ないしな。
藤本恵梨花はクッソ可愛いし体もヤバいとは思うが、俺はどちら
かと言うと、鈴木梓派だからな。
八木のやつは大して興味ない風だったけど、けっこう藤本恵梨花
のこと意識してたと俺は睨んでる。好きとまではいかねえだろうが、
少しは気にはなってただろうな。
それもあって藤本と付き合った桜木を気に入らねえんだろう。ま
あ、これに関しては気持ちはよくわかる。傍目から見ても不釣り合
い過ぎだし、勿体ない。桜木が極上のラッキーマンにしか見えねえ。
だからと言って喧嘩売るほど入れ込んでたようには見えなかった
んだけどな。
23
恐らく、桜木と話した時に相当、八木の勘に触ったことがあった
んだろうと、この時は洋介と話していたんだが、ストプラが明けた
次の日になって、なんとなくわかった。
結論として八木は多分、桜木と初めて話した時に泉座で培われた
喧嘩の勘のせいで桜木の強さを感じてそれで無意識の内にビビッて
しまって、でもそれに気づかず反骨精神が立って無気になってしま
ったんだろう。
後になって八木に言ったら、目から鱗の状態だった。
八木も不思議に思ってたんだろう、なんであんなに桜木に無気に
なっていたのか。
そりゃ、自分より弱いと思ってるやつにあんな舐めた態度とられ
たら腹立つのはわかる。八木も含めて俺達は最初そう考えてたんだ
よな。⋮⋮そもそもこの前提が大間違いだとストプラの日にわかっ
た訳だけど。
次の日になって、藤本から桜木だけでなく、鈴木梓と山岡咲も一
緒にいいかと八木に打診があった。チケットはどうするのかと八木
が聞けば、伝手があって手に入ったらしい。
多分、鈴木梓だろう。噂通りの情報通なら、その人脈から手に入
れていてもおかしくない。
鈴木梓派の俺だが、別に仲良くなりたいと思ってる訳でもないか
ら、その日に起こることによって嫌われるのは構わないから問題な
い。
てか、桜木がいなけりゃ三対三の合コンみたいじゃねえか。姐さ
んとこほっぽりだして、桜木を撒いてマジでそうしたいと思ったこ
とは内緒にしておこう。
しかし、あの三人と泉座を歩く、ね⋮⋮。悪目立ちしそうだな。
当日、八木と洋介と藤本に知らせた待ち合わせ場所で待っている
と、学校一の有名な三人組プラス桜木がやってきた。藤本と鈴木が、
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サングラスしてるけど、恐らくナンパ避けのためだろう。二人とも
顔が小さいから、サングラスがやたらデカく見える。
それにしても、いやー、三人共私服姿やべえわ。
藤本なんか、体のスタイルの線出まくりだろ。露出なんてノース
リーブの腕ぐらいなのに、妙にエロい。てか、胸デカ過ぎ。
山岡咲は髪型をアップにしてる。こうして外で見るとけっこうイ
ケてるな。学校じゃ、ファンの数こそ藤本、鈴木に劣るけど、その
代わり入れ込み具合がすげえと聞く。ま、ロリ派なんだろう。
そして鈴木梓だ。ワンピースに黒のジャケット。クールビューテ
ィーさが増してるな。しかし本当スタイルいいな、モデルの仕事し
てるって言われたらすんなり納得しそうだ。まあ、それは藤本にも
言えるけどな。てか、初めて私服姿みて思ったが、思ってたよりも
胸あるな。
それにしてもこの三人並ぶと、なんか神々しいな。横にいる桜木
の存在感がゼロに感じる。
しかし、あいつ本当に来たんだな。直前なってドタキャンするか
と思ってたぜ。多分だけど、泉座なんか来たことないだろうに。百
歩譲って昼に来たことあっても、夜には無いだろう。
現に、姿恰好が大分浮いてる。あのクソダサい眼鏡だけでもどう
にかしてこいよ。
八木が桜木に声をかけたが、話に聞いてた通りなんか生意気な感
じだな、こいつ。
なんて思っている内に八木が切れて、桜木の胸倉を掴んだ。
﹁だからその舐めた口やめろって言ってんだろうが︱︱!﹂
今にも喧嘩が始まりそうだったので、ここは止めに入っておく。
姐さんとこ連れて行ってからだろ、それは⋮⋮。
どうにか八木を止めると、俺達は姐さんの待つ雑居ビルへ歩き出
した。
それにしても、桜木のやつ、八木に胸倉掴まれても碌に動じた様
子見せなかったな⋮⋮。
25
ただ、鈍いやつなのか、それとも⋮⋮いや、まさかな。
ビルへ向かう途中で、俺達が小声で桜木のダサい具合と不釣り合
いっぷりをネタにして笑っていたら、藤本に色々と質問された。
これから向かう場所や、俺達が所属するレッドナイフのこと。
そしてこの街で最大最強のチーム、レックスのことについても話
すと、けっこう食いついてきた。
まあ、当たり前か。姐さんが言うには、そこのヘッドが俺達と同
い年らしいからな。
何度考えても、有り得ねえだろ、って俺達でも思ってしまうよう
な話だし無理も無い。
泉座にあまり行ってない連中でも、名前だけは知ってるとよく聞
くしな、泉座のカリスマキング、レックスのトーマは⋮⋮。
そこまでとは言わねえけど、いつかは俺達も名を上げたいもんだ。
トーマのことを話している時、常に冷静沈着な鈴木がけっこう驚
いた顔してるのを見れたのは中々にレアだったな。
ビルに着き、姐さんの待つ部屋に入ると、俺達は本郷さんのとこ
へ真っすぐ向かった。
あれ、うちのチームのメンバー数人だけが待ってると思ってたん
だけどな⋮⋮。
見慣れない人が、それも評判の悪い人が多くて少し戸惑った。ま
あ、脅かすなら人数多い方がいいのは確かだしな⋮⋮。
桜木達は、部屋の中ほどで立ち止まって、こちらを窺っている。
桜木は⋮⋮ここでもビビったようには見えないな、意外だな。こ
の中に入ったら、流石にキョドるかと思ってたんだけど⋮⋮やっぱ
り鈍いんだな、あいつ。
真壁さん達をもしかしたら倒したかもしれねえけど、ここにいる
人達は真壁さんなんか碌に相手にならねえ人ばっかりだからな。
なのに、まだ落ち着いてるように見えるってのは、もう鈍いだけ
26
としか思えねえ。
もしかしたら桜木は真壁さん達より強いかもしれない、それでも
この人数に囲まれて碌に警戒を見せない様子から、そう思わざるを
得ない。
ヘッドの葛西さんがいないことがわかると、藤本はここを出よう
とするが、八木が止めていると姐さん︱︱岩崎乃恵美が出て来た。
途端、藤本、鈴木、山岡の顔が強張った。
いや、何かしら関係はあると思ってたけど、姐さん、この三人と
何があったんだよ。
藤本なんか顔、蒼褪めちゃってるよ。明らかに萎縮してるな。
そこで鈴木が前に出て来て、姐さんと何やら話してる。
聞いた感じ、何かあったのはわかった。そして、互いにもう接触
しないという約束をしてたらしい。
てか、怖えよ、この二人。口調は穏やかなのに、雰囲気がこれで
もかってピリピリしてる。
これが女のバトルってやつか⋮⋮二人共、綺麗なだけの女って訳
じゃねえな、やっぱり。
そして徐に姐さんが、桜木へ声をかけた。口で言ってる通り、興
味があるのは本当なんだろう。
ここでも桜木はどこか飄々としていて、萎縮しているようには見
えない。
この場の全員から注目を浴びているというのにだ。未だ気負いの
無いその姿には、姐さんも驚いている。俺達もけっこう。いや、あ
いつ、どこまで鈍いんだ?
