ローライブラリー ◆ 2015 年 2 月 20 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 環境法 No.52 文献番号 z18817009-00-140521184 産廃業者に対する事業停止命令等の処分につき、執行停止が認められた事例 【文 献 種 別】 決定/福岡高等裁判所宮崎支部 【裁判年月日】 平成 25 年 7 月 18 日 【事 件 番 号】 平成 25 年(行ス)第 1 号 【事 件 名】 行政処分執行停止決定に対する即時抗告事件 【裁 判 結 果】 棄却 【参 照 法 令】 廃棄物処理法 8 条の 4・9 条の 2 第 1 項 3 号・14 条の 3 第 1 号・14 条の 6・15 条の 2 の 4・ 15 条の 2 の 7 第 3 号、行政事件訴訟法 25 条 【掲 載 誌】 判例集未登載 LEX/DB 文献番号 25502709 …………………………………… …………………………………… 令については法 9 条の 2 第 1 項 3 号及び 15 条の 2 の 7 第 3 号の、本件事業停止命令については 法 14 条の 3 第 1 号(14 条の 6 において準用する場 合を含む。)の、それぞれ「違反行為をしたとき」 に該当するというものであった。 Xは、同年 3 月 19 日、宮崎地裁に対し、Yを 被告として本件各処分の取消訴訟(以下「本案事 件」という。)を提起するとともに、Yを相手方と して執行停止申立てを行った。執行停止申立てに ついて、宮崎地決平 25・4・15 は、本件各処分 によりXに生じる損害は重大な損害に当たるなど として、本件各処分の効力を本案事件の第一審判 決の言渡しまで停止するとした。この決定を受け て、Yは、同月 19 日、福岡高裁に対し、即時抗 告を行った。 事実の概要 株式会社Xは、宮崎県知事Yの許可を受けて、 一般廃棄物及び産業廃棄物兼用の管理型最終処分 場(以下「本件施設」という。)を設置するとともに、 産業廃棄物の「収集運搬業」と「処分業」、特別 (以下、 管理産業廃棄物の「収集運搬業」と「処分業」 これらを併せて「本件事業」という。 )を営んでいた。 Yは、平成 25 年 3 月 15 日、Xに対し、同月 25 日から同年 4 月 23 日までの 30 日間1)、廃棄 物の処理及び清掃に関する法律(以下「法」という。) 9 条の 2 第 1 項 3 号及び 15 条の 2 の 7 第 3 号に 基づき本件施設の使用の停止を命じ(以下「本件 施設使用停止命令」という。)、法 14 条の 3 第 1 号 (14 条の 6 において準用する場合を含む。)に基づき 本件事業の全部の停止を命じる(以下「本件事業 停止命令」という。) 各処分をした(以下、上記 2 つの処分を合わせて「本件各処分」という。 )。 本件各処分の理由は、Xが、法 8 条の 4(15 条 の 2 の 4 において準用する場合を含む。 ) の規定に 基づいて、施設の維持管理の透明性の向上を図る ため生活環境の保全上利害関係を有する者の求め に応じ閲覧させなければならない記録のうち、法 施行規則 4 条の 7 第 4 号ニ及び 12 条の 7 の 5 第 7 号ニの規定により記録する事項として定められ ている水質検査の結果の記録について、平成 19 年 2 月採取分から平成 24 年 10 月採取分まで虚 偽のものを閲覧に供しており2)、これは、法 8 条 の 4(15 条の 2 の 4 において準用する場合を含む。) に違反するものであるから、本件施設使用停止命 vol.7(2010.10) vol.17(2015.10) 決定の要旨 抗告棄却。 「当裁判所も、原決定の判断を相当と考える。」 「Yは、執行不停止が原則であること(行政事 件訴訟法 25 条 1 項)を強調した上、行政処分に よって通常一般的に生じるであろう信用上の問題 は『重大な損害』には該当しないと考えるべきで あって、行政処分が第三者の知るところとなり、 処分を受けた者の社会的信用等が低下するなどの 事態が生じたとしても、それは行政処分自体の効 力として生じたものではない旨主張する。」「しか し、信用上の問題が直ちに『重大な損害』に該当 しないと解すべき根拠はなく、社会的信用の低下、 1 1 新・判例解説 Watch ◆ 環境法 No.52 業務上の信頼関係の毀損等の損害が重大な損害に 該当する場合もある(最高裁平成 19 年 12 月 18 日第三小法廷判決・集民 226 号 603 頁参照)。」 「し たがって、Yの上記主張は採用することができな い。」 「Yは、水質検査結果の記録は、一般廃棄物処 理施設(最終処分場)及び産業廃棄物処理施設(管 理型最終処分場)の維持管理において極めて重要 な事項であり、これを改ざんすること自体公共の 福祉にとって大きな危険性をはらむ重大かつ悪質 な行為であると主張する。」