放射線:しっかり治す 泌尿器科医長 河合正記

神奈川県立がんセンター
第6回市民公開講座「がんを知る」
『 前立腺癌について 』
手術・放射線:しっかり治す
神奈川県立がんセンター
河合 正記
泌尿器科
本パートの内容
①前立腺癌の治療(総論)
②手術療法
③放射線療法
今回は主に、初めて前立腺癌と診断された時の
治療の選択に参考になるような内容になってます。
本パートの内容
①前立腺癌の治療(総論)
②手術療法
③放射線療法
今回は主に、初めて前立腺癌と診断された時の
治療の選択に参考になるような内容になってます。
さまざまな前立腺がんの治療法
①
手術療法:はじめてがんと診断された人に行うことが多い。
根治的治療として行う。
②
放射線療法:はじめてがんと診断された人に行うことが多い。
早期がんでは根治を目指す(根治的放射線療法)
再発・再燃のときにも行う。
転移巣の痛みや血尿などの症状に対しても行う。
③
内分泌療法:はじめてがんと診断された人に行うことが多い。
再発したときに追加治療として行うこともある。
④
経過観察:早期のうちに治療する方法(PSA監視療法)と、
かなり症状が悪くなってする方法とある。
⑤
化学療法:初発例には通常行わない。
前立腺癌の病期・年齢別の治療
根治
手術
根治的
放射線療法
内分泌
療法
PSA
監視療法
早期がん
(低リスク)
○
○
△
○
早期がん
(中~高リスク)
○
○
△
×
進行がん
△
△
○
×
転移がん
×
×
○
×
悪い
各治療法の長所・短所
◎
×
物理的に除去
リンパ節も切除できる
尿失禁
勃起障害
手術時の体への負担
放射線療法
手術とほぼ同等の効果
排便症状
数年後の勃起障害
排尿症状の悪化
内分泌療法
外来で治療可能
低侵襲(超高齢者でも可)
長期(一生涯?)の治療必要
結果として高額
長期投与での副作用
当分は現状のまま生活
当分は合併症なし
受診しなくなることも
結果として手遅れになる可能性
手術療法
経過観察
本パートの内容
①前立腺癌の治療(総論)
②手術療法
③放射線療法
根治的前立腺全摘除術とは?
転移しそうなリンパ節をとる
(骨盤内リンパ節郭清)
外腸骨動脈
+
前立腺と精嚢をとる
陰部大腿神経
外腸骨静脈
尿管
下大静脈
閉鎖神経
郭清範囲
腹部大動脈
内腸骨動脈
精嚢
前立腺
①骨盤内リンパ節郭清
種類
1)なし
2)閉鎖リンパ節のみ
3)所属リンパ節(外腸骨・(内腸骨)・閉鎖リンパ節)
4)拡大リンパ節郭清(3)+総腸骨LN一部)
2)
3)
4
)
大堀 理、秦野 直「早期前立腺癌の根治的恥骨後式前立腺全摘除術」より
②勃起不全になりにくい神経温存手術
勃起し、性行為が可能になる可能性は50~70%程度。
若年者、両側温存例が良好。勃起機能改善薬の使用も効果的。
陰茎海綿体神経(勃起神経)
:神経非温存
extrafascial dissection
:神経温存
interfascial dissection
:神経温存
intrafascial dissection
「Campbell-Walsh Urology 9 th」より改変
さまざまな根治的前立腺全摘除術
①
開放手術:7-12cmほどのキズ。
②
腹腔鏡下手術:1cmのキズが4-5ヵ所(摘出時に4cmのキズ1つ)
③
ロボット手術:2012年より公的保険が適用。高額。
1cmのキズが5-6ヵ所(摘出時に4cmのキズ1つ)
欧米では主流。
前立腺全摘除術(開腹手術)
前立腺と精嚢を摘出し、尿道を縫合する手術
膀胱
特
精のう
徴
 早期であれば根治が期待できる
 手術時間は通常3~4時間程度
→2週間程度の入院
 恥骨後式(お腹側から)、
会陰式(股の間から)がある
尿道
適応(目安)
前立腺
 限局がん(T1b~T2)の患者さん
が主体
 全身状態が良好で、75歳以下の方
主な副作用
摘出部位
 尿漏れ、勃起不全など
前立腺全摘除術(腹腔鏡下手術)
腹腔鏡を用いて、開腹せずに前立腺を摘出する手術
特
徴
腹腔鏡により、体内から細かな
様子を確認しながら手術を行える
 開腹手術よりも術後の痛みが
少なく、回復が速い
 適応は、開腹手術と同じ

