2015年逆石油ショックの「過小評価」は禁物

エコノミスト
Eyes
2015.2.13
2015年逆石油ショックの「過小評価」は禁物
みずほ総合研究所 調査本部本部長代理 市場調査部長
長谷川克之
昨年から続く原油安は、原油輸入国の消費拡大などを通じて世界経済を押し上げると
期待されている。他方で、一部産油国における国家信用不安の増大やエネルギー関連
企業の信用低下という副作用がすでに現れている。今後は「ドル高」との同時進行で、
新興国からの資本逃避や米国経済の成長鈍化などが生じるリスクには注意が必要だ。
昨年末以降、「原油安」が金融市場において最大のテーマとなっている。経済モデルの分析に基づ
けば、原油価格の低下は原油輸入国の購買力を高め、消費拡大を通じて景気の押し上げ要因となる。
IMF(国際通貨基金)も昨年12月に、当時の原油安(60ドル/バレル程度)が2015年の世界経済成
長率を0.3~0.7%ポイント押し上げるという試算を発表している。しかし実際には、世界の株式市場
の不安定要因となっているほか、各国の国債利回りの異常なまでの低下の一因ともなっている。金融
市場が原油安に身構え、怖れているのはなぜか――本稿では原油安の「負の側面」について考察する。
産油国とエネルギー関連企業の「信用と投資の質の劣化」を招く
原油安による副作用は、すでに一部産油国における「国家信用不安の増大」として現れている。世
界最大の産油国であるロシアでは、ルーブルの対ドル相場が6カ月余りで半値となる急落を記録し、
引き続き下値を探る展開となっている。同国は、輸出に占める原油の割合が約7割に上り、原油依存
度が極めて高いため、今年の経済成長率は1998年のデフォルト時以来の大幅な落ち込みとなる見込み
だ。外貨準備は昨年末時点で約3,400億ドルを有し、1998年当時(約140億ドル)と比べればケタ違い
の水準であり、現時点でデフォルトを懸念するような状況にはないが、外貨準備はルーブル防衛に伴
い、足元で急減している。ウクライナをめぐる経済・金融制裁の下で、国際資本市場での資金調達の
道は事実上閉ざされており、ロシア政府が今後外貨準備を使う形で国内企業の支援を強いられる可能
性は否定できず、中長期的にも安泰とは言い切れない。他方で、格付機関による格下げが相次いでお
り、ロシアの信用不安が今後、一段と高まることも懸念される。原油安による深刻な景気後退とルー
ブル安によるインフレの昂進が同時に起こることで、社会不安や地政学リスクが高まりかねないこと
にも注意が必要だ。
こうした状況に陥っているのは、ロシアだけではない。南米の産油国・ベネズエラはすでに危機的
みずほ総合研究所 総合企画部広報室 03-3591-8828 [email protected]
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な状況に直面しており、金融市場はデフォルト(債務不履行)を織り込み済みだ。このほか、「最後
の投資フロンティア」として注目されてきたアフリカ諸国でも、原油安や資源安によって「株式・通
貨・債券」のトリプル安に見舞われている国は少なくない。
一方、原油安の副作用は、エネルギー関連企業にかかわる「信用と投資の質の劣化」という形でも
現れている。原油価格の急落は、米国のシェール開発業者をはじめ、エネルギー関連企業にとって大
打撃となっており、一部では経営破綻に追い込まれる企業も出始めている。
シェール開発業者などは、主な資金調達手段のひとつとして社債を利用している。米国には、日本
では未発達の「ハイイールド債(格付けがBBB(トリプルB)に満たない、相対的に信用力の劣る
企業が発行する社債)
」という巨大な社債市場がある。ハイイールド債の発行は歴史的な低金利の下
で近年急増しており、年間の発行総額は3,000億ドルを超えている。その中でも、業種別で最大の発
行主体として存在感を高めてきたのがエネルギー関連企業だ。ハイイールド債のクレジット・スプレ
ッド(米国債利回りに対する金利の上乗せ幅)は昨年後半以降、急上昇しており、エネルギー関連企
業が発行する社債価格の値崩れが始まっている。今後、原油安が長期化すれば、エネルギー関連企業
の格下げの動きが強まり、また、米国が利上げに転じれば、社債価格が一段と下落することが予想さ
れる。こうした資金調達サイドの信用劣化は当然、社債やローンの債権者や株主にとっては「投資の
質の劣化」を意味する。原油をはじめとする資源に投資するヘッジファンドの中には、ショートポジ
ション(売り持ちポジション)から大儲けをするファンドがある一方で、破綻や規模縮小を迫られる
ファンドも増えている。事業会社でも、シェール関連の投資権益をめぐって減損処理を強いられる企
業が米国内外で増えている。
今後は、シェールをはじめとするエネルギー関連の各種金融商品への影響にも注意が必要だ。米国
ではシェール関連の投資において「マスター・リミテッド・パートナーシップ(MLP)
」といわれ
る共同投資事業形態が活用されることが多く、MLPの時価総額は米国全体でおよそ6,000億ドルに
達している。MLPの価格は原油の価格変動の影響を直接的には受けづらいとされているが、昨年秋