「しかし、水質検査結 果の記録の改ざんが公共の福祉に与える影響につ いては、改ざんの内容及び期間、改ざんに至る経 緯、組織的背景の有無及び程度、発覚に至る経緯、 発覚後の状況(是正措置の有無等)、本件施設か ら排出される水に実際に有害物質が含まれている か否かその他諸般の事情を具体的に検討する必要 がある。そのような検討抜きに公共の福祉に重大 な影響を及ぼすおそれがあるか否かを判断するこ とはできない。 」 「したがって、Yの上記主張は、 採用することができない。」 条各項に規定された執行停止の「実体的要件」に 関して解説を行う。なお本決定はその判示におい て、原決定(宮崎地決平 24・4・15 公刊物未登載(LEX/ DB 文献番号 25502708) )を大幅に引用しているの で、原決定についても検討対象とする。 二 重大な損害を避けるため緊急の必要 行政事件訴訟法 25 条 2 項が規定する「重大な 損害を避けるため緊急の必要」は、かつては「回 復困難な損害を避けるため緊急の必要」と定めら れていた。2 項の文言が「重大な損害」に改めら れ、さらに同条 3 項が新設されて「重大な損害」 の解釈基準が法定されたのは、平成 16 年の行政 事件訴訟法改正によるものである。 ここにいう「損害」には、大別すると、土地収 用裁決、換地処分、課税処分等によって生じる「財 産的損害」と、表現・集会・結社の自由に対する 損害、強制送還による損害、教育を受けられない 損害、参政権に対する損害といった「非財産的損 害」とがある。改正前の裁判例の趨勢としては、 「非 財産的損害」についてはその本質からして金銭的 補償によって申立人が満足を得ることが困難であ るため、それらが極めて軽微である場合以外は「回 復困難な損害」に該当するとされてきたのに対し て、「財産的損害」については、原則として代替 性があり、金銭補償、還付金等による損害補填が 可能であることが多いため、非財産的損害に比べ ると「回復困難な損害」には当たらないとされる 場合が多かった4)。 しかし、改正により、①回復困難性は執行停止 の要件から考慮事項へと「格下げ」され、②従来 は回復困難性を判断するための考慮要素とされて いた損害の性質及び程度(特に後者)が、回復困 難性と並ぶ考慮・勘案事項とされ、③全体を総括 する概念として「重大な損害」という文言が選択 された5)。この改正の趣旨について、立法関係者 は、「金銭賠償の可能性も考えると損害の回復の 困難の程度が必ずしも著しいとまでは認められな い場合であっても、具体的な処分の内容及び性質 をも勘案した上で、損害の程度を考慮して『重大 な損害』を生ずると認められるときは、執行停止 を認めることができる」と説明している6)。具体 的には、例えば営業上の損害については、従来企 業が倒産するおそれがあるような場合にしか執行 停止が認められにくかったものが、「営業が完全 判例の解説 一 維持管理に関する記録及び閲覧 法 8 条の 4 が規定するところによれば、法施 行令 5 条に定める一般廃棄物処理施設の設置者 は、法施行規則 4 条の 7 が定める事項について 記録を作成し、同規則 4 条の 6 が定める期限内に、 作成した記録を当該施設又は最寄りの事務所に備 え置き、当該施設の維持管理に関し生活環境の保 全上利害関係を有する者(例えば周辺に居住する住 民等)の求めに応じて閲覧させなければならない (法 15 条の 2 の 4 により、法 8 条の 4 の規定は、法 施行令 7 条の 2 に定める産業廃棄物処理施設の設置 者にも準用される。) 。この制度趣旨としては、 「当 該施設から排出される排ガスや排水等による周辺 地域の生活環境への影響に関し周辺に居住する者 等の不安が極めて大きく、その設置について多く の紛争が発生していることから、当該施設の設置 の許可の手続きとともに、その維持管理について 3) とされている。 も透明性の向上を図るため」 本決定は、本件各処分の取消訴訟を本案訴訟と して、 それに付随してなされた「執行停止申立て」 に関するものである。以下、行政事件訴訟法 25 2 2 新・判例解説 Watch 新・判例解説 Watch ◆ 環境法 No.52 に破綻するというような場合であるとまでは認め られないとしても、営業を悪化させる重大な影響 が生ずるおそれがあり、通常の営業に回復するま でに重大な損害が起こり得るという場合」には、 「処 執行停止を認められ得ることになる7)。また、 分の内容及び性質」という勘案事項は、執行停止 決定が、公共の福祉ないし申請人以外の多数の者 の権利利益に与える影響を考慮し、これと執行停 止申立人に生じる損害とを総合衡量して「重大な 損害」に当たるかどうかを判断させようとするも のである8)。 