季節予報データを用いた台風予測研究 P132

季節予報データを用いた台風予測研究
P132
*1今北詠士,1重里昌,2佐藤友徳,3森正人,3今田由紀子,3木本昌秀
1東京海上研究所,2北海道大学大学院地球環境科学研究院,3東京大学大気海洋研究所
E-mail: [email protected]
1. 背景と目的
過去30年間で、国内の自然災害に伴う損害保険金支
り、その結果の一部を季節予報として公開している。季
台風の発生場所・発生数・経路・強度を確率的に推定
払額上位10事例のうち8事例が台風によるものである
節予報では、エルニーニョ等の大規模場の予測精度は
する手法を開発し、2008年秋季大会より継続的に発表
など、台風は日本の社会・経済に大きな影響を及ぼす。 よいものの、台風等の局地的な気象要素については未
している。
そのため、前もってその年の台風ポテンシャルが分か
だ不確実性が大きい。
今回、気象庁の季節予報再解析データを用い、軸対称
る意義は大きい。
われわれはこれまで、台風の将来変化予測を目的とし
モデルを活用することで、台風の発生数を予測する研
気象庁では7ヶ月先までの全球予報計算を実施してお
て、低解像度の全球データと軸対称モデルを用いて、
究を試みたので、その結果について発表する。
2. 方法
経路モデル
月平均の環境場のデータを用いて、台風の発生・ 使用するデータ(月平均)
 v850  2v700  5v500  2v200 
経路を推定した。台風の経路については周囲の
JRA再解析データ(1980-2010年)
v 

10


風速データを用いて、発生・発達については
気象庁季節予報データ(1980-2010年)
Emanuel et al.の軸対称モデル”CHIPSモデル”を
※モデルバイアスを取り除くため、予報期間ごと、 v :各高度の風速
β:βドリフト(北向き、m/s)
基に構築した軸対称台風強度モデル(Sato et al.,
対象月毎に以下の処理を行っている。
-15N
15N-35N
35N‐
2011)を用いて推定した(図1)。
1、予報期間ごと、対象月毎に、季節予報
2
(緯度/10)+0.5
4
使用した変数は表1の通り。
データ内の平年値を計算
2、季節予報データの各年の値と、予報期間
表1:台風モデル中で使用している変数リスト
毎、対象月毎の季節予報平年値(対象年
要素
使用したLayerと用途
のデータを除く) との差分を計算
海面水温
surface・・・大気の安定度、台風強度の計算
3、気象庁再解析データ(1980-2010年)平年
8層(1000hPa~300hPa)…大気の安定度計算
値に2、で求めた差分を加える。
湿度
925hPa、850hPa…台風強度の計算
4、すべての月のデータがそろっている、
17層(1000hPa~10hPa)…大気の安定度計算
気温
1980-2010年のデータを解析に利用した。
200hPa・・・台風強度の計算
850hPa、700hPa、500hPa、200hPa・・・台風経路  使用した初期値と検証の対象期間は表2の通り。
⑥ 最大風速が17.2 m/sを下回った
台風・陸域に36時間以上とどまっ
た台風を消滅させる
TC
風速
850hPa、200hPa・・・台風強度の計算(鉛直シア)
850hPa・・・台風発生の計算(渦度)
surface・・・大気の安定度計算
海面気圧
⑤ 経路上の環境場データを用いて
強度モデルで各ステップの台風強
度を計算
④ 850hPa、700hPa、500hPa、
200hPaの各高度の風の月平均
データに日平均風から求めた変動
成分、βドリフトの効果を加え、台
風の進路を決定
③ 最大風速が17.2 m/sを超えたも
のを「台風」と定義
表2:使用した初期値と予報対象期間
台風発生数の年々変動
台風発生場所の再現性
初期値
・5月16日
・3月17日
・4月16日
・5月16日
3. 結果
3.1 台風発生数の年々変動再現性
検証の対象期間
6月~12月