桜木といくらか話した姐さんは、桜木のキャラが意外だったのか、
けっこう受けて笑っている。
終いには、付き合ってみたいとか言ったほどで、俺達は焦った。
やめてくれよ、姐さんまで桜木と付き合うとか。なんか嫌だった。
そうこうして桜木は話を切り上げて、三人を連れてここから出よ
うとしたが、八木が止める。
27
﹁待てよ、桜木。お前、真壁さん達と本当は何があったんだよ﹂
﹁お前に関係あるか?﹂
﹁だから何度も言わせんな! その舐めた態度やめろや!﹂
桜木の素っ気ない態度に、八木が再び切れると、姐さんが二人を
止めた。
﹁はいはい、そんなカッカしないの︱︱泉座の男なら、口でなく喧
嘩で勝負しなさいよ﹂
八木がニヤリとして、桜木は怪訝に振り返る。
﹁別にいいでしょ? あなたも少しはやるんでしょ?﹂
﹁どういう意味ですかね?﹂
﹁もう惚けなくていいわよ、これだけのギャングに囲まれて、堂々
とした態度をとれる胆力、八木の怒鳴り声もそよ風のように受け流
して、かけらも動揺した様子はなし⋮⋮うちの学校の連中の目はど
いつもこいつも節穴みたいね﹂
やれやれとため息混じりに言う姐さんは、随分と桜木を高く評価
しているみたいだ。
真壁さん達を屈服させたと姐さんは確信を抱いてるみたいで、桜
木に確認するも、桜木の答えはNOばかり。
流石に、これは誤魔化しの答えだと俺も思った。
⋮⋮え、マジなのか。桜木は真壁さんら三人を本当に倒したのか
? そんなに強いのか、あいつ?
そして姐さんが桜木に喧嘩の腕前を見せてみろと八木と喧嘩やる
ように言う。
桜木は嫌そうに、と言うより面倒そうに断る。その態度が、何か
余裕のように見えてきて、何故だか俺は重大な見落としをしてるん
じゃないかと思えてきた。
八木が桜木にタイマン張れと迫ると、鈴木が八木の狙いが桜木な
んじゃないかと指摘してきた。
八木はいきなりのことだったからか一瞬詰まって拒否したが、鈴
木は確信を抱いた顔で言い募るようなことはしなかった。
28
あれはもう確実にバレてるな。流石に鋭いな、鈴木梓。
そして鈴木は姐さんの狙いも桜木なのかと問いかけたが、姐さん
は拒否すると、突然大きな声で狂ったように笑い始めた。
﹁私の狙いはあんたが思っている通りあなたが大事に大事にしてい
・・
るお友達よ! 男はおまけのつもりだったけど、あなた達二人まで
来るなんて! 八木からあんた達の話を追加で聞いた時は、こんな
ところまで一緒に来るなんてって呆れたけど、いざ、あなた達が一
緒になって入って来た時は笑い声を上げないようするのに必死だっ
たわ! あーっはっはっはっは!!﹂
その姐さんの迫力は今まで見たことないもので、俺達は、いや、
俺達だけでなくこの部屋にいうる姐さん以外の殆どが引いていた。
てか、なんなんだ、姐さんとあの三人に一体、何があったんだよ
!?
思わず足を一歩引かせていた鈴木が、姐さんに自分達をどうする
気なのか聞くと、姐さんは意味深に部屋にいるギャング達を見回し
た。
俺達もつられて目を動かしてから、俺達三人はようやく気づいた。
うちのチームのメンバーが数人しかいず、見慣れない評判の悪い
ギャングがこの部屋にやけに多い理由を。
恐らく姐さんが呼んだんだろう。姐さんは、あの三人をここにい
る男達に犯させるつもりだ。
頬が引きつったのがわかった。マジかおい⋮⋮それはちょっと洒
落にならねえぞ。
こんな展開は予想外で、俺達もテンパってると鈴木が姐さんに携
帯を突きつけて、何か情報を流すぞと言っている。
そうか、鈴木は姐さんの何か弱味を握って、それで互いに接触し
ない約束をしていたのか。
あの姐さん相手になんちゅうことを⋮⋮やっぱり鈴木は只者じゃ
ねえな。
けれど、この部屋は壁が厚くて圏外。姐さんが勝ち誇ったように
29
指摘すると、鈴木が悔しそうに歯噛みし、藤本が愕然とする。
そんな二人を見て姐さんが痛快そうに笑っていると、本郷さんが
痺れを切らしたように、姐さんに声をかける。
すると姐さんは、八木にさっさと桜木とタイマンするように言う。
自分がタイマンをした後に何が起こるのか、それをもう察してい
る八木は目に見えて狼狽えている。
そりゃそうだ、企んだのは姐さんで、犯すのが俺達でなくとも、
ここへ三人を連れて来た俺達の罪はデカい。
桜木とのタイマンを八木が躊躇していると、周りのギャングから
囃し立てられ、八木がますます焦る。
その中で、鈴木が声を張り上げる。
﹁ここにはゴールドクラッシャーが率いるレッドナイフの方が多い
んじゃないんですか? そちらのヘッドが本当にあのゴールドクラ
ッシャーなら、このような真似、好かないのではないのですか?﹂
ハッとする俺達三人。
そうだよ、こういった真似をしたシルバーを潰したのが葛西さん
なら、こんなこと好かないはずだ。そう、ゴールドクラッシャーは
そういう人だろ。
それを八木が本郷さんに指摘すると、葛西さんには黙ってないと
ボコるぞと凄まれ、八木は口を閉じた。
そう来るか⋮⋮なんとなく思ってたけど本郷さん、やっぱりそう
いう人だったか⋮⋮残念だな。同じチームにこういう人がいたなん
て、それも複数か。
いやー、どうしよう。これマジ洒落にならん状況だな。
俺達三人が反対しても、ボコられるだけだな。桜木と共闘しても
五十歩百歩だろうな。
いや、マジどうしよう。
あの三人とエロい展開があるなら、それはもうマジ、ウェルカム
なんだけど、無理矢理なんて流石にないわ。無理矢理が演出の上な
ら、バッチ来いだけど、ガチで無理矢理ってのは、うん、ダメだ。
30
てか、普通に犯罪だし、しかも同じ学校相手とか余計に無いわ。
もう少しでエロい妄想に現実逃避しかけた時、さっきまでおとな
しくしていた藤本が姐さんに食ってかかった。
そして姐さんに指摘されて、藤本は渋々サングラスを外す。
周りにいる先輩や他のギャング達が色めき立つ。
そりゃ、そうだな。やっぱり、めちゃ可愛いよな、藤本って。テ
レビでもなかなか見れないレベルだと思うし。
先輩らの興奮する声を受けて怯んだ様子を見せた藤本だが、すぐ
に姐さんと言い合う。
怒ってる顔もやっぱりクッソ可愛い。てか、あんな怒ってる顔と
か初めて見た。
どうしてこんなことをするのかと問う藤本に、姐さんは気に入ら
ないからの一点張り。
本当にそれだけなんだろうか⋮⋮違うような気がする。
藤本の質問にうんざりした姐さんが、八木を再びけしかけようと
したところで、藤本が待ったをかける。
そして姐さんへ問い詰める。
内容は、俺達が姐さんに指示されてストプラに誘ったのではない
かといったところ。
うん、藤本さんの言う通りだ。
でないと、普通の女子高生の藤本達をストプラへ誘うなんて考え
出ないからな。
けっこう鋭いな、そういう役割は鈴木のだと思ってたけど、鈴木
が感心してるように見える辺り、藤本一人で推測したとわかる。
てか、鈴木の顔色を見るになんか余裕が戻ってるような気がする
んだけど、気のせいか⋮⋮?
