1/3 Asia Trends マクロ経済分析レポート 一段と混戦模様を強めるフィリピン大統領選 ~選挙戦に注目が集まるが、結果次第では評価に変化も~ 発表日:2016年4月25日(月) 第一生命経済研究所 経済調査部 担当 主席エコノミスト 西濵 徹(03-5221-4522) (要旨) 来月9日に投開票予定のフィリピンの大統領選を巡っては混戦の度合いが強まっている。ここ数ヶ月に亘 り有力候補者間の支持率が大きく上下する展開が続いてきたが、直近では現ダバオ市長のドゥテルテ氏が 「ダークホース」となっている。ただ、同氏も親類縁者で議席をたらい回しにする旧来型政治家である 上、非合法手段を厭わない姿勢や不謹慎発言で物議を醸し出している。経済政策面では主要候補間で差が 小さいなか、選挙戦の行方は候補の「清廉性」か「政治家としての実績」が左右する展開になっている。 大統領選と同時に行われる副大統領選の行方も混戦状態にあるが、直近ではマルコス元大統領の息子であ るボンボン・マルコス氏が頭抜き出た模様である。マルコス一家は政治的権勢の回復を進めるなか、この 次の大統領選への同氏の出馬が規定路線になる可能性は高まると予想される。さらに、同時に行われる地 方選では汚職疑惑が取り沙汰されるビナイ副大統領に近い候補が優勢の展開が続いている。国内外では 「アジアの病人」から脱したとされる同国だが、政治が抱える闇は根深く広いものであると言えよう。 《混戦模様を強める大統領選だが、副大統領選や地方選の行方も重要であり、結果如何では対外的な評価に変化も》 来月9日に投開票予定のフィリピンの大統領選だが、ここに来て混戦の度合いを強めている。選挙戦が始まっ た当初は、現職副大統領のジェジョマル・ビナイ氏とグレース・ポー上院議員の一騎打ちになるとの見方が強 まっていた。なお、昨年末にポー上院議員を巡っては「10 年以上の国内在住」及び「生まれながらのフィリ ピン人」とする大統領選出馬要件を満たさないとの理由で選挙管理委員会が同氏の出馬資格停止を発表し、ビ ナイ氏優位になる事態となった。その後、ポー陣営から最高裁に対して出馬資格を認める異議申し立てを行っ た結果、今年3月には一転して出馬資格が認定されたほ 図 1 大統領選主要4候補の支持率の推移 か、ビナイ氏を巡る汚職疑惑が取り沙汰されたことでポ ー氏優位に転じた。しかしながら、足下ではミンダナオ 島にある同国第3の都市であるダバオ市長のロドリゴ・ ドゥテルテ氏がポー氏を猛追しており、直近の世論調査 ではポー氏を抜いて1位になるなど完全な「ダークホー ス」と化している。ポー氏については同国で「映画王」 として知られたフェルナンド・ポー・ジュニア氏の養女 として有名であり、父親同様に政治スタンスに対する清 (出所)SWS ホームページより第一生命経済研究所作成 廉性が注目を集める一方、上院議員としてのキャリアは3年足らずと極めて短いためにその政治的能力につい ては未知数の部分が少なくない。一方のドゥテルテ氏はダバオ氏の長年に亘り副市長及び市長を務めるなど政 治的キャリアは 20 年近くに及ぶものの、ダバオ市長職を巡っては娘のサラ・ドゥテルテ氏(2010~2013 年に 市長に就任)との間でいわゆる「たらい回し」を行うなど旧来型の政治家の色合いが強い。他方、両者を猛追 するビナイ氏についても長年に亘ってマカティ市長を務めるなど政治的キャリアは長い上、その間には妻のエ レニタ・ビナイ氏や子のジェジョマル・ビナイ・ジュニアがマカティ市長を務めるなど官職を家族でたらい回 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2/3 ししてきたほか、娘のナンシー・ビナイ氏は現在上院議員を務めている。現大統領のベニグノ・アキノ3世か ら直接後継候補に指名された前内務・自治相のマヌエル・ロハス氏は同国の第5代目大統領の孫という血筋の 良さに加え、同氏自身は米国で銀行員としての経験もあるなど実務能力は高いものの、それ故に貧困層を中心 に広く国民からの人気が高まりにくい状況に直面しており、一貫して後塵を拝している。こうした状況から、 足下の選挙戦を巡っては「清廉性」か、旧来からの同国独特の政治家による「手腕」を選択する動きとの見方 が強まっている。