銀イオンの「におい消し」、ケニアを目指す

銀イオンの「におい消し」、ケニアを目指す
「敗軍の将」の夢を叶えた元社員たち
2015年3月18日(水) 宇賀神 宰司
大阪府箕面市にある焼き肉店。昭和の雰囲気を再現した店内には一風変わった装置がある。高さ約1メートル
のロボットのようなデザインの装置。装置の上部に取り付けられた左右2つの目玉のように見える吹き出し口か
らは、勢いよく霧が出ている。
一方、その装置の目の前では、来店客が炭火でどんどん肉や野菜を焼き、煙がもうもうと立ち上っている。
焼き肉店に置かれた銀イオン水の噴霧装置(写真右下)
実はこの装置、焼き肉のにおいを消す装置だ。消臭に効果があるとされる銀イオン水を霧状にして店内に広く
散布し、髪や服に焼き肉のにおいがつかないようにしている。実際にここで食べて店を出ても、確かににおいは
気にならないレベル。換気扇はあるものの通常ならかなり体ににおいが残るものだが、それがない。
装置から離れていたり、炭に肉の脂が落ちて激しく煙が上がったりするとどうしてもにおいがついてしまう。
だが帰り際、装置の吹き出し口から出る霧に直接当たれば、においはかなり軽減する。
消臭、除菌効果がある銀イオンに着目
長年、燃焼合成を研究してきた大阪産
業大学の山田修教授。銀イオンを発生
させるペレットの開発に成功した。大
学発ベンチャー、オーエスユーを立ち
上げペレットの開発を進める
この「フォグロボ」と呼ぶ装置を開発、販売するのは箕面市のベンチャー、OneWorld(ワンワールド)だ。
製品名通り霧を発生させるロボットのようなデザインの装置の中で、銀イオン水を生成するのに使われているの
が「マナチュラ」という製品名の直径1.5センチの小さなセラミックスのペレット。大阪産業大学工学部の山田
修教授が開発したもので、燃焼合成技術を使って作成したものだ。炭素とチタンを燃焼合成させる過程で純銀を
加え、銀が分散したセラミックスを作る。これを水道水など普通の水に入れると銀イオンを発生する。
山田教授は「銀から発生する銀イオンには消臭や除菌の効果があることが分かっている。問題はその発生方
法。水に純銀の塊を加えただけでは効果を出すのに十分な銀イオン濃度がでない。そこで電気を使って銀イオン
を発生させる『電気分解法』と、銀イオン成分を含む硝酸銀などの化学薬品を水に添加する『薬剤法』の2種が
ある」と説明する。
だが、電気分解法では電気のない場所では生成できないという問題がある。また、薬剤法の場合は人体や生
物、食品への影響を考慮せねばならず、特に硝酸銀には毒性がある。
「毒性のないイオン水を電気のない場所でも気軽に作る方法はないか」
この課題に取り組み山田教授が作りだしたのがマナチュラだ。実験の結果、水道水など普通の水に加えると数
時間で一定濃度の銀イオン水になることが分かった。
新規事業として取り組むも、頓挫
このセラミックスのペレットに高い関心を示したのがIT(情報技術)ベンチャーで社長をしていた川合アユム
氏だった。
ワンワールドが販売するマナチュラ製品(ペンは
大きさの比較のため配置)。ペレット(写真下)
をスプレーボトルに入れ、水道水を加えれば、消
臭、除菌効果のある霧吹きとなる
川合氏は「日経ビジネス」2015年1月12日号の「敗軍の将、兵を語る」に登場している。フロッピーディスク
のコピー防止技術を開発し、1986年、21歳でイーディーコントライブ(後にYAMATO)を起業して社長に就
任。事業を拡大して2003年には東証マザーズに上場。ITベンチャーの雄として表彰を受けたり、マスコミにも
取り上げられたりした。
だが、上場後の業績は芳しくなかった。そこで新規事業として取り組んだのがマナチュラ製品の開発と販売だ
った。
川合氏はインタビューの中で「マナチュラで作られた銀イオン水には毒性がなく、水道水と同様に使えるた
め、食卓や衣服の除菌、消臭など日常的にも使える。また飲食店や医療現場での応用も可能。さらには発展途上
国など衛生環境の悪い場所でも特別な装置を必要とせず銀イオン水を作り出して使える。製品のポテンシャルは
かなり高い」と語っていた。
しかし、この事業は本業のIT事業との関連性がなかったことなどから社員の離反を招いた。業績の悪化にも歯
止めがかからず2013年10月、川合氏は株主から退任要求を突き付けられ社長を辞任、YAMATOを去った。
川合氏の退任後、YAMATOはマナチュラ事業を売却し、アジェットと社名を変更してすっかり姿を変えてし
まった。
川合氏が経営者人生をかけて取り組んだマナチュラ事業はその後、元社員らによって引き継がれた。ワンワー
ルドを新たに設立、マナチュラ製品の開発と販売を再開した。従来から販売していたペレットとスプレー式ボト
ルを同梱した製品や、小型のミスト発生器に加え、今、販売を強化しているのが冒頭で触れたフォグロボだ。
ワンワールドの池田恭子社長は「『せっかく立ち上がった事業を頓挫させるわけにはいかない』という思いか
ら起業した」と語る。
元社員たちが継承、途上国市場も視野に
ワンワールドの池田恭子社長(写真左端)。マナチュラ事業をアフリカにも広げよう
と今年1月、ケニアを訪問した
同社の年間売上高は約5000万円だが、フォグロボの販売などで数年以内に1億円の売り上げを目指す。販売代
理店もイカリ消毒(新宿区)などがあり販路の拡大を図っている。
殺菌、消毒、消臭などの事業を手掛けるイカリ消毒でマナチュラ事業を担当する杉浦彰彦氏は「動物の消臭を
必要とする獣医、ペットショップ、さらには動物実験を手掛ける大学や製薬会社などからのニーズがあり、販売
実績も増えてきた」と話す。「消臭は実際に使ってみれば効果が実感できるが、除菌の効果を示すのは難しい。
今後は、具体的な効果をデータ化した上で、除菌を必要とする市場へも販売をしていきたい」と話す。
フォグロボを導入した兵庫県丹波市の里皮フ科クリニックの里博文院長は「患者で混み合う待合室で、不快な
思いを少しでも軽減できればと考え昨年末から導入した。狭い空間では他人のにおいが気になるもの。それがや
わらいでいると評判はいいようだ」と説明する。
さらに里院長は「皮膚科では病気によっては傷口から強い臭気が放たれることもある。そうした患者の診療
後、待合室からフォグロボを診察室に持ってくる。銀イオン水のミストで消臭することで、次の患者やクリニッ
クのスタッフがにおいを気にしなくて済む。待合室にもこうしたにおいが漏れない」と強い臭気の除去にも効果
があると話す。
ワンワールドはマナチュラの途上国での販売も視野に入れている。池田社長は今年1月、ケニアを訪れ現地の
政府関係者などと市場の可能性について意見交換をした。
1つのベンチャーでのチャレンジは終わったが、次のベンチャーが立ち上がり事業を継続した。もちろん、ベ
ンチャーはセンミツ(1000社の中で、成功するのは3社だけ)と世間で言われるほど「水物」。銀イオン水事業
の今後の成長にはより確固たる実証データが必要なことなど課題も多いが、「敗軍の将」のベンチャー魂は確実
に受け継がれている。
記者の眼
日経ビジネスに在籍する30人以上の記者が、日々の取材で得た情報を基に、独自の視点で執筆するコラムです。
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