エコノミスト Eyes 2015.4.7 2020年「電力自由化」へ交錯する期待と懸念 みずほ総合研究所 政策調査部長 内藤啓介 地域を越えた電力の融通を円滑にする「電力広域的運営推進機関」が4月1日に発足 し、電力市場の自由化を進める「電力システム改革」が、いよいよ実行段階に入った。 今後は、電力小売りの完全自由化や発・送配電事業の分離などが進められる。2020年 に予定される「電力自由化」に向け、各施策の実効性が問われることになる。 「広域機関」が始動し、2020年に向けた改革が幕開け 2011年3月に発生した東日本大震災と東京電力福島第1原子力発電所の事故から4年が過ぎ、わが 国のエネルギーをめぐる環境は大きく変化している。全国の原子力発電所(原発)が稼働を停止した ことで火力発電への依存度が高まり、石炭、石油、天然ガスなどの輸入が増大。これら燃料の調達コ スト増加分の一部が電力料金に上乗せされたことで、電気料金の負担が企業で約3割、家庭で約2割 増加しており、経済への影響は決して小さくない。また、火力発電への依存度上昇は、CO2など温 室効果ガスの排出増といった環境面への負荷でも問題視されている。 こうしたなか政府は、火力以外の電源のシェアを高めつつ、企業や家庭の経済的負担を引き下げる 方向で、大きく分けて3つの視点でエネルギー政策を展開している。1つめは、原発の再稼働に向け た枠組みの整備である。福島第1原発の深刻な事故を受け、原発の安全性強化は最優先課題となった。 2012年9月に「原子力規制委員会」が設置され、同委員会が新たな安全性基準に基づき原発の再稼働 に関わる審査を行っている。また、老朽化した原発の廃炉に向けた環境整備も進められた。 2つめは、災害時を含めた電力供給の安定性向上と電力料金の抑制を目指す「電力システム改革」 である。これまで電力分野は「公益性」の高さからさまざまな規制が残されてきた。しかし、原発事 故後の企業・家庭の負担が増加するなかで、自由化を進めることによって電力市場を活性化し、料金 の低下を促す必要があると考えられるようになった。一方で、電力の安定供給には、需要と供給が常 に一致していなければならないという制約が存在することから、自由化を進めても需給のバランス維 持に支障を来たさない体制の確保も欠かせない。これらの条件を満たす改革を大胆かつ細心に推進す ることが、今まさに重要なテーマとなっている。 みずほ総合研究所 総合企画部広報室 03-3591-8828 [email protected] 1 © 2015 Mizuho Research Institute Ltd. All rights reserved エコノミスト Eyes 2015.4.7 そして3つめが、温室効果ガスを排出しない「再生可能エネルギーの普及促進」である。2012年7 月に導入された再生可能エネルギーの「固定価格買取制度」はそのための切り札であり、実際に太陽 光発電の導入で目覚ましい効果を上げ始めているが、利用者に賦課されるコストの増加や電力の需給 バランスの安定性への影響など、問題点も顕在化してきている。 これら3つに大別される政府の対応のうち、この4月から本格的な実行段階に入った電力システム 改革について、今後の改革の方向性と課題を考える。 3段階の改革が目指す「安定供給」と「競争活発化」 電力システム改革は、2020年までをめどに3段階で進められる見通しである(図表1) 。第1段階と して、4月1日に、全国の電力ネットワークの調整を行う「電力広域的運営推進機関」が新設された。 新機関設置の主たる目的は、災害発生時などにおける電力需給逼迫への備えを強化し、電力会社間な ど地域を越えた電力の融通をより円滑なものとすることにある。また、同機関は、全国的な送電イン フラの中長期的整備における司令塔的役割を担うほか、新規の発電事業者が送電網に接続する際の受 付・審査業務なども手掛ける。すべての電気事業者に、同機関の会員となることを義務付けている。 これに次ぐ第2段階では、2016年をめどに電力小売業への参入が全面的に自由化される。これまで 電力小売りの自由化は、対象を限定しながら漸進的に進められてきた(図表2)。まず2000年に、大 規模工場や百貨店などの大口需要者が使用する「特別高圧」部門への参入が解禁された。その後、2004 年と2005年に制度が見直され、中小規模工場やスーパーなどが使用する「高圧」部門が解禁となった。 今回は一連の改革の総仕上げとして、家庭やコンビニエンスストアなど向けの「低圧」部門が自由化 される。 そして、2020年にかけて具体化される第3段階では、電力料金規制が撤廃される。併せて、現在は 一体化されている発電事業と送配電事業を分社化する「発・送配電分離」が実施される。これは、発 電や電力小売りを行う事業者が送配電網を使う際の中立性を高めるための手当てであり、再生可能エ ネルギーを用いた発電事業者や、家庭などへの電力小売事業者の新規参入を促す有力な手段になると 見込まれている。この第3段階を裏打ちする電気事業法の改正案は、3月3日に国会に提出され、審 議中である。 