日銀、金利スティープ「正常化」模索

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日銀、金利スティープ「正常化」模索
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貸出や期待インフレ支援、金利急上昇リスクにも対応
日銀は景気・物価の改善に自信を深める中で、国
債市場では長短金利差の緩やかな正常化 (イール
ド・カーブの傾斜=スティープ化)に向けた軟着陸を
模索し始めた。足元では金利の低位安定努力を堅持
させる一方、追加緩和姿勢の微妙な後退などを通じ
て、異常なフラット化からの修正を意識しつつある。
漸進的な金利スティープ化は貸出や期待インフレの
改善を後押しさせるほか、公的年金や郵政マネーに
よる長期債処分や、銀行の国債保有規制、その他の
要因による金利急上昇ショックに備えた市場耐性機
能の修復に寄与する。
日銀幹部、景気・物価に自信でスティープ化重視
「このほど日銀幹部と懇談する機会があったが、
景気と物価の見通しに自信を強めており、国債市場
でも慎重なペースでイールド・カーブの正常化(ステ
ィープ化)を促す意欲がうかがえた」――。
ある国内金融機関の幹部はこのように打ち明けな
がら、
「よほどのネガティブ・ショックがない限り、
追加金融緩和は想定されない」という見通しを示す。
実際に日銀の黒田東彦総裁は 17 日、政策会合後の会
見で、物価の基調とは「需給ギャップや期待インフ
レ率で示されるもの」と説明。
「中長期的な期待イン
フレ率は維持されており、原油下落が影響する懸念
はない」、
「今のところ、デフレマインド転換が遅延
する懸念が出てくるとは思わない」、
「今のところ、
物価の基調が変化する状況にない」などと語り、現
時点で追加緩和は不要との見解を強調した。
一方、国債市場に関しては日銀の中曽宏副総裁が
3 月 9 日、松山市での会見で「長期国債の買入れに
ついて、まだまだ買入れ余地があるか、持続可能と
考えるか?」という質問に対し、
「もともと量的質的
緩和はイールド・カーブ全体の低下を促すことを企
図しており、金利の低下やイールド・カーブのフラ
ット化というのは、意図した政策効果が現れている」
と評価しながら、引き続き市場との対話を強化させ
ていくといった説明にとどまった。
ただし、市場との対話に関して、日銀は今年 2 月
から四半期ごとの「債券市場サーベイ」を開始して
いる。中曽氏は「サーベイの結果に注目しており、
今後は情報を有益に活用していく」と重要視する方
針を示した。ちょうど中曽会見直後の 9 日に公表さ
れた 2 月調査では、債券市場の機能度に関して「さ
ほど高くない」とした不満回答が全体の 65%(26 金
融機関)に及んだ。さらに新発 10 年債利回りの見通
しは、平均値ベースで今年 3 月末の 0.38%から、6
月末が 0.41%、12 月末が 0.48%、来年 3 月末(2015
2015/3/18
年度末)が 0.55%、そして 2016 年度末が 0.84%と緩
やかに切り上がっている。
日銀は今後、債券市場の機能度改善に向けて、こ
うした市場の金利先高見通しを尊重させる可能性が
ある。緩やかな金利の上昇は、日銀の前向きな景気・
物価の予測とも合致するものだ。一方で物価 2%の
達成に向けて、短期の実質ゼロ金利政策はこれまで
の米 FRB のように「忍耐強く」堅持。短期金利の低
め誘導は徹底させながら、年限が長くなるほど金利
が右肩上がりとなるイールド・カーブのスティープ
正常化を「慎重なペースで模索していく」
(前出金融
機関幹部)可能性は無視できない。
昨年 12 月 8 日に日銀で開催された「市場参加者と
の意見交換会」でも、出席者からは日銀の金融調節
によってイールド・カーブの形状が変わってしまう
ことへの配慮や、機械的ではなく、市場の状況を踏
まえた柔軟な金融調節を求める意見が見られている。
もちろん、現在の長期金利については、日銀の緩
和策以前に、世界的なデフレ懸念や根深い原油安、
米 FRB による実際の利上げの遅延観測などもあり、
金利低下の圧力が根強い(債券価格は上昇)。一方で
日本の 10 年債金利の場合、日銀による国債買い占め
もあって、1 月には 0.2%方向まで急低下する場面が
あった。今後、日銀が脱デフレと日本経済の抵抗力
に自信を強めながら、
「市場の声」重視による強引な
金利の押し下げ政策をファイン・チューニングさせ
ると、異常なフラット化の反動修正による微妙なス
ティープ化の圧力が想定される。
先行きの物価に関しては、18 日の春闘・集中回答
日を受けて「月給平均の上昇幅は 3%を超える見込
み」(連合)となってきた。1999 年以来の高水準とな
った前年の 2.07%増を上回る公算となっている。
長短金利差、過去は期待インフレと相関
過度なフラット化の修正程度の金利スティープ化
であれば、現在の貸出改善や期待インフレ率の修復