なお、ドゥテルテ氏が足下において猛追する形で他の候補を追い抜いた背景には、その「強 気な発言」が影響しているとされ、ダバオ市長として汚職や犯罪の撲滅に取り組んできた実績も大きく左右し ているとされる。ただし、同氏は犯罪組織の撲滅に際して「自警団」を用いるなど非合法的手段をも厭わない 姿勢をみせているほか、「強気」を通り越して「不謹慎」な発言で物議を醸し出しており、国内外では「フィ リピン版ドナルド・トランプ」などと揶揄する声もある。直近では、性犯罪被害者を揶揄する発言を行った関 係で被害者の母国である豪州のほか、米国の駐比大使から避難された際に両国に対して「国交断絶」を示唆す る発言を行うなどの問題も発生している。経済政策面では、各候補ともに経済成長を重視する姿勢をみせてお り、外資誘致の促進や公共事業の拡充などを通じて雇用拡大を目指す方針を掲げるなどあまり遜色がなく、現 時点においても依然として高い人気を誇るアキノ現大統領の路線から大きく変更する考えはないとの姿勢を滲 ませる。とはいえ、政治姿勢を巡っては各候補で大きく違いが出る可能性は小さくない上、これまでの同国政 治事情を勘案すれば地方を中心とする公共事業などが結果によって一転するリスクもくすぶる。 同国の大統領選を巡っては、副大統領がセットではなく個別の選挙によって選ばれる特徴があるなか、副大統 領選においても混戦模様が続いている。足下ではマルコス元大統領の息子であるフェルディナンド・マルコ ス・ジュニア(通称「ボンボン」)上院議員(ちなみに、 図 2 副大統領選主要4候補の支持率の推移 大統領選に出馬しているミリアム・サンチャゴ氏とタッ グを組む)のほか、ポー氏の顧問に就いているフランシ ス・エスクデロ(通称「チズ」)上院議員、ロハス氏と タッグを組む現下院議員で故ジェシー・ロブレド元内 務・自治相夫人のレニ・ロブレド氏、そしてドゥテルテ 氏とタッグを組むアラン・カエタノ上院議員の4人に収 斂している。ただし、ここに来てマルコス候補が頭一歩 抜け出す様相をみせており、マルコス家の政治的隆盛が (出所)SWS ホームページより第一生命経済研究所作成 一段と進むことも予想されている。マルコス家を巡ってはマルコス元大統領夫人のイメルダ・マルコス氏が現 在下院議員であるほか、その長女のアイミー・マルコス氏も北イロコス州知事であるなど、すでに政治的地位 の復権を果たしており、今回の結果によってはその動きが後押しされる可能性が高い。なお、1986 年のエド サ革命後に行われた大統領選においては、現職の副大統領がそのまま大統領にスライド当選する傾向が強いこ とから、2022 年に実施される予定のこの次の大統領選挙ではマルコス氏が大統領候補として選挙戦に出るこ とは規定路線になると予想される。さらに、一連の選挙と同日に首都マニラやマカティなど主要都市において 市長選挙が行われるが、首都マニラにおいては元大統領且つ現職市長であり、ビナイ副大統領に近いとされる ジョセフ・エストラーダ氏と前市長のアルフレド・リム氏の一騎打ちの状況であるほか、マカティにおいては ビナイ副大統領の娘(アビゲイル・ビナイ氏)が有力な選挙戦を展開するなど、地方においてはビナイ色が強 まる可能性が高まっている。さらに、地方議会のみならず上下院双方においても既存の政治家の親類縁者によ 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 3/3 って議席がたらい回しされる傾向が強まっていることを勘案すれば、一連の選挙結果によっては利権の構造が 一段と複雑に入り組む事態も予想される。アキノ政権の下で、かつての「アジアの病人」と揶揄された状況か ら変化しつつあるとされる同国だが、その闇は極めて根深く広いものになっている可能性は高いと言えよう。 以 上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足ると判 断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内容は、第一 生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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