ヒラリズム 1の14 家を建てる事と人身売買とホームレス わしの若い後輩が最近家を建てた。 わしは表面的に御祝いの言葉を述べつつも、内心ではこん ちくしょうと呟いていた。 その表と裏が、交互に散り散りに後輩には垣間見えたらし く、賢明で博識の後輩は「まるで紅葉のようではありません か」と分別くさい声で云ったものだ。 なにもヤキモチ焼いているわけではないし、かといってむ ろん良寛さんになったわけでもない。 わしのこんちくしょうは、学生時代に固まってしまった我 が思想のために出てきた文句なのである。 世界中の土地は誰のものでもない、強いて云うなら宇宙さ んか地球さんのものであって、国のものでも貴族のものでも 地主のものでもお前のものでも決してない。 大昔の大昔、図々しい輩が、これはおれの国だおれの土地 だと無闇に言い張って、言葉じゃ足りないから武力でガンガ ン 威 し て 、ま る で ヤ ク ザ の 縄 張 り と 同 じ 次 元 で 、要 す る に「 悪 力」と「握力」で掴んだものであって、そうしてそういうも のを(現代に至るまで)売り買いする。 これは人身売買の発想と同じである。 日本ではバブル全盛の時代に、大金持ちも小金持ちもこの 人身売買に突っ走った。 だ か ら 土 地 や ビ ル を 売 っ た り 買 っ た り 、家 を 建 て た り は( 犬 小 屋 を 建 て て も )本 質 的 に は 死 に 値 す る 罪 な の で あ り ま す ぞ 。 そういう宇宙的且つ地球的な思想のかけらもなく、土地を 買った家を建てたと喜んでいる庶民は、単細胞人間という他 はない。 ところがこんちくしょうと呟いた後でよくよく考えてみる と、高級マンションを買ったり豪華な家を建てなくとも、団 地に入居したり安いアパートを借りている我等貧民も、結果 的には人身売買に加担しているんだ、土地を買った家を建て た 者 と 大 差 は な い 、買 う と 借 り る の 違 い だ け だ か ら 、 「人身売 買」ではなくとも同じ金銭がらみの「人身貸借」ではあるの だ。 わしは家内に家を買うことを断固禁じて四十年になるが、 (どうせ家を買う金なんかないけれども)随分と邪険な禁止 法を発令したものだと今更ながら遅まきながら反省した。 続いてよくよく考えなくとも自然に思いつかれたのは、そ んならホームレスこそが(これも結果的にではあるが)宇宙 的且つ地球的な思想を具現した、いわば善民ではないのか。 そのとおり、誰も云わないがそのとおり。 街や地下鉄や橋の下でホームレスを見かけたら、我等悪人 は善人に対して礼を尽くさなければならない。 もうわしの若い頃からホームレスに対する虐めは勿論殺害 等が少なからず起こっているが、だからわしはそれを糾弾す べく『蓑虫小伝』なる小説を書いたりもしたのであるが、そ れは学校教育がいけないのであって、宇宙的且つ地球的な学 校教育が行われていれば、そういう事は決して起こらないは ずだ、少なくともホームレスに対する見方が変わっているは ずだ。
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