この改正後、下級審レベルでは、指定区間で旅 客定期航路事業を営む申立人に対する事業停止命 令によって生ずる損害(大幅な売上げの減少、社会 的信用の失墜)が「重大な損害」に該当するとし て、事業停止命令の効力を停止した事例がある(福 み」て「重大な損害」に当たるとの結論を導いて いる。このうち、①については、「事後的なてん 補によって十分回復可能」であって「同損害のみ をもって、申立人に本件各処分によって行政事件 訴訟法 25 条 2 項にいう『重大な損害』が生じる ものとまでは認められない」としているところ、 裁判官としてはその金額の多寡のみに着目して判 断したのではなく、Xの「売上高合計」や「経常 利益」といった指標も併せて考えた上で、「重大 な損害」の該当性をやや消極的に判断したものと 解することができよう。これに対して、②から④ については、本決定(及びそこで引用される原決定) が「重大な損害」の該当性を判断するに当たって どの程度重視したのかについては、決定文からは 俄かには判別しがたいところであるが、先に挙げ た法改正後の判例を見ても、こういった損害につ いては、社会的信用の失墜・業務上の信頼関係の 毀損といった「非財産的損害」の性質も帯びるこ とから、「重大な損害」の該当性を積極に解する 方向での考慮がなされる傾向にあるように思われ る。⑤の損害についても本決定(及びそこで引用 される原決定) がどの程度重視したのかは決定文 からは明らかではないが、「執行停止がなされな かった場合には事情判決がなされる(すなわち救 済が実質的なものとならない)おそれが類型的に 高い分野においては、特に積極的な運用が求めら 10) れている」 との指摘もあるところであり、「重 大な損害」の該当性を積極に解する方向での考慮 がなされるべき性質の損害であると解される。 岡地決平 17・5・12 判タ 1186 号 115 頁(LEX/DB 文 献番号 28102010)及びその抗告審である福岡高決 平 17・5・31 判タ 1186 号 110 頁(LEX/DB 文献番号 28102009))。さらに、最高裁においても、弁護士 に対する業務停止 3 月の懲戒処分によって生ず る社会的信用の低下及び業務上の信頼関係の毀損 等の損害が「重大な損害」に該当するとして、懲 戒処分の効力を停止した事例があり(最三小決平 19・12・18 判 タ 1261 号 138 頁(LEX/DB 文 献 番 号 28140184))9)、本決定もそれを引用している。 本決定(及びそこで引用される原決定)では、① 施設の使用停止期間及び事業の停止期間中の売上 げ減少と人件費(両者を合計して 1,406 万 8,000 円)、 ②Xの取引先が廃棄物処理を他の業者に委託する など不測の不利益を被ることにより、ひいてはX の信用等が毀損されるという可能性、③施設の使 用停止期間及び事業の停止期間が契約更新時期で ある年度末にかかるため、新年度(平成 25 年度) からの業務委託契約の解除や契約非更新が発生す ることにより、その分の一切の売上げを得られな い可能性、④ある程度継続的な契約関係が前提と されている中で、いったん契約が終了した後に再 契約を締結することの困難性、という 4 点を挙 げて、 「上記のような損害は、仮に本案事件にお いて本件各処分が取り消されたとしても、回復す るのが困難であると認められる」とする。さらに は、⑤施設の使用停止期間及び事業の停止期間が 経過した後には、取消訴訟について訴えの利益が 消滅する性質のものであること、を「併せかんが vol.7(2010.10) vol.17(2015.10) 三 本案について理由がないとみえるとき 行政事件訴訟法 25 条 4 項は、「本案について 理由がないとみえるとき」には執行停止がなされ ない旨を規定しているところ、この判断をどの程 度厳格に行うかについては、執行停止を認めるこ とによって申立人が本案でも勝訴したのと同じ効 果を得ることになる場合(例えば、卒業間近の学 生が受けた停学処分に対して執行停止がなされる場 合など)には、執行停止が単に処分の執行の延期 にとどまる場合(本件のような場合など)に比べて、 より慎重にこの要件を判断する必要があるとの指 11) 摘もある 。 本件では、Xは、水質検査結果の改ざんがあっ たという事実については争っていない。それを所 与とした上で、①本件各処分についてYに裁量権 3 3 新・判例解説 Watch ◆ 環境法 No.52 の逸脱濫用があった、②改ざんという行為が、法 14 条の 3 第 1 号(法 14 条の 6 において準用される 場合を含む。)にいう「違反行為をしたとき」には 該当しない、③本件各処分がなされた際の事前手 続に不備があったことなどを挙げて、本件各処分 が違法であると主張している。