口以降は急落を余儀なくされた。国内でもシェール関連の金融商品はMLPを組み込んだものも含め
て多数存在し、産油国やエネルギー関連資産を投資対象とする投信残高は10兆円前後に達している模
様だ。日本の投資家にとっても原油安は決して対岸の火事ではない。
原油安と同時進行する「ドル高」でリスク拡大の可能性も
原油安は、上述の2つの副作用以外にも、さらに3つのリスクを内包している。これらリスクが発
現した場合には、世界経済は下押しされる可能性がある。
1つは、
「オイルマネーの変調」による金融市場の流動性低下だ。原油価格下落に伴う産油国から消
費国への所得移転額は、昨年半ばの直近ピークと足元での価格変化をもとに単純計算すると、1兆ド
ル規模の莫大なものとなる。当然、消費国にはその分大きな恩恵が期待できるが、産油国のオイルマ
ネーにとっては縮小要因となる。産油国の資産が直接減少するわけではないが、原油価格下落に伴う
逸失収入を加味すれば、産油国から国際金融市場に還流するオイルマネーは減少し、グローバルな金
融市場の流動性が低下することになるだろう。オイルマネーは株式や債券といった伝統的な金融商品
のみならず、近年は企業買収(M&A)や不動産投資などでも存在感を高めてきたことを考えると、
その変調がもたらす影響は多岐にわたる可能性があり、注意が必要である。
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そして2つめは、原油安と同時に進行している各国通貨の対ドル安に伴う「資本逃避」である。そ
もそも昨年後半以降に加速した原油安の背景には、米国の金融政策転換への思惑と「ドル高」があっ
た。ここで重要なことは、原油安とドル高が表裏一体で進行している点である。米国では昨年、6年
越しの3次にわたる量的緩和政策に終止符が打たれ、今年半ばにはいよいよ利上げに転じることが見
込まれている。米国経済の堅調さと金利の上昇期待がドルの信認回復につながっているのだ。そもそ
も、金融市場ではドル不安が高まった際には「質への逃避」ならぬ「商品への逃避(Flight to
Commodity)
」の動きが強まり原油高になりやすいが、今次局面ではドルの信認回復に伴い、そうした
動きの巻き戻しが進んでいるととらえることもできる。一方、産油国にとってドル高は、自国通貨建
てで見た場合の原油収入の実質的な増加を意味するため、ドル表示での原油価格の下落を容認しやす
い側面もある。注意を要するのは、ドル高が産油国通貨だけではなく、新興国通貨に対しても進んで
いることだ。金融危機後の世界経済の回復をけん引した新興国経済は減速を余儀なくされているなか
で、新興国の拡大を支えた成長マネーが米国に回帰する可能性がある。金融市場は、原油安と一体で
進むドル高と、新興国からの資本逃避リスクに怯えているものと考えられる。
さらに3つめは、原油安とドル高の同時進行による「米国経済の成長鈍化」である。世界経済のけ
ん引役として期待されている米国経済にとっては、ガソリン価格の低下は個人消費の拡大を後押しす
るものだが、一方で原油価格の下落が景気回復の障害となるリスクもある。「シェール革命」として
脚光を浴び、米国経済の復権の源泉の一つともされたエネルギー部門における投資が、今後は逆に絞
り込まれ、さらにその影響が他の関連業種に広がることも懸念材料だ。
米国経済の成長鈍化につながる要因としては、原油価格下落に伴うディスインフレ圧力に直面し、
米国外でドミノ的な金融緩和が広がっていることも指摘される。日本銀行は昨年10月末に早々と追加
緩和を決定。ECB(欧州中央銀行)も先月、量的緩和政策に舵を切った。先進国ではカナダ、オー
ストラリアなど、新興国では中国、インド、韓国、シンガポール、トルコなど、米国以外の国々は軒
並み金融緩和ラッシュの様相を呈しており、年央の利上げが既定路線となっている米国との格差が鮮
明となっており、ドル独歩高が進む可能性がある。ドル高が米国の企業業績悪化を通じて株安に至り、
米国の投資・消費マインドが冷やされる可能性もある。
過去の歴史的急落では「国際金融ショック」の引き金に
今般の原油安は2008年リーマン・ショック後の原油安(約77%の下落)
、1986年の逆オイルショック
時の原油安(約67%の下落)に次ぐ過去3番目の下げ幅(1月の下値で60%弱の下落)となっており、
「2015年逆オイルショック」として歴史に記録されるだろう。2008年は金融危機の結果としての原油
安だったが、1986年は米国の貯蓄金融機関(S&L)の不良債権問題や中南米諸国の債務問題の深刻
化につながった。また、1998年にかけての下落時は、ロシアのデフォルトやヘッジファンド危機(大
手ヘッジファンドのLTCM破綻)の一因ともなった。
原油はかつて「産業のコメ」ともいわれたが、現代社会においては産業のみならず、経済、金融、
国家財政、そして国際政治の多方面で多大な影響を有するものであり、それ故に投資や投機の対象と
もなってきた。その原油が歴史的な急落となっている。世界経済はなお、緩やかな回復過程にあると
いうのがメインシナリオだが、原油安に伴うリスクを過小評価することは禁物だ。
(了)
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