12mm
5mm
腹腔鏡
(12mm)
12mm
5mm
注意が必要なポイント
肺の機能に問題がある方には適
さない
 がんの治療成績や副作用の頻度
は、開腹手術と同等
 腹腔鏡下手術に習熟した施設で
のみ実施できる

• 5ヵ所の穴から、腹腔鏡や手術用具を体内に入れる
• 炭酸ガスでお腹を膨らませ、手術に必要なスペー
スを作る
前立腺全摘除術(ロボット支援手術)
ロボットを活用した腹腔鏡下前立腺全摘除術
特
徴
 腹腔鏡による三次元映像と、操作性に
優れたロボットアームを活用した術式
 欧米では広く普及している
 適応は、開腹手術と同じ
注意が必要なポイント
 2012年4月より保険適用
 日本では、限られた施設でのみ実施
写真提供:Intuitive Surgical社, 2008
可能
 開腹手術や従来の腹腔鏡下手術との
優劣は、まだ明確になっていない
さまざまな根治的前立腺全摘除術
①
開放手術:7-12cmほどのキズ。
②
腹腔鏡下手術:1cmのキズが4-5ヵ所(摘出時に4cmのキズ1つ)
③
ロボット手術:2012年より公的保険が適用。高額。
1cmのキズが5-6ヵ所(摘出時に4cmのキズ1つ)
欧米では主流。
どの方法でも、その施設・医師の得意な方法の方が
合併症が少なく、治療効果も高い。
海外では250例以上執刀した医師がエキスパート。
本パートの内容
①前立腺癌の治療(総論)
②手術療法
③放射線療法
前立腺がんにおける放射線療法の役割
放射線療法とは、
前立腺に放射線を照射して、がん細胞を死滅させる治療法
●手術に比べて身体的な負担が少ない
●75歳以上の高齢者でも治療が可能
●痛みなどの症状緩和を目的に行うこともある
「外照射」「組織内照射」「粒子線」の
3つの方法があります。
根治的放射線療法の種類
① 外照射療法:
・2次元放射線治療計画に基づく治療(2D-RTP, conventional)
・3次元原体照射法(3D-CRT)
・強度変調放射線治療(IMRT)
② 組織内照射(brachytherapy):
・密封小線源永久挿入療法(LDR)
・高線量率組織内照射(HDR)
③ 粒子線療法:保険がきかない
・陽子線(国立がん研究センター東病院など)
・重粒子線(神奈川県立がんセンターなど)
放射線療法(外照射法)
体の外から前立腺に放射線を照射し、がん細胞を死滅させる治療法
特


従来から広く行われている治療法
外来で治療が可能
適


徴
応
早期の限局がん(T1,T2)が主体
局所進行(T3)の患者さんや、局
所進行が予想される方では内分泌
療法と併用
主な副作用
早期:排尿痛、排尿困難、頻尿、
血尿など
 晩期:尿道狭窄、直腸潰瘍、勃起
不全など

写真提供:京都大学 放射線腫瘍学・画像応用治療学教室
外照射法(強度変調放射線治療-IMRT)
IMRT:Intensity modulated radiation therapy
放射線照射のイメージ
IMRT
従来の外照射法
特
徴
 放射線を、理想的な強さに変えて
色の濃い部分: 細胞にダメージを与えられる線量
色の薄い部分: 細胞に障害はない線量
前立腺の形に応じて、高い線量の照射
ができる(色の濃い部分を前立腺の形
に合わせやすい)
前立腺の周りの臓器(膀胱や腸など)
には、放射線の影響を少なくできる
照射できる
 前立腺への照射線量を事前に設定
し、コンピュータにより分布を最
適化
 膀胱や腸などの線量を少なくでき、
副作用の発生を抑えられる
注意が必要なポイント
 2008年4月より保険適用
 IMRTを実施できる施設は限られ
ている
溝脇尚志: 医学のあゆみ, 212(12), 1057, 2005.
放射線療法(組織内照射法)
みっぷうしょうせんげん
前立腺内にカプセルに密封された放射線の小線源(ヨウ素
125)を埋め込み、がん細胞を死滅させる新しい放射線療法。
密封小線源 治療
前立腺
シードを充填したカートリッジ
適

シード挿入具
膀胱
(アプリケーター)
がんが前立腺内に限局している場合
(病期T2)で、悪性度が低い方
上記で適応になりにくい場合
前立腺が非常に大きい
 前立腺肥大症の手術歴がある
 治療上問題となる合併症がある、など