6月~10月
① 渦度、大気の安定性から
熱帯低気圧の存在を仮定
② 軸対称台風強度モデルで台風強
度を計算
図1: 台風モデルイメージ
3.3 台風発生場所の再現性
台風発生数年々変動
EN
LN
EN-LN
45
1,668
40
1,468
シ
ミ
ュ
レ
ー
シ
ョ
ン
台
風
発
生
数
JRA
Best track
35
1,268
30
1,068
25
868
20
668
15
JRA25
468
10
相関係数
268
実
台
風
発
生
数
JRA
季節予報
対象期間
1980~2010 1988~2010
0.34
0.46
0.32
0.48
赤線:観測(1980-2010)
緑線:JRA(1980-2010)
青線:季節予報(1980-2010)
68
5
0
図2:1980-2010年の、実台風(赤線)と気象庁再解析データ(緑線)と季節予報データ(青
線)を用いたシミュレーションの台風発生数における年々変動。検証の対象期間は、 3月初期値
6月~12月で、初期値は5月16日のものを用い、アンサンブル数は5メンバーである。
3.2 初期渦の設定数を変えた時の相関の変化
図3:初期渦の設定数を変
えた時の、シミュレー
ション台風と実台風数
との発生数年々変動
の相関。本発表のシ
ミュレーション(3.1、
3.3の結果)では年間
の台風が約1000個発
生するように設定して
いる。
0.35
0.34
0.33
0.32
0.31
0.3
相
関
係
数
0.29
0.28
0.27
0.26
0.25
0.24
0.23
0.22
4月初期値
5月初期値
0.001 0.005
0.21
0.01
0.015
0.02
0.001 0.005
0.01
0.015
0.02
-0.006
-0.003
0.003
0.006
0.2
1
51 101 151 201 251 301 351 401 451 501 551 601 651 701 751 801 851 901
季節予報データを用いたシミュレーションの年間台風発生数
(1アンサンブルあたり)
図4:季節予報データからのシミュレーションによる、エルニーニョ(EN)、ラニーニャ(LN)
時の台風発生場所の再現性。
4. まとめ
 台風発生数の年々変動では、JRAの再解析データと季
年々変動再現性との関係を調べた。今回は年間の台風
節予報データを用いたシミュレーションともに実際の台
が約1000個発生するように設定してあるが、初期渦の
風発生数との間にある程度の相関が見られた。また、対
設定数を更に増やすことで改善の余地がある。
象の期間を1988年~2010年と近年に限定すると相関  台風の発生場所については、EN時はLN時と比較し、北
係数がそれぞれ0.46、0.48と再現性がより高くなった。こ 西太平洋南東海域で台風発生が増える傾向を再現でき
の原因として、1987年7月から行われた可降水量衛星
た。3月初期値は過少評価であるが、4月・5月初期値で
観測データの同化などにより、観測・予測精度が向上し
は少しではあるが改善傾向が見られる。
たことなどが考えられる。
 今後は、発生数のみならず経路や強度の季節予報にも
 次に、確率台風モデルの初期渦の設定数と台風発生数
挑戦し、防災や損害保険会社のリスクマネジメントに役
立てたい。
References
Emanuel et al., 2008: Hurricanes and Global Warming: Results from
Downscaling IPCC AR4 Simulations. Bull. Amer. Meteor. Soc., 89,
347-367.
Sato et al., 2011: Verification of Downscaling Framework for
Interannual Variation of Tropical Cyclone in Western North
Pacific. SOLA, 7, 169-172.
