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◆ 2015 年 4 月 10 日掲載 新・判例解説 Watch ◆ 租税法 No.117
文献番号 z18817009-00-131171197
同族会社に対する上場株式の高額譲渡による利得が一時所得と判断された事例
【文 献 種 別】 判決/東京高等裁判所
【裁判年月日】 平成 26 年 5 月 19 日
【事 件 番 号】 平成 25 年(行コ)第 391 号
【事 件 名】 所得税更正処分取消請求控訴事件
【裁 判 結 果】 棄却
【参 照 法 令】 所得税法 33 条 1 項・同 3 項・34 条 1 項・36 条、租税特別措置法 37 条の 10 第 1 項(平
成 22 年法律第 6 号による改正前のもの)・37 条の 11 の 2 第 1 項(平成 22 年法律第
6 号により削除)
【掲 載 誌】 裁判所ウェブサイト
LEX/DB 文献番号 25504423
……………………………………
……………………………………
額全額を譲渡所得に係るものとして、平成 21 年
事実の概要
分の所得税の確定申告をした。これに対し、所轄
税務署長は、平成 23 年 7 月 5 日付で、JASDAQ
Xは、昭和 55 年 7 月にA1 社を設立し、平成
14 年 4 月まで代表取締役に就いていた。A1社は
市場における本件株式の終値が本件 3 月譲渡時
に 290 円、本件 11 月譲渡時に 426 円であったと
平成 16 年にA2 社を吸収合併し、同年に商号を
A2社に変更している。平成 18 年 8 月 10 日、X
はA2 社の代表取締役に就任し、平成 20 年 7 月
して本件株式の評価額を算出し、これと本件各譲
31 日に辞任したが、平成 23 年 5 月 25 日に再び
円。以下、本件差額)はA2社からXに贈与された
取締役に就任し、翌年の 4 月 23 日には代表取締
役に就任した。この間、平成 21 年 3 月 2 日の時
ものであってXの一時所得に該当する旨の更正処
渡に係る収入金額との差額(合計 3 億 3,057 万 6,200
分および過少申告加算税賦課決定処分を行った。
その後、所轄税務署長は平成 25 年 3 月 15 日付
点において、XはA2 社の発行済株式(総数は 17
万株)の 90%以上にあたる 15 万 4,000 株を所有
で本件再更正処分を行った。
しており、また、実際には取締役退任中も経営に
関与しており、A2社の経営に関する意思決定に
Xは、本件再更正処分のうち課税総所得金額
2,361 万 7,000 円、 還 付 金 の 額 に 相 当 す る 税 額
強い影響力を及ぼしたと認定されている。
182 万 8,105 円を超える部分および本件賦課決定
Xは、JASDAQ 市場に上場しているB社の株式
処分の取消しを求めた。
東京地判平 25・9・27(裁判所ウェブサイト、
(以下、本件株式)を所有していたが、複数の銀行
およびA2社に対して借入金の債務を負っており、
また平成 20 年に実父が亡くなったことから相続
LEX/DB 文献番号 25515118。以下、本件一審判決)
税の納付義務を負っていた。これらの義務(債務)
を解消させるという意図から、平成 21 年 3 月 2 日、
東京高等裁判所は、若干の判断を追加した他はほ
本件株式のうちの 112 万株を 1 株あたり 550 円
控訴を棄却した(以下、本件二審判決)。
でA2社に譲渡した(以下、本件 3 月譲渡)。また、
Xは、同年 11 月 24 日、やはり本件株式の 31 万
判決の要旨
はXの請求をすべて棄却した。Xが控訴したが、
ぼ全面的に一審判決を引用し、次のように述べて
7,550 株を 1 株あたり 550 円でA2 社に譲渡した
1 「譲渡所得に対する課税は、資産の値上が
(以下、本件 11 月譲渡。また、本件 3 月譲渡と合わ
せて本件各譲渡という)。
りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所
翌年 3 月 11 日、Xは本件各譲渡の際の譲渡価
得として、その資産が所有者の支配を離れて他に
vol.17(2015.10)
