秋晴れの日、母の形見の羽織と夫の着物を並べて干した。二人が肩を寄せ合って話をしている ように見える。何を話しているのだろうか、私は耳を澄ませてみる。 「気のきかない末娘嫁にして苦労するね」 「いえいえ、良くやってくれてますよ」 そんな会話が聞こえてきそうだ。 家督を兄に譲り隠居暮らしをしている両親に、私は嫁入り支度をして欲しいとは言えなかった。 母は それが悲しかったのだろう。近くに嫁いだ姉に、 「末っ子が嫁に行くのに、あれを買ってくれこれを買ってくれとねだらない。こんなに寂しいこ とはない」 そう言いながら肩を落としていたという。 嫁ぐ末娘に充分な準備はしてやれないと分かっていても、何かをしてやりたかったのだろう。 男物の大島紬を織っていた姉から反物を買い取り、私の夫になる人のために着物を縫わせた。 母の精一杯の心づくしだったに違いない。厳しいことばかり言っていた人だったが、布団袋の中 にアンサンブルをしのばせてあるのを見つけたとき、思わず大泣きした。 初めての正月、夫は大島紬を着て里帰りをした。動くたびに衣擦れの音がする。それを見て母 は「よう、似合っている」と目を細めた。いつになく陽気な夫に「食べこぼさないで」と口うるさ く言う私に、 「細かいことを言うな! 着物は着古されて喜ぶとじゃっ」 そう言ってたしなめた。 あの日から四十年、夫は祝いごとや正月の三が日を紬姿で過ごす。衣擦れの音は衰えず、しゃ りっとした手触りも変わらない。 陽が落ちかけて県北の風は冷たさを増してきたが、母と夫の話はまだ尽きないようだ。私は 庭に下りて、竿を下ろした。 「おふたりさん、話の続きはまた来年ね」
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