Takaya et al 2010: Predictability of the Mean Location of Typhoon
Formation in a Seasonal Prediction Experiment with a Coupled
General Circulation Model , JMSJ 88, 799-812
CMIP5マルチモデルと確率台風モデルを組合わせた将来台風予測②
~温暖化の度合いが台風に与える影響評価~
*1斎藤龍生,1今北詠士,2佐藤友徳,3森正人,4今田由紀子,3木本昌秀
1東京海上研究所,2北海道大学大学院地球環境科学研究院,3東京大学大気海洋研究所,4気象庁気象研究所
E-mail: [email protected]
1. 背景と目的
地球温暖化により台風の発生数や強度、経路がどのよ
高解像度大気海洋結合モデルMIROC4のGCMデータを
少、北西太平洋の東から北の方向にかけて台風発生数
うに変化するのかは社会的に大きな影響がある。
用いて、将来気候における台風の発生・経路・強度の傾
が増え、それに伴い日本の東海上を通過する台風数が
特に損害保険業界にとって、台風に代表される自然災
向を推定し、台風の発生域が北西太平洋の東部に広が
増加する傾向となった。
害の中長期的な変動を把握することは、持続的に損害
ること、台風の経路が東寄りにずれること、台風の中心 今大会では、CMIP5の4機関7モデルの将来予測実験の
保険サービスを提供をする上で重要である。
気圧が低下することなどを示している。
結果(RCP4.5シナリオ及びRCP8.5シナリオ)を用いて、
そこで、低解像度の全球データと軸対称モデルを用い 2013年秋季大会の発表では、CMIP5の9機関15モデル
確率台風モデルによるマルチモデルアンサンブル実験
て、台風の発生場所・発生数・経路・強度を確率的に推
の将来予測実験の結果(RCP4.5シナリオ)を用いて、確
を今世紀末までの期間を対象に実施し、シナリオ毎の
定する手法を考案し、2008年秋季大会より継続的に発
率台風モデルによるマルチモデルアンサンブル実験を
結果を比較することで、温暖化の度合いが台風に与え
表している。
今世紀末までの期間を対象に実施した結果、中心気圧
る影響について評価を行ったので、その結果について
2011年春季大会までは、月平均の再解析データおよび
は今世紀末には現在気候下に比べて2~3hPa程度減
報告する。
2. 方法
月平均の環境場のデータを用いて、台風の発
使用するデータ(解像度2.5度、月平均)
生・経路・発達を推定した。台風の経路について
NCEP再解析データ(1989-2008年)
は周囲の風速データを用いて、発生・発達につい CMIP5の4機関7モデルデータ(2006‐2100年)
てはEmanuel et al.の軸対称モデル”CHIPSモデ
(RCP4.5シナリオ及びRCP8.5シナリオ)
ル”を基に構築した軸対称台風強度モデル(Sato
※再解析データ月平均値(1989-2008年)に、月
et al., 2011)を用いて推定した(図1)。
ごとの4機関7モデルの現在気候データ
使用した変数は表1の通り。各変数について、2.5
(2006-2020年)平均値と各年のデータの差分
度メッシュに換算して使用した。
を加えたデータを用いて計算を実施した。
※用いた4機関7モデルは表2の通りである。
表1:台風モデル中で使用している変数リスト
表2:計算に使用したCMIP5のデータ一覧
要素
使用したLayerと用途
海面水温
湿度
気温
風速
海面気圧
surface・・・大気の安定度、台風強度の計算
8層(1000hPa~300hPa)…大気の安定度計算
925hPa、850hPa…台風強度の計算
17層(1000hPa~10hPa)…大気の安定度計算
200hPa・・・台風強度の計算
850hPa、700hPa、500hPa、200hPa・・・台風経路
850hPa、200hPa・・・台風強度の計算(鉛直シア)
850hPa・・・台風発生の計算(渦度)
surface・・・大気の安定度計算
機関名
Commonwealth Scientific and
Industrial Research Organisation
and Bureau of Meteorology
Commonwealth Scientific and
Industrial Research Organisation
in collaboration with the
Queensland Climate Change
Centre of Excellence
Institut Pierre-Simon Laplace
Max Planck Institute
for Meteorology
モデル
ACCESS1-0
ACCESS1-3
国
利用規制
AUSTRARIA
unrestricted
CSIRO-Mk3-6-0
AUSTRARIA
unrestricted
IPSL-CM5A-LR
IPSL-CM5B-LR
FRANCE
unrestricted