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新・判例解説 Watch ◆ 租税法 No.117
移転するのを機会に、これを清算して課税する趣
3 JASDAQ 市場に上場されている本件株式の
旨のものであり」(最三小判昭 47・12・26 民集 26
巻 10 号 2083 頁、最三小判昭 50・5・27 民集 29 巻 5
終値は「本件 3 月譲渡時が 290 円、本件 11 月譲
渡時が 426 円であったこと」、Xは「自己の借入
号 641 頁を参照)、
「売買交換等によりその資産の
債務の解消及び相続税の納付に必要な資金を調達
移転が対価の受入れを伴うときは、上記増加益が
するという目的を実現するために本件譲渡を企図
対価のうちに具体化されるので、法はこれを課税
したこと」などの事情からすれば、Xは「自己の
の対象としてとらえたものであると解される。そ
借入金の返済及び相続税の納付のために必要な一
うすると、有償の譲渡が行われる場合において譲
定規模の資金を調達するという目的を達成するた
渡所得として課税される対象は、当該資産の譲渡
めの手段として、本件譲渡時におけるB社株式の
の『対価』たる性格を有する金額であると解する
市場価格の水準(本件市場単価)をあえて無視し
ことが相当である。したがって、個人がその有す
て、本件市場単価に一定の金額を上乗せして本件
る資産を有償で譲渡した場合であっても、当該譲
取引単価を設定し、本件譲渡を行ったものと認め
渡金額中に当該資産の譲渡の『対価』たる性格を
ることができる」。したがって、「本件株式の市場
有しない部分があるときは、当該部分は、譲渡所
価格、本件譲渡の動機ないし目的、本件譲渡にお
得の課税対象ではな」く、
「資産の譲渡の対価と
ける価格の決定の経緯、当該価格の合理性などの
しての性質を有しないもの、例えば、法人からの
諸点に照らせば、本件譲渡における本件株式の譲
贈与により取得する金品(業務に関して受けるも
渡の対価たる性格を有するのは、本件取引単価の
の及び継続的に受けるものを除く。)は、一時所
うち、本件市場単価の部分に限られると解され」、
得たる性質を有する」。また、「当事者が私法上の
「本件差額は、本件株式の譲渡の対価たる性格を
法律関係において、当該法律行為にどのような法
有するとはいえず、法人であるA2社から贈与さ
律効果を生じさせようとしたかという問題と、当
れた金員としての性格を有する」。
該法律行為により移転される資産の譲渡中に対価
たる性格を有する部分とそうでない部分とがあり
判例の解説
得るという問題とは、事柄の性質上、別個の問題
である」。
一 問題の所在
本件の争点は、本件株式の譲渡価額が市場単価
「個人がその有する資産を法人に対して有
2 を基に算出された本件株式の評価額を超えたこと
償で譲渡した場合における課税関係は、当該譲渡
により発生した本件差額が一時所得として課税さ
価額が、当該資産の譲渡の『対価』たる性格を有
れるか否か、である1)。換言すれば、本件差額が
する限りにおいて、譲渡所得に係る収入金額とし
譲渡の対価としての性質を有するか否かという問
て課税されるが、当該譲渡価額中に当該資産の譲
題である。
渡の『対価』たる性格を有しておらず、法人から
資産の譲渡価額をどのように決定するかは、私
贈与された金品(中略)としての性格を有する部
的自治の原則の範囲内にあり、契約当事者間の合
分があると認められるときは、当該部分の金額に
意に委ねられるべき事柄である。しかし、往々に
ついては、一時所得に係る収入金額として課税さ
して価額が適正と考えられる水準を下回り、また
れるべき」である。したがって、「譲渡する資産
は上回ることがある。その場合に、当事者の意図
が上場株式であるときは、その譲渡価額がその資
の有無を問わず、結果として租税回避につながる
産の譲渡の『対価』たる性格を有しているかどう
ことは珍しくない。本件の場合は、契約当事者間
かは、当該上場株式の市場価格、当該取引の動機
で定められた本件株式の譲渡価額が本件各譲渡時
ないし目的、当該取引における価格の決定の経緯、
の JASDAQ 市場における終値を超えていたため、
当該価格の合理性などの諸点に照らして判断すべ
本件差額は譲渡の対価としての性質を有しないの
きものと解される」。
ではないか、と考えられる訳である2)。そこで、