桜木はこんな状況だというのに、相変わらず惚けた顔してるし、
あいつ、本当に状況わかってるんだろうな?
そして姐さんと藤本の話を聞いていると、とんでもないことがわ
かった。
31
夕方になると毎日のように近くの駅に現れ、泉座では今じゃあの
トーマに並ぶほどの有名人であるあの﹁駅の美人過ぎる君﹂は藤本
の姉らしい。
⋮⋮思い返せば、そっくりだな。いや、なんで気づかなかったん
だ俺は。
しかし、すごいな、姉妹揃って超ド級の美人って⋮⋮。
後に続く話は、ちょっとヘビー過ぎた。﹁駅の美人過ぎる君﹂で
ある藤本の姉さんは、どうやらシルバーに攫われた過去があるらし
い⋮⋮マジかよ。
聞いたところ、どうやら寸でのところでゴールドクラッシャーに
助けられたらしいけど。
だからゴールドクラッシャー探すために、毎日のように駅に来て
たのか、すげえ根性だな⋮⋮。
え? あれ、ちょっと待てよ。葛西さん、藤本の姉さんと話した
ことあるぞ。
珍しく鼻伸ばしてたからよく覚えてる。その時、藤本の姉さんは
社交辞令的な挨拶しかしてなかったけど⋮⋮それが意味することっ
て⋮⋮。
いや、ちょっと待てよ。葛西さん、本当にゴールドクラッシャー
じゃないのかよ!?
混乱しながら考えてる内に、姐さんにけしかけられた八木が桜木
とボソボソ話してる。
タイマン終わった後に、藤本達を襲わないよう説得してみるとか
⋮⋮いや、それ出来たらいいけど、流石に無理だろ。桜木も呆れち
ゃってるじゃん。
そして突然、桜木の顔に真剣な色が浮き上がって、空気がピリッ
とする。藤本達はそれにつられるように背筋を伸ばした。
なんだ、桜木のやつ、何かする気か? 藤本達の様子見てると、
桜木に対する信頼を感じる。
切り抜ける手があるって言うのか⋮⋮? でも、下手なことはや
32
めとけよ、余計キツくなるだけだからな。
﹁︱︱あ、そうそう。もし、彼氏くんが八木に勝ったら、後で⋮⋮
いえ、そんな元気は残ってないでしょうから後日になるかしらね?
ちゃんと、レッドナイフのヘッドに紹介してあげるわよ? それ
ぐらいの役得はあった方がやる気も出るでしょ?﹂
桜木が周囲を窺ってると、姐さんがニコリと言ってきた。
不愉快そうに藤本が断る。⋮⋮まあ、当然か。
そして藤本は葛西さんが、ゴールドクラッシャーな訳ないと言い
張る。八木含めて、怒号を上げるレッドナイフの先輩達。
一緒に否定したいところだけど、それが出来ない俺がいる。
葛西さんが藤本の姉さんと話してるの見てるのって、この場では
俺だけだからな⋮⋮。
どうやら藤本はゴールドクラッシャーと会ったら、姉と会っても
らえるよう頼みたかったらしいな。美人なだけでなく、いい姉妹じ
ゃねえか。クソ、こんないい兄妹、俺も欲しかったよ!
そして鈴木が、姐さんに向かって葛西さんがゴールドクラッシャ
ーである証拠があるのかと問い詰めるも、姐さんは何を持って証拠
とするのかと返すと、鈴木は強く言い返せなくなる。
まあ、確かにそうだよな。
証拠はなくとも、葛西さんの強さはそれなりの説得力があると姐
さんが言ってるけど⋮⋮なんか、俺の中で葛西さんがゴールドクラ
ッシャーじゃないかもと考え始めたせいか、姐さんは葛西さんがそ
うでないと確信を持って話してるように見えてきた。
そして藤本と姐さんが言い合いしてるところへ、桜木が困惑した
ような顔で手を挙げ、藤本へ問いかけた。
﹁︱︱一体なんなんだ、ゴールドクラッシャーって?﹂
その質問を聞いて、部屋にいる全員が虚を突かれたように固まり、
そしてすぐに爆笑し始めた。
当然、俺もだ。いや、お前は一体どこにいたんだよって話だ。
藤本と姐さんがここで散々話してたし、その上、この泉座に限っ
33
ての話でなく、学校でも旬過ぎる話題だろう。なんで、知らねえん
だよ。
見ろよ、藤本達も気まずそうじゃないか。山岡なんて、他人の振
りしようとしてるし。
そして、藤本が仕方なさそうに、桜木へ懇切丁寧に説明してやる
と、桜木の顔には傍目からわかるほどに驚きと困惑が広がっていく。
お前、本当に知らなかったんだな⋮⋮アホじゃねえのか。
一通り説明を聞いた桜木は、苛立ちを抑えるように目を閉じ、ブ
ツブツと独り言を呟き始めた。
聞いた話を整理してるように見えるが、泉座に詳しいと思えない
桜木が一体、何を整理する必要があるのか。
そして桜木は最後に、何かわかったような声で﹁あ﹂と出した。
⋮⋮あれは、何かわかった﹁あ﹂なんだろうことはわかったが、
何がわかったのかサッパリわからん。ゴールドクラッシャーに関す
ることは確かなんだろうけど⋮⋮いや、ゴールドクラッシャーにつ
いてさっきまで何も知らなかったやつが何がわかったって話だ。
姐さんが問い詰めるが、桜木はいつも以上に惚けたようにシラを
切る。
そこへ、藤本が期待に顔を輝かせて桜木へ聞いた。
﹁も、もしかしてゴールドクラッシャーが誰かわかったの、亮くん
?﹂
いや、そんな、アホな。
いや、違う。葛西さんだろ。
⋮⋮ダメだ、俺もう葛西さんがゴールドクラッシャーじゃないと
思っちまってる。
それに姐さんのあの驚いてる顔、葛西さんがゴールドクラッシャ
ーじゃないと思ってる証拠みたいなもんじゃねえか。
となると、ゴールドクラッシャーは一体誰なのか⋮⋮え、桜木、
お前わかったのか!?