これに対して本決 定は、ごく簡単に「本案事件の審理を経ることな く直ちに理由がないとまではいい難い」と判示す るにとどまっているが、 「本案について理由がな いとみえる」という要件の下では「本案勝訴の見 込みがあること」までは要求されていないことか らして、本決定がこの程度の厳格性を以てこの要 件を判断したとしても問題はなかろう。 ついて(通知)」(平成 23 年 3 月 15 日付け環廃産発第 110310002 号)に基づくものである。なお、同通知は、 環境省大臣官房廃棄物・リサイクル対策部長が各都道府 県知事・各政令市市長に対して発した「処理基準」(地 方自治法 245 条の 9 第 1 項)であり、原則として地方公 共団体はそれに従わなければならないとされているもの であるが、裁判官に対しての拘束力を有するものではな い。 2)宮崎日日新聞 2013 年 3 月 16 日付け朝刊によれば、X は「管理型最終処分場からの放流水や地下水の水質検査 記録で、2007 年から 2012 年に担当者が 6 項目の数値を 改ざん。このうち『溶解性鉄』は排水基準を最大 4 倍上 回っていたが、基準値内になるように数値を書き換えて いた。」とのことである。 3)廃棄物処理法編集委員会編著『廃棄物処理法の解説〈平 成 24 年度版〉』(日本環境衛生センター、2012 年)120 四 公共の福祉への重大な影響 「執行停止は、 行政事件訴訟法 25 条 4 項は、 公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあると き……は、 することができない」と規定している。 これまでこの要件に該当するとして執行停止が認 められなかった事例は、集団示威運動に関するも の(京都地決昭 44・1・28 行集 20 巻 1 号 91 頁(LEX/ DB 文献番号 27603217))、 土地収用に関するもの(横 頁。また、この記録及び閲覧の制度について、北村喜宣 『環境法〔2 版〕』(弘文堂、2013 年)482 頁以下は、「産 業廃棄物処理施設の適正な操業は、周辺住民の大きな関 心事」であるが、 「行政リソースの不足ゆえ、的確なチェッ クは困難である」ことから、「操業をしている廃棄物処 理施設に対する周辺住民の不安に対処するため、処理施 設の維持管理に関する情報の閲覧を請求できると規定し た」ものであるとして、「市民の力を借りた遵守確保シ ステム」(住民にとっては「権利利益防衛参画」)と位置 浜地決昭 53・8・4 行集 29 巻 8 号 1409 頁(LEX/DB 付けている。 4)南博方=高橋滋編著『条解 行政事件訴訟法〔第 3 版 文献番号 27603681) )など、ごくわずかである。 補正版〕』(弘文堂、2009 年)490 頁[金子正史執筆] 本件における「公共の福祉」とは、法 8 条の 4 等の趣旨からすると「廃棄物処理施設の周辺住 民の不安解消」と「同施設の適正な操業の確保」、 ひいては法 1 条にいう「生活環境の保全」(ただ 5)園部逸夫=芝池義一編著『改正行政事件訴訟法の理論 し、廃棄物の処理による生活環境の保全という意味 6)小林久起『司法制度改革概説 (3) 行政事件訴訟法』 (商 及びそこに挙げられた裁判例を参照。 と実務』(ぎょうせい、2006 年)251 頁[野呂充執筆] 参照。 ではなく、適正な操業が確保されることによる同施 事法務、2004 年)281 頁参照。 設周辺の生活環境の保全という意味である。 )という 7)小林・前掲注6)281 頁参照。 8)立法過程における議論の紹介として、園部ほか・前掲 ことになろう。そして、原決定(本決定の引用部分) にあるとおり「改ざんに係る記録が備え置かれて 閲覧に供されている状態(が)解消され」、「改ざ んにかかる水質検査の数値のうち、法定の基準値 を超えていたのは溶解性鉄含有量のみであり、X が、水処理施設の改修をするなどの対策を講じた 結果、 同数値(が)法定の基準値内のものとなった」 とするならば、この要件をもって執行停止を認め ないということにはならないことは、明らかであ るように思われる。 注5)237 頁以下[野呂執筆]参照。 9)この最高裁決定は、その匿名解説(判タ 1261 号 140 頁) によれば、「『重大な損害』の有無について、最高裁がこ れを柔軟に認める方向で初めての判断を示したもの」で あるという。 10)日本弁護士連合会行政訴訟センター『実務解説 行 政事件訴訟――改正行訴法を使いこなす』(青林書院、 2005 年)146 頁[越智敏裕執筆]参照。 11)詳しくは、南ほか・前掲注4)494 頁以下[金子執筆] 参照。 ●――注 山梨県立大学専任講師 伊藤智基 1)この停止期間は「廃棄物の処理及び清掃に関する法律 第 14 条の 3 等に係る法定受託事務に関する処理基準に 4 4 新・判例解説 Watch
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