譲渡所得、一時所得のそれぞれについて定義など
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を再確認しておく必要がある。
三 譲渡所得の性質、本件差額の性質
譲渡所得に関して多く問題になるのは低額譲渡
二 譲渡所得と一時所得の定義
譲渡所得は、所得税法 33 条 1 項により、資産
のケースであり、本件のような高額譲渡の事案は
の譲渡による所得と定義される。同項には資産、
ことにより、本件差額の性質、換言すれば本件差
譲渡のいずれについても明確な定義が示されてい
ないが、所得税基本通達 33 - 1 は資産を所得税
額が譲渡所得に該当するか否かを判断することが
法「第 33 条第 2 項各号に規定する資産及び金銭
譲渡所得の性質については、譲渡益課税説と増
債権以外の一切の資産をいい、当該資産には、借
加益課税説の対立がある。前者は「資産の譲渡に
家権又は行政官庁の許可、認可、割当て等により
基因して収受したすべての収入金額から取得費及
発生した事実上の権利も含まれる」とする。また、
び譲渡費用を控除して算定される差額概念による
譲渡は、有償であるか無償であるかを問わず、所
ものであ」るが6)、この見解は少数説に留まり、
有権などの権利の移転のことである。したがって、
多数説および判例は後者を採用する。たとえば、
「譲
最一小判昭 43・10・31(集民 92 号 797 頁)は、
僅少である。しかし、譲渡所得の性質を検討する
可能である。
売買や交換の他、競売、収用、現物出資なども含
まれることとなる。
渡所得に対する課税は、(中略) 資産の値上りに
これに対し、一時所得とは、所得税法 34 条に
より、同 23 条ないし 33 条に規定される 8 種類
よりその資産の所有者に帰属する増加益を所得と
の所得のいずれにも該当せず、かつ、営利を目的
するのを機会に、これを清算して課税する趣旨の
とする継続的な行為から生じた所得でない一時的
な所得であり、役務や資産の譲渡の対価としての
ものと解すべきであ」ると判示した(下線は引用
者による)。増加益課税説は前掲最三小判昭 47・
性質を有しないものであると定義される。一般的
12・26、前掲最三小判昭 50・5・27、最一小判
に、一時所得は一時的・偶発的所得であると説明
平 18・4・20(訟月 53 巻 9 号 2692 頁) などでも
して、その資産が所有者の支配を離れて他に移転
3)
され、例として懸賞金や公営競技の払戻金 、解
採用されており、本件一審判決および本件二審判
雇予告手当、生命保険契約に基づく一時金、損害
決も採用を明言する。
保険契約に基づく満期返戻金、一時払い養老保険
増加益課税説によれば、譲渡所得への課税は資
の満期受取金、死亡保険金、遺失物拾得者が受け
産の増加益に対する清算課税を意味する。一般
る謝礼金、借家の立退料、時効による資産の取得
などがあげられる 。
的に、増加益の到達値(最大値)は市場における
時価として表される。所得税法 36 条 1 項が(総)
両者は、ともに一時的な所得であるという点に
収入金額を「その年において収入すべき金額(金
おいて共通の性質を有するが、資産譲渡の対価と
銭以外の物又は権利その他経済的な利益をもつて
しての性格(または譲渡益としての性格)を有する
か否かにより、異なる扱いを受ける。譲渡所得と
収入する場合には、その金銭以外の物又は権利そ
の他経済的な利益の価額)」と定め、同 2 項が「前
一時所得との区別は、立退料や和解金に関する事
項の金銭以外の物又は権利その他経済的な利益の
4)
5)
案において問題となることが多いようであるが 、
価額は、当該物若しくは権利を取得し、又は当該
これは立退料に「借家権の消滅の対価の額に相当
利益を享受する時における価額とする」と定める
する部分」(所得税基本通達 33 - 6。譲渡所得に該
のは、譲渡所得については原則として資産の時価
当する)とそれ以外の部分が含まれるからであり、
を収入金額とする旨を示したものと解せられる。
「借家人の収入金額又は(中略) 各種所得の金額
したがって、時価を超える金額は譲渡所得ではな
の計算上必要経費に算入される金額を補塡するた
く、他の所得の収入金額として扱われるべきであ
めの金額(後略)」に該当しなければ一時所得と
る。また、資産の増加益は譲渡者の意思とは無関
