医学者であれ - 大阪医科大学

朝 日 新 聞 連 載
∼医師の哲学∼ 2014
第 7 回 医師は、医学者であれ
「先生の診断が間違っていたらいいのに…」
やっとのことで絞り出した声でそう伝える患者側の気持ちが、皮膚科医・森脇真一には痛いほどわかる。
テレビのドキュメンタリー番組などで、紫外線防護服で日光から完全防備した難病の子どもたちの姿を見たこ
とがあるだろうか。彼らが患うのは、
「色素性乾皮症(XP:Xeroderma Pigmentosum)」といって、DNA損傷を
修復する機能障がいのために、強い日光過敏、そして重篤な神経症状を起こす進行性の遺伝病だ。
色素性乾皮症と並び「コケイン症候群(CS:Cockayne Syndrome)」もまた、同じくDNA損傷を修復する機能
障がいにより発症する。成長が妨げられた小さな体に、重度で多岐にわたる身体的な障がいが起こり、老化が
早く進む。
「皮膚科という診療科でこれらの難病を診断・診察しているのは日本では少ないでしょう」と森脇は言う。この2
つの難病を診断できる医師そのものが日本にまだほとんどいない。
XPにしてもCSにしても、そう診断がつくと森脇はストレートに家族に告げる。
「遺伝子にどういう異常があっ
て、どのように病気が進行していくかということも隠さず話します。ご家族ははじめ大きなショックを受けられます
が、はっきり伝えることで親御さんは気持ちを切り替えられるようです」
子の通う幼稚園・学校には窓にUVカットフィルムを貼ってもらうなど、周囲にも協力を仰ぐ。通年、帽子、長袖
長ズボン、天候を問わず日焼け止めクリームを塗り、UVカットレンズメガネも欠かせない。こうした紫外線から徹
底防御する生活を整えるだけでも日々やるべきことは数多くあり、またこれは最低限の対処に過ぎない。視力・聴
力などが衰えゆく病状に親は常に気が抜けないのだ。
そうした中でも紫外線防護パーカーをカラフルに手作りしたり、夜の外出を楽しんだり、万全な紫外線対策を
して子らと登山に挑む家族もいる。
森脇には自分の患者だけがすべてではない。同じ病気に苦しむ家族会の中に積極的に入っていく。XPは5万
人に1人、CSにいたっては100万人に1人と希少な難病であるがゆえに、世間へ発信される情報量は圧倒的に
少ない。患者やその家族は好奇の目で見られ、心痛めることも多いのだ。不条理な状況に立ち向かうため、自ら
先陣を切って啓蒙にも取り組んでいる。
「家族会のみなさんとの付き合いが今の私をつくっています。たくましく前向きに生きる尊さ、命懸けでわが子を
守る強さを教わります」このように患者、家族と深くつながりながら、病気の進行にときにくじけそうになる気
持ちに寄り添い、見守り、励ます。
これらの難病と向き合い始めたのは、森脇が大阪医科大学を卒業して2年後、京都大学大学院に入ってからの
こととなる。1988年、当時日本でXP・CSの権威であった教授の研究室に入ったのが物語の始まりだ。そこを
経て「アメリカ国立衛生研究所(NIH)」に渡り、アメリカの権威のもとでもさらにXP・CSの世界最先端の研究
を学んだ。
「アレルギー学」が花形の中、森脇は難治性の希少な難病を
皮膚科学の中の分野にも流行がある。
「免疫学」
見つめ続けた。衝き動かされてここまで来たのは、出会ってしまった者の運命だけではないだろう。自分に何かで
きることはないかと模索する、人としての純粋さ、そして責任感の強さからかもしれない。
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第7回 医師は、医学者であれ
朝日新聞連載∼医師の哲学∼
2014
もともと基礎研究の道を途中選んだのは、
「臨床医になるとしても研究は大事だ」とする父の教えによる。薫陶
を受けたのは父からだけではない。節目節目で出会ってきた恩師たちは「臨床医学はサイエンスだ」
「すべての医
学研究は探求心とモチベーションで成り立つ」など、森脇の胸に忘れ得ぬ言葉を残していった。こうした教えが、
「医師=医学者たれ」との信念を抱く現在の森脇に育てた。
今、森脇は、
「光皮膚科学」
「光生物学」
「分子遺伝学」を専門として、皮膚科学教室を引っぱってゆく。
「光」
「DNA修復」といったキーワードで臨床研究を進めることで、皮膚の老化を防ぐ、いわゆる「アンチエイジング」
と呼ばれる美容皮膚科学にも活躍の幅を広げた。すでにこの分野でも森脇は高名だ。
「美容専門の診療施設では多くが自由診療で、費用もリスクも高いのが現状です。エビデンスに基づくことなく治
療が行われているのも実態ですが、患者さんには危険なことが起きては絶対にならないのです。美容医療もサイ
エンスです。美容専門の開業医のみなさんが、施術として行うことの理由を患者さんにきちんと説明できるように
なっていくための医学的エビデンスを作っていきたいとも考えています」
もちろん、日常的に臨床医として一般的な皮膚疾患の診察にもあたる。どの治療に関しても研究的思考を持っ
て取り組むため、常に勉強を欠かさない。若い頃から現象のひとつ一つを「探求心」で鋭く見つめた。そうやって
自分をつくり上げてきたし、これからも変わらない。
きっと森脇は、絶え間なく自身が変化していくことを求めているに違いない。昨日の自分を越えていくその歩み
を少しでも止めてしまえば、自分が衰弱してしまう危機感すら持っているかのようだ。
一般的な皮膚疾患を診る際、若い医師の卵たちが単に臨床的な疫学から診断を終わらせようとすると「待った
」をかける。
「それはなぜ起こったか」から考えているか、
「なぜ」を問う姿勢を常に持って興味を広げていこうと
、
うるさがられても声を掛け続ける。
そして、患者のQOLをしっかり考え、患者本人がどうなることを望んでいるかを向き合って聞き出せる医師に
なれと熱く語る。近視眼的に病気のみを見るな、患者を診ろと。
医師になって28年。これからも「サイエンス」と「探求心」で医学に取り組む医師であり続けることを誓う森脇は、
「自分の命あるうちに、XPやCSといった希少難病を治す“きっかけ”を見いだしたいと思っています。患者さん
に希望ある言葉を伝えたいのです」と語る。
与えられた「今」をたくましく懸命に生きる難病患者の姿に、熱く生きることの大切さを教えてもらった森脇は、
彼らに本当の笑顔を届けられる研究成果をいつの日か捧げたいと心底願っている。自分が医師として生きた証と
して。
大阪医科大学附属病院
皮膚科 教授
森脇 真一
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