CMIP5マルチモデルと確率台風モデルを組合わせた将来台風予測③

CMIP5マルチモデルと確率台風モデルを組合わせた将来台風予測③
~生涯最低気圧となる緯度の将来変化~
*1斎藤龍生,1今北詠士,2佐藤友徳,3森正人,4今田由紀子,3木本昌秀
1東京海上研究所,2北海道大学大学院地球環境科学研究院,3東京大学大気海洋研究所,4気象庁気象研究所
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1. 背景と目的
地球温暖化により台風の発生数や強度、経路がどのよ
表している。
 そこで本研究では、確率台風モデルならびにCMIP5デー
うに変化するのかは社会的に大きな影響がある。
James et al. (2014) は、台風が生涯最低気圧
タを用い、LMIとなる緯度の将来変化について調査を
特に損害保険業界にとって、台風に代表される自然災
(lifetime-maximum intensity、以下LMI)となる緯度が、
行った。
害の中長期的な変動を把握することは、持続的に損害
特に北西太平洋において北上する傾向にあることを指  その結果、将来、温暖化によってLMIとなる緯度が有意
保険サービスを提供をする上で重要である。
摘した。これは1982-2012年の31年間のベストトラック
に北上する傾向があることが分かった。また、西日本の
そこで、低解像度の全球データと軸対称モデルを用い
データならびにADT-HURSATデータの解析結果であり、
南の海域でLMIとなる台風の割合が、将来、有意に増加
て、台風の発生場所・発生数・経路・強度を確率的に推
北西太平洋において、それぞれ約100km、約300km
することが示された。
定する手法を考案し、2008年秋季大会より継続的に発
(31年間あたり)の北上傾向を示している。
2. 方法
月平均の環境場のデータを用いて、台風の発生・経路・
発達を推定した。台風の経路については周囲の風速
データを用いて、発生・発達についてはEmanuel et al.の
軸対称モデル”CHIPSモデル”を基に構築した軸対称台
風強度モデル(Sato et al., 2011)を用いて推定した(図1)。
使用した変数は表1の通り。各変数について、2.5度メッ
シュに換算して使用した。
使用データ(解像度2.5度、月平均)
NCEP再解析データ(1989-2008年)
CMIP5の17機関26モデルデータ(1970‐2100年)
(HISTORICALデータ(1970-2005年)及びRCP4.5シナ
リオデータ(2006-2100年))
※再解析データ月平均値(1989-2008年)に、月ごとの
26モデルの現在気候データ(2006-2020年)平均値と
各年のデータの差分を加えたデータを用いて計算を
実施した。また、 LMIとなる緯度の解析値は各モデル
の年平均の値を使用している。
表1:台風モデル中で使用している変数リスト
要素
海面水温
湿度
気温
風速
海面気圧
使用したLayerと用途
surface・・・大気の安定度、台風強度の計算
8層(1000hPa~300hPa)…大気の安定度計算
925hPa、850hPa…台風強度の計算
17層(1000hPa~10hPa)…大気の安定度計算
200hPa・・・台風強度の計算
850hPa、700hPa、500hPa、200hPa・・・台風経路
850hPa、200hPa・・・台風強度の計算(鉛直シア)
850hPa・・・台風発生の計算(渦度)
surface・・・大気の安定度計算
図1: 確率台風モデルの概要
3. 結果
(2)LMIとなる緯度の年々変動と将来変化(マルチモデルアンサンブル)
(1)確率台風モデルによる再現性の確認及び将来傾向
2013-2100年
各台風におけるLMIとなる
緯度を、年、モデル毎に
平均した。
モデル
(左図)1982-2012年の期
間における、LMIとなる緯
度の緯度方向の移動距
離は、モデルによってばら
つきがあるものの、多くの
モデルでベストトラックと
同じ北上傾向を示してい
る。
(右図)また、将来につい
ては、ほぼ全てのモデル
図2:各モデルのLMIとなる緯度のトレンド。トレンド
でLMIとなる緯度が北上
に各期間の年数を乗じ、緯度方向の移動距離(単位:
する傾向にある。
km)に換算してある。有意水準90%以上は赤色。
26モデルから、LMIと
なる緯度の年々変動
ならびに、その95%信
頼区間(bootstrap法)
を求めた。
LMIとなる緯度
1982-2012年
現在(1971-2005年)
と将来(2065-2099
年)の期間で平均した
95%信頼区間の比較
から、LMIとなる緯度
は、95%の有意性で将
来、北上することが分
かる。
year
図3:LMIとなる緯度の年々変動と95%信頼区間
(3)LMIとなる位置の将来変化(26モデル平均)
(4)赤枠内の確率とSSTの相関
(図4)LMIとなる位置の確率密度分布か
ら、その将来変化を求めると、将来、日
本のすぐ南の海域や東の海域で、台風が
LMIとなる確率が増加することが分かる。
(図5)赤枠内におけるLMIとなる確率は、
年々増加傾向にある。
図6:赤枠内の発生確率と海面
水温の年々変動の相関
図4:LMIとなる位置の確率密度分布(RCP4.5シナ
リオ26モデル) (単位:%)。モデル、年毎に、各
グリッド(2.5度メッシュ)でLMIとなる台風数を
集計。台風発生数の変化による影響を除くため、
年間台風発生数で正規化をしている。各期間、26
モデルの平均をとった。
図6は図5に示した確率の年々
変動と海面水温の年々変動
(各1970-2100年)の相関を示
したもので、日本近海では相
関係数が0.4以上となる。した
がって、赤枠内における確率
の変動は、日本近海の海面水
温の変動と密接に関係してい
ることが示唆される。図7の③
に示すように、温暖化に伴い
日本近海においてSSTの上昇が
みられることから、このこと
が赤枠内でLMIとなる確率が増
加する一因になっていると考
えられる。
year
図5:赤枠(東経132-139度、北緯30-33
度)内でLMIとなる確率の年々変動。1970
-2005年と2065-2100年の差は99%有意。
図7:海面水温の将来変化(26モデル平均)
4. まとめ
 北西太平洋における台風の生涯最低気圧(lifetime平洋で減少していることからも、全体的に北上傾向を示
将来の環境場にどのような違いがあるかを中心に解析
maximum intensity、LMI) となる緯度の変化傾向を、確
している。
を進めていきたい。
率台風モデルを用いて調べた。その結果、ベストトラック  また、赤枠の海域でLMIとなる台風の割合が有意に増加
と同様に、北上傾向を示すことが分かった。また、モデ
(99%)しており、この変化は特に海面水温の変化と相関
References
ル毎のばらつきが大きいものの、将来についても、ほぼ
が高いことが分かった。したがって、温暖化に伴う日本
全モデルで北上する(95%の信頼性)ことが分かった。
近海の海面水温の上昇に起因していると考えられる。 Sato et al., 2011: Verification of Downscaling Framework for
Interannual Variation of Tropical Cyclone in Western North
 LMIとなる位置は西日本の南の海域(赤枠)や日本の東
Pacific. SOLA, 7, 169-172.
の海域で増加し、南シナ海や北緯30度以南の北西太  今後は北上傾向の大きいモデルとそうでないモデルで、 James et al. 2014, Nature, 509, 349-352.