驚いている内に、桜木は八木と話していた。
34
相も変わらず、お前は今日どこにいたんだよってぐらい、ここで
の話を聞いてなかったっぷりを見せながら、八木に藤本へ誰を紹介
する気だったのか聞いている。
八木は苛立ちながら、葛西さんの名を出すと、桜木の反応は﹁誰
だ、それ?﹂な反応だ。
仮に葛西さんがゴールドクラッシャーでなくとも、泉座ではけっ
こう通っている名なんだが、桜木が知らないことを不思議には思わ
ない。
桜木が泉座に詳しいなんて思えねえし⋮⋮いや、だとしたら、な
んでゴールドクラッシャーについて心当たりがあるような感じなん
だ?
ああ、クソ、もう訳わかんねえ。
俺が混乱してる間に、桜木は八木との会話を切り上げ、イライラ
した様子で藤本へ再び質問していた。
﹁恵梨花が会いたいのは⋮⋮八木のチームのヘッドのゴールドクラ
ッシャーか? ︱︱それか、シルバーを潰したやつか?﹂
その答えは昨日までの俺だったら﹁どっちも葛西さんのことだよ
!﹂って言ってるところだけど、それが違うと確信しちまってる。
藤本も、もう葛西さんがゴールドクラッシャーだとは思っていな
いだろう。
案の定、藤本の答えは後者だった。
すると、桜木は魂まで出てくるんじゃないかと思うような大きな
ため息を吐いた。
そして、唐突に藤本達に頭を下げて謝罪している。
謝られた藤本達も訳がわからないようで、困惑を露わにしている。
そして頭を上げて、死んだような目をした桜木は、今がどういう
状況か忘れたのか、用が無いなら、もう出ようと言い始めた。
それを呆れたように止める姐さん。
そしたら、桜木は今気づいたように辺りを見回して、俺達がいる
ことを思い出したような顔になった。実際、そんなことを口にして
35
る。
呆れるほどの桜木のマイペースぶりに、姐さんの顔が引きつった。
俺達のことを思い出しても桜木は、まるで何の障害もないかのよ
うに、ここから出ようとする。
再び止める姐さん、そして、桜木がゴールドクラッシャーについ
て何に気づいたのか、聞き出そうとする。
それを桜木は、あからさまに嘘とわかるほど、そして見てて腹立
つほどのやる気ない態度で、ノラリクラリかわす。
﹁︱︱だから、なーんも知りませんって﹂
﹁話しなさいって言ってるでしょ!!﹂
姐さんがついに切れた。
こんな風に声を荒げる姐さんを見るのは初めてで、いや、マジビ
ビった。
俺達だけでなく、先輩らも、藤本達も驚いている。
驚かなかったのは、ただ一人、相も変わらず面倒くさそうな顔を
している桜木だけだ。
﹁仮に俺が何かわかったとして、それをあなたに教えると思い︱︱
ああもう、面倒くせえ︱︱仮に俺がわかったことがあったとして、
それをあんたに教える義理が俺にあるか?﹂
桜木の口調が突然変わって、今度は姐さんが驚く番となった。
桜木のそんな姐さんへの口のきき方に怒った八木が、声を荒げる。
﹁てめえ、おら、桜木! 姐さんに向かってなんだ、その口のきき
方は!?﹂
﹁俺がどんな口きこうが俺の勝手だろ、ほっとけ﹂
﹁な︱︱っ! てめえ︱︱!!﹂
桜木は俺達への態度までガラリと変わっているように感じる。
⋮⋮なんか⋮⋮なんだ?
桜木のその態度を見て、俺の勘が何か訴えてくる。
なにか、とてつもなく、そして、非常に不味いことを見落として
る、そんな気がしてきた。
36
姐さんが、八木を止めて、今の桜木こそが素の桜木なんだとって
いる。髪型も、あの眼鏡も。
⋮⋮え、どういうことだ?
姐さん、一人だけ納得したような顔してないで、もうちょっと解
説を⋮⋮。
俺の願いとは違って、姐さんは、今の桜木の状況の解説をしてや
った。
﹁いい? あんたが、八木か、もしくは他の誰かに負けた後、あん
たの可愛い彼女や、一緒にいる友人達が犯されようとしてるのよ?
それを阻止するために、あんたが今することは何かわかる? 私
に向かって乞い願うところじゃないの? それなのに私の質問に答
えず、私の機嫌を損ねるということがどういうことかわかってる?