を後押しさせていく。内需の好循環入りモメンタム
を支援するものだ。金融庁は昨年 7 月の金融検査の
結果を踏まえた「金融モニタリングレポート」で、
仮に金利が上昇した場合、
「債券価格は下落し、資金
調達コストも上昇する一方、貸出金利息や新たに購
入する債券の利回りは改善するなど、プラス・マイ
ナス双方の影響が生じる」と指摘した。さらに「金
利上昇がイールド・カーブのスティープ化局面から
始まる場合には、収益面では当初、新規実行分の貸
出に係る金利上昇が預金金利の上昇を上回る等のメ
リットが考えられる」と言及している。
また、日銀は昨年 10 月の「金融システムレポート」
で、国債金利がパラレルに1%上昇した場合、昨年
6 月末時点で銀行・信金の損失額は 7.5 兆円に上る
との試算を示す一方、10 年物金利が 1%上昇し、短
期金利はさほど上昇しないスティープ状況の場合に
は、損失リスクは 4.8 兆円に軽減されると分析して
いる。日銀はこれまでも「邦銀の債券保有額をマチ
ュリティー別に見ると、3 年以下の短期ゾーンへの
投資割合が非常に高く、短期ゾーンの金利上昇を抑
えることができれば(スティープ化)、国債金利上昇
の影響を抑制することができる」と説明してきた。
同時に短期の金利よりも長期の金利が高いという
正常化への流れは、企業や個人による「金利が低い
うちの資金調達や借り入れの背中を押す」という期
待インフレ率の改善に寄与する。内閣府・景気動向
指数で先行指数の構成要素となっている「長短金利
差」と「消費者態度指数」は、1970 年代以降、互い
に一定の相関性を有してきた実績を有している。
さらに長期国債の場合、これから GPIF(年金積立
金管理運用独立行政法人)や関連共済のほか、郵政
マネーによる運用改革を受けて、需給面では戻り売
り圧力が高まっていく。最近ではバーゼル銀行監督
委員会で、銀行が保有する金利商品に追加で自己資
本の積み増しを求める議論が進展。金利の急上昇(価
格の急落)リスクに備える新たな枠組みで、導入さ
れれば国債や長期固定の住宅ローンを多く抱える邦
銀は資本の積み増しを迫られるという可能性も警戒
されている。こうした先行きの需給悪化や金利急上
昇ショックに備える意味でも、現状段階からスティ
ープ正常化を含めた国債市場のマーケット機能やリ
スク警告機能、ヘッジ機能などの修復と、耐性の強
化は重要さを増している。
また、米国債市場でも、過度なフラット化に反動
修正のリスクが無視できない。FRB による「急がな
いながらも着実な利上げ地ならし」の前進のほか、
米国では 3-4 月分以降の指標で寒波反動や世界的
な景気刺激効果などを受けたリバウンド改善の余地
が残されている。
その中で米国の 10 年債-2 年債の金利差(スプレ
ッド)は、日足テクニカルの一目均衡表チャートで 4
月 10 日前後に変化日を示す雲のネジレが観測され
ている。2013 年後半以降の金利差縮小トレンドの一
段落が示唆され始めた。ちょうど 4 月 3 日の米雇用
統計を皮切りに、最新指標が相次ぐ時期だ。
また、米国の政策金利 FF と相関性の高いロンドン
LIBOR(銀行間金利)のドル建て 3 カ月物金利は、年
後半までの利上げを織り込む形で緩やかな金利の上
昇が持続。週足・一目均衡表では、2012 年 6 月以来
となる重要な抵抗ライン・雲の上限を上抜け突破し
てきた。先行き短期金利の緩やかな上昇が長期金利
へと波及し、過度なフラット過熱の反動修正による
スティープ化を促すエネルギーが蓄積されている。
内閣府・景気動向指数;長短金利差
東証・銀行業指数;180カ月移動平均線を中央値ボリンジャーバンド
2.4
1.8
1.2
0.6
0.0
-0.6
-1.2
-1.8
Nov-13
Jan-12
Mar-10
May-08
Jul-06
Sep-04
Nov-02
Jan-01
Mar-99
May-97
金利差(左軸)
銀行株(右軸)
バンド上限
180カ月線
Jul-95
Sep-93
Nov-91
Jan-90
Mar-88
May-86
Jul-84
%
pt.
銀行株は
上放れ攻防
1,450
1,250
1,050
850
650
450
250
↑ 50
内閣府・景気動向指数;長短金利差と消費者態度指数
2.7
2.4
2.1
1.8
1.5
1.2
0.9
0.6
0.3
0.0
態度(右軸)
↑
期待インフレ
改善
↑
Oct-14
Sep-13
Aug-12
Jul-11
Jun-10
May-09
Apr-08
Mar-07
Feb-06
Jan-05
Dec-03
Nov-02
Oct-01
Sep-00
Aug-99
Jul-98
Jun-97
May-96
Apr-95
Mar-94
Feb-93
Jan-92
%
pt.
45
43
41
39
37
35
33
31
29
27
25
金利差(左軸)
拡大↑
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