図表1 電力システム改革の概要 図表2 電力小売自由化の流れ 【 改革の中軸 実施時期 第1段階 広域的運営推進 機関の設立 2015年4月 改正法成立 (2013年11月) 第2段階 電力小売りへの 参入全面自由化 2016年めど 改正法成立 (2014年6月) 第3段階 電 25 力 量 ベ 0 ス 2018~2020年 改正法案提出 めど (2015年3月) )】 (資料)資源エネルギー庁資料などより、みずほ総合研究所 作成 【契約電力】 100 (50kW未満) 低圧 62 (50kW以上) 高圧 40 26 (500kW以上) 特別 (2000kW以上)高圧 ー 発電事業と送配 電事業の分離 ( 電力料金規制の 撤廃 (%) 電 100 力 小 売 自 75 由 化 の 50 割 合 電気事業法 2000年 3月~ 2004年 4月~ 2005年 4月~ 2016年 めど 【自由化の時期】 (資料)資源エネルギー庁資料より、みずほ総合研究所作成 2 エコノミスト Eyes 2015.4.7 「エネルギーミックス」の具体像が今後の焦点に 電力システム改革が進展することで、災害時などの電力供給の安定性が高められるだけでなく、日 本経済には幅広いプラスの効果が生じる。第1は、ビジネスチャンスの拡大だ。2016年の「低圧」部 門の自由化は、7.5兆円規模の巨大市場を生み出すといわれている。すでに、地域独占的に事業を行 ってきた大手電力会社の間では、従来の営業エリアを越えて電力供給に踏み出す動きが出てきている ほか、家電メーカーやガス会社、通信事業者などさまざまな事業主体が電力市場への参入意欲を見せ ている。第2は、消費者が自分の生活スタイルに合わせて電気を選択できるようになることである。 料金規制の撤廃により「時間帯別可変電気料金」などの柔軟な料金体系の設計が可能となるほか、電 力とガス、電力と通信といった組み合わせによるセット販売をはじめとする、多彩なサービスの提供 も可能になると見込まれている。また、需要期に高い料金が設定されることで、ピーク需要を抑制す ることも期待され、電力の安定供給にも寄与する可能性がある。そして第3に、異業種からの新規参 入によって事業主体の数が増える一方、ユーザーの選択肢が増えることで、競争が活発化することだ。 本格的な自由競争が始まることによって、効率的な事業運営が促され、電気料金の上昇が抑制、ある いは低下していくことが想定される。 一方で、一連の改革には懸念材料も指摘されている。例えば、これまで発電・送配電一貫体制によ り維持されてきた電力の安定供給が、事業分離後は損なわれないかどうか、といった点である。こう した懸念の払拭には、発電・送配電・小売りの各事業者間における円滑な協調が担保される環境づく りや、電力取引市場の一層の整備などが欠かせない。中長期の電力供給能力の確保も課題とされ、発 電や送配電への適正な投資が継続されるよう、電力広域的運営推進機関が司令塔機能を果たしつつ、 事業者の投資回収や資金調達に支障を生じさせない枠組みを整えていくことが大切である。また、制 度が見直されても、実際に新規参入が進まなければ電力料金の低下やサービスの多様化は実現しにく い。2000年の規制緩和で参入が認められるようになった「新電力」事業者のシェアは長く低水準にと どまってきたが、電力市場自由化の機運が広がるなか、足下では新たな上昇トレンドへ移行する兆候 が認められる。こうした基調が維持、加速されていくかどうかは、政府や企業のこれからの取り組み 次第といえる。 電力システム改革が実行段階に入り、日本の将来の「エネルギーミックス(電源などの構成) 」をめ ぐる議論も加速している。安価で安定的な電力供給へ向けて火力発電の割合を低減する必要があるだ けでなく、地球温暖化対策の新たな枠組みの合意を目指す国連の会議「COP21」 (今年11月、パ リ)を控え、日本としてもCO2削減を約束するための大前提として、将来的に原発や再生可能エネ ルギーをどの程度の割合で利用していくかが問われるからである。エネルギーは、国民の生活や企業 の事業活動の基盤である。それゆえ、安定供給(Energy Security)・経済性(Economy)・環境保全 (Environmental Conservation) ・安全性確保(Safety)の、いわゆるエネルギーの「3E+S」が 適正に充足されるよう諸電源が構成されることが望ましい。そうした意味で、今後のエネルギーミッ クスについてどのような具体像が示されるかが注目される。実行段階に入った電力システム改革を軸 に、電力の効率的、安定的で無駄のない供給体制を整備しつつ、国民や事業者にとってよりよいエネ ルギー環境の構築を図っていくことが、引き続き重要な課題となる。 (了) 当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに基づき 作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。 3
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