今あんたに出来るのは私の質問に素直に答えるから彼女達だけは
傷つけないでくれ、って少しでも交渉するところじゃないの?﹂
改めて聞くと、姐さん恐ろしいな。
桜木が状況を理解したような顔をした後、姐さんは満足気に頷い
て、桜木に知ってることを話させようとした。
すると桜木は、部屋の中を見回してギャング達へ告げた。
﹁ここにいるクズ共︱︱女三人も連れてるからな、全員は諦めて五、
六人は見せしめに半殺しにするつもりだったが、今日はもう色々頭
の痛いことあってやる気失くした。だからこの場においてだけは見
逃してやる﹂
いやいや、こいつ何言ってんだよ。
もう最初の一言で、全員がポカンとなっただろう。
続く言葉が更に拍車をかけた。
俺達全員がそうなっている内に、桜木は部屋にいるギャング全員
に向けて携帯のカメラで写真を撮った。
﹁これでいいか⋮⋮流石に捕まえるのは人の手借りるが、人の女犯
そうと考えたんだ、ちゃんとぶっ殺してやるから覚悟して待ってろ
︱︱行くぞ﹂
37
そう言って歩きだした桜木に機械的に足を動かしてついていく藤
本達三人。
その頃には、皆、爆笑し始めた。
桜木が口にした内容が、余りにも馬鹿らし過ぎてだ。
俺は流石に笑えなかった。もう桜木が殺されるのは止められない
かもしれない。
今は笑ってるけど、後でどうなるかわからない。
八木もそう考えたのだろう。舌打ちをして桜木を追いかける。俺
と黒川も後を続く。
﹁お前、本当に頭おかしいんじゃねえのか!? 何考えてんだ! 今は笑ってるけど、後でどうなるかわかったもんじゃねえぞ!?﹂
﹁今からでも土下座して謝っとけって﹂
﹁ほんとそれだわー﹂
そう俺達が忠告してやっても、桜木は面倒くさそうな顔で振り返
る。
﹁あいつらが怒ろうが怒るまいが、そんなんどうだっていい⋮⋮そ
れより、お前らはどうなんだ﹂
いや、腹立つな、こいつ、本当。八木が露骨に舌打ちした。
﹁お前、せっかく俺達がこうやって言ってやってんのに⋮⋮﹂
﹁お前のその無鉄砲さはどこから来るんだ﹂
﹁本当ないわー﹂
﹁ああ、わかったわかった。一つの意見として聞いとく。で、どう
なんだ?﹂
桜木が適当な返事をして、八木に向かって問う。
﹁ちっ⋮⋮どうなんだって、何がだよ﹂
﹁あの連中と同じように恵梨花達にくだらねえこと考えてたのかっ
て聞いてんだよ﹂
﹁馬鹿言え、そんなこと考えるかよ﹂
まったくだ、ガチでそんなこと考えるかよ。
﹁本当だぜ、頭の中で裸にすることは何回もあったけど、実際に無
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理矢理なんて考えねえよ﹂
﹁そうそう、妄想じゃ︱︱いやいや、ないから﹂
俺の言葉に続こうとした黒川は、藤本と鈴木からゴミ捨て場にい
るゴキブリを見るような目で見られていることに気づいて、慌てて
口を噤んだ。
俺は鈴木のあの目に、良い意味でゾクゾクとしたことは黙ってよ
う。
﹁それに八木の狙いはあくまでお前だしな﹂
﹁俺達ゃ、そのサポートと観戦のつもりだったんだけどな﹂
西田が言い直して、俺が続きを言う。
﹁はあ、もうわかった。お前らの狙いが俺だったってことは⋮⋮喧
嘩一つするのに、どれだけ大がかりな仕掛け作ってんだ﹂
桜木が呆れた顔をすすると、八木が顔を赤くして怒鳴った。
﹁うるっせえな! 成り行きだ!!﹂
﹁まあ、でも、恵梨花をこんなとこに連れてったことに変わりはね
え。恵梨花が狙いじゃなく、俺が狙いだとしてもな︱︱だからこれ
で勘弁してやる﹂
桜木がそう言った瞬間か、たまたま視界に入ってたから俺は気づ
けた︱︱桜木の手がいつの間にか、八木の額の前に移動していたこ
とに。
﹁⋮⋮あん?﹂
八木も気づいたが、もう遅かった。
桜木の手は狐のような︱︱デコピンをする形を作っていて、俺が
それに気づいた時には、その手の中指は弾かれていた。
続いて響いた音は、およそデコピンから連想されるような音じゃ
なかった。
なにしろ﹁バゴンッ︱︱!!﹂だったからな。
そして八木はやられたことに文句も言うことも出来ずに、白目を
むいて床に倒れた。
はあああ!?
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俺は余りのことに頭が真っ白になったが、すぐに八木に身を寄せ
る。
﹁お、おい、八木! 大丈夫か!?﹂
揺さぶっても無反応。つまり完全に伸びている。
いや、おかしいだろ、何だそれ!?
唖然と俺と黒川は桜木を見上げた。
﹁お、お前⋮⋮一体、何やったんだよ!?﹂
﹁何って⋮⋮見てなかったのか? これだ、これ﹂
そう言いながら桜木は、中指を何度も弾いて見せる。
﹁ふ、ふざけんな! そんな、こんなことが出来るデコピンがあっ
てたまるか!!﹂
俺が声を大にして言い返すと、藤本達が揃って同意するように頷
いていた。
あ、やっぱり俺がおかしいんじゃないよな、よかった。
﹁そう言われてもな⋮⋮じゃあ、お前も食らってみるか? ︱︱そ
の方が公平だしな﹂
桜木はそんなことを言ってきて、俺と黒川は思わず後ずさった。
﹁ふざけんな! やるな、絶対やるなよ!?﹂
黒川が拒否すると、桜木が気づいたように言った。
﹁⋮⋮それ知ってるぞ、振りってやつだな﹂
﹁ちげえよ!! そんな芸人根性ねえよ!!﹂
﹁遠慮しなくていいぞ?﹂
﹁馬鹿、こんな遠慮があるか!?﹂
思わず割って入ると、桜木は途端に不機嫌そうに眉を上げた。
﹁⋮⋮馬鹿? ﹂
その瞬間だ、俺は知らずの内に頭を下げていた。
﹁すいませんでした!! ⋮⋮え?﹂
声がハモっていた。
気づくと黒川も俺の横で一緒に頭を下げていて、お互いにそうし
ていることに戸惑った。
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けど、それも一瞬のこと。
本能的に悟った。
こいつに逆らってはいけないということを。
今更気づいたんだけど体がブルッてんだぞ。
というか、桜木の傍にいることを体が拒否しているように感じる。
早いところ、こいつから離れないと何かよくわからないけど、と
にかく不味い。
黒川の頬を流れる冷や汗を見るに、意見は一致してるだろう。
﹁はあ⋮⋮もうわかったから、そいつ連れて引っ張って隅にでも行
ってろよ。脳震盪起こしてるから、暫く寝かせとけ⋮⋮額は数日は
腫れあがってるだろうが﹂
最後はボソッとしていて何を言ってるのかわからなかったが、大
事なのは前半に言ったことだ。
俺と黒川は示し合わせたように、八木の腕を掴んだ。
﹁そうだな! 行くぞ西田!﹂
﹁それだわ、本当﹂
俺と黒川の台詞が逆転してる気がするが、そんな場合じゃない。
俺達は、八木を引きずって部屋の隅へと移動した。そして、桜木
から離れられたことにホットしたのか、腰が抜けそうになった。
ふいに黒川と顔を見合わせる。
﹁⋮⋮もしかしたら俺達、とんでもないの連れてきちまったんじゃ
ね?﹂
﹁⋮⋮お前もそう思う?﹂
やっぱり黒川も同じように桜木のことを感じ取ったようだ。俺達
は互いに頷き合った。
ギャングの先輩達は、八木を倒したことにはそこそこ驚いた様子
だ。
話聞いてたら、道具で何かしたと思ってるようだ。スタンガンと
か。
まあ、無理もないか。銃で撃たれたみたいにのけぞってたもんな。
41
けど、俺達はハッキリ見てる。あれはデコピンだった。
いや、あれをデコピンだなんて思いたくないけど、間違いなくそ
うだった。
姐さんに声かけられてたけど、桜木は碌に返事をせず扉に向かう。
けど、そこで立ち塞がったのはダンゴさんだ。
ダンゴさんは俺達と同じレッドナイフにいて本郷さんとよくつる
んでいる。
体が大きいだけあって、喧嘩も相当に強い。多分、レッドナイフ
内じゃ、ナンバースリーだ。
俺達三人でかかっても到底敵わないダンゴさんと桜木が向かい合
っている。
そこで周りがダンゴさんに向かって囃し立てる。
あ、思い出した。ダンゴさんは、悪党的な台詞を言うのが好きだ
と良く聞いている。
この場面じゃ、なんだったかな。
考えてる内に、ダンゴさんがキリッとした顔で口を開いた。
﹁ここを通りたかったら、俺を倒し︱︱ぶげっ!?﹂
そうそう、俺を倒して行け︱︱ぶげっ? 気づくと、ダンゴさん
のアゴが先ほどの八木と同様に跳ね上がっていて、そして桜木の足
も高く上がっている。
え? ちょっと待てよ、もしかして桜木のやつ蹴ったのか!?