直腸
探触子(超音波装置)
応
アプリケーター針
線源(シード)の大きさと構造
 入院: 短期間
 挿入時間:1~2
時間程度
 シードは埋め込
んだままでよい
写真: 日本メジフィジックス株式会社提供
副作用
大きな副作用は少ない
 主なもの(ほとんどが一時的)
• 排尿困難、排尿痛、肛門痛、
血尿、血便、頻尿、
便意頻回など

放射線療法(重粒子線)
重粒子線がん治療(heavy ion radiotherapy)とは
・最先端の放射線治療法
・がん病巣をピンポイントで狙いうちできる
・がん病巣にダメージを十分与えながら、
正常細胞へのダメージを最小限に抑えることが可能
・従来の放射線治療に比べ、体の表面では放射線量が弱く、
がん病巣において放射線量がピークになる特性を
有している
・照射回数と副作用をさらに少なく、治療期間をより短く
することが可能
放射線療法(重粒子線)
・放射線の中で電子より重いものを粒子線、ヘリウムイオン線
より重いものを重粒子線と呼ぶ。
・重粒子線治療とは、この重粒子線を活用した放射線治療で、
特に炭素イオンが活用されている。
粒子線の特徴(各種放射線の生体内における分布)
100
γ線
80
( )
相
対
線
量
%
中性子線
60
40
陽子線
20
重粒子線(炭素)
0
5
10
15
体の表面からの深さ(cm)
癌病巣
陽子線や炭素イオン線などの荷電粒子線は、ある一定の深さでブラッグピーク
と呼ばれる高線量域を形成するという物理学的特性を有する。
森田新六ほか:泌尿器外科, 12(8), 890, 1999.
放射線療法(重粒子線)
・重粒子線治療では、重粒子(炭素イオン)線を光の速度の
約70%まで加速させて照射し、体の深部のがんを攻撃する。
・従来のX線を使った放射線治療では、体内の奥に入っていくほど
影響力(ダメージの強さ)が下がっていたが、重粒子線治療は、
その影響力(ダメージの大きさ)のピークを体内に設定できる
ため、がん病巣に狙いを定めて効果的に照射できる。
放射線療法(重粒子線)
・がん病巣の形や位置(深さ)に合わせて体外から
集中的に照射。
・一人ひとりに合わせた照射を行うことで、脊髄などの
重要な器官に影響を抑えてがんを治す。
神奈川県立
がんセンター
重粒子線
Fig. 1, p 299
Ishikawa H. et al International Journal of Urology (2012) 19, p299 Fig 1から引用
独立行政法人
放射線医学総合研究所
資料より
http://www.nirs.go.jp/
「本資料は引用である旨を明記した箇所を除き、参考文献等の記述に基づきアストラゼネカが作成したものです。」
前立腺癌に対する重粒子線治療
放射線医学総合研究所での前立腺癌治療症例数推移
高度先進医療制度承認
低リスク
中リスク
高リスク
1995年から2011年まで前立腺癌に対して1384例実施
Ishikawa H. et al International Journal of Urology (2012) 19, p299 Fig 1から引用
「本資料は引用である旨を明記した箇所を除き、参考文献等の記述に基づきアストラゼネカが作成したものです。」
治療成績について
①前立腺全摘と放射線治療の比較
②重粒子線治療
治療成績について
①前立腺全摘と放射線治療の比較
②重粒子線治療
前立腺癌の代表的なリスク分類
分類
D'Amico1)
Seattle
Risk
Group2)
臨床分類
低リスク
中リスク
高リスク
低リスク
中リスク
高リスク
超低リスク
NCCN3)
低リスク
中リスク※
高リスク※
超高リスク
T1c~T2a
T2b
T2c
T1a~T2b
≧T2c
治療前GS
and
or
or
and
or
2~6
7
8~10
2~6
7~10
治療前PSA値
and
or
or
and
or
≦10ng/mL
10.1~20ng/mL
>20ng/mL
≦10ng/mL
>10mg/mL
(上記記載事項の中の1つが該当)
中リスクに記載された事項の中の2つ以上が該当
and
and
T1c
≦6
<10ng/mL
and 陽性コア数<3かつ各コアの癌占拠率≦50% and PSAD<0.15ng/mL/g
and
T1~T2a
or
T2b~T2c
or
T3a
T3b〜T4(局所進行)
2~6
7
8~10
and
or
or
<10ng/mL
10~20ng/mL
>20ng/mL
※複数のリスク因子を有する場合は、1つ高いリスクグループに分類されることもある
NCCN:National Comprehensie Cancer Network
1)D'Amico, A.V. et al.:JAMA, 280(11), 969, 1998.