して扱われることとなる(同 34 - 1 - (7))。
係の事情により発生するものに限定されるべきで
あり、「所有者自身の意思による改良行為等の付
加価値行為・所得稼得行為に基因する資産価値の
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増加」を譲渡所得に含めるべきではない7)。
年)33 頁も参照。
6)岩下忠吾「譲渡所得の収入金額と固定資産税相当額」
本件の場合、事実認定によれば、Xは本件各譲
税事 105 号(2008 年)59 頁による。北野弘久編『現代
渡時における本件株式の JASDAQ 市場における終
税法講義〔五訂版〕』(法律文化社、2009 年)155 頁[伊
値を容易に了知しえた。それにもかかわらず、敢
藤悟・小山廣和・中村芳明担当]も参照。北野弘久「所
えて譲渡価額を時価よりも高く設定した8)。した
得税法 59 条(みなし譲渡規定)の違憲性」『税法問題事
がって、本件差額はX自身が本件株式の時価を超
例研究』(勁草書房、2005 年)96 頁は、増加益課税説を
える部分に設けた一種の付加価値であり、本件株
厳しく批判する。なお、谷口・前掲注4)292 頁も参照。
7)谷口・前掲注4)281 頁。東京高判昭 48・5・31 行集
式の「経済的な利益の価額」を超えるものと考え
24 巻 4 = 5 号 465 頁、最三小判平 5・5・28 訟月 40 巻
られる9)。また、Xは「個々の取引ごとに売買の
4 号 876 頁も参照。
当事者が合意・決定した価格も時価となり得る」
8)一審の段階において、Xは、譲渡価額を租税特別措置
と主張したが、取引市場が存在する場合にはそこ
法 37 条の 11 の 2 に定められていた「みなし取得価額」
の特例に基づいて決定した旨を主張していた。
において決定される価額のほうが時価に相応しい
9)見方を変えれば、本件差額はA2社からXへの贈与にあ
ことは明白である。
たる部分であるともいえる。ただし、本文に示した考え
以上より、本件差額は本件株式の譲渡の対価に
方のほうが理解しやすいのではないかと思われる。
含まれず、譲渡所得に該当しない。本件各譲渡時
におけるXとA2社の関係からすれば、本件差額
は一時所得であると判断するしかない。その意味
大東文化大学教授 森 稔樹
において、本件一審判決および本件二審判決の論
旨は妥当であると評価できるであろう。
●――注
1)本件二審判決の解説として、市野瀬啻子「関係会社に
対する上場株式の高額譲渡――市場価格を超える部分は
176 頁がある。また、
一時所得」
税理 57 巻 14 号
(2014 年)
本件一審判決は税務通信 3297 号(2014 年)38 頁、本
件二審判決は同 3334 号(2014 年)17 頁において「判
決速報」として簡単に紹介されている。
2)もとより、課税庁といえども当事者間の契約において
示された意思を否定し、契約を無効と判断することがで
きない。本件一審判決も「本件譲渡における譲渡金額に
つき、所得税法上の所得の性質決定を行うものにすぎず、
私法上の法律関係から離れて課税庁において独自の法律
行為を設定してそれを前提にして課税することを許容す
るものではない」と述べている。租税法に基づく所得の
認定と、当事者における契約の内容は、全く別の問題で
ある(本文中の判決の要旨1を参照)。
3)ただし、最三小判平 27・3・10(裁判所ウェブサイト、
LEX/DB 文献番号 25447123)を参照。
4)
所得税基本通達 34 - 1 を参照。金子宏『租税法〔第 19 版〕
』
2014 年)261 頁、谷口勢津夫『税法基本講義〔第
(弘文堂、
4 版〕
』
(弘文堂、2014 年)300 頁も参照。
5)立退料については東京地判平 17・5・20 税資 255 号順
号 10037、その控訴審判決である東京高判平 17・10・
26 税資 255 号順号 10175 を、和解金については東京地
判平 15・12・12 判時 1850 号 51 頁、その控訴審判決で
ある東京高判平 17・3・10 税資 255 号順号 9958 を参照。
田中治「一時所得と他の所得との区分」税事 95 号(2007
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