状況的にそうなんだろうが、理解が追い付かない。
そして、起き上がる様子も見せず、床に沈んだダンゴさんに向か
って桜木が不愛想に告げる。
﹁︱︱じゃあ、倒したから通るな﹂
いや、ダンゴさん最後まで言ってねえよな!?
違うって、倒した? 倒したのか、ダンゴさんを!? 桜木が!?
いや、桜木が只者じゃないのはもうなんとなくわかってたけど、
え、マジで?
もう訳がわからず、俺と黒川はあんぐりと口を開けていた。だけ
42
でなく、姐さんや先輩達もだ。
俺達の時が止まってる間に、桜木は扉を開けようとしているが、
そこの鍵部分の金具は桜木達が入って抜かれているはず。だから開
くことが出来ず戸惑ってるようだ。
そんな桜木達を見たからか、姐さんが少し落ち着いたようになっ
て、鍵は開かないことを告げる。
いや、姐さんまだけっこう動揺してるな、少し声が震えてた。
姐さんと桜木が会話を続ける。
どうやら、桜木は金具が投げられて、他のメンバーが受け取って
いることに気づいていたらしい。
いや、本当かよ。何で気づけるんだよ。
姐さんはそれを認めるも、金具を持っているのが誰か姐さん自身
もわからないと話すと、桜木は気負った様子も見せず肩を竦めた。
﹁鍵を持ってるやつをいちいち探すなんて真似は面倒くさくて当然
やらねえ。鍵がないなら︱︱ぶち開けるまでだ﹂
言い終えると同時、桜木は扉へ無造作に蹴りを放った。
途端、まるで大砲が発射されたかのような轟音が鳴る。
藤本達が悲鳴を上げて、耳を抑えている。
無理もないか、こっちの耳まで痛いぐらいなんだから⋮⋮って、
おおい、ダンゴさん!? あの人、扉にもたれて気絶してるけど、
大丈夫なのか!? 音の発生地だぞ!?
気絶したままだからわかんねえけど⋮⋮もしかしたらとどめ刺し
てるかも。
てか、なんなんだ、さっきの蹴りのバカげた威力。
﹁⋮⋮なあ、俺達なんで生きてるんだろ?﹂
黒川が唐突に聞いてきた。
気持はよくわかる。俺達、ここに来るまでの間にさんざん桜木の
こと馬鹿にしてたしな。
もしそこで桜木が怒って、さっきの蹴りが俺達に向けられたら⋮
⋮背筋がこれ以上ないほどゾッとした。
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﹁⋮⋮とりあえず、桜木を敵に回すのはやめとこうぜ﹂
﹁それだわ、本当﹂
さっきの轟音に姐さんはもう動揺を隠せないようで、そんなんで
扉が壊れるはずないと上ずった声で桜木を馬鹿にしている。
追従する先輩らの声には、心なしか元気がない。
皆やっぱり動揺してるな、無理もないけど。
若干、混乱状態の俺達の前で、桜木が何故かダンゴさんを介抱し
て起こしている。
一体何を⋮⋮? と、ついつい見ていると、扉の前にダンゴさん
を立たせた、桜木はさきほど以上の迫力ある蹴りをダンゴさんに放
って、ダンゴさんを扉へぶつけた。
﹁ええええええええ!?﹂
俺と黒川が、んなアホなと絶叫する。
意図はわかる。桜木のやつ、ダンゴさんを重石代わりにしたんだ。
扉を破壊するために⋮⋮いや、やるか、普通それを!?
扉からは先ほど以上の轟音が鳴り、扉から鳴ってないけないよう
な軋んだ音が悲鳴を上げるように響いた。
良く見ると、扉歪んでないか⋮⋮?
だとすると、もしかしたら金具を入れても、もう普通に開けるこ
とはもう叶わないんじゃないか!?
おい、どうすんだよ!? と思っていたら、姐さんが焦った様子
で先輩達に、全員で桜木を抑えるように指示を出した。
そして、桜木へ十を超えるギャング達が駆けると、桜木は庇うよ
うに藤本達を背後へやった。
ここで俺は桜木の喧嘩がやっとまともに見れるかと思ってちょっ
と期待した。
そして、その期待には大きく裏切られたが、ある意味でとてつも
なく応えてきた。
迫る先輩達を目の前に、桜木は大きく息を吸って、そして︱︱咆
えた。
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﹁ぐぅぅらあああああああああっ︱︱︱︱!!﹂
客観的に見れば大きな声を上げた、だけなのに、俺はその声が耳
に入った瞬間、脇目も振らずその場から逃げ出したくなった。
腹の底を大きく揺らされたような感覚を覚え、体から力が抜け身
が竦んだ。
なんというか⋮⋮恐怖、っていうのはこういうことなんだとよく
わかった。
体がブルブルと震える。漏らしてないのが奇跡だと思えて⋮⋮い
や、ちょっとチビッてるかも。
てか、座ってたから気づかなかったけど、腰が抜けてる。当然、
黒川もだ。
で、先輩達はと言うと、同じように腰を抜かして、一人残らず床
にへばりついていた。
姐さんなんか、ひっくり返ってるし。
そんな惨状をただ叫ぶだけで引き起こした桜木はというと、呑気
な様子で喉の調子を確かめている。
そんな光景からなんか、色々と格の違いを感じさせられた。
というより、生き物としての挌か? ちょっとあいつが、同じ人
間なのか疑わしく思えてきた。
そして桜木は相も変わらず扉にもたれて伸びているダンゴさんを
蹴飛ばしてどかした。
おおい!? ダンゴさんに何の恨みがあんだよ! もうやめてや
れよ!? もう絶対、命の灯とかそんな表現が出るような状態だろ
!?
先輩達までドン引きしてるし!
藤本達も引いてるじゃねえか!?
そんな中で変わらずマイペースな調子の桜木は、扉の前で左足を
引いて構え、掌を当てた。
おいおい、今度は何する気だよと思ってると、桜木は何か触れ難
い緊張感を漂わせ、そして気合の声を発した。
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﹁はああああっ︱︱!!﹂
すると、ガキン! と金属が弾ける音と同時に、扉は蝶番を残し
て吹っ飛び、廊下に墜落してまたも轟音が鳴った。
なんか⋮⋮見たことあるぞ、さっきの。漫画とかで。発勁とかい
うやつじゃねえの?
え、そんなの出来るの桜木って? いや、本当なんなんだよ、お
前!?
てか、あいつついに壊しやがった! 防音も兼ねたあの頑丈な鉄
扉を!
