1 コラム:医療と法 「超高齢社会における医療と法の問題について-あるセルフネグレクトの事例から-」 三浦 久幸 独立行政法人国立長寿医療研究センター 在宅医療支援診療部長 医学博士 超高齢社会の中で、独居高齢者や高齢者夫婦の世帯が増えると予想されていますが、最近になり、身近 にセルフネグレクトの方の対応を迫られることが多くなってきました。セルフネグレクトは日常の体調管 理や金銭の管理をしない、あるいはできないため安全や健康が脅かされる状態ですが、高齢者では認知症 など判断能力の低下をきたす方が多く、また、この様な方の中には身寄りの無い方もおられるために、ど のように対応して良いのか大変困る事例が少しずつ増えてきているように感じます。 個人情報保護の問題もあり詳細は記載できませんが、最近の事例を 1 つ紹介したいと思います。80 歳代 の男性、自宅療養中でしたが、精神疾患か認知症によりセルフネグレクト状態で、市町の担当者、民生委 員、地域包括支援センタースタッフが対応していました。いよいよ自宅での生活が限界と思われる状態と なり、成年後見制度を利用して、福祉施設への保護的入所を進めたいとのスタッフの意向で、私に相談が あり、認知機能評価等を目的とした入院を勧めました。入院に関する本人の同意は必ずしも得られていま せんでしたが、食欲低下等への精査を理由に入院していただきました。入院後は、採血も含め検査は一切 拒否される状態で、詳細な検査はできない状態でしたが、ご本人に負担の少ない検査のみ施行した結果、 中等度~それ以上の認知障害があり、認知症として矛盾しない結果を得ました。その後、後見人をたてて 予定通り施設へ保護的入所しました。しかしながら、入所後、感染症を繰り返され、次第に衰弱。その度 毎に、後見人は身上監護の立場から病院での治療を希望され、救急受診を繰り返されるようになりました。 ご本人は完全に判断能力が欠如しているというわけではなく、その都度の希望については語ることができ る状態でしたので、入院毎にご本人に治療の意向を確認していましたが、つねに点滴等は希望しない旨口 頭で訴えておられました。この方の感染症の基礎疾患に関しては、根治的治療がないため、臨床上は終末 期に近い状態とも考えられ、本人希望を考慮するとこれ以上の点滴治療等はなじまない旨、後見人と話し 合いましたが、医療同意については、後見人は関われないことを理由に主治医判断にまかせたいとの返答 でした。そのうち、施設側も退院後の再入所を断りたいという状況となり、すべての判断が主治医一任と いう形になりました。入院という状況で、本人希望のない治療を心ならずも(ある程度は)継続せざるを 得ず、おそらく最もご本人の望まれない形―病院で処置を受けながら亡くなる―で最期を迎えられること になりました。ご本人の意向(自己決定)に反して、保護的対応(パターナリズム)中心とならざるを得 なかったわけですが、振り返ると、周りで一方的に、成年後見制度を利用する方向をとり、保護的入所を 進めたこと等が、本当にご本人のために良かったことであったか、未だに悩まされます。 このように自己決定と保護あるいはパターナリズムの間で、医療現場が悩む事例は今後の超高齢社会の 中で日常になるのではと予想します。これまで医療同意に関わる代理人、世話人については法律家の方か らは現実的ではないとして、議論の俎上にまともにのせていただけない状況が続いていますが、現在の財 産管理と身上監護のみの法定後見人の存在が、本当にご本人にとっての最善の利益を守ることができるか は疑問であり、この事例のように、むしろ本人の望まない延命処置を進めるリスクもあるように考えます。 超高齢化のスピードにあったかたちで、医療同意に関わる議論がより活発になることを望みます。 1 【事務局よりお知らせ】 「医療と法ネットワーク」では、来春に、「判断能力のない高齢者の医療行為の決定と同意(仮)」をテ ーマとしてフォーラムを開催することを企画しています。詳細は決まり次第ご案内いたします。 なお、今年 3 月 5 日(土)に開催しました第 1 回フォーラム「医の求めるもの・法の応えるものー伝え あうことから解決が始まる」の基調講演(「日本の医療を立て直すには」吉田修氏(京都大学名誉教授、特 定非営利活動法人日本医療経営機構理事長)/「生命科学における医と法」北川善太郎氏(京都大学名誉 教授、一般財団法人比較法研究センター特別顧問))が「講演録」として、医学雑誌の『病院』11 月号(発 行:株式会社医学書院)に掲載されることになりました。 2
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