2)Sylvester, J.E., et al.:Int J Radiat Oncol Biol Phys, 57(4), 944, 2003.
3)http://www.nccn.org/professionals/physician_gls/f_guidelines.asp
局所治療のリスク別効果の考え方
D’Amicoらのレトロスペクティブな解析(66〜70Gy程度の外照射を行った場合)
低リスク例
中リスク例
高リスク例
全摘術 (n=247)
外照射 (n=232)
小線源 (n=15)
100
PSA無再発生存率(
%)
80
全摘術 vs 外照射 NS
全摘術 vs 小線源 p=0.005
外照射 vs 小線源 p<0.001
全摘術 (n=239)
外照射 (n=309)
小線源 (n=19)
全摘術 (n=402)
外照射 (n=225)
小線源 (n=32)
60
40
20
全摘術 vs 外照射 NS
全摘術 vs 小線源 NS
外照射 vs 小線源 NS
全摘術 vs 外照射 NS
全摘術 vs 小線源 p=0.003
外照射 vs 小線源 p=0.002
0
1
2
3
4
観察期間(年)
5
1
2
3
4
5
観察期間(年)
低リスク:T1c〜2a and PSA≦10ng/mL and Gleasonスコア≦6
中リスク:T2b or PSA10〜20ng/mL or Gleasonスコア7
高リスク:T2c or PSA>20ng/mL or Gleasonスコア≧8
1
2
3
4
5
観察期間(年)
小線源:103Pdの永久挿入
注)本試験における中・高リスク例に対する小線源療法の成績は他の試験と比べて不良である
D‘Amico AV, et al.: JAMA, 280(11), 969, 1998より一部改変.
高齢者の限局性前立腺癌に対する
前立腺全摘除術と放射線療法
および経過観察の効果比較
Maxine Sun et al BJU Int. 2013 Jun 20.doi: 10.1111/bju.12321
治療法ごとの10年全生存率
(期待余命10年未満、調整無し、log-rank検定)
■全体
■T1c以下
■T2a/T2b
■T2c
100
100
100
100
P=0.06
80
80
80
P=0.987
P=0.387
60
45.1
43.9
60
47.4
44.6
40
P=0.882
45.1
60
60
41.7
40
32.7
40
31.4
40
20
20
20
0
0
0
0
RT
RP
Obs
RT
RP
Obs
48.4
31.3
34.5
20
Obs
49.0
80
RT
RP
Obs
RT
RP
全摘、あるいは放射線療法は臨床病期にかかわらず、経過観察と比べて10年生存率
有意に良好であった。(全てP≦0.004)(*全摘と放射線療法は有意差なし 全てP≧0.06)
Maxine Sun et al BJU Int. 2013 Jun 20.doi: 10.1111/bju.12321 Figure2 A~D
治療法ごとの10年全生存率
(期待余命10年以上、調整無し、log-rank検定)
■全体
■T1c以下
■T2a/T2b
■T2c
100
100
100
100
79.9
80
81.2
80
56.6
60
61.9
57.5
60
56.3
60
40
40
40
40
20
20
20
20
0
0
0
0
Obs
RT
RP
Obs
RT
76.5
80
65.7
62.8
60
80.0
80
RP
Obs
RT
RP
51.3
Obs
57.5
RT
RP
全摘は臨床病期に関わらず、放射線療法あるいは経過観察と比べて
10年全生存率が有意に良好であった。(全てP<0.001)
Maxine Sun et al BJU Int. 2013 Jun 20.doi: 10.1111/bju.12321 Figure2 E~H
治療成績について
①前立腺全摘と放射線治療の比較
②重粒子線治療
重粒子線と他の放射線治療の副作用比較
・前立腺癌の施設別・治療法別の副作用を比較したもの。
・IMRTは強度変調放射線治療法で一般的な放射線治療。
・SRTは定位放射線治療、3DCRTは3次元解析のもの。
・障害2度以上、つまり一時的な出血以上の副作用の発生比率で比較すると、直腸、
泌尿生殖器とも重粒子線が最低。
重粒子線と前立腺全摘の治療成績比較
生存率を手術と比較しても、同等かそれ以上の成績。
重粒子線治療は、副作用は最少、生存率も手術と同等以上であると言える。
まとめ:治療法を決める重要な要素
◆がんの病期(進展度)・悪性度
◆患者さんの年齢
◆全身状態、合併症の有無
◆患者さんの希望
医師の説明に加え、本やインターネットなども活用し、
さまざまな治療法を正しく理解し、
主治医とよく相談の上、治療法を決めることが大事です。