余りに理解を超えた光景を前に、俺はこれでもかと大きく口を開
けてあんぐりとしていた。
正に開いた口が塞がらないってやつだ。
とにかくも、桜木は扉をこじ開けてしまった。
悠遊と扉をくぐる桜木達。
それを止められる者は皆無。俺含めて全員が未だに腰を抜かして
いるのだから。
﹁ま、待ちなさい!﹂
姐さんが這いつくばった状態で、呼び止める。
振り返る桜木に、姐さんは必死な様子で再びゴールドクラッシャ
ーについて尋ねる。
いい加減俺でもわかってきた。姐さんとゴールドクラッシャーは
何かある。
桜木は相変わらず惚けた返答をすると、姐さんに向けてよくわか
らない質問をしていた。
そのせいで姐さんが戸惑っている内に、桜木は藤本達だけを部屋
から出した。
そして桜木は扉枠にもたれて、先輩達に向けて言った。
﹁︱︱おい、文字通り、腰抜けのクズ共﹂
未だ呆然としていた先輩達はそれで我に返って、桜木に向けて怒
鳴る。
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けど、まったく迫力が無い。当然だ、全員まだ腰を抜かしている
のだから。
悔しそうに歯噛みする先輩達に向けて桜木が言い放つ。
﹁いいか、この世に存在する価値もない、いや、許されないゴミカ
ス以下の腰抜けのクズ共。さっきも言ったが、俺はお前らの内の数
人を見せしめに半殺しにしてからここから出て行くつもりだった︱
︱が、色々あってやる気なくしたし、腹も減ったから、この場にお
いてだけは見逃してやる。いいか、あくまでもこの場においての話
だ︱︱だから後で、お前らには生き地獄を見せてやる。俺に出来ね
えなんて、今更思う馬鹿はいねえよな? いや⋮⋮お前ら、ゴミカ
ス以下のクズの馬鹿だからわかんねえかもな﹂
け、けっこう毒舌なんだな、桜木って⋮⋮。
当然の如く怒る先輩達だが、未だに体は動けない。そんな先輩達
を写真に収めて桜木は更に煽る。
﹁この写真があれば、お前達の顔はわかる。俺の連れなら見せれば
全員捕まえてくれるだろうな。だから、逃げるなんて不可能︱︱覚
悟しとけよ、クズ共。⋮⋮あ、そうそう、俺はこれからストプラの
会場に向かう。足手まといの女三人連れて移動してる最中が狙い目、
いや唯一のチャンスだぜ? 俺を仕留めるならな? ︱︱ま、もっ
とも腰が抜けて動けねえお前らには無理だろうがな⋮⋮﹂
桜木がこれを先輩達に言っている時、俺の気のせいでなければ桜
木と目が合った。だけでなく、何か合図を送られたように感じた。
その合図の向きは姐さんに向けられていた。
姐さんにも合図を送ったようで、その向きはやはり俺達に向けら
れていたと思う。
そして先輩達を鼻で笑った桜木は、余裕綽々の顔で俺達の前から
姿を消した。
散々に煽られ馬鹿にされた先輩達は怒りのリミッターを超えたせ
いなのか、少しして体が動くようになり、動けるようになった順か
ら桜木を追いかけ始めた。
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最後に残ったのは俺達三人と姐さんだ。お前らもすぐ追ってこい
よと言われたが行く気は無い。
もう決めてる、桜木とは敵対しない。てか、先輩達はよく桜木を
追う気になったな? あんな扉をぶっ壊すようなやつ⋮⋮。
それよりさっきの桜木の目配せだ。
姐さんは未だ這いつくばった姿勢のままで、床の一点を見つめて
何やら考え込んでいるように見える。
動けるようになった俺は立ち上がって歩み寄る。
﹁姐さん、大丈夫っすか。立てますか?﹂
どこか焦点の合ってない目で俺を見上げる姐さんに、俺は手を伸
ばした。
﹁⋮⋮ありがと﹂
俺の手を取って、姐さんはくたびれた顔で立ち上がった。
そして、大きくため息を吐いた。
﹁⋮⋮借りまで作ってしまった、か﹂
﹁借り? なんのっすか?﹂
﹁⋮⋮あんた、さっきの桜木の目の合図わかってなかったの?﹂
﹁ああ、それがサッパリで。どういう意味か姐さんに聞こうとした
んすよ﹂
率直に告げると、姐さんは仕方なさそうに再びため息を吐いた。
﹁ここから逃げようとしている桜木はどうして、あいつらをあんな
に煽ったと思ってるの?﹂
あいつらとは先輩達のことだろう。
﹁え? むかついたからじゃないんすか?﹂
﹁はあ⋮⋮だから言ってるでしょ、何でこれから、ここから逃げよ
うとしてるやつが、追いかけられるのがわかるような挑発をするの
よ﹂
﹁⋮⋮あ﹂
そうだ、藤本達と一緒にいるから逃げなきゃならないのに、わざ
わざ挑発する意味なんかない。
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﹁じゃあ、どういう⋮⋮?﹂
﹁それが、私達への目の合図でしょ⋮⋮私があいつらから逃げられ
るように﹂
﹁? ⋮⋮ああ! え? もしかして、桜木は先輩らから姐さんを
庇ったってことっすか?﹂
そうか、このまま桜木、藤本達に逃げられたリしたら、藤本達を
犯したいがために集まった先輩らの怒りの矛先は姐さんに向かう。
それを見越してたのか、桜木は?