GERMANY
unrestricted
MPI-ESM-LR
MPI-ESM-MR
⑥ 最大風速が17.2 m/sを下回った
台風・陸域に36時間以上とどまっ
た台風を消滅させる
経路モデル
 v850  2v700  5v500  2v200 
vTC  

10


v :各高度の風速
β:βドリフト(北向き、m/s)
⑤ 経路上の環境場データを用いて
強度モデルで各ステップの台風強
度を計算
-15N
15N-35N
35N‐
2
(緯度/10)+0.5
4
④ 850hPa、700hPa、500hPa、
200hPaの各高度の風の月平均
データに日平均風から求めた変動
成分、βドリフトの効果を加え、台
風の進路を決定
③ 最大風速が17.2 m/sを超えたも
のを「台風」と定義
① 渦度、大気の安定性から
熱帯低気圧の存在を仮定
② 軸対称台風強度モデルで台風強
度を計算
図1: 確率台風モデルイメージ
3. 結果(台風発生場所・経路・強度変化)
図3:シミュレーション台風経路変化
表3:各モデルの平均中心気圧の温暖化差分及びシナリオ差分
図2:シミュレーション台風発生場所変化
図2,3:それぞれのシナリオについて、①実台風(1951-2009)②温暖化初期シミュ
レーション台風(2006-2020)③将来気候シミュレーション台風(縦列期間)を表し、
③と②の差をとることで、温暖化による影響を示した。
差分の図は、暖色系の方がより多くの台風が発生・通過したことを示す。また、本
図は全体が1となるように正規化している。
(単位:hPa)
モデル名\平均期間
ACCESS1-0
ACCESS1-3
CSIRO-Mk3-6-0
IPSL-CM5A-LR
IPSL-CM5B-LR
MPI-ESM-LR
MPI-ESM-MR
7モ デル平均
RCP4.5シナリオ
20062020年
985.6
987.8
985.9
985.4
985.0
983.3
983.2
985.2
20812100年
982.9
983.6
982.8
983.3
983.1
980.8
981.9
982.6
RCP8.5シナリオ
差
-2.7
-4.3
-3.1
-2.1
-1.9
-2.5
-1.3
-2.5
20062020年
985.4
988.0
987.8
984.6
984.9
984.3
982.2
985.3
20812100年
978.2
981.2
983.2
985.3
979.0
979.5
977.4
980.5
差
-7.2
-6.7
-4.6
0.7
-5.9
-4.8
-4.8
-4.8
シナリオ差分
(RCP8.5-RCP4.5)
20812100年
-4.7
-2.3
0.5
2.0
-4.1
-1.3
-4.6
-2.1
4. まとめ
 本結果(表3参照)より、将来、台風の強度は強くなること (=RCP8.5-RCP4.5,表3参照)とモデル毎に大きなばらつ
が示された。各シナリオの将来気候(2081-2100年)の
きがあり、99%信頼水準で有意な差は見られなかった。
平均中心気圧を温暖化初期(2006-2020年)の値と比較
すると、2シナリオ共に99%信頼水準で有意な差が見ら  2シナリオともに東シナ海において発生数が増加すると
れ、7モデル平均では、RCP4.5シナリオで2.5hPa低下、
いう同様の傾向が見られ、さらに、北西太平洋の東側で
RCP8.5シナリオで4.8hPa低下するという結果が得られた。 発生数が増え、それに伴い日本の東の海域を通過する
台風数が大幅に増加することがわかる。これらの原因に
 将来気候(2081-2100年)の台風平均中心気圧について、 ついて、今後、環境場の変化を分析し、どの要素が大き
2シナリオでの比較を行ったところ、+2.0hPa~-4.8hPa
く影響しているか検証していきたい。
References
Emanuel et al., 2004: Environmental Control of Tropical Cyclone Intensity.
American Meteorological Society, 61, 843-858.
Emanuel and Nolan, 2004: Tropical cyclone activity and the global climate
system. 26th Conference on Hurricanes and Tropical Meteorology.
Emanuel et al., 2008: Hurricanes and Global Warming: Results from
Downscaling IPCC AR4 Simulations. Bull. Amer. Meteor. Soc., 89,
347-367.
Sato et al., 2011: Verification of Downscaling Framework for Interannual
Variation of Tropical Cyclone in Western North Pacific. SOLA, 7,
169-172.