日本列島下に沈み込む直前の太平洋プレートの実態 − 日本

日本列島下に沈み込む直前の太平洋プレートの実態
− 日本海溝アウターライズ海域・大規模構造調査研究 −
○藤江剛、小平秀一、井和丸光、海宝由佳、高橋努、
佐藤壮、山本揚二朗、尾鼻浩一郎(海洋研究開発機構)
【研究背景】
日本列島は海洋プレートの沈み込みに伴い形成された島弧であり、現在も活発に続く地震や火山活
動は直接的あるいは間接的に沈み込んだ海洋プレートと密接な関係を持っている。特に海洋プレート
が液体あるいは含水鉱物として沈み込み帯に持ち込む水は、沈み込み帯の温度構造を規定し、脱水反
応を通じて地震活動や火成活動を支配するなど、沈み込み帯のダイナミクスを理解する上で極めて重
要なファクターと考えられている。
では、海洋プレートはどこで水を取り込み、そしてどのくらいの水量を沈み込み帯にもたらしてい
るのだろうか?従来、海洋プレートが運搬する水量は、海嶺付近でプレートが形成される際に海洋地
殻に取り込まれる水量によって規定されていると考えられていた。しかし、最近になって、海溝から
沈み込む直前に海洋プレートが折れ曲ることにより生じる正断層(アウターライズ断層)による海洋
プレート含水化の重要性が注目されるようになってきた。アウターライズ断層は海底面から海洋マン
トルまでを貫く巨大な正断層であり、海水が断層に沿って浸透するならば、地殻やマントルの含水化
を大規模に惹起する可能性があるためである。この可能性が事実であった場合、アウターライズ断層
が発達した海域では沈み込み帯にもたらされる水量は従来考えられていたよりも遥かに大きいことに
なる。さらに、アウターライズ断層の発達度合いに応じて水量分布は顕著な空間不均質性を示す可能
性、すなわち、アウターライズ断層の発達度合いにより島弧における地震活動や火成活動が規定され
ている可能性がある。
【構造調査観測と結果】
日本海溝域はアウターライズ断層により形
成される地塁地溝構造が世界でもっとも顕著
に観測される海域の一つである。しかし、こ
の断層活動により海洋プレート構造がどのよ
うに変質しているのか、どの程度の水量が海
洋プレート内に取り込まれていっているのか
は明らかになっていなかった。そこで、我々
は、日本海溝から沈み込む直前の太平洋プ
レートの実態を把握することを念頭に、2009
年度より「かいれい」のエアガンシステムと
海底地震計(OBS)、マルチチャンネルハイドロ
図 1. 日本海溝・千島海溝域における地震波構造調査測線
フォンストリーマーケーブルを活用した大規模地震波構造調査観測を実施してきた(KR14-E02、
KR13-12、KR10-09、KR09-17)。なお、一部の調査では、OBS 回収のため「かいよう」「よこすか」航
海も実施した。
取得したデータを解析した結果、先行して実施した千島海溝域での構造研究と同様、日本海溝域で
もプレート折れ曲がり断層の発達に伴い海洋地殻上部の地震波速度が徐々に低下する一方でポアッソ
ン比(あるいは Vp/Vs 比)が増加することが明らかになった。この構造変化は海水が徐々に海洋地殻
上部に浸透している様相を強く示唆するものであり、我々が世界に先駆けて明らかにできた成果であ
る。しかし、より注目されるのはマントルの構造変質である。というのも、マントルは海洋地殻に比
して遥かに多量の水を取り込めるポテンシャルがあるため、マントル含水化(蛇紋岩化)の進行度合
いが海洋プレートの水輸送量を規定するといっても過言ではないからである。
もっとも構造変質が進んでいると期待される海溝軸近傍は水深が大きく、従来の OBS では調査が実
施できない海域であった。そのため、先行して実施した千島海溝域の調査ではマントル構造の変質を
捉えることはできなかった。そこで日本海溝域調査では、新たに開発した超深海型の OBS を活用する
ことで日本海溝を横切る構造調査を実施し、マントル最上部まで構造変質が到達していることを確認
した。すなわち、アウターライズ断層により海底面付近からマントルまで構造が大きく変質している
ことが明らかになった。残念ながらポアッソン比構造が議論できるところまで解析が進んではいない
が、最上部マントルのポアッソン比(Vp/Vs 比)が変化していることを示唆するデータとなっており、
マントル最上部では蛇紋岩化が生じている可能性もある。
本講演では、上記の成果の他、2009 年度から 2014 年度までに実施した構造研究により得られた成
果の概要をまとめて報告する。
【今後の課題】
沈み込む前の海洋プレート実態研究はまだ緒についたばかりであり、未だ解明できていない課題も
多い。喫緊の問題の一つは水量の定量的な見積もりである。一体どれだけの水が海洋プレートにより
輸送されているのか?その問に答えるには、構造変質の広がりと程度を把握した上で、観測された地
球物理量と物質科学の融合が必要であり、構造研究の高分解能化とともに掘削科学の進展が不可欠で
ある。
構造変化の空間不均質性も重要な課題である。日本海溝域では北部と南部でアウターライズ断層の
発達度合いが大きく異なっている上、沈み込み帯における地震活動も海溝軸に沿って顕著に変化して
いる。地震活動の違いは、海洋プレートが輸送する水量と何らかの相関をもっているのだろうか?こ
の問に答えることができれば、地震発生帯に関する我々の理解は大きく深化する可能性がある。その
ためには、日本海溝域南部においても海洋プレートによる水輸送の実態を把握するための構造研究を
実施していくことが不可欠である。