﹁そういうことでしょ⋮⋮現に、ここにはあんた達しかいない。藤
本達を犯す気はないと言っていたあんた達しかね﹂
姐さんは、苛立たしげに髪をかき上げながら舌打ちした。
﹁⋮⋮え、でも、それなら姐さんだけに合図すればよかったんじゃ
ないんですか? 俺達にした意味は?﹂
﹁⋮⋮多分だけど、私がまだ動けなかったら、あんた達に運んでも
らえってことじゃない?﹂
﹁マ、マジすか⋮⋮﹂
あいつ、あの状況でそんなことまで考えながら挑発してたのかよ。
﹁⋮⋮とりあえず、私は一人で動けるわ。だから運ばなくてけっこ
うよ。私より、八木を運んであげなさい﹂
﹁ああ、まあ、そうっすね⋮⋮﹂
運ぶのが美人な姐さんから八木に代わったと考えると、すげえ落
差を感じる。
思わずため息が出た。振り返って八木の元へ行こうとした俺の背
中に姐さんから声がかかる。
﹁⋮⋮あんた、私のこと憎くないの?﹂
﹁へ? なんでっすか?﹂
﹁⋮⋮私は今日、あんた達を騙して、犯罪の片棒担がせようとして
たのよ。腹立ってないの?﹂
俺は三秒ほど考えてみた。
﹁んー、それについては、その時は恨む気持ちも出ましたけど、結
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局なんもやってないですしね。こうやって終わってみれば、なんか
もうどうでもいいっす⋮⋮八木も黒川も同じだと思いますよ? 俺
達は一心同体のつもりなんで﹂
﹁それだわ、本当﹂
いつものように黒川が乗る。
それを受けて茶化すように笑うと、姐さんは目を瞠ったかと思え
ば、泣きそうに眉を歪めた。
﹁⋮⋮馬鹿ね、あんた達﹂
﹁てか、俺ら、姐さんのこと好きっすからね。どうも嫌いになんて
なれねえんですよ。恩もありますし。それになんだかんだ言って姐
さん、俺達には優しいし﹂
﹁本当、それな﹂
黒川が何度も頷いている。
﹁⋮⋮そっ。そんなこと言ってるとあんた達、いつか痛い目に遭う
わよ﹂
﹁姐さんからならウェルカムっす﹂
﹁そうそう﹂
﹁⋮⋮はあ、馬鹿につける薬は無いのね﹂
姐さんは仕方なさそうに首を振って微笑んだ。
これが見れただけで今日のことはチャラになった気がする。
﹁じゃあ、八木起こして行くわよ⋮⋮この水かけてやれば起きるで
しょ﹂
姐さんが鞄から出したペットボトルを受け取った俺は、それを八
木にぶっかけて起こしてやった。
◇◆◇◆◇◆◇
﹁はあ、まだクラクラする⋮⋮﹂
八木はまだ気分悪そうにしている。
まあ、当たり前か。あんなデコピン頭にくらったからな、普通に
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脳震盪を起こしてただろう。
﹁てか、それマジか? 桜木がダンゴさん蹴り倒したって?﹂
﹁マジもマジ、一発だぜ?﹂
﹁一瞬のことだったわ﹂
俺達はビルの出口へ向かいながら、八木に八木が伸びてからのこ
とを簡単に説明してやっていた。
﹁⋮⋮お前ら、俺のことからかってんじゃないだろうな﹂
ダンゴさんの半死体を見ても、八木は未だに半信半疑だ。
﹁んなことねえよ。でも、これだけは言っとくぞ? 俺はもう絶対
に桜木とは敵対する気ないからな﹂
﹁本当、それな﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁それにお前は、桜木のデコピン一発でやられちまったんだぞ? 今思えば、これってめっちゃ手加減してもらってんだな﹂
﹁手加減って⋮⋮﹂
﹁あの壊れた扉見ただろ? 桜木が本当に壊したんだって、蹴り二
発と、何か必殺技みたいなの使ってな﹂
﹁それも本当に桜木がなのか?﹂
﹁じゃあ、誰がやるんだ? 桜木達以外に、あの扉を破壊したいや
つなんていねえだろ?﹂
﹁⋮⋮それは確かに﹂
﹁あの蹴りが自分に向けられたらって考えただけで、もう無理。あ
いつと喧嘩なんて絶対したくねえ。お前ももうやめとけ。こんなこ
と言いたくないが、お前じゃ絶対に勝てない、完全な無理ゲーだ﹂
﹁あれは戦ったらダメだな﹂
﹁⋮⋮わかったって﹂
渋々ながら八木はようやく頷いた。
﹁でも、この額の痛みがな⋮⋮﹂
八木の額は見事に赤く大きく腫れている。
今も痛むんだろう。仕返ししたくてたまらないといった感じだが
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︱︱
﹁あのな、お前、それで済んでラッキーだって、絶対に思っちゃう
から。先輩らを手玉にとってる桜木を見てたら﹂
﹁まったく、それだわ﹂
﹁⋮⋮﹂
﹁これだけ言っても、お前が桜木に喧嘩売るってんなら、それは俺
達のいないところでやってくれよ。忠告はしたからな﹂
﹁ああ、ごめんだわ﹂
俺達二人の関わる気のない宣言に、八木はぎょっとすると、よう
やく観念したように諦めのため息を吐いた。
﹁あー、わかった。桜木とは喧嘩しねえ﹂
﹁おう﹂
桜木が強いからってだけでなく、姐さんまで庇われたんだ。
もう喧嘩する気にはなれねえ。
姐さんは俺達の後ろをおとないくついてきている。
八木はまだ姐さんと話してないけど、俺達の様子から同じように
気にしないことにしたんだろう。
そして、階段を降りて廊下へ入って、思わず俺の足は止まった。
﹁な、な⋮⋮﹂
﹁⋮⋮嘘だろ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮有り得ねえ⋮⋮﹂
﹁⋮⋮!﹂
姐さん含む俺達四人は、目の前の光景に絶句した。
先ほどまで同じ部屋にいた先輩達、プラス、部屋にはいなかった
けど、良く見る先輩らが廊下の至るところで倒れている。
顔からは盛大に血が流れている人も多く、良く見ると廊下の壁、
床のあちこちに血が飛んでる跡がある。
ざっと数えて三十人ほど、ついさっきやられたばかりなのは見て
すぐにわかった。
﹁い、一体、何が⋮⋮?﹂
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八木が呆然と呟くが、俺は、いや、俺と黒川と、あと姐さんも、
直感的に何が起こったのかわかった。
﹁桜木、ここまでやれんのかよ⋮⋮﹂
震えるのを抑えられない声で俺が呟くと、八木は理解不能な顔と
なった。
﹁はあ!? おい、西田、お前、桜木が一人でこれやったって言っ
てんのかよ!? わかってんのか、こんなの出来そうなのって、あ
のトーマぐらいじゃねえか!﹂
﹁ああ。じゃあ、桜木は少なくともトーマと同じぐらい強いってこ
とだろ﹂
﹁いやー、はは⋮⋮それだな、本当﹂
黒川が俺の言葉を否定する様子が無いことが、八木には更に信じ
られないみたいだ。
﹁おい、ちょっ、お前らマジで言ってんのか!? あの桜木なんだ
ぞ!? 俺達が散々馬鹿にした!﹂
﹁だからさっきも言っただろ、その認識は忘れろって⋮⋮そして今
日の桜木を見てたら、これを桜木が一人でやったのを俺は信じられ
る﹂
﹁本当、それだわ﹂
﹁⋮⋮⋮⋮マジ?﹂
俺達が本気で言ってるのがようやくわかったのか、八木は愕然と
廊下で倒れている先輩達を眺めた。
﹁⋮⋮まさか⋮⋮﹂
その後ろで姐さんが目を見開いている。
﹁⋮⋮いえ、そんなはずない⋮⋮﹂
そして力なく首を横に振る。
この時の姉さんは、今にも消えてしまいそうなほど弱々しく見え
た。
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PDF小説ネット発足にあたって
http://ncode.syosetu.com/n5699r/
Bグループの少年
2016年9月1日00時00分発行
ット発の縦書き小説を思う存分、堪能してください。
たんのう
公開できるようにしたのがこのPDF小説ネットです。インターネ
うとしています。そんな中、誰もが簡単にPDF形式の小説を作成、
など一部を除きインターネット関連=横書きという考えが定着しよ
行し、最近では横書きの書籍も誕生しており、既存書籍の電子出版
小説家になろうの子サイトとして誕生しました。ケータイ小説が流
ビ対応の縦書き小説をインターネット上で配布するという目的の基、
PDF小説ネット︵現、タテ書き小説ネット︶は2007年、ル
この小説の詳細については以下のURLをご覧ください。
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