EU Trends メルケル首相のリトマス試験紙 発表日:2016年3月8日(火) ~難民危機対応への反発が強まる~ 第一生命経済研究所 経済調査部 主席エコノミスト 田中 理 03-5221-4527 ◇ 欧州難民危機が深刻化した昨夏以降で初のドイツ州議会選挙が13日に行われる。最近の世論調査では、 メルケル首相個人や政権を率いるCDU/CSUの支持率が低下する一方、反移民を掲げる右派AfD の支持率が急速に高まっている。政権の屋台骨がすぐさま揺らぐ恐れは少ないが、政府の難民危機対 応へのドイツ国民の不満を量るうえで注目されよう。CDUの苦戦とAfDの躍進が際立つ投票結果 となった場合、首相の政策手腕が問われ、政権の求心力が低下しかねない。 さらなる難民流入の抑制を目指した7日のEU=トルコ首脳会議では、危機対応の基本枠組みでの合意 に近づいたものの、最終合意は持ち越された。トルコ政府は同国からEUに渡った難民の送還を受け入れ るのと引き換えに、①難民対応でのEUからトルコへの金融支援を増額すること、②1人の難民送還につ き、トルコ内のシリア難民1人の再定住をEUが受け入れること、③トルコ国民に対するEU内のビザな し渡航を前倒しで認めること、④停滞しているトルコのEU加盟交渉を前進させることを要求したとされ る。一部のEU諸国からは、トルコ側の要求が度を越しているとの批判や、首脳会議直前のトルコ政府に よる放送会社への介入行為が民主化に逆行するものとして反発の声も聞かれる。ハンガリーやポーランド などの中東欧諸国がEU内での難民の受け入れ分担を拒否しているほか、オーストリアやバルカン半島諸 国などがギリシャの国境管理能力を疑問視しており、EU域内での足並みの乱れも目立つ。トルコ側の要 求をさらに精査し、3月17・18日のEU首脳会議までの決着を目指している。こうした形に沿った難民危 機対応が合意に至ったとしても、欧州への難民流入に歯止めが掛けられるかは予断を許さない。 絶大な人気を誇ったドイツのメルケル首相の支持率も、急増する難民へのドイツ国民の不安の広がりと ともに、70%超から50%前後に急降下している。また、メルケル首相が率いる「キリスト教民主同盟(C DU)」と姉妹政党である「キリスト教社会同盟(CSU)」の支持率が昨夏以来10%ポイント程度低下 しているのに対し、2013年秋の前回議会選挙で議席獲得に必要な最低獲得票率(5%ルール)に僅かに届 かなかった反移民を掲げる右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の支持率が10%ポイント超に上 昇している(表)。低下後のメルケル首相の支持率は高水準を維持しているうえ、党内に有力な対抗馬が いないこともあり、早期退陣のリスクは小さいとされる。また、CDU/CSUの支持率は低下後も他党を 大きく引き離しており、AfDの躍進も今のところドイツの政治体制を大きく揺るがす程のものではない。 だが、来秋に連邦議会選挙を控えるなか、難民危機が長期・深刻化すれば、メルケル首相の立場も揺らぎ かねない。欧州安定の要であるドイツの政治体制が不安定化すれば、欧州全体にとっての脅威となり得る。 こうしたなか、難民危機が深刻化した以降で初の州議会選挙が13日に予定されており、メルケル政権に 対する国民の信任低下を占う試金石となろう。今回投票が行われるのは、バーデン=ヴュルテンベルク州 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内 容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 1 (人口:1,079万人、州都:シュトゥットガルト)、ラインラント=プファルツ州(人口:400万人、州 都:マインツ)、ザクソン=アンハルト州(人口:232万人、州都:マグデブルク)の3州。ドイツの総人 口の2割強を占める。州議会選挙での住民の投票行動は一般に、州固有の問題が争点となることが多いが、 今回は難民危機対応への国民の不満が投票結果に反映されるとみられている。事前の世論調査によれば、 何れの州でもCDUが3割程度の支持率を獲得しているが、同時にAfDが10%超の支持を獲得している とされる。CDUの苦戦とAfDの躍進が世論調査以上に際立つ投票結果となった場合、メルケル首相の 政策手腕が問われ、政権の求心力が低下しかねない。すぐさまドイツの政治情勢が不安定化する訳ではな いが、市場の動揺を誘う恐れがある。 (図)ドイツの政党別支持率調査の推移 (%) 50 45 40 キリスト教民主/社会同盟 (CDU/CSU) 社会民主党(SPD) 35 30 緑の党 25 20 自由民主党(FDP) 15 左翼党(Linke) 10 ドイツのための選択肢 (AfD) 5 前回議会選挙 2013/11/6 2013/12/9 2014/1/27 2014/3/4 2014/4/8 2014/5/13 2014/6/16 2014/7/23 2014/8/27 2014/9/29 2014/11/5 2014/12/11 2015/1/26 2015/3/2 2015/4/9 2015/5/13 2015/6/15 2015/7/20 2015/8/26 2015/9/28 2015/11/2 2015/12/8 2016/1/18 2016/2/22 0 出所:INSA資料より第一生命経済研究所が作成 以上 本資料は情報提供を目的として作成されたものであり、投資勧誘を目的としたものではありません。作成時点で、第一生命経済研究所経済調査部が信ずるに足る と判断した情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性に対する責任は負いません。見通しは予告なく変更されることがあります。また、記載された内 容は、第一生命ないしはその関連会社の投資方針と常に整合的であるとは限りません。 2
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