アイルランドにみる欧州の未来 ~危機克服の優等生にも広がる政治不安

EU Trends
アイルランドにみる欧州の未来
発表日:2016年2月29日(月)
~危機克服の優等生にも広がる政治不安~
第一生命経済研究所 経済調査部
主席エコノミスト 田中 理
03-5221-4527
◇ 26日に行われたアイルランドの総選挙では、連立与党が議席を大きく失い、議会の過半数を割った。
政権発足には二大政党による大連立か投票協力が必要な情勢だが、長年の政敵である両党に共闘姿勢
は見られず、再選挙となる可能性が浮上している。これは昨年12月の総選挙後に政権が発足できずに
いるスペインと似た状況。スペインとアイルランドは欧州債務危機克服の成功事例と称されてきた。
その2ヶ国でも長年の緊縮と回復に取り残された国民の不満が強く、既存の政治体制への不満が広が
っている。アイルランドの二大政党が1920年代の内戦以来の対立を乗り越えて共闘できるかは、欧州
の未来を占う縮図となるかもしれない。
2月26日に総選挙が行われたアイルランドの投開票速報によれば、改選前の与党第1党でケニー首相が
率いる「統一アイルランド党(フィネ・ゲール)」と連立を組む「労働党」が大きく議席を失い、議会の
過半数割れとなることが確実な情勢となった(図表1・2)。かつての最大勢力で二大政党の一角を占め
る第2党「共和党(フィアナ・フォール)」がフィネ・ゲールに迫る議席を獲得したほか、反緊縮を掲げる
左派系ナショナリストの第3党「シンフェイン党」、少数政党、独立候補が議席を伸ばした。最終的な投
票結果は一両日に確定する模様。フィネ・ゲールとフィアナ・フォールの二大政党は何れも、かつて民族主
義的なテロ行為を繰り返していたIRA暫定派の政治組織であったシンフェイン党との連立を拒否してお
り、政権発足には両党による大連立か投票協力が必要となる。
フィネ・ゲールとフィアナ・フォールの両党の源流はアイルランドの英国からの独立運動を指導した同一
グループにあるが、独立戦争後に英連邦内の自由国にとどまるか、共和国を建設するかを巡って1920年代
に勃発したアイルランド内戦で袂を分かち、以来交替して国勢運営を担う長年のライバル関係にある。両
党ともに中道右派の国民政党で、政策面での相違はそれほど大きくないが(フィネ・ゲールの方がフィア
ナ・フォールよりもやや市場主義色が強い)、これまで一度も連立を組んだことがない。新議会は3月10
日に召集されるが、両党の政治家からは今のところ大連立に消極的な発言が目立つ。二党ともにシンフェ
イン党を除く少数政党や独立候補の支持を掻き集めない限り、過半数を確保することができない情勢で、
再選挙が必要となる可能性も浮上している。
不動産バブル崩壊による巨額の銀行救済が政府の財政悪化につながったアイルランドは、2010年11月に
ギリシャに次いでEUとIMFの金融支援下に入ったが、積極的な財政再建と構造改革に取り組んだ結果、
2013年12月に危機国として初の脱支援国となった。2008-09年にマイナス成長に陥ったが、その後は昨年ま
で6年連続でプラス成長を記録し、過去2年は5%前後の高成長を実現している。2014年に危機前の所得
水準を回復し、スペインとともに欧州債務危機克服の成功国と称される。ただ、昨年12月の総選挙後に政
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る
と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内
容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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権発足ができずにいるスペイン同様に、アイルランドでも二大政党(労働党も加えて3頭体制や2.5頭体制
とも呼ばれる)への支持が伸び悩み、政権発足が難しくなっている。二大政党の合計支持率が最終的に
50%に届かない場合、1920年代以降の近代アイルランド史上で初となる。ケニー首相は「回復継続」をス
ローガンに選挙戦を戦ったが、長年の緊縮への不満と回復から取り残されたと感じる多くの国民が現政権
を支持しなかった。他方、債務危機の勃発時に政権を担っていたフィアナ・フォールの復権は、国民の間
でシンフェイン党支持への抵抗が少なからずあることを示唆する。今回の選挙結果を受けて、アイルラン
ドの政治体制は不安定化するが、すぐさま反緊縮機運が高まったり、反EU政党が躍進する訳ではない。
欧州では現在、難民危機対応を巡って各国間の対立が先鋭化すると同時に、緊縮/支援疲れから各国で反E
U政党が台頭するなど、内外に対立の火種を抱えている。アイルランドの二大政党が内戦以来となる対立
の歴史を乗り越え、国民の福祉向上に向けて共闘できるかは、欧州の未来を占う縮図となるかもしれない。
(図表1)アイルランド総選挙の政党別獲得票率(%)
36.1
フィネ・ゲール
25.5
17.5
フィアナ・フォール
24.4
9.9
シンフェイン党
13.9
12.1
独立系候補
17.8
19.5
労働党
6.6
0.0
反緊縮連合
前回総選挙(2011年)
4.0
今回総選挙(2016年)
社会民主主義
1.2
3.0
緑の党
1.8
2.7
その他
1.9
2.2
0
5
10
15
20
25
30
35
40
注:今回選挙は65%開票時の速報集計
出所:各種報道より第一生命経済研究所が作成
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る
と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内
容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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(図表2)アイルランド総選挙の政党別獲得議席数
76
フィネ・ゲール
47
20
フィアナ・フォール
43
14
シンフェイン党
22
14
独立候補
20
37
労働党
6
0
反緊縮連合
前回総選挙(2011年)
5
今回総選挙(2016年)
2
3
社会民主主義
0
緑の党
2
3
その他/未確定
10
0
10
20
30
40
50
60
70
80
注:今回選挙は65%開票時の速報集計、10議席が未確定、定数は前回が166で今回が158
出所:各種報道より第一生命経済研究所が作成
以上
本